もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
『――わ、私にっ訓練をつけて下さい! 二人きりで!!』
ダンジョン深層への『遠征』を一週間後に控えたある日の早朝。
後進の育成という初めての経験に戸惑いながらも、なんとか形ばかりの指導にも慣れが生まれてきた頃、訓練の息抜きがてら二人で町中を散策することになった。
「アイズさんとデート、アイズさんとデートっ」と、しきりに小声で何か呟いているレフィーヤと連れ立って歩きながら、そう言えば前に
(……本当に、あの時の子……?)
屋台で働く少女と話していたベルの立ち姿を見た時、アイズは目を見張るほどに驚いた。
偶然会った事の驚きは勿論ある。しかしそれ以上に、一か月前とは比べ物にならない程にベルが『成長』していることに気が付いて、
アイズの目前にいる、今のベルは構えも何もとってはいない、ただ立っているだけだ。しかし、その体の中心に一本の芯が通った様にゆるぎなく、体幹の歪みもほぼない。重心の位置だってしっかり低くしている。もしも今ここで戦闘が起きたとしても――例えば、自分が斬りかかったとしても――即座に反応できる。そんな心構えがベルの中にはある事がアイズには
しかしそれは一朝一夕に出来るものではないことを、アイズは知っている。
知っているから、気になった。
一度目の
――知りたい。
あの、アイズの目からも明らかに未熟で、見るからに平凡であった少年の。
一か月と言う短すぎる期間で、それに見合わない成長を――否。
『
そんな欲求がアイズの内から
どんどんと大きくなっていくベルへの興味。しかし、アイズの中にはそれと同じくらいベルに対する大きな負い目がある。
それはベルと出会った切っ掛けでもある、アイズが倒したミノタウロス、その一体。
あわや寸前、と言ったところでミノタウロスに襲われていたベルを助ける事が出来たが、そもそもベルを襲ったミノタウロスはアイズ達が逃がしてしまった個体だ。
酒場での一件もそう。同僚であるベートがベルの事を酒の席で笑いものにした、その席に彼が居合わせていた事を、酒場から飛び出す彼の背中を見たアイズは知っていた。
彼に謝らなくては。私は、私達は何も悪くない彼を傷付けてしまった。初めて会ったダンジョンで
しかし、そう、しかしだ。
それでも、彼の秘密を聞き出したい。暴き出したい。
ともすれば、無理やりにでも。
でも、私は強くなりたい。
他でもない、自分自身の願いの為に。
彼を傷つけた張本人であるアイズに頭を下げ、助けた事への感謝を告げる少年の、見るからに
――……それでも、知りたい。
(彼はこの前【フレイヤ・ファミリア】の団長である【
(……無理矢理話を聞き出すのは、ダメ。フィン達に迷惑をかけてしまう)
(あの時の彼は気を失っていたから、私が自分の派閥を知っているとは知らないはず)
(機会は、今しかない。次に会える時は、本当に敵同士になってるかもしれない)
(……何とかして彼の秘密、その手掛かりだけでも聞かなくちゃ)
アイズは考える。どうすれば少年から成長の
思い浮かぶのは、先達であるフィンやリヴェリアや、同僚であるティオネ達が他派閥の者と交渉する姿。
彼等がアイズに
自分が持つモノの中で少年に与えられるメリット。それは長年にわたって磨き上げてきた戦闘の技術。これしかない。
曲がりなりにも、【剣姫】と呼ばれる自分の技術と交換、みたいな形で彼の秘密を教えて貰えないだろうか。
【フレイヤ・ファミリア】っていつも戦ってるらしいし、きっと戦いが好きなんだろう。第一級冒険者である自分との模擬戦なら喜んでくれるんじゃないかな。とアイズは考えた。自分なら強い人との模擬戦は喜ぶ。我ながらいい考えだ。
気分は巣穴の奥で身を潜める
そうと決めれば即行動。冒険者の鉄則である。
アイズは、己の
しかし、アイズが話を持ち掛けようとする前に、それまで静かだったレフィーヤが突然怒りだしてしまった。
挙句にそのままベルに決闘を持ち掛ける始末。
アイズは困惑してしまった。
何でそうなる。
「ここでヤると周囲の被害が大きくなってしまいます。ダンジョンに向かいましょう」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ!? というか被害が大きくって、僕に何をするつもりなんですか!?」
「問答無用!」
そもそもの前提として、レベル3がレベル1に決闘を仕掛けると言うのがおかしいことだ。それは決闘ではなくただの
明らかにレフィーヤは冷静ではない。
レフィーヤを止めようとして口を開こうとした、間際。落雷の如き
『あれ、これってむしろ都合がいいのでは?』と。
一度、そう考え至ってしまっては、もうアイズの中にレフィーヤを止めるという選択肢はなくなった。
だって、本当にいい考えだと思ってしまったのだから。
その証拠に、
今のレフィーヤは何故か錯乱しているようだが、それでも、ベルと決闘をするにしても、流石に魔法は使わないはず(と思いたい)。
そうなれば多少話は違ってくる。レフィーヤは
魔法抜きの戦いなら、レベル差があっても力の差は大きく縮まる。
少しでも
「アイズさんへの
「だから何もしてませんって! た、助けてくださいぃっ!?」
レフィーヤに引きずられながら、助けて欲しそうにこちらを見つめるベルの姿に、
隣に立っている幼い自分も、それを見て流石に悪いと思ったのか、頭の上の魔石灯を手に取って頭から下ろし、それを背中に隠していた。
しかし。それでもアイズはレフィーヤを止めることはしなかった。
ただ、強くなりたいという自身の願いの為に。ベルの強さの秘密を知る為に。
アイズは黙って二人の後をついていく。
「あ、あのっ! ヴァレンシュタインさんった、たすけ――」
「何アイズさんに言い寄ろうとしているんですか!」
「ヒィィーーーッッ!?」
荒ぶる妖精の怒号。響き渡る少年の悲鳴。アイズはただ悲痛そうにそれらから目を逸らした。
積み重なるアイズの悪行。増え続ける少年への罪悪感に、アイズの胸はキリキリと音を立てて
* * * *
「ほんっっっとうに、すみませんでした……っ!」
「あ、あはは……」
ジャガ丸くんの屋台があった場所での決闘発言から、僕はエルフの少女――レフィーヤさんに引きずられてダンジョン一階層、の中にある比較的大きめの
そしてそこで、レフィーヤさんに頭を下げられていた。どうやら短くない距離を移動している内に頭が冷えたみたいで、ルームに辿り着いた時には、自分の行いを客観的に振り返った彼女は顔を真っ青に染めていた。
「私ったら、アイズさんの貞操を守らないとって、そればかり考えちゃって。貴方はそんな事をアイズさんにするなんて言ってないのに…………言いませんよね?」
「ヒィっ! い、言いませんよ! 助けてもらった人にそんな事しませんって!?」
「……ですよね! すみません、早とちりしちゃって。おまけにこんな所まで連れてきてしまうなんて」
「あ、あはは……」
エルフの人特有の笹葉のような耳と、形のいい眉をハの字にして肩を落す彼女に、僕は苦笑しか返せない。
途中で念押しの様に確認されたあの一瞬。オッタルさんから感じる以上の
「貴方への
「え、えっと……?」
本当に申し訳なさそうに落ち込むレフィーヤさんを前に、僕は何を言えばいいのか分からなかった。
深く影を落とす彼女に困っていると、僕達の後ろに立っていたヴァレンシュタインさんが声を上げた。
「あ、あの……私とキミで闘うのは、どうかな」
「はい?」
「へ?」
「えっと、私も、レフィーヤも強いから……私達と闘って、君に強さを教える……その、
唐突過ぎる提案。そしてその内容に僕も、そしてレフィーヤさんも戸惑いを隠せなかった。
「え、どういうことですか? 強さを教えるって……僕、謝罪代わりにボコボコにされるんですか?」
「いや、そういう事ではないかと思います。多分、アイズさんは単純に貴方と模擬戦しようって言っているんじゃないでしょうか」
「あ、そういう……いやでも、戦う事になったら結局一緒じゃないですか? ヴァレンシュタインさんってこの前レベル6になったって……」
「まあ、その……アイズさんってちょっと天然さんが入っていますし。いや、そこも素敵な点ではあるんですが、これはちょっと……」
アイズさんの言葉に顔を見合わせた僕とレフィーヤさんは、示し合わせた様に顔を寄せ合って
というか、そっか。ヴァレンシュタインさんって、天然なんだ……。
「えっと、ヴァレンシュタインさんとの模擬戦がお
「……そうですね。結論としては、アリかもしれません」
「えっ」
「他派閥の団員に戦闘の手ほどき――つまりは無償の協力と同義です。しかもその相手は【ロキ・ファミリア】の幹部も務め、都市最強と名高い【
「いえ、別に……」
「コホンっ、とにかく、そんなに強いアイズさんから教えを受けられるのは同じ派閥でも難しい事なんです。なので貴方にもいい経験になるはずですよ。お詫びとしては十分なものになるでしょう」
「なるほど……」
レフィーヤさんからアイズさんの提案の真意を尋ねてみれば、帰ってきた答えはそれも確かにと納得のできるものだった。
レフィーヤさんとの話し合いを切り上げ、こちらを見つめるヴァレンシュタインさんに振り返る。
金髪近眼の剣士。【
レフィーヤさんが言っていたように、そんな彼女との模擬戦は僕にとっていい経験になる。
彼女からの善意を利用するみたいで悪く思ってしまう。
でも、僕は強くなりたい。
他でもない、自分自身の憧れの為に。
「あの、ヴァレンシュタインさん……その、ご教授を、よろしくお願いします!」
「…………うん」
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