もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
『ダンジョンは何があるか分からない』
エイナさんから耳にタコが出来るくらい言われたその言葉を、僕は思い出していた。
――嘘だ。と否定したかった。
そんなことあるはずない。と認めたくなかった。
だって、
でも、
静まり返ったダンジョンも、微かに、でも確かにダンジョンの奥から響いてきた声も、あの時とまるで同じで。
否定する事なんて出来ない。認めるしかない。
だって、ほら。現にソイツは今、僕たちの居るルームに通路の奥から姿を現したのだから。
「……なんで」
僕の口から漏れた
『ヴモォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』
――9階層に、ミノタウロスがいるんだ。
そんな言葉を、口に出す前に飲み込んでしまうほど。
僕の眼前に立つ絶望の化身に、視界が真っ暗に染まっていくのを感じていた。
* * * *
「……ル…まっ――――ベル様っ!!」
「ッ!?」
体を揺さぶられる感覚に意識を取り戻して、顔はそのままに目だけを動かして。
顔を真っ青にしたリリが僕の体に
「リ、リリ……」
「逃げましょう、ベル様! 今のリリ達では太刀打ちできません!」
「う、うん。そうだね。逃げる、逃げなきゃ……逃げよ――リリッ!?」
凍り付いたみたいに固まっていた脳みそが、リリの声にゆっくり溶けだして、仮死状態の思考が息を吹き返すと、目の前の脅威から逃走するために回り始める。
衝撃、世界がグルリと回転する。
ミノタウロスの《ぶちかまし》。
「ベル様っ!?」
「がはっ!」
グルグルと回りながら宙を舞った僕は背中から地面に落ちた。
肺の中の空気が口から一気に抜け出し、息が詰まる。
落下の際、かろうじて受け身をとれたのはこれまでの鍛錬の成果か。無意
識の内に頭を
これまでの経験から、半ば条件反射で倒れた後の自分の体の状態を把握する。
……体は動く。大きな怪我は無し。痛みはあるけどこれくらいならすぐに収まる。
結果、戦闘行動に支障なし。
さあ、立ち上がって戦え。
「あぁ、う……」
立てない。落下した体勢のまま、僕は動けなかった。
背中を打ち付けた事は別の理由で息が詰まり、体が震えていた。
今のは運が良かった。だって、死んでいないから。
さっきの一撃で致命傷はおろか、大した怪我も負っていないのが自分でも信じられない。奇跡みたいだ。
でも、次は本当に死ぬかもしれない。
……いいや、かも、じゃない。殺される。
僕も、リリも殺されてしまう。
いやだ。しにたくない。
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「ベル、さま……」
でも。
「にげて……」
リリを
「サンダーボルトォォォオオオオオオオォォォォォッ!!」
僕に突き飛ばされたせいだろう、尻餅をついたままの体勢のリリのすぐそばでミノタウロスが腕を振り上げていた。
それを間近で目にするリリの感じる恐怖の程は、一体どれくらいのものになるのだろう。
リリは顔を真っ青に染めて、喉を震わせていた。
なのに、口から出た言葉は助けを求めるものでなく、僕に逃げろという言葉だった。
自分を、囮にして。
だから僕は、叩き付けられた地面から跳ね起きて、魔法を放つ。
砲声。
閃光と雷鳴がダンジョンに響き、それよりも速く僕は駆け出していた。
魔法によって動きを止めたミノタウロスの下からリリを抱え上げて離脱する。
「逃げてっリリ! 僕が時間を稼ぐ!」
「え、で、でも……」
「っ、リリじゃ、足手まといになるだけだ!」
「ダメです、ベル様っ」
ミノタウロスから数
リリを背に庇う形で再度魔法を発動、ミノタウロスをその場から動かさないために、今度は連射し続ける事でミノタウロスの動きを阻害する。
そして、今度は僕がリリに僕を置いてこの場から離れろと言い放つ。
先程とは真逆の配役。
しかしリリは状況に理解が追いついてないのか、それとも自分だけ逃げるのが嫌なのか僕の言葉に困惑を返すばかりで動き出そうとしない。
それはそうだ。こんな状況で逃げろと言われたって、素直に頷けるわけがない。
だから僕ははっきりと足手まといだと言い放つ。
今すぐここから逃げるんだ。
じゃないと君が危ないんだ。
今の僕じゃ、君を守れないんだ。
「はやくっ行けぇえええええええええええっっ!!」
怒鳴り声に突き飛ばされる様に、リリは立ち上がって駆け出した。
同時に、それまでずっと撃ち続けていた魔法を止める。
魔法を無理に連続行使したせいか、突き出した手と頭の奥に痺れにも似た
……これでいい。
さっきの突進で理解してしまった。
コイツは速い。僕はともかくリリの
なら僕がリリを背負って逃げる? それも駄目だ。すぐに追いつかれて両方一緒に潰される。
だから、僕がコイツの足止めをして、リリが逃げ切れるまでの時間を稼ぐ。
それまで耐えて、耐えて。
それから逃げきれれば、僕の勝ちだ。
「だから、お願いします……女神様っ」
だから、祈った。
どうか魔法が効いていますようにと。
麻痺までしていなくとも、少なくない傷を負っていてくれますようにと。
ほんの少し、
僕をいつも見守ってくれた、あの優しくて綺麗なヒトに
喉を大きく鳴らして、土煙の奥。立ったままのミノタウロスの様子を注視する。
『ヴムゥン……』
祈りは
証拠に、ほら。
太い腕で土煙をかき分け、吹き飛ばしたミノタウロスに痺れた様子も痛がる素振りも一切なく、まるで痒いという様にぼりぼりと体毛の黒くなった部分を掻いている。
悪夢のような結果が、僕の目の前に広がっていた。
* * * *
「くそっ! ありえねぇよ、あんなの!?」
「黙って走れ! 追いつかれたら俺達終わりだぞ!」
「ねぇ、あの子助けなくてよかったの!?」
「しょうがねぇだろ! 俺達が居たって何が出来るって言うんだよ! 割り切れ!」
ダンジョン七階層。
四人組の冒険者が、慌ただしくも激しく足音を立ててダンジョン内を駆け抜けていた。
その全員が
「ねえっ、どうしたのー!」
「な、何だお前っ? って……げえっ!? ア、【
「ティオナ・ヒュリテぇっ!?」
「ていうか、【ロキ・ファミリア】!? え、
十字路に差し掛かった所、突然左手の方から掛けられた声に剣士が反応し、思わず足を止めてしまう。
それに続くように三人も走るのを止めると、呼び止めた声の主に、そしてその周囲の集団の正体に目を剥いた。
彼らを呼び止めたのは、オラリオの双頭と名高い都市最高派閥、その一角である【ロキ・ファミリア】。 近々【ロキ・ファミリア】がダンジョン深層に遠征を行うとの噂を小耳にはさんでいたとはいえ、まさかこんなところで会うとは思ってもいなかった彼らは驚きを隠すこともできなかった。
しかも、有名な【ロキ・ファミリア】の中でも『笑顔でモンスターを虐殺する
モンスターよりも恐ろしいモノと
「お前等は何してんだ? キラーアントの群れにでも襲われて、仲間でも見捨ててきちまったか?」
「んだとっ……!?」
「おい、止せって」
見捨てた。の言葉に重鎧の男が憤り
「……あれに比べたら、キラーアントの方が百倍マシだっ!」
吐き捨てる様に落された、パーティの盾役を担う男の顔にははっきりと悔恨の情が浮かんでいた。
狼人の青年の詳細を問う視線に、四人を代表して剣士が前に出る。
そして、口に出すのも恐ろしいとばかりに、絞り出すような震える声で自分たちが目にした特大の
「……ミノタウロスが、いたんだ」
「あぁ?」
「だからっ、ミノタウロスだよ! あの牛の化け物が、この上層でうろついてやがったんだ!」
そのまま剣士は【ロキ・ファミリア】から問われるままに自分たちが見てきた情報を洗いざらい語った。
いつも通りダンジョンに潜っていたら、ルームへと繋がる遥か一本道の奥で、ミノタウロスと、白髪の少年の姿を一瞬
その後すぐに響いてきたミノタウロスの遠吠えに当てられてこの階層まで逃げてきてしまった事。
そしてそのミノタウロスは、冒険者の
「
「『
「は、はい、間違いないです……」
自分達よりも遥か上の
「そのミノタウロスを見たのはどこ?」
「はっ?」
「白髪の少年が襲われてたって階層はどこなんですか!?」
「きゅ、九階層……動いてなければ……」
「アイズさん!」
「うん」
剣士の言葉が終わるよりも先に、二人は走り出していた。
四人の冒険者達がやって来た通路を、駆け出す。
「アイズ!? レフィーヤ!?」
「何やってんだお前等!」
「ちょっとあんた達、今は遠征中よ!?」
「……フィン」
「ああ、僕の勘が騒いでいる。見に行っておきたい」
「なら私も行かせてもらおうか……アイズだけでなく、レフィーヤまで飛び出してしまったからな」
遠征中であることも忘れて飛び出していった二人を追いかける様に。
呆然とする【ロキ・ファミリア】と四人の冒険者達を残して、第一級冒険者――うち一人は第二級冒険者――達は思い思いに九階層経向かうのだった。
そして、彼等が向かう九階層。
「…………ク、ククッ」
僅かな燐光すらも拒む様に、まるで闇夜を切り取ったような漆黒の影が迷宮の壁に背を預けながら、
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