もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
「【
何か、大切なものが零れ落ちていっている。
「【傷負う戦士に、
刻一刻と流れ落ちていくそれは僕から色を、音を、熱を奪い去って行く。
「【休める勇士に、
寒い。体が凍り付いたんじゃないかってくらい、冷たい。
『命』が、僕の中から、零れ落ちていく。
『僕』という存在が、
「【ロギア・スカンディナヴィア】」
瞬間、凍える様な
「――――――――――――っか、はぁああッッ!?」
息を、吹き返す。
直前まで止まりかけていた心臓の鼓動が、今は反動の様にバクバクと早鐘を打ち鳴らしている。落ちかけていた思考が、再稼働するための空気を求めて呼吸が乱れ荒くなる。
…………今の、本当に死にかけてたっ!?
今までも斬られたり殴られたりしたことは何度もあった。
大きすぎる傷の負荷に耐えきれず、意識を飛ばすことは数えきれない程経験してきた。
でも、こんな風に死に際スレスレまで追い込まれたことは、これが初めてだった。
腹の奥底からこみ上げてくる感情に喉が引き攣りそうだ。
死を間近にした恐怖なのか、生きていることの喜びなのか判別がつかないくらいグチャグチャになった衝動で勝手に目が潤んでしまう。
「ふぅっ、うぅぅっ、ぐぅっ……!」
「戻ったか」
呼吸が定まらないまま体を震わせていると、上から声が落ちてきた。
震えるばかりで動かない体に、目だけを声へと動かしてみれば、僕を切る前と後で変わらないまま、オッタルさんが原野の上に立っていた。
「立て。続きだ」
「!?」
当然のことの様に言うオッタルさんに、思わず目を剥いた。
さっきまで死にかけていた事など、全然関係ないと言わんばかりの言葉。
当然のことながら、僕はまだ動けない。
体に力は入らないし、呼吸は荒く乱れたまま全身の震えも
例え立てたとしても、さっきまでの様に動けるはずもないし、まして戦う事なんて出来るわけがない。
でも、オッタルさんはそんな僕の事を考慮してくれなかった。
「伏して無様な死を迎えるか、剣を持って
体が動かせず、喉が
何を、と思うよりも早く。その剣を振り下ろされた。
そして剣の切っ先が――突き立てられる。
「……それでいい」
体に刃が食い込むよりも早く。僕の体は動いていた。
反射的にその場を転がって剣を躱すと、それまで僕が横たわっていた地面にオッタルさんの剣が突き立った。
そのまま何度か転がって距離をとった先で、地面を殴りつけた反動を利用して体を起こし、すぐさま構えをとる。
そんな僕を見据えながら、オッタルさんは
「
「はぁっはぁっ……っああああああああー――っ!」
オッタルさんの体がゆっくりと沈む。踏み込みの体勢。
僕の
このままじゃ……また、斬られる。
また、死――――
「サンダーボルトッ!!」
発声、即座に発動してくれる魔法の頼もしさ。
直撃した手ごたえ。
それを無視して、衝動に突き動かされるまま連射する。
撃つ、撃つ、撃つっ!
撃って撃って撃ちまくれ。絶対に相手を近寄らせるな! 接近を許せば殺される!?
攻撃する為の行動じゃない。湧き上がる恐怖に駆られた末の
なりふり構わない、後の事なんて頭にない。何かに憑りつかれたように僕は魔法を撃ち続けた。
詠唱のない『速射魔法』の、【
魔法の無茶な使い方をしているせいか、頭の奥から背筋に掛けて冷水が流し込まれたみたいに冷たく、重くなってくる。
そんなの知ったことかと、見ないフリをしたまま僕は魔法の雷を撃ち続けた。
少なくとも、『
なんてことは、無かった。
「ほう、唱えずとも撃てるのか……だが、
音が鳴る。
太鼓を叩きつけたような、重く、腹に響くような音。
強い衝撃。
体が浮いた。
一拍遅れて、痛みが、痛みが痛みが痛みが痛み痛み痛み痛み痛み痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛――――――ッ。
「――――――――ガッッ!?!?」
連打。連打。連打。連打。連打。
連射した魔法をやり返される様に、オッタルさんに攻撃された。
初撃で足が地面から離されると、続く攻撃が僕が地面に降りるのを許さなかった。
腹。頬。肩。顎。横腹。脚。背中。頭――全身を
一撃、一撃が異なる技術から練り込まれたソレ等は、一つとして同じ威力、衝撃のものが無い。頭でなく、体にそれを理解させられた。
無限にも思えるほどに
糸もなく
べしゃり、と体が地面に崩れ落ちる。
全身に刻まれた傷から
世界から、光が、消えていく。
「……ぁ、…………」
僕に覆いかぶさるように闇が迫る。短かった
「【ロギア・スカンディナヴィア】」
再び光が僕の体を包み込む。
「――ぶはぁっっ!?」
落ち続けていた意識が引き戻される。遠ざかる終焉が手を振りながら僕を見送った。「またねー」じゃない。もう二度と会いに行ってやるもんか。
「戻ったか。次だ」
前言撤回。
すぐにまた行く事になりそうだ。
「【ロギア・スカンディナヴィア】」
「どうした、さっさと立て」
「………………うっ、ううっ、うぇええ、うええええええぇんっ」
二度目の
僕はすっかり
傷を癒された僕に告げられる
それまで止められていたものが決壊したように。
癒され、傷一つ残っていない体とは反面に、心の方の傷は癒えることなく負荷を重ね続けた結果、限界を超えてしまったんだと思う。
「団長さまー、
そこで初めて、僕の耳に届いたオッタルさんとは別の声。
その声は、その言葉はまるで暗雲に差した一筋の光だった。がけっぷちに立たされた今の僕には、それが何よりの救いに感じられた。
ガバリと音が出る勢いで顔を向ければ、いつからいたのか、見覚えのある女性が僕のすぐ近くに立っていた。
「エ、エイルさぁん……っ!」
馴染みのある
女神だ、女神がいる!
【フレイヤ・ファミリア】には女神がふたりいた!?
「時間は有限だ。あの方の願いを叶える為には今のままでは全くもって
「なら仕方ないですねぇ、ある程度までは私も付き合いますよぅ」
「エイルさぁん!?」
一瞬前まで垂らされていた救いの糸が、プツリと切り落とされた。
救いはないのですか!?
「続けるぞ」
「う、うぅぅっ…………」
さっさと立て、と追い立てる様に剣を突き付けるオッタルさんに、笑みを浮かべたまま――実際には全てを諦めた遠い目で――動かないエイルさんに、僕はこの場に味方がいないことを悟った。
だから僕は――――逃げ出した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー――――ッッ!!」
「……フン」
背後から聞こえたドン、と地面を蹴る音を最後に、僕は意識を失った。
* * * *
地面に力なく横伏せる少年を治療しながら、白衣に身を包んだ少女がオッタルに問いかける。
「実際、やり過ぎだと思いますけど、これもご
「……」
気絶する少年の呼吸は規則正しく、その生命活動に支障はないものの、血を流し過ぎたせいでその顔色は死人の様に白くなってしまっている。
あのまま続けていれば、治癒魔法で傷を癒したとしても失血で死にかねなかっただろう。
エイルのそんな診断をオッタルは黙ったまま聞き流す。
「もしかして、
「……フッ」
からかう様な、冗談交じりのエイルの言葉に、たまらずといった様子でオッタルは小さく噴き出した。
「嫉妬……か。そうかもしれん」
オッタルの、いつもは無骨な面持ちが今はほどけた様に小さく苦笑を表していたせいだ。
知らず、力を入れてしまった事も否定できぬと、
「だが、必要な事だ
だからこれは、『洗礼』だ。
血を血で洗う闘争を。
すべては、
栄光ある【
女神の膝下に、
「超えてみせろ。あの御方の寵愛に……応えろ」
それが少年に課された、女神の
小さく呟かれた、不器用すぎる男の言葉。
それをただ一人横で聞いていたエイルは、また仕事が増えるなぁと死んだ目で天を
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