どんなゲームにおいても攻略サイトというのは存在する。
レジェンド・オブ・アストルムでも同様だ。VRMMOということもあり、ゲームをしながら攻略サイトを見るという事は困難であるが、プレイヤーがゲーム内で得られた知識や情報はサイトへと蓄積していく事が出来る。攻略サイト以外にも、個人のサイトでアストルムに関する記事が作られ、SNSでユーザー同士が交流して情報が拡散されている。
まだアストルムが出来ない俺であるが、攻略方法などの新しい情報は常に目を通すようにしている。現状のアストルムの環境を肌で感じることが出来ない俺にとっての、唯一触れられる手段なのだ。
特に、ミネルヴァの言い放った夢を叶えるという部分については重点的に収集をしていた。しかしながらどの情報を見ても、めぼしい話はなかった。ソルの塔への登頂条件が分からず、無理矢理入ろうとすると、システムで弾かれるという話しか分かっていない。
とりわけ、強い装備ドロップやジョブなどのバトルシステムに関する話が情報の大衆を占めていた。最近だと、幻のジョブと呼ばれる
用意されているジョブの中に不自然に開けられた空欄。当初は後で追加されるジョブだと思われていたものだが、それは全く違うものだった。変更条件が不明。効果も不明。何もかもが不明づくしのジョブだったプリンセスナイトだが、最近になってそのジョブについている人を見かけたという話が出てきていた。
偶然街で通りかかった人のステータスを見たら、プリンセスナイトだった。ギルドバトルで、戦った相手の中にプリンセスナイトがいた。
などという情報が拡散していた。プリンセスナイトへのジョブチェンジ方法は不明であるが、ジョブスキルにプリンセスナイト特有の能力があると言われている。
また、他にも情報収集の方法として存在するのは、実際にアストルムをプレイしている人に聞くことだ。
「…何しているの?」
「あっ…先輩。これですが、生放送ですよ生放送」
コンビニの制服に着替え、時間になるまで事務所に入ると、机に置かれたスマートフォンの画面に釘付けになっている、明るい髪の色に染めているボブカットの店員がいた。
「生放送?」
「そうです! 今バズってるやつですよ~」
彼女は明智大学に通う一年生。拓弥の知り合いで、アストルムへ行くことのできるプレイヤーだ。そして、彼女から肌で感じるアストルムの情報を少々教えてもらっていた。もちろん、タダで情報を渡すのであれば、彼女が損をする。代わりに彼女のレポートの手伝いや、アストルムでの効率の良い稼ぎ方の情報を渡していたりしている。そんな関係だ。
確か今日は彼女の仕事はとっくに終わっているはず。21時に事務所に残っているのは珍しかった。
「仕事が終わってるのだから、わざわざ事務所で見なくても…」
「ダメです! 今、超超重要なところなんですから! というか、先輩もこれ見たほうが絶対いいです」
「重要って…一体何がやっているの?」
「今、アストルムに閉じ込められている人と話をしているんですっ!」
『あなたもやっぱり変わらないですか?』
『ああ、フィールドに出たり、宿に泊まったりしても全然っ、ログアウトが出なくなったんだよ!』
生放送は真っ黒な背景に、声の波長が表示されるだけのシンプルなものだ。ごくありふれた生放送。現代のSNSの普及に伴う、配信コンテンツの中では埋もれてしまうようなもの。だがそこへ、尋常ではない視聴者のコメントが流れていく様を見れば、どれだけ多くの人がこの真っ黒な画面に熱中しているのか容易く想像できる。
「…いつからログアウトができなくなっているんだ?」
「えっとぉ、私の知る限りじゃ夕方くらい? にログアウトができなくなっているみたいですよ。もしかして、先輩知らなかったんですか?」
「講義が終わった後は、大学で課題をずっとやっていたから知らなかったよ」
「うわっ、先輩真面目~」
ジト目でこちらを見つめる後輩をよそに、俺はスマートフォンから流れる音に注目した。
ログインができなくなったというのは2時間ほど前からだそうで、最初はログアウトまでに時間がかかるだけで済んでいたものが、今ではログアウトのボタンが消失する事態になっていた。
今、放送をしている主と呼ばれる人は、mimiのフレンド機能を活用してアストルムに取り残された人たちへと話を伺っているということらしい。
『アストルムに変化はあったりするんですか?』
『別に、俺のところにはなんともないな。そうだ、クエストに行っている連中から、異様に魔物が暴れているっていう話は聞いてるぜ』
主の問いに、野太い30代くらいの男の声が答える。
運営への問い合わせもパンクしているためにやり取りはできず、ログアウトができないという現象について運営からのお知らせも届いていないそうだ。
その時、ふと俺の頭の中にある人物が思い出される。
俺の家に住んでいるプリンが大好きな神様のことだった。
夏休みが終わり、俺は元の大学生へと戻っていた。
これまでのようにバイト三昧や、プリンを求めてあちこち出かけることは気軽にできない身になった。そのことを伝えると、神様は頬を膨らませてmimiを装着する。
『学校は嫌いなの! プリンをお願いしても、反応してくれないの!』
要は、神様とおしゃべりができない空間は嫌いだ、ということだ。それに、今アストルムでは、新たなプリンが食べられるという情報をみつけたそうだ。学校に行くくらいなら、アストルムに行って早くそれを食べたい。そんな事を言って、俺の背中を押した。
『じゃあ行ってきます』
『…プリン忘れちゃいけないの』
『美味しそうなのがあったら買ってきますね』
お詫びのプリンを要求する神様の頭をなでて、俺は家を出た。
果たして神様も巻き込まれてしまっているのだろうか。連絡を取る手段のない今では、判断がつかない。彼女の事だから、目的のプリンを食してすぐにログアウトをしているだろう。放送の主とアストルムに取り残された人のやり取りを聞いていると後輩が難しい顔をしてこちらを振り向く。
「…先輩。アストルムって今までバグみたいなのは起きたことありましたっけ?」
「いや、ここまで大きなシステムの欠損は起きたことがないよ。あのミネルヴァが管理しているんだ、軽微なものはあれども、すぐに修復している」
そう、AIであるミネルヴァがアストルムを管理している。このような致命的なミスは見逃さないはずなのだが…。
「そうなんですか。じゃあそのミネルヴァっていう管理人が、サボってるってわけですねっ!」
「別にそういうわけではないかと…」
彼女の発想には驚かされたが、ミネルヴァが心配である。これまで安定してアストルムを維持し続けていたAIが、急に不具合を起こすだろうか。しかも、ログアウトが出来ないという致命的なミスだ。尚更放置されるものではない。何か違和感があるものだ。
『っと、運営からお知らせが配信されましたね。どれどれ…。”現在、アストルムで起きている現象については調査を進めております。また、管理AIへの確認も同時に進めておりますので、今しばらくお待ち下さい。”ということらしいです。みんな! ログアウトができなくなるぅとかって煽ってデマを拡散しないようにね~』
『おお、俺と所にも来たぜ! まあ、今やVRMMOのトップを走るウィズダムのことだから心配はいらねぇな。それじゃあ俺は狩りに戻らせていただくぜ!』
『はい、ご出演ありがとうございました!』
生放送では、運営の発表を聞き安堵しており、放送が終了を向かえようとしていた。もちろん、回答したのがウィズダム。ミネルヴァではない。ただ、このまま現状維持をするような団体ではない。そのうち直るものだと、俺も彼らのように楽観視していた。
「ってことらしいな。…ログインするなよ」
「しないですよっ!」
勤務時間の直前になり、俺は後輩に帰宅を促して夕勤の人と入れ替わる形で夜勤を始めた。
この時俺は、アストルムでログアウトが出来ない事を忘れて、仕事に集中した。言ってしまえば俺にはどうすることもできないからだ。悩んで、慌てふためいた所で状況なんて変わらない。ウィズダムとミネルヴァが復旧する事を信じるしかないのだ。
そう信じて俺は、仕事をしていた。神様に頼まれていた購入するプリンのことを考えながら。
夜勤明けの昼下がり。
ログアウトをしていない神様を待ちながら、椅子で寝てしまっていた俺をバイブレーションで震えるスマートフォンが目覚めさせた。身に覚えのない電話番号に、苛立ちを覚えつつスマートフォンを耳に当てる。
『こちらレジェンド・オブ・アストルムサポートセンターです。ご登録されている電話番号から案内をさせていただいております』
「はあ」
『電話に出られている方は久城蓮様のご親族の方でよろしいでしょうか』
「…はあ。その本人ですが」
意識がはっきりしないままに受け答えをする。
土曜日の寝起きの時間に、わざわざ電話をしてくるのだ。夜勤明けの俺には答えるだけで精一杯だ。
『そうですか…』
電話越しの相手は少しだけ躊躇すると、よく聞いて下さい、と一言前置きをしてからこう言い放った。
『久城様のmimiを使用している方なのですが、これから私たちが用意した病院へと入院していただきます。その方は、アストルムからしばらくログアウト出来ないのです』
ミネルヴァの懲役。
誰かが言った語呂の良いネーミングが広まり、今ではメディアが一斉に報じている。レジェンド・オブ・アストルムの管理AIがウィズダムの保護下から脱走。所在が掴めず、アストルムの一部機能が停止。アストルムへログインしている人がログアウト出来ない状態になっているという事だ。ログアウトができない。つまり、意識が自身の体ではなく、mimiに移しているままであることを示す。
緊急記者会見を開いたウィズダムは、ログインしている
AIが蜂起して、このようなことになってしまったのではないか。AIに全て任せるのではなかったのではないか。ミネルヴァの問題性について、記者から問われたウィズダムは、現在調査を行っているため把握していないとコメントをしただけに留まった。
AIが一丁前にシステムを管理するなんて無理な話だった、という厳しい声が世間に広がり、レジェンド・オブ・アストルムは近未来の象徴的なゲームから人の意識を奪う危険なゲームへと認識が改められてしまった。
ログアウト出来ない人々の家族らが被害者の会を設立し、賠償を求める動きも見られるという報道もあり、世間では今後の動向が注目されている。
連日テレビでは、レジェンド・オブ・アストルムの特集が組まれて、なぜこのような事が起きたのか、AIミネルヴァとは何なのかという議論が放送された。皮肉にも一年程前、レジェンド・オブ・アストルムの発売前に連日特集が組まれていた。もちろん、肯定的な意見の報道であるが。
もちろん、アストルムを開発したわけではない俺にも、全く想像がつかなかった。
どうしてウィズダムの管理下から彼女は脱したのか。どうしてアストルムにログインしている人たちを、自らの鳥かごに閉じ込めたのか。どうして…。
『こちらへ来ないようにしてください…レン』
どうして彼女は俺にログインしないように言ったのか。俺には彼女の気持ちが理解できなかった。
***
「ただいま…っと」
玄関を開け、朝を告げる陽の光がカーテンの隙間から溢れる部屋へと帰る。バイトを終え、全身から眠気が襲う重たい身体を動かして、ベッドへとたどり着いた。このまま布団に包まれて安らかな睡眠につきたかった。だが、俺にはまだやることがあった。頭を左右に振り、地面に置かれているレジ袋から、買ってきたプリンを取り出す。
「流石に冷蔵庫に入れないと怒りますものね」
単なる独り言を発してプリンが溜まっている冷蔵庫へ新たに2つのプリンを補充した。
ミネルヴァの懲役と呼ばれたあの日。
神様が使っていたmimiはウィズダムの人たちの手へ渡した。
アパートの近くには救急車が止まり、俺の小さな部屋へ白いヘルメットをかぶった人や、きちっとしたスーツ姿の人が押し寄せてきた。
mimiを付けている人はどこにいるのか。そんな事を聞かれたが、俺は素直にここにいますと、mimiに指を指してウィズダムの職員に伝えた。
するとなぜか、mimiを渡した俺にまで病院へと同行させられた。
もちろん、mimiを保有しているのは俺であるが、使っていたのは俺ではない。医師から問診を受け、全身くまなく調べられた。結局問題は見つからず、心が落ち着くという薬が処方されるだけで、医者から何事もなかったかのように俺に帰れと促した。全くよくわからない人たちである。
だが、ウィズダムの職員から最後に話があると伝えられて、車に載せられた。後部座席に座らせられた俺の隣には、白髪の年をとった老人が座っていた。名前は名乗らなかったが、ウィズダムで研究職をしている人だと明かしてくれた。
その老人は俺が渡したmimiについて、なぜ動いているのか再三質問をし始めた。俺としては、立場を変えずあれには使っている人がいる。それだけを伝えた。他に伝えられるようなことがないからだ。…それ以外に言いようがないからだ。どうせ怪訝な表情を浮かべて、軽くあしらう。そんなことを想像していたが、老人はこちらをじっと見つめて話を聞いていた。
老人と話していたら、気づけば俺の自宅に到着していた。老人はただ一言、話しをしてくれてありがとう、とだけ言い俺に手を差し伸べた。俺もそれに応えるべく、右手を出すと老人は素早く俺の手のひらに何かを握らせた。ここに連絡をしなさい、君のmimiが保管されているから様子を見てあげなさい。そう俺に小声で言い、俺を車から降ろした。
別に知り合いがアストルムに囚われたわけではない。
拓弥はバスケのリーグ戦でmimiを使う余裕はなかったし、後輩のあの子もあの日にログインをしていない。ただ、俺の家に転がり込んで、プリンを食べていた神様がいなくなってしまっただけ。それなのに、俺は心にぽっかりと大きな穴が空いたかのように、大事何かを失ってしまったかのように思えてしまっているのだ。
俺は実家の洋菓子店を継ぐ予定だ。
なぜなら俺はプリンが好きだから。美味しいプリンを開発して、爺さんのようにみんなに幸せになってもらえるものを作りたい。そう思っている。
それにもう一つ、理由がある。彼女と一緒に新たなプリンを作るという目標があるのだ。ただ彼女は今いない。何時戻ってくるかもわからない。ただ、俺は彼女が何時でも戻ってきてくれるように準備はしておこうと思っている。なぜなら、彼女に約束をしたからだ。
「レン、お腹すいたの! プリンなの!」
彼女はいつも何か頼み事をするときに、俺の肩に乗っかって頭をポンポンと叩く。
だから何時戻ってきて、プリンを要求されてもいいように準備をしないといけない。彼女を待たせてしまうのは、俺にとっても辛いことだから。
「おかえりなさいミヤコさん、もちろん用意していますよ」
そんなこと当たり前のことを言えるような日のために。