Summer Pockets #3   作:トミー@サマポケ

3 / 10
第ニ話 7月26日

 

 

 

 

 

「羽依里さん! 羽未さん! 朝ですよー!」

 

 ……朝。今日も夏海ちゃんの声で目が覚める。

 

「ああ、おはよう。夏海ちゃん」

 

「しろはさんからこの時間に起こすように言われてたんですが、早かったですか?」

 

「いや、大丈夫だよ。いつもありがとうね」

 

 俺はそうお礼を言って身体を起こす。部屋の時計を見てみると、6時前。夏だから明るいんだけど、なかなかに早い時間だった。

 

「いつも思うけど、夏海ちゃんは本当に朝に強いよね」

 

 横で気持ち良さそうに眠っている羽未を優しく揺り起こしながら、背後の夏海ちゃんにそう話しかける。

 

「えへへ、鏡子さんはもっと早いですよ。私が起きる頃には、もう畑に出て収穫作業してます」

 

 朝獲れ野菜って新鮮そうだし、鏡子さんは本当にその手の仕事が向いてるのかもしれないなぁ。

 

「それじゃ、確かに起こしましたから!」

 

 そしてぱたぱたと廊下を走っていった。今日は野菜の入った袋を持っていなかったし、先にしろはに預けたのかな。

 

 

 

 

「しろは、おはよう」

 

「おはよー。おかーさん」

 

 羽未と二人で身支度を整えて、台所へと向かう。そこではしろはが忙しそうに朝食の準備をしていた。

 

「おはよう。さっそくだけど、お皿出すの手伝ってくれるかな」

 

「わかった。このサイズでいいのか?」

 

「うん。落とさないように気を付けてね」

 

「うみもてつだうー」

 

「それじゃ、羽未ちゃんには冷蔵庫から卵を出してもらおうかな」

 

「うん!」

 

 お客さんがいる朝は、こんな感じに家族でお客さんの分も朝食を用意するのが通例になっていた。

 

 ちなみに、この食事は別途料金を取っておらず、サービスだ。

 

 正直、料金をもらった方が良いんだろうけど、そうすると断るお客さんもいるかもしれないし。

 

 これには、朝ごはんは一日の活力だから、しっかりと食べてから出発してほしい……という、しろはの優しさが根底にあるらしい。

 

 

 

 

「……うん。完成」

 

 やがて、お客さんの朝ごはんが完成した。炊きたてごはんに大根の味噌汁、卵焼き、作り置きしておいたきんぴらごぼう、野菜の浅漬け。本当に簡単なものだった。

 

「それじゃ、運ぼうか」

 

 時計を見ると7時過ぎ。これくらいの時間なら、もうお客さんも起きているだろう。

 

「しろはさーん、お醤油借りていいですかー?」

 

 そして、普段は俺たちの分の朝食も一緒に用意するんだけど、今日は夏海ちゃんが何か作ってくれるみたいだ。すごく香ばしい匂いがしてる。

 

 何を作ってくれるのか楽しみにしつつ、しろはと二人で朝食を持って客室へと向かった。

 

 

 

 

「おはようございます。朝食をお持ちしました」

 

 俺が先頭に立って、ふすま越しにそう声をかける。

 

「あー、ありがとうございます! 申し訳ないですが、そこに置いておいてもらえますか? 嫁がまだ寝てるんですよ!」

 

 すると、ふすま越しに男性の声が返ってきた。あ、まだ寝てたのか。

 

「おーい、小鳥! 起きろ! 朝飯だぞー!」

 

 起こす声と同時に、なんだか小銭の落ちるような音もしていた。よくわからないけど、置いておいてくれと言われたんだし。俺たちは食事をふすまの前に置いて、自室へと戻ることにした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「はい! 羽未さん、おまたせしました!」

 

 自室に戻ると、先に食卓についていた羽未に夏海ちゃんが朝ごはんを提供してくれていた。

 

「え、チャーハン!?」

 

「はい! 朝チャーハンですよ!」

 

「やったー!」

 

 鏡子さんを筆頭に、岬家の一族は偏食になる傾向があるんだけど……夏海ちゃんもその例に漏れず、彼女が作る料理は基本チャーハンだった。

 

 でも羽未はチャーハン大好きだし、朝からチャーハンが食べられると知って嬉しそうだ。しろはは一汁三菜を基本としているから、朝からチャーハンなんてのはまずないし。

 

「夏海ちゃん、わざわざ作ってくれてありがとうね」

 

「いえ、フライパンで作ったので、しろはさんの味には到底及びませんけど!」

 

「そんなことはないよ。美味しそうだし」

 

 素直な感想を言いながら、俺としろはも羽未を挟むように食卓につく。夏海ちゃんは身体が小さくて中華鍋を扱う腕力がないからか、いつもチャーハンをフライパンで作っていた。本人は謙遜しているけど、このチャーハンにはこのチャーハンの良さがある。

 

「なっちゃん、たべていいー?」

 

 そんな中、羽未は早くもスプーンを手にして、待ちきれない顔だ。

 

「羽未ちゃん、お行儀悪いよ? まずはきちんと挨拶しないと」

 

「あ、うん……」

 

 しろはにそう注意されて、スプーンを置いて静かになってしまった。嬉しいのはわかるけど、まずは挨拶しないとね。

 

「それでは、いただきましょう」

 

「「いただきまーす」」

 

 それから改めて挨拶をして、食事を始める。

 

「んー、おいしいー」

 

 いの一番にチャーハンを口に運んで満面の笑みを浮かべる羽未を隣に見ながら、俺も夏海ちゃんのチャーハンを一口食べる。

 

 ……なんだろう。お米の中に、シャキシャキとした変わった触感が混ざっている。

 

「あ、もしかしてこれ、枝豆が入ってる?」

 

「はい! 枝豆チャーハンです!」

 

 卵とネギを従えて、夏野菜の代表格、枝豆が刻まれて入っていた。これは食感が楽しい。

 

「あ、これはおいしいね」

 

 しろはも枝豆チャーハンを食べながら、うんうんと頷いていた。どうやら合格点みたいだ。

 

「……でも食感はいいけど、素材の味が薄いからどうしても薄味になるよね。ここは、少しニンニクを入れてパンチを効かせてみてもいいかも」

 

「でも朝からニンニクを使ったチャーハンとなると、嫌う人がいるんじゃないですか?」

 

「あ。そうだね。それなら、代わりに味噌を入れてみるとか。味に深みが出るし」

 

「それもアリですね。後、食感を楽しむならウインナーを追加しても……」

 

 それからしばらくの間、しろはと夏海ちゃんはチャーハン談議を楽しんでいた。この二人のチャーハンへ対する情熱もなかなかだよなぁ。

 

 

 

 

「いやー、ごちそうさまでしたー。卵焼き、甘くって美味しかったよー」

 

 朝食を終えてお茶を飲んでいると、昨日と同じようにお客さん……小鳥さんが食器を下げに来てくれた。

 

「ああ、小鳥さん、わざわざすみません。前の廊下に出しておいてくれれば、後で取りに伺いましたのに」

 

 俺は反射的にそう言ってお膳を受け取る。昨日はないと思ってたけど、名前を呼ぶ機会、あったよ。

 

「え、小鳥さんって、もしかして、あの天王寺小鳥先生ですか!?」

 

 ……その時、夏海ちゃんが興奮した様子で立ち上がり、目を輝かせながら小鳥さんの方に詰め寄っていた。いったいどうしたんだろう。

 

「え、夏海ちゃん、もしかして知り合いとか?」

 

「違います! もしかして羽依里さん、この人が誰か知らないんですか!?」

 

「え、知らないけど」

 

「天才ガーデナーの天王寺小鳥さんですよ! これまで手掛けたガーデンや菜園は数知れず、国営放送でも冠番組を持ってるんですよ!」

 

 夏海ちゃんは鼻息荒くそう話していた。え、この人、そんなすごい人なの?

 

「この人は野菜に関する知識もすごくてですね! 私、毎週日曜のガチの園芸、鏡子さんと一緒にいつも見てるんですよ! 先生、握手してください!」

 

「いやー、照れるねぇ~」

 

 夏海ちゃんに懇願されて、小鳥さんは照れ笑いを浮かべながら握手に応じていた。いや、改めて言われても、そんなすごい人には見えないんだけど。

 

「私、リトルフォレスト723号が好きです!」

 

「あの果樹園と畑を融合させた奴だねぇ。きちんとお手入れすれば、四季を通じて楽しめるのがウリなんだよ」

 

 俺にはよくわからないけど、そんな話をしていた。そういえば、夏海ちゃんたちは畑をやってるんだもんな。そういうの、色々と参考にしてるのかもしれない。

 

 ……もしかして、知らず識らずのうちにすごい人を泊めてしまったのかな。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「どうも、お世話になりましたー」

 

 それからしばらくして、天王寺夫妻は笑顔で加藤家を後にした。帰りの船の時間まで、港の方をゆっくり見て回る計画らしい。

 

 昨日もそうだったけど、この島を楽しんでくれているみたいで俺たちも嬉しい限りだ。

 

「……ごめんなさい。つい、取り乱してしまって」

 

 そんな二人を見送った後、夏海ちゃんはそう言って頭を下げていた。

 

「いいよいいよ。小鳥さんも喜んでくれてたみたいだしね」

 

「そうですね! 小鳥さんが泊まってくれたんですし、この民宿もきっと有名になりますよ!」

 

「はは、そうだといいね」

 

 そういえば、この宿のことをブログにアップしてもいいかと聞かれたから、とりあえずOKしておいた。ところで、ブログってなんだっけ。

 

「……そうだ。夏海ちゃんに話があるんだけどさ」

 

「え、なんですか?」

 

「実はさ……」

 

 そこで俺はちょうどいいタイミングだと思い、この夏に羽未にしてあげたいことについて、夏海ちゃんに話をした。

 

「……わかりました! 私もできる限り協力させてもらいます!」

 

「突然な話だけど、いいの?」

 

「もちろんです! 夏のイベント、私の時もしてくれてましたし、今度は私がお返しする番です!」

 

 話を聞いた夏海ちゃんは握りこぶしを作って気合を入れていた。そういえば昔、夏海ちゃんのために皆でイベントを考えたことがあったっけ。その時のことを言っているんだろうか。

 

「それじゃ、他の皆さんにもお話ししておきますね! 羽依里さん、お邪魔しました!」

 

「え? いや、それは俺が自分で皆に説……」

 

 ……って、もう走って行っちゃった。こういうのって自分でお願いして回りたいんだけどなぁ。

 

 まぁ夏海ちゃんだし、そこまで一気に話が広がることもないだろうけど。

 

「……とりあえず、客室の片づけをするかな……」

 

 夏海ちゃんも好意で言ってくれたんだし。それ以上は考えないようにして、俺は部屋の片づけをすることにした。

 

 

 

 

「よっこいせ……と」

 

 片付けと言っても、部屋は綺麗に使われていたし、布団を外に干して、室内を簡単に掃除するだけだ。忘れ物もないみたいだし、ものの30分ほどで終わってしまった。

 

「さて、夏海ちゃんに先を越されないうちに、俺も動かないとな……」

 

 そんなことを考えながら居間へ行くと、朝食の片づけを終えたしろはが羽未の宿題を見てくれていた。

 

「ああ、今日はおかーさんに見てもらってるのか」

 

「うんー」

 

「ほら、よそ見しちゃ駄目だよ。最後まできちんと終わらせないと」

 

「うー」

 

「はは、おかーさんは厳しいな」

 

「きびしいー」

 

 俺の言葉に思わず反応した羽未がしろはにそう注意されていた。

 

 まだちゃんとした意味は解ってないんだろうけど、頬を膨らませる羽未を微笑ましく見ながら、俺はその隣に座る。

 

「それで羽依里、昨日のことだけど、具体的にはどうするの?」

 

 俺が腰を落ち着けたのを見て、しろはがそう聞いてきた。昨日のこととは、恐らく羽未のためのイベントについてだろう。

 

「とりあえず夏海ちゃんには話をして、快諾してくれたよ。他の皆には、この後話をして回ろうと思う。バイクで島を回ればすぐだしさ」

 

「バイク!?」

 

「ほら、羽未ちゃん。また」

 

「うー」

 

 勉強しながらも俺たちの会話を聞いていたらしい羽未がバイクという単語に反応した。そして、また注意されていた。

 

「羽未、宿題が終わったら、今日はおとーさんとバイクででかけような」

 

「うん!」

 

「でも、宿題が終わってからだぞ?」

 

「……がんばる」

 

 笑顔から一転、真剣な表情で頷いた。その後は集中して宿題に向かう羽未を、俺としろはは静かに見守っていたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それじゃ、出発!」

 

「しゅっぱーつ!」

 

 無事宿題を終えた羽未を後ろに乗せて、俺はバイクを発進させた。

 

 夏海ちゃんはああ言ってくれたけど、やっぱり皆にはできるだけ自分で事情を説明したいし。道中、皆に会えたらその都度イベントの話をすることにしよう。

 

 

 

 

「きもちいいー」

 

 住宅地を抜け、太陽の光を受けてキラキラと輝く海を見ながら海沿いの道を進む。サイドミラーに映る羽未の笑顔も、そんな太陽に負けないくらい輝いていた。

 

「おとーさん、どこいくのー?」

 

「そうだなぁ……羽未はどこに行きたい?」

 

 俺は背中の羽未にそう聞き返す。皆に会うのも目的の一つだけど、せっかくだから、羽未のために時間を使ってあげたい。

 

「んー……みなと!」

 

 港か……。神社や灯台は昨日行ったけど、港には行ってなかった気がする。少なからず人の往来がある場所だし、運が良かったら誰かに会えるかもしれない。

 

「よーし、それじゃ、港に行こうか」

 

「うん!」

 

 俺はハンドルを切り返し、一路港へと向かった。

 

 

 

 

 一本道で何人かの観光客とすれ違いながら、港に到着する。

 

 適当な場所にバイクを止めると、ちょうど船も出港したばかりなのか、港は静かなものだった。

 

「だれもいないー」

 

 キョロキョロと周囲を見渡して、羽未は残念そうな顔をしていた。

 

 確かに向こうの日陰で野良猫が気だるげに寝そべっているくらいで、俺たちの他に人気はない。

 

「でも、せっかく来たんだし。少し探検してみようか。ラムネ買ってあげるからさ」

 

「うん!」

 

 というわけで、その辺の商店でラムネを買って羽未と二人で港を歩いてみることにした。

 

「……あれ。誰かいる」

 

 港を散策していると、端の方で釣りをしている人がいた。浜辺とか漁港ならともかく、ここで釣りをするなんて珍しい。観光客かな。

 

「こんにちはー。つれますかー?」

 

 そんなことを考えていたら、羽未が元気よくそう挨拶していた。

 

 羽未はその釣り人さんに駆け寄って、近くに置かれていたクーラーボックスを覗き込む。

 

「ああ、お嬢ちゃん。残念ながらボウズだぜ」

 

「ぼーず?」

 

「その、魚が釣れてないってことだよ……どうも。娘がすみません」

 

「いやいや。事実だし、謝る必要はないさ」

 

 小走りで駆け寄ってそう謝るけど、大きめの麦わら帽子をかぶったその男性は全く気にする様子もなく、ひらひらと手を振っていた。

 

「しかし、このままだとフィッシュ斉藤の名が廃るぜ……どうしたもんかな」

 

 フィッシュ斉藤? よくわからないけど、そんな通り名で呼ばれてる人なんだろうか。

 

「そうだ。お兄さん、この島の人だろ? 良い釣り場を知らないか?」

 

「え、釣り場ですか? そうですね……」

 

 俺は少し考えて、漁港と浜辺を教えておいた。さすがに見ず知らずの観光客にしろはの釣り場を教えるのは憚られたし。

 

「なるほど。島の反対側にも港があったのか……よし、行ってみるか」

 

 話を聞いたその人は手早く釣り道具を片付けると、そのまま立ち上がって港から去っていった。

 

「……」

 

 その背中を、羽未は何か言いたそうな顔で見つめていた。もしかして、一緒に釣りがしたかったのかな。

 

 

 

 

「……よう、羽依里に羽未ちゃん」

 

「珍しい所にいるな」

 

 その時、名前を呼ばれた。声のした方を見ると、良一と天善が立っていた。

 

「二人とも、こんな所でどうしたんだ?」

 

「それはこっちの台詞だぞ。俺たちは静久を迎えに来たんだ」

 

「そういえば、今日あたり島に戻ってくるんだっけか」

 

「ああ。10時過ぎの船で来るはずなんだがな」

 

 そう言って海の向こうを見やる天善は、やはりどこか嬉しそうだった。

 

「それで、俺は一人で出迎えるのが恥ずかしいという天善に付き添っているわけだ」

 

「べ、別に恥ずかしくなどない!」

 

 良一が意味深な顔をしながら天善の肩を抱くと、天善はまるで照れ隠しのようにラケットを構えてポーズを決める。あのラケット、どこに持ってたんだろう。

 

「それより夏海から聞いたぞ。夏休みの間、羽未ちゃんのために毎日イベントを用意してほしいとな」

 

「え?」

 

 なんでもうこの二人に話が伝わってるんだろう。夏海ちゃんと良一たち、そこまで接点ないはずなのに。なにより、バイクで移動するよりも噂が広まる方が早いとか、どうなってるんだろう。

 

「もう話が伝わってたのか。そういうわけなんだけど、頼めないかな」

 

「他ならぬ羽未ちゃんのためだしな。喜んで協力させてもらうぜ」

 

「同じくだ。断る義理はない」

 

 改めてそうお願いするも、二人は快諾してくれた。本当、もつべきは島の仲間だ。

 

「そこでだ。今日の昼、静久の歓迎会を兼ねて浜辺でバーベキューをしようと思っているんだが、今日のイベントはそれでどうだ?」

 

「願ってもない話だけど、俺たちが参加しても良いのか?」

 

「ああ。元から声をかけるつもりだったからな。それに、静久も賑やかな方が良いと思うしな」

 

「ありがとう。それじゃ、俺たちも参加させてもらうよ。良かったな。羽未」

 

「うん!」

 

 早速楽しみができたからか、羽未も嬉しそうだった。

 

「そうだ。せっかくだし、俺もバーベキューの準備手伝うよ」

 

 ただお邪魔させてもらうのも悪いと思い、俺はそう提案していた。せめて、少しでも手伝いをしたい。

 

「気持ちはありがたいが、昨日のうちにあらかたの準備は終わっている。荷物も浜辺に運んであるしな。鷹原たちは昼頃に来てくれればそれで良い」

 

 手伝いを申し出たけど、笑顔の天善にやんわりと断られてしまった。準備に抜かりはないみたいだ。

 

「別に気にせず来てくれればいい。それじゃあな」

 

 二人はそう言うと、港の建物の方へと歩いていった。感動の再会を邪魔しても悪いし、俺たちもどこか別のところに行くとしよう。

 

 

 

 

「あれ、羽依里? こんな所にいるなんてめずらしーわね」

 

 来た道を戻り、飲み終わったラムネの瓶を商店入口の箱に返却したところで、店の中から段ボール箱を持った蒼が出てきた。ケロケロ便?

 

「ちょっと羽未と一緒に島を巡っててさ。蒼は仕入れか?」

 

「似たようなものかしらねー。それより聞いたわよー。皆で羽未ちゃんにイベント用意するんだって?」

 

「そうだけど……その話、蒼も知ってるのか?」

 

「ここに来る途中、夏海ちゃんから聞いたのよー。羽未ちゃん、良かったわねー」

 

「うん!」

 

 蒼にそう言われて、羽未は嬉しそうに返事をしていた。蒼まで知ってるとか、どこまで話が広がってるんだろう。

 

「さっそく今日のイベントってことで、静久の歓迎会を兼ねたバーベキューに招待されたんだ」

 

「今日のお昼よねー。あたしと藍も行く予定だから、よろしくね」

 

 予想はしていたけど、空門姉妹も参加するのか。他にも何人か参加するんだろうし、これは賑やかになりそうだ。

 

「……あれ? それじゃ、その段ボールの中身ってもしかして……?」

 

「バーベキューで使う食材よー。手ぶらで良いって言われてるけど、少しは用意しとかないとねー」

 

 当然のようにそう言っていた。蒼は良く気がつくし、やっぱりそういうの準備してるんだな。

 

「それじゃ、またお昼に会いましょー。羽未ちゃん、またねー」

 

 そんなことを考えているうちに、蒼は荷物を持ったまま器用に羽未に手を振ると、港から去っていった。

 

 ……やっぱり、俺も何か食材を用意した方が良い気がする。

 

「羽未、少し早いけど家に帰ろうか」

 

 俺はそう羽未に声をかけて、一緒にバイクに跨る。一度加藤家に戻って、しろはに相談してみよう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「おかーさん、ただいまー!」

 

「え? もう帰ってきたの?」

 

 予想以上に早く帰ってきた俺たちを見て、しろはは驚いた顔していた。

 

 そんなしろはに、俺は天善たちからお昼のバーベキューに誘われた旨を話し、同時に家から持って行ける食材がないか聞いてみた。

 

「うーん、バーベキューの食材……めぼしいものは昨日使っちゃったし。どうしようかな」

 

 しろはは冷蔵庫を開けて中身を確認してくれていた。俺もそんなしろはに続いて冷蔵庫を覗き込む。

 

「ほら、昨日良一からもらった魚の残りがあるじゃないか」

 

「……バーベキューにそれを持って行ってどうするの」

 

「え、駄目かな」

 

「駄目。釣りたてならともかく、日をまたいだ魚なんて人様に出しちゃ駄目」

 

「煮つけにしたりして、家では食べるのに?」

 

「それはそれ。これはこれ」

 

 一蹴されてしまった。今朝方夏海ちゃんに貰ったらしい野菜もトマトとキュウリが主だったし。さすがにこれを焼いても美味しくない。

 

「何か、新鮮な食材があればなぁ……」

 

 思わずそう呟きながら水屋の中の乾物を漁っていると、一つ考えが浮かんだ。そうだ。新鮮な食材なら、バーベキュー会場のすぐ近くをたくさん泳いでるじゃないか。

 

「羽未、おとーさんと一緒に浜辺に行って、魚釣りしない?」

 

「え? するー!」

 

 そう提案すると、羽未は両手を上げて喜びを全身で表していた。うんうん。港にいた頃から思ってたけど、やっぱり釣りがしたかったんだな。

 

「え、釣りをするの?」

 

「ああ。これなら新鮮だし、しろはも構わないよな?」

 

「それはいいけど……今の羽依里に釣れるの? 島の自然は甘くないんだよ?」

 

「だ、大丈夫だって」

 

 確かに釣りはご無沙汰だけど、俺だってこの島に住んで長いんだし、きっと行けるさ。

 

「それじゃ、おとーさんは釣り竿を用意するから、羽未はおかーさんから帽子や水筒を用意してもらって」

 

「わかったー」

 

 羽未の返事を確認してから、俺は一人家を出て、蔵へと向かった。

 

 

 

 

「えーっと、確かこの棚の上に置いてたはず……」

 

 蔵にやってきた俺は記憶を頼りに釣り竿を探す。

 

 この蔵は加藤家に古くからあるもので、俺が学生時代に中身を整理してからは、その一部を物置として使っていた。

 

「お、あったあった。これだ」

 

 しばらく棚の上をまさぐって、俺は折り畳み式の釣り竿と、細々した釣り道具が入ったツールボックスを引っ張り出す。

 

 最近は使ってないけど、元々しろはが使っていたものだし、手入れは行き届いているみたいだ。

 

「おとーさーん! でんわー!」

 

 ……その時、半開きになっていた蔵の扉から、羽未の元気な声が飛び込んできた。

 

「え、電話?」

 

「おきゃくさんからー!」

 

 お客さんからの電話? それなら、あまり待たせるわけにはいかない。

 

「ああ、羽未、ありがとうな」

 

 俺は足早に玄関まで戻り、置かれていた受話器を手に取る。しろはの姿がないし、もしかして、羽未が電話に出てくれたのかな。

 

『はい。もしもし』

 

『ああ、民宿加藤家というのはそちらで合っているかな?』

 

『はい。お電話ありがとうございます。加藤家です』

 

『急な話ですまない。明日なんだが、部屋は空いているか?』

 

『空いていますよ。何名様でご利用でしょうか』

 

『妹と二人だな』

 

『女性お二人ですね……』

 

 俺は受け答えをしながら、電話の近くに置いてある台帳に予定を書き込んでいく。

 

「……あ、電話だったの?」

 

 ちょうどその時、麦わら帽子を手にしたしろはが俺の視界に入った。どうやら、ちょうど部屋に羽未の帽子を取りに行っていて電話に出られなかったみたいだ。

 

 じゃあ、やっぱりこの電話は羽未が出てくれたのか。ちゃんと受け答えできたんだな。羽未、えらいぞ。

 

『……ところで、そちらの宿はペットの持ち込みは可能か?』

 

『え、ペットですか?』

 

『ああ、小型犬なんだが……その、変わった声で鳴くんでな。頭も良いし、大人しいといえば大人しいんだが』

 

『しょ、少々お待ちください』

 

 ペット持ち込みとか想定になかった。俺は電話を一旦保留にして、目の前のしろはに相談してみることにした。

 

「え、ペット?」

 

「そう。犬らしいんだけどさ」

 

「うーん……どうしようかな」

 

 しろはは口元に手を当てて考え込む。確かに鳴き声とか大きいと近所迷惑になるし、判断に困るところだ。

 

「……羽依里はどう思う?」

 

 少し考えて、しろはは俺の意見も聞いてきた。そうだなぁ……。

 

「俺は良いと思う。そういう人たちにとって、ペットは家族同然だって言うし。近所迷惑になるかもしれないけど、一晩だけだし。予めご近所さんにも話をしておけば大丈夫なんじゃないかな」

 

「……わかった。羽依里が良いと思うのなら、それでいいよ。でも家の中には入れちゃ駄目だからね。料理だって出すんだし、そこは衛生的に譲れないから」

 

「わかった。そういう決まりになってるって伝えてみるよ」

 

 そこまで話を詰めてから、俺は電話の保留を解除して、うちの宿には広めの庭があること、そこであればペットも大丈夫だと言うことを伝えた。

 

『ああ、別に座敷犬というわけではないからな。外でも全く構わない。佳乃、大丈夫らしいぞ』

 

 そう言う電話の後ろで『良かったねー! 一緒に行けるよ、ポテトー!』みたいな会話が聞こえた。どうやら、喜んでくれてるみたいで良かった。

 

『ところで、代表者のお名前をいただいてよろしいですか?』

 

『私は霧島聖という』

 

『霧島……聖様ですね。チェックインは16時以後となりますが、夕飯の方はいかがなさいますか?』

 

『そうだな。頼むとしよう』

 

『了解しました。それとですね……』

 

 ……その後、細かい予定を聞いて受話器を置いた。

 

「明日、女性二人の宿泊予定が入ったよ。夕飯希望だってさ」

 

「わかった。用意しておくね」

 

 それから改めて、予約の内容をしろはに伝えた。夕食希望の上にペット同伴だけど、女性二人なら食事は部屋で良いだろうし、いつもと同じ準備で良さそうだ。

 

「ところで、ペットの分もご飯を用意するべきなのかな……?」

 

 しろはが小さな声で何か言っていた。専用の餌とか用意してくるかもしれないし、そこまで気合い入れて作らなくても良いと思うけど。

 

 

 

 

「それじゃ、私が電話番をしておくから、羽未ちゃんと二人で楽しんできてね」

 

 そう言うしろはに見送られて、俺と羽未は釣り道具を持って加藤家を後にする。

 

 鳥白島は未だケータイの電波があまり届かないし、いつ予約の電話がかかってくるかわからないから、なるべく誰かが加藤家にいるようにしている。どうしても家族で島外に外出をする必要がある時は、鏡子さんに電話番をお願いしたりとかしてるけど。

 

「おかーさん、いっしょにいけないの?」

 

「お仕事だからね。おとーさんと羽未ちゃん、どっちがたくさんお魚を釣れたか、後で教えてね」

 

「うん! おとーさんにまけない!」

 

 羽未は一瞬だけ寂しそうな顔をしたけど、すぐにそう言って対抗心を燃やしていた。お、俺だって負けないぞ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「よーし、釣るぞー」

 

「つるぞー!」

 

 15分ほど歩いてバーベキューの会場となっている浜辺に移動した俺と羽未は、早速釣りを始めることにした。

 

 良一たちが言っていた通り、浜辺近くの岩陰には既にバーベキューコンロや炭、日よけのついた簡易テーブル、椅子が置かれていた。本当、後は食材だけ用意すれば良い感じだ。

 

「羽未は何が釣りたい?」

 

「まぐろー」

 

「さすがにそれは無理だなぁ。アジくらいにしておこうか」

 

「うんー。おさしみ、たべたいー」

 

「うんうん。バーベキューとは関係ないかもだけど、お刺身もいいよね」

 

 羽未とそんな話をしつつ、捕まえておいた虫を針につける。これが餌になるわけだけど、俺は正直この作業は苦手だった。だって虫だし。動いてるし。

 

「♪~♪~♪~」

 

 俺が悪戦苦闘する中、羽未は鼻歌混じりに虫を針につけていた。以前しろはが教えたのか、子供特有の感覚によるものなのかわからないけど、手慣れたものだった。

 

 

 

 

「ヒットー!」

 

「おお、アジだ。羽未、すごいぞ!」

 

「やったー!」

 

 餌の付け方が良いのか、羽未は釣り糸を垂らしてすぐにアジを釣り上げていた。そこまで大きくはないのだけど、宣言通りだ。

 

「またつれたー!」

 

 新しく餌をつけなおして、もう一度仕掛けを投入すると、すぐにまたアジが釣れた。さっきより小さいけど、早くも二匹目だ。羽未も、俺譲りで魚が好きな匂いでも出してるのかもしれない。

 

 ……おっと。感心ばかりしてないで、俺も釣らないと。昨日の虫取りじゃさっぱりだったし、今日こそ父親の威厳を示さないと。

 

 そういうわけで、俺も釣り糸を垂れる。すると、直後に手ごたえがあった。

 

「よし、ヒット!」

 

 力を込めて竿を上げると、魚の代わりに穴の開いたバケツが上がってきた。なんだこれ。

 

「ばけつ……」

 

 そんな俺の釣果を見て、羽未が何とも言えない表情をしていた。その顔、しろはにそっくりだ……なんて現実逃避してないで、気を取り直してもう一度だ。

 

 俺は新しい餌をつけて、もう一度仕掛けを投じる。

 

「……よし、ヒット!」

 

「ながぐつ……」

 

 今度は漫画みたいに、底の抜けた長靴が釣れた。

 

「おとーさん、へたくそー」

 

「うう、昔はおかーさんがびっくりするくらい釣れてたんだけどなぁ」

 

 これは憶測だけど、俺が持っていた魚釣りのスキルは、羽未の方に移ってしまったのかもしれない。

 

 ……そんなことを考えながらもう一度竿を入れてみると、今度はナマコが釣れた。

 

「おとーさん、これ、たべれるの?」

 

「食べられるはずだけど……今すぐってのは無理かなぁ」

 

 釣りの仕掛けでどうしてナマコが釣れたのか不思議だけど、こういうのって下処理が必要なはずだし。帰ってしろはに渡すまで、生かしておける自信もない。

 

 ……というわけで、泣く泣くリリースすることにした。今回は見逃してやる。

 

「……どんまい」

 

 直後、羽未にそう慰められた。もう、父親の威厳も何もあったもんじゃない。

 

「……って羽未、引いてるぞ!」

 

「え?」

 

 その時、何の気なしに羽未の竿を見るとウキが大きく沈んでいた。

 

「ヒットー!」

 

 俺の言葉でそれに気づいた羽未が慌てて竿を上げようとするけど、大きくしなるだけでビクともしない。

 

「お、おもいー!」

 

「よし、おとーさんも手伝うぞ。羽未、しっかり持ってろよ」

 

「う、うん!」

 

 俺は自分の竿を置いて、羽未を後ろから抱きかかえるようにして一緒に釣り竿を握る。これなら、羽未もバランスを崩したりしないはずだ。

 

「……あれ、これは」

 

 竿を持った瞬間に分かった。この手ごたえはアジじゃない。もっと大きな魚だ。

 

「おとーさん、だいじょうぶ?」

 

 予想以上の大物に、羽未の声色にも不安の色が混ざっていた。

 

「ああ。大丈夫だぞ。羽未、おとーさんと力を合わせて釣り上げような」

 

「うん!」

 

「それじゃいくぞ! いっせーの!」

 

「えーーーい!」

 

 羽未と二人、息を合わせて竿をあげる。次の瞬間、桜色をした魚体が俺たちの前に飛び出した。

 

「おお、鯛だ」

 

 陸に上げられてからも、元気よく跳び跳ねるそれを何とか押さえる。サイズはそこまでないんだけど、まさか鯛が釣れるなんて。

 

「おかしらつきー」

 

「ああ、尾頭付きだぞ」

 

 羽未は興奮冷めやらぬ様子でそんなことを口走っていた。どこでそんな言葉を覚えるんだろう。でもせっかくだし、これはバーベキューで焼いてもらってもいいかもしれない。

 

「……お。お二人さん、釣れてるみたいだな」

 

 その時、背後から声をかけられた。聞き慣れない声と思って振り返ると、午前中、港で釣りをしていた人だ。確か、フィッシュ斎藤さんだっけ。

 

「へぇ。立派なアジと……真鯛までいるじゃないか」

 

「すごいでしょう。娘が釣ったんです」

 

「やるねぇ。釣り人の才能あるんじゃないか?」

 

 魚がひしめく羽未のバケツを見て驚いていた斉藤さんだったけど、続く俺のバケツを見て表情が曇る。

 

「あー……父ちゃんの方は調子悪いみたいだな」

 

「おとーさん、ぼうずー」

 

 うう、さっそく覚えた言葉を使われてしまった。手元にあるのは穴の開いたバケツと長靴だけだし。ある意味坊主以下かもしれない。

 

「このままだと父親の面目丸つぶれだな。どれ、ちょっくら助け舟を出してやろう」

 

 斎藤さんはそう言いながら、自分のクーラーボックスを開ける。中にはたくさんの釣果が入っていた。すごい数だ。

 

「すごいですね」

 

「あんたが教えてくれた釣り場のおかげで、色々なものが釣れたんだ。ほら、これやるよ」

 

 そんな中から、俺のバケツにウニやサザエといった海産物を入れてくれた。

 

「うにー! おじさん、すごーい!」

 

「え、悪いですよ。さすがにもらえません」

 

 どれも高級食材だし、さすがにこれを受け取るのは気が引ける。

 

「いやいや、これはあんたのおかげで釣れたようなもんだし、気にしないでくれ。それに漁業権の関係で、俺が持って帰るわけにもいかないんだ」

 

 斉藤さんは麦わら帽子の上から頭を掻きながら苦笑していた。漁業権。そう言えば以前、良一からそんな話を聞いた気がする。勝手に獲っちゃ駄目だとかなんとか。

 

「ところでこのサザエとか、釣れたんですか?」

 

「ああ。理由はわからないが、釣れたんだ。フィッシュ斉藤の名に懸けて、決して潜って獲ったんじゃない」

 

 そう弁解するけど、海に潜るような格好じゃないのは明らかだった。これは信じて大丈夫そうだ。

 

「あんたもこの島の住民なら、漁師の友達とか居るだろ? そいつに話してみるとか、内々に処分するとかしてくれよ。どちらにしても、観光客の俺が持っているよりはマシなはずだ」

 

「そういうことでしたら、遠慮なくいただきます」

 

 そこまで言われて無下に断るわけにもいかないので、俺はそのバケツを受け取る。それを見届けると、斉藤さんは釣り道具を担いで浜辺から去っていった。

 

「うにー。かわいいー」

 

 その背中を見送っていると、羽未はバケツからウニを取り出して、手のひらで弄んでいた。元気に動いてるよ。うにうにって。

 

「でも、おとーさん、すごいね」

 

「え? ああ、これだけのウニやサザエを釣るなんて、あの人はすごいな」

 

「ううん。おとーさんがすごい!」

 

「え、俺が? なんで?」

 

「だって、おとーさんがつりばおしえてあげたから、このうに、もらえたんだよね?」

 

「あー、一応、そういうことになるのかな」

 

「だから、おとーさんすごい!」

 

「あはは、ありがとうな」

 

 羽未は右手にウニ、左手にサザエを持って嬉しそうだった。釣りの成果はからっきしだったけど、予想外のところで父親の威厳を保てたみたいだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「お? 二人とも随分と早いな」

 

「そんなにバーベキューが待ちきれなかったのか?」

 

 斉藤さんが帰った後も、羽未とのんびり釣り糸を垂らしていると、食材を持った良一とのみきがやってきた。二人とも、まさかのペアルックだった。

 

「わ、私は別に着たくなかったんだが、良一から是非と言われてな。私は別に着たくはなかったんだぞ」

 

「……俺、別に何も言ってないんだけど」

 

 二人を交互に見る俺の視線に気づいたのか、のみきがそう弁解していた。よほど動揺したのか、同じことを二回言っていた。

 

「そ、それより、鷹原たちは釣りをしていたのか?」

 

「ああ。時間があったしさ。羽未と釣りをしながらバーベキューの食材を集めてたんだ」

 

 必死に話題を変えようとするのみきに苦笑しながら、俺は二つのバケツを見せる。どちらの獲物もまだまだ元気に動いていた。

 

「おお、でかい鯛だな! 羽依里が釣ったのか?」

 

「いや、こっちは羽未だよ。後で調理頼めるかな」

 

「いいぜ。一通り調理道具は持って来てるし、調味料もあるからな」

 

 良一はそう言ってサムズアップしてくれた。やっぱりこういう時、現役漁師は頼もしい。

 

「……ところで鷹原、こっちのバケツのウニやサザエはどうしたんだ?」

 

 その折、のみきがもう一つのバケツを覗き込みながら訝しげな顔をしていた。さすが役所務め。気付いたらしい。

 

「それなんだけどさ、釣りをしてた観光客からもらったんだ。針にかかったんだってさ」

 

「これだけの数が針にかかったのか? 偶然にしては出来過ぎているが……まさか、密猟者じゃないだろうな」

 

「その辺は大丈夫だと思うよ。どう見ても海に潜る格好じゃなかったしさ。本人も気にしてて、こうして俺に全部渡していったんだ」

 

「うーむ、鷹原がそう言うのなら、信じるが……」

 

「ま、いいんじゃねーか? せっかくの高級食材だ。俺が獲ったことにしておいてやるよ。俺は漁協から鑑札も買ってるからな」

 

 どことなく腑に落ちない顔ののみきに対し、良一はそう言って笑顔だった。そう言えば、良一はこの島周辺の漁業権を持っているんだっけ。

 

 なんにしても気にせず食べられるのなら、それに越したことはないよな。

 

 俺はそう考えながら、バケツを両方とも良一に渡す。この際、下ごしらえも任せてしまおう。

 

 

 

 

 やがて釣りはお開きとなり、俺と羽未はバーベキューの準備を手伝うことになった。

 

 俺はのみきと手分けして、まとめて置かれていた簡易テーブルやイスを組み立て、バーベキューコンロに炭をおこす。

 

「よーし、羽未ちゃん、アジのウロコの取り方はわかるな?」

 

「あいあいさー」

 

 一方で羽未は良一と一緒に魚の下処理をやっていた。しろはが何度か教えていたし、羽未も小さい魚の下処理くらいはできる。さすがしろはの娘。正直、俺より上手いくらいだ。

 

「良一もさすが漁師。魚は任せろって感じだな。羽未と一緒に料理ができない俺としては、悔しいくらいだよ」

 

「安心しろ。私も悔しい。ああ見えて、良一は私よりも料理が上手なんだ。魚料理だけじゃなく、ハンバーグやカレーも絶品なんだぞ」

 

 ぱたぱたと団扇で炭をおこしながら、遠巻きに下ごしらえをする二人を見る。ここからでもわかるくらい、良一の包丁さばきには迷いがなかった。いつの間にか上半身裸になってるのが気になるけど、浜辺だからのみきも無反応なのかな。

 

 

 

 

「お、やってるわねー」

 

「お手伝いに来ましたよ」

 

 良い感じに炭が赤くなってきた頃、空門姉妹がやってきた。どちらも両手いっぱいに食材を持っている。

 

「おお、二人も来てくれたのか」

 

「静久さんの歓迎会も兼ねてるしねー。手伝わないわけにはいかないわよー」

 

 笑顔を見せる蒼の段ボールには、保冷剤と一緒に大量のお肉が詰まっていた。

 

「すごい量だな」

 

「蒼ちゃんが港の商店で仕入れてくれたんですよ。たくさんありますが、格安です」

 

「せっかくのバーベキューだし、魚介ばっかりじゃ飽きちゃうしねー」

 

 やっぱり今朝蒼が持っていたのはバーベキュー用の食材だったらしい。今思えば、朝見たのと同じケロケロ便の箱だ。

 

「それじゃ、あたしたちはお肉の下ごしらえをするわねー。藍、ちゃんと紙皿とか用意してくれた?」

 

「はい。学校の家庭科室から拝借してきましたよ。焼肉のタレもきちんと用意してます」

 

 家庭科室から拝借? なんか、聞こえてはいけない台詞が聞こえたような。

 

「二人が来てくれたのは嬉しいんだけど、駄菓子屋は無人販売にでもしてるのか?」

 

「夏は稼ぎ時だし、かき氷もあるしねー。今日は堀田ちゃんと夏海ちゃんに店番任せてきたの。あの二人仲良いし、イナリもいるから大丈夫でしょー」

 

 確かに仲良いけど、お店を任せてきちゃったってことはバーベキューには参加しないってことだ。それはそれで可哀想な気もするけど。

 

「それでこれ、夏海ちゃんからの差し入れ。お肉だけじゃなく、野菜もバランスよく食べてください! だって」

 

 そう言って蒼から渡された袋には、トウモロコシやカボチャ、ピーマンといった夏野菜が入っていた。なるほど。これならバーベキューの食材として申し分ない。

 

「……ところで家庭科室がどうとか言っていたが、藍は仕事中に抜け出してきたのか?」

 

 手際よく肉や野菜の下処理を始めた二人を見ながらバーベキューコンロに網をセットしていると、のみきが藍にそう聞いていた。

 

 言われてみれば、藍はジーパンにTシャツといったラフな格好だった。いわゆる教師スタイルじゃない。

 

「私は親友の歓迎会があると言って、少しばかり長めの昼休みを取っただけです。午後から有給取ったみきちゃんに言われたくないですね」

 

「藍、どこからその情報を……? だが、有給休暇は労働者に与えられた当然の権利で、その……」

 

「そうですね。バーベキューの後、余った時間で良一ちゃんといちゃらぶするのも当然の権利ですよね」

 

「う、うぅぅ……そ、そんなんじゃないやぁい……」

 

 必死に弁解を試みたのみきだったけど、あっという間に藍に丸め込まれて、ごにょごにょ言いながら黙ってしまった。相変わらず、藍には太刀打ちできないみたいだ。

 

「ちょっと藍、のみきで遊んでないで、野菜切るの手伝いなさいよ!」

 

「わかっています。今行きますよ」

 

 のみきを軽く丸め込んだ藍は、余裕顔で妹の方へ歩いていった。仕事の関係で一度島を出た経験があるせいか、藍はその仕草一つとっても、すごく大人びた気がする。

 

 

 

 

「皆、今日はお招きありがとう」

 

 食材の準備が整った頃、主賓である静久を連れて天善と紬がバーベキュー会場にやってきた。

 

「静久、久しぶりだな」

 

「本当ね。パイリ君も元気だった?」

 

 皆が続々と挨拶する中、俺もそう声をかける。静久は芸術家として多忙な日々を送っているみたいだけど、俺たちに見せる姿は相変わらずだ。

 

 むしろ、芸術家としての一面をあえて見せないようにしている気さえする。静久も島にいる間は仕事を忘れたいだろうし、俺たちもできるだけ自然に接するように心掛けている。

 

「……それじゃ、静久さんとの再会を祝して! かんぱーい!」

 

「「かんぱーい!」」

 

 やがて飲み物がいきわたったところで蒼が乾杯の音頭を取り、歓迎会を兼ねたバーベキューが始まった。

 

「よーし、こっちの肉は焼けたぞー」

 

「こっちの海老も良い感じだぞ」

 

 皆が談笑する中、肉焼き係の俺と良一は焼きあがった食材を次々と紙皿に乗せていく。

 

「ほら静久さん、主賓なんだから遠慮せずに食べて」

 

「ありがとう。それじゃ、このお肉をもらうわね」

 

 そんな焼きたての食材が乗った紙皿を両手に持って、蒼が皆の周りを練り歩く。こういう時、蒼のフットワークの軽さは本当に助かる。

 

「紬ももらったら? 牛肉はおっぱいに良いのよ?」

 

「アオさん、たくさんください!」

 

 静久に言われて、紬が勢いよく紙皿を差し出していた。本当に効果があるのか定かじゃないけど、静久が言うと妙に説得力がある。そのおっぱいも、ますます存在感を増している気がするし。

 

「蒼ちゃんも配ってばかりいないで食べてください」

 

 そんな折、両手が塞がっている蒼の元へ藍が箸を持ってやってきた。その先には良い感じに焼けたイカが挟まれていた。

 

「言われなくても、あとでちゃんと食べるわよー」

 

「後と言わずに。ほら、あーん」

 

「しょ、しょーがないわねー。あーん……」

 

 ……蒼は顔を赤くしながらもそれを受け入れた。うーん、相変わらず仲が良いな。

 

「おとーさんもたべて―。あーん」

 

 そんな姉妹のやりとりを見ていたのか、羽未が同じように俺に箸を向けてきた。すぐ目の前に焼きたてのシイタケが見える。

 

「あ、あーん」

 

 一瞬、皆からすごい笑顔を向けられたけど、俺はおとーさんスキルでスルーした。愛娘からの要望を無下にできるはずがない。シイタケ、めちゃくちゃ熱かったけど。

 

「よし、私も食べさせてやろう。ほら良一、口を開けろ」

 

「あ、あふっ!? う、うふぁいぞ!」

 

 立て続けにそんなやりとりが行われたもんだから、のみきも感化されたんだろうか。良一の口に焼きたてのカボチャが放り込まれていた。あれは熱い。

 

「さすがラブラブねー」

 

 良一の口の中が大変なことになっていることに気づかないのか、蒼はからからと笑いながら茶化す。のみきも今更ながら自らの行為に気づいたのか、顔を真っ赤にしていた。うん。いつもの流れだ。

 

「よし、サザエとウニも焼けたぞ。さあ皆、食ってくれ」

 

 その時、別網を使って調理していた天善がそう言う。同時にサザエに醤油が注されて、良い香りが広がる。

 

「じゃあ、ウニをもらっていいかな」

 

 俺は焼きうにを受け取って、一口食べてみる。これは味が濃厚だ。美味い。

 

「これだけ味が濃いと、ごはんが欲しくなるよな」

 

「そうそう。皆に食べてもらおうと思って、おにぎりを用意したの。すっかり忘れていたわ」

 

 思わずそう口にすると、静久は思い出したかのように重箱を取り出した。蓋を開けると、中にはおにぎりがぎっしりだった。

 

「やっぱり、ご飯があったほうが良いと思って。この二人にも手伝ってもらったのよ」

 

「ああ、微力だがな」

 

「手伝いました!」

 

 三段重ねの重箱を簡易テーブルの上に並べながら、紬と天善は揃って笑顔だった。さすが静久、気配り上手だ。

 

「静久さんと紬のおにぎりをさっそくいただきたいところだが、三分の一の確率で天善のおにぎりになるのか……! ぐぬぬ……!」

 

 おにぎりに手を出しかけた良一がその手を止めて、重箱の前で唸っていた。ぱっと見、どれも同じ三角形のおにぎりだし。これはわからない。

 

 ……まぁ、俺は気にしないけど。

 

 未だに悩んでいる良一を尻目に、俺はおにぎりを一つもらう。かじってみると、中には昆布が入っていた。ウニとは海産物同士だし、美味しかった。

 

 

 

 

「お、良い感じに鯛も焼けたぜー」

 

 おにぎりと焼きウニを楽しんでいると、羽未の鯛が焼きあがったみたいだ。

 

「おかしらつきー!」

 

「おう、熱いから気をつけろよー」

 

 良一がそう言いながら、鯛の身をほぐして羽未の紙皿に乗せてくれた。さすが良一だ。綺麗に焼けてる。

 

「あっちっち……」

 

 羽未は勢いよくかじりついて、その熱さに悶えていた。

 

「羽未、焼きたては熱いから、ふーふーして冷まさないとね」

 

「うん……してやられた……」

 

 くぴくぴと水筒の麦茶を飲んでから、今度はゆっくりと鯛に取りかかっていた。それくらい楽しみにしてたんだな。

 

「んー、おいしいー!」

 

 そして全身で喜びを表現する。うんうん。自分で釣った魚だし、喜びもひとしおだと思う。

 

「みんなもたべてみてー」

 

 そして他の皆にも鯛を勧めていた。ちゃんと配慮もできてるし、偉いぞ。

 

「そういえば今日、鴎は来てないんだな」

 

 羽未の釣った鯛を皆に配っていると、今更ながらそんなことに気がついた。こういうイベント、一番に参加しそうなのに。

 

「もちろん声をかけたんだが、今日はサマーキャンプの打ち合わせがあるらしい。ちょうど時間が被ってしまったらしくてな。心底悔やんでいたぞ」

 

「ああ、そういうことか」

 

 すると、のみきがそう教えてくれた。地団太を踏んで悔しがってる鴎の姿が容易に想像できる。

 

「……ん?」

 

 ところで、夏海ちゃんや堀田ちゃんに加えて、鴎もいないとなると……この量、食べきれるんだろうか。

 

 なんとなく会場を見渡してみれば、元々良一たちが持って来てくれた食材に加えて、羽未の釣った魚と、俺が貰ったサザエにウニ。

 

 蒼たちが持って来てくれた大量のお肉に、夏海ちゃんからの差し入れの野菜、静久たちが用意してくれたこれまた大量のおにぎり……かなりの人数が集まっているとはいえ、食材はまだまだ残ってる。ちょっと厳しいかもしれない。

 

「じー……」

 

 ……その時、不意にたくさんの視線を感じた。その出所を探してみると、バーベキューの匂いに誘われたのか、何人もの子供たちが遠巻きに俺たちの方を見ていた。

 

「……」

 

 それに気づいたのか、羽未も食べる手を止めて、子供たちの方をじっと見ていた。

 

「……なあ静久、相談があるんだけどさ」

 

 そんな羽未の表情を見て、俺は察した。足早に静久の元へと行くと、そう声をかける。

 

「パイリ君、みなまで言わないでいいわ。あの子たちにも入ってもらいましょう?」

 

 すると笑顔でそう言葉を返してくれた。さすが静久、すぐに俺の意図をくみ取ってくれた。

 

「そうねー。皆、こっちにいらっしゃーい」

 

「一緒に食べましょー」

 

 了解が出たのを確認して、蒼と紬がそう声をかける。子供たちはその言葉を待っていたとばかりに駆け寄ってきて、紙皿と割り箸を手に取る。

 

「イカもーらい!」

 

「ガーディアン、お肉ちょーだい!」

 

「待て待て。まだまだたくさんあるから順番だ。小さい子からだぞ」

 

 そしてそのまま焼き網の方に群がってくる。ちなみに、何故か俺は子供たちからガーディアンと呼ばれている。なんでガーディアンなんだろう。ギギギ。

 

「あんたたち、お肉ばかりじゃなくて野菜も食べなさいよー?」

 

「えー、やーだー!」

 

「ピーマンきらいー」

 

「好き嫌い言ってんじゃないのー。大きくなれないわよー?」

 

 そんな抗議の声が響くけど、蒼はそんなのおかまいなしに、焼きたての野菜を子供たちの紙皿にドサドサと入れていく。

 

 蒼って時々おかーさんみたいなこと言うよな。肝っ玉母さん……みたいなさ。

 

「皆さん、好き嫌いをしていると良一ちゃんみたいになりますよ」

 

「えー、良一にーちゃんになるのやだー!」

 

「パージ大王ですわー!」

 

 蒼に続いて、藍が子供達たちをそう論していた。直後、皆すごく嫌そうな顔をしながらピーマンやニンジンを口に放り込んでいた。例えが問題ある気もするけど、ここは気にしないことにしよう。

 

「にんじん、あまくておいしいー」

 

 そんな中、羽未は美味しそうにニンジンを食べていた。しろはの教育の賜物なのか、本当に羽未は好き嫌いないよな。

 

「えー、この魚、うみがつったのか!?」

 

「すげー! うみすげー!」

 

「えへへー」

 

 羽未が鯛を釣った経緯を聞いたのか、子供たちが羨望のまなざしを羽未に向けていた。

 

 普段、大人たちの中でも全く物怖じしていない羽未だけど、やっぱり同年代の子達と一緒いた方が楽しいみたいだ。

 

 

 

 

 ……その後、食事を済ませた子供たちは元気に浜辺で遊び始めた。

 

 俺はその中に混じる羽未を遠目に見守りつつ、皆との雑談に花を咲かせていた。

 

 その中で羽未のイベントについて相談しようとしたら、この場にいる全員がすでに知っていた。さすが、光回線もびっくりの島の情報ネットワークだ。

 

「皆、本当に手伝ってもらって良いのか?」

 

「当たり前よ。あたしたちも羽未ちゃんには楽しい夏休みを過ごしてもらいたいしねー」

 

「ああ。その日の絵日記に何を描くか迷うくらい、たくさんのイベントを用意してやるさ」

 

 皆、そう言って笑顔を向けてくれる。本当に彼らは最高の友人だ。

 

「それで、さっそく提案なのですが」

 

 その時、紬が挙手する。まさか、さっそく何かイベントを提案してくれるんだろうか。

 

「ウミさんの夏の思い出に、一緒にパリングルスでベランダを作るというのはどうでしょーか」

 

「……もしかして紬、まだベランダを作る夢を諦めてないのか?」

 

「トーゼンです! 来るべき日に備えて、パリングルスの空き容器を灯台資料館の倉庫にちまちまとため込んでいたりします!」

 

 紬は立ち上がって、高らかに宣言していた。もしかして、虎視眈々とチャンスを狙っていたのかもしれない。ここまでくると、もはや執念のようにも思える。

 

「是非、皆さんでベランディングしましょう!」

 

「紬……夢を追い求めることは大事よ。例え、どんな夢でも。それでもね……」

 

「むぎゅ……でも……」

 

 静久はそんな紬の肩を優しく抱きながら、必死になだめていた。パリングルスのベランダも良いけど、夏の思い出になるかは微妙な所だ。

 

「そ、そういえば、静久はいつまで島に居られるんだ?」

 

 先ののみきじゃないけど、俺はわざとらしくも話題を変える。このままだと、本当にベランディングをすることになりかねないし。

 

「そうね。時々本土に行くことはあると思うけど、基本夏休みの間は島に滞在することになると思うわ。ちょっとやりたいこともあるし」

 

「え、やりたいこと?」

 

 島に新しいアート作品を設置する……とかじゃなさそうだ。先も言ったけど、島にいる間は静久も仕事は忘れたいだろうし。

 

「……この浜辺から少し離れたところに、古い海の家があるでしょう?」

 

 ……言われてみればそんな建物があった気がする。風対策で窓も扉も全部板で打ち付けられていたから、てっきり古い漁師小屋か何かと思っていたけど。

 

「あー、そういえばあったわねー」

 

「懐かしいよなー。俺はガキの頃、あそこのカレーが大好きでよー」

 

 海の家と聞いて、蒼と良一が懐かしそうにそんな話をしていた。海の家といえばカレーだよな。

 

「やっぱり皆は知っていたのね。実はあのお店、ずっと昔に私のお爺さんがやっていたの。それをこの夏限定で再開させようと思っていてね」

 

 蒼たちの反応を見ながら、静久が嬉しそうに言う。お爺さんがやっていた海の家。まさか静久とこの島に、そんな縁があったなんて。

 

「じゃあ良一の言うカレーも、静久のお爺さんが?」

 

「ええ。一応名物になっていたみたい。レシピも残っているから、海の家と一緒にそのカレーも復活させるつもりよ」

 

「おお、それは楽しみだな」

 

「それで……時間がある時でいいから、皆にもその開店準備を手伝ってほしいの。お願いできないかしら」

 

 そこまで話して、本当に申し訳なさそうに静久がそう提案してきた。

 

「俺からも頼む。さすがに二人だけで準備していては、夏が終わってしまうからな」

 

 静久に続いて、天善もそう言って頭を下げる。確かに二人で海の家の開業準備をするのは無理がある。

 

「他ならぬ二人の頼みだし、もちろん手伝うよ」

 

 だから俺はすぐにオーケーしておいた。正直、その名物カレーとやらも気になるし。

 

「もちろん、わたしもお手伝いします!」

 

「時間がある時は、あたしたちも手伝うわよー?」

 

「蒼ちゃんに同じくです」

 

「ああ。断る義理はない」

 

 俺に続いて、他の皆も次々と手伝いを申し出ていた。俺も仕事があるから毎日……というわけにはいかないけど、時間を見つけて手伝うことにしよう。

 

「ありがとう。詳しいことは追々知らせるから、その時はよろしくね」

 

 皆が手伝ってくれることが決まったからか、静久は安堵の表情をしていた。

 

 それこそ羽未も誘って、一緒に開店準備をしてもいいかもしれない。皆で海の家をやるとか、滅多にできる経験じゃないし。これは良い夏の思い出になるかもしれない。

 

「おとーさーん!」

 

 噂をすれば、向こうで遊んでいたはずの羽未がこっちに走ってきた。どうしたのかな。

 

「いきだおれー!」

 

「え、また!?」

 

「うん! こっち!」

 

 焦る羽未に引っ張られるようにして砂浜を移動すると、少し離れた岩陰に識がうつ伏せで倒れていた。

 

「え? ちょっと識。大丈夫か……?」

 

 恐る恐る声をかけると、本人の代わりに腹の虫が応えてくれた。どうやら生きてるっぽい。

 

 よく見ると砂の上を這ったような跡がある。近くで一度倒れた後、バーベキューの匂いにつられてこの場所まで這って来て、力尽きたみたいだ。

 

「しょうがない奴だな。よっこいせ」

 

 いつまでもここに寝かせておくわけにもいかないし。俺はそんな識を背負って、皆の元へ戻ることにした。

 

 

 

 

「え、その子誰?」

 

 俺が砂にまみれた少女を連れて戻ってきたのを見て、さすがの皆も驚いた顔をしていた。

 

「俺の知り合いなんだよ。天善、ちょっと椅子を用意してくれないか」

 

「ああ、簡易テーブルの椅子を使うといい。ひさしもあるから、涼しいぞ」

 

 適当に俺の知り合いだと説明をして、天善が用意してくれた椅子に識を座らせる。ここなら直射日光も当たらないし、涼しいと思う。

 

「この子、なんでこの暑いのに着物なんて着てるのかしら?」

 

「こんな格好ですし、熱中症ですかね? お水あげましょうか」

 

 すると、すぐに空門姉妹が駆け寄って介抱してくれる。やっぱりこの二人はフットワークが軽い。

 

「いや、たぶんお腹が空いてると思うんだ。何か残り物があったらあげてほしいんだけど」

 

「残り物? そうね……」

 

 続く俺の言葉には静久が反応してくれ、浜辺を見渡しながら目ぼしい物がないか探してくれる。

 

 あれだけたくさんあった食材も、子供たちがほとんど平らげてしまったし。何かあったかな。

 

「シズク、これがあります!」

 

 その時、紬が重箱の蓋を開けて、中に残っていたおにぎりを見せてきた。数もそれなりにあるし、これなら大丈夫そうだ。

 

「おーい識、食べ物だぞ。起きろ」

 

「た、食べ物!?」

 

 着物についた砂を落としてやりながらそう声をかけると、おにぎりの匂いを感じ取ったのか、識が目を覚ました。

 

 そして目の前のおにぎりをがっしと掴む。たぶん、ほぼ無意識の行動だろう。

 

「これ、もらっていいのかい!?」

 

「お腹が空いてるのなら、食べていいわよ。あまりものだしね」

 

「……いただきます!」

 

 静久から了解が出たのを確認して、きちんと挨拶をしてから食べ始めた。ここは相変わらず礼儀正しい。

 

「はむっ。むぐむぐ……」

 

 その清々しいまでの食べっぷりに、俺たちは元より、識を見つけた子供たちも皆目を見張っていた。

 

「五臓六腑に染みわたるぜ……やっぱり、おむすびの具は梅干しだよ……」

 

 そんな大袈裟な感想まで口にされる中、三つのおにぎりはあっという間に識の胃袋へと消えていった。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 最後に両手を合わせて、識は食事を終える。その顔を見るに、満足していただけたみたいだ。

 

「ありがとう! おかげで助かったよ。キミたちは僕の命の恩人だ!」

 

 識は俺たち全員の顔を見渡しながら、そうお礼を言う。

 

「助けてくれたお礼に、キミたちの願いを一つだけ叶えるぜ!」

 

 ……へじゃぷ。

 

 一方、一連のやりとりに俺はものすごいへじゃぷを感じていた。もしかして識、助けてもらう度に同じようなことをしているのかな。

 

「え、えーっと……その願いについてはよくわからないが、まずは君の名前を教えてもらえないか?」

 

 一瞬戸惑うような顔をしたのみきだったけど、すぐに大人の対応をしていた。

 

「お安いご用さ! 僕は神山識っていうんだ。こう見えて、鬼なんだぜ」

 

 鬼? よくわからないけど、変わった自己紹介だった。

 

「おねーちゃん、おになの?」

 

「そうだぜ?」

 

「すごーい」

 

 直後、羽未を筆頭に子供たちからは羨望のまなざしで見られていた。

 

 きっと、今の自己紹介は子供たちと仲良くなるためのきっかけみたいなものなんだろう。それなら納得だ。

 

「俺は三谷良一だ。こう見えて、漁師なんだぜ」

 

「わたしは紬・ヴェンダースです! こう見えて、灯台の管理人をしています!」

 

「あたしは空門蒼よ。こう見えて、駄菓子屋の店長をしてるの」

 

 ……そして他の皆も識のやり方に倣って自己紹介をしていた。こう見えてって、良一はどう見ても漁師なんだけど。

 

「良一先輩に紬先輩、そして蒼先輩だね。覚えたぜ!」

 

「ぐおっ!?」

 

「むぎゅ!?」

 

 そして、何故か揃って先輩呼びされていた。なんで先輩?

 

「藍先輩は蒼先輩の双子のお姉さんなんだね! なるほど、そっくりだぜ!」

 

「はうっ……何かしらこれ。胸がきゅんとなるわね」

 

「あ、蒼ちゃん、一旦落ち着きましょう」

 

 この姉妹も先輩呼びされて、揃って動揺していた。藍なんか今にも識に抱きつきそうだ。耐えろ藍先生。子供たちの前だぞ。

 

「よろしく、のみき先輩!」

 

「こ、これは……色々な意味で危ないな」

 

 のみきもこれまで『先輩』と呼ばれたことがないんだろう。のぼせたような顔をしていた。

 

「私は慣れてるから平気だけど、他の皆は大変そうね」

 

 静久だけがそう言って笑顔だった。確かに静久は先輩と呼ばれ慣れてそうだし。

 

 

 

 

 ……結局、識が叶える皆の願いは『名前を教えてくれ』に統一されてしまったらしい。その後はすっかり打ち解けて、話の輪に加わっていた。

 

 識の物怖じしない性格もあるんだろうけど。不思議なもんだ。

 

「ところで識、昨日に続いて今日も行き倒れになっていたのか?」

 

 友人たちに続いて子供たちに質問攻めにされていた識に、俺はそう声をかける。

 

「あ、鬼だ」

 

 すると、自称鬼に冷めた口調でそう言われた。これまたずいぶんな言われようだ。

 

「いや、鬼はお前だろ……というか、ちゃんと家でご飯食べてるのか」

 

「いいや。今朝、とある家の庭先から緋衣草の蜜を失敬した以外は、今の今まで飲まず食わずだぜ?」

 

 どうして自信満々に言えるんだろう。花の蜜とか、いくら吸ったところで腹の足しにはならないと思う。蜂や蝶じゃないんだからさ。

 

「ところで、おにのねーちゃん! おになら、オレたちとおにごっこしようぜ!」

 

 その時、ガキ大将っぽい男の子がそう提案していた。鬼だから、おにごっこ。子供らしい発想だった。

 

「いいぜ。鬼の恐ろしさ、思い知らせてあげるよ!」

 

 子供たちからの提案を聞いて、識がにやりと笑う。もしかして足に……いや、腕に覚えがあるんだろうか。

 

「じゃあ、ねーちゃんが鬼な! ちゃんと10秒数えてから追いかけるんだぜ!」

 

「よーし、にっげろー」

 

「おー!」

 

 あっという間にルールが取り決められ、子供たちが一斉に浜辺へと散っていった。羽未も一緒だ。うん。微笑ましい。

 

「……ひふみよいむなやことっ!」

 

 その刹那、識が一瞬で10秒数え終えた。は、早い。しかもなんか、数え方が古い。

 

「いっくぜーーー! うっきょおぉぉーーー!」

 

 そして識は妙な声をあげながら、もの凄い速さで子供たちを追いかけていった。

 

「うわああああ!? もう来たーーー!?」

 

 ……昨日も思ったけど、識ってめちゃくちゃ足速くないか? 子供たちじゃ全く勝負になっていない。

 

「そらそら、捕まえたぜー!」

 

「ひええーーー!?」

 

「うわーーー!」

 

「やーらーれーたー!」

 

 やがて子供たちは全員捕まってしまった。ところでおにごっこって、タッチしたら鬼が変わるルールじゃなかったっけ? なんで識が一人で全員捕まえてるんだろう。

 

「うわーん、おにのねーちゃん、つよすぎー」

 

「のみき姉、助けてー」

 

「え?」

 

 その時、識に圧倒された子供たちが一斉に俺たちに助けを求めてきた。

 

「藍せんせー!」

 

「蒼ねーちゃーん!」

 

 中には半分泣いてる子もいる。さすが鬼。怖かったのかもしれない。

 

「でも、子供の遊びに大人が混ざるのもなぁ」

 

「おとーさん、おねがい」

 

「よし、相手になってやろう」

 

 一瞬悩んだけど、羽未に懇願されて気持ちが固まった。俺は袖をまくりながら識の方へと向かう。

 

「りょういちにーちゃん、がんばれー!」

 

「よーし、大人の力ってのを見せてやるぜ!」

 

「つむぎゅ姉、がんばって!」

 

「頑張りますよー」

 

「おっぱい姉さんも、ファイトー!」

 

「任せて。おっぱいの名にかけて、負けないわ!」

 

 それぞれ子供たちに応援されながら、他の皆も俺の後に続いていた。

 

 気がつけばその場にいた大人全員、計8人で識の相手をすることになった。大人げないと言われるかもしれないけど、たくさん声援をもらってるし、今更後には引けない。

 

「今度は羽依里くんたちが相手になってくれるのかい?」

 

「ああ、なりゆきだけどな!」

 

「いいぜ。それじゃあ、今から四刻半の間、この中の一人でも僕から逃げきってごらんよ! ひふみよいむなやことっ!」

 

 そうルールを説明すると、またすごい早さで数を数えていた。あらかじめ間合いを広げておく時間なんてなさそうだ。

 

「覚悟しておくれよ! うっきょおぉぉーーー!」

 

 そして数え終わった識は、砂煙をあげながら一直線に俺に向かってきた。着物姿なのに、なんであんなに足が速いんだ。

 

「うおおっ!」

 

 俺は身をかがめながら横に転がって識から逃れる。そのまま立ち上がって走り出そうとするけど、砂に足を取られて素早く動けない。

 

 くそ、こうなるとわかっていたら、サンダルなんて履いてこなかったのに。

 

「良一先輩、捕まえたぜ!」

 

「うおおおーーー!?」

 

 そして開幕の攻撃で俺を仕留めきれなかった識は目標を変えたのか、同じくサンダル履きだった良一を速攻で捕まえていた。

 

「天善先輩に、静久先輩も捕まえたぜ!」

 

「きゃあっ!?」

 

「し、しまった……!」

 

 その軽い身のこなしで方向転換し、識は続けざまに天善と静久を仕留めていた。特に静久は本土から来たばかりだし、動きにくい服装だったのが災いしたみたいだ。

 

「むぎゅ! シズクの仇は必ず取ります!」

 

 紬はそう宣言していたけど、残された俺たちにできることは逃げる事だけだ。おにごっこだし。

 

 

 

 

「藍先輩も捕まえた!」

 

 その後は皆してしばらく逃げ回ったけど、ついに藍が捕まった。

 

「うう、無念です……」

 

 台詞とは裏腹に、藍は嬉しそうだった。思いっきり識から抱きしめられているし、念願叶ったのかもしれない。

 

「のみき先輩、捕まえたぜ!」

 

「くっ……水鉄砲さえ持っていれば、こんなことには……!」

 

 藍に続いて、識に負けない動きで逃げ回っていたのみきも捕まってしまった。だいぶ頑張っていたんだけど、さすがにスタミナが尽きてきたかもしれない。

 

「むぎゅ!?」

 

 ……その直後、逃げ回っていた紬が砂に足をとられて転倒した。砂の上だから痛くないだろうけど、万事休すだ。

 

「よし、紬先輩も捕まえた!」

 

 その隙を突かれて紬も捕まってしまった。まさに鬼の所業。情け容赦ない。

 

「よーし、残るは二人だね! 蒼先輩、覚悟しておくれよ!」

 

 次いで識は蒼に狙いを定め、一気にその距離を詰めていく。蒼は運動神経も良いし、普段からスニーカーを履いているから砂の上でも大丈夫そうだ。頼んだぞ。

 

 ……ってあれ、逃げない?

 

 猛烈な勢いで識が迫る中、蒼はその場から動く気配がない。どうしたんだろう。

 

「おい蒼、早く逃げろ! 捕まるぞ!」

 

「え、えーっと、そのねー……」

 

 思わず声をかけると、なんとも歯切れの悪い返事が返ってきた。もしかして、足でも怪我したんだろうか。

 

 そんなことを考えながら蒼の足元を見ると、その足の下に何かがあった。半分砂に埋もれてるから良く見えないけど、あれってもしかして。

 

「なあ蒼、その足元にあるのってエロほ」

 

「ち、違うわよ―――! ほら、子供たちもいるし、万が一目に触れたら教育に悪いと思って隠してるのーーー!」

 

 顔を真っ赤にした蒼はそんなことを口走りながら、その薄い本を必死に砂の中に埋めていた。俺、何も言ってないのに。

 

「蒼先輩、捕まえたぜ!」

 

 そうこうしているうちに、蒼は捕まってしまった。まったく情けない。

 

「さて羽依里くん、残るはキミだけだぜ?」

 

「はっ」

 

 そして気づけば、残っているのは俺だけだった。

 

「うっきょおぉぉーーー!」

 

 間髪入れず、識がまた変な声をあげながら猛然と突っ込んできた。笑顔なんだけど、なんか怖い。

 

「うおおおお、来るなぁぁ!」

 

 その矛先が皆に向かっている間に、俺は識からできるだけ距離を取るように努めていたんだけど、そんなアドバンテージなんてあっという間に無くなっていく。くそ、足元の砂さえなければ、もっと速く走れるのに!

 

 

 

 

「にへへー、羽依里くん、追い詰めたぜ!」

 

 迫りくる識からなんとか逃れようとしているうちに、俺は波打ち際に追い詰められてしまっていた。

 

「残り時間、あと3分よー!」

 

 いつの間にか時間を測ってくれていた蒼がそう教えてくれたけど、もうすぐ後ろは海。これ以上逃げ場はない。

 

「……そうだ。ここだ!」

 

 俺はとっさに、その波打ち際を走る。この辺りの砂は寄せては返す波に常にさらされて水分を含み、すっかり硬くなっている。つまり、ここなら全力で走ることができる。

 

「やるじゃないか羽依里くん!」

 

 それでも識は俺の足についてきた。いや、本気で速い。俺も全力なんだけど、最近身体がなまってるのかな。このままだと追いつかれる。

 

「ええい、ままよ!」

 

 これは正攻法では勝ち目薄と判断した俺は、服を着たまま海へと身を投じる。

 

「ぶえ!?」

 

 水の中なら俺に利がある。元水泳部は伊達じゃないぞ!

 

 そう考えながら腰が浸かるくらいまでの場所まで進み、そこから全力で泳ぐ。いくら識でも、俺より早くは泳げまい……!

 

「……って、あれ?」

 

 少し泳いで、識が追って来ないことに気がついた。思わずその姿を探すと、識は今にも泣きそうな顔で波打ち際に佇んでいた。

 

「うぅ……ひどいよ羽依里くん! 僕は泳げないんだ! それなのに、海に逃げるなんて反則だぜ!」

 

「え、泳げないのか?」

 

 反則とか言われても……海禁止ってルールも聞いてない気がするし。

 

「うう……ひっく……ぶえええぇぇーーーー! おにぃぃぃーーーー!」

 

 ……そして一瞬の間を置いて、識は泣きに泣きながら走り去っていった。

 

「ええ……」

 

 取り残された俺は、何とも言えない気持ちで浜辺へと戻る。

 

「羽依里、あれは大人げないわよー」

 

「パイリ君、もっと考えてあげないと」

 

「サイテーです」

 

 戻るや否や、皆から非難轟々だった。うう、そんなつもりじゃなかったのに。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……結果的に識もいなくなり、頃合いということでそのまま解散となった。

 

 皆にお礼を言って別れ、俺と羽未は釣り道具を持って加藤家へと帰宅する。玄関先の時計を見ると16時前。識や子供たちと遊んでいたとはいえ、結構長い時間浜辺にいたらしい。

 

「……バーベキューに行ったはずなのに、なんでびしょ濡れになって帰ってくるの」

 

 ……帰りつくなり、しろはにしこたま怒られた。

 

「その、色々あってさ。帰り道でだいぶ乾いたから大丈……」

 

「そういう問題じゃないよ。早くお風呂入って」

 

「はい……」

 

 釣り道具を片付けるのもそこそこに、俺は風呂場へと追いやられてしまった。うう、しろは怖い。

 

「おとーさん、うみもはいるー」

 

 とりあえず身体だけ洗おうと、お湯を張りながら服を脱いでいると、羽未が脱衣所の扉を開けて入ってきた。

 

「おお、羽未も入るのか?」

 

「うんー。おせなか、おながししましょー」

 

「嬉しいこと言ってくれるなぁ」

 

 ……その後は羽未と一緒に早めの風呂を堪能した。

 

 しろはには怒られたけど、久しぶりに羽未から背中を洗ってもらえたし、良しとしよう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そして夜。夕飯を食べた後は、早めに布団を敷いた。

 

 というのも、帰宅してからずっとバーベキューの思い出話をしていた羽未が、先程電池が切れたみたいに寝てしまったため、早めに敷かざるを得なかったんだ。

 

「……なんだかんだで、疲れちゃったみたいだね」

 

 風呂から上がってきたしろはがそう言いながら、布団で眠る羽未を見る。本当、気持ち良さそうに寝てる。

 

 絵日記は何とか書き上げたみたいだけど、今日はお風呂も早かったし、一気に疲れが出たんだろうな。

 

「今日は本当に楽しかったみたい。羽依里、羽未ちゃんお相手、お疲れ様」

 

「いや、俺は大したことしてないよ。子供たちや皆のおかげだよ」

 

「……そう? 一緒に大きな鯛を釣ったって言ってたけど」

 

「まぁ、あれが唯一の成果みたいなもんだけどさ……それより、しろはも昼からずっと留守番させて悪かったな」

 

「ううん。今日は鏡子さんやおじーちゃんがが来てくれたし、退屈はしなかったよ」

 

「ああ、そうだったのか」

 

 茶飲み仲間というわけじゃないけど、鏡子さんとじーさんは時々様子を見に来てくれているみたいだ。ありがたい話だ。

 

「鏡子さんはお土産に新味のカップうどんを持ってきてくれたよ。台所の戸棚に入ってるから」

 

「わかった。いざという時の非常食だな」

 

 基本、我が家の食事は毎食しろはが作ってくれるので食事に困ることはないのだけど、備えは大事だと思うし。

 

「あと、おじーちゃんからは段ボール箱いっぱいのお菓子を持ってきてくれたよ。羽未ちゃんにだって」

 

「あの人も相変わらずだな……」

 

 しろはのじーさんは定期的に羽未にお菓子をくれる。それ自体は嬉しいことなんだけど、その量が問題だ。とにかく多すぎる。

 

「羽未ちゃんに食べさせてあげるにも限度があるし、捨てちゃうのももったいないし」

 

「蒼に聞いた感じだと、たぶん通販代行使って本土からお菓子を仕入れてるんだと思う。そこまでしてくれなくていいのにな」

 

「うん。気持ちは嬉しいんだけどね……」

 

 しろははそう言いながら、机の上に日記帳を広げた。どうやら書き物を始めるみたいだ。

 

 これ以上会話を続けて邪魔をしても悪いと思い、俺は身体の向きを変えて、おもむろに羽未の絵日記帳を開く。

 

 

『7月26日 天気:はれ

 

 きょうは、みんなとバーベキューをして、おにのおねーちゃんとおにごっこをした。おねーちゃんはものすごくはやかったけど、おにごっこはたのしかった』

 

 

 ……そんな文章の上に、バーベキューをする皆や、鬼ごっこをする識が描かれていた。

 

 できたら、おとーさんと釣りをしたことにも触れてほしかったけど、昨日に続いて識のインパクトが強すぎたもんなぁ。

 

「……ほら羽依里。また羽未ちゃんの絵日記、勝手に見て」

 

「ごめんごめん。やっぱり気になっちゃってさ」

 

 描かれた絵の中から自分の姿を探していると、俺が絵日記を盗み見しているのに気付いたしろはからそう注意された。

 

「それで、羽未ちゃんのイベントの話は皆にしてくれたの?」

 

「ああ、バーベキューの時に話したよ。皆、協力してくれるってさ」

 

「そうなんだ。羽未ちゃん、良かったね」

 

 そう言って、眠る羽未の頭を優しく撫でる。

 

「うみゅ……」

 

 しろはの言葉に応えるかのように、羽未は小さな声を出していた。本当、幸せそうだ。

 

 明日はお客さんが来るけど、午前中は自由に動けそうだし。羽未に何をしてあげようかな。

 

 しろはに続いて羽未の頭を撫でてあげながら、俺は明日の予定について思考を巡らせたのだった。

 

 

 

 

第二話・完




第二話・あとがき


皆さん、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
一番に夏海ちゃんに起こされる……前作から続く朝の光景ですが、なんだかホッとしますね。
そんな夏海ちゃんと前日から加藤家に泊まっていた天王寺夫妻(主に小鳥さん)とのやりとりも今回の見どころだったりします。
天才ガーデナーの小鳥さんも加藤家についてブログにアップすると言ってますし(羽依里君はよくわかってないみたいでしたが)、その影響力がどれくらいあるか、楽しみにしていてくださいw

そして本日のイベントは魚釣りから静久の歓迎会を兼ねたバーベキューと続いて、最後は識との交流でした。どれも書いてみたいイベントでしたので、書けて満足しています。

一方で今回は堀田ちゃんや鴎は出番がありませんでした。個人的に皆でワイワイする話が好きなのですが、続編となって登場人物が多くなり、全員出せない場合があるのが辛いでね。鏡子さんや小鳩さんも出せていないのですよ……名前だけは出て来てますけど。
さて、そんな中での識ですが、昨日に引き続きお腹を空かせて倒れていました。皆との交流、こんな感じでいいですかね……?

ちなみに、今回のゲストはフィッシュ斉藤となりました。次回は霧島姉妹と某毛玉犬が島にやってきますので、AIRファンの方は楽しみにされていてください。

では、今回のあとがきはこの辺りで。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。