もしもベル・クラネルがフレイヤ・ファミリアに入ったら 作:人工衛星
女神様の神室を出ると、扉の脇にオッタルさんが立っていた。
おそらくオッタルさんも女神様に用があって、僕が出るまで待っていたのだろう。
「終わったか」
「あ、はい。【ステイタス】の更新はもう終わりました」
「そうか」
「はい……」
「……」
…………き、気まずい。
どうしたんだろう。もう扉の前からは退けているのに、オッタルさんは一向に中に入ろうとしない。女神様に用があるのではないのだろうか。
「……今回は、どれほど【ステイタス】が上がった」
「は、はいっ! ……えと、今日は大体260くらいです!」
「……ぬ」
「あ、でも今回のは多分五階層でミノタウロスに襲われたのが大きくて、次はここまで伸びないと思いますっ」
「……ほう。五階層にミノタウロスとは、珍しいな。よく無事だったものだ」
「……いえ、その……恥ずかしい話なんですけど、危ない所で【剣姫】さんに救ってもらって」
「ふむ」
何とも言えない間をおいて、オッタルさんから突然話しかけられて慌ててしまった。
前の更新の時も熟練度の数字を聞かれたことがあったけど、オッタルさんほどの人が気に掛ける程のものなのだろうか。勿論嘘は言わないけど、なんだか自分の成長記録を見せるみたいで恥ずかしい。
黙り込むオッタルさんに数字の伸びた理由を説明し、自身の至らなさを目の前の人に晒す。
「あの……オッタルさん。僕はどうしたら今よりももっと、強くなれますか?」
そして、気が付いたらそんなことを、僕はオッタルさんに聞いていた。
オラリオ最強と謳われる目の前のこの人に、聞きたかった。
好奇心と少しの期待から、ダンジョンで冒険なんかして。
五階層でミノタウロスに追いかけられて、死にかけて。
敵対派閥の幹部に命を救われた時から、僕は強さが欲しくて堪らなかった。
エイナさんが言っていた通り、地道に努力を重ねていけば、死なずにダンジョンに潜り続けていれば、強くはなれるのだろう。
でもそれじゃあ遅すぎるんだ。
僕は今すぐにでも強くなりたいのだ。
そのためには、《魔法》と《スキル》を手に入れるのが一番手っ取り早かった。
でも、大量の【経験値】が獲得できた今回の更新でも、《魔法》も、《スキル》も発現しなかった。
それもそのはず。《魔法》や《スキル》はその人が積み重ねてきた努力の結晶なんだ。そんな都合よくポンポン発現するなら、誰も苦労なんかしない。
そんな事くらい、僕も分かっている。分かっているんだ。でも――
「僕は、どんな相手にも立ち向かえるくらい、強くなりたいんです……!」
誰もを救う、英雄譚の主人公の様に。
あの日、何の力も持たなかった僕を、颯爽と現れて救けてくれた
僕は今すぐにでもなりたいと願ってしまう。
あの時と同じように、事が過ぎ去るまで、何もできずに立ち尽くしているだけなのは、嫌なんだっ!
「……一朝一夕に得る強さに、意味はない。何もかもを積み重ね、己の血肉となったもの。……お前の欲する『強さ』とは、そういうものだ」
「……ッ」
オッタルさんが言外に言う『
「だが、高みに至らんとするその姿勢は、好感が持てる」
続いた言葉に顔を上げると、オッタルさんは微かに、本当に少しだけ、口端を上げていた。
「お前は細すぎる。もっと飯を食え」
「え?」
瞬きする間にいつもの表情に戻ったオッタルさんが、脈絡なくお母さんみたいなことを言い出した事で、思わず面喰ってしまった。
「メインストリートにある『豊穣の女主人』という酒場に行け。そこのミアという女将に言えば、美味い飯を食わして貰えるだろう」
「そ、そこでご飯を食べると、強くなれますか?」
「知らん」
「えっ」
「はっきりしていることは……飯を食わんヤツは強くなることも、成長することもない」
そう言い残して、オッタルさんは女神様の神室に入って行ってしまった。
扉が閉じられ、館の廊下には僕と静寂だけが残される。
「……ご飯を食べないと強くなることも、成長することも出来ない」
独りになった僕はしばらく立ち尽くした後、オッタルさんの言葉を反芻しながら、自室に足を向けた。
* * * *
翌朝。オッタルさんが言っていた酒場の前に、僕は立っていた。
生まれ故郷の田舎での、朝早くから畑仕事をする習慣がすっかり染みついた僕は、調整された体内時計によって早朝五時ぴったしに目を覚ました。
昨日、自室への道すがら何度も繰り返したお店の名前はすっかり頭に刻み込まれていて、どんな所か気になって仕方がなくなった僕は身支度を終えた後、早朝という事もあって閑散とした原野を突っ切ってホームを飛び出した。
少し肌寒い朝の空気を感じながら、メインストリートを歩く。
東の空は明るく、立ち並ぶ建物のガラスが日の光に照らされている。
通りには早朝といえど人影がまばらにあり、その中に露天の準備をしているパルゥムもいれば、僕と同じように武器を携えたドワーフ達が徒党を組んで何かを話し合っている。きっとこれからダンジョンに向かうんだろう。
――と、そんな風に彼らを見ていたら、くるくるとお腹から音が鳴る。
「あ~、そういえば朝ご飯食べるの忘れてたや……」
オッタルさんから教えて貰った店がどんなところなのかばかり気になって、装備を身に付けてすぐにホームを出たものだから、お腹の中は空っぽのままだった。ひもじい。
背中を丸めてお腹をさすりながら歩いていくと、並ぶ建物の中から、それを見つけた。
他の商店と同じ石造り。二階建てでやけに奥行きのある建物は、周りにある酒場の中でも一番大きいかもしれない。
その建物に近づき、先程目にした『豊穣の女主人』と書かれた看板から目を移し、『closed』と札が掛かっているドアの隙間からそっと店内を覗こうとしてみる。
「うわっ」
「キャッ」
すると、急にドアがカランカランと鐘を鳴らしながら開き、店内から出てきた人と、ぶつかりそうになってしまった。
「あっ、その、すみませんっ」
「こちらこそ失礼いたしました。……お客様ですか? 申し訳ありませんが当店はまだ準備中でして」
咄嗟に後ろに飛びのいた後、半ば反射的に頭を下げる僕に、声を掛けてきたのはヒューマンの少女だった。
手に持っている箒から、店前の掃除をしようとして、外に出てきたのだろう。
チラリと上目に覗いて見れば、少女は白いエプロンと若葉色の給仕服を身に纏い、光沢に乏しい薄鈍色の髪を後頭部でお団子にまとめ、そこからぴょんと一本の尻尾を垂らしている。
髪と同色の瞳と、乳白色の滑らかな柔肌の顔は、大げさに慌てる僕に苦笑しているようだった。
「えっと、お客ってわけでもなくて……昨日、知り合いの方からこのお店を教えて貰いまして。それでどんな所なのかなって、気になってしまって」
「ああ、そうでしたか」
店員さんに言い訳というか、店を覗き込もうとしていた理由を話す。
僕の言葉に納得してくれたのか、店員さんは微笑み、頷きを返してくれた。
「見たところ冒険者さんのようですが、こんな朝早くからダンジョンに行かれるんですか?」
「あはは……まあ、そんなところです」
店員さんは間を繋ぐように話題を振ってくれた。
正直な話、この場をどうまとめようか迷っていたので助かった。まあ、本当の事は言えず濁した返事しかできなかったけど。
あと一言二言交わしてからダンジョンに行くって言って別れよう。
……なんて、思っていた矢先、グゥ~という情けない音が僕の腹から響いた。
「……」
「……」
きょとんと目を丸くする店員さんと、顔を赤くする僕。
「プフッ」
「……ッ!」
小さく噴き出す音に、僕の精神は甚大な
「うふふっ、お腹、空いてらっしゃるんですか?」
「……はいぃ」
恥ずかしさに顔を俯け、正面に立つ彼女に顔を合わせられない。
店員さんの問いに頷けば、「あっそうだ」と突然何かを思いついたかのように店員さんは手を打って、そのまま店の奥に消えて行ってしまった。
何が何やらと首を傾げていると、店員さんがパタパタと足音を立てて再び姿を現した。その手に先程までなかった荷物を抱えながら。
「よかったらこちら、いかがですか」
「い、いやそんな。受け取れませんよ。それにこれ、あなたの朝ごはんなんじゃ……」
戻ってきた店員さんは、僕へと抱えていた小さなバスケットを差し出した。
差し出されるバスケットから香ばしい匂いが漂い、バスケットの中には、小振りのパンとチーズが入っているのが見えた。
今の空腹の僕には、それらが生唾が溢れそうになるほど美味しそうに映るのだけど、流石にさっき会ったばかりの人相手にたかるなんて事、出来るわけがない。
「冒険者さん、これは利害の一致です。冒険者さんはここで腹ごしらえができる代わりに、今日の晩ご飯はここで召し上がって頂きます」
「え、それって……」
「私も今ちょっと損をする代わりに、今晩のお給金が高くなること間違いなし、です」
にこっと笑う店員さんに、僕もまた破顔してしまった。
可愛らしさと強かさが同居する彼女の言動に、僕は初対面の人に対する壁みたいなものを、完全に取り払われてしまった。
様子見に来てたのだから、僕がお客さんとしてまた来るだろうと分かっているのに、そんな事言われたら拒めないじゃないか。
「もう……ずるいですよ」
「うふふ、そうですか?」
「それじゃあ、今晩はたくさんお金を持っていかないと、ですね」
「はい、期待して御待ちしています」
二人して店の前で笑い合う。
予想外に出費が大きくなりそうなのに、強かな彼女とのやり取りは心地良く感じてしまった。
「私はシル・フローヴァです。冒険者さんの名前は?」
「ベル・クラネルです。シルさん」
笑みと名前を交わし合い、僕たちは別れた。
バスケットを片手に、ストリートを進む。
澄み渡った朝の空に、白亜の巨塔がよく映えている。
パンとチーズをかじりながら、都市の中央へと向かう。
遠目には、さっき見たドワーフ達が僕の前を同じように進んでいるのが見えた。
目指すのは都市の中心、天を衝く摩天楼。
その下にダンジョンはあって、今も恐ろしいモンスターと尽きる事のない財宝が僕を待っている。
僕たちは冒険者。
命を懸けてダンジョンに潜り、富と栄誉を手にして凱旋する。
時に大怪我を負い、運が悪ければ命を落とす。
それでも懲りずにまた潜る、命知らずの
誰かが言った。
「冒険者は野蛮で愚かな連中だ」と。
誰かがいった。
「冒険者はこの時代の主人公だ」と。
そして、おじいちゃんは言っていた。
「冒険者はみな英雄の資格を持っている奴らだ」と。
摩天楼の下に開いた穴へと足を踏み入れ、今日も僕はダンジョンに潜る。
抱き続ける『夢』の為に。出会ってしまった『憧れ』に近づくために。
自分には分不相応な『英雄』をそれでも目指して、僕は強さを求め続けるのだ。
……まあ英雄になる前に、今晩の為にお金を稼がないといけないからね。
そう呟きながら、空っぽのバスケットと隙間風で寒い懐に、僕は苦笑いを浮かべて腰の剣に手をかけた。