もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
連日の様に好天気が続くオラリオは、今日も晴天で、通りを歩く人達の表情も、太陽に照らされる街並みと同じように明るいものになっている。
お昼をちょっと過ぎた位のオラリオの町並みは活気に
「そう言えば、オラリオに来てからまだ一か月くらいしか経ってないのかぁ」
一か月前まで過ごしてきた村での静かな生活と比べて、このオラリオという大都市での生活はすごく騒がしくて、時間の流れも慌ただしいものに感じる。
オッタルさんに助けられて、女神様の眷属にして貰って、ダンジョンで死にかけ
て、そしてたくさんの人と知り合う事が出来た。
色んなことが短期間で立て続けだったせいか、実際には一か月くらいしか経ってないのに、もっと長い時間が過ぎてるんじゃないかと勘違いしてしまう。
オッタルさんとの鍛錬五日目に、突然エイルさんが暴走(?)してしまったせいで、それから鍛錬を続ける事が難しくなってしまった。
その後すぐにオッタルさんも何か用事があるとかで、今日の鍛錬はお休みとなったんだけど。
降って湧いたような突然のお休みに、僕は喜ぶどころか困惑してしまっていた。
と言うのも、これまで死に物狂いで剣を振り続ける日々が続いていたせいで、自分の部屋でゆっくりして体と心を静養させようにも、逆に気が休まらなかったのだ。
だからと言って、今から原野に戻って他の人と闘う気にもなれなかった。
先程まで
そんな予感じみた危機感が僕を束の間の平和にしがみつかせていた。
それで、じゃあどうしようかと考えた結果、町の中をゆっくり散歩して気分転換でもしようと思って、こうして出歩いているんだけれど。
今僕がいるのは北のメインストリート。繁華街を中心に高級住宅が連なる南のメインストリートと違って、こちらは一般の人々が生活するための居住区になっている。【フレイヤ・ファミリア】のホームは都市南部――それも繁華街のほぼ中心――にあるので、つい最近まで田舎に住んでいた僕としては正直、
(『豊穣の女主人』があるのもこの通りだったよね。今晩行ってみようかな、最近行ってないし)
道の向こうから大きな荷物を持ってどこかへ運んでいる人や、道端で話し合う人たちを眺めながら、酒場で食べた美味しい料理の事を思い出す。そのせいか、朝ごはんを消化しきったお腹の虫がぐぅ、と鳴き声を上げる。
それきり、まるで僕を
僕はその匂いと声に、丁度いいやと足を向けることにした。
「いらっしゃませぇー! 美味しいジャガ丸君お一ついかがですかー? うちのジャガ丸くんを食べたおかげでステイタスはバカ上がり、おかげで綺麗で美人なカノジョも出来ましたって評判だよー! しかも、今ならボクのファミリアになれるおまけ付き! これはお得っ買うしかない! おっ、そこの獣人君お一つどうだい? ……え、いらない? 広告詐欺はやめろ?」
聞こえてきた客寄せの声に、変わらないなぁと苦笑を浮かべながら、僕はメインストリートから少し外れた場所で開かれていた屋台の、呼び込みをしている少女に声を掛けた。
「変わらないですね、ヘスティア様」
「あっ、冒険者君、いいところに! ジャガ丸くんを買っていってくれないかい!? このままじゃノルマを達成できそうにないんだ! 頼むよぉ~!!」
バイト着に身を包んだツインテールの少女が、元気いっぱいに手と、ウチの女神様にも負けない
涙目で
大げさな感謝の言葉の後に、ほどなくして紙に包まれた揚げたてのジャガ丸くんが手渡された。美味しそうな匂いに食欲を刺激された僕は、手の中のソレに早速かぶりつく。美味しい。
それから他にお客さんもいなかったことから、揚げたてのジャガ丸くんを片手に彼女と毒にも薬にもならない世間話に花を咲かせた。
幼い少女のような無邪気さを持つヘスティア様との会話は、神としての独特な価値観に戸惑ってしまう事もあったけど、とても楽しかった。
しばらくなかった穏やかな時間に、連日の戦いで知らずに荒んでいた僕の精神が安らいでいくのを感じて、僕は久しぶりに声を上げて笑った。
そうしてヘスティア様とお喋り――と追加で購入した(させられた)ジャガ丸くんを食べていると、少女達がこちらに近づいてくるのに気が付いた。ジャガ丸くん目当てだろうかと、何気なく目を向けて――視線が絡み合う。
こちらが気が付いたと同時に、あちらも僕の事を認識したようで、僕達は同時に目を見張った。
「あの、今は何処に向かっているんですか?」
「ここら辺にあるジャガ丸くんのお店。この前ティオナに教えて貰って……あ」
「どうしたんですかアイズさん? ……こちらのヒューマンの少年はアイズさんのお知り合いですか?」
視線の先に居たのは、金髪金眼の美しい
数週間前、ダンジョンの五階層でミノタウロスに襲われていた僕を助けてくれたアイズ・ヴァレンシュタインさんだった。
【
隣にいるのは桃色の
僕とヴァレンシュタインさんはジャガ丸くんの屋台の前で見つめ合ったまま、同じように固まっていた。
ヴァレンシュタインさんの隣に立つエルフの少女が、困惑するように僕とヴァレンシュタインさんの顔を交互に見る。
僕の横に立っているヘスティア様も、エルフの少女と同じような行動をしているのを気配で感じる。
そんな奇妙な
僕はヴァレンシュタインさんから視線を切る様に、頭を深く下げた。
「え、えっと、この前は助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「え……」
突然頭を下げた僕に、こちらを見ていた彼女の金色の目が僅かに見開かれた。戸惑う様に漏れた呟きが僕の頭の裏に落されたる。
僕とヴァレンシュタインさんと対面するのはミノタウロスとの一件以来になる。(『豊穣の女主人』でも顔を見たけれど、きっと向こうは僕の事に気付いてないと思う)
再び会った命の恩人に、僕は頭を下げて感謝を伝えることにした。助けてもらった直後に一言だけお礼を言ったけど、やっぱりこういうのはちゃんとしておいた方がいいって、エイナさんにもこの前言われたし。
感謝の言葉と共に頭を下げた後、僕は体を起こす。
「……」
「……えっと」
反応が、ない。
感謝を伝えられたのは良かったけれど、当のヴァレンシュタインさんは僕を前にしたまま固まってしまって、何か言おうとしたのか口を開けるも言葉が出てこないようだった。
沈黙が、続く。
「……」
「……」
「……」
「んー、ま、まぁまぁ二人とも、状況はよく分からないけど一旦落ち着こうか。ほら、冒険者君がいきなり頭下げるもんだから、そっちの彼女が困っているじゃないか。男の子なんだから、女の子を困らせたりしちゃダメだろう?」
「そ、そうですね。すみませんヘスティア様、ヴァレンシュタインさんも、すみません」
「えっと、あの、えっと……」
「はいはい、君も言いたい事があるみたいだけど、話はあっちにあるベンチでするんだ。あっ、その前にジャガ丸くんを買っていってくれよ。お店の前で騒がれた迷惑料にね」
「……はい。あの、じゃあジャガ丸くんの小豆クリーム味、二つ下さい。……レフィーヤはどうする?」
「……へ? あっ、はい! じゃあアイズさんと一緒ので!」
「おっけー、小豆クリームみっつ入りましたー!」
ヘスティア様が受けた注文を読み上げ、トングを手にした獣人の店員さんが「あいよー!」と声を上げた。
手早く揚げられた三つのジャガ丸くんを、ヘスティア様が慣れた手つきで包装紙に包み、二人に手渡す。
その後すぐに「しっ、しっ」と手を振られて、近くのベンチの方に追い払われてしまった。
去り際に、ヘスティア様は僕を引き留めると耳元に顔を近づけて「ちゃんと仲直りするんだぞ?」と呟いて、押し出すように僕の背中をポンと叩いた。
子供同士の喧嘩を
僕たちはヘスティア様に言われた通り、そこで大人しく腰を下ろした。
「……」
「……」
ヘスティア様にああ言われたけれど、腰を落ち着けた後、僕は何も言えなかった。ヴァレンシュタインさんもソレは同じようで、お互いに話しかけづらくて双方沈黙を続けてしまう。
いや、完全に沈黙というワケではなくて、サク、サクと揚げたてのジャガ丸くんを
僕も、ただ無言でいるのに耐えられず、食べかけだったジャガ丸くん(プレーン味)を口に運びはじめた。
「…………(サクサク)」
「…………(サクサク)」
僕とヴァレンシュタインさんは正面を向いたまま、目を合わせることなく黙々とジャガ丸くんを咀嚼し続ける。対して、彼女の隣に座るエルフの少女は手に持った二つのジャガ丸くんを口に運ぶ事なく、食べ続ける僕たちを困惑しながらただ見ている。
そして僕は食べかけだったジャガ丸くんを、ヴァレンシュタインさんは二個のジャガ丸くんをあっという間に食べ終えてしまった。
文字通り手持ち無沙汰になって、再び沈黙が続くかと思った、その時。
「ごめんなさい」
「え……?」
「私が倒し損ねたミノタウロスのせいで、君に迷惑をかけて、いっぱい傷付けたから……ずっと謝りたかった。だから、ごめんなさい」
「そ、そんな、違います。悪いのは
「その事だけじゃなくて、酒場の時も、私の仲間が君を……傷つけた、から」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
酒場――ダンジョンでミノタウロスに襲われたあの日の晩。
彼女を含めた【ロキ・ファミリア】の団体が遠征の打ち上げをしていたあの場に、僕がいた事を彼女は気付いていたと言う。
羞恥と、自身への怒りで酒場から飛び出していしまった僕を、ヴァレンシュタインさんは見ていたらしい。
あの時の僕は
気づけばくしゃり、と手の中でジャガ丸くんを包んでいた紙が潰されていた。
その音に反応してか、ヴァレンシュタインさんが顔を僕に向ける。
僕もまた正面から彼女へ顔を向け、さっきよりも至近距離で見つめ合う。
本当に申し訳なさそうに、
「だから、私は君に……
「へ?」
「んなぁ!?」
「ヒドイことをしたから、そのお詫びに……私にできる事なら、何で――」
「待った待った、アイズさん、ちょっと待ってください!」
「レ、レフィーヤ?」
「二人の事情はいまいち良く分かりませんけど! アイズさん、自分がとんでもない事言おうとしてるの自覚してますか!?」
「で、でも私あの子に悪いことして……」
「限度ってものがあります! アイズさんみたいに美しくて可憐な人が、何でもだなんて……だっダメです! そんなの私が許しません!」
「え、えっと……」
「私の目の黒いうちは、アイズさんに
「ぼ、僕何も言ってませんけどぉ!?」
「黙りなさい! そんな事言って、アイズさんの負い目に付け込んで、あ、あんな事やそんな事を、う、うらやま……不潔です!」
「えぇぇ!?」
ズビシ! と僕に向かって細い指先を突き付けるエルフの少女のとんでもない言いがかりに
「決闘です! 私が勝ったらアイズさんには指一本触れさせませんから!」
「どうしてそうなるんですか!?」
「レフィーヤ、落ち着いて……?」
顔を赤くしながら、急に怒り出したエルフの少女がベンチから勢いよく立ち上がり、僕の手首を掴んだと思うと、凄い力で引っ張られる。
そのまま、移動を始めた彼女に引きずられる様にしてどこかに連れて行かれてしまう。
どうやら街中では周囲に迷惑がかかるからと、周囲に被害が及びにくいダンジョンの中で決闘するらしい。その冷静さをもっと他の所で活かしてほしいと思ってしまったのは仕方ない事だろう。
突然の事に戸惑いながらも、少女に抗議しても聞く耳を持ってもらえない。
彼女の仲間で、唯一の頼みの綱であるヴァレンシュタインさんも、おろおろするばかりで仲間の少女を止めきれないみたいだし。
僕よりもレベルが遥かに上なんだろう。こちらの抵抗を歯牙にもかけずに、強引に僕の手を引っ張りダンジョンに連れて行くエルフの少女。
その僕の手首を掴む、細くて白い彼女の手の柔らかい感触に、僕は場違いにも顔を赤くしてしまった。
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