もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら   作:人工衛星

8 / 61
白兎は高く跳ぶ 2

 ギルドを飛び出した後、そのままホームへ戻ってきた僕は、装備を外しに自室に向かうところで呼び止められた。

 

「あ、クラネル君、丁度良かった。さっきフレイヤ様から君が帰ったら部屋に来るように伝えてって言われたんだけど」

「あ、エイルさん。分かりました。着替えたらすぐに向かいます」

「……今日も怪我はないみたいだね?」

「あはは……まあ、運良く無事に帰れました」

「無傷なのは良い事だよ。……本当に、良い事だよ……」

 

 声を掛けてきたのは、フレイヤ様お付きの女性団員の一人であるエイルさん。

 戦いが得意でない反面、治療士(ヒーラー)としての才能があり、今も原野で繰り広げられる闘争で、傷を負った団員達を癒している所をよく見かける。

 ただ、その頻度が多すぎるせいなのか、ホームで顔を合わせると高確率で目が死んでいる。

 僕の無事を喜ぶ言葉も、「これ以上仕事を増やすな」と、言外に伝えてくるような圧力を持っているように感じた。

 

 伝言を伝えた後、そのままフラフラしながら屋敷の外へ向かっていくエイルさんの姿から、治療しに行くんだと察して、僕はその背中を気の毒に思いながら見送った。

 

 

 部屋に戻り、装備から普段着に着替えると、すぐにホームの中の主神の『神室(しんしつ)』に向かう。

 両開きの大きな扉の前で、服の皺や襟袖を伸ばして様装を整えた後、扉を叩く。

 

「ベル・クラネルです。お呼びと聞いて参りました」

『入っていいわよ』

「失礼します」

 

 扉の先から返ってきた許可の後、部屋に入る。

 ホームの中といえど、礼節に(のっと)ったこのやり取りに、少し苦手意識を持ってしまう。

 でも、これを守らないと後でひどい目にあわされるそうなので――エイルさんに教えて貰った――忘れない様にしている。

 

「お帰りなさい、ベル。今日は早かったのね?」

「はい……ただいま戻りました、女神様」

「あら、もっと砕けた口調で、名前も呼んでいいとこの前言わなかったかしら?」

「いや、でも女神様に対してそんな失礼なことは……」

「……呼んでくれないの?」

「うっ」

 

 神室に入ると、上品で、それでいて豪華な椅子に座った女神様が本を片手に、入ってきた僕に笑みを向けた。

 女神様から帰還を迎える言葉をかけられ、それに嬉しさと少しの気恥ずかしさを感じながら返事をすると、その表情を不満気に変えた。

 その仕草は拗ねた少女のような印象を、いつもは怜悧(れいり)な雰囲気の女性に持たせ、普段との格差(ギャップ)に悶えそうになってしまった。

 

「…………フレイヤ様……その、ただいま」

「フフッ、お帰りなさい。ベル」

 

 その何気ないやり取りが、どうにも照れ臭くて、つい上がりそうになる口端を隠すように、頬を指で掻いてしまう。

 

「それで、今日はどうしたの? てっきりもっと後に帰って来るかと思っていたのだけれど」

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって……」

「あら、大丈夫だったの? 貴方に死なれたら私はとても悲しいわ。後を追って天に還ってしまうかも」

「駄目ですよ。フレイヤ様が天界に戻ってしまったら、僕が皆さんに恨まれてしまいます。……でも、ありがとうございます。その言葉だけでも嬉しいです」

 

 女神様の手招きに従い近寄ると、その両手が怪我がないかを確かめる様に僕の体に触れてくる。

 その気遣いが嬉しくて、今度は隠しきれずに頬を染めて笑顔を浮かべてしまった。

 『僕が死んだら自分もついていく』なんて、女神様にしては質の悪い冗談を(たしな)めながらも、頬を緩める僕はそれに「だけど」と言葉を続けた。

 

「大丈夫です。フレイヤ様を天界に還すような事はしませんから」

「あら、それじゃあ大船に乗ったつもりでいるから、覚悟しなさい?」

「な、なんか変な言い方ですね……」

 

 二人して笑みを漏らし、部屋の一角に進んでいく。

 初日に背中に『恩恵(ファルナ)』を刻んで貰った部屋の、室内を丸々占有する巨大な寝台とは違った、しかしそれに劣らず大きく豪奢な装飾をあしらえた寝台に向かう。

 そこで服を脱いで、上半身を包む物がなくなったところで、僕は寝台に横たわった。

 全身が沈み込むほど柔らかいマットにうつ伏せになりながら、後から続く女神様を待つ。

 やがて隣に腰を下ろした女神様が、覆いかぶさるような体勢で僕の背中に指を触れさせた。

 

「それで、死にかけたというのは、一体何があったのかしら?」

「ちょっと長くなるんですけど……」

 

 口を動かしている間、女神様は僕の背中を撫でた。一回、二回と、何度も同じ個所を往復して僕の肌を労わる様に。

 その白魚のような細い指先が背筋を通る度、まるで魂に直接触れられているかのように、ぞくり、とする。

 やがてチャリ、という音が鳴った。女神様が小さな針を取り出したのだ。

 首を僅かに捻って見上げると、女神様は自身の指に針を刺し、滲み出るその血を、そっと僕の背へと滴り落とす。

 皮膚に落下した赤い滴は比喩抜きで波紋を広げ、僕の背中へと染み込んでいく。

 

「……それで、危ない所を【剣姫】さんに助けて頂いたんです」

「そうだったの。それじゃあ今度ロキに感謝を伝えておかないとね」

「あ……」

 

 ロキ。オラリオの内外でその名を轟かすファミリアの主神。

 

 女神様に眷属にしてもらってから知ったのだが、僕が入れてもらったこの【フレイヤ・ファミリア】は、このオラリオに数多ある探索系ファミリアの中でも『迷宮都市の双頭』とも比喩される、最高峰の派閥として名を掲げた、滅茶苦茶すごいファミリアだったのだ。

 そして『双頭』とあるように、【フレイヤ・ファミリア】と対する派閥が、今日出会った【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインも所属している、神ロキの派閥である【ロキ・ファミリア】だ。

 二つの派閥は内在的な敵対関係にあり、『オラリオ最強派閥』の座を虎視眈々と狙い合っている。

 そんなライバル的存在のファミリアに、感謝をするということ。

 それはつまり、僕のせいで貸しを作ってしまった事と同義だ。

 自分の愚かな行いが、恩人である女神様の手を煩わせ、あまつさえファミリア全体に迷惑を被せてしまった。その事が本当に申し訳なくて、僕は肩を縮めてしまう。

 

「ごめんなさいフレイヤ様。僕のせいで」

「いいのよ。貴方が無事で帰って来てくれただけで、私は嬉しいもの」

 

 自分の不甲斐なさに見せる顔がなくて、マットに顔を沈めた僕の頭が、女神様にそっと撫でられた。

 髪の毛を(くしけず)るような優しい指使いが、少しくすぐったい。

 小さな子供みたいな扱いをされるのが恥ずかしくて、照れ臭くて。でもそれ以上に安心してしまう。

 顔も知らない、会ったこともない誰か(おかあさん)を思い浮かべてしまう、頭を往復する手の感触が、心地よくて拒絶できそうになかった。

 

「【ステイタス】の更新、終わったわよ」

「……ぁ」

 

 女神様の優しい手つきにまどろみ始めた頃に、そんな声が聞こえると共に背中と頭から手が離された。遠のくぬくもりが名残惜しく感じてしまう。

 微かに漏れた声は、寂しさから縋り付こうとする幼子のよう。

 熱が離れて行くにしたがって、ぼやけていた意識が鮮明になっていく。

 

 

 そして、襲い掛かる壮絶な羞恥心。

 

 

「~~~っっ!!」

 

 

 は、はずかしいぃっ! 十四歳にもなって、頭撫でられて喜ぶとかどんだけなんだ僕ってヤツは!

 

 ――穴があったら入りたい。

 ――顔から火が出る。

 その言葉の意味を身をもって思い知った僕は、マットに沈めていた顔をめり込ませる気持ちで下に押し付ける。

 きっと僕の顔は完熟トマトの様に赤くなっていることだろう。弾力に富んだマットでは隠しきれない耳まで赤く染まっているに違いない。

 

「クスッ、『写し』も書き終わっちゃったわよ。いつまでそうしているの?」

「……うぅ、意地悪ですよ、フレイヤさまぁ」

 

 絶対僕がこうなっている理由をわかっているくせに。

 クスクスと笑う女神様を恨めしく思いつつも、観念して体を起こす。

 手早く畳んでおいた服を着終えると、差し出された用紙を手に取った。

 

 僕たち下界の者に神様が刻み込む『恩恵』は、神様達が扱う『神聖文字(ヒエログリフ)』を、『神血(イコル)』を媒介にして、対象者の【経験値(エクセリア)】を成長の糧としてその者の能力を引き上げる。

 僕は『神聖文字』なんて読めないから、こうやって共通語(コイネー)に書き換えられた【ステイタス】の写しを貰っているのだ。

 

 

ベル・クラネル

LV:1

力:H172→G225 耐久:I15→I76 器用:H169→G212

敏捷:G263→F333 魔力:I0

《魔法》

【 】

《スキル》

【 】

 

 

 

 これが僕の背中に記されている【ステイタス】の概要だ。

 身体能力値を示す五つの基本アビリティの文字と数字は熟練度を表し、この段階が高く、大きいほど僕たちの能力は強化される。

 熟練度は各項目に関連する経験を積むことによって100ごとに段階が上がり、初期値であるⅠ0から始まり、H、G、F、E、D、C、B、A899と上がっていき、最終的には上限値のS999まで上げることが出来る。

 まあ、大体の人はそこまで行く前に頭打ちになるらしいけれど。

 この【ステイタス】で一番重要なのはアビリティではなくLV。これが1上がるだけで基本アビリティでの補正以上に能力が強化される。

 その差は大きく、現に今日、LV.1の僕がLV.2にカテゴライズされるミノタウロスに、大敗を喫したように。

 劇的な強さをもたらすレベルアップは『器の昇華(ランクアップ)』とも呼ばれ、その変容は心身の進化といっても過言ではないのだそうだ。

 

 今回の更新で上がったのは、以前と同じく魔力以外の四項目。

 でも、その上がり方が異常だった。

 オッタルさんとの三日間を経て、初めて【ステイタス】の更新をした時は――

 

力:I0 耐久:Ⅰ0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:Ⅰ0

           ↓

力:H106 耐久:Ⅰ12 器用:I97 敏捷:H177 魔力:Ⅰ0

 

 ――と、すごい上がり方をして、自分は特別な存在じゃないのかと期待したものだ。

 でもその後すぐに、女神様から最初は上がりやすいものだと現実を教えられ、その言葉の通り、以降の更新では各20程度しか上がらなかった。耐久に関していえば、敵の攻撃を受けなかったこともあって一桁ずつでしか数字が変わらないほどだ。

 

 だが今回は、その三日目を彷彿とさせるような数字の増加を見せ、それにせまる熟練度上昇総合(トータル)260オーバーだ。

 耐久は50以上上がっているし、敏捷に至っては100近い。

 

 ……やっぱり、ミノタウロスに追いかけられたのが大きいのかな。

 自分で言っても違和感が残るけど、敵いっこない脅威と遭遇して生き延びたのが、【経験値】にも反映されるという事なんだろう。

 まあ、今は不幸中の幸いだと思って、置いておこう。

 それよりも、だ。

 

「……フレイヤ様。僕、いつになったら《魔法》と《スキル》が発現するんですか?」

「それは私にも分からないわ。《魔法》に関しては知識に関わる【経験値】が反映されるのだけれど……貴方、本とか読まないでしょ?」

「はい……」

 

 《魔法》と《スキル》。

 神様から【ステイタス】を刻まれる中で誰もが関心を寄せるのが、その二つだろう。

 これの有無で、モンスターとの戦闘でも、それ以外でも。行動の幅が変わってくるという。

 

 《魔法》には本、かぁ。英雄譚なら喜んで読むのだけれど――恥ずかしいから言わない――専門用語がたくさん記された難しそうなものは、ちょっと。

 

「《スキル》は……そのうち生えてくると思うわ。多分ね」

 

 女神様の言葉に、僕は肩を落とした。

 そんなぁ……すぐにでも欲しいのに。《スキル》だけでいいから早くでないかな。

 しょげる僕の頭を女神様は再び撫で、寝台から降りる。

 

「落ち込まなくても、貴方なら大丈夫よ。この後はどうするの?」

「……そうですね。ホームに戻ってから直ぐにこっちに来たので、自室で装備の点検でもしようかと思います」

「そう、じゃあまた今度ね」

「はい。それじゃあ失礼します」

 

 寝台から降りて次の予定を伝えた後、女神様と別れ、『神室』を後にする。

 

 

 

 “――心配しなくとも、私が貴方を強くしてあげるわ”

 

 部屋を出るまで、そして出た後も。銀の瞳が僕の背中を見つめていることには、最後まで気付く事はなかった。

 

 

 




新キャラ:エイル
ファミリアクロニクルepisodeフレイヤで出てきた名無しのモブ。オリキャラに非ず。
元ネタは北欧神話に出てくるワルキューレの一人。治療に精通し、死者を蘇らせることも出来たという。
神話でのフレイヤはその権能から、ワルキューレのまとめ役として考えられているため、フレイヤのファミリアにいてもええやろと作者が勝手に命名した。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。