もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
走る。
走る走る走る。
息は荒く、視界は霞んで前もロクに見えない。
ボロボロと目の端から大粒の涙がこぼれていき、壁や天井から漏れ出す燐光を照り返しては落ちていく。
そして、辿り着く。
「話が違うじゃありませんか!!」
ダンジョンに存在するルームの一つに少女が踏み入れると同時に、悲鳴にも似た叫びがそこで待機していた者達へ叩き付けられた。
「ベル様の相手が、あんな化け物だなんて聞いていません! 今のベル様に
リリが転がり込む様に入ったルームに居たのは、獣人、妖精、小人族と種族も様々な男達。
男達に向けられた非難の声に、妖精の青年が集団を代表して言葉を返す。
「言葉の通りだ。女神の供物に
「そんな――!? 勝てるわけがないでしょう、ミノタウロスに! ベル様はレベル1ですよ!?」
「黙れ」
噛みつかんばかりのリリを断ち切る一言。妖精は
「アレは
そもそも。と続く言葉がリリを打ち据えた。
「アレを誘い込んだのはお前自身。女神の
「あ……」
取り乱して泣き叫び、助けを乞うばかりの
青年がリリに向けて放った言葉の
救ってくれたベルへの献身。自分の全てを捧げても彼を守り、助けようと決めたリリの
そしてそこに絡みつく銀の
致命の一
「ヘディン」
「なんだ、アルフレッグ」
「兎をおびき出すことには成功したんだ。さっさと僕達も見に行こう。じゃないと終わってしまうかもしれないよ、色々と」
「……フン」
四人の小人族の内の一人、アルフレッグが妖精の名を呼び、呼ばれた青年は鼻を鳴らすと、静かにリリが出てきた通路へ向かって動き出す。
その場にいた男達もそれに続き、やがてルームにはリリとアルフレッグと呼ばれた小人族の男だけが残される。
アルフレッグは地面に手をついて呆然自失するリリの下に近寄る。
そんな、ちがう、リリは、リリはと呟き続けている彼女をアルフレッグは感情の色を映さぬ瞳で見下ろした。
渦中の少年に巻き込まれただけの、何の力も持たない同胞を。
傲慢な女神に目を付けられてしまった、弱く哀れな少女を。
「気にするな……とは言えないけど――――まあ、運が無かったね」
哀れみか、慰めか。どちらとも分からぬ呟きを残して、アルフレッグも歩き出した。
微かな
* * * *
大重量の金属の塊が、降り落ちてくるのを必死になって横に飛んで躱す。
ドワーフでも両手持ちでなければ扱えないような巨大な
『フゥッ、フゥッ、ブヴォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
攻撃が当たらないことに腹が立ったのか、ミノタウロスが怒号を上げる。
僕にはそれが、まるで『逃げるな』と言っているかのように聞こえてしまった。
……逃げて何が悪い。
僕はお前が怖くて仕方がないんだ。
今も、こうしてお前の攻撃を避けるので精一杯なんだ。
前になんか出れない。自分から切り込むなんて出来っこない。
逃げて、逃げて、無様にでも下がり続けて。
今、この瞬間を切り抜けられるなら、それで十分じゃないか……っ!
『ブフゥンッ!』
「うわぁっ!」
もう何度目かもわからない、両刃斧の大上段からの振り下ろし。
身を投げる様に飛んで躱した僕の背を、叩き割られた迷宮の地面の破片が散弾となって殴りつけてくる。
小さな
ミノタウロスは斧を振り下ろして屈んだ姿勢のまま僕を睨み――地面にめり込んでいた斧を、そのまま僕向けて振り抜いた。
爆発したかのように吹き飛ばされる土砂。その全てが僕に襲い掛かってくる。
予想外の攻撃に、僕は
小手や胸鎧にカンカンと大小入り混じった飛礫が当たる音を耳にしながらゾッと、
『ヴルォォオオオオッ!』
「ま、ずっ!?」
明らかな失策。ミノタウロスを前に目を覆ってしまうなんて。
気付いた時にはすでに遅く。目前にまで迫った猛牛の、両手に持った
* * * *
ミノタウロスに襲われる白髪の少年が、今にも両断されそうになっている。
薄暗い一本道の奥に、その光景が見えた。
「――待って!」
「待つのは貴様だ、【剣姫《けんき》】」
猛牛に殺されそうになっている少年を助ける為に、アイズはルームに飛び込んだ。
そして、ルームの入り口の脇。
そこから姿を現した妖精の青年が持つ
「……【
アイズの呟いた名に
対するアイズも、その眼を吊り上げた。
「そこを、どいて」
「邪魔をするな【剣姫】。これは我が主の神意である」
「そこをどいて!」
どうしてここに【フレイヤ・ファミリア】の、それも幹部級の者がいるのか、そしてここにいるなら何故
そして、アイズの前に立つヘディンの奥、ミノタウロスの攻撃を受けた少年が吹き飛んだのが見えた瞬間、アイズの視界は真っ赤に染まった。
引き抜かれる
追撃の為に身を沈めたアイズは、
しかし遅い。前身の為に踏み出した足に掛けられた重心がアイズの後退を阻む。
剣が、槍が、槌が、斧が――まったく同時にアイズに振り下ろされる。
「どうなってんのコレ―!?」
「
「どうなってんのよ、コレっ!?」
寸前。アイズの影から跳躍してきたティオナの
「【
「【
「【
「【ロキ・ファミリア】め、我等の邪魔建てをするか」
「【フレイヤ・ファミリア】の【
ティオナ達の加勢を前に、態勢を整える瓜
そしてそれは留まることを知らずに。
「……ここから先は通さぬ、【ロキ・ファミリア】」
【
ダンジョンの九階層という玄関口にも近い場所で。オラリオの双頭――その一角である【フレイヤ・ファミリア】の幹部がほぼそろい踏みという、ミノタウロス以上の
流石にこれにはアイズだけでなくティオナ達も戸惑いを隠せていなかった。
今も彼らの背の奥で白髪の少年がミノタウロスに襲われ続けている。
少年に向けて振り抜かれた斧の一撃は、間一髪の所で小盾で防げていたのを目の端で捉えていた。
今も、なんとかその魔の手から逃れ続けてはいられるものの、それもいつまで持つか。
歯噛みするアイズのこめかみに、冷たい汗が流れる。
「やけに親指がうずうず言っていると思ったら……これも含まれていた、と言う事かな?」
間もなく、アイズ達がきた道から黄金色の髪の小人族が、一触即発の雰囲気を断ち切りながら姿を現した。
「やぁ、オッタル」
「……フィンか」
現れたのは【ロキ・ファミリア】の団長である【
「私もいるぞ【
「【
今だ周囲で油断なく武器を構える若い第一級冒険者達、更にフィンの後に続いて現れたハイエルフの美女。
「ハァー、ハヒー、ハヒー……ゼェッ、ゲホッゲホッ! リ、リヴェリア様……ミ、ミノタウロスに襲われてる白髪の冒険者は、無事ですか……?」
「まだ生きてはいるようだな。しかし、中々に予想外な出来事が起こっているようだ」
「リヴェリア様でも予想外な事って一体……ってぇ、お、【
息も絶え絶えにリヴェリアの後から来た山吹色の髪のエルフ――レフィーヤは、アイズ達と対峙している者達の正体に目を剥いた。
それも仕方のないことだろう。
次々集まる
「つか、根暗エルフはどうしてんだよ。邪魔者の足止めに置いといたはずだろ?」
「死んだか」
「こいつらに寄ってたかって殺されたんだな」
「ザマァwww」
緊迫する雰囲気の中、【
「……ここに来るまで、誰もいなかった、ですけど」
「「「「は?」」」」
アイズの言葉を聞いて、今度困惑したのは【
そんなはずはない。だって、【ロキ・ファミリア】がきた方向にはあらかじめ根暗エルフ――【
しかし、それについて心当たりがあるのか、ヘディンがため息交じりに自らの予想を吐き捨てる。
「大方、陰に潜んだまま身を縮こませていたのだろう……
「はーつっかえ」
「やめたら? 冒険者」
「
「そだな。コイツらの代わりに後で俺等で殺しとくか」
「「「賛成」」」
ヘディンの言葉に【
「ふむ。状況が把握できていないんだが……なぜこの場所で、この時に我々が矛を交えたのか。そしてあの、ミノタウロスに襲われている少年。理由を聞いてもいいかな、オッタル?」
「……全ては、我等が主の望むままに」
「……なるほどね。僕達はどうすればいいんだい?」
「何もするな。そうすれば俺達も手は出さん――今、この場では」
「オッタル」
「今は全ての意識を
「そんなの――!」
「アイズ、止めるんだ」
「フィン!? でも、あの子が!」
「駄目だ。他派閥の冒険者の為に僕達がこれ以上戦うことは出来ない。ましてやそれが【フレイヤ・ファミリア】の内輪の事ならなおさらね」
オッタルがヘディンを、フィンがアイズを諭し、再び場は
「オッタル、僕達はもうこの件に手は出さない。でも、静観するのは見逃してはくれないかい?」
「何故だ」
「【
「……邪魔は、するな」
「
【フレイヤ・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】の冒険者達がそれぞれ団長の指示を受け――否応なしに――構えを解いた。
その場に集う冒険者達は、口を閉じて少年とミノタウロスの戦いを眺め始める。
やがて、雄叫びを上げるミノタウロスと、それに負けない咆哮を上げる少年が激突する。
果たして、少年の行く末は――――。
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