もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
ここは――地獄だ。
響き渡る
少女が今、身を置いているこの場所は
目の前に広がる
治療の心得を持つ者として、少女は己の
深く刻まれた裂傷を、砕かれた骨を、千切れかかった四肢を、今にも
そして今にも天へ昇りそうな患者を現世に繋ぎ止めるのだ。
しかし、一向に終わりが見えなかった。
戦いに挑む者が倒れる度に少女が癒すのだが、彼は立ち上がると再び戦いに挑み、そして倒れる。その繰り返し。
治しても治しても、目の前で戦い合う愚か者たち。そして出来上がる新鮮な患者。
医療を手掛ける者として、手を抜く事などありえない。そもそも、そんなことをすれば、目の前の治癒を待つ者はあっさりと天に召されてしまうだろう。
だから、毎回全力で治療を行う。
必然、疲労は相当なものになる。
治療を重ねるほどに頭の芯が痺れる様な感覚が強くなっていく。精神は擦り切れ、切れかかる集中力を必死になって繋ぎ留める。
噴き出る汗を垂れ流しながら、健康に悪そうな液体を喉に流し込む。空になった瓶を放り投げれば、既に転がる空瓶のどれかに当たったのかガチャンと耳障りな音が鳴った。
今も、
――おお、神よ。叶うのならば御身の
少女は祈る。二心無き無垢なる願いを、己が信奉する神へと捧げた。
しかしそれが聞き届けられるとはまったく思っていない。なぜならこの地獄を生み出した根源こそが、今少女が祈っている女神にあるが故に。
それでも少女は祈りを捧げる事を止められない。
今の少女にとっては、それが唯一の
……ああ、今日も空が青いなぁ。
腹立たしい程澄み渡る晴天に、胸いっぱいに空気を取り込めば、鉄臭い血の臭いが鼻についた。
* * * *
「ぎゃあ!?」
「【ロギア・スカンディナヴィア】」
「立て。続きだ」
悲鳴と共に倒れる少年。
回復。
「ぎゃあ!?」
「【ロギア・スカンディナヴィア】」
「立て。続きだ」
吹き飛び、崩れ落ちる少年。
また回復。
「ぎゃあ!?」
「……【ロギア・スカンディナヴィア】」
「立て。続きだ」
再度、土ペロする少年。
またまた回復。
「ぎゃあ!?」
「【ロギア・スカンディ、ナヴィア】――うぷ」
「立て。続きだ」
あっけなく瞬殺される少年。
間を空けず回復。
「ぎゃあ!?」
「はぁ、はぁ……【ロギア……スカンディナヴィっ、ア】……おえっ」
「立て。続きだ」
昨晩、ホームに戻った少年はホーム内を駆けずり回って、オッタルの前へ出ると同時に酒場の店員――昔の知り合いに極東人がいたらしい――から教わった極東の最終奥義『ドゲザ』を繰り出した。
逃げ出してスミマセン。もう一度だけ機会を下さいと必死になって叫んだ。大広間のど真ん中で。
オッタルはそれに頷いた。若干迷惑そうに顔をしかめながら。
そして翌日から、それ以前とは打って変わって少年はオッタルの厳しすぎる鍛錬に食らいつき続けていた。
「傷が癒えたのならば立て」
「お、おねがい、しますっっ!」
「……フ」
治療を終えたばかりの少年にオッタルは告げる。
少年はそれに応え、体を震わせながらも立ち上がり――立ち向かってくる。
オッタルは堪らず、といったように小さく笑った。
今日で鍛錬を始めてから四日が経過した。
二日目以降、少年はオッタルに初日以上に痛めつけられていた。しかし少年は逃げ出すことなく、折れることなく
オッタルはそんな少年の姿勢を
そして、そんな二人の姿を連日テラスから眺めていたフレイヤは、オッタルが自分の下に戻る度に「随分と楽しそうだったわね」と皮肉を漏らし、オッタルを困らせた。
* * * *
何度目かの、鉄と鉄がぶつかり合う音。そうして全力で振り下ろした一撃は易々と防がれた。
それに逆らわずに地を蹴って、後ろに下がって距離を取る。仕切り直しだ。
オッタルさんは動かない。
しかし、僕の足は動かなかった。
ソレは恐怖からでも、疲労からでもなく。
僕は、構えていたゆっけりと剣を下ろした。
「……」
「どうした、かかってこい」
「……あ、あの、僕、少しは上達しているんでしょうか?」
「む?」
「今日でもう四日目ですけど、いつもすぐに気を失ってばっかりで……」
今も、全然歯が立たないし。と言葉を胸の奥に飲み込んだ。
僕とオッタルさんの力量差は知っている。この四日間、文字通り体に刻み込まれたから。
それでも、こうも進歩が見えてこないと不安を感じてしまう。
自分は成長できているのだろうか。そんな
「下らん」
たまらず
「悩んだところで強くなるのか。そんな暇があるなら剣を振れ」
「でも……」
「……お前は強くなっている」
不意に呟かれた言葉。グズる子供に言い聞かせる様な、そんな静かな声音に、え、と僕は声を漏らした。
「俺は加減が得意ではない……続けるぞ」
それきり口を閉じたオッタルさんは、かかってこいと言う様に僕に向けた剣先を小さく揺らした。
初めて聞いた、オッタルさんからの誉め言葉に、ほわり、と胸の奥が温かくなって、口角が緩むのがこらえきれなかった。
「~~っ、はいっ!!」
「いい加減にしろぉぉッッッ!!!!」
《/xbig》
僕の声をかき消すように、青く晴れ渡った蒼穹を引き裂くような叫びが向かい合う僕とオッタルさんに叩きつけられた。
「毎日毎日っ飽きもせずに斬って斬られて繰り返してっ! 付き合わされるこっちの身にもなれぇ! なんなんですかアンタら二人!? さっきのやり取り! 団長、貴方は『
「……」
「ち、違いますよっエイルさん!?」
「もうさあっ限界なんだよ! 私の
突然爆発するように僕たちにぶつけられるエイルさんの怒り。
「何度も何度も治してもまたすぐ倒されちゃってさぁっ! 休む暇これっぽっちもないしっ、代わってって言っても誰も代わってくれないしっ! 増えた分の仕事は減らないしっ! もう無理、限界っ! やってられっかこんなクソ作業! わたしいーちぬーけた! まだ続けたきゃポーションでも飲んでろっ! そんで私の気持ちを少しでも思い知れぇー――――ッッ!!!」
動きを止めて立ち尽くすだけの僕達に
残されるのは、突然の出来事に頭が追いつかない僕とオッタルさん二人。
「……えっと」
「……」
おろおろと戸惑う事しかできずにいると、同じように無言で佇んでいたオッタルさんが、構えていた剣を下ろした。
「今日はここまでにする。続きは明日だ」
「え、あ、はい」
「……俺は『
あ、さっきの言葉、結構傷ついたんだ。
ぐぐ、と眉間のシワを深くするオッタルさん。あまり表情が変わらない人だけど、最近少し分かってきた。こういう時の彼は結構落ち込んでいる。
「あ、はい。僕も痛いの嫌ですし、普通に女の人が好きです」
「……そうか」
「……はい」
そうしてオッタルさんも去って行った。
心なしか肩を落した背中がやけに印象的だった。
四日目の鍛錬は、こうして突然の終わりを迎えたのだった。
ベルがオッタルに切られて血ィ流して!
私がポーション飲んで回復…!
永久機関が完成しちまったなァァ~!!(錯乱)