俺は久城蓮。
木造3階建のアパートに住んでいる、よくいるありふれた大学生だ。
住んでいる部屋は、これもまたどこにでもよくあるアパートの2階の一室。1Kの一人暮らしをするには十分な広さだ。
たまに、知り合いが訪れるが基本俺一人しか、部屋にはいない。
しかしだ。最近、この部屋には俺以外の人が入り浸っている。
「はい、こちらをどうぞ」
「ありがとなの〜 いただきますなの〜」
ふと、
スーパーで買った惣菜を電子レンジに入れて温まるのを待ちながら、俺のベッドの縁に座るその人物を見つめる。
「もぐもぐ…。買いたてのプリンは最高なの〜」
惣菜と一緒に買ったプリンを食べているのは、ミヤコさんだ。見た目は小学生くらいの小さな女の子。手を覆うほどのだぼだぼセーターに身を包み、赤いマフラーを巻いていた。
熱帯夜が起き始めている関東の7月には、体調を崩しかねない姿である。
だが彼女は暑い部屋の気温なんか気にせず、黒タイツを履く足をぶらつかせながら、ちまちまとプリンを食べていた。
プリンを味わって食べる仕草ひとつひとつには愛嬌があり、見ていて飽きる事はない。きっと近所のおじさんおばさん辺りに可愛がられるだろう。
だが、そんな事は俺が見る光景には絶対にならない。何せ彼女は、特定の人にしか見えない特別な神様なのだから。
日本には、古来より八百万の神の考え方がある。
要は、神様というものはいっぱいいますよ、ものは大事にしましょう。そんな考え方だ。
目に見えない、実体のないものだからこそ信仰がされた。そんなように思える。あくまでも、俺個人の意見だが。
信じていれば多分いる。言うなればサンタクロースのような存在ぐらいにしか思っていなかった。特に信仰する宗教を持たない俺もそのように思っている人物の一人だ。定期試験の時とか、初詣とかの時ぐらいには神頼みをさせてもらっている。
適宜必要な時に信じられる存在。それが俺の思っている神様という考え方だ。
神様ぐらいどこかにいるのだろうと思っていたからか、はたまた寝起きで頭が回らない状態だったからか、目の前に神の存在を認識したときにはあまり驚かなかった。
何分ミヤコさんが現れた時は、夜勤後の寝起きで頭が回らない状態だった。眠くて仕方なく、その日は土曜日。バイトはなく、二度寝三度寝くらいはしたい気分だった。最初ミヤコさんは何かを伝えようとしていたのだが、何の事か今でも全然思い出せない。
当然ながら、俺の話を聞かない態度にミヤコさんは許してくれなかった。
そんな態度に怒ったミヤコさんは、寝ぼけ眼の俺に
その内容は端的に言うとこうだ。
曰く、自身はプリンの神様をしている事。
曰く、プリンの神様は、常日頃からプリンを食べなければいけない事。
曰く、プリンの神様は、ごく一部の人にしか見える事が出来ない。そのため神様を見ることが出来た限られた超珍しい、スーパーレアな人物はプリンの神様に感謝の気持ちを表現するために、プリンを渡し続ける必要がある事。
更に要約すると、俺はミヤコさんが見えてしまった為にずっとプリンを買わないといけなくなったのだ。
見えてしまったのでは仕方ない。
最初はそう思い、俺はミヤコさんの為にプリンを買い続けた。そんな生活を4日ほど続けていた今日。ふと我に返り、疑問に思うことが出てきた。
ミヤコさんは一体何者か、ということだ。
『私は神です』
端的に言えば、ミヤコさんはそう言っている。
これは『行けたらいくわ』とか『後五分だけ寝させて』並みに信用ならない言葉である。
自分が神様と自称する事は誰にでも出来る簡単な事だ。だが、そんな事を俺が言えば、頭がおかしくなったと周りから思われるだろう。
神様はいると信じられている一方、神様は実体を持たない概念である事は一般常識である。
だが、その存在が今俺の目の前に現れているのである。
いよいよ夜勤の疲れで幻想を見るようになったのか、と心配になるがいくつか確信している事はある。
ミヤコさんは人ではない。これは確実に言えることだ。
なぜなら、ミヤコさんの足元は微かに透けており、壁を難なく突き破って俺の部屋を行き来する姿を見れば誰にだって判断がつく。
他にもミヤコさんが誰にも認識されない存在、ということはこの4日間で既に体験をしているのだ。
その日は飯の買い出しに出かけたときだった。
「おおぉ…プリンがいっぱいなの~」
当然ながら、ミヤコさんも一緒についてきた。理由は単純。俺に付いていったら面白そうだから、だそうだ。
どうせ、ミヤコさんのプリンも買わないといけない事は明白だった。
安売りセールをしているスーパーに本来は行きたかったが、そこはプリンが2,3種類しかない。そうなるとミヤコさんが不機嫌になることは確実。そのため、比較的プリンの種類が豊富に揃ってあるスーパーに連れて行くことにした。
「すごいの~、ぷっちんするプリンにオメガプリン…。ああ、これ知っているの! 牛乳のまろやかさを表現した牛乳プリンなの!」
俺の肩に乗るミヤコさんは、俺の頭を何度もポンポンと叩きながら、興奮気味にあちこちに見えるプリンに目を輝かせていた。
彼女の目の前には、業務用の冷蔵庫に入れられた彩り豊かなプリン容器があった。
「こんなお店を知っているなんて、すごいの! ミヤコがこれまで見てきた中で一番の品揃えなの!」
「神様に喜んでくれたようで何よりです」
「むぅ…。レン、呼び方が違うの~」
「おっと…すみません。ミヤコさん気をつけます」
今度は抗議を込めた意味で、俺の頭をポンポンとミヤコさんが叩いた。
理由は教えてくれないのだが、ミヤコさんは自身を神様、と呼ばれることはあまり好ましく思っていないようだ。
「これだけあるのですから、きっとミヤコさんの気に入るプリンが手に入りますよ。それでどのプリンがいいですか?」
俺が食べるプリンでもないわけであるため、食べる本人に選んでもらおうと提案をする。
「うーん…多すぎて逆に決められないの。そうだ! レンがミヤコに一番食べてほしいプリン選んでほしいの~」
だが、ミヤコさんはプリンを選ぶ考えを放棄してしまった。
「はあ…私がですか?」
「そうなの! レンならこの中で美味しいプリンがわかるはずなの!」
「別にいいですけど、いいんですか? 私が選んで」
「レンなら美味しいプリンがどれか、絶対に分かるの〜プリン〜プリン〜」
呑気にミヤコさんは、鼻歌交じりに俺の肩で楽しそうにプリンを唱え始める。
なぜそこまで俺の選択に信用を置いているか、分からない。ただ、俺のプリン選びを信じているという言葉は少しだけ嬉しく思ってしまった。
「ならば、私は焼きプリンをミヤコさんにおすすめします」
「焼きプリン…? なんでプリンをわざわざ焼かないといけないの~」
再び俺の頭をポンポンと叩く。
ミヤコさんはまだ焼きプリンの美味しさに気づいていないようだ。
俺は目の前に見えた焼きプリンの容器を一つ取り、ミヤコさんに見せながら話をすすめる。
「いいですかミヤコさん。焼きプリンは一つで二つ美味しさを楽しめるんですよ」
「一つで二つ…どういうことなの?」
「焼きプリンはその名の通り、プリンの表面部分が炙られて薄い膜上のものが出来上がるのが特徴です。この炙られてできた膜はもちろん、プリンの成分からできていて、プリンの甘さがぎゅっと集まっているんです」
「甘さが、ぎゅっと…ごくりなの…」
「プリンと炙られた膜を同時に食べたら、口の中にはぎゅっと集められた炙られた膜の濃厚な甘さとプリンの控えめな甘さが広がるんです」
「すごいの…焼きプリン恐るべしなの…」
肩から降りて、俺の持つプリンをじっと見つめるミヤコさん。
だが、彼女はまだ焼きプリンの本当の楽しみ方を知らない。
「そして忘れていないかもしれませんが、もちろん焼きプリンにもカラメルソースがあります。…ということはもうおわかりですね?」
「…焼きプリンは膜とカラメルソースがあるから一つで二つ…すごいの! 焼きプリンを食べたいの!」
「いいや、まだミヤコさんは本当の美味しい食べ方を知らない!」
「どういうことなの、レン?」
「焼きプリンは膜もカラメルソースも味わえる。ですが、違うんです。膜があって、プリンがあってそしてカラメルソースがある。焼きプリンは三段構造になっているんです。もちろん、その三段構造はスプーンを使えばそこのカラメルソースまでたどり着きます。つまり…」
「その3つを全部食べられるの…?」
「そう。膜、プリン、カラメルソース。この3つの甘さを同時に味わえるんです。一つで二つ。いや、一つで三つもの味わい方があるのが、この焼きプリンの最大の特徴なんです」
もうミヤコさんには言葉は必要がなかった。
彼女の目には、俺の手に持っていた焼きプリンがあった。
彼女は無言のまま、ひたすらそのプリンを俺のかごへと放り込んでいるのであった。
「いや、ミヤコさん。さすがにそんなに買えな…」
ごっそりと持ったプリンをかごに入れるのを止めていると、ふと俺はある違和感があることに気がついた。
このスーパーは比較的大きめの店舗で、程々にお客さんがいるところだ。今日もセールが開催されており、人通りは少なくないはず。だが、俺のいる冷蔵庫の付近には誰ひとりとして客の姿がいなかった。
変わりに、俺がいるところから離れた場所で、ひそひそと話しながらこちらを見つめる主婦の方々がいたのだ。
「あの人、一人でプリンに話しかけているわ」
「かわいそうに…そっとしておきましょう」
「んふふ~焼きプリンを食べるのが楽しみなの~」
ふと手にあるかごが揺れ、そちらへと視線を移す。
放り込まれた10個ほどのプリンのあるかごの縁を揺らす、ミヤコさんがいた。
そして、プリンプリンと、ミヤコさんは嬉しそうな笑顔を浮かべてプリンを言葉にしていた。
神様というのは概念であり、実体を持たない。
それが、一般常識であり誰もそのことを疑いはしない。
ただ、そうであるならば神様であるミヤコさんという存在は、誰からも認識されない存在であり続けていたのだろう。彼女にとってプリンがあるからこそ、これほど幸せでいられるのだろうかと思ってしまった。
「では、会計を済ませますか、ミヤコさん」
彼女を肩に乗せて、レジへと歩みを進めた。
温め終わった惣菜を手にテーブルへ戻ると、ミヤコさんはプリンを食べ終わり満足したのか、俺のベッドで横になり満足そうな表情を浮かべていた。
「はぁ…幸せなの~」
「それは何よりで…。ところでミヤコさん、明日と明後日は家にいないので、しばらく留守にしますね」
「留守ってミヤコをおいてどこに行くの~?」
「明後日中学の知り合いが結婚することになったから結婚式に行くんですよ。場所が遠いから、明日は移動とかの準備をするんで」
「むう! そしたらミヤコはプリンを食べられなくなるの!」
「いや、もうストックがあるんですから大丈夫ですよ…」
冷蔵庫には20個ほどのプリンで埋め尽くされている。これがなくなることは多分ないはず…。ないよね?
「それに、お土産も買ってくるんでそれで我慢してください」
「お土産ってなんなの? プリンじゃなきゃいやなの~」
駄々っ子の如く、ミヤコさんはベッドの上でジタバタと両手をブンブンと振り回す。
「…もちろんプリンですよ。その中学の友達が私の知っているプリンを扱う店のファンだからそれを買うついでに…」
「…やっぱりなの」
「え? 今なんて?」
「ミヤコもそのお店に行くの~!」
その懇願は俺が寝るまで続き、寝床につけない俺の敗北となり、ミヤコさんも買い物について行くことになった。
寝る前に彼女にプリンの話題を振ってはいけない。それがその日に思った反省である。そして、もう一つ。これだけは口にしてはいけない言葉だと思わざるを得なかった。
件のお店は、俺の実家であるなんてことは、絶対に口にしてはいけないのだ。