もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

54 / 61
贄の兎 10

 

 『――わ、私にっ訓練をつけて下さい! 二人きりで!!』

 

 ダンジョン深層への『遠征』を一週間後に控えたある日の早朝。

 本拠(ホーム)の中庭で日課の素振りを終えたアイズに、そう言って頭を下げてきたエルフの少女――レフィーヤの要求にアイズが頷いたのは数日前の事。

 後進の育成という初めての経験に戸惑いながらも、なんとか形ばかりの指導にも慣れが生まれてきた頃、訓練の息抜きがてら二人で町中を散策することになった。

 

 「アイズさんとデート、アイズさんとデートっ」と、しきりに小声で何か呟いているレフィーヤと連れ立って歩きながら、そう言えば前にアイズの好物(ジャガ丸くん)の屋台があると友人(ティオナ)に教えて貰ったなと思いだしたアイズは、新たな(ジャガ丸くんとの)出会いを求めて北のメインストリートへ足を向けると、以前ダンジョンで出会った白兎に似た少年、ベルとの三度目の――前に会った時は気を失っていたため、向こうにとっては二度目の――邂逅(かいこう)を果たしたのだった。

 

 

(……本当に、あの時の子……?)

 

 屋台で働く少女と話していたベルの立ち姿を見た時、アイズは目を見張るほどに驚いた。

 偶然会った事の驚きは勿論ある。しかしそれ以上に、一か月前とは比べ物にならない程にベルが『成長』していることに気が付いて、瞠目(どうもく)したのだ。

 

 アイズの目前にいる、今のベルは構えも何もとってはいない、ただ立っているだけだ。しかし、その体の中心に一本の芯が通った様にゆるぎなく、体幹の歪みもほぼない。重心の位置だってしっかり低くしている。もしも今ここで戦闘が起きたとしても――例えば、自分が斬りかかったとしても――即座に反応できる。そんな心構えがベルの中にはある事がアイズには(うかが)い見ることが出来た。

 獰猛(どうもう)かつ狡猾(こうかつ)なモンスター、悪辣(あくらつ)極まりない迷宮の罠。尽きる事を知らない脅威が常にこちらの命を狙い続けるダンジョンに身を投じる冒険者としては、その程度はできて当然の心構え。

 しかしそれは一朝一夕に出来るものではないことを、アイズは知っている。

 知っているから、気になった。

 

 一度目の邂逅(かいこう)――ミノタウロスに襲われていた時の、いかにも駆け出し冒険者だった少年と、今の目の前に立つベルはまるでかけ離れた存在であることを、第一級冒険者であるアイズの目は彼の姿勢を見ただけで察したのだ。

 

 

 ――知りたい。

 あの、アイズの目からも明らかに未熟で、見るからに平凡であった少年の。

 一か月と言う短すぎる期間で、それに見合わない成長を――否。

 『飛躍(ひやく)』を()げたベルの秘密……突き止めたい。見極めたい。

 そんな欲求がアイズの内から滾々(こんこん)と湧き上がってきた。

 

 

 どんどんと大きくなっていくベルへの興味。しかし、アイズの中にはそれと同じくらいベルに対する大きな負い目がある。

 それはベルと出会った切っ掛けでもある、アイズが倒したミノタウロス、その一体。

 あわや寸前、と言ったところでミノタウロスに襲われていたベルを助ける事が出来たが、そもそもベルを襲ったミノタウロスはアイズ達が逃がしてしまった個体だ。

 

 酒場での一件もそう。同僚であるベートがベルの事を酒の席で笑いものにした、その席に彼が居合わせていた事を、酒場から飛び出す彼の背中を見たアイズは知っていた。

 

 

 彼に謝らなくては。私は、私達は何も悪くない彼を傷付けてしまった。初めて会ったダンジョンで仲間の狼人(ベート)の背を追って彼の下から離れる時。背後からかすかに聞こえた嗚咽(おえつ)の声を、酒場で見た、目の端から涙をこぼしながら飛び出したベルの姿を、アイズは(しか)りと覚えていた。

 

 

 しかし、そう、しかしだ。

 それでも、彼の秘密を聞き出したい。暴き出したい。

 ともすれば、無理やりにでも。

 

 でも、私は強くなりたい。

 他でもない、自分自身の願いの為に。

 

 

 彼を傷つけた張本人であるアイズに頭を下げ、助けた事への感謝を告げる少年の、見るからに純朴(じゅんぼく)そうなベルと、欲に塗れた内心が対比して、自身の醜さが余計に強く浮き上がる。

 

 

 ――……それでも、知りたい。

 

 

(彼はこの前【フレイヤ・ファミリア】の団長である【猛者(おうじゃ)】と一緒に居た。つまり彼の所属派閥は【フレイヤ・ファミリア】で、私は【ロキ・ファミリア】……潜在的な敵対派閥同士)

(……無理矢理話を聞き出すのは、ダメ。フィン達に迷惑をかけてしまう)

(あの時の彼は気を失っていたから、私が自分の派閥を知っているとは知らないはず)

(機会は、今しかない。次に会える時は、本当に敵同士になってるかもしれない)

(……何とかして彼の秘密、その手掛かりだけでも聞かなくちゃ)

 

 

 アイズは考える。どうすれば少年から成長の秘訣(ひけつ)を聞き出せるのかを。

 思い浮かぶのは、先達であるフィンやリヴェリアや、同僚であるティオネ達が他派閥の者と交渉する姿。

 彼等がアイズに教えて(見せて)くれた交渉の基本。こちらの要求を叶えたいならば、向こうにもメリットを与えてやる、という事。

 

 自分が持つモノの中で少年に与えられるメリット。それは長年にわたって磨き上げてきた戦闘の技術。これしかない。

 

 

 曲がりなりにも、【剣姫】と呼ばれる自分の技術と交換、みたいな形で彼の秘密を教えて貰えないだろうか。

 【フレイヤ・ファミリア】っていつも戦ってるらしいし、きっと戦いが好きなんだろう。第一級冒険者である自分との模擬戦なら喜んでくれるんじゃないかな。とアイズは考えた。自分なら強い人との模擬戦は喜ぶ。我ながらいい考えだ。

 

 

 気分は巣穴の奥で身を潜める白兎(ウサギ)の前に人参(ニンジン)を突き出しながら、穴の外へ誘い出す感覚に近い。

 そうと決めれば即行動。冒険者の鉄則である。

 アイズは、己の(つたな)会話能(コミュ)力を総動員させて、話をベルとの模擬戦へとシフトさせようとした。

 

 しかし、アイズが話を持ち掛けようとする前に、それまで静かだったレフィーヤが突然怒りだしてしまった。

 挙句にそのままベルに決闘を持ち掛ける始末。

 アイズは困惑してしまった。

 何でそうなる。

 

 

「ここでヤると周囲の被害が大きくなってしまいます。ダンジョンに向かいましょう」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ!? というか被害が大きくって、僕に何をするつもりなんですか!?」

「問答無用!」

 

 そもそもの前提として、レベル3がレベル1に決闘を仕掛けると言うのがおかしいことだ。それは決闘ではなくただの私刑(リンチ)にしかならない。

 明らかにレフィーヤは冷静ではない。

 レフィーヤを止めようとして口を開こうとした、間際。落雷の如き(ひらめ)きがアイズを襲った。

 

 『あれ、これってむしろ都合がいいのでは?』と。

 

 一度、そう考え至ってしまっては、もうアイズの中にレフィーヤを止めるという選択肢はなくなった。

 だって、本当にいい考えだと思ってしまったのだから。

 その証拠に、(かたわ)らに立つ幼い自分が頭の上で魔石灯を発光させているのが幻視(みえ)る。

 今のレフィーヤは何故か錯乱しているようだが、それでも、ベルと決闘をするにしても、流石に魔法は使わないはず(と思いたい)。

 そうなれば多少話は違ってくる。レフィーヤは魔導士(後衛)で、ベルは剣士(前衛)

 魔法抜きの戦いなら、レベル差があっても力の差は大きく縮まる。

 少しでも拮抗(きっこう)すれば、少年の強さの秘密の一端に迫れるかもしれない。

  

 

 

「アイズさんへの不埒千万(ふらちせんばん)、覚悟してください!」

「だから何もしてませんって! た、助けてくださいぃっ!?」

 

 

 レフィーヤに引きずられながら、助けて欲しそうにこちらを見つめるベルの姿に、屠殺場(とさつば)に送られる兎が重なった。

 隣に立っている幼い自分も、それを見て流石に悪いと思ったのか、頭の上の魔石灯を手に取って頭から下ろし、それを背中に隠していた。

 しかし。それでもアイズはレフィーヤを止めることはしなかった。

 ただ、強くなりたいという自身の願いの為に。ベルの強さの秘密を知る為に。

 アイズは黙って二人の後をついていく。

 

 

「あ、あのっ! ヴァレンシュタインさんった、たすけ――」

「何アイズさんに言い寄ろうとしているんですか!」

「ヒィィーーーッッ!?」

 

 荒ぶる妖精の怒号。響き渡る少年の悲鳴。アイズはただ悲痛そうにそれらから目を逸らした。

 積み重なるアイズの悪行。増え続ける少年への罪悪感に、アイズの胸はキリキリと音を立てて(うず)きを上げていた。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

「ほんっっっとうに、すみませんでした……っ!」

「あ、あはは……」

 

 ジャガ丸くんの屋台があった場所での決闘発言から、僕はエルフの少女――レフィーヤさんに引きずられてダンジョン一階層、の中にある比較的大きめの広間(ルーム)にやって来た。

 そしてそこで、レフィーヤさんに頭を下げられていた。どうやら短くない距離を移動している内に頭が冷えたみたいで、ルームに辿り着いた時には、自分の行いを客観的に振り返った彼女は顔を真っ青に染めていた。

 

「私ったら、アイズさんの貞操を守らないとって、そればかり考えちゃって。貴方はそんな事をアイズさんにするなんて言ってないのに…………言いませんよね?」

「ヒィっ! い、言いませんよ! 助けてもらった人にそんな事しませんって!?」

「……ですよね! すみません、早とちりしちゃって。おまけにこんな所まで連れてきてしまうなんて」

「あ、あはは……」

 

 エルフの人特有の笹葉のような耳と、形のいい眉をハの字にして肩を落す彼女に、僕は苦笑しか返せない。

 途中で念押しの様に確認されたあの一瞬。オッタルさんから感じる以上の重圧(プレッシャー)を彼女が発した気がするのは、気のせいだと思いたい。

 

「貴方への誹謗(ひぼう)や暴行の数々は、誇り高き一族の一員としても、()えある【ロキ・ファミリア】のメンバーとしても、恥ずべき行いでした……どう謝罪をすればいいのか」

「え、えっと……?」

 

 本当に申し訳なさそうに落ち込むレフィーヤさんを前に、僕は何を言えばいいのか分からなかった。

 深く影を落とす彼女に困っていると、僕達の後ろに立っていたヴァレンシュタインさんが声を上げた。

 

「あ、あの……私とキミで闘うのは、どうかな」

「はい?」

「へ?」

「えっと、私も、レフィーヤも強いから……私達と闘って、君に強さを教える……その、(つぐな)いとして?」

 

 

 唐突過ぎる提案。そしてその内容に僕も、そしてレフィーヤさんも戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

「え、どういうことですか? 強さを教えるって……僕、謝罪代わりにボコボコにされるんですか?」

「いや、そういう事ではないかと思います。多分、アイズさんは単純に貴方と模擬戦しようって言っているんじゃないでしょうか」

「あ、そういう……いやでも、戦う事になったら結局一緒じゃないですか? ヴァレンシュタインさんってこの前レベル6になったって……」

「まあ、その……アイズさんってちょっと天然さんが入っていますし。いや、そこも素敵な点ではあるんですが、これはちょっと……」

 

 

 アイズさんの言葉に顔を見合わせた僕とレフィーヤさんは、示し合わせた様に顔を寄せ合って密談(ハナ)し合う。結果、彼女の発言から抱いた懸念は解消されたとはいえ、不安は拭えなかった。

 というか、そっか。ヴァレンシュタインさんって、天然なんだ……。

 

「えっと、ヴァレンシュタインさんとの模擬戦がお()びって、どうなんでしょうか」

「……そうですね。結論としては、アリかもしれません」

「えっ」

「他派閥の団員に戦闘の手ほどき――つまりは無償の協力と同義です。しかもその相手は【ロキ・ファミリア】の幹部も務め、都市最強と名高い【剣姫(けんき)】――って、なんですか、その不満そうな顔は?」

「いえ、別に……」

「コホンっ、とにかく、そんなに強いアイズさんから教えを受けられるのは同じ派閥でも難しい事なんです。なので貴方にもいい経験になるはずですよ。お詫びとしては十分なものになるでしょう」

「なるほど……」

 

 

 レフィーヤさんからアイズさんの提案の真意を尋ねてみれば、帰ってきた答えはそれも確かにと納得のできるものだった。

 

 レフィーヤさんとの話し合いを切り上げ、こちらを見つめるヴァレンシュタインさんに振り返る。

 金髪近眼の剣士。【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 ()()()()()冒険者であるオッタルさんには敵わなくても、彼女はオラリオでも数少ない『レベル6』。僕よりも(はる)かに格上の強者だ。

 レフィーヤさんが言っていたように、そんな彼女との模擬戦は僕にとっていい経験になる。

 

 彼女からの善意を利用するみたいで悪く思ってしまう。

 でも、僕は強くなりたい。

 他でもない、自分自身の憧れの為に。

 

 

「あの、ヴァレンシュタインさん……その、ご教授を、よろしくお願いします!」

「…………うん」

 

 

 




評価と感想お願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。