もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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贄の兎 11

 

 迷宮の広間の中で、アイズはベルと対峙していた。

 ベルの手には鞘から刃が抜けない様に細い紐で固定された直剣が、アイズの手には愛剣(デスペラード)(さや)が握られている。

 向かい合う両名はそろって真剣な表情を顔に張り付け、特にベルは緊張からか顔を強張らせていた。

 アイズがベルの立ち姿からその力量を見抜いたように、ベルもまたアイズの構えから、アイズと自身との隔絶(かくぜつ)した力の差を悟っていた。

 そんなベルを前にアイズは油断を見せることなく鞘を構え、その表情も僅かながらに眉をきりり、と吊り上げ真剣さを――(よそお)っていた。

 

 

(…………あ、危なかった)

 

 しかし実際の所、その内心は安堵(あんど)で一杯だった。

 

 先日からレフィーヤからお願いされて一緒に特訓をしていたアイズは、一旦休憩と腹ごなしも兼ねて、北のメインストリートにあるジャガ丸くんの屋台へと向かった。

 その先で偶然ベルと再会し、以前とは比較にもならない程に成長したベルを見て、その秘訣を知りたいと思ったアイズだったが、なぜかレフィーヤがベルに突然決闘を突き付けてしまう。

 後輩の暴挙に戸惑うアイズだったが、これはこれで都合がいいとレフィーヤの好きにさせる事にした――一応、ヤバイ事になる前に止めるつもりではいた――のだが、戦う前に冷静に戻ったレフィーヤはベルに頭を下げるばかりで、戦う雰囲気になりそうもない。

 このままではベルの秘密を暴くという己の目的が果たせないと焦ったアイズは、衝動的に「レフィーヤと闘わないんだったら自分と闘おう」と言ってしまった。

 よく考えずに口走った先の行動だったが、ベルは戸惑いつつもコレを承諾。

 

 

 そして迷宮の広間の一角で、二人が対峙する事になったのだった。

 レフィーヤの暴走に一時はどうなるかと思ったが、結果を見れば第三者が戦うのを見学する側から、自分が実際にベルと手を合わせられる事になって、幸運だったと言える。 

 

 

「……じゃあ、いくよ」

「はいっ」

 

 アイズが訓練の開始を伝え、ベルはそれに威勢よく返事をする。

 その構えからは確かな研鑽(けんさん)が見て取れる、堂に入ったものだ。

 

(……やっぱり成長してる。それもすごく)

 

 少年と初めて出会ったダンジョン五階層。アイズ達が取り逃がしたミノタウロスから逃げていたベルと。

 再び目にした酒場で、アイズ達が笑い者にして傷つけて、酒場から飛び出していったベルの――正に駆け出しといった様子とは、まるでかけ離れた力量差が、アイズに鞘に収まった剣の切っ先を向けるベルの構えから感じ取れた。

 

 ベルの変貌(へんぼう)を知れば知るほどに、アイズはベルに興味を持ってしまう。

 己の悲願に一歩でも近づくために――強くなるために、アイズは知りたい。

 細い鞘を握る手からギュゥッと軋む音が鳴るほどに力が籠もる。

 

(どうして、キミはそんなに強くなってるの?)

 

(どうしたら、そんなに早く強くなれるの?)

 

(私も、強くなりたい。だから――――――教えて)

 

 

 ダンッ! と、強く地面を蹴った。

 数M(メドル)あった彼我の距離は、アイズの一歩で瞬きの間に潰される。

 急速に迫るベルの姿、その表情が、顔色が変わるのをアイズは見た。

 目を剥かんばかりに大きく開き、引き締めていた口はパカリと開く。

 

「は、はや――」

 

 ブオン! とアイズは鞘を横薙ぎに振るう。

 幾度(いくたび)の冒険を経て昇華された(レベル)が、人知を超えたステイタスの暴力(スピード)を、手の中の鞘に乗せて、ベルの横腹へと叩き込む。

 

「げふぅっ!?」

 

 アイズ(レベル6)の一撃がベル(レベル1)に直撃し、ベルは奇声と共に吹っ飛んだ。

 『く』の字になって、滑る様に横に飛んでいくベルの姿を、アイズは鞘を振り抜いたまま見送った。

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 

 

 ……弁解を、させて欲しい。

 ベルは確かに、アイズが以前見た時よりも成長している。戦いに身を置く冒険者としての姿勢も、そのステータスも。

 しかしレベルは1のままで、対するアイズは都市でも指折りのレベル6だ。その程度を見分けられぬアイズではない。ちゃんとわかってる。

 

 そもそもの話をすると、ここに至るまでの発端(ほったん)となったのはレフィーヤとの特訓だった。

 アイズは後輩のレフィーヤからの懸命な懇願(こんがん)の末、彼女を指導することになったが、そもそも剣士であるアイズに魔導士であるレフィーヤへ教えられることは少なく、悩んだアイズは模擬戦という形でレフィーヤに経験を積ませることにしたのだった。

 

 これまで経験のなかった初の後進への指導に戸惑いつつも、失敗――手加減の調整を間違えてズタボロにするなど――を重ねながら、アイズはレフィーヤの力量に合わせた手加減を覚える事で、なんとか指導の形に持っていく事に成功していた。

 これまで生かす必要のないモンスターか、己と同等かそれ以上の敵ばかりを相手取ってきたアイズにとって、自分よりも弱い者に手加減をするという行動はとても気を使うものであり、相手に合わせて手加減の程度を調整することはアイズにはまだ難しかった。

 

 その結果、ベル(レベル1)レフィーヤ(レベル3)用に調整された力で斬りかかられ、それに対応できずに吹っ飛ばされてしまったのだった。

 

 

 

「ア、アイズさんっ、何やってるんですか!? 今グシャァって、グシャァって音が!?」

「レ、レフィーヤとの訓練のつもりで、斬りかかっちゃった……」

「私とのって……あのヒトってレベル1ですよね? 私のレベルは3ですよ!? 反応できるわけがないじゃないですか!」

「……ご、ごめん」

「私に謝るよりもっまずあのヒトの容体を確かめないと!」

 

 アイズとレフィーヤは泡を食う様に吹き飛んでいったベルへと駆け出した。

 レベル3相当の力で殴られたベルは、10(メドル)近く宙を飛んだ。そして地面に落ちた後も勢いのままごろごろと転がり、止まった後はピクリとも動こうとしない。

 二人は最悪の結末を想像し顔を青ざめさせた。

 

「う、うぅ……」

「い、生きてます! 生きてますよアイズさん……ッ!」

「よ、良かった……」

「とりあえず回復魔法を掛けますね! 【――ウィーシェの名のもとに願う……」

 

 二人が駆け寄った先で横たわるベルが漏らしたうめき声にアイズ達は喝采(かっさい)を上げた。特にアイズはベルの息があったことに深い安堵の息を漏らす。

 

 良かった。都市最高峰派閥(【ロキ・ファミリア】)による敵対派閥(【フレイヤ・ファミリア】)の下位団員への殺害事件は無かったのだ。都市の終焉(ラグナロク)(まぬが)れた。

 ベルの所属派閥を知らぬレフィーヤが必死に回復魔法をかける様子を邪魔せぬよう、静かに見つめるアイズの内心は冷汗ビッショリであった。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

「……レ、レフィーヤ」

「何ですかアイズさん!? 今とっても忙しんですけど!」

「その、この子に膝枕とかした方がいいのかな……ダンジョンの地面固そうだし。えっと、その、お詫びとして」

「……………………迷惑をかけたのはこっちですし、私は魔法に集中しないといけないので、アイズさんがそうした方がいいと思うのであれば……イインジャナイデショウカ」

「ん……よいしょ」

「……アイズ、サン」

「な、なに?」

「ナンデ、ソノ子ノアタマヲ撫デテルンデスカ」

「……なんとなく?」

「……」

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

「……」

 

 僕はゆっくりと目を開けた。

 気絶から復帰する間際の、この酷く気怠い感覚にはすっかり慣れ切ってしまった。

 しかし、辺りがやけに薄暗く感じる。もしかして、もう日が沈んでしまったのだろうか。

 はやく大広間に向かわないとご飯が無くなってしまう、なんて考えながら最後に途絶えた記憶を辿っていく。

 今日はオッタルさんとどんな訓練をしたんだっけ……?

 というか、なんか頭の裏が(ミョウ)に柔らかいような?

 

「大丈夫?」

「……ほあぁ!?」

 

 今度はどのくらい気絶していたんだろう、とぼんやり考えていると、不意に、ひょいと。

 仰向けになっている僕の顔を、金の瞳が覗き込んできた。

 慌ててがばりと起き上がり、その勢いのままごろんごろんと前転を繰り返して距離を取る。

 

「……あ」

「えっ、えっ……なんで膝枕!? ていうかここ原野じゃない! ダンジョン!?」

「その、ごめん。お腹痛くない? 大丈夫?」

「え? いや、痛くはないですけど…………えぇっ?」

 

 目覚めた先はいつもの原野ではなく、岩壁がむき出しになった洞窟(ダンジョン)の中で、気を失っていた僕をなぜか膝枕していたのはアイズ・ヴァレンシュタインさんだった。

 状況の把握が出来ずにいる僕に、ヴァレンシュタインさんが体の具合を聞いてきて……そうだ。僕は偶然街で会った彼女と訓練をする事になって、あまりの速度の差についていけず気絶して。それで――

 

「な、なんで膝枕なんかっ!?」

「えっと……ダンジョンの地面が固そうだったから……私が手加減を間違えて君に大怪我させちゃうところだったし、せめてもの償いとして……嫌、だった?」

「い、嫌じゃないですけど……むしろ役得「ハァ?」って嘘うそウソ嘘です今のは違うんです!? その、気の迷いと言うかなんというかっ……ゴメンなさいぃ!!」

 

 怖い。ヴァレンシュタインさんの後ろから、僕を見てくるレフィーヤさんのガン開きした目がすごく怖い!?

 

「君が謝る事はないよ。悪いのは全部私だから……君の怪我を治してくれたのもレフィーヤだし……レフィーヤもそう思うでしょ?」

「そうですね。私もアイズさんに謝るのは違うと思いますむしろお礼を言った方がいいんじゃないでしょうか――――言いなさい

「ヒッ、膝枕していただいてありがとうございましたぁ!」

「……? ど、どういたしまして?」

 

 (まばた)き一つせず見つめてくるレフィーヤさんの圧に押さえつけられるように、前転した体勢からそのまま、立膝を着いた状態でその場に手をついて頭を下げる。

 聞いた話では、極東でこの膝を曲げて地面に頭を伏せる姿勢を『ドゲザ』と呼ぶらしい。極東に代々伝わる、全ての事が許される最終奥義だとか、なんとか。

 間を空けて僅かに顔を上げ、ちらりと様子を窺えばレフィーヤさんは腕組しながら小さく頷いた。どうやら許して貰えたらしい。

 

 そんなこんなで間を置いて、治療を終えた体に支障がないことが確認出来てから、僕達は再び向かい合った。

 

 

「ホントに、いいの?」

「はい、もう大丈夫です。それに気絶するのには慣れてますから」

「……じゃあ、再開しようか。次は、君の方から来て」

「はいっ」

 

 駆け出す。

 腰だめに鞘に納められたままの直剣を構えて、正面から斬りかか――らない。

 

「ッ!」

「はあっ」

 

 フェイント。明らかに格上を相手に正面突破は(はか)らない。

 剣を握っている手とは逆の手に向かって飛んで、一撃。

 もちろん防がれる。当然だ。この人はオッタルさんと同じく、僕よりも遥かに強い。

 この程度の小手先で突ける様な隙なんて存在しない。

 すぐに後ろに飛んで距離を離そうとする。しかし、向こうはそれを許さない。

 後ろに下がる僕に追随(ついずい)するように前に出て、鞘が振り下ろされる。

 風を切る音と共に迫る鞘の速度は、勿論速い。 

 

(でも、遅い!)

 

 さっきみたいに一瞬で距離を潰されるのと同時に攻撃を食らった時とは違う。今回はちゃんと、僕相手(レベル1)でも対応できるくらいに手加減がされていた。

 あの時の一撃は、どうやらレベル3――の魔導士。前衛を務める冒険者を想定するよりも更に手加減している――相手を想定した攻撃だったらしく、今の僕では反応することが出来なかった。

 幸い連日オッタルさんにボコボコにされた経験が活きたのか、無意識の内に攻撃の方向と同じ方へ飛んで衝撃を軽減出来ていたけれど、それが無ければ死んでいたかもしれない。

 

「くっ」

 

 迫りくる鞘の一撃を直剣を盾にして防ぐ。

 鞘と鞘がぶつかると同時に再び地面を蹴って後ろに飛ぶ。着地と同時に駆け出す。

 そのままヴァレンシュタインさんを中心に円を描くように走り、攻撃。防がれては離脱して、また攻撃。

 一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を繰り返す。

 

「うん、いいね。それじゃあ、これならどう?」

 

 五度目の攻撃を(さば)き切ったヴァレンシュタインさんはそう言って動き出した。

 まるで、僕から逃げる様に。

 咄嗟(とっさ)に、それを追いかける。追いかけてしまった。

 

「誘いに乗っちゃ、ダメ」

「うぐっ!」

 

 こちらに背を向けたヴァレンシュタインさんが突如(とつじょ)反転して、斬りかかってくるのを何とか受け止める。

 

「足を止めたら、狙われちゃうよ」

 

 振り下ろされる一撃を踏ん張って耐えると、フッとその場から引いた彼女から、怒涛(どとう)連続攻撃(ヒットアンドアウェイ)が繰り出される。

 何発かは防ぐことが出来たけど、その倍以上の攻撃を食らってしまう。

 

「ぐぅぅっ!」

「平気?」

「……まだ、いけますっ!」

 

 打ち付けられた全身が鈍い痛みを訴える。

 でも、気を失ってはいなかった。

 まだ、動ける。

 まだまだ、戦える。

 

 再度、駆け出す。

 それからは、何度も斬りかかって、斬りかかられて、ダンジョンの中で踊る様に攻守を交代しながら彼女と訓練を続けていく。

 ガン、ガン、と鞘同士をぶつけ合い、肉を叩く音が迷宮の片隅で響き続ける。

 

 

 

「――……グゥッ!」

 

 もう何度目になるのか、地面に転がった僕は即座に起き上がる。荒くなった息のまま走り出した。

 

 汗と土埃で汚れ切った僕とは対照的に、今は足を止めているアイズさんの姿は綺麗なままだ。

 打たれ、殴られながらも動き続けたせいで、全身が痛みと疲労で重くなってきている。

 でも、それが何だ。

 このくらい、原野での派閥内闘争(バトルロワイアル)で慣れ切っている。

 

 息を吸い込み、一歩。

 踏み込み、気迫と共に斬りかかる。

 

 

 袈裟(けさ)斬り。防がれた。

 切り上げ。横から叩いて逸らされる。

 薙ぎ払い。躱された。

 鞘の刺突。迎撃される。

 回し蹴り。()なされて地面に叩き落される。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 僕が攻撃を繰り出す度に、「違うよ、そうじゃないよ」と教師が教え子を(たしな)める様に『正しいやり方』を体と頭に叩き込まれていく。

 僕が彼女にそうしたように、彼女は僕と全く同じようで、しかし全く別物の様に洗練された動きを僕に見せてくれた。

 今まで、原野で戦って来た先輩の動きを、自分なりに真似するだけだったのが、こうして丁寧にお手本を見せてくれる彼女のおかげで、いかに自分の動きに無駄があったのかが分かった。

 だから僕も、教えてくれる彼女に(むく)いる為に叩き込まれた動き(てほん)を模倣する。

 

 

 袈裟(けさ)斬り。なんとか防ぐ。

 切り上げ。横から叩いてギリギリ逸らす。

 薙ぎ払い。躱せない。

 鞘の刺突。来るって知っている、けれど。

 回し蹴り。直撃した。

 

 

「ごっふぅぅぅッ!!」

「あ」

 

 

 無理だった。

 頭で考えている動きに体がついていってくれない。

 

 ダンジョンの床をごろごろと転がった僕は、蹴られた胴体を押さえながら苦悶の声を上げる。

 

「うぐぐ……」

「ご、ごめん……また力加減を間違えちゃって」

「い、いえ、いいんです。僕が弱いのが悪いんですから……」

「君は、悪くないよ。悪いのは私の方。……実は、少しずつ攻撃する速度と力を強くしていたの」

「な、なんでそんなことを!?」

「大丈夫かなと思って……」

 

 明かされる衝撃の真実に開いた口が塞がらない。

 道理で段々対応が追い付かなくなるわけだよ!?

 

 落ち込む様に肩を落すヴァレンシュタインさんの姿に、そう言えばとオッタルさんとの訓練の時を思いだした。

 こうして思い返してみれば、原野で僕の相手をするオッタルさんは最初から最後まで一定の力しか出していなかったんだな、と。

 勿論毎回気絶させられてるし、その一定の力も僕ではまるで歯が立たず、例えるなら、あの、()()()()()()()()()()()()()()()()を思わせる程の強さだったけれども。

 手加減の強さが変動するヴァレンシュタインさんよりも、一定の力で抑えたままのオッタルさんの方が教えるのが上手なんじゃないだろうか。

 

 

「……聞いても、いい?」

「えっ?」

 

 突然、申し訳なさそうな表情を真剣なものに変えた彼女が、僕を真っすぐに見つめてくる。

 

「どうして君は、そんなに早く、強くなっていけるの?」

「つよ、く……?」

 

 問われた内容に、目を白黒させてしまう。

 強い、という言葉が、自分に不釣り合いなものに聞こえてしょうがなかった。

 さっきまであんなに地面を転がされていた自分が強いだなんて、とても思えなかった。

 これまでの、そして先程の情けない失態の数々が頭に浮かんで、反射的に彼女の言葉を否定しそうになる。

 しかしこちらを見据えてくるヴァレンシュタインさんの、真剣な目を見てしまった僕は口を閉じ、こちらも真剣に考えてみることにした。

 

 僕が、強くなれたのは……いや、今だって強くなろうとしているのは。

 

 

「えっと、どうしても追いつきたい人がいて、その人に憧れて、その人を必死に追いかけていたらいつの間にかここまで来ていて、その……」

 

 考えが上手くまとまらず、言い表せない。

 というか言っている途中にこれまでの自分の醜態の数々を思い返してしまって、あまりの至らなさに()()ずかしさが溢れて(たま)らない。

 ふと、自分の手に視線が行く。

 小さな手だ。(なま)(ちろ)くて細い(てのひら)

 村にいた頃の畑仕事で出来たタコの上に、この一か月間、幾度も潰しては硬くなった剣のタコが手の中で形成され始めていた。

 その、これまで積み重ねてきた努力の結晶を握り締める。

 

 すっかりしどろもどろになってしまったけれど、僕は拳に目を落したまま、その言葉で締めくくった。

 

 

「……何が何でも、辿り着きたい場所があるから、だと思います」

 

 

 その、僕が出した答えに、彼女は僅かに目を見開いた。

 黙って僕の事を見つめた後、おもむろに頭上を仰ぐ。

 

「そっか……」

「すっっっごい分かります、その気持ちッッ!!」

「分かる……ふぇ?」

 

 

 がしぃ! と握り締めた僕の手を取ったのは、それまでずっと黙ったまま僕たちの訓練を眺めていたレフィーヤさんだった。

 

 

「私も、憧れてる人がいて! ずっと追いかけているんですけど、どうしようもなく遠くて! いっつも守られてばかりで、足枷にしかなれなくて。でも、近づきたいんです。追いつきたいんです。だから、分かります、貴方の事っ私も!」

「……そ、そう、ですか? ……いえ、そうですよね。(あきら)められないんですよね、憧れちゃうんですよね!」

「はいっそうなんですよ! もう、一度見た時からずっと、あんな(ふう)になりたいって思っちゃって! 綺麗で、格好良くて私もいつかって!」

「……ああ、ああっ! 本当にそれなんですよ! 僕もあんな風になりたいって、強くて、格好良くって、まるで英雄みたいだなって! 憧れがもう、止められなくって!」

「分かります! なんだ、すごくいい人なんですね! 私すっかり誤解しちゃってました! 私レフィーヤ・ウィリディスって言います。レフィーヤでいいですよ!」

「僕はベル・クラネルです! 僕の事もベルって呼んでくださいレフィーヤさん!」

 

 興奮する彼女の口から語りだされた内容に、僕は同感しかなかった。

 エルフは他者との接触を避ける習性があるという事も忘れ、彼女に握られていた手をもう片方の手で強く握り返した。

 それから二人して、早口に早口を重ね、お互いの憧れを満足するまで語り合う。

 

「それでですねっ、あの時――」

「こっちだって、この前は――」

 

 僕たちはすっかりとそれまでの(わだかま)りを失くし、手を取り合って同じであって違う話題で盛り上がった。

 同志(どうし)っていうんだろうか? 神々が時折口にする派閥とはまた別の仲間関係……僕とレフィーヤさんの間に築かれた関係に名前を付けるなら、それが最も合っているような気がした。

 ひとしきりお互いの憧れについて語り尽くした後は、戦闘方法について話し込んだりもした。

 レフィーヤさんは魔法職で僕とは戦闘時の役割は全く違ったけれど、その専門的な知識はすっごく為になった。

 中でも、レフィーヤさんの知り合いの魔法戦士の戦い方なんかは、今の僕でも参考になる点が多くあったり。

 逆に、僕が原野で(つちか)った多対一の対処の仕方なんかを何度も頷きながら聞いてくれたりもした。

 

「すごいですね、レフィーヤさん!」

「いえいえ私なんかまだまだですよ! ベルさんこそ駆け出しとは思えないくらいすごいじゃないですか!」

 

 

 レフィーヤさん、すっごいいい人だ! 最初の印象がスゴかったからちょっと引いちゃった所があったけど、そんな事なかった! 彼女も僕と一緒なんだって、憧れに対して一生懸命なんだって凄く伝わってくるし、こっちも伝わってるって分かる! ああ、分かってもらえるって、こんなに嬉しい事なんだなぁっ!

 

 

「すごく仲、よさそう……」

 

 

 レフィーヤさんと話し込んでいる間、ヴァレンシュタインさんはルームに湧いたモンスターを処理してくれていて、ダンジョンの中だというのに僕達は思う存分語り合う事が出来た。

 やがて、ルームにモンスターの山が積み上げられた頃、時間も遅くなった事で僕達はダンジョンから出る事になり、沈む夕日を目にする頃には僕とレフィーヤさんはすっかり仲良くなっていた。

 

 

 最後に皆でヘスティア様の務める屋台に顔を出して、仲直りしたことを伝えると、ヘスティア様は我が事の様に喜んでくれた。

 今日はファミリアの人達とは別の高レベルの冒険者と訓練出来たり、友達が一人できたりして、すっごく充実した一日だったなぁ。

 明日も、これから頑張っていけそうだと、僕は頬を緩めながら、彼女達と別れホームへ帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、いい子でしたねベルさん! それにレベル1とは思えないくらい強かったですし!」

「……レフィーヤ」

「はい! なんですか、アイズさん?」

「……私だけ、仲間外れにされた。レフィーヤの、いぢわる」

「!?」

 

 

 この後拗ねたアイズに特訓をボイコットされたレフィーヤは、黒髪の妖精と友誼(ゆうぎ)を結ぶ事になる。

 

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