もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

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白兎は高く跳ぶ 1

 サァァァ…………という音と共に据え付けられた蓮口(シャワーヘッド)からぬるい水が降り注ぐ。

 頭から被る水は全身を伝って足先まで流れ落ち、ドス黒い血に塗れた体が、元の色を取り戻していく。

 僕の全身を染めていた、モンスターの生臭い血をふんだんに含んだ水は、足元の排水溝に向かって流れ落ちていった。

 

 

 ここはダンジョン……の上にある摩天楼施設(バベル)。その一角に設けられた冒険者用のシャワールームだ。

 オラリオの街中に出る前に、ダンジョン探索での汚れを落とすために、冒険者に無料で貸し出されている公共施設の一つを、現在僕は使用していた。

 魔石用品によって生み出された水を、同じく魔石用品で温められた適温のお湯は、浴びているだけで汚れだけでなく、疲れまで流れ落ちていくほどに快適だ。

 普段なら爽快な気分になれる場所なのに、今はちっともそんな気が湧かなかった。

 

 ――フレイヤ様に拾われて、ファミリアに入団してから半月が過ぎた今日。

 オッタルさんとダンジョンに潜ったのは初めの三日間だけだったけど、その三日間が僕に冒険者としての色々な事を与えてくれた。

 三日間の全てを合わせても、オッタルさんが口を開いた回数は多くない。でもその中で探索中の助言(アドバイス)や、直すべき癖なんかを簡潔に、馬鹿な僕でも分かり易く教えてくれた。

 四日目以降からは一人で探索することになったけど、ギルドで新人冒険者に付けられるアドバイザーの助言に沿っていけば、順調にダンジョンを攻略していく事が出来ていた。

 僕には冒険者としての適性があったのか、モンスターとの戦闘を重ねるごとに体が軽くなり、それに連れて調子も右肩上がりを続けていく。

 初日からずっと、無傷でモンスターを退け続け、定石(セオリー)通りにダンジョン攻略を進め、一週間前には三階層までを探索範囲に入れるまでになっていた。

 しかし、そんな順調すぎる進み方に、それまで押さえつけていた好奇心と少し(よこしま)な期待への我慢が限界を迎えた今日、僕は四階層を飛び越えて一気に五階層までその足を伸ばした。

 

 ……その結果、五階層に居るはずのない脅威(ミノタウロス)と遭遇し、死にかけたわけだ。

 

 

 俯いた視界の先で、赤黒い水が渦を巻いて取り込まれていくのを眺め続ける。

 あれから絶えず脳裏で繰り返されるのは、金髪の剣士の姿と、獣人の男性の言葉。

 

「……っ」

 

 ギリ、と唇を噛み締める。

 

 胸中に満ちるのは悔しさと怒り。

 獣人の男性に言われた通りの自分の弱さが悔しくて、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられた自分の弱さが、この上なく腹立たしかった。

 

 ――アイズ・ヴァレンシュタイン。【剣姫】の二つ名を持つ第一級冒険者にして【ロキ・ファミリア】幹部。

 

 絶体絶命の危機(ピンチ)颯爽(さっそう)と現れ、瞬く間に僕の命を救っていった彼女は、息を飲むほどに美しく、格好良かった。

 彼女の凛とした立ち姿と、磨き上げられた剣技は、まるで英雄譚の中から出てきたのでは、と思ってしまったくらいだ。

 もしもオッタルさんと出会ってなかったら、もしも先に彼女に出会っていたら、きっと僕は彼女に憧れを抱いただろうと確信してしまえるくらい、ミノタウロスの残骸に立つ彼女(アレ)は鮮烈な光景だった。

 

 ……だからだろうか。

 既に憧憬を抱いていたオッタルさんと同じ、英雄を体現したような人に。

 どうしようもないほどに憧れてやまない英雄(ヒト)に、死にかけていた情けない姿を見られたのが滅茶苦茶恥ずかしくて、そんな姿を見せてしまった自分が許せなかった。

 

 

 降り続けるぬるま湯に打たれる事しばらく。いい加減に蛇口を捻り、水を止めた。

 白に戻った髪から滴る水が(まぶた)を伝い、頬を通って半開きの口に流れ込んだ。

 血も埃も全部流し終えた、ただの水に塩気を感じたのは、きっと気のせいだ。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「エイナさん……」

「ん?」

 

 多くの冒険者がダンジョンに潜る昼下がり、受付役として暇を持て余していたエイナは、自分の名を呼ぶ声の主をすぐに察する。

 

(今日も無事だったんだ……)

 

 年間、多くの死傷者、行方不明者を出すダンジョン。

 そこに足を踏み入れ、二度と帰ってこなかった者達を知るエイナにとって、知人が無事に戻ってきてくれることが、何よりも嬉しい。

 それまで目を落としていた書類から顔を上げると、自分がダンジョン探索のアドバイザーとして監督をすることになった少年の姿を視界に入れた。

 そしてすぐに、少年の様子がおかしいことに気付いた。

 

「どうしたのベル君、いつもより早いね?」

「……それが」

「あ、待って。話するなら場所を変えよう? すぐに手続きするから待ってて」

「いえ、そんな。迷惑になりませんか?」

「全然、むしろ暇してたところだから、気にしなくていいよ」

 

 既に半月前になるのか。目の前の少年が初めてエイナと出会ったのも、丁度今くらいの時間だった。

 瞳を盛大に輝かせながら、エイナが座っていた受付で冒険者登録の手続きを申請する少年に、エイナは内心でいい感情を持てなかった。

 登録申請書のベル・クラネルの名と共に書き込まれた14という年齢が、それを強調する。

 種族はもとより老若男女も関係なくなれるのが冒険者であるが、その職業柄、犠牲者は絶えない。

 自分が担当しているだけあって、その身を案じているエイナは少年――ベルの安否を確認出来て頬を緩めると共に、その沈鬱とした表情に心配をした。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「――ごっ、五階層に下りてミノタウロスに遭遇したぁ~っ!?」

「はい、そうなんです……」

「なんでキミは私の言いつけを守らないの! ただでさえソロでダンジョンにもぐってるんだから、冒険なんかしちゃいけないっていつも口を酸っぱくして言ってるでしょう!?」

「……ごめんなさい」

 

 ギルドの中にある面談用のボックスの一つで、僕と担当アドバイザーの女性と互いに椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合っている。

 ダンジョンを運営管理するギルドでは、経験の浅い新人冒険者のサポートを目的としたダンジョンアドバイザーを提供している。そして、僕を担当してもらっているのが、目の前に座るエイナ・チュールというハーフエルフの女性だ。

 光沢を(たた)えたセミロングのブラウンの髪。そこから覗くほっそりと尖った耳に緑玉(エメラルド)色の瞳。

 細身の体はギルドの黒い制服を綺麗に着こなし、エルフとしての美しさもあって、仕事人然とした印象を見る者に与えていながらも、どこか柔和で角のとれた風貌が親しみやすさを感じさせる。

 実際、そんな彼女を狙っている冒険者も多いとの噂を聞くし、僕もエイナさんに担当してもらってすっかり浮かれていた口だ。

 

 ――『冒険者は冒険してはいけない』――

 

 そんなエイナさんの口癖がソレだ。

 意味としては『準備を怠らずに、安全を第一に』という事らしく、特に今の僕みたいに、冒険者になりたての時期が一番命を落とすケースが多いそうで、肝に銘じておくべきなんだとか。

 

 五階層で『ミノタウロス』に遭遇するなんて、誰にも予想つかない。

 あのモンスターは本来十五階層以下に出現するというのが一般見解だが、今回の遭遇はエイナさんがよく言っている『ダンジョンでは何が起こるか分からない』って事なんだろう。

 

 

「……本当に、今回は運が良かったよ。アイズ・ヴァレンシュタイン氏がその場に居なかったら、キミはここに居なかったかもしれない。……ううん、確実に命を落としていただろうから」

「……はい」

 

 エイナさんの言う通りだ。

 あの人が居なかったら今頃ミノタウロスの腹の中だっただろう。思い出すだけで背筋が震え、遅まきながら恐怖が湧き上がってくる。

 同時に、煮え立つような羞恥と悔しさも胸を満たそうとする。

 (うつむ)き拳を強く握り締める僕に、エイナさんはふう、と息を吐き、吊り上げていた(まなじり)を下ろした。

 

「しっかり反省しているみたいだから、お説教はここら辺で終わりにするけど、ダンジョンでは油断と増長は命とりなんだからね。そこは絶対忘れないように」

「分かりました、エイナさん。……すみません」

「ううん。いいよ。キミが無事に戻ってくれるだけで私は嬉しいから」

 

 ――ああ。僕はなんて馬鹿だったんだろう。

 こんなに僕の事を心配してくれている人がいるのに、軽率な行動を取ってしまった自分の愚かさが許せない。

 

 頭の中で自分をボコボコに殴っていると、話は終わりと言ってエイナさんは立ち上がり、項垂れる僕の背を押しながら部屋を退出する。

 背中に触れられた手の温かさに、自分が生きていることを改めて感じながら、ギルド本部のロビー前に二人して出る。

 白大理石で造られた立派なホールは少し閑散としていて、壁際に設置された神様と英雄達の像が存在感を放っていた。

 

「ほら、シャンと立って。今日は換金はしていくの?」

「……そうです、ね。一応、ミノタウロスに出くわすまでモンスターは倒していたんで」

「じゃあ、換金所まで行こう。私もついていくから」

「え、えっと――はい。ありがとうございます」

 

 気を使わせてしまっているのが心苦しかった。ただでさえ、まだ右も左も分からない僕に良くしてもらっているというのに、これじゃあいつまでたってもエイナさんには頭が上がりそうにない。

 それから僕たちはギルド本部内にある換金所に向かい、モンスターから取り出した『魔石の欠片』をお金に換える。

 本日の収穫は千八百ヴァリスほど。いつもより少ないけど、これはアイズ・ヴァレンシュタインさんに助けてもらった後――先行した彼女がモンスターを排除していたのか――戦闘することもなくすぐにダンジョンから出たため、いつもより探索時間が短くなったからだ。

 

「……ベル君」

「あっ、はい。何ですか?」

 

 帰り際、出口まで見送りに来たエイナさんに引き留められる。

 彼女は逡巡(しゅんじゅん)する素振りを見せながら、思い切ったように口を開いた。

 

「あのね、本当はこういうこと言うの駄目なんだけど……キミには冒険者としての才能が、あるんだと思う」

「へ……?」

「駆け出しの人が、たった半月で三階層までソロ踏破なんて、本来なら無理なんだよ。でもキミは無傷のままそこで留まって探索を続けていられる」

「……」

「それに、何て言ってもキミはあの【フレイヤ・ファミリア】に、主神直々に勧誘(スカウト)されたそうだし……その、ね?」

 

 動きを止めて、エイナさんの言葉をよく咀嚼(そしゃく)して、上目がちに(うかが)ってくる彼女を見つめて。

 

「――君は、焦らずに頑張って行けば、きっとすごい冒険者になれるって、私は思うよ。だから無茶をしないで。……死なないで」

 

 目の前の女性が、ギルド職員ではなく、一人の知人として励ましてくれていることに、僕の身を案じてくれていることに気付いた僕は、胸を温かくする感覚に、みるみる内に表情を明るくさせた。

 勢いよくその場から駆け出した後、すぐに振り返り、エイナさんに向かって叫ぶ。

 

「エイナさん、大好きー!!」

「……ぇうっ!?」

「ありがとぉーっ!」

 

 顔を真っ赤にさせたエイナさんを確認して、すっかり気分が上を向いた僕は、笑いながら町の雑踏に走って行った。

 

 

 

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