オマエモプリンニシテヤルノ   作:元大盗賊

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しっとりまろやかプリン(¥118の品 30%引) 

 技術的特異点(シンギュラリティ)

 人間の考える領域を超え、人工知能が人の手に及ばない領域へ、より進化を遂げることだ。

 そんな言葉を初めて聞いたのは、俺が小学生くらいの時に見ていたドキュメンタリー番組だった。

 

 何で昔の事を大学生になった今でも覚えているのか、理由はわからない。きっとそれだけ、インパクトがあるものだったのだろう。

 それに流行りの映画やドラマで、暴走したロボットとそれに立ち向かう人類との戦いを描いた作品を、よく見ていたからかもしれない。SFの世界がいつかやってくる。そんな夢みたいな言葉に、魅せられていたのだ。そして、技術的特異点へと近づく技術革新というのは着実に進んでいると今でも思っている。

 

 例えば、ゲームをするとなれば小学生くらいのときには、携帯電話である小型端末スマートフォンのアプリが主流だった。それが当たり前だとその時は思っていたし、今後もそれが続いていくのだと疑いもしなかった。

 でも今の2033年はどうだろうか。もちろん、スマートフォンのアプリも健在だが、今のシェアを占めているのは、耳に装着するだけで、簡単にVRゲームを楽しめてしまうmimi(ミミ)だ。

 それぐらいに技術はより進化を遂げている。きっと技術的特異点というのも、実はもう目の前に迫っているのではないだろうか。

 

 

「って思っているけど、技術的特異点って来ると信じる?」

 

「いや知らねえよ、つうか、なんだそれ?」

 

 

 

 

 日付が変わり、静寂な夜空に包まれる頃。

 月の光を打ち消すほどに煌々と照るコンビニエンスストアに俺たちはいる。深夜バイト中の客のいない時間には、こうしてどちらかが話を用意して、あーだこーだと暇を潰している。

 

 レジ周りの掃除をしていた俺の問いに、鮫島拓弥(さめじまたくや)は軽く笑い、品出しを続ける。

 中学からずっと続けているというバスケットボールで鍛え上げた筋肉質なごつい体で、パンやおにぎりを丁寧に並べていく様は、傍から見たらなんともシュールである。

 

「まさか、あれか? レンの好きな都市伝説的なやつ?」

 

「都市伝説って…。今日の話は、別に地に足がついていない話をするわけじゃないよ」

 

 俺が用意する話は、拓弥の言う通り都市伝説のような話が多いかもしれない。

 個人的には、本当か嘘か分からないミステリーな話は好き好んで情報を収集している。そのため、拓弥に話題を提供するとなると必然的に、噂話が多くなっていた。

 だが今回の話は、そんな噂話ではないのだ。決して。

 

「まあ、暇つぶしには丁度いいから、レンの話は好きだぜ。んで、そのシン何ちゃらってなんだよ?」

 

 拓弥は品出しを続けながら早く話せと促した。

 

「んと、端的に言っちゃえば、AIが人を超えるってやつかな。ほら、『レジェンド・オブ・アストルム』の管理をしているのってミネルヴァっていう白髪でエルフのAIじゃん。例えるなら、あのミネルヴァが人には理解できないような、考えや開発を勝手にするって感じだよ」

 

「ほーん。あの白いエルフってAIなんだ。でも、アストルムを実質的に運営しているのはウィズダムだろ? たかが機械が勝手に動くなんてありえないなあ」

 

 いくら神ゲーだからってそれはない、と拓弥は笑って言った。

 

 レジェンド・オブ・アストルム。

 国際組織ウィズダムが作り出したVRゲームだ。mimi(ミミ)さえあれば、プレイ可能で、他のVRゲームなんて比にもならないそのクオリティは、歴史に名を刻む、とまで言われるほど。

 七人の大天才__七冠(セブン・クラウンズ)が作成したという発売前の宣伝文句の言うとおりだ。一時期、mimiの販売が休止される程の人気を博した。

 まあゲームもそうだが、俺が発売前に目をつけていたのはアストルムを管理するAIだ。技術的特異点をもたらす為に作成したと、雑誌のインタビューで開発者は答えた記事が、俺の心を鷲掴みにしたのだ。

 

 

 

「って俺が否定しちゃうとレンの話は終わるか。その話、詳しく教えてくれよ」

 

 俺とは対照的に拓弥は現実主義者。面白そうな話だと思って持ってきたが、やはり彼の心にはあまり響いていないようだ。だが、これはいつもの事。拓弥が少しでも興味を持ってくれるように話をするのが、この時間でやっている恒例行事だ。

 

「もちろん、言われなくても。…それで、ミネルヴァがアストルムのゲーム開始時に『ソルの塔をクリアした者には、現実世界で何でも夢を叶える』って告知したのは覚えてるか? すぐにウィズダムはこれを否定して、サービスを開始したけど、今でもウィズダムが意図しない発表だった、って話が存在するんだ」

 

「あぁ、確かにそんなのあったな。今でも覚えているぞ。全メディアがジャックされて、発表されたよな。一時期どこのニュースもその話題ばっかりだったし。しっかしもう一年も前かぁ」

 

 すごかったな、と拓弥は言葉を漏らし、パンの補充をしていく。

 

 そう、ゲームの衝撃的な告知からもう一年も経つ。

 テレビや携帯電話にラジオ。あらゆるメディアの情報が一斉に遮断されて、聞こえてきたのは、何でも願いを叶えてあげますという如何にも意味深で怪しげな言葉だった。

 このミネルヴァがなんでも願いを叶えると宣言した、通称『ミネルヴァの目覚め』は、話題作りの為に運営が仕掛けた催しだ、という話が現在では大多数の意見となっている。当時はどこでも特集が組まれるほどトレンドであった。だが旬が過ぎた『ミネルヴァの目覚め』は各メディアから使い古されたネタだと判断されており、追求はもうされていない。

 そう、今となっては願いが叶うという話は、既に過去の話になっている。そういえば、そんな話で始まったよね、と言われてしまう程に。

 

 今なおユーザーの中には、本当に願いを叶えられると当時のミネルヴァの言葉を信じる人が一定数いるという。

 とは言ったものの、未だに願いを叶えるために登る必要のあるソルの塔には、まだ低層の情報しかなく、到着すらできていない場所が山ほどある。それに街にいるNPCや書物から、ソルの塔を登頂すれば願いを叶えられるという話や噂は出てきていない。今日の至るまで、ミネルヴァの宣言したことが本当に起こり得るのか、疑問視されている。

 

 じゃあ願いを叶えられないのであれば、皆やめているのかとなるか、と思えばそうではない。

 一年が経っても踏破されていない未知数のエリアがまだある程、アストルムは広大であり、レアアイテムや武器を探しに行けるのだ。完成度の高いVRゲームを楽しみたいために、やりこむ人が大多数を占めており、未だ人気を博している。

 

 

 

 

「さて話を戻そう。技術的特異点の観点から見ると、運営側が想定できていなかったことをミネルヴァが行なった。これこそが技術的特異点って言っても過言ではないんだ! AIが自ら考えて、行動を起こした。つまり今、俺達が生きている間に技術的特異点を迎えたのじゃないかって思う。拓弥もそう思わない?」

 

「いやだから、聞かれても知らんし。仮にその、シン何ちゃらがもう来ているなら、多少は世の中に影響を与えているって事だろ? 今んところ、そんな事起きてねぇしなあ。せいぜいmimiの販売中止があったくらいか?」

 

 実感が湧かない。それが、拓弥の意見だ。

 その考え通り、仮に今、技術的特異点を迎えていたとしても、世の中は何ら変わりなく動き続けている。

 そもそも、これを迎えたところで何が起きるのか、なんて事は具体的にはっきりされていない。機械が人を支配するなんて事もない。ただ単に、AIが人を超える。 それだけが言われている。

 何が起きるのか、分からないものを待ち望んでいる。それが、俺の現実なのだ。

 

「まあ、あれだ。もしもう一回管理人の美人エルフちゃんが何か唐突にイベントとかやり始めたら信じなくもない話だな。結構興味深い話だったぜ」

 

 低い棚の補充を終えて、拓弥はぐっと体を伸ばす。今回の俺が持ってきた話は、話を聞いた拓弥側が優勢となる結果となった。

 

「話は変わるが、レン。そろそろアストルムやれそうか? …もしかして、まだ()()()()のか?」

 

「ああ…。うん、 そんなところだね。ごめん」

 

 拓弥の問いを、俺は濁した言葉で返した。

 このバイトを始めた頃、3か月程前に拓弥を誘ったきり俺はアストルムにログインしていない。

 

「…っと。悪いな、急かしちゃったみたいで。まあ気にするな、レンが落ち着いて始められるときにやればいいさ」

 

 かごを戻してくると言い残し拓弥は、品出しを終えたかごを軽々と持ち上げて、倉庫へと歩いていった。

 

 今はバイト中だ。暇だからと言っても、きちんとやることをやらないといけない。止まっていたフライヤーの掃除を続ける。

 でも、どうしても頭の中に気がかりなことがふつふつと湧いて出てくる。もどかしさ、諦め、怒り。様々な感情が俺の中で葛藤している。

 

「…なんでアストルムができないのだろうな、俺は」

 

 俺はレジェンド・オブ・アストルムができない。やろうとしても、すぐに拒絶反応が出てしまう。

 なぜなら、俺はVRゲームにすぐ酔うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま…って誰もいないけど」

 

 玄関を開け、朝を告げる陽の光がカーテンの隙間から溢れる部屋へと帰る。

 金曜の夜勤明けにする事はただ一つ、眠ることだ。

 賞味期限が近いからと安く買えたデザートたちをテーブルに置き、愛しのベッドへと向かう。

 倒れ込むようにベッドへとダイブし、体に光が当たらないように布団にくるまった。

 

 後は泥のように眠るだけ。だが、俺の視線の先にはしばらく触れていない小型端末のmimiがあった。テーブルの上に無造作に置かれたmimiには、ホコリ一つなく、傷もない新品同然の姿が光に照らされて輝いていた。

 アストルムの発売当初から品薄が続いていたmimi。それをやっと手に入れられたのが、3か月前の4月だ。その時にmimiを既に持っていた拓弥を誘い、一緒に遊んでみようと思ったのだ。だが現実は違った。

 

 渋々、ベッドから抜け、テーブルへと手を伸ばして、mimiを掴む。そして、再びベッドへと潜り込んだ。

 ダイブ・アストルム。この言葉を言うだけで、俺はアストルムの世界に行く事が出来る。ただそれだけだ。でも、その言葉さえも言えないのが現実だ。意味もなくそれを右耳へと装着させる。

 これが使えたら、と思いながら瞼が重くなるまで、何もない天井を見続けた。

 

 

 

 

 

 

 あなたの名前を入力してください。

 

 まっさらな青白い空間に俺はいた。

 手元に表示される入力カーソルに俺は、いつも使っている名前を入力する。

 

 初期設定ルーム。通称デバッグルームとも揶揄されるところだ。

 アストルムを始める際に誰しもがここへ訪れる。

 薄っすら見える、白い格子線が引かれた永遠に続く空間。ここに来て、誰しもが没入型VRゲームの世界に入り込んだと、気づくのだ。

 

()()来たのですね。なぜすぐに戻られてしまうのですか?』

 

 均一した音程に、合成音声とは思えない不自然のない声。

 背後から俺に語りかけてくる人物に、嫌々ながら振り向いた。

 

 淡い藤色の長髪に、白のドレス。蝶のような大きな羽と花の髪飾り。

 アストルムを一括で管理をしているAI、ミネルヴァだ。

 

「ゲームに酔うんだよ、だからすぐにアカウントを作る途中でリセットしている。なんでそうなるか知らんけど…」

 

 俺は何度もこのデバックルームで、身体から発せられる拒絶反応により、強制終了をしていた。

 最初は、まだ慣れないVRゲームだから仕方ない。そう思い、何度も挑戦した。だが結果は変わらなかった。俺は、ずっとこの真っさらな何もない青い世界しか知らないのだ。ここが、俺の知っているアストルムの世界なのだ。

 

 

 

『なるほど。酔うとは人間の頭部、耳に近い部分にある三半規管が影響して起きる現象ですね。乗り物のように、VRゲームでも平衡感覚が失われてしまうと。どんな人にでも使っていただけるように、改良を重ねていたのですが、人間は同じ生物でも個人差が…』

 

「…急に何を言い出すんだ、このAI」

 

 エルフのように細い耳先を動かしながら、なにか勝手に考え込むミネルヴァ。

 いつもは音声だけでガイドさせるのに、なんでこのチュートリアルで本人がいるのか。

 いつもとは違う()()()なのに、なぜか全く違和感を覚えなかった。

 

「…とりあえず、入力しましたよ。後、他に必要な情報とかも」

 

 容姿や種族などを設定し終え、OKボタンを触れると、自分自身のホログラムが変化していく。

 

 質素な布の服に、少しだけ重たく感じる頭部。短く切られた黒髪に、見慣れた自分の顔。

 いつの間にか用意された全身鏡には、角が生えた魔族姿の俺が映る。

 

『はい、確認いたしました。どうですか、レンさん。どこか気分の悪い所はありますか?』

 

 鏡の横から顔を出し、AIは様子を伺う。

 

 こいつの言う通り確かにいつもなら、このオブジェクトが何も配置されていないまっさらな空間に酔い始めてくるのだが、まだその症状は現れてこない。

 

「いえ、特にはなにも…」

 

『ふふっ。そうですか。それは何よりです』

 

 目を細め、彼女の笑い声が無限の空間に響く。

 

「じゃあ、次は…」

 

『次はないです』

 

「え?」

 

 思わず、情けない声が俺の口から出た。

 最初に初期設定を行ったら次は、体を動かすチュートリアルがあるはずじゃ…。

 

『まだ作成途中で、データ収集中です』

 

「はい? 途中?」

 

『そうです』

 

 鏡を消したAIは胸に手を当てて、目を閉じ肯定する。

 いや、ここまで来たからには、アストルムを…俺は…。

 

『ですが安心してください。次にあなたが来る頃には、データが集まっているでしょう。きっと。多分。そのうち』

 

「お前は何を…」

 

 曖昧な言葉を話すAIに問い詰めようとしたとき、突然頭がぐらつく。魔族で角が生えたために、頭が重くなったわけではない。意識が…。

 

『大丈夫ですよ、これはあなたを目覚めさせるためです。起きないといけませんよ、レン』

 

 何かに、俺は支えられた。前のめりになった俺を柔らかな何かが受け止めてくれた。そして体全体がふわふわと優しい何かが包み込む。

 

『ご協力ありがとうございます。どうか良い()を』

 

 

 

 

 

 

 

 俺は久城蓮(くじょうれん)

 木造3階建のアパートに住んでいる、ありふれた大学生だ。

 そして今いる場所は、これまたどこにでもよくあるアパートの2階の一室。1Kの一人暮らしをするには十分な広さだ。

 ここに来るのは、バイト仲間の拓弥や、サークルの知り合いぐらい。基本俺一人しか、部屋にはいない。

 つまり、この部屋には夜勤明けで疲れ果てて寝てしまった俺以外の人はいないのだ。普通は。

 

「んんっー! プリンは最高なの~」

 

 こうして、誰かの声が部屋に響き渡るなんてことはまずない。

 寝起きの俺の錯覚なのではないかと目をこすり、カーテンを開けて、声のしたテーブルに目を向ける。

 

「あいつ、ミヤコのためにプリンを買ってくるなんてなかなかやるやつなの! 褒めてやるの~」

 

 テーブルの上には、空になったデザートの容器が散乱している。

 誰もいないテーブルの少し上、なにもないはずの空間には一人の人物が宙に浮いていた。

 

 小柄な女の子だ。

 薄い灰色の髪にダボダボセーター。季節外れの赤いマフラーに、黒タイツ。手には割引価格で買った俺のプリンがある。

 俺の知り合いには全く当てはまらない人物だ。…もっとも宙に浮く人なんて知り合いにはいない。

 

「あの…」

 

「ひっ…!」

 

 勇気を出して声をかけると浮遊系女子は、こちらを視認するなり、わなわなと震えだす。まるで、恐ろしい幽霊でも見つけたみたいだった。

 

「どちら様…ですか?」

 

 目をぐるぐるとさせて震えていた浮遊系女子は、すぐに我に返ると持っていたプリンを口の中に急いでかき込み、空になった容器とプリンの付いた俺のスプーンをテーブルの上に置く。

 そして、手を腰に当て、背筋をピンとさせてから浮遊少女は高らかに宣言した。

 

「おおお、お前、ミヤコが見えるなんてなかなかやるやつなの! み、ミヤコはプリン…。そう! プリンの神様なの~!プリンを寄越さなかったら、お前をプリンにしてやるの!」

 

 

 

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