もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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白兎は『おう』を仰ぐ 3

 女神様に【ステイタス】を刻んでもらったその足で、僕は巨大な迷宮都市を管理する機関、『ギルド』の本部へと向かった。

 そこの受付に座る、綺麗な女性の前へと身を乗り出し、冒険者に希望する旨を伝えると、女性は僕に登録用紙を差し出した。

 必要事項を記入し終えて提出すると、事務手続きの為、また明日来て欲しいと言われた。

 すぐに了承した僕は、大きな声で感謝を述べた後、取って返すようにファミリアの本拠に引き返す。

 

 

「とっ、登録してきましたっ! オッタルさん!」

「……そうか」

 

 ファミリアに入ったばかりの新人は、ある程度の技量が身に付くまで、先達に教えを受けるらしい。

 幸運なことに、僕は今日から三日間、この人に冒険のいろはを教えて貰えることになった。

 

「今からお前の獲物を選ぶ……ついてこい」

 

 そういって移動を始めたオッタルさんの背を追えば、武器がそこかしこに転がる倉庫のような部屋に着いた。

 

「使いたい武器の要望はあるか」

「え、えっと……た、大剣がいいです」

 

 理由は勿論、オッタルさんが背負っていたから。それに、物語の英雄の多くも、大剣でもって恐ろしいモンスターと対峙していたから、前から憧れていたのだ。

 しかし、オッタルさんはそう言った僕の体を一瞥し――希望した大剣の代わりに一本の直剣を差し出した。

 

「お前の体では大剣は扱いきれまい。体が出来上がるまではこれで剣の味を覚えると良いだろう。粗い作りだが、バランスの取れたいいモノだ」

 

 渡された剣を受け取ると、ずっしりとした重さが持った手に伝わってくる。

 60C(セルチ)程の刃渡りのソレは、細かい傷はいくつかあるものの、へこみや刃毀(はこぼ)れのない、無骨な鉄の剣だ。

 僕の武器が決まり、武器庫から出ていくオッタルさんに慌ててついていくと、来た時と変わらず闘争を繰り広げられている原野――の端っこに移動した後、オッタルさんが僕に言う。

 

「振ってみろ」

「え」

 

 その一言を言ったきり、何も喋らなくなってしまったオッタルさんに、僕はうろたえる。

 しかし、どれだけ時間が過ぎても、オッタルさんは無言を貫き、やがて居た堪れなくなった僕は、手にした剣を振り上げ、上段から振り下ろした。

 

「やあっ」

「…………」

「え、えっと……え、えいっ! はぁっ! とぁーっ!」

 

 言われた通り剣を振った後も、何も言わないオッタルさんの前で、僕は戸惑いながらも続けて下段切り、横薙ぎ、突きを繰りだした。

 先日まで暮らしていた村で畑仕事の傍らに、鍬を剣に見立てて振るい続けて五年以上経つ僕の剣筋は――自分で言うのも何だが――結構錬磨されているのではなかろうか。

 

 そんな僕の剣舞が一通り終わった後、オッタルさんは僕の剣をいきなり奪い取った。

 

 

「……見ていろ」

 

 それから始まったのは、本物の『剣の舞』。

 先程までの僕のお遊びのそれとは比べ物にならない程、磨き上げられた剣の技術。

 極限まで無駄を削ぎ落し、『斬り』、『貫く』事だけを追求した動作は、見惚れてしまうくらい美しい。

 その場で一歩も動くことはなく、言ってしまえばただの素振り。それが今まで見てきた何よりも、僕の心を鷲掴みにした。

 時間にしてみれば、三分もなかっただろう。

 鋭く、しかしゆっくりとした剣を振る動作()が終わり、オッタルさんは動きを止めた。

 

「剣を振るう時は、今の動きを元にするといいだろう。次だ、ついてこい」

 

 オッタルさんは呆然としている僕に剣を返すと、直ぐにどこかへ向かおうとする。

 離れていくオッタルさんの背中に、ハッと意識を取り戻すと、慌ててその背を追った。

 場所は再び屋敷に戻り辿り着いたのは、屋敷の規模からしたら小さな、しかし僕にとっては広すぎる一室。

 

「ここがお前の部屋だ。自由に使え」

「……へ? ぼ、僕の部屋、ですか?」

「そうだ。フレイヤ様は団員一人一人に自室をお与えになられる」

 

 ……僕の部屋。僕の自由にしていい、僕だけの部屋。

 村でおじいちゃんと暮らしていた家にも、自分の部屋はあった。

 しかし、壁は薄く音は筒抜けで、最低限の家具を置くのが精いっぱいな大きさしかなかった。

 今僕が居るこの部屋は、隣接する部屋同士の壁が分厚く、何よりも広い。

 下手をすれば、昨日まで泊まっていた宿の部屋――寝具くらいしかない、小さな部屋。それでも僕には十分だった――の倍以上あるんじゃなかろうか。

 感動に身を震わせている僕に声が掛けられる。

 

「明日はダンジョンに潜り、一通りの戦闘をこなしてもらう。それまでは好きに過ごせ」

「はいっ、ありがとうございました!」

 

 オッタルさんが部屋から出ていき、僕はその背中に向けて頭を下げた。

 部屋の中で一人になった僕は、これから待つ日々に思いを()せた。

 

「……あ、そういえば、この剣の鞘貰ってないや。どうしよう……」

 

 こうして、僕が女神様の眷属になった最初の日が終わった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ――ベタッベタッと音を鳴らしながら、醜悪なモンスターが近づいてくる。

 緑色の体。突き出した腹回りに対して、不自然なほど細い手足。

 黄ばんだ乱杭歯の並ぶ口からは、粘り気を帯びた涎を垂れ流し、周囲に獣臭さをまき散らしている。

 指の先から伸びる、長く鋭い爪を振りかざして、僕に襲いかかってくるそのモンスターの名は、『ゴブリン』。

 子供の頃、僕を多数で囲んでボコボコにした奴らと同じ、恐ろしい奴だ。

 

 

 ここはダンジョン一階層。

 朝が明けて、倉庫から引っ張り出だしてきた鞘と剣帯に直剣を収め、ギルドへ直行。

 気のせいか表情を強張らせた受付の女性から渡される、新人冒険者に支給される初期装備を身に付ければ、さあ出陣。

 ホームからずっと、後ろを少し離れた距離を維持しているオッタルさんと共に、僕はついにダンジョンに足を踏み入れた。

 そして初ダンジョンでの高揚感に身を震わせるド新人を洗礼するように、五百M(メドル)も進んでいないところで、僕の初陣が始まろうとしていた。

 ダンジョンに潜る前にオッタルさんから出された指示は、ただ『戦え』の一言だけ。

 

 通路の先から聞こえるその音に、慌てて鞘から剣を抜こうとするも、手がもたついてすぐに抜くことが出来ず、やっと剣身が全て露わになった頃には、モンスターの全身が確認できる距離まで近づかれてしまっていた。

 

「ゴブルァアアアアッ!」

 

 恩恵を与えられたことで、薄暗いダンジョンでも強化された視力が鮮明に映し出すそいつは、ゴブリンと呼ばれる雑魚モンスターの代表格。

 古代と呼ばれる遥か昔、地上に進出してきたコイツ等は、このオラリオから遠く離れた世界各地に散見されている。

 農作物を荒らし、家畜を襲う厄介なモンスターで、繁殖力が強く、とにかく数が多いのが特徴だが、その分個体の力は弱い。

 弱いと言ってもモンスターと呼ばれるだけあって、時には訓練を積んだ兵士ですら、ゴブリンに殺されることもある。

 毎年少なくない数の人命が、このモンスターによって失われている。

 

 そんなゴブリンが、僕を殺そうと鋭利な爪の先端を向けている。

 突然の遭遇に身を固くする僕は、手に持った直剣の柄を強く握り締め――「アレ?」と首を傾げる。

 

 

 遅いのだ。

 

 これでもかと言うくらい、ゴブリンの移動する速度が遅すぎる。

 彼我の距離が十Mを切った目の前のゴブリンは、その速さも、大きさも、首を傾げるほど記憶の中のゴブリンに劣っていた。

 違和感と緊張感に見舞われながらも、僕は直剣を振り上げ――目蓋に焼き付いたオッタルさんの動きをなぞりながら――踏み込みと共に振り下ろす。

 

「ふっ!」

「ゴブァッ!」

 

 上から落とされた鉄の塊に頭蓋をカチ割られ、ゴブリンは倒れた。

 数度痙攣したゴブリンは動きを止め、ひしゃげた頭部から脳漿と血を溢し、周囲に鉄の臭いが漂よった。

 

 ……やった、のか?

 振り下ろした態勢のまま固まる事しばし。

 ゴブリンが動き出さないことを確認した僕は、やがて湧き上がる喜びと共に顔を緩めた。

 

「……や、やったぁーっ! オッタルさん、見ましたか!? 僕、ゴブリンを倒しました! 初めてモンスターを倒しましたよ!」

 

 拳を握り、その場で振り上げる。

 初めてモンスターを倒した達成感と、因縁の相手に打ち勝てた喜びがあふれて止まらない僕は、盛り上がる感情のままにその成果をオッタルさんに報告する。

 

「そうか。ではその胸から魔石を取りだせ」

 

 それに対してオッタルさんの反応がそれだった。

 

 その言葉で、湯だった頭に冷水をかけられたような気分になった僕は、直剣とは別にギルドで貰ったナイフを手に取り、倒れているゴブリンの胸に突き刺した。

 ぐりぐりとナイフでかき回し、小指の爪程の紫紺の欠片をほじくり出した。

 それから直ぐにゴブリンの体はその輪郭を失い、灰となって崩れ落ちる。

 これがモンスターの最期。僕たちとは在り方が根本から違う証明だ。

 

 ダンジョンに潜る前にギルドで受けた講習で聞いた、モンスターからとれる資源、それが『魔石』。

 冒険者は、これを売ることで利益を得る。そうして稼いだお金で装備を整え、ダンジョンの奥に潜り、さらに多くの魔石を採取していくのだ。

 

「と、取りました」

「ああ、それでは次だ。先に進むぞ」

「え……」

 

 オッタルさんはその言葉に意外そうにしている僕に目を向ける。

 

「お前がオラリオに来る前に何を経験したかは知らん。興味もない。しかし、今のお前はフレイヤ様の眷属となった身。ならばフレイヤ様の名を汚すような振る舞いは止めろ。ゴブリンを倒した程度で喜ぶな」

「は、はい……」

 

 お、怒られてしまった。

 確かに、客観的に見たさっきの僕は少しはしゃぎ過ぎていたかもしれない。

 反省と恥ずかしさに肩を縮めていると、先程と同じような足音が曲がり角の向こうから響いてきた。

 

「先程大声を上げていたからだろう。追加が来たようだ」

 

 オッタルさんの言葉で、ダンジョンではそういう事にも気を付けないといけないのかと知る。

 近づいてくる音に気を引き締め直し、採取した魔石とナイフをしまい、直剣を構えた。

 

 先程恥ずかしい位に舞い上がった自分を張り倒すくらいの気持ちで、曲がり角から姿を見せた緑色をしたモンスターに向かって、僕は駆け出した。

 

 

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