オマエモプリンニシテヤルノ   作:元大盗賊

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特上 生プリン

 俺は昔、よくクラスメイトから人気があった。

 

「ねぇ蓮! 新作のデザートってどんなデザートなの?」

 

「よっ、今度の週末お前んところに行くから、そのときはよろしくな!」

 

 正確にいれば、俺自身が人気であったわけではない。俺の実家で営んでいる洋菓子店が、みんなから好まれていたためだ。

 

 

 実家のお店が地元で結構有名なお店になっているということは、小学生の高学年になったくらいでやっと自覚し始めた。

 そう思ったきっかけは、学年が上がる際に行われるクラス替えのときだった。

 

 周りを見渡せば、チラホラと見えるまだ顔も名前もわからないクラスメイトたち。もちろん、見知っている友達もいたが、半数は知らない人たちだ。

 そんな誰とも知らない人へ自己紹介をするなんて、当時のシャイな性格の俺には至難の技であった。

 なんて自己紹介をしよう。そう思った俺は、自分の番が来るまでに周りで自己紹介を進めるクラスメイトを、よく観察することにした。

 すると、ある人は野球をやっているとか、図書委員をやっているから図書室へ本を読みに来てくださいとか、何かしら自身の持つ()()を、これから共に学んでいく人たちへ説明をしていた。のっぺりとして何も描かれていない顔から、次第に顔のパーツが形作られていくクラスメイトを見て、自分はどんな属性だろうかと考えた。

 

 特に習い事もせず友達と気が向いたら遊び、一人でいるときには家にあった料理本をよく読む。それが俺という形を作り出すパーツだった。何のひねりもない内容で、どれも使える属性にはならなかった。強いて言うなら、料理の本を読むという事が他の属性にはないものだった。

 だが、本という属性は既に自己紹介に使われていているために、被った属性にはなりたくない。シャイな性格の俺は無駄に高いプライドを持っていた。

 誰にも持っていないものはなんだろうか。そう考えているうちに、俺が自己紹介をする番になっていた。席を立ち、後ろを振り向けば綺麗に形作られた顔と、白く塗られているまっさらな顔。双方が入り混じった顔が俺の方を見ていた。

 

 ひとまず、自分の名前を言うことに時間を使った。

 だがすぐその後、はっきりとした顔をする友達から、まだ紹介が足りないぞという無言の圧力を受けていた。

 色んな顔から向けられているプレッシャーと、友達からの圧力の対処に頭の中のリソースを費やしていた俺は、残りの少ない容量で自身の持つ属性を探していた。

 ふとその時、俺自身ではなく、俺の家族についての属性が浮かんできた。俺の家ではお店を営んでいる。これは誰もまだ言い出していない新しい属性だ。

 属性を新たに見出せたことで一瞬悦に浸り、とりあえず実家のお店の名前を出して自己紹介を終えた。

 すぐにでも、この嫌な時間から逃れたい。自分自身が楽になるために思い立った行動だ。

 例えその自己紹介が多少、受けが悪いことを言っていたとしても、他の皆とは異なるものであればそれでいい。後先を考えていない、単なる自己満足をするための行動だった。

 

 しかしながら、あのつまらないはずの紹介で、俺がどのような人物かすぐにみんなが理解を示してくれた。

 その証拠に、自己紹介の時間が終わると、作りたての顔をしたクラスメイトたちから、質問を受けたのだ。

 

 それは不思議な光景だった。

 俺にとって当たり前の事実をただ言っただけなのに、周りから称賛され、羨望の眼差しを受けるのだ。それは、言葉に形成し難い感覚だった。今までに感じたことのない心地よい感覚であったことは確かである。

 当時の俺は、自己紹介に使えるとても便利な枕詞を見つけられた、と小さな発見をして喜んでいた。それくらいに、俺の思っていた()()とはかけ離れていたものなのだと実感したのだ。

 

 

 

 

 

 ______________

 

 

 

「懐かしいなあ…。ああ、ここが昔通っていた小学校なのですよ」

 

「…別に学校を紹介されても、ミヤコのお腹は満たされないの。それよりも、早く()()()()()に向かうの〜」

 

 俺が思っていたよりも小さくなったグラウンドを見て、哀愁を感じていた俺の頭をミヤコさんは容赦なくペチペチと叩く。肩に乗る彼女は俺に、思い出に浸る時間を与えてくれないようだ。彼女にとっては俺の過去の思い出よりも、早く俺の家へと向かう事にもっぱら興味を持っていた。

 もちろん、プリンの神様の原動力となるのは一つだけ。

 

「レンの親が作るプリンがすぐそこなの! とても楽しみなの〜」

 

 

 

 

 

 ミヤコさんが、これから行くお店が俺の実家である事を知られるタイミングとしては二つあると俺は考えた。

 

 一つ目は実家にいる親族と対面する事。

 うっかり俺の母さんに会ってしまった日にはチェックメイトだ。しかしながら、母さんは接客をするほど暇ではない。

 元々予約しているプリンと、ミヤコさんのためのプリンを購入してすぐ店を去ればいいだけなので、こちらはあまり可能性としては低い。

 

 そして二つ目は、俺の口からポロッと事実を話してしまう事。

 まあ、お店が実家である事を言わなければいい。

 変に思い出話をして勘付かれないように立ち振る舞う。ただそれだけだ。

 

 これら二つに気をつけていれば問題はない。さっさとプリンを確保し、ホテルにミヤコさんを留守番にさせ、結婚式会場へ向かえば良い。そう思いながら、電車で移動している最中、ミヤコさんからこれから行くお店についての質問に答えていた。

 何を売っているのか。どれくらい美味しいのか。そんな他愛もない質問だ。

 プリン以外にもデザートの商品を取り扱っているとか、牛乳瓶のようなガラスに入っているプリンが美味しいですよと、これまた特に当たり障りのない事を答えていた。

 

 この調子なら大丈夫だろう。

 電車に揺られ、すぐ去っていく外の景色を眺めていられるくらいに余裕を持っていた時だった。

 

「ねえ〜レン〜」

 

「何ですか、ミヤコさん。もうプリンは残り一つしかないですよ」

 

 ガラス越しに広がる緑色の景色から、隣の席に座る無賃乗車のミヤコさんへと視線を向ける。荷物が入っているカバンの上にちょこんと座り、プリンを食べながら彼女は質問をした。

 

「レンもこれから行くお店を継いだりするの?」

 

 お店を継ぐ? 俺が? 店を? 

 何をおっしゃっているのか、俺はすぐに理解できなかった。

 黒タイツを履く足をぷらぷらと遊ばせているミヤコさんは、首を傾げ上目遣いのままこちらを見つめる。

 

「ははは…。面白いことを言いますね、ミヤコさん。私が何でそのお店を継いだりする必要が…」

 

「ん~? 何でって、レンがそのお店に住んでいたからに決まっているの。早く、レンの作るプリンを食べてみたいの~」

 

 プリンを食べ終えたミヤコさんは満面の笑みを浮かべる。

 その笑顔は、純粋だった。

 人を貶めるような嘲笑うわけでも、悪巧みをした顔でもない。

 晴れ晴れとした、温かく屈託のない笑みなのだ。隠し事をしていた俺が恥ずかしいと思ってしまうくらいに。

 

 なぜミヤコさんが、これから行くお店の事を知っているのか聞くとミヤコさんは

 

「ミヤコはプリンの神様なの! それくらい知っていて当然なの〜」

 

 としか答えてくれなかった。今度はドヤ顔をして。

 結局のところ、ミヤコさんの前では隠し事は通用しないのだ。何せミヤコさんは人ではない、自称神様なのだから。

 

 

 

 

 

 今日は7月の下旬。

 夏に差し掛かり、気温が上がってくる季節で、店舗に着いたときにはほんのりと額に汗をにじませていた。それが果たして気温のせいなのか、俺の実家に()()()()()()()せいなのか分からない。

 

「全然客がいないの、ほんとに美味しいプリンの店なの?」

 

 俺の頭に寄りかかり、不満そうにミヤコさんは店舗を見る。

 デザート専門店「ドゥー・ボヌール」には、ミヤコさんの言う通り、店内にはチラホラとお客さんがいるものの目立った数はいなかった。きっとミヤコさんの想像では、立て看板が置かれ、広告ののぼり旗が風に揺られている外観に、ずらっと行列ができている様子が見えていたのだろう。

 

「いいですかミヤコさん。今は平日の昼時。人が押し寄せて来る時間帯じゃないのですよ」

 

 こうして平日の昼間に出歩けるのも、大学生の特権である。夏休み万歳。

 

「それじゃあ、ミヤコさん。ここでプリンを買って、さっさと今日泊まるホテルに行きましょう。こうして暑い外にずっといるよりも涼しいホテルの方が快適ですよ」

 

 肩からミヤコさんを下ろして、店舗へと入る。

 自動ドアが開かれ、甘ったるい香りが鼻をくすぐり、空調の涼しい風が顔を冷やす。

 いつもと変わらなかった。商品を入れるショーケースの位置も、配置する商品の種類も。

 そして、小さな子どもにすぐに食いついてもらうために、入口の正面からすぐ見える位置に、俺が大好きだったプリンがあることも。

 

「おお、プリン! プリンがあるの~!」

 

 お店を入るとすぐに、ミヤコさんはショーケースに入るプリンへと突撃する。

 彼女の目の前には、普段スーパーで買っているプリンよりも幾倍もの値段のするプリンたちがずらりと並んでいるのだ。改めて見ると、とても壮観である。

 ショーケースにへばりつき、文字通り目を輝かせているミヤコさんの隣に立ち、店員さんを呼ぶ。

 

「すみません、予約していた()()なんですが…」

 

「いらっしゃいませ。はい、予約していた田中様ですね。少々お待ちください」

 

 恰幅のいい女性店員さんは予約と俺の姿の確認を行うと、後ろを振り向き、先程よりも大きな声で叫んだ。

 

「久城さーん! ()くんが来ましたよー」

 

「ちょっ!? なんで俺の名前を!?」

 

「もう蓮くんってば、恥ずかしがらなくてもいいんだよぉー 久城さんったら蓮くんが予約した瞬間に分かったって言っていたわ」

 

 女性店員は笑顔でそう答えて、ウインクをする。

 俺の記憶の中では、覚えのない女性だ。だが、この話し方から察するに近所付き合いの人だろうか…? 

 いやそんなことよりも、重要な事が俺の身に起きようとしていたのだ。母さんは今の時間帯は、材料の取引先に行っている。残る久城の名がつく人物は一人しかいないのだ。

 

「おかえり、蓮」

 

 女性店員の奥から凛とした声が店内に響き渡る。その声を聞いた瞬間に、俺はなぜか安心したと同時に、とてもバツが悪い思いでいっぱいになった。

 

「疲れたでしょう、家に上がりなさい」

 

 ドゥー・ボヌールの営業、経理、その他諸々の担当であり、俺の祖母に当たる人物。

 久城清江が俺をじっと鋭い目つきで見つめているのだ。

 

 

 

 

 

 強制的に実家の母屋へと訪れることになった俺は、まずはお父さんに挨拶をしなさいと言われたため、父さんに会いに行く。

 

「お父さんって誰なの?」

 

 長く暗い廊下を足早に歩く俺の後ろで、ミヤコさんが話しかけてきた。

 

「お父さんっていうのは、俺の祖母…さっきの清江さんって人の夫で、おれの祖父に当たる人だよ」

 

「それで、こんな長々な廊下を歩いているけれど、その人はどこにいるの?」

 

 父さんのいる場所を見つけ、何も言わずにそのまま襖を開ける。

 

「ここに父さんがいるんだ」

 

 俺はミヤコさんに父さんのいる場所を指す。

 しんとした和室には一つだけ大きな仏壇が置かれていた。大きくて立派なものだ。掃除が行き届いており、塵一つない綺麗な姿を保っていた。変わっていなかった。あれから何もかもが。お供え物が置かれている所も、至るところに金色の装飾が施されている所も、そして仏壇の中心に一つの写真立てが置かれている事も。

 

「俺の父さんは、だいたい5年前…俺が中学3年生のときに亡くなったんだ」

 

 

 挨拶を済ませ、客間の襖を開けると祖母が既に部屋に座っていた。

 机を挟んだ形に座布団が敷かれており、机には茶飲みがあった。そして…

 

「プリンなの!」

 

 大声を出したミヤコさんの視線の先には、蓋のされたプリンとスプーンが置かれていた。

 

「これはミヤコが…」

「落ち着けって、それは後で…」

 

「どうしたの? 急に大声を出して」

 

 ミヤコさんを客間に入れないように首根っこを押さえて、なんでもないと告げる。

 

「…婆ちゃん。俺は用事があるから、今日はのんびりとしてられないんだ。すぐに戻…」

 

「中野さんのところの子の結婚式は、今日の午後でしょう? 挙式会場は、ここから電車で移動しても1時間くらい。もう少しゆっくりできるはずよ」

 

 相変わらず、この人の情報収集能力の高さには、感服してしまう。

 

「…こっちにも色々予定があるんだ。…ごめん。話したいことがあるなら、明日来るからさ、また後で」

 

 嘘だ。予定なんてこれっぽっちもない。

 俺はただ、この重苦しい場所から外に出たいだけなのだ。この場所から逃げることだけを考えていた。

 

「…それもそうね。強引に引き止めて悪かったわ」

 

 なぜか祖母はそう言って、表情を緩める。いつもなら、理詰めをしてまで説得をするほど頑固で、引き際を知らないはずなのに。何故、この人は笑うんだ。

 

「別に無理して明日は、寄らなくてもいいわ。でも、お父さんに挨拶をしてくれて…ありがとうね」

 

 

 

 

 

 店を後にして、しばらく歩いていると無言を貫いていたミヤコさんは、俺の袖を引っ張った。

 

「レン、なんでお話をしなかったの? そうしたら、ミヤコはプリンが食べられたの」

 

 俺は袖を引っ張られ続けながら、ホテルの場所へと向かう。

 

「…ミヤコさんが泊まるホテルの手続きをしないといけないのですよ。私が結婚式に出席している間は退屈でしょう。プリンも出ないので…」

 

「…ミヤコのプリンを買ってないの」

 

 その言葉を聞き、俺は歩みを止めた。

 ふとその瞬間に、じりじりと照りつける日差しとともに、蝉の鳴き声が耳に入ってきた。

 

 俺が持っているのは、結婚式で新郎に渡すプリンのみ。

 ミヤコさんに食べてもらうプリンは今持っていないのだ。

 後ろを振り向くが、既に実家からは遠く離れておりすぐに戻れる距離にはなっていなかった。いや、そもそも戻る気さえなかった。

 

「分かりました。結婚式が終わった後の明日に、買いに行きましょう。ただ一つだけ条件を提示させてください」

 

「条件って何なの?」

 

「俺の話を聞いてください。…俺と父さんの話です」

 

 俺はその日、ミヤコさんに懺悔をお願いした。

 

 

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