もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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贄の兎 7

 

 

 ギルドを出た僕は、ダンジョンに向かう冒険者の波に押し流されて中央広場(セントラルパーク)に辿り着く。

 広場に出た事で波からはじき出された僕はそのまま、ぼうっとバベルを――その下にあるダンジョンへ向かう冒険者達の背中を眺め、しばらくしてから歩き出す。

 顔を(うつむ)けて、後ろに滑っていく石畳を見下ろしながら、流されるまま行く当てもなく彷徨(さまよ)った。

 周囲の弾んだ喧騒が耳に遠く感じる。空は快晴で、日の光を遮るモノなんて無い筈なのに、僕の周辺だけ陰っているような――僕一人が取り残されているような、そんな感覚。

 そんな曇りがかった心情を切り裂くように、鈴の音のような澄んだ声が耳に響いた。

 

「――ベルさん!」

「え?」

 

 突如飛んで来た呼び声に、石畳に向けていた顔を上げる。

 見ると、薄鈍色の髪を揺らしながらこちらに走り寄ってくるヒトの姿。

 

 いつのまにか『豊穣の女主人』のあたりまで来ちゃってたんだ……。

 見覚えのある通りと、何度も足を運んだ大きな酒場をボンヤリと見ていると、近づいてきた酒場の給仕服を着た少女に手を握られた。

 

「はっ?」

「あぁっベルさん、会いたかった……」

 

 僕の手を握る彼女の白魚の様に細く柔らかい指と、上気した頬と潤んだ眼に、先程までの沈んでいた気分はどこかへ飛んで行って、僕は顔を赤く染めながら喉を鳴らした。

 

 

 

 

 

 カチャカチャと、汚れが落ちた皿が重ねられて、音を立てていく。

 蛇口から流れ落ちていく水が、汚れと泡に塗れた皿をまた一枚綺麗にしていく。

 

「……」

 

 給仕服の少女とシェフ達が慌ただしく動き回る酒場の厨房で、僕は一人。無言でお皿洗いにいそしんでいた。

 

「ごめんなさーい、ベルさんっ! 私のお仕事をわざわざ手伝ってもらって!」

()()()()連れてこられたんですよ!? それも無理矢理!」

 

 厨房をパタパタと忙しなく走り回りながら、謝ってくるシルさんに唾を飛ばす勢いで叫ぶ。

 さっきまで通りを歩いていた僕は、酒場から走り寄ってきたシルさんに捕まり、何故か皿洗いをさせられていた。

 

「溜まっていたお仕事を無断でサボッ……休んでしまったら、ミアお母さんに怒られちゃって、罰として雑用をいっぱい押し付けられちゃったんです!」

「それと僕関係ないですよね!?」

 

 というか、今サボったって言いかけてなかったか、このヒト!?

 

「もう本当忙しくって、ベルさんが来てくれて助かりました! ありがとうございます、ベルさん!」

「ぅ、まあ、その……シルさんにはお世話になってますし、少しくらいならいいですけど……」

 

 店内と厨房を何度も忙しそうに往復するシルさんと話していると、僕の横にドンッと山積みになったお皿の塔が新たに立てられた。それも二つ。 

 

「おら、イチャついてないで手ぇ動かすニャ、白髪頭。追加の皿ニャ」

「シルの色目に惑わされたのが少年の運の切れ目ニャ、諦めて観念するニャ。おかわりニャ」

「えぇ……」

 

 キャットピープルの店員の二人、アーニャさんとクロエさんによって増やされた山二つ分の洗い物に、軽く絶望を覚えながらも僕は必死にお皿を洗っていく。

 

「……」

 

 いくら洗っても終わりの見えないこの単調な作業は、かえって何も考えずに打ち込めるから今の僕には丁度良かったかもしれない。

 何かに没頭していなければ、また気分が深い所まで落ち込んでいきそうだったから。

 僕はそれきり口を開かずに、黙々とお皿を洗っていった。

 

「大丈夫ですか、クラネルさん」

「へ……?」

「この量は凶悪だ。手伝いましょう」

 

 不意に一人の店員が、僕の隣に並んだ。

 若葉色の髪に、笹葉のような細く尖った耳。そして、横顔から覗く吸い込まれそうな空色の瞳に、過去の記憶が呼び起こされる。

 その店員はいつかの路地裏で、僕が冒険者の青年と争いになりかけた時に助けてくれたエルフ、リューさんだった。 

 

「す、すいません。手を貸して貰っちゃって」

「いえ、もとはと言えばシルが悪い。そしてシルの責任を補いきれない同僚(わたし)にも責がある。謝るのはこちらの方です。申し訳ありませんでした」

「いやいやっ、そんな!?」

 

 生真面目すぎるリューさんの言動に慌てふためきながら、僕達はお皿を洗っていく。

 なんとなく話題を見つけられず、二人とも無言で作業を続ける。カチャカチャとお皿が立てる音だけが僕達の間に響いていた。

 

「何かあったのですか」

「えっ?」

「差し出がましいかもしれませんが、気落ちしているように見えたので」

 

 不意に掛けられた声に、お皿を洗う手が止まる。

 エルフであるリューさんの、整った容貌を横から呆然と眺める。

 

「私でよければ、話を聞きますが」

「……」

「貴方にはここを任せてしまっている負い目がある。もし抵抗が無ければ、どうぞ気兼(きが)ねなく」

「ぼ、僕は――」

 

 リューさんの、その一歩引いた善意に僕は胸の中にあったもの全て吐き出してしまった。

 オッタルさん、であることは伏せ、先輩の冒険者から鍛錬の為に呼び出されたこと。

 そこで何度も叩きのめされ、死にかけては回復されを繰り返されたこと。

 相談できる人がいなかったこと。

 そして、今日も鍛錬が続くと聞いて逃げ出してきてしまった事。

 他にも色々と、小さな悩みとか自分の気持ちとか、一つ口を開いたら、もう止める事が出来なかった。

 全部吐き出す頃には、あれだけあった皿の山が随分と低くなっていた。

 後半ほとんど愚痴になっていた僕の話を聞き続けていたリューさんはしばらく僕を見た後、ゆっくりと口を開いた。

 

「――私の所見ではありますが、貴方は随分と期待を寄せられているようだ」

「期待、ですか?」

「貴方の所属している【ファミリア】の事は、シルから聞き及んでいます。その苛烈さも、噂程度ですが私も知っています」

「ですが、貴方の受けたソレは私が聞いた噂とはどうにも差異がある。そこまで過剰に追い込むことなど聞いた事がない。だから、貴方が期待されているのだと感じました」

「そう、なんですか? でも、それが期待って、どういう……」

「貴方がそれを乗り越えられる事を、そして貴方が強くなる事を」

 

 リューさんの言っていることがよく理解できずに、困惑していると、リューさんは次の言葉を告げた。

 

「尋常ではない過酷な鍛錬、痛苦に(あえ)ぎながらも、それに耐え抜いたなら……それは偉業と呼ばれるに値するものです」

「い、ぎょう……?」

「ただ貴方を痛めつけたいだけなら待つ事などしないでしょう。話し聞く程の力量差があるならひたすら(なぶ)ればいい。それをせず、わざわざ回復してから貴方に打ち込ませに来させたのは、貴方を鍛える為」

「でも、だからって。……あんなにする事ないじゃないですか」

「……ここからは老婆心(ろうばしん)になりますが、いいでしょうか?」

「?」

 

 つい弱音を吐いた僕を諭すように、リューさんは僕の目を見て言った。

 

 

「貴方は、『冒険者』だ」

 

「貴方が冒険を続ける限り、いつか必ず『試練』に直面することになる。」

 

「そして、それを乗り越える為には、どうしようもなく『強さ』が必要とされるでしょう」

 

「だから、『強さ』を得る機会があったのなら、それから目を逸らしてはいけない。逃してはいけない。そうしなければきっと……後悔することになる」

 

 

 そう言って、一瞬すごく悲しそうな表所を浮かべたリューさんに僕は目を見開いたけれど、瞬きをした後には普段の冷たい顔に戻っていた。

 

「これから貴方が迎える『試練』は一体どういうものになるかは分からない。ですが、それに備える事を、強さを求める事からは、目を逸らさないで下さい」

 

 リューさんの言葉から、その()()が伝わってくる。

 否定できない説得力が、僕に鉛を飲み込んだような腹の重さを感じさせていた。

 

「……………僕は」

 

 それきり、何も言えなくなってしまった僕を、リューさんは何も言わずただ隣に寄り添っていてくれた。

 しばらく二人で皿洗いを続け、積み上げられた皿を片付け終える。まだ仕事が残っているというリューさんに見送られて、僕は酒場の厨房を後にした。

 

 

 

 店内に出て、酒盛りで騒ぎ立てている客達をしばらく眺めた後、僕は明るい喧騒に背を向けた。

 

「――ベルさん」

「……シルさん」

 

 店の出入り口の扉に向かう途中、声を掛けられて振り向くと、シルさんがすぐそばに立っていた。

 

「今日は、ごめんなさい。本当にありがとうございました」

「いえ、まあ。最初はびっくりしましたけど、丁度良かったというか……とにかく、そこまで気にしなくてもいいですよ」

 

 振り返った僕に頭を下げるシルさんに苦笑してしまった。

 そんな僕を頭を上げたシルさんは見つめると、躊躇(ためら)いながらも口を開く。

 

「あの、なんでベルさんは冒険者になったんですか?」

「え?」

「気を悪くさせてしまったら申し訳ないんですが、冒険者って、その……危ないじゃないですか。ウチのお客さんにも、何人も帰ってこなかったヒトがいますし。ベルさんは、どうして冒険者を続けていらっしゃるんですか?」

「どうしてって……」

 

 ぽつりぽつりと落とされる言葉に、僕は戸惑った。

 彼女の言う通り、冒険者という職業は非常に危険なものだ。

 一般市民である彼女が当たり前に持っているものを、僕達冒険者はきっと麻痺させて、あるいは欠落させてしまっている。

 そうするだけの理由があるから、僕は冒険者を志して、そして続けていられる。

 その理由を、きっとシルさんは聞きたいのだろう。

 

「あっ、ごめんなさい。私何も知らないのに、変な事言ってしまって」

「い、いえ、大丈夫です」

「そう、ですか? ……でも、無理はなさらないでください。それだけは、伝えたくて」

「……」

「今更、怖気つくなんて……」

 

 最後に官女が呟いた言葉は声が小さくて聞き取れなかったけれど、それでもシルさんが僕を心配してくれていることは、強く伝わってきた。

 リューさんの言葉、シルさんの言葉を頭の中で反芻(はんすう)しながら、僕はその場で考え込む。

 

「僕が、冒険者を続ける理由……」

 

 その答えは、自分でも驚くくらい、簡単に胸の奥から浮かべることが出来た。

 

 

 ――英雄になりたい。

 

 

 子供みたいな、そんな陳腐(ちんぷ)な理由。

 故郷の村で、あの小さな家で。おじいちゃんが読み聞かせてくれた絵本の主人公みたいに。

 憧れているオッタルさん(あのヒト)のように、苦しんでいる誰かを救えるくらいに。

 

 どうしようもなく、願って止まない程に。

 

 僕は『強く(えいゆう)』になりたい。

 

 

「――ぷっ、あははははは!」

「?」

 

 言葉にしてしまえば、馬鹿みたいに単純な理由。

 それまですっかり忘れていたくせに、初心(ユメ)を思い出した途端くすんでいた景色が鮮やかさを取り戻す。

 

「すみません、ちょっとおかしくなっちゃって」

「は、はぁ……」

「それで、僕が冒険者をする理由でしたよね? 色々ありますけど――」

 

 突然笑い出した僕に目を白黒させるシルさんに微笑んで、「とりあえずは、美味しいご飯を食べる為です」とそう言って、僕は出口に向けていた足をくるりと返して、いつものカウンター席に足を向けた。

 

 急に元気になった様子を見せる僕に、きょとんとするシルさんにまた笑みを浮かべて、僕は今日のおすすめを注文した。

 

 

 だって、強くなる為には、まずたくさん食べなきゃだめだって教わったからね。

 

 

 

 




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