もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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最終章・少年は階を上がる
贄の兎 1


 

 迷宮(ダンジョン)

 古代から存在する、凶悪な罠や多種多様な怪物たちの坩堝(るつぼ)

 その内部は複雑怪奇極まりなく、発見されてからも今なお全貌が明らかとされてない、世界唯一にして最大の魔境。

 

 そんな危険な場所に、未知を既知へと変える為、己の命も省みず足を踏み入れる者達を、人々は『冒険者』と呼んだ。

 僕もそんな冒険者の一人として、未知を求めて迷宮に潜っていた。

 

 

 そして今。

 襲い来る怪物たちを迎え撃ち、迷宮の奥深くへと足を踏み入れていた僕は、脇目も振らず逃走していた。

 足元を転がる石くれを蹴っ飛ばし、両腕を振って全力で走る。

 むき出しになった岩肌が、地面を蹴る靴の音をやけに反響させる。

 

 整地されていない凹凸だらけの地面が続く通路は、曲がることも分かれることもなく、ただひたすら延々と真っすぐに伸びている。

 普段なら不思議に思えるほどの一本道。でも、今の僕にはそれを気に掛けるほどの余裕なんて無かった。

 

 走って、走って、走って。

 一体どれくらいの時間走り続けたんだろう。

 息は上がり切って絶え絶えで、肺が破れそうな程痛くて。

 それでもと息を吸えば、粘ついた唾が喉奥に張り付いて盛大に咳き込んだ。

 酸素の供給が(とどこお)った頭は急速に思考を鈍らせる。ついでに目まで霞んでくる始末。

 酷使しすぎた足は既に感覚がない。惰性《だせい》で動かせてはいるけれど、限界はとうに超えてしまっている。

 なのに。それなのに。背後から迫って来る音は止むことも、遠ざかることもなく、頭の裏にへばりついているかのように聞こえてくる。

 

 そうしてとうとう。いや、ついに。

 背後を気に掛けていたせいで、足元の意識が疎かになってしまった。普段なら気にも留めない様な段差に(もつ)れた足先が(つまづ)いた。

 体勢が崩れる。

 

「う、わぁっ!?」

 

 不意の事故(アクシデント)に、疲弊しきった体では対応できなかった。

 膝が折れ、ロクに受け身を取れずに地面を転がる。

 そして、地面を這いつくばる僕の前に、僕が無様を晒すのを待っていたと言う様に、()()は現れた。

 

 僕よりも一回りも二回りも大きい筋骨隆々の肉体。

 見上げる程高い首の上、恐ろしい形相の頭部。両の()()()()から伸びる二本の太い角。

 牛頭人身の化け物――『ミノタウロス』が、地べたを這う僕を見下ろしている。

 

 

「ヴゥモォォォォォォォォォッッッ!!!」

 

 

 ミノタウロスの『咆哮(ハウル)』。

 僕の鼓膜に、全身に。空間全てを震わす雄叫びが叩きつけられる。

 ()がれる気勢(きぜい)(くじ)ける精神(ココロ)。疲労とは別の理由で動かせなくなる体。

 

 そんな、情けない僕を(あざけ)る様に(わら)ったミノタウロスは、ゆっくりと、腕を高く振り上げた。

 アレが振り下ろされた瞬間。全部が終わる。

 数秒後の自分の末路を想像して、僕は顔を青ざめながら歯をカチカチと打ち鳴らした。

 

 

 死ぬ。

 

 殺される。

 

 このまま、何も出来ずに。

 

 何にも成れずに、ここで終わって(シんで)しまう。

 

 

「……い、い、いやだぁぁあああああああっっ!!」

 

 

 気力を振り絞り、弱きも限界も殴り飛ばして立ち上がる。

 握り締める鋼の剣。立ち向かうは絶望の権化。

 スパークする思考回路。極限の集中が世界を白と黒に塗り潰す。

 地面から弾かれたように全身を撃ち出し、渾身(こんしん)の横薙ぎをミノタウロスへと叩き込む。

 

 死を目前とした生存本能が、実力以上の動きを可能にさせた。

 間違いなく人生最高の一撃。これ以上ない会心の一撃(クリティカル・ヒット)

 無骨な鋼の直剣が吸い込まれる様にミノタウロスの肉に食い込み、そしてガラス細工のように砕け散る。

 

 

 全てが緩慢(かんまん)になった灰色の世界で。

 何よりも頼りにしていた己の相棒が罅割(ヒビわ)れ、砕け、そして散っていく様を、嫌と言うほどゆっくりと見せつけられていく。

 剣の崩壊する勢いはやがて手に持つ()すらにも波及(はきゅう)して、全てが砂の様に崩れ去る。

 武器が、なくなった。

 もう、戦う術がない。

 

 心が音を立ててヘシ折れた。(しぼ)り尽くした体力も完全に底を尽き、伸ばした膝は再び地面に吸い込まれていく。

 

 体が、倒れる。

 

 もう、指一本動かせない。

 

 

 ミノタウロスの、振り上げられていた腕が、下ろされる。

 

 

 

「――――……ぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐ ち ゃ り 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、僕は寝台(ベッド)から跳ね起きた。

 

「ぅうわぁぁあああああああああっ!?」

 

 

 毛布を吹っ飛ばした勢いのまま、寝台の上に立ち上がる。

 夢うつつに朦朧(もうろう)とする意識の中、無事を確かめる様に全身をまさぐって。

 やがて意識がハッキリし始めると共に、自分が生きていることを確認する。

 

「…………………また、あの夢」

 

 焦燥感から荒ぶる息と心を、深く息を吐く事で落ち着かせる。

 顔を(うつむ)けた事で小刻みに震える手が目に入った。

 その様がどうにも情けなく思ってしまって、僕は拳を握り締めた。強く、強く。

 恐怖の感情を手の中で潰すように。不安で震える手を隠すように。

 

 

 寝汗で湿った服が背中に張り付いていた。嫌になるほど冷たいし気持ち悪い。

 

 顔を上げれば、透明なガラスがはめ込まれた窓の外から、朝日が部屋に光を差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)戦いの野(フォールクヴァング)』。

 オラリオ所属の数ある派閥の中でも最大と言っていい敷地を有する本拠(ホーム)の庭は、まさに原野と表現するに相応(ふさわ)しい。

 

 朝露に濡れた草原を朝焼けの光が照らし、本拠を囲う壁の上から吹き降ろす風が穏やかに揺らしている。波打つようにきらめく(さま)は、エメラルドグリーンの海を連想させた。

 もう何度も目にしているけれど。その度に美しいと思える、絶景。

 

 

 そんな場所で、僕は、いや僕たちは戦っている。

 

「はぁっ!」

「ぐぅぅっ!? くそぉッッ!!」

 

 今も一人。切り伏せて前に進む。

 

 視界の端に違和感。

 考えるよりも先に体が反射する。

 

「ハッ! やるな!」

 

 飛び出してきたパルゥムの男性の剣を『緑玉の小盾(エメラルド・バックラー)』で逸らして躱す。

 攻撃を躱された相手は、それを成した僕を(たた)えると口角を上げた。

 僕は何を言う事をせず、彼に意識を定める。

 

 遭遇(エンカウント)戦闘開始(バトル)。相手の不意打ち(ハイド・アタック)を回避。

 今度はこっちの攻撃(ターン)だ。

 

「……シッ!」

 

 浅く息を吐くと同時。今度はこっちから踏み込んで剣を振るう。

 上段から振り落とされる剣の一撃を、パルゥムの剣士は後ろに飛んで躱す。

 

 攻撃失敗(ミス)

 

 「……まだっ!」

 

 こっちの攻撃(ターン)は終わってない!

 振り下ろした剣を背筋を目一杯使って跳ね上げる。

 下段斬り。

 横薙ぎ、袈裟斬り。突き。

 連撃(コンボ)を繋げて相手を追い詰めていく。

 

 僕の攻撃を躱す為に背後に飛び続けるパルゥムの剣士は、何かに足を取られたのか、体勢を僅かに崩す。

 ここだ。

 

「はぁあああッッ!!」

 

 ここ一番の踏み込み。両腕で振り上げた剣を、表情を苦く歪めたパルゥムの剣士へと振り下ろす。

 

 必殺の一撃(クリティカル・ヒット)

 自身に迫りくる一閃に、剣士は口元を歪める。

 

「――(あめ)ぇよ」

 

 

 パルゥムと呼ばれる種族は、成人であったとしても、ヒューマンの子供と体格が変わらない。

 その見た目に(たが)わず力が弱く、体は脆い。身軽さから敏捷は高くとも脚幅(あしはば)の都合上、移動速度が遅い。

 冒険者としては不利。それがパルゥムに対する世間の常識。

 そして、それを肯定するようにパルゥムで上級冒険者になれた者は、他の種族と比べても数が少なく。名を上げた者もほんの(わず)か。

 

 しかし、僕が今立っているこの場は【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)

 【ロキ・ファミリア】と並んで都市、いや世界最高と称賛される派閥に所属する戦闘員達は皆、例外なく優秀な戦士。 

 この『戦いの野(フォールクヴァング)』で日夜闘争を繰り広げ、研鑽(けんさん)し、(しのぎ)を削り合って高め合う。

 誰もが強さを求め、勝利と言う栄光に貪欲(どんよく)であり、最強を渇望する。

 なりふり構わぬ者ばかりのここでは常識なんてもの、紙きれ同然に捨て去られてしまう。

 

 今、僕の目の前に立つこのヒトだって、そうだ。

 種族特性と言う、(くつがえ)しようのない不利。

 ()()がどうしたと言わんばかりに、剣を振り下ろす僕の姿を目に映しながら彼は笑う。

 

 

 ――迎撃(カウンター)

 

 

 体重を乗せた渾身の一撃は、その重さの分だけ自分に反射する。

 自分の力だけで足りないのなら、相手の力を利用すればいい。

 小さく非力なパルゥムが戦うための、一つの答え。 

 

 

 先程の一文に、一言付け加えるならば。

 

 『パルゥムは大成しない――ただし、ごく一部の例外を除いて』

 

 そしてそのことを、僕はちゃんと知っている。

 

 

 上段から真っすぐに落とす斬撃が空ぶった。

 体勢が崩れる。

 

 それを狙いすました攻撃が迫る。

 

 振り下ろした直後の両腕。

 ビキリ。と腕の筋が嫌な音を立てたのにも気に留めず、柄を握る二つの手の内の一方を、引き剥がすように無理矢理に振り上げた。

 

掲げられる手に備えられた『緑玉の小盾(エメラルド・バックラー)』が、振り下ろされる剣と激突する。

 金属同士が(こす)()う、悲鳴にも似た高い音。散る火花。

 半球状の膨らみ(ボス)が、衝撃を散らし、丸みを帯びた(フチ)が必死の一撃を滑らせた。

 

「はぁあああああッッ!!」

 

 膝蹴り。

 上下に腕を伸ばした間抜けな体勢から、体ごと飛び込む様にパルゥムの剣士にぶつかりに行く。

 

「ごっはっ!?」

 

 余裕を残していた上段斬りとは打って変わって全体重を乗せただけの稚拙な一撃は、パルゥムの剣士の小柄な肉体を真正面から吹っ飛ばした。

 

 放物線を描いている最中の彼から視線を切る。追撃はしない。乱戦真っただ中の今、そんな暇はない。

 

 

 ――今回は、僕の勝ちっ!

 

 

 口には出さずに心の中でそう言って、再び駆け出した。

 『フレイヤ・ファミリア』の戦士達が互いに激突し合う闘争の坩堝(るつぼ)に、自ら進んで飛び込んで行く。

 雄叫びと血風入れ混じる大乱戦(バトル・ロイヤル)の空気に、僕はとうに馴染(なじ)み切っていた。

 戦士を打倒した勝利に、湧き上がる喜悦を噛み締め、余韻も程々に次の獲物へと飛び掛かる。

 

 時刻はまだ早朝。日は昇ったばかり。

 上へ上へと昇る朝の日差しが、今も戦い続ける勇士たちの姿を照らし、その熱を高めていく。

 

 強くなる。

 まだまだ僕は、強くなれる。

 勝って、勝って、勝ち続けて――

 

 ……いつか、憧れのあのヒトの隣に並び立てる様になる為にっ!

 

 

「僕は、戦い続けるッッ!!」

「ウルセぇっ! 調子乗んなボケがぁっ!」

「ぐはぁぁぁぁっ!?」

 

 丁度戦い終わった茶髪の犬人(シリアンスロープ)に斬りかかったら、一瞬で吹っ飛ばされてしまった。

 

 

 ……今日も、最後まで乗り越えられなかったぁ。

 遠くなる意識の中で、鳴り響く剣戟の音を最後に目を閉じた。

 

 

 




 
 
 
最期に投稿してから一年以上経ってるとかヤバくね?
完結まで書けたので投稿。
お気に入りのままにしてくれてた皆々様には心からの感謝を。
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