オマエモプリンニシテヤルノ   作:元大盗賊

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特上 生プリン5本セット(¥3880) 

 俺にとって祖父はすごい人だった。

 父のいない俺にとって祖父は、父親の代わりでもあり尚更、思い入れが強い側面もあるかもしれない。

 だが、実家の洋菓子店が地元密着型で地域の人から愛されるようになったのも、お店を始めた祖父の作る洋菓子の技術があってこそ。

 まあ実際の所、お店の実質的な支配者である祖母の経営戦略が良かった事が大きいと言える。祖父はそういった事は出来ていなかったから。

 作るのが楽しくなり、訳のわからない量のお菓子を作ったために祖母に怒られているのを見れば、誰がうちのお店の経営者か、小学生の俺でもすぐに分かった。

 

 だが、そんな祖父が俺は好きだった。憧れであり、尊敬の念を持っていた。

 お店に来てくれる人をお菓子で笑顔にできる、そんな魔法のような事ができる祖父がすごいと思っていたからだ。

 少しでも力に成りたい。そう思って、俺はお店の役に立ちたいからと駄々をこねて、新商品開発に協力をしたりした。まあ、実際のところは未販売の洋菓子が食べられるからという、子供じみた理由でやっていた。特に、俺が好きだったプリンについてやたらと強調してアドバイスとかを言っていたあたり勘づいていたのかもしれない。だが、祖父は協力をしてくれるだけで嬉しいと孫の俺の頭を優しくなでてくれた。

 

 

 

 こうして順風満帆に過ごした小学校を卒業し、中学校に進学した頃。

 小学校から、学校の雰囲気がガラリと変わったことを今でも覚えている。そりゃそうだ。複数の小学校から生徒が集められ、いつもとは違う授業スタイルに、部活動。そして3年生に待ち構える受験。何もかもが新鮮だった。これが大人になる事なのだと、実感したのだ。

 当然、学校の雰囲気だけでなく俺自身にも変化が起きていた。思春期特有の2年でもすごく身長が伸びたとか、声が低くなったとかそういう身体的な変化もあったが、精神面にも変化が起きていた。何を隠そう反抗期だ。

 

 特に反抗期が顕著に現れていたのは、高校受験シーズンだった。

 これまではのほほんとしていた勉強も、受験合格のために必死にやらないといけない。

 将来のなりたい自分のために、努力をしないといけないのだ。当然、当時の俺は、相当なストレスを溜め込んでいただろう。

 それに加え、中学に入ってから俺と実家の店を揶揄した些細な陰口を叩く奴らを目にしていた。今思えば、子供のしょうもないいたずら程度の言葉として捉えられるものだが、当時の俺にはとても許せない行為だった。

 そんなイライラが募っていったときに、そのはけ口を家族に求めてしまった。

 

 特に、祖父にはそっけない態度を取った。高校受験を控える俺に対して、かなり心配していたようだった。しつこいくらいに大丈夫か、と聞いてくる態度が目についてしまった。

 それだけ祖父が心配していたのは、今だと理解できる。祖父にとって息子という存在はいなかったのだ。男が高校受験で失敗などしてはいけないと、古い考えを持っていたのだろう。一人娘の子供を大事にしたいという気持ちを、優先してしまったのかもしれない。料理人としての修行のために海外に行ってしまった娘の代わりに、心配してくれていたのかもしれない。だが、そのような態度が鬱陶しくて、目障りで、嫌いになってしまった。

 

 だから俺は、いつものように心配して声をかけた祖父に、はっきりと言ってしまったのだ。頼むから関わらないでくれ、うざいから…と。

 日が沈みかけた、あの肌寒い秋風が吹く薄暗い玄関で。

 ひどいことを言った自覚は当時にはなかった。こう言えば、祖父も怒って関わらなくなるだろうと思ったのだ。そしてあのときの祖父は、目を細めて笑いこう言った。

 

『分かった。蓮、受験がんばれよ』

 

 それが俺と祖父と交わした最後の会話だった。

 そう言い残して、祖父はお店の工房へと戻っていった。新商品として開発していたという、プリンを手に持ったまま。

 

 

 

 それから、俺が祖父のことを考えるようになったのは、雪の降る季節だ。

 授業中に、俺は担任の先生に呼び出されたのだ。

 たしかその時は、問題集を解かせながら、試験中に注意するべき問題の解き進め方について、くどいくらいに言う数学の先生の授業のときだった。

 クラス全員の注目が集まり、冷やかしを受け、恥かしい思いをしながら廊下出ると、普段の印象とは違う担任の先生が扉を締め、改まった声で俺に言った。

 

『久城さんの祖父が交通事故に巻き込まれた』

 

 玉突き事故だった。

 路面が凍結した高速道路で、トラックがスリップしていくつかの車にぶつかったという。

 ニュースでよく見る話だった。冬道での運転は危ないな、と昔祖父と会話した記憶がなぜか蘇った。

 

 祖父のいる病院に着いた頃には、もう会話なんてできる状態になっていなかった。

 祖母が泣き崩れる中で、俺は今日祖父が原材料の取引先に行く予定があったことを思い出した。新作の洋菓子を作るために動いていたのだと、後に俺に聞かされた。

 

 

 

 

 

 

「そして俺は、地元から離れた高校に進学するために、あそこから離れたんだ。…もうあそこを思い出したくなかったから」

 

 ビジネスホテルの狭い一室で俺はベッドの上に座っていた。

 目の前にある鏡には、ジャケットを脱いだスーツ姿の俺が映る。

 

「爺さんを否定し、謝罪なんてできなかった俺が、あそこに居続けちゃいけないだ。俺がいるだけで悲しませるから…」

 

 ふと俺は、椅子に座るミヤコさんへと視線を移す。

 彼女は変わらずプリンを食べながら、俺の話を聞いていた。

 

「これが爺さんと俺との関係だ…」

 

 その瞬間に、ふと何か大きな枷が外れたような、心が軽くなったような気がした。

 心に秘めていた思いを言ったから? どちらにせよ、俺がしたことは最低のことだ。

 

 

「話は…以上です」

 

「ふーん、そうなの」

 

 ミヤコさんはどう考えられるのか、そう聞こうと…。

 

「え? ミヤコさん?」

 

 あれ、今どう反応した? 

 

「ふぅ、やっぱりプリンは美味しいの~」

 

 コンビニで買い漁ったプリンを食べ終わり、ミヤコさんは満足に舌なめずりをする。

 

「あのぉ、ミヤコさん?」

 

「どうしたの、レン? プリンはミヤコのものなの! 気が変わっても残りのプリンは絶対に渡さないの~」

 

 いやプリンの話ではないですが…。

 

「その…俺の懺悔を聞いていただいて、ありがとうございます」

 

「ザンゲ…? うーん…。まあ、人生色々あるの!」

 

 ミヤコさんは視線をキョロキョロさせながら、感想を言った。

 この神様、プリンに夢中で話を聞いていなかったのか? 

 いや、ミヤコさんなら有り得そうだ…。

 

 ふと思い出したかのようにミヤコさんは椅子を離れると、胡座をかいている俺の肩に乗っかった。

 

「…! 急に何を」

 

「だからレン! ほら、もっと元気出すの! おまえ、話をしている間元気がなかったの~」

 

 いつもなら操縦席代わりに、俺の頭をポンポンと強く叩くところを、彼女は俺の頭を優しく撫で始めた。

 

「別に俺は…」

 

「ダメなの! プリンを食べるときくらいは、一緒に楽しく食べたいの! そうじゃないと美味しくプリンを食べられないの」

 

「…よっぽど辛気臭い顔をしていたんですね、俺」

 

 すると、彼女の気に触ったようで、先程よりも強く頭を撫で始める。

 正直、髪の毛が引っ張られて痛いくらいだ。

 

「わかりました、暗い顔はしません」

 

「やったなの~これで明日は、レンのお家にもう一回行けて、プリンが買えるの! 安心したの~」

 

 

 

 そう、俺はまたあそこに行かなければならない。いやな記憶が蘇る。

 俺が買い忘れていたこともあるが、俺が行くべき場所ではない。後日に郵送で予約をする事が頭によぎる。

 

「…ミヤコさん。俺は、あのお店に行ってよいのでしょうか。俺みたいな…いででで!」

 

 続きを言おうとしたとき、俺の頬が摘まれて、言葉が発せられなくなった。

 肩から降りたミヤコさんは、俺の膝の上に座り、俺の頬を引っ張った。

 

「…笑っていないの!」

 

いひゃいてす(痛いです)みひゃこさん(ミヤコさん)

 

 俺の頬を強く引っ張るミヤコさんの手を引っ張り無理矢理引き剥がす。

 頬をさすれば、ほんのり熱が篭っていた。

 

「レン、おまえはうじうじしないで、プリンを買ってくるの!」

 

「いいのでしょうか…。俺は、爺さんを、あのお店を否定したんです。今更…」

 

 暗い顔をしないように…頬を摘まれないように言葉を選ぶ。

 俺は、祖父を突き放した。そして、謝りもせずにそれは終わってしまったのだ。お店を作った祖父を否定した俺に帰るべき場所ではなくなったのだ。

 

「そんなこと気にする必要はないの!」

 

「なぜそんな事が言えるんですか? あなたは…」

 

「プリンを作る人に悪い人は居ないの!」

 

 膝から離れ、ふよふよと宙に浮かぶミヤコさんはキメ顔でそう言った。

 

「はい?」

 

「おまえがお店に入ったとき、みんな迎え入れてくれたの! レジに居た人も、レンのおばあさんも、みんなおまえを誰も悪く言っていないの。そんなに偏屈に思っているおまえがおかしいの!」

 

「でも…」

 

「でもじゃないの! そんなに気にするなら、直接聞くの! そうじゃないとおまえは偏屈なままなの!」

 

 言わないと伝わらない。

 ミヤコさんはそう言っているのだ。俺はこのまま、謝れもせずに過ごすのか? あの時みたいに? そうして俺は、今も後悔をし続けているのに。俺は逃げていたのだ。あの時からずっと。その時の楽な道を進んだから、今こうしてしまっているから。

 

「後、おまえのおじいさんにも、きちんと本当のことを伝えるの!」

 

「爺さんに?」

 

「そうなの、おまえのおじいさんは、プリンを作っていた人だからきちんと伝わるの」

 

「…プリンを作る人に悪い人は居ないから?」

 

 にんまりとした笑顔で彼女は頷いた。

 

「そうしたらおまえのおじいさんも、喜んでくれるの~」

 

「そうですね、爺さんはもう居ないけど報告くらいなら…」

 

「おまえのおじいさんはまだ死んでいないの!」

 

 腰に手を当てて、ムスッとしているミヤコさんに理由を聞くとこんなことを返した。

 

「何言っているの! レンが覚え続けている限り、おじいさんはまだ生きているの! それこそおじいさんが一番喜んでくれることなの~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またのお越しをお待ちしております!」

 

 買い物客を見届けた恰幅のいい年配の女性店員は、すぐさまお店の外へと飛び出す。

 決してお客さんが忘れ物をしていたわけではない。目的の女性が、店舗の外にいるのだ。

 

 ドゥー・ボヌールの入り口から出た女性店員は、遠くの道を見つめる一人の高齢の女性を見て、すぐに声をかけた。

 

「久城さん! どうでした、蓮くんの様子は?」

 

 白髪を後ろに束ね、ピンとした背筋を保ったまま、久城清江は女性店員の方を振り返った。

 

「どうも何も、あの子は何も変わらないあの子のままよ。ただ、態度が昨日と打って変わっていて薄気味悪かったけど」

 

 やはり変わっているじゃないか。

 そんなことを思ったが、女性店員はあえてそのことを聞かなかった。

 

「…もう久城さんったらそんな事言わないで、素直に嬉しいって言えばいいじゃないですか。頬が緩んでいますよ♪」

 

 女性店員は久城が、なんだかんだお孫さんと会えることを待ち遠しかったことを知っている。

 久城さんのお孫さんが来ると聞いて、仕事にありつけなかったこと。お孫さんがどのプリンが好きだったか、じっくりと考えて決めていたこと。実際に会ったときにどんな話をするか、女性店員に相談をしていたこと。

 

「…気のせいよ」

 

 女性店員からそっぽを向き、顔の表情を確かめている久城を見て、女性店員も釣られて笑顔になる。

 

「昨日来たときはびくびくしていましたものね、蓮くん。…ずっと彼も気がかりだったのでしょう」

 

「そうでしょうね。あの子がひどいことを言ったのは事実ですが、そんな事うちの旦那は気にしていなかったのにね。あの子の好きなプリンを作って仲直りするんだって、あの人馬鹿なこと言って張り切るんですから。こっちは呆れていたっていうのに」

 

「ふふっ、素直に言えなくて、頑固に思うところが、似てしまうと大変ですね」

 

 ほんとそうね、と久城は言葉を返し、遠くの道を見つめる。既に、その道には話題の子の姿はなく、落ちようとしている夕日に染められた赤黒い夜空が広がっていた。

 

「それにしても、蓮くんはどうして、急に素直になったのでしょうかね? 不思議なこともあるんだわ」

 

「それならあの少女にでも、何か言われたんじゃないかしら。プリンプリンってうるさかったけど、あの子もその少女に気を使いながら私と話していたし。何かきっとあの子が言ってくれたのでしょうね」

 

「少女…? 久城さん一体何を…」

 

 女性店員はふと、久城の言う言葉に耳を疑った。

 久城の話す言葉から察するに、孫の他にももう一人、女の子が居たと話した。

 だが、昨日も今日も店舗にやってきたのは、孫の久城蓮ただ一人。

 

 しかしその瞬間、女性店員の脳裏に気がかりに思って、忘れ去ろうとしていたことが記憶として蘇ってきた。

 

 

 それは、久城蓮が買ったプリンを袋詰めしようとしたとき。

 

『内藤さん、ついでにもう2セットくらいサービスしてあげて』

 

『いいですけど…。ちょっと蓮くんには多すぎませんか、久城さん?』

 

『いいのよ、()()()()いっぱい食べるでしょうし』

 

 それは、昨日久城蓮が家の母屋へ行こうとして、何もない場所に向かって独り言を言い始めたとき。

 

『ほら、いいからこっちだ』

 

 

 久城蓮以外にも誰かがいる。

 女性店員の頭の中では、嫌なシナリオが出来上がっていた。いくら久城さんが()()が見える人だからと言っても限度がある、と。

 そこで、少し女性店員は鎌を掛けてみることにした。

 

「…もう久城さんったら。いくら8月が近いからってちょっとお話が早いのでは?」

 

「あら、そんなに疑うなら今すぐ、客間へ一緒にどうかしら? あの子以外が食べたプリンの容器が…」

 

「そうだ、私そろそろ掃除のお時間ですので、失礼いたしますね!」

 

 女性店員は、そそくさと店舗の中へと戻っていく姿を見て、久城はあらあら、と口を抑えて微笑んだ。

 

 

 

 

 

『いいからミヤコにも、プリンも寄越すの!』

 

『分かったから…。ばあちゃん、プリンおかわりしてもいいかな? 後スプーンも。あの…ほら、さっきスプーン落としちゃって…』

 

 

「全く、プリンが好きだからって変なことをしているものね」

 

 久城は再び、薄暗くなった道を見つめる。

 車通りのない、細い道だ。小さいときからあの子が学校へ通い続けていた道でもある。

 

「いくら寂しいからって幽霊さんと友達にならなくてもいいのに」

 

 

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