もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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贄の兎 5

 

 時刻は夜。

 燦燦(さんさん)と輝いていた太陽に代わり、月と星々が空を彩る頃。【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)の『特大広間(セスルームニル)』は(うたげ)もかくやといった喧騒(けんそう)に満ちていた。

 暁の戦から始まる【フレイヤ・ファミリア】団員の一日は、盛大な晩餐(ばんさん)を持って終了する。

 原野の戦いに参加した者は、この『特大広間』で肉と酒を(むさぼ)り、疲弊した心身を回復させるのだ。

 その一方、厨房で忙しなく調理をするのは非戦闘員を始めとした裏方と、エイル達治療師(ヒーラー)薬師(ハーバリスト)だ。

 戦士たちの治療も含めた闘いの『後処理』は彼女たちの仕事だった。

 傷付いた戦士たちを魔法と薬で癒し、美味い料理と酒で彼らの心を潤す彼女たちは、神々から与えられる二つ名とは別に、『満たす煤者達(アンドフリームニル)』と呼ばれている。

 そして、【フレイヤ・ファミリア】に入団したリリはそんな『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の一員として、不慣れながらも労働に(いそ)しんでいた。

 

「肉をくれ!」

「もっと酒もってこーいっ!」

「ソレは俺の皿だ、テメェのはそっちだろブッ殺すぞ!」

「うるせえ知るかボケ皿なんぞ多すぎて見分けつかねーよ死ね」

「喧嘩すんなよ。ここで暴れて料理を駄目にしたら俺がお前等を殺すからな」

 

 

「死ぬ、死んでしまいます……っ!!」

 

 晩餐の宴、その真最中。リリは疲労の極致にあった。

 絶えず課せられる試練(ちゅうもん)の数々に、栗色の瞳をグルグルと回しながら右へ左へ奔走(ほんそう)し続けている。 

 

 人員不足極まる『満たす煤者達(アンドフリームニル)』メンバーは、リリの参入に諸手を上げて歓迎した。

 おかげで人間関係は良好。個室も与えられ、美味しいご飯(まかない)を毎日食べる事が出来る。

 更には『満たす煤者達』とは別に、ベルの付き人という身分を主神より与えられ、ベルのお世話をすると言う名目で彼と一緒に居られるのだ。

 あの寒さと飢えに震え、泥を(すす)り手を汚してきた盗賊時代を考えれば、比べものにならない程の待遇だった。

 

 ……でも最近、あのまま盗賊続けてた方が良かったんじゃないかな、と目が千里先に向く事が多くなってきた気がする。

 それもこれも、理由はただ一つ。

 

 

「ニク、ニクゥー――ッ!」

「さ、さけはまだか、ぜんじぇんたりんじょぉ」

「おいなんで俺が手に持ってる皿から取っていやがるブチ殺すぞ」

「それが最後だったんだから仕方ないだろ死ね」

「お前等ホントは仲いいだろ。つか新しいの貰えばいいだけじゃねーの?」

 

「「「「そこのパルゥム、おかわり頼む!!」」」」

 

 

「労働に、殺されるっっ……!」

 

 忙しいのだ。

 ただただ、殺人的なまでの労働量にリリは文字通り忙殺(ぼうさつ)されそうになっていた。

 厨房で料理が盛られた皿を運んで、走って、空になった皿を下げて、走って、酒で満たされた杯を運んで、走って、山の様に積まれた皿を洗って、走って、ゴミを出して、走って――絶え間なく押し寄せる仕事の数に、リリの労働許容範囲(キャパシティ)はとうに振れ切っていた。

 リリ一人とは言え、人手が増えて()()なのだ。

 今もリリ以外の『満たす煤者達』他、非戦闘員を総動員してもまだ足りない人手に「どうして今まで切り盛り出来ていたんだ!」と宴に駆り出される度に叫びそうになる。

 

 注文された肉の山と酒を運び終えたリリが、目の端に涙を浮かべながらヒィヒィと喘いでいると、ポン、とリリの小さな肩に背後から手が乗せられた。

 振り向けば、自身の肩に手を伸ばす白衣を身に纏った治療師の女性。リリ達『満たす煤者達』のまとめ役が微笑みながらリリを見下ろしていた。

 

「慣れるよ」

 

 肩越しから見えた、微笑みを浮かべる彼女の表情は慈母の様にも、悟りを開いた修行者(しゃちく)の様にもリリの目に映った。

 そしてリリの目に映る彼女の顔の、半分降りた瞼の奥から覗いた、一切の光がない、死んだ魚のような瞳が自分の未来を暗示しているようで――。

 

 死刑宣告(あきらめろ)と言い渡されたリリは発狂した。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 ……今話しかけるのは無理そうだなぁ。

 視線の先で、ウキャー! と悲鳴を上げているリリを見て僕はそう思った。

 

 

 原野でオッタルさんに呼び出された後何度もボコボコにされて、最後には逃げようとして気絶させられて。

 目が覚めたらすっかりと日が落ちていて、辺りは暗くなっていた。

 『戦いの野(フォールクヴァング)』を切り抜けられなかった者達と同じように、気絶した後に館の前まで移動させられていたようで、戦士たちを迎え入れる為に開かれた大扉からは遠くから響く喧騒の音と、お腹を刺激する匂いが漂って来ていた。

 

 血を失い過ぎたせいか、酷く重たい体を引きずる様にして『特大広間』にやって来た僕は、空いていた席に腰を下ろすと運ばれてくる料理を黙々と口に運び続けた。

 『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の人達が調理した料理は栄養満点な上、凄く美味しい。はずなんだけど、極度の疲労のせいか今の僕には全然味が分からなかった。

 それでも、たくさん食べないと強くなれないと教えてもらったから、無理やりにでも口に詰め込んで、水で薄めた蜜酒(ミード)で流し込んでいく。

 

「…………」

 

 頭をからっぽにして、一心不乱に食事に専心していると、すぐに満腹になってしまった。

 食事の余韻に浸ることなく――味を感じれなかったから、残るモノもなかったのだけど――僕は席を立つ。

 そのまま、喧騒から逃げる様に背を向けて。

 僕は館の最上階へと足を向けた。

 

 

 

 

 

「あの、女神様の下に行きたいんですが……」

「あの方は今重要な用があるために本拠(ホーム)を空けておいでです」

「そう、ですか……あの、いつ頃お戻りになられるとかって……」

「あの方の動向を新入り風情が知る必要はありません」

「うっ」

 

 女神様の神室に向かう途中、ヒューマンの女性に行く手を阻まれた。

 本拠(ホーム)の最上階にある神室(しんしつ)。そこに続く階段の踊り場で、上階から降りてきた彼女に退去を告げられたのだ。

 顔の右半分を灰色の髪で覆い隠した、それでも損なわれることのない整った容貌(かお)の美少女。

 黒を基調としたドレス然の衣装は、どことなく魔女――幼さを残す容姿も合わさって――の『弟子』を思わせる。

 長い髪に覆われていない、(あら)わとなっている左眼は衣服と同じ黒い色で、踊り場の僕を段上から見下ろしていた。

 

「大体、何用であの方に拝謁(はいえつ)しようとするのです」

「いえ、あの、ただちょっとお話がしたくて……」

「お話? ちょっと? つまり貴方はなんの中身も、意義もない事の為に(とうと)くも(たっと)いあの方の、有意なお時間を浪費させようと言っているのですか?」

「いや、そんなつもりは」

「何が違うと? それとも、私に言えぬほどの重要な事でも?」

「あ、あうぅ……」

 

 こちらを見下ろしている彼女は一貫(いっかん)して無表情のまま、しかしその言葉は凍えるような冷たさを感じさせてくる。

 ファミリアの人達は、何故か僕に対して余所余所(よそよそ)しい。と言うか攻撃的な人がほとんどだ。中でも彼女は特に当たりが強いというか、キツイというか。

 正直、会うたびに痛烈な叱責をされるので彼女の事が苦手に思ってしまっている。

 今も、僕を見下ろす彼女の、まるで数年間洗っていない毛玉を見る様な目付きに、自分がとてつもなく悪い事をしているんじゃないかと勘違いしてしまう。

 

「……なんですか、その捨てられた兎みたいな目は。そんな風に見つめれば拾って貰えるとでも? 非常に不快です。即刻目を(えぐ)り抜きなさい」

「ええっ、そんな目してないですよ!? というか抉れって!?」

 

 ただでさえ極寒の眼差しに、強い拒絶が込められた舌打ちに心が打ちのめされる。

 酷すぎるダメ出しにたじろいでいると、これ以上僕を視界に映さない為にか、ふい、と目を逸らした彼女が長い衣装(ドレス)(すそ)(ひるがえ)した。

 

「我らが女神は貴方の研鑽(けんさん)をお望みになられました。今日の件はその一環(いっかん)です」

「――!」

 

 話は終わりだと、こちらに背中を向けた彼女がポツリとこぼした言葉に、僕は息を飲んだ。

 その言葉が本当なら、原野でのアレは。

 僕へ向けて振るわれたオッタルさんの刃の数々は全部、女神様の指示だった……?

 それはつまり、身体を刻まれ、癒されて繰り返された痛みが、恐怖が、苦しみが――あの優しかった女神様の意志だって事で。

 

 

「あの方の神意(しんい)は、全て貴方を想っての事です。しかし同時に、それであなたが潰れてしまわないかと、あの方は心の底から案じられておいでです」

 

 グルグルと思考が迷走しながら沈み込もうとする直前。続いた言葉に僕は(うつむ)きかけた顔を上げた。

 こちらに背を向けていた彼女は顔だけ横向けて、黒い眼に僕を映している。

 それまでは敵意にも似た冷たさを宿していた眼差しに、今は別の色が混じっているような気がした。

 

 

 

 見つめ合っていたのも僅かな間。

 すぐに顔を前に戻した彼女は、もう語ることはないと背中で語る様に、再び最上階へと姿を消してしまった。

 

 ……さっきのは、僕を(なぐさ)めてくれたのかな。

 

 上へと上がっていく彼女の背中を、『女神様の付き人』である侍従頭のヘルンさんの姿が消えるまで、僕は踊り場の上で見続けていた。

 

 

 

 

 

 踊り場での会話の後、女神様と話すことを諦めて自室に向かう途中、エイルさんから声を掛けられた。

 なんでも、伝言があるとかで『特大広間』から姿を消していた僕を探しに、仕事を抜け出してきたらしい。

 その伝言の内容は、明日も原野に来るようにと、オッタルさんから僕へ向けて告げられたものだった。

 また臨死と蘇生の繰り返しをしなくちゃいけないのかと顔を青くした僕は、ただ茫然としていて。

 やけに機嫌が良さそうなエイルさんが「じゃあ、確かに伝えたからねー」言った後すぐ、仕事場を放棄した脱走者(エイルさん)を追って来ていた『満たす煤者達』の顔役の女性に捕まった事も。

 今なお賑やかさを増す『特大広間』へ抵抗(むな)しく引きずり戻されていく彼女の助けを求める叫び声も、何も頭に入ってこないくらい、絶望に目の前が真っ暗になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****以下、挿入どころを見失ったこぼれ話(胸糞注意)****

 

 

 

 

 

 それを見てまず浮かんだのは「ああまたか」という感情だった。

 朝食を乗せたトレーを手に、彼を探しても食堂にその姿はなく、同胞(パルゥム)の一人に原野に向かったと聞いて来てみれば、彼は派閥(ファミリア)の長と闘っていた。

 ……いや、それは『戦い』とは呼べないだろう。あれはただの蹂躙(じゅうりん)だ。

 原野の彼は一合(いちごう)と斬り結ぶ事なく、ただひたすら斬られ、殴られ続けている。

 その(さま)悲惨(ひさん)の一言に尽きる、が、それに関して抱く感情は特になかった。

 むしろ、敬愛する主神(しゅじん)相応(ふさわ)しい人品(じんぴん)足り得るにはそれぐらいして貰わなければ、とすら思う。

 

 

 

 ――――本当に?

 

 

「…………………ぁ」

 

 違う。

 

 違う、違う、違うちがうちがうチガウッ!?

 

 

 突如脳裏に響いた『ダレカ(ジブン)』の声。そしてパリン、と何かが破り割れた音が聞こえた気がした。

 そして、それまで塞き止められていたもの達が濁流の様に(あふ)れだす。

 上から蓋をするように、抑え込められていた大切な思い出が、彼へと抱くようになっていた想いを取り戻したと同時に、それまでの己が辿(たど)っていた思考を全否定する。

 

 なんで? いつから? いつから自分はこうなってしまっていた?

 あの、今の彼をこの目にしておいて、抱く感情は特にない? むしろ、それぐらいして貰わなければ?

 何を言っているんだ。あんなに辛そうにしているのに。あんなに苦しんでいるのにどうしてそんな考えになるんだ。

 

 

 ぽたり、ぽたりと雨粒が落ちる。

 両の瞳から降る雨が、原野を濡らしていく。

 

「……助けなきゃ、ベル様を……リリが、助けなきゃ」

 

 リリは足を踏み出した。

 頭に(モヤ)がかかったように思考がまとまらないまま、血を流す彼の下へ。

 今すぐに走り寄って、助け出そうと。先程から騒ぎ続けるこの胸が訴える『献身(かくご)』を、再び取り戻そうとして――――

 

 

「それはダメって、言ったでしょう?」

 

 

 一歩。

 原野に足を踏み出したリリの両の瞼に、背後から伸びてきた手がそっと当てられた。

 恐ろしく滑らかな肌触りのする細い手が、リリの栗色の瞳を(おお)(かく)す。

 次には、背中に触れた二つの(ぬく)もりに()()()、と痙攣(けいれん)するかのように体が打ち震えた。

 鼻腔(びくう)を舐める甘い香りが、密着してくる肉の柔らかさが、リリの感覚を麻痺させていく。

 既視感のある『(ナニカ)』に、リリが侵されていく。

 

「ぁ……(いや)…………ベル、さま」

 

 膝が震える。腰が砕ける。歯は噛み合わず、目の焦点が定まらない。

 思考は再び『美神の魅了』に呑まれ、胸に灯った『覚悟』の火は再び消火されてしまった。

 

 

 

 

「特別な力も持たない(あなた)(わたし)に抗う……嫉妬するわ。まるでベルと絆で結ばれているようで」

 

 崩れ落ちた眷属を前にして、フレイヤは誰に聞かせるでもない独白を落とした。

 今も、そして以前もリリに掛けたのは()()()『魅了』。

 しかしそれは神の――《美の化身》たるフレイヤの『魅了』だ。当然、下界の者に抗えるはずがない。

 しかし、リリはそれに抗った。己の意志だけで。愛する者を想う、ただその一心で。

 

 証拠に、フレイヤの持つ『魂を視る』瞳には、確かに輝くリリの魂が見えていた。まるで少年の透明な輝きに触発される様に。共鳴するように。

 まあそれも、たった今他ならぬフレイヤがそれを()み取ってしまったのだが。

 

「ベルの事は気にしなくていいわ。貴女(あなた)はいつも通りあの子を支えてあげて」

「…………はい、フレイヤさま……」

「朝ごはん、まだなんでしょう? 食べてきたらどう?」

 

 

 小さな眷属に声をかけ、ふらふらと遠ざかる背中を見送った後。

 フレイヤは(こら)え切れず、ため息を漏らしてしまった。頭が痛いとばかりに手を当てて横に振る。

 

「自分のことながら、嫌になって来るわ……こんなに必死になってしまうなんて。みっともない……」

 

 原野に目を向ければ、オッタルにしごかれるベルの姿がある。

 痛めつけられ、血を流し、痛苦にあえぐ様に胸が痛み――それでいてもなお、依然(いぜん)澄み切ったままの魂の色に胸が焦がれる。

 

「……そろそろ『あそこ』に顔を出そうかしら。随分(ずいぶん)日を空けてしまっているし、罰を受けてしまうかも」

 

 でも、今はそれが丁度いいかもしれない。

 そうと決まれば、とフレイヤは原野に背を向け歩き出した。

 

 

 




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