もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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贄の兎 14

 

 

 走る。

 走る走る走る。

 

 息は荒く、視界は霞んで前もロクに見えない。

 ボロボロと目の端から大粒の涙がこぼれていき、壁や天井から漏れ出す燐光を照り返しては落ちていく。

 そして、辿り着く。

 ()()()()()()()()()()()()()()へと。

 

 

「話が違うじゃありませんか!!」

 

 ダンジョンに存在するルームの一つに少女が踏み入れると同時に、悲鳴にも似た叫びがそこで待機していた者達へ叩き付けられた。

 

「ベル様の相手が、あんな化け物だなんて聞いていません! 今のベル様に()()()()モンスターだとおっしゃっていたではありませんか!! あれじゃあ、あんなのが相手じゃベル様はッッ!?」

 

 リリが転がり込む様に入ったルームに居たのは、獣人、妖精、小人族と種族も様々な男達。

 男達に向けられた非難の声に、妖精の青年が集団を代表して言葉を返す。

 

「言葉の通りだ。女神の供物に相応(ふさわ)しい(かて)を用意した。何も間違えてはいない」

「そんな――!? 勝てるわけがないでしょう、ミノタウロスに! ベル様はレベル1ですよ!?」

「黙れ」

 

 噛みつかんばかりのリリを断ち切る一言。妖精は怜悧(れいり)な目をリリに向ける。

 

「アレは不遜(ふそん)にも神愛(しんあい)なる女神に見初められた。ならば資格の提示は急務。我らが主神に相応の価値を証明して貰わなければならない。因縁の相手(ミノタウロス)はそれに丁度いい」

 

 そもそも。と続く言葉がリリを打ち据えた。

 

「アレを誘い込んだのはお前自身。女神の神意(しんい)があったとは言え、それに従ったのもお前自身だ」

「あ……」

 

 取り乱して泣き叫び、助けを乞うばかりの凡俗(ぼんぞく)唾棄(だき)するように。

 青年がリリに向けて放った言葉の(やじり)は、リリの最も柔らかい部分に突き立てられた。

 救ってくれたベルへの献身。自分の全てを捧げても彼を守り、助けようと決めたリリの(ちか)い。それが音を立てて罅割(ひびわ)れていく。

 そしてそこに絡みつく銀の(いまし)めごと、粉々に砕け散った。

 致命の一()を受けたリリは膝を落して崩れ落ちる。

 

「ヘディン」

「なんだ、アルフレッグ」

「兎をおびき出すことには成功したんだ。さっさと僕達も見に行こう。じゃないと終わってしまうかもしれないよ、色々と」

「……フン」

 

 四人の小人族の内の一人、アルフレッグが妖精の名を呼び、呼ばれた青年は鼻を鳴らすと、静かにリリが出てきた通路へ向かって動き出す。

 その場にいた男達もそれに続き、やがてルームにはリリとアルフレッグと呼ばれた小人族の男だけが残される。

 アルフレッグは地面に手をついて呆然自失するリリの下に近寄る。

 そんな、ちがう、リリは、リリはと呟き続けている彼女をアルフレッグは感情の色を映さぬ瞳で見下ろした。

 渦中の少年に巻き込まれただけの、何の力も持たない同胞を。

 傲慢な女神に目を付けられてしまった、弱く哀れな少女を。

 

「気にするな……とは言えないけど――――まあ、運が無かったね」

 

 哀れみか、慰めか。どちらとも分からぬ呟きを残して、アルフレッグも歩き出した。

 微かな嗚咽(おえつ)を漏らす、それしかできないか弱いパルゥムを置き去りにしたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 大重量の金属の塊が、降り落ちてくるのを必死になって横に飛んで躱す。

 ドワーフでも両手持ちでなければ扱えないような巨大な両刃斧(ラビュリス)を片手で、小枝の様に軽々と振り回すミノタウロスの猛威から僕は逃げ回る事しかできない。

 

『フゥッ、フゥッ、ブヴォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 攻撃が当たらないことに腹が立ったのか、ミノタウロスが怒号を上げる。

 僕にはそれが、まるで『逃げるな』と言っているかのように聞こえてしまった。

 

 ……逃げて何が悪い。

 僕はお前が怖くて仕方がないんだ。

 今も、こうしてお前の攻撃を避けるので精一杯なんだ。

 前になんか出れない。自分から切り込むなんて出来っこない。

 逃げて、逃げて、無様にでも下がり続けて。

 

 今、この瞬間を切り抜けられるなら、それで十分じゃないか……っ!

 

 

『ブフゥンッ!』

「うわぁっ!」

 

 もう何度目かもわからない、両刃斧の大上段からの振り下ろし。

 身を投げる様に飛んで躱した僕の背を、叩き割られた迷宮の地面の破片が散弾となって殴りつけてくる。

 小さな飛礫(つぶて)の一つが頬をかすめ、また一つ僕の体に小さな傷をつけていく。

 ミノタウロスは斧を振り下ろして屈んだ姿勢のまま僕を睨み――地面にめり込んでいた斧を、そのまま僕向けて振り抜いた。

 爆発したかのように吹き飛ばされる土砂。その全てが僕に襲い掛かってくる。

 予想外の攻撃に、僕は咄嗟(とっさ)に顔を(かば)う。

 小手や胸鎧にカンカンと大小入り混じった飛礫が当たる音を耳にしながらゾッと、怖気(おぞけ)が背筋を駆け抜ける。

 

『ヴルォォオオオオッ!』

「ま、ずっ!?」

 

 明らかな失策。ミノタウロスを前に目を覆ってしまうなんて。

 気付いた時にはすでに遅く。目前にまで迫った猛牛の、両手に持った大銀塊(だいぎんかい)が僕に襲い掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ミノタウロスに襲われる白髪の少年が、今にも両断されそうになっている。

 薄暗い一本道の奥に、その光景が見えた。

 

「――待って!」

「待つのは貴様だ、【剣姫《けんき》】」

 

 猛牛に殺されそうになっている少年を助ける為に、アイズはルームに飛び込んだ。

 そして、ルームの入り口の脇。

 そこから姿を現した妖精の青年が持つ長刀(ロンパイア)が突き出されたことでアイズは足を止めるほかなかった。

 

「……【白妖の(ヒルド)魔杖(スレイヴ)】」

 

 アイズの呟いた名に妖精(エルフ)の青年、【フレイヤ・ファミリア】の第一級冒険者【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】ヘディン・セルランドが珊瑚朱色(さんごしゅいろ)の瞳を細める。

 対するアイズも、その眼を吊り上げた。

 

「そこを、どいて」

「邪魔をするな【剣姫】。これは我が主の神意である」

「そこをどいて!」

 

 どうしてここに【フレイヤ・ファミリア】の、それも幹部級の者がいるのか、そしてここにいるなら何故同派閥(なかま)の少年を助けないのか、色々な感情が頭の中で錯綜(さくそう)するアイズは一切の余裕を失っていた。

 そして、アイズの前に立つヘディンの奥、ミノタウロスの攻撃を受けた少年が吹き飛んだのが見えた瞬間、アイズの視界は真っ赤に染まった。

 引き抜かれる細剣(デスペラード)渾身(こんしん)の踏み込みから繰り出される神速の袈裟斬りは、ヘディンの後退によって容易(たやす)く躱される。

 追撃の為に身を沈めたアイズは、狭窄(きょうさく)した視野の外から迫る四方からの襲撃に気付いた。

 しかし遅い。前身の為に踏み出した足に掛けられた重心がアイズの後退を阻む。

 剣が、槍が、槌が、斧が――まったく同時にアイズに振り下ろされる。

 

「どうなってんのコレ―!?」

余所見(よそみ)してんじゃねえぞ、アイズッ!」

「どうなってんのよ、コレっ!?」

 

 寸前。アイズの影から跳躍してきたティオナの大双牙(ウルガ)が、地を這うように駆けるベートの蹴りが、それらの一歩後ろを追うティオネが振り投げる高速回転する二本の湾短刀(ククリナイフ)が、アイズに襲い掛かる攻撃を全て防ぎ、退けた。

 

「【大切断(アマゾン)】」

「【凶狼(ヴァナルガンド)】」

「【怒蛇(ヨルムガンド)】」

「【ロキ・ファミリア】め、我等の邪魔建てをするか」

「【フレイヤ・ファミリア】の【炎金の四戦士(ブリンガル)】まで……」

 

 ティオナ達の加勢を前に、態勢を整える瓜()つの小人族に、アイズの混乱は更に大きいものになる。

 そしてそれは留まることを知らずに。

 

「……ここから先は通さぬ、【ロキ・ファミリア】」

 

 【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】、【炎金の四戦士(ブリンガル)】に続いて姿を現した鋼のような偉丈夫。

 都市(オラリオ)唯一のレベル7。【猛者(おうじゃ)】がアイズ達の前に立ち塞がった。

 

 

 

 ダンジョンの九階層という玄関口にも近い場所で。オラリオの双頭――その一角である【フレイヤ・ファミリア】の幹部がほぼそろい踏みという、ミノタウロス以上の異常事態(イレギュラー)

 流石にこれにはアイズだけでなくティオナ達も戸惑いを隠せていなかった。

 今も彼らの背の奥で白髪の少年がミノタウロスに襲われ続けている。

 少年に向けて振り抜かれた斧の一撃は、間一髪の所で小盾で防げていたのを目の端で捉えていた。

 今も、なんとかその魔の手から逃れ続けてはいられるものの、それもいつまで持つか。

 猶予(ゆうよ)は残されていない。逃げる少年が死の顎門(あぎと)に飲み込まれる前に、早く助けなくては。しかし、眼前に立つ彼らがそれを許してくれそうにない。

 歯噛みするアイズのこめかみに、冷たい汗が流れる。

 膠着(こうちゃく)する両名に、少年のような高く澄んだ声が掛けられた。

 

「やけに親指がうずうず言っていると思ったら……これも含まれていた、と言う事かな?」

 

 間もなく、アイズ達がきた道から黄金色の髪の小人族が、一触即発の雰囲気を断ち切りながら姿を現した。

 

「やぁ、オッタル」

「……フィンか」

 

 現れたのは【ロキ・ファミリア】の団長である【勇者(ブレイバー)】。その姿と、まるで友達を呼ぶような気安い彼の声に、オッタルは目を細める。

 

「私もいるぞ【猛者(おうじゃ)】。久しい……と言うには時間が短いか?」

「【九魔姫(ナインヘル)】。お前もか」

 

 今だ周囲で油断なく武器を構える若い第一級冒険者達、更にフィンの後に続いて現れたハイエルフの美女。

 

「ハァー、ハヒー、ハヒー……ゼェッ、ゲホッゲホッ! リ、リヴェリア様……ミ、ミノタウロスに襲われてる白髪の冒険者は、無事ですか……?」

「まだ生きてはいるようだな。しかし、中々に予想外な出来事が起こっているようだ」

「リヴェリア様でも予想外な事って一体……ってぇ、お、【猛者(おうじゃ)】!? それどころか【フレイヤ・ファミリア】そろい踏み!?」

 

 息も絶え絶えにリヴェリアの後から来た山吹色の髪のエルフ――レフィーヤは、アイズ達と対峙している者達の正体に目を剥いた。

 それも仕方のないことだろう。()しくも、ダンジョン九階層のルームの一角で、【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の二大派閥、その中核をなす面々がそろい踏みという、普通ならありえない状況が起きているのだから。

 次々集まる都市(オラリオ)内でも上澄みの実力を持つ面々に、オッタルの顔に渋いものが浮かぶ。

 

「つか、根暗エルフはどうしてんだよ。邪魔者の足止めに置いといたはずだろ?」

「死んだか」

「こいつらに寄ってたかって殺されたんだな」

「ザマァwww」

 

 緊迫する雰囲気の中、【炎金の四戦士(ブリンガル)】の四人が漏らした言葉に、デスペラードを構えたままのアイズは困惑を表すように僅かに顔を傾けた。

 

「……ここに来るまで、誰もいなかった、ですけど」

「「「「は?」」」」

 

 アイズの言葉を聞いて、今度困惑したのは【炎金の四戦士(ブリンガル)】だった。

 そんなはずはない。だって、【ロキ・ファミリア】がきた方向にはあらかじめ根暗エルフ――【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】ヘグニ・ラグナールが足止めとして配置されていたのだから。

 しかし、それについて心当たりがあるのか、ヘディンがため息交じりに自らの予想を吐き捨てる。

 

「大方、陰に潜んだまま身を縮こませていたのだろう……王族(ハイエルフ)であるリヴェリア様の存在に気付いて緊張しい(アガリ症)が出たか」

「はーつっかえ」

「やめたら? 冒険者」

(しょ)す? (しょ)す?」

「そだな。コイツらの代わりに後で俺等で殺しとくか」

「「「賛成」」」

 

 ヘディンの言葉に【炎金の四戦士(ブリンガル)】の殺意メーターがこれまでで最高を記録する。その矛先は敵対派閥の者でなく、同派閥メンバーであるが。

 

「ふむ。状況が把握できていないんだが……なぜこの場所で、この時に我々が矛を交えたのか。そしてあの、ミノタウロスに襲われている少年。理由を聞いてもいいかな、オッタル?」

「……全ては、我等が主の望むままに」

「……なるほどね。僕達はどうすればいいんだい?」

「何もするな。そうすれば俺達も手は出さん――今、この場では」

「オッタル」

「今は全ての意識を(ミノタウロス)に注いではいるが、これ以上場を荒立てれば流石にアレも気付くだろう。そうすればすべては無駄になる」

「そんなの――!」

「アイズ、止めるんだ」

「フィン!? でも、あの子が!」

「駄目だ。他派閥の冒険者の為に僕達がこれ以上戦うことは出来ない。ましてやそれが【フレイヤ・ファミリア】の内輪の事ならなおさらね」

 

 オッタルがヘディンを、フィンがアイズを諭し、再び場は膠着(こうちゃく)する。

 

「オッタル、僕達はもうこの件に手は出さない。でも、静観するのは見逃してはくれないかい?」

「何故だ」

「【フレイヤ・ファミリア幹部( キミたち )】が揃って成そうとするものに興味があるからさ」

「……邪魔は、するな」

勿論(もちろん)さ。大人しくするよ」

 

 【フレイヤ・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】の冒険者達がそれぞれ団長の指示を受け――否応なしに――構えを解いた。

 その場に集う冒険者達は、口を閉じて少年とミノタウロスの戦いを眺め始める。

 

 

 

 

 やがて、雄叫びを上げるミノタウロスと、それに負けない咆哮を上げる少年が激突する。

 果たして、少年の行く末は――――。

 

 

 




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