もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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贄の兎 2

 

「ベールーさーまー、起きて下さいーベルさまー」

「ぅ、うん……?」

「あ、目が覚めましたか?」

 

 ゆさゆさ、ゆさゆさと体を優しく揺すられる感覚に、水底(みなぞこ)に沈んでいた意識が引き上げられるのを感じる。

 モヤがかった意識のまま目を開けると、大の字で倒れる僕の顔を、栗毛の少女が上から覗き込んでいた。

 少女越しに見える空は気持ちいいくらい青い色で。横たわる草花の青々とした匂いと、どこかから聞こえてくる小鳥の鳴き声に、いっそう清々(すがすが)しい気分になってくる。

 ぼんやりとしたままこちらを見下ろしている少女の顔を視界に入れながら、気を失う前の記憶が蘇ってきた。

 

「……あぁ、そっか。また負けちゃったんだね、僕」

「ええ。遠目から見ていましたけど、見事な負けっぷりでした」

「あ、あはは……」

「それにしてもボロボロですねぇ。まぁ、何時もの事ですけど……ハイポーションをお持ちしてますが、飲めますか?」

「うん、貰うよ。いつもありがとうね」

「いえいえ! これが今のリリの役目ですので!」

 

 気絶していた僕を起こしてくれたのは、少し前僕と出会い、そして仲間になってくれたリリだった。

 リリは数日前に【フレイヤ・ファミリア】に入団してから、ダンジョンの中と同じようにホームでも僕のお世話をよくしてくれている。

 こうして、原野での戦いで気絶した後なんかは、すごく助けられている。

 『戦いの野(フォールクヴァング)』で乱戦した後は強くなれてる実感はあるけれど、決まっていつもボコボコにされるので、体のあちこちが痛くて仕方ない。

 だから傷ついた体を介抱(かいほう)してくれているリリの存在は、本当にありがたいものだった。

 

 手渡されたハイポーションを喉に流し込むと、先程までの戦闘で負った傷や疲労が()えていくのを感じた。

 

 

「もうすぐに朝餉(あさげ)の時間になりますが、どうされますか?」

「いくよ。いっぱい動いたからお腹ペコペコになっちゃった」

「そうですか! 今日の献立(こんだて)のいくつかはリリが作ったものが出ているので、ベル様にも食べてもらいたいです!」

「そうなんだ。じゃあそれもリリに感謝しないと、だね」

 

 

 出会った頃と比べると、格段に明るい笑顔を浮かべる回数が増したリリを(ともな)って、丘の上の館へと足を向ける。

 楽し気に僕の腕を引っ張り先を急かす彼女の姿に、なんだかこっちまで嬉しさがこみあげて来て僕も笑みを返した。

 

 

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)の中にある食堂は、時間もあってかそれなりに賑わっている。

 食堂の中は朝ごはんを食べに来た非戦闘員の人達—―本拠(ホーム)の維持や冒険者たちの補佐を担う役割の人達。適性の問題から『恩恵』を受けていない人がほとんどだけど、彼等も立派な【フレイヤ・ファミリア】の一員だ――が多いけど、中には僕みたいに戦いを切り上げた戦闘員の人の姿も見えた。

 

「リリがベル様の分も貰ってきますので、ベル様はいつもみたいに席取りお願いします!」

「ねえ、やっぱりリリに悪いよ。怪我の治療はともかく、自分の事は自分でやるからさ」

「気になさらなくていいんですよ、リリがやりたくてしていることですから!」

 

 そう言ってリリは小柄な体を上手に使って人の隙間を縫う様に厨房に向かっていく。

 治り切ってない傷の痛みと疲労で、彼女を引き留めることが出来なかった僕は置き去りにされてしまう。

 

 あの日、悪い冒険者の人達やモンスターからリリを守ってから、リリは僕に献身的(けんしんてき)だ。

 このやり取りは今日だけの事じゃない、食堂でご飯を食べる時はいつも、リリにご飯を持ってきて貰っている。

 傷つき疲労で辛い身としては有難い事だけれど……。

 

「このままじゃだめだよね、きっと」

 

 リリはファミリアに入ったばかりだったから、しばらくは顔見知りが近くにいた方が本人も安心だと言われて、ここのところずっと一緒に居たけれど、こういう関係は不健全なんじゃないかと、そう思う。

 物語に出てくる騎士の身の回りを世話する小姓(こしょう)、みたいな。

 言ってしまえば、主従関係のようなやりとり。

 本人がすごく楽しそうにするから言い出し辛くて出来なかったけど、そのうち互いに話し合うべきかもしれない。

 

 

 ……今はとりあえず、リリが戻って来る前に空いてる席を見つけないといけないけれど。

 

 

「おーいクラネルー! 席決まってないならこっちに来いよー!」

 

 

 不意に、自分の名前を呼ぶ人の声に顔を向けると、見知った顔がそこにあった。

 

「メオーさん、僕が一緒にいてもいいんですか?」

「遠慮すんなって! 他の奴は知らねーけど、俺は気にしないからよ。あと、俺の事はダリスでいいぜ。そっちの名で呼ばれるのは好きじゃねぇんだ」

「分かりました、ダリスさん。僕もベルでいいですよ」

 

 食堂の一席から手を振る人に招かれ、僕は向かいの席に腰を下ろした。

 僕を呼んだのはダリス・メオーさん。金髪翠眼(きんぱつすいがん)小人族(パルゥム)だ。早朝の戦闘で僕が倒した戦士の一人でもある。

 ダリスさんは僕が入団する数年前にファミリアに入ったらしい。レベルは僕と同じ1だけど、もうすぐ2に上がりそうなんだとか。

 アドバイザーとして冒険者の事情に詳しいエイナさんが言うには、これはパルゥムの中では異例の速度らしい。その時のエイナさんは、流石は【フレイヤ・ファミリア】だと(うな)り、「でもこれは相当無茶をした証拠でもあるんだからね? ベル君はマネしないように」と僕を(たしなめ)める形で話が終わった。

 

 そんなダリスさんは自分のご飯であろう、骨付き肉が山盛りになった皿を僕にも(すす)め、自分も皿の上から肉を一つ取るとプラプラと肉を(もてあそ)んだ。

 

「しっかしまー、俺もとうとうお前に負けちまったなぁ。ほんのちょっと前まで楽勝だったのに。マジでどうなってんだお前?」

「いやぁ……でも、今日勝つまで散々負け続けてますし。それに僕だってダリスさん対策とか、色々考えましたよ?」

「そういう事じゃなくってだな……」

 

 負けたのが悔しかったのか、渋そうな顔をするダリスさんは、気を取り直すためにか骨付き肉に(かじ)りつく。

 それを見ていた僕も、勧められるままに肉をほおばった。

 濃い味付けソースに肉の旨味と(あふ)れだした肉汁が口の中で混ざり合う。血を流した体が求めているのか、料理の味も相まってお肉が凄く美味しい。

 

 肉を中心に美味しい料理を堪能(たんのう)しながら、僕は目の前に座るダリスさんを見る。

 僕よりも身長の低い小人族の剣士。小柄で華奢(きゃしゃ)な彼は、その見た目に反してかなりの強さを持っていた。

 一見子供と見誤ってしまうその矮躯(わいく)から繰り出される一撃は、どうしても軽いものになってしまう。

 

 最初に『戦いの野』で対峙(たいじ)した時の僕は――後から思い返して気付いた事だけど――愚かにも彼を(あなど)った。

 結果は言うまでもなく惨敗。先制の初撃を繰り出した後の記憶がない。気が付けば大の字になって倒れていた。

 それまでも色んな人に挑んでは敗北を重ねていたけれど、一合(いちごう)と剣を(まじ)えなかったダリスさんとの一戦は一層鮮烈に僕の中に残った。

 

 知らずに増長していた自分の鼻を、綺麗にポッキリと折られた気分だった。

 自分よりも小さいから。弱そうだから。

 そんな理由で、僕は彼を無意識に下に置いてしまったんだ。僕の方こそヒューマンの中でも小柄で、なよっとしているクセに。

 彼との敗北を経て、僕は相手を見た目で判断する事の愚かさを思い知った。

 

 それから、『戦いの野』で何度かカチ合って、その度に敗北を重ねて。

 ダリスさんの戦法が後の先である『迎撃(カウンター)』だと気が付いた後も、対応が追い付かず、僕の考えた浅知恵はそのことごとくを迎え撃たれた。

 今朝の一戦でようやく初勝利を収めれたわけだけど、我ながら薄氷の上での勝利だったと思う。彼との勝率はもちろん一割を切っている。

 ダリス・メオーは【フレイヤ・ファミリア】に名を連ねる勇士に相応しい実力の持ち主だ。

 

 

「……ま、仕方ねぇか。そんでベル、お前はこれからどうすんだ?」

「えっと、どうとは?」

「今日のこの後だよ。『戦いの野』に戻るのか、ダンジョンに行くのか」

「あ、それならいつも通り、ダンジョンに向かうつもりです」

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】は探索(ダンジョン)系の【ファミリア】だ。

 団員のほとんどが戦闘員で構成されていて、その為ギルドからもダンジョンの探索を義務付けられている。

 しかし、富と名声よりも強さを欲する【フレイヤ・ファミリア】の団員達は、ダンジョンに潜るよりも『戦いの野』で戦い続ける。ダンジョン探索は明確な目的がある時か、資金稼ぎの為の片手間でしか行わない。

 

 しかし、それはレベルを昇華させた上級冒険者の例であり、僕のようなレベルが上がっていない下級冒険者は逆に、ダンジョンの探索を推奨(すいしょう)されている。

 装備の維持や更新などの金銭的な理由もあるけれど、一番の理由は……弱いからだ。

 

 レベルが低い者達では、『戦いの野』での闘争に耐えられない。

 高レベルの強者が入り乱れる『戦いの野』は、レベル1の者達ではその戦闘中の余波だけで命を落としかねない。

 

 日夜行われる派閥内闘争。ステイタスの低い下級冒険者同士では、上級冒険者達の戦闘の激しさに弾かれて、いつも外壁間際へと押し除けられる。

 

 そんな限られた空間で僕たちはお互いを潰し合う様に戦うのだけれど、戦っている相手以上に周囲の警戒を(おこた)れない。

 気を抜いた者から原野中央付近で戦う高位冒険者から放たれる流れ弾――魔法やぶつかり合う攻撃の余波――に吹っ飛ばされる。

 むしろ、同格の人と戦って負けるよりも、そっちで気絶することが多いかもしれない。

 

 それを考えれば、階層ごとに強さの上限が決まっているダンジョンの方が、難易度はまだ(やさ)しい。

 回復薬も、治療師(ヒーラー)の魔力も有限なのだ。

 より強く、より優れたものが優先されるのは当然のこと。

 それに文句があるなら強くなればいい。それが『戦いの野』の……いや、【フレイヤ・ファミリア】の暗黙のルールだ。

 

 

「じゃあよ、今日から俺も――」

 

 ダリスさんがなにかを言いかけたその時。僕とダリスさんの背後から大きな影が差した。

 思わず二人して振り返ったそこには。

 

 

「オ、オッタルさん?」

 

 

 小柄な僕たちを見下ろすようにして、鋼のような偉丈夫(いじょうぶ)がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アニメ見返して生えてきたモブ。裏設定。



・その小人は、とある小さな王国で生を受けた。
・小人は同法の中でも飛びぬけて気性が荒く、そしてその性格に見劣りしない戦いの才を持っていた。
・小さな体に収まりきらぬ激情は小人だからと、馬鹿にする者らに怒りのままに暴力を振るう。
・それを続けるうちにやがて彼は周囲に(うと)まれた。自身の肉親にすらも。
・彼を救ったのは、小人の幼馴染。
・銀の髪と紫の瞳が美しい、心優しい少女だった。
・彼女から差し伸べられた手は、怒れる小人の孤独を癒した。
・やがて小人はその溢れる激情の矛先を正し、少女の勧めもあって王国の騎士、その見習いにまでなった。
・荒くれ者から秩序の守り手に成る為、血の滲む日々を送る小人を少女は支えた。
・そんな少女に小人は感謝を伝えたかった。だから、王国近くの森に咲くという、稀少な花を取りに行った。
・昔、美しい花の噂を聞いた少女が一度見たいと言っていたから。
・神の恩恵を持たぬ者にとって、怪物の溢れる森の中は危険極まりなく。しかし小人は成し遂げた。
・一輪の花を手にして帰還した傷だらけの小人を待っていたのは、しかし、王国が大火に沈み行く光景だった。
・その上空から飛び去って行く、一頭の飛竜。
・小人は探した。
・崩れた瓦礫と黒炭になった生き物たちの残骸の中を、必死になって探した。
・そして、見つける。
・両親だったものを、師と仰いだ騎士だったものを、最愛の少女の、変わり果てた姿を。
・慟哭の果て、小人は復讐を誓う。
・小人は山を登る。その先にある飛竜の巣を目指して。故郷を、愛する者達を(しい)した怪物に一矢報いる為に。例えこの身が滅びる事になろうとも。
・頂上に辿り着いた小人を待っていたのは、仇の飛竜、その番と子。それらの骸。
・そして、世にも美しい一柱の女神。
・小人から激情の矛先を、最愛との再会を奪い取った女神は銀の髪と紫の瞳を持っていた。


「俺はお前を愛する事は無い。しかし、その髪と瞳が憎らしい程に愛おしい」


 怒れる亡国の騎士。ダリス・メオーは微笑む主神(しゅじん)にそう言った。
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