Summer Pockets #3   作:トミー@サマポケ

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第五話 7月28日(後編)

 

 

 

 

 俺と羽未、識の三人で役所に辿り着くと、そこには竹を積んだ軽トラックの他に、もう一台別の軽トラックが止まっていた。

 

「おお、鷹原たちも来たのか」

 

 誰のだろうと思っていると、その荷台から機材を降ろしている天善から声をかけられた。ああ、このトラックは天善のだったのか。

 

「羽依里、三谷のせがれと一緒に竹を裂け。加納の小僧はわしと一緒に台を作るぞ」

 

 その時、俺の姿を見つけたじーさんから早速指示が飛ぶ。有無を言わさず道具を渡された俺と良一は、トラックの荷台から降ろされた竹へと近づいていく。手持ち無沙汰になった羽未や識も、なんとなく俺たちに続いていた。

 

「こんな大きなの、俺と良一だけで割れるのか?」

 

「これは俺もやったことがあるぜ。端から鉈を打ち込んで、金づちで叩きながら裂いていくんだ。ど真ん中からじゃなく、少し上から切り込みを入れるのがコツだな」

 

「どうして少し上からなんだ? 真ん中からやったほうが綺麗に割れそうだけど」

 

「これは流しそうめん用の竹だぞ? 純粋な半円にしてしまうと、そうめんを流すときに水が零れやすいんだ」

 

「なるほど、そういうことなのか」

 

 経験があるという良一に教えてもらいながら鉈を当て、金づちで叩いていく。竹を割ったようとはよく言ったもんだ。数分としないうちに、竹は本当に綺麗に割れた。

 

「すごーい!」

 

 俺たちの後ろで羽未が歓声をあげる。竹を切るところは初めて見るんだろうし、驚くのも無理はない。

 

「この後は中の節を取り除かないといけないんだが……そうだ。羽未ちゃんもやってみないか?」

 

 次の作業に移ろうとした矢先、いつの間にか近くにやってきていたのみきがそんな提案をしていた。めったに体験できることじゃないし、良い思い出になるかもしれない。

 

「らしいぞ。羽未、やってみるか?」

 

「うん!」

 

「金づちでここの所を思いっきり叩くんだ。こうだぞ」

 

 駆け寄ってきた羽未に、のみきがお手本を見せてくれる。そこまで力を入れていないようだったけど、簡単に割れていた。

 

「わかったー」

 

 羽未はそれを見て頷くと、のみきから金づちを受け取って、両手でしっかりと握る。

 

「えい!」

 

 そのまま勢いよく振り下ろすと、ぱきん。と軽快な音がして、竹の節が割れた。

 

「おお、上手だな」

 

「羽未ちゃん、次はこっちだぞ。順番に割っていくんだ」

 

「うん!」

 

 ぱきん。またいい音がした。

 

「おもしろーい!」

 

 羽未の力でも面白いように割れている。これは見ている方も気持ちがいい。

 

「ストレス、はっさんー」

 

 え、羽未、その年にして既にストレス抱えてるの? それなら金づちで発散する前に、俺たちに相談してほしいんだけど。

 

「ほら、鷹原はこのノミを使って残った節を取り除いてくれ。綺麗に仕上げないと、そうめんを流した時に引っかかってしまうからな」

 

「わかった。任せてくれ」

 

 ……それからは羽未が叩き割った節の残りを俺がノミで丁寧に取り除く作業が続いた。

 

 羽未は純粋に楽しんでいるだけなんだろうけど、俺としては娘と共同作業をしているようで、どこか嬉しかった。

 

 ちなみに、天善とじーさんが俺たちの作業と並行して立派な台を作ってくれていた。竹とロープだけでこれが組めるとか、さすがこの二人は手先が器用だった。

 

 

 

 

 ……その後、全ての処理が終わった竹は一度水で洗われて、日当りのいい場所に干されていた。食品を乗せる関係上、汚れを落とした上でしっかりと乾かしておく必要があるらしい。今日も陽射しが強いし、昼までには乾いてしまうだろう。

 

「えーっと……」

 

 後はお天道様に任せるにしても、俺たちは急に手持ち無沙汰になってしまった。これからどうしようかな。

 

 何か手伝えることがないかと周囲を見回すも、青年会館の方に人が出入りしているくらいだった。きっと流すためのそうめんを準備しているのだろうし、俺の出る幕はない。

 

「鷹原、これから海の家に手伝いに行こうと思うんだが、鷹原たちも一緒に来ないか?」

 

 考えあぐねていたその時、天善が軽トラックに荷物を乗せながらそう誘ってくれた。

 

「それじゃ、お願いしていいかな」

 

「ああ。すぐに出発するから、荷台に乗ってくれ」

 

 そう言ってトラックの荷台を指し示す。俺は先に荷台へ上がり、続いて羽未と識を引き上げる。

 

「それじゃ天善、安全運転で頼むぞ」

 

「ああ、心得ている。識もそうだが、大事な親友の一人娘が乗っているのだからな」

 

 天善は運転席のドアを開けながらそう言っていた。彼のことだし、きっと本心からの言葉なんだろう。

 

「羽未と識もきちんと座って、縁の所を掴んでいるんだぞ。落ちたら危ないからな」

 

「うん!」

 

「もちろんさ!」

 

 二人のそんな声とほぼ同時に、軽トラックのエンジンが始動した。

 

 

 

 

 ……役所前を出発した軽トラックは住宅地を抜けて、海沿いの道を海の家に向かって進む。

 

 時々揺れるけど、しっかりと舗装された道だし、快適なドライブだ。

 

「これは爽快だね」

 

「かぜ、きもちいいー」

 

 荷台の後ろの方に座る俺に対し、識と羽未は前の方でくっつくようにしながら、荷台から見える景色を楽しんでいた。

 

 同時に風も当たって涼しい。これはバイクで風を切るのとは、また違った気持ちよさだ。荷台に乗るのは危ないと言われるけど、少しくらい良いよな。

 

「荷台の三人、この先にカーブがあるから気をつけろよ!」

 

 ハンドルを握る天善がそう叫んだ直後、左右に揺さぶられる感じがした。

 

「ジェットコースター!」

 

「よ、よくわからないけど、これはすごいね」

 

 俺は堪らず縁を持って体を支えたけど、前の二人は思いのほか大丈夫らしく、楽しそうな声が聞こえた。

 

「もうしばらくカーブが続くぞ! チョレーーーイ!」

 

 天善は懐かしのワードを口ずさみながらカーブを抜けていく。もしかして、彼はハンドルを握ったら性格が変わるタイプだったりするんだろうか。

 

 いやむしろ、最近は仕事が忙しくてあまり徹卓をできていないと聞くし、ラケットをハンドルに持ち替えて、ストレスを発散しているのかもしれない。

 

「お次はヘアピンカーブだ! しっかり掴まれ!」

 

「すごーい!」

 

「ぶえぇぇぇーーー!?」

 

 こ、これはなかなかに怖い。島の縁を進んでいるのだからカーブが多いのは仕方ないと思うけど、もう少しスピードを落として欲しい。

 

 振り落とされるようなことはないだろうけど、変な影響を受けて、羽未が将来走り屋になったらどうしてくれるんだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「あ、テンゼンさんが来ましたよ!」

 

 海沿いを走り抜け、軽トラックが海の家の近くに止まると、それに気づいたらしい紬が声をあげた。

 

「来てくれたのね。ありがとう」

 

「少し遅れたが、手伝いに来たぞ」

 

 俺が荷台から羽未を降ろしていると、天善はさっそく静久と話をしながら、大きな機材を砂の上に降ろしていた。

 

「天善、荷台に乗ってるときから気になってたんだけど、それなんだ?」

 

「これは床を磨くやつだ。そろそろ、海の家の片付けも佳境らしいからな」

 

 そう言う天善が示す先では、大量のゴミ袋や廃材を前に、軍手をはめた蒼が腰に手を当てて、満ち足りた表情で立っていた。どうやら内部の片づけはあらかた終わってしまったみたいだ。

 

「あ、羽未ちゃんも来てくれたんですね。いらっしゃいませ」

 

「あいせんせー、こんにちはー!」

 

 蒼と同じように片づけをしていた藍を見つけると、羽未は元気よくその胸に飛び込んでいった。羽未を抱きしめる藍は心底幸せそうだ。

 

「天善ちゃんの運転、怖くなかったですか?」

 

「ピンポンドライブ、たのしかったー」

 

 変に語呂が良いけど、そんな漫画でもあるのかな。

 

「ところで静久先輩、この建物は何なんだい?」

 

「ここは私のおじいさんがやっていた海の家なの。長い間使っていなかったのだけど、今年の夏に再開させようと思っていてね。今はその準備中なのよ」

 

 興味津々で聞いてきた識に、静久がそう教えてあげていた。こうして見ると、海の家もわずか数日で見違えるように綺麗になった気がする。

 

「あ、識ちゃんは制服着たんですね。似合ってますよ」

 

 海の家の全景をしげしげと眺めていると、羽未を解放した藍が今度は識を抱きしめていた。いつの間に識の背後の回り込んだんだろう。

 

「あ、藍先輩、苦しいぜ」

 

「良いじゃないですか。減るもんじゃないですし」

 

「背中に色々なものが当たって、虚しい気持ちになってしまうんだよ……ぶえ……!」

 

 識は半べそを描いていたけど、藍はなんだかんだ理由をつけて、ずっと抱きしめていた。

 

「羽未ちゃんだけじゃなく、識ちゃんの成分を補給できるなんて最高ですね」

 

 識の成分ってなんだろう。なんとなく、できたておむすびの香りを想像してしまった。

 

「……なぁ、相変わらず、藍はかわいい女の子大好きなのか」

 

「みたいねー。なんか識って、小動物みたいな感じがするし」

 

 軍手を外しながら歩いてきた蒼にそう聞いてみると、からからと笑いながらそんな言葉が返ってきた。藍の女の子好きは今に始まったことじゃないけど、その……色々と大丈夫なんだろうか。特に藍は羽未の担任なんだし。節操は守ってほしい。

 

 

 

 

「……パイリ君たちもわざわざ来てくれたのに、ごめんなさいね」

 

 ぶえぶえ言う識を幸せそうに抱きしめる藍を眺めていたら、首にタオルを巻いた静久がやってきた。汗だくで働くその姿は、とても新進気鋭の芸術家には見えない。

 

「何か手伝えることないかと思って来たんだけど、もう終わった感じ?」

 

「ええ。虫さえ駆除してしまえば、後はこっちのものよ。一気に制圧してやったわ」

 

 そう言う静久の手には虫よけスプレーが握られていた。殺虫剤だとその場に死骸が残ってしまうし、虫よけスプレーって所がミソだ。やっぱり昨日のアレ、トラウマになってるのかな。

 

「掃除もあらかた終わったし、後は風通しして、今日はおしまい。水道やガスも問題なく使えたし、明日は材料をそろえて、実際にカレーを作ることができそう。良かったら、お昼にでも食べに来てね」

 

「わかった。楽しみにしておくよ」

 

 どんなカレーなのかわからないけど、島の名物だったって言うくらいだし、きっと美味しいんだろう。

 

 

 

 

 ……それから俺は天善と協力して、荷台に廃材やゴミ袋を積み込んでいた。

 

「気合い入れて来たのに、これくらいしか手伝えなくて悪いな」

 

 天善がそう言う通り、少し来るのが遅かったらしい。俺たちに出来ることは、本当にこれくらいだった。

 

「なんだかんだで、掃除はあたしたちの方が得意だし。集めたゴミを回収してくれるだけで十分よー」

 

 黒いゴミ袋なので何が入っているのかはわからないけど、荷台に置いた時にガチャガチャと音がしていた。なかなかに重い。

 

「そーいえば、お昼に役所前で流しそうめんがあるのよー。もちろん羽未ちゃんも来るわよね?」

 

 俺たちが竹切りを手伝ったのを知らない蒼が、道具の後片付けをしながらそう聞いてきた。

 

 良いタイミングだと思い、俺は今の今までその準備を手伝っていたことを伝えた。

 

「ああ、既に知っていたんですね。久しぶりの流しそうめんですし、私たちも楽しみですよ」

 

「え? 流しそうめん、蒼たちも参加するの?」

 

「当たり前でしょー。もちろん子供たちが先だけど、子供たちが終わった後は大人の時間。大人のそうめん流しよ」

 

 ……大人のそうめん流し。蒼がそう言うと急にエロく感じてしまうのはなぜだろう。

 

「しろはや鴎も準備に行ってくれてるはずだけど、会ってないの?」

 

「いや、会ってないけど」

 

 役所周辺は流しそうめんの準備でバタバタしていたし、全然気づかなかった。もしかしたら、厨房のある青年会館の方にいたのかもしれない。

 

 ……その後、荷台に積んだゴミを集積場へ持っていくという天善を見送り、俺たちは役所前に戻ることにした。

 

 役所まで少し距離があるけど、流しそうめんの前にお腹を空かせるにはちょうどいいと思う。波の音でも聞きながら、のんびり歩こう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「これは賑やかだね……!」

 

「すごーい!」

 

 そして役所に到着してみると、そこは多くの大人たちが集まっていた。

 

 一方で天日干しにされていた竹も見事に組まれ、一本の立派な流しそうめん台が完成していた。

 

 竹を切り出すのは大変だったけど、瞳を輝かせている羽未や識を見ていると、その苦労が報われた気がする。

 

「あの竹、パイリ君が用意したの? まるで、竹取のパイリね」

 

「そですね!」

 

「いやあ、それほどでもないよ」

 

 静久と紬が広い役所前に設置された流しそうめん台を見ながらそう言ってくれる。実際はほとんどじーさんが切ったんだけど、ここは俺の手柄にしてしまおう。

 

「あ。羽依里がいるよ!」

 

「ちょうどいいところに。ちょっと来て」

 

 ……その時、役所に隣接した青年会館の方から声をかけられた。見ると、その入口に割烹着姿のしろはと鴎が立っていた。この二人、本当に役所にいたんだ。

 

「え、どうしたの?」

 

「この器、流しそうめん台の方に持って行って! ほい!」

 

 思わず出した手の上に、鴎から大量のガラスの器が乗せられた。なんだろうこれ。

 

「落とさないでよー? それ、子供たちが使うんだから!」

 

「ああ、めんつゆを入れる器なのか」

 

「そう! 涼しげでいいよね!」

 

 鴎は笑顔で言うけど、こういう時は竹で作った器を使うんじゃないんだろうか。もしくは、子供が使うんだからプラスチック製の割れない器とかさ。

 

 俺は心の中でそんなことを考えながら、慎重にガラスの器を運ぶ。

 

「この暑い中、ご苦労なことだな。器はそこに置いといてくれ。落とすなよ」

 

 流しそうめん台の近くへ行くと、下流の方で徳田が作業をしていた。

 

「徳田も来てたのか。他に何か手伝うことがないか?」

 

「もう大体の準備は終わった。その器をそこのテーブルに置いたら、子供やカミさんの所でも行ってろ」

 

 俺に背を向けたまま、徳田はひらひらと手を振る。俺は指示された場所に器を置くと、軽く言葉を交わして、その場を離れた。

 

 

 

 

 ……徳田は大学を出た後に島に戻り、家業を継いで徳田スポーツの若社長になった。

 

 同じ島に住むようになっても不思議と縁がなかったんだけど、羽未が小学校に入学した今年の春、突然ピカピカの自転車をくれた。

 

 さすがに俺もしろはも遠慮したんだけど、彼は『パーツまで完全手作りの、オーダーメイド自転車だぞ! 本来ならお前らが容易く手を出せる代物じゃないが、同じ島民のよしみでくれてやる!』と言って、強引に押し付けてくれた。しかも、羽未が小学校の間は無料のアフターサービスまでつけてくれたし、ぶっきらぼうで口下手だけど、いい奴だ。

 

 

 

 

「鷹原、すまないが少し手伝ってくれないか」

 

 ……しろはの指示を仰ごうと青年会館へ向かっていると、今度はのみきから声をかけられた。

 

 見ると、彼女は流しそうめん台の上流でゴムホースを手に四苦八苦していた。

 

「いいぞ。何をすればいい?」

 

「このホースをスタート地点に固定してほしい。その、この島の流しそうめん台は結構な高低差があるから、私の背では厳しくてな」

 

 言われてみれば、この流しそうめん台はスタート地点が俺の目線と同じくらいの位置にあって、なかなかに急勾配だ。水を流すためのホースも役所の脇から伸びている普通のものだし、安定してそうめんを流すため、水に勢いをつける必要があるんだろう。

 

「確かにこの高さだと、のみきじゃ厳しいよな……よし、任せろ」

 

 俺はのみきからホースを受け取ると、竹の端に持っていく。

 

「えーっと、この辺か?」

 

「ああ、そこでいい。あとは、この防水テープで固定してくれるか?」

 

 のみきは俺と流しそうめん台の隙間に潜り込むようにして、そこからちょうどいい大きさに切った防水テープを渡してくれる。

 

「よしきた」

 

 それを受け取っては、しっかりとホースを固定していく。そして近くでのみきが動くたび、その髪が揺れていた。

 

「……のみき、少し気になったんだけど、最近髪伸ばしているのか?」

 

「わかるか? 良一から少し伸ばしてみないかと言われたんだ。夏の間は少し暑いが、冬には良い防寒になりそうだぞ」

 

 嬉しさを隠すことなく、のみきはそう笑っていた。ショートカットがトレードマークののみきが髪を伸ばすなんてどういう風の吹き回しかと思っていたけど、やっぱり良一が関係していたのか、本当、この二人はいつまでもラブラブだな。

 

 

 

 

 ……やがて流しそうめんの準備が整った頃、続々と子供たちが役所にやってきた。

 

「よーっし! 今年こそはチャンピオンを目指すぞー!」

 

「オレだってー!」

 

 やってきた子供たちはやる気に満ち溢れていた。ところで、チャンピオンってなんだろう。

 

「しろは、チャンピオンって何」

 

「え、羽依里、知らないの?」

 

 少し気になったのでしろはに聞いてみると、すごく驚いた顔をされた。

 

 その後の説明によると、この島の流しそうめんは単なる食事にあらず。れっきとした勝負の場であり、年齢によってクラス分けされていたり、きちんとしたルールがあるらしい。

 

「流れてくるものによって得点も違うんだよ。羽依里もしっかり配点を覚えないと、スコア計算できないよ」

 

 得点? スコア計算? しろはは何を言ってるんだろう。今から始まるの、流しそうめんだよな?

 

「それじゃ皆、集まってー。今からのみきがルール説明をするわよー!」

 

 俺が状況を飲み込めずにいると、蒼が大きな声でそう言う。それを合図に、子供たちも輪になって集う。

 

 皆が皆、闘志むき出しだ。どう見ても和気あいあいと流しそうめんを楽しむ雰囲気じゃない。

 

「は、羽依里くん、これから何が始まるんだい? 皆、殺気立っているじゃないか」

 

 識が泣きそうな顔で俺を見て来るけど、俺だって困惑してる。

 

「きょーごーぞろいー」

 

 そんな中、羽未は両手に握りこぶしを作り、やる気に満ち溢れていた。朝のラジオ体操じゃないけど、どんな内容なのか上級生に聞いて知っているのかもしれない。

 

「皆、今年も鳥白島流しそうめん大会の日がやってきた。毎年のように言うが、フェアプレーを心掛けるように」

 

 やがて、そんな子供たちの中心でのみきが挨拶をし、ルール説明を始めた。

 

「まずは配点についてだ。流れてくる普通のそうめんを食べた場合、1点。時々流れてくる赤いのが混ざったそうめんは2点。稀に流れてくるブドウは3点だ」

 

 ……なるほど。しろはの言っていたスコアってのはそういうことらしい。つまり食べた量より、総合得点を競うらしい。

 

「同じく流れてくるキュウリは4点、ミニトマトはなんと5点だ」

 

 のみきの説明が続く。どうして野菜は高得点なんだろう。子供たちからも当然のようにブーイングが飛んでいた。ミニトマトとか、掴みにくいイメージはあるけどさ。

 

「静かにしろ。特に男子はトマト、女子はキュウリが嫌いな子が多いと聞く。優勝したければ、好き嫌いせずに野菜を食べるんだ」

 

 ……そういうことか。嫌いな野菜ほど高得点。たぶん、子供たちの好き嫌い克服の意味も兼ねてるんだろう。

 

「……ちなみに、流れてくるブドウはなんと巨峰だぞ? 徳田が提供してくれたんだ。皆、お礼を言うように」

 

 のみきがそう言うと、大きな拍手が徳田に送られる。皆と少し離れた場所に立っていた徳田は、恥ずかしそうに顔を背けていた。

 

 

 

 

 ルール説明が終わり、まずはファーストクラスの競技の準備が進められていく。小学生のクラスらしく、羽未はどうやらここになるらしい。

 

「競技に熱中するあまり、めんつゆこぼすなよー? 服汚したら、かーちゃんに怒られるぞー?」

 

 良一がそう言いながら、流しそうめん台の前に整列した子供たちにめんつゆの入った器と箸を配っていた。この光景を見ていると、いよいよという感じがしてくる。

 

「はい。羽依里もこの数取器を持って」

 

 そんなことを考えていると、しろはから突然数取器を渡された。これって、交通量を調べたり、カウント999を目指してバトルするアレだよな。

 

「え、これで何するの? バトルランキング?」

 

「違うよ。子供たちは食べるのに集中するから、大人の私たちがこれで得点を数えてあげるの。羽依里は佐藤さんのお孫さんをお願いね」

 

「あ、ああ。了解したよ」

 

 どうやら、そんなルールがあるらしい。俺は先程のみきが言っていた配点を思い出しながら、数取器を手にスタンバイするのだった。

 

 

 

 

「それじゃ、始めるわよー。準備はいい―?」

 

「おー!」

 

「やったらーーー!」

 

「あおねーちゃん、かもーん!」

 

 ……そして、流しそうめん大会(ファーストクラス)が始まった。

 

 そうめんを流すのは、脚立に乗ってスタート地点に立つ空門姉妹。最初は小学生の子供たちということもあり、そうめんの流れも緩やかだ。

 

 更にハンデということで、低学年の子は上流で優先的にそうめんを掴めるように配置されていた。つまり、羽未が一番にそうめんを掴むチャンスがあるわけだ。頑張るんだぞ。

 

「……えい!」

 

 すると、羽未は流れてきたそうめんを華麗にキャッチしていた。さっそく1点。流しそうめんは初めてのはずなのに、上手だった。

 

「んー、おいしいー」

 

 すくったそうめんをめんつゆにつけて、ちゅるちゅるとすする。すごく幸せそうだった。

 

「よいしょー!」

 

 俺が担当になった佐藤さんのお孫さんも、上手にそうめんをすくって口に運んでいた。うんうん。さっそく1点だね。

 

「もらったーーー!」

 

「くっそーーー!」

 

 そんな二人から下流になると、高学年の男の子たちが熾烈な戦いを繰り広げていた。まさに群雄割拠だ。

 

「ミニトマト、いくわよー」

 

「ゲットー!」

 

 蒼が無数のミニトマトを流すと、これも羽未が見事にキャッチしていた。しろはの教育と料理のおかげか、羽未は野菜の好き嫌いはないし、これ見よがしに野菜をスルーしていく下流の子供たちとは裏腹に、おいしそうに食べていた。

 

「……お前たち、野菜をスル―するんじゃない。しっかり食べろ」

 

 ちなみに流しそうめん台の一ゴール地点には、最後まですくわれることなく落ちてきたそうめんや野菜を受け止める竹製のザルが用意されていた。そこまで落ちてきた野菜たちは徳田がサルベージして、子供たちに公平に配分される。

 

「げー、キュウリいらない―」

 

「トマトきらいー」

 

 そして、一様に嫌な顔をされていた。

 

「文句を言うな。この巨峰もつけてやるから、しっかりと食べるんだ」

 

 徳田は少し困ったような顔をして、どこからか巨峰を取り出して子供たちの器に入れてやっていた。やっぱりいい奴だ。

 

「とくだのおじちゃん、ありがとー!」

 

「おじっ……」

 

 徳田は何か言いたそうな顔をしていたけど、子供たちの手前、何も言わずに引っ込んだ。

 

「……なぁ鷹原、俺とお前は同い年のはずなんだが、どうして俺はおじちゃん呼ばわりされるんだ?」

 

 ……と思ったら俺の方にやってきて、小さな声でそう聞いてきた。たぶん、徳田はひげを生やしてるのもあって、年上に見えるんじゃないかな。俺は『うみちゃんのおとーさん』って呼ばれることが多いけど。

 

 

 

 

「おなかいっぱーい!」

 

「まんぞくー」

 

 最初こそ争うようにそうめんを食べていた子供たちだけど、どんどん流れてくるそうめんを食べているうちに皆満腹になったみたいだ。一人、また一人と流しそうめんの台から離れていき、やがてファーストクラスの競技が終了した。

 

 結果、羽未は40点を獲得して3位。さすがに高学年の男の子には勝てなかったけど、野菜好きが功を奏して、得点を荒稼ぎしたみたいだ。

 

「んー、おなかいっぱい!」

 

 俺が担当した子も椅子に座ってお腹を押さえ、満足そうだった。この子の得点は33点。順位は中程といった所だけど、好き嫌いもなく良く食べていたと思う。

 

「よし。続いてセカンドクラスの競技に移ろう。少し準備をするから、待っていてくれ」

 

 のみきがそう言うと、天善が子供たちから使用済みの器や箸を回収して回っていた。天善、いつの間に戻ってきたんだろう。

 

「ほら羽依里、ぼーっとしてないで手伝って」

 

「この器と箸、持っていって!」

 

 そんな天善を何気なく見ていたら、しろはと鴎にそう指示をされた。言われるがままに食器を受け取って流し台に戻ると、そこにはセカンドクラスに参加するらしい堀田ちゃんと夏海ちゃん、識の姿があった。

 

「あれ、参加するのは三人だけ?」

 

「みたいです。元々、このクラスに参加するのは中学生から高校生までなので、私も特例みたいですけど」

 

 先程に比べるとあまりに参加人数が少ないので不思議に思っていると、夏海ちゃんからそんな答えが返ってきた。確かに、二人だけだと盛り上がらないと思う。

 

「そうなんだ。頑張ってね」

 

「はい!」

 

「箸さばきなら自信があるぜ!」

 

 俺は三人に器を手渡した後、再び数取器を手にしながらそう声援を送っておいた。

 

「セカンドクラスですから、水量も増やしますよ。良一ちゃん、お願いします」

 

 参加選手全員の準備が整っているのを見て、スタート地点に立っていた藍が蛇口近くにいる良一に指示を送る。すると、先程に比べて明らかに水量が増した。

 

「……ところで蒼、堀田ちゃんや夏海ちゃんもここに来てるけど、駄菓子屋の店番はどうしてるんだ?」

 

「店はコイナリに任せてるわよー」

 

「ああ……」

 

 コイナリというのはイナリの子供で、昔のイナリそっくりなキツネだ。母親に似て賢い。

 

「あいつが賢いのは知ってるけど、店番が務まるのか?」

 

「これも社会勉強よー」

 

 キツネが人間社会の勉強をして役に立つのかわからないけど、店番の心配がいらないのならそれに越したことはない。

 

「まぁ、普段買い物に来る子供たちのほとんどがこの会場に集まってるから、お客さん自体来ないだろうけどねー」

 

 そう言ってからからと笑う。確かにその通りなんだろうけど、それを言っちゃおしまいな気がする。

 

「……そうそう。言い忘れてたけど、セカンドクラスは時間制限があるの。勝負は10分間よ!」

 

 そしてその時、蒼が思い出したようにそう付け加えていた。なるほど。子供たちの時と違って、時間制限まであるのか。

 

「それでは、セカンドクラスの競技を始めます。三人とも、準備はいいですね?」

 

「はい!」

 

「いつでもいいですよー!」

 

「いざ尋常に、勝負だぜ!」

 

 最終確認をする藍に対し、識たちも大きな声で応えていた。さっきより難易度が上がったとはいえ三人だし、何より知った顔ばかりだ。もしかしたら、さっきより微笑ましい戦いになるかもしれない。俺は担当になった堀田ちゃんの前に立ちながら、そんなことを考えていた。

 

「……鷹原、ぼーっとしている暇はないぞ。ああ見えて、堀田ちゃんは前回大会のチャンピオンなんだ。気を抜くとカウントし損ねるぞ」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ。去年は年上の男子が二人いたんだが、その二人を圧倒してしまったんだ。来年は彼女もオープンクラスにやってくるから、強敵だぞ」

 

 ……待って。堀田ちゃん、そんなに食べるの? すごく華奢な体してるし、とてもそんなふうには見えないんだけど。

 

「それでは、競技スタート!」

 

 俺の一抹の不安をよそに、セカンドクラスの競技が始まった。

 

「よーし、食べますよー!」

 

「お供するぜ、夏海先輩!」

 

 前回優勝者のハンデの意味合いもあるのか、上流から夏海ちゃん、識、堀田ちゃんの並び順。水の流れが速いのもあって、始まってみれば結構な迫力だった。

 

「ほったねーちゃん、がんばれー!」

 

「いっけー! 流しそうめんクイーン!」

 

「流しそうめんクイーン言うなぁ―――!」

 

 子供たちの声援にそんな叫びを返しつつ、堀田ちゃんがそうめんをすくう。これ見よがしに赤いのが混ざってるのを選んでいた。

 

「キュウリにミニトマト、いくわよー」

 

 そうめんの白い波が収まると、続けて野菜が流される。

 

「あ!」

 

「ぶえっ!?」

 

 すると、水の速さに対応できないのか、識や夏海ちゃんがミニトマトを取りこぼす。

 

「はい、キャッチ!」

 

 下流の堀田ちゃんは、そんな二人の取りこぼしを残らずかっさらう。そしてある程度器に溜めておいて、流れるものが途切れたタイミングで一気に食べる。戦略的にも見事だった。前評判通りの展開。さすが、そうめんクイーンは強かった。

 

 

 

 

 ……終わってみれば、セカンドクラスは123点を荒稼ぎした堀田ちゃんの圧勝だった。

 

 識は勢いは良かったものの、そうめんをメインに食べていたせいか総合得点は低めだった。夏海ちゃんもそれに同じ。

 

 堀田ちゃんも得点差が開いてからは、それこそ流していた気がする。流しそうめんだけに。

 

「か、完敗でした~」

 

「うぅ、そうめんクイーン、恐るべしだぜ……」

 

 優勝賞品のメダルを受けとる堀田ちゃんの横で、夏海ちゃんと識はお腹を押さえてぐったりしていた。

 

 悔しそうにしているけど、二人ともそれなりに楽しんでたみたいだし、ここは良しとしよう。

 

 

 

 

「……さて、最後はオープンクラスだな」

 

「え、なにそれ」

 

「蒼が言ってなかったか? これからは、大人の流しそうめん大会だ」

 

 天善が新しい器を大量に持ってきながら、あっけらかんと言う。すっかり忘れてたけど、そんなことを言っていた気がする。つまるところ、せっかく苦労して用意した流しそうめん台を、子供たちが使っただけで崩すのはもったいない。大人たちも楽しもう……ということらしい。

 

「よーし、今年は頑張っちゃうよ!」

 

「キャプテン、がんばれー!」

 

「のみき姉、負けるなー!」

 

 そんなことを考えていると、見知った顔が続々と集まってきた。子供たちも応援してくれているし、なんか盛り上がってきた。

 

「皆さん、きちんと並んでくださーい!」

 

「めんつゆと箸はこっちですよー」

 

 そしてどうやら、空門姉妹に代わって夏海ちゃんと堀田ちゃんがそうめんを流してくれるらしい。どちらもそうめんの入った大きな器を持ちながら、嬉々として脚立に登っていた。

 

「そうそう。男性陣にはハンデとして、もれなくワサビがつきますよ。忘れずに受け取ってくださいね」

 

 堀田ちゃんからめんつゆの入った器を受け取っていると、藍がそんなことを言いながら俺の器にチューブのワサビをこれでもかと出していった。ちょっと、なにしてくれちゃってるの。

 

「一年振りだし、腕が鳴るわねー」

 

「蒼ちゃん、頑張りましょう」

 

 そう言う空門姉妹を先頭にして、流しそうめん台を挟んで鴎と紬、しろはとのみき、俺と良一、静久と天善の順で並ぶ。徳田はさっきまでいたはずだけど、いつの間にか姿が見えなくなっていた。

 

 ……ちなみに、オープンクラスの制限時間はセカンドクラスと同じ10分。そしてスコアは自分たちで数え、後で自己申告するらしい。大人なんだから、ズルなんてしないだろうという判断だ。

 

「それではオープンクラスの競技を始めますよ! ほっちゃん、バルブ全開!」

 

「はい!」

 

 夏海ちゃんの指示で、堀田ちゃんが水道の蛇口を限界まで開ける。するとみるみる水量が増え、流しそうめん台の上は激流と化した。

 

 ゴール地点に用意されているザルもその水量に耐えられるよう、竹製から鉄製に変えられた。この水流に乗ってくるそうめんや野菜を掴むのは、いくら俺たちでも至難の業かもしれない。

 

「オープンクラスでは、これまでの食材に加えてワカメも流します! これを掴めたら、10点ですよ!」

 

 夏海ちゃんがボウルに入ったワカメを高々と掲げる。小さく切られてはいるようだけど、あれはもしかして天善からの差し入れだったりするんだろうか。すごくその、生々しい。

 

「それでは、まずは普通のそうめんから流しますよー! 競技スタートです!」

 

 ……そして、オープンクラスの戦いが始まった。

 

「二人とも、あたしたちが食べるペースなんて考えず、思う存分流していいわよー」

 

「はい!容赦なく行きます!」

 

 そう言うが早いか、激流が真っ白に染まるほどのそうめんが流されはじめた。

 

「よし、もらった!」

 

 俺はそんなそうめんの中から、できるだけ赤いのが混ざったやつを選んで口に運ぶ。

 

「ぶっ!? げっほごほ」

 

 そうめんを口に含んだ直後、たっぷりのワサビが鼻に来た。うおお、駄目だ。とても素早くなんて食べられない。

 

「ぐわあああ!?」

 

「のおおおお!?」

 

 近くにいた良一と天善も同じように苦しんでいた。このハンデ、かなりきつい。

 

「カモメさん、おいしいですね!」

 

「うん! ツムツム、たくさん食べようね!」

 

 そんな俺たちを尻目に、女性陣は流しそうめんを楽しんでいた。中でも鴎はスーツケースに座って優雅にそうめんを食べている。こういう時便利だな、あのスーツケース。

 

「巨峰、流しますよー」

 

「わーい!」

 

 そうめんに続いて、堀田ちゃんが巨峰をばらばらと放り込む。本当、怒涛の勢いだ。

 

 でも、巨峰ならワザビの影響を受けないし、食べやすそうだ。

 

「……見えた! チョレーーーイ!」

 

 そう言って箸を構えた矢先、俺より一つ下流にいるはずの天善の箸が伸びてきて、目の前の巨峰をかっさらった。

 

「……さすが天善、ピンポン玉のように丸い物に目がないな」

 

「ああ。高級フルーツでもあるしな」

 

「……あ」

 

 勝ち誇った顔で巨峰をほおばる天善を見ていたら、隣にいたしろはがそうめんを取りこぼした。さすがに流れが急すぎたみたいだ。

 

「オープンクラスとはいえ、流れが早すぎるよな……ほれ」

 

 それを見た俺は、すかさず別のそうめんをすくってしろはの器に入れてやる。

 

「あ、ありがとう……」

 

 それを受け取ったしろはは、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、ちゅるちゅるとそうめんをすすった。

 

「相変わらず仲が良いわねー」

 

「……そうです。ここはルール変更をしましょう。しろはちゃんは羽依里さんに食べさせてもらったら、スコアが三倍ということで」

 

「「え」」

 

 思わず、俺としろはの声が重なった。なにその妙に恥ずかしいルール変更。

 

「大人の流しそうめんですから、そういうのもアリですよね。さ。思う存分どうぞ」

 

 いや、どうぞと言われても。

 

 俺としろはは思わず見つめ合ってしまう。この大勢の人が見ている中で、あーんをしろと?

 

「はは、しろはもとんだ災難だな」

 

「うう、他人事だと思って……」

 

 そんな俺たちの気持ちなどつゆ知らず、のみきはしろはの向かいでそうめんをすすっていた。

 

「思えば、確かにフェアじゃないですね。では、みきちゃんも良一ちゃんに食べさせてもらったらスコア三倍でいいですよ」

 

「な、なんだと!?」

 

「俺たちもかよ!?」

 

 ……直後、のみきたちにも矛先が向いた。ふふ、これで俺たちは同じ穴の狢だな。

 

 

 

 

「し、しろは、あーん」

 

 やむなくルール変更を受け入れた俺は、高得点を目指すべくしろはにあーんをする。

 

「あ、あー……って、できないし! 恥ずか死ぬし!」

 

 しかし、しろはは俺の箸先にあるミニトマトと同じくらい顔を真っ赤にしながらそれを拒否した。お、俺だって死ぬほど恥ずかしいんだぞ。

 

「まったく、何年夫婦してるんですか。不甲斐ないですね」

 

「こんな公開処刑みたいなことできるかぁ!」

 

 俺は思わず叫ぶ。俺も箸先が震えて、まともに食材を運べないし。落としちゃったら勿体無いし。

 

「何言ってるんです? 良一ちゃんたちを見てください。普通にやってますよ」

 

「ええー……」

 

 藍の指差す先を見てみると、顔を赤くしながらも良一から食べさせてもらっているのみきの姿があった。あのふたり、やるなぁ……。

 

「なにしてるのー?」

 

 その時、羽未が純粋な目をしながらこっちにやってきた。こ、この状況を見られるのはまずい。

 

「うみさん、ストップだぜ!」

 

「わー!?」

 

 ……間一髪。識が羽未の目をふさいでくれた。

 

「向こうで他の子達と一緒に鬼ごっこをしているんだ! うみさんも一緒にやろうよ!」

 

 そして羽未半ばを抱きかかえるようにしながら、俺たちから引き離していった。おかげで助かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……やがて、オープンクラスの競技が終わった。

 

 優勝は350点のスコアをたたき出したのみきだった。藍が下した特別ルールの元、良一に食べさせてもらっていたのだから当然だ。ミニトマトひとつで15点。わかめに至っては、一口で30点だ。破格も良い所だ。

 

 ちなみに俺はというと、なんとかしろはに食べてもらおうと頑張っていたこともあり、競技中にはほとんど食べられなかった。

 

 というわけで、片づけのために誰もいなくなった流しそうめん台で、俺は一人寂しくそうめんをすすっていた。

 

 そうめん余ってるからちょうどいいけど、一人で食べてると何か空しい気分になってくる。

 

「うう、はじゅかしかった……」

 

 そんな折、首から優勝メダルをかけたのみきが、未だ顔を赤くしたままこっちにやってきた。

 

「あ、やっぱり恥ずかしかったのか」

 

「と、当然だろう。夫婦になったとはいえ、あんなこと……人前でやったことがないからな」

 

 ……つまり、二人っきりの時はやってるんだな……なんて感想が浮かんだけど、敢えて口には出さなかった。

 

「そ、それより、鷹原も無理して食べずに持って帰るといい。今、青年会館の厨房からビニール袋をもらってきてやる」

 

 のみきは笑顔でそう言うと、青年会館の方へと歩いていった。どうやら、残ったそうめんが勿体無いから、俺が無理して食べていると思われたらしい。確かに量は多いけど、腹は全然空いてるから別に良かったのに……。

 

「あれぇ。これってもしかして、流しそうめんかなぁ」

 

 そんな感じにのみきの背中を見送った直後、聞いたことのある声が聞こえた。

 

「あれ、聖さんに佳乃さん?」

 

 声のした方を見ると、霧島姉妹が不思議そうな顔をして立っていた。この二人、まだ島にいたんだ。

 

「民宿のご主人。これは何かのイベントなのか?」

 

 聖さんも俺の姿に気づいたらしく、こちらに近づいてきながら聞いてきた。

 

「ああ、島の子供たちと流しそうめんをやっていたんですよ」

 

「竹でできてるなんて、本格的だよねぇ」

 

 抱いていたポテトを地面に降ろして、佳乃さんが興味津々に流しそうめん台を覗き込んできた。

 

 ……その時、佳乃さんのお腹から良い音が聞こえた。

 

「うひゃー、恥ずかしいー……」

 

 彼女は反射的にお腹を押さえる。もうお昼もだいぶ過ぎてるんだけど、もしかしてまだお昼ごはん食べてないのかな。

 

「あの、良かったら食べていきます? そろそろ終わろうかと思っていたんですけど、そうめん、まだ余ってるんですよ」

 

 俺は器に残っているそうめんを指し示しながら、そんな提案をしてみる。

 

「いや、気持ちはありがたいが……さすがにそれは……」

 

「ん? 鷹原、こちらの方々は?」

 

 聖さんが躊躇していると、ビニール袋を手に戻ってきたのみきが、遠慮がちに声をかけてきた。

 

「ああ、この二人はうちの宿泊客だったんだよ。どうやらお昼を食べ損ねたらしくてさ。せっかくだし、余ってるそうめんを食べてもらおうと思うんだけど」

 

「なるほど。そういうことなら、もう一度流しそうめんといこうじゃないか。大勢の方が賑やかだろうし、皆を呼んでくるぞ」

 

 俺が理由を話すと、のみきは笑顔で了承してくれ、そのまま方向転換をして皆を呼びに行った。

 

「……というわけですから、遠慮せずに食べてください」

 

「……すまないな。まさか昼食までご馳走になるとは」

 

「助かったよぉ。昨日お邪魔した港のご飯屋さん、今日は臨時休業になってたし。お腹ペコペコ星人になるところだったよぉ」

 

「ぴこぴこ」

 

 隣でやりとりの一部始終を見ていた霧島姉妹とポテトが、そろって頭を下げる。

 

 そういえば港の食堂、今日は休むって話を高橋さんから聞いたような気がする。まぁ、島ではよくあることだ。

 

「へー、姉妹で観光なんて珍しいわねー」

 

「通天閣Tシャツ……大阪の人ですか?」

 

 そんな会話をしているうちに、のみきから話を聞いたらしい皆が続々とやってきた。

 

「あたしは霧島佳乃! よろしくねー!」

 

「ぴこぴこー」

 

 見るからに人懐っこい性格の佳乃さんを筆頭に、二人と一匹がそれぞれ自己紹介を済ませる。

 

 この姉妹はあくまで旅行者だし、この場限りの出会いとなるのだけど、誰もが自然と受け入れてくれていた。

 

「それで、もう一度流しそうめんをするのねー。器とめんつゆは新しいの用意してきたし、さっそく始めるわよー」

 

 

 

 

 ……それから再び流しそうめんが始まった。

 

 今度はスコアも競わない、普通の流しそうめんだった。食事の途中だった俺も霧島姉妹に混ぜてもらったけど、同じそうめんのはずなのに、こうやって皆と食べると美味しく感じるのはなぜだろう。

 

「カノカノはそうめん好きなんだ?」

 

「好きだよぉ。夏ーって感じがするしねぇ」

 

 そしていつの間にか、佳乃さんの隣に鴎が座っていた。なんかこの二人、似てるよな。

 

「まぁ、霧島さんはお医者様なのね。すごいわ」

 

「大したことはない。親の跡を継いだ、しがない町医者だよ」

 

 その隣では、聖さんが静久と話をしていた。この二人も、どことなく似ている気がする。

 

「むぎぎぎぎー……」

 

「ぴこぴこぴこー……」

 

 そんな二人のまた隣では、紬がポテトを今にも触りたそうな目で見ていた。あの見た目だし、やっぱりぬいぐるみコレクターとしての血が騒ぐんだろうか。

 

「あの、この子を抱いても良いですか?」

 

「いいよぉ。ポテト、お手柔らかにねぇ」

 

「ぴっこり!」

 

 ……許可が出た瞬間、紬はポテトをむぎゅーっとしていた。

 

 元々姿形が似てると思っていたのに、紬が抱いていると大きなワタアメを持っているようにしか見えなかった。見事な擬態だった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それでは、何度も世話になったな」

 

「ばいばいだよぉー!」

 

「ぴこぴこー!」

 

 霧島姉妹はたっぷりと流しそうめんを堪能した後、15時の船で帰ると言って去っていった。

 

 それを見送った後、俺は日陰に腰を下ろし、まったりと食休みをしていた。

 

「よーし! 僕が鬼だぜ! 一人残らず捕まえてあげるよ!」

 

「うわーーー! くるなーーー!」

 

 時間は午後二時。一番暑い時間帯だというのに、識は羽未と一緒に子供たちに混ざり、元気に鬼ごっこをしていた。

 

 鬼ごっこ、さっきもしてなかったっけ。識は本当に元気だなぁ。

 

「うみさん、捕まえたぜ!」

 

「うみゃーーー!」

 

 ……そんな識の目の前にいた羽未が速攻で捕まっていた。どうやら、一緒に遊んでいた上級生たちに押し出される形で、たまたま識の前に出てしまったんだろう。

 

「今度は羽未が鬼だぜー!」

 

「皆、逃げろー!」

 

 そう言うと、上級生たちは一目散に逃げていった。さすが、島の子は足が速い。羽未も運動はできる方だけど、さすがに追いつけそうにない。

 

「よーし、うみさん! 僕と一緒に一緒に皆を捕まえよう!」

 

「うん!」

 

 すると、その様子を見た識がそう言っていた。つまり、羽未を捕まえても識は鬼のままというわけだ。

 

「げー、そんなのありかよー!」

 

「ふえおにって鬼ごっこさ。さあ、鬼の仲間に引き込んであげるよ! うっきょおおぉぉーーー!」

 

「うっきょーーー!」

 

「うわああーーー! にげろーーー!」

 

 そして、羽未と識は同じような叫び声をあげながら子供たちを追いまわし始めた。ゲーム中にこの手のルール変更は良くあることだけど、おかげで羽未も楽しそうだ。

 

「……識は鬼ごっこになると、本当に生き生きとしているな」

 

 そんな様子をぼんやりと眺めていたら、のみきがいつの間にか隣にやってきていた。

 

「ところで鷹原、ものは相談なんだが……今夜、しろは食堂で歓迎会をしようと思っているんだ。参加してくれるか?」

 

「え、歓迎会って誰の?」

 

「誰って、鴎や夏海ちゃんに決まっているだろう。彼女たちは渡りの人だぞ」

 

 思わず聞き返してしまったけど、言われてみればそうだった。特に鴎は夏休み以外にもちょくちょく島にやってきているし、全然旅人って感じがしないんだけど。

 

「そういうことなら、もちろん参加するよ」

 

「鷹原ならそう言ってくれると思っていた。今回はその二人に加えて、識の歓迎会も兼ねようと思っている。彼女にもぜひ参加するように伝えてくれ」

 

 子供たちに混ざって元気に駆け回っている識を見ながら、のみきがそう言う。

 

「わかった。識にも伝えておくよ」

 

「……そういうわけだから、羽依里も歓迎会の準備、手伝ってね」

 

 そのタイミングで、しろはが会話に入ってきた。普段の格好に戻っているし、流しそうめんの片づけは終わったみたいだ。

 

「ああ、料理はできないけど、食材の運搬や掃除は任せてくれよ」

 

 宿泊客が多い時はしろは食堂で食事を提供したこともあるし、普段からある程度の掃除はしている。この後使うにしても、軽く掃除をするだけで使えると思う。

 

「そーいうことなら、羽未ちゃんのことはあたしたちに任せといてー」

 

「鬼ごっこで遊び疲れたら、駄菓子屋でかき氷でもごちそうしてあげますよ」

 

 そんなしろはに続いて、空門姉妹がそう言ってくれた。この二人に任せておけば安心だろう。

 

「わかった。二人とも、羽未をよろしくな。何かあったら、しろは食堂にいるからさ」

 

「りょーかい。しろはも、たまには夫婦水入らずで楽しみなさいよねー?」

 

「べ、別に、普通に準備するだけだし!」

 

 笑顔の空門姉妹にそう茶化されながら、俺たちはしろは食堂へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……食堂の鍵を開けた後、俺はしろはからさっそく食材の買い出しを頼まれた。

 

 思えば歓迎会なんだし、相当な人数が集まる。食材もそれ相応の量が必要のはずだ。

 

「えーっと、これで全部だよな……?」

 

 しろはから渡されたメモを片手に、漁港や港の商店を回って買い物を済ませる。その荷物をバイクの荷台に取り付けたカゴに全部詰め込んでから、しろは食堂へと舞い戻った。

 

 

 

 

 店の脇にバイクを止めて、運んできた荷物を両手に抱える。

 

 思わず顔を上げると、墨文字で書かれた『しろは食堂』の文字が目に飛び込んできた。

 

 この看板は随分前にしろはのじーさんが作ってくれた奴らしいけど、さすが墨。何年経ってもその迫力は色あせない。むしろ絶妙な色落ち加減で、力強さを増してる気さえする。

 

 この食堂も以前のように毎日開けているわけじゃないけど、今日みたいな日は積極的に使ってもらうことにしている。

 

 食堂は人がいてこそだと思うし、何より、ここはしろはと両親の思い出が詰まった場所だから。

 

「しろは、戻ったよ」

 

「いらっしゃい、羽依里!」

 

「羽依里くん、いらっしゃいませだぜ!」

 

 両手に荷物を持ったまま、器用にその扉を開けると……何故かメイド服を着た鴎と識にお出迎えされた。

 

「……ごめんなさい。お店間違えました」

 

 俺はそう言って、再び器用に扉を閉めた。

 

「ええっ、ちょっとちょっと! 待ってよ!」

 

 直後、扉の向こうから叫ぶ声がして、がらがらと扉が開け放たれた。

 

「いや、どうして二人がいるのかわからないんだけど。それになんでメイド服?」

 

「お手伝いに来たら、しろしろが服が汚れるから駄目って言うんだもん。だから、着替えてきたの! カモメイドだよ!」

 

「オニメイドだぜ!」

 

 二人してそう口にして、笑顔で迫ってくる。いや、似合ってるけどさ……。

 

「ごめん……手伝いたいってしつこいから、そんなに手伝いたいならメイド服でも着て来てって言ったの。そしたらまさか、本当に着てくるなんて」

 

 俺が視線を泳がせていると、二人の背後にいたしろはが申し訳なさそうにそう言っていた。この島にメイド服なんてないと思っての発言だったんだろうけど。一体誰が持ってたんだろう。

 

「もしかしたら駄菓子屋さんに売ってるかもって思って行ってみたら、レンタルがあったんだよ!」

 

「ほう。レンタル」

 

 どう考えても空門姉妹の私物だろう。特に、姉の方の。

 

「ところで羽依里くん、この『めいど服』とやらはどういった時に着る衣装なんだい? 見かけの割に動きやすいけど、名前からして仏教の装束なのかい?」

 

 冥土服……ってか。急にオカルトな雰囲気が漂ってきた。

 

「まぁ、お手伝いさんの着る服……かな」

 

「なるほど。奉公人の仕事着ってわけか。それなら、動きやすいのも納得だね!」

 

 奉公人? 少し意味合いが違う気がするけど、本人が納得しているようだし、気にしないことにしよう。

 

 

 

 

 ……そして、俺としろはにメイド二人を加えた四人で、歓迎会の準備を進めることにした。

 

「それじゃ、鴎は鶏肉を切ってくれるかな。床と調理場の掃除は先に終わってるから、羽依里はカウンターを拭いて。識はお座敷の掃除をお願い」

 

 しろはが的確に指示を出してくれ、俺たちはそれぞれの持ち場へ散る。カウンターは隅に埃がたまりやすいし、念入りに拭き上げておかないと。

 

 

 

 

「鴎、鶏肉を一口サイズに切ったら、このタッパーに入れてね。特製ダレに漬け込んで、冷蔵庫に入れておくから」

 

「うん! しろしろの作る唐揚げって味がしみてて、おいしいよねー」

 

「本当なら一晩は漬け込みたいところだけど、今日は時間がないし。本格的に調理に取り掛かる前に、先に下ごしらえだけやっておこうと思って」

 

「……ところでその特製ダレ、配分が気になるんだけど」

 

「教えてあげないよ」

 

「うぅっ……私の台詞が……!」

 

 布巾でカウンターの上を掃除していると、厨房の方から鴎としろはのそんなやりとりが聞こえてきた。

 

「あれ、この鶏肉、筋が多いのかな。なかなか切れない……よいしょ」

 

 そして、どうやら鴎は久々の料理にてこずっているらしかった。

 

「……ぐわあ。おのれ鴎、同族の癖にこの仕打ち……ぐわあぁぁ~」

 

「ちょっと羽依里、やめてくれますか」

 

 その様子を見ていたら急に悪戯心が芽生え、同族の鴎に切られる鶏の気持ちを表現してみたりした。

 

「羽依里、遊んでる暇はないんだよ。カウンターの掃除が終わったら、次は識を手伝ってあげて。お座敷は広んだから。ほら、早く」

 

「わ、わかってるから、ちょっと待って」

 

 直後、しろはに怒られてしまった。うう、ほんの悪戯心なのに……。

 

 

 

 

「……メイド服、ようやく見つけました! しろはさん、手伝いに来ましたよ!」

 

 カウンターの掃除を終えて識を手伝っていると、開け放たれていた入口から夏海ちゃんが走り込んできた。

 

「あれ、もしかして夏海ちゃんも手伝いに来てくれたの?」

 

「はい! 鴎さんに誘われまして!」

 

 満面の笑みでそう答えてくれたけど、その格好は言わずもがな、メイド服だった。

 

 来てくれたのは嬉しいけど、ここにいる三人が三人とも、今日の歓迎会で歓迎される側なんだけど。いいのかな。

 

「ところで夏海ちゃん、そのメイド服どうしたの?」

 

「鏡子さんが持ってたので、借りてきました! 昔は蔵に置いてあったそうですよ!」

 

 そう言ってスカートの端を摘みながら胸を張る。出会った頃と身長はそこまで変わらないのに、胸は大きくなっちゃってまぁ。

 

「あー……見つけて来ちゃったんだ……ど、どうしようかな」

 

 一方、少し古めかしいメイド服に身を包んだ夏海ちゃんを見て、しろはは困った顔をしていた。これは先の二人と同じような理由をつけて、一度追い返したに違いない。

 

「じゃあ、食堂の前をほうきで掃いてくれる? もう少ししたら本格的に料理の準備を始めるから、その時になったらまた呼ぶね」

 

「わかりました! ほうきはこれですね!」

 

 夏海ちゃんは室内に立てかけられていたほうきを掴むと、意気揚々と表に出ていった。

 

 彼女が来たことで、さらにメイドが増えたし。こんな場面を観光客に見られたら、鳥白島にメイドカフェができたとか誤解されそうで怖いんだけど。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……やがて夜。

 

 全ての準備が整い、三人の歓迎会が始まった。

 

「「ようこそ、鳥白島へ―――!」」

 

 そんな掛け声とともに、クラッカーや紙吹雪が舞う。渡りの人の歓迎会では、もはやおなじみの光景だ。

 

 お座敷の一番奥、上座の位置に鴎と識、夏海ちゃんが座り、その対面に静久と紬が座っている。

 

 その隣のテーブルには良一と天善がいて、その向かい……一番入口に近い所には俺と羽未が座っていた。

 

 座敷から離れたカウンター席にはのみきと空門姉妹、そして堀田ちゃんが座り、奥の厨房にしろはがスタンバイ。合計13人。なかなかの参加人数だった。

 

「それでは、まずは三人に簡単に挨拶をしてもらうとしよう。まずは夏海ちゃんからだ」

 

「はい!」

 

 司会ののみきがそう促すと、座っていた夏海ちゃんが元気良く立ち上がる。

 

「えっと、岬夏海です! 今年もまた大好きな鳥白島に来ることができました! 皆さん、今年もお世話になります!」

 

 夏海ちゃんはそう元気に挨拶をして、頭を下げた。一年振りに島にやってきたはずなのに、早くも島に馴染んでいる気がする。

 

「夏海ちゃんは鏡子さんの姪ということで、夏休みの間は鳥白島に滞在することになる。皆、よろしく頼む」

 

 のみきがそう補足するけど、既に皆が知っている事ばかりだった。送られる拍手に何度も頭を下げてから、夏海ちゃんは着席した。

 

「続いて、鴎の番だが……すでに有名人だし、挨拶は不要かもしれないな」

 

「のみきさん、それひどい! 私も挨拶したい!」

 

 笑顔で流そうとしたのみきだったけど、鴎は全力でそれを制してから、立ち上がる。

 

「久島鴎です。今年も鳥白島の皆に最高の夏を届けに来たよー!」

 

 そう言って拳を突き上げる。ノリノリだった。本当に元気だなぁ。

 

「鴎も夏休みの間、島に滞在することになる。サマーキャンプをはじめ様々なイベントでお世話になると思うから、皆もよろしくな」

 

 返事の代わりに、これまた大きな拍手が送られる。それを見て、鴎は満足げな顔をして席に着いた。

 

「それでは、最後に識だな」

 

「神山識さ。よろしくお願いするよ!」

 

 識は先の二人と同じように立ち上がって、そう挨拶をした。

 

「彼女は鷹原の親戚になるとのことで、この夏の間、加藤家に滞在することになった。識も困ったことがあったら、なんでも相談してくれて構わないぞ」

 

「ああ、先輩方、頼りにしてるぜ!」

 

 識は俺たち全員の顔を見渡しながら、満面の笑みを浮かべていた。きっとお世辞でもなんでもなく、識の本心からの言葉なんだろう。

 

 

 

 

「……それでは、乾杯の音頭を年長者である静久さんにお願いしようと思う」

 

「ええ。光栄だわ」

 

 三人の挨拶が終わり、そう指名された静久がグラスを手に立ち上がる。

 

「……そういえば、静久先輩も島は久しぶりのようだけど、彼女は挨拶しないのかい?」

 

 その様子を見て、識が近くののみきにこっそりと聞いていた。

 

「彼女は天善の妻だからな。既にこの島の住民だ。住民が挨拶するのは変だろう?」

 

「言われてみればそうだね」

 

「ふふ、あえて自己紹介をするなら、私は芸術を愛するおっぱいよ。それじゃ、三人がこの島で過ごす夏が素晴らしいものになることを願いつつ……乾パイ!」

 

 この面子を前に硬い挨拶なんて不要だと判断したんだろう。静久は冗談を交えながら、グラスを掲げた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それじゃ皆、たくさん食べてね。おかわりはたくさんあるから」

 

 乾杯の後は、しろはと堀田ちゃんが中心となって料理を配膳してくれた。ちなみに、なぜか堀田ちゃんはメイド服姿だった。

 

 話によると、歓迎会で配膳のバイトをするにあたって、夏海ちゃんから借り受けたらしい。

 

「堀田ちゃん、しろは食堂の新制服、似合ってますね」

 

「それは制服じゃないし!」

 

 カウンターに頬杖をつきながらそんな言葉をこぼす藍を、しろはが全力で否定していた。

 

「ほら、羽未も遠慮してないで、しっかり食べるんだぞ」

 

「うん!」

 

 普段あまり集まらない人数に少し緊張しているらしい羽未の小皿にポテトサラダと唐揚げを取り分けてあげると、嬉しそうにポテトサラダへ箸を伸ばした。

 

「羽未はおかーさんのポテトサラダ、好きだもんな」

 

「すきー」

 

 口いっぱいにポテトサラダを頬張って満足そうだ。唐揚げより先にポテトサラダを選ぶ辺り、やっぱり羽未は野菜が好きなんだろう。

 

「……おお、この唐揚げは絶品だぞ。しろは、ますます腕を上げたな」

 

 そんな俺たちの向かいに座る天善は唐揚げに舌鼓を打っていた。俺も試しに一つ小皿に取って食べてみる。うん。安定のうちの唐揚げの味だ。

 

「こっちの魚は俺が獲ったやつだ。このホウボウの刺身なんか、絶品だぜー?」

 

 良一からは刺身の盛り合わせを勧められる。言われるがままに醤油とワサビをつけて食べてみると、噛めば噛むほど身の旨味があふれてきて美味しかった。しっかり小骨も処理されているようだし、さすがしろはだ。

 

「そうだ。ママカリのお寿司もあるから、食べたい人は言ってね」

 

「しろはさん! 私欲しいです!」

 

「あたしももらえるー?」

 

 カウンターの奥に戻りながら、しろはがそう言う。直後に夏海ちゃんと蒼が手を挙げていた。

 

 ちなみにママカリというのはこの地方でよく食べられる魚で、正式名称はサッパというらしい。小骨が多いから酢漬けにして、アジ寿司のようにして食べるのが定番だ。

 

「んー、しろしろ、このだし巻き卵おいしい!」

 

 一方、鴎はだし巻き卵がお気に入りみたいだ。俺と羽未にしてみればどの料理も食べ慣れた家庭の味なんだけど、それを皆が美味しいと言ってくれる。これ以上の喜びはなかった。

 

 

 

 

「堀田ちゃん、揚げ出し豆腐と枝豆が用意できたから、鴎たちの席に持って行ってくれる?」

 

「りょーかいです!」

 

 ……しばらくすると、皆お酒が入り始める。同時に提供されるメニューも居酒屋っぽくなり、賑やかになってきた。

 

「羽依里くん、このお店はお酒も置いてるんだね」

 

「ああ、民宿の方から運んできたんだ。元々出る数は少ないけど、時々飲みたいって人もいるしさ」

 

 そんな時、自分の小皿に料理を乗せた識が俺たちの席にやってきた。識は当然未成年だろうし、酒の席から逃げてきたみたいだ。

 

「羽依里くんもお酒を飲むのかい?」

 

「時々は飲むけど、今日は飲まないよ。羽未もいるしね」

 

「わきまえているわけだね。うみさん、楽しんでいるかい?」

 

「たのしいー」

 

 羽未はオレンジジュースを飲みながら、羽目を外す大人たちを楽しそうに見ていた。その様子は、どこか達観しているようにも思えた。

 

「……ところで羽依里くん、ここの島民は旅人を迎える度、こうして宴を催すのかい?」

 

 羽未と同じように店の中を見渡して、識が呟くように言う。

 

「毎回ってわけじゃないけどね。皆、なにかしら理由をつけて騒ぎたいだけだからさ」

 

 ……そう口にして、ずっと昔に蒼から同じことを言われたの思い出した。自然とこの言葉が口から出るあたり、俺もすっかり島の人間になったもんだ。

 

「……シキシキ、こんなところにいた!」

 

「ぶえ!?」

 

 心の中でどこか嬉しい気持ちになっていると、識の頭上から声が降ってきた。思わず目線を向けると、そこには顔を赤くした鴎が立っていた。どう見ても、酔っている。

 

「せっかく私がピンクのテントの話をしていたのに、こんなところに来て! ほら、話を続きをするよ!」

 

「か、鴎先輩、放しておくれよ! ぶ、ぶえぇぇぇ……」

 

 識は懇願していたけど、鴎にがっしと着物の襟首を掴まれ、スーツケースのごとく引っ張って行かれた。突然こっちにやってきて不思議に思っていたけど、酔った鴎から逃げてきたのか……。

 

 ……俺はよもやと思いながらも、店の中を見て歩くことにした。

 

 

 

 

「ささ、のみきさん、どーぞどーぞ」

 

「良一、どうした? 急に腰巾着みたいな態度になって」

 

「いやー、のみきさんにはいつもお世話になってますからー」

 

 さっきまで俺の向かいに座っていたはずの良一の姿がないと思っていたら、いつの間にかカウンターの方で、のみきのコップになみなみとお酒を注いでいた。お酌をする良一の方が顔が赤いし、多少飲んでいるんだろう。というか、のみきは甘え上戸らしいけど、飲ませて大丈夫なのかな。

 

「ささ、蒼ちゃん。ぐっと」

 

「さも当然のように飲ませようとしても駄目だから。あたしがお酒弱いの知ってるくせに」

 

 そんなのみきたちの隣では、藍が蒼にお酒を勧めていた。そのラベルには『清酒・蒼殺し』と書かれていた。日本酒っぽいけど、どんなお酒なんだろう。

 

「堀田ちゃんや羽未ちゃんもいるんだから、恥ずかしい姿見せられないわよ」

 

「残念です。酔った蒼ちゃん、かわいいですのに」

 

 藍はそう言いながら、残念そうに自分のコップに口をつける。双子なのに、藍の方はお酒に強いのかな。

 

 

 

 

 ……そして店の一番奥。上座の方では鴎がすごく騒がしくしていた。あいつ、あまり強くない癖に飲みたがるんだよな。

 

「ほらズクズク! コップが渇いてるよ!」

 

「あら、それじゃ少しだけいただこうかしら」

 

 そんな鴎に合わせるように、静久はたしなむ程度に飲んでいた。たぶん、仲間内では一番場数を踏んでいるだろうし、要領が分かっている感じだった。

 

「ほら、ツムツムも! もっとむぎゅ焼酎飲んで! 二階堂だよ!」

 

「はい! エンリョなくいただきます!」

 

 そんな静久の隣で、紬は鴎に薦められるがまま、麦焼酎をごくごく飲んでいた。ほんのり顔が赤い気がするけど、全然酔ってる感じはしない。やっぱり、ドイツ人のハーフだからお酒には強いのかな。

 

「紬さん、すごいですね……」

 

 そんなズッ友の様子を見ながら、夏海ちゃんは言葉を失っていた。

 

 ちなみに夏海ちゃんは識と一緒にしろは特製のミックスジュースを飲んでいた。あれもあれで、美味しそうだけど。

 

 

 

 

「……それじゃ、そろそろ良い頃合いだな」

 

 じわじわとお酒が回り、場の収拾がつかなくなってきたその時、良一が含みを持たせながら立ち上がる。

 

「え、頃合いって何が?」

 

「そりゃもちろん、かくし芸大会さ! んんんーーーパーーーージ!」

 

 そしてそのまま座敷から土間に降り立つと、勢いよく上着を脱ぐ。

 

「うわあああーーー!」

 

 酔った勢いとはいえ、何やってるんだ良一ーー!

 

 その様子を見て、俺はさすがに教育に悪いと思い、とっさに羽未の視界を隠す。父親以外の男の裸なんて、まだ見ちゃいけません!

 

「の、のみきーーー! 良一が裸に―――!」

 

 俺は反射的にのみきに助けを求めるけど、当の本人はカウンターに突っ伏して酔いつぶれているようだった。そ、そんな。

 

「はっはっはー! のみきも良い感じに酒が入っているようだし、今日は誰も俺を止められないぜ!」

 

 良一は勝ち誇った顔でそう返す。歓迎会が始まってからずっとのみきに酒を勧めていたのは、全てはこの時のためだったのか。良一、なんて恐ろしい裸だ……。

 

「……ほう、まさかとは思ったが、そんな作戦を立てていたとはな」

 

 ……俺が絶望した直後、酔いつぶれていたはずののみきが素早い身のこなしで起き上がり、一瞬で良一の背後に立っていた。位置的に見えないけど、良一の動きが止まったところからして、その手には携帯用の小型水鉄砲……ハイドロカリバー零式が握られているんだろう。

 

「……の、のみきさん、すっかり酔われていたのではないのですか……?」

 

「酒が入ればお前の本性が現れると思って、飲んだふりをして見張っていた。ほら、両手を挙げたまま、表に出ろ」

 

「た、たばかったな……」

 

 そしてひきつった顔のまま、良一は表へと連行されていった。

 

「……ぎゃーーーー!」

 

 数秒後、良一の断末魔が響き渡ったけど、誰も気にしている様子はなかった。まぁ、これも島の日常だよな。

 

 

 

 

「……そうだ。余ったごはんを使っておむすび作るけど、食べたい人いる?」

 

 ……宴もたけなわになってきた頃、厨房の奥からしろはのそんな声が飛んできた。

 

「おむすびかい!?」

 

 そして『おむすび』というキーワードに識が一番に反応した。さすが、おむすびの申し子だ。

 

「うん。具材は鮭、昆布、梅干しにしようと思うんだけど。どれがいい?」

 

「全部一つずつお願いするよ!」

 

「え、そんなに食べるの?」

 

 しろはが驚くのも無理はない。俺が見ていただけでも、識は結構な量の料理を食べていたはずだ。もしかして、おむすびは別腹とでも言うんだろうか。

 

「もちろんさ! しろは先輩のおむすびは最高だからね! うみさんも食べようぜ?」

 

「たべるー」

 

「え、羽未ちゃんも食べるの?」

 

「うん!」

 

 しろはは再び驚いていた。この祭りのような雰囲気がそうさせるのか、羽未は普段以上に食べている気がする。これ以上はさすがに食べ過ぎな気もするけど。

 

「うーん……それじゃあ、小さいの一つね。具は何がいい?」

 

「んー、こんぶ!」

 

 渋々了承し、具材のリクエストを受ける。それを皮切りに、のみきや鴎、天善、紬からもおむすびの注文が入った。さながら、おむすびパーティーの装いを呈してきた。

 

 

 

 

「五臓六腑に染みわたるぜ……やっぱり、日本人ならお米を食べるべきさ」

 

 その後、心から幸せそうにおむすびを食べる識を見ながら、俺もおむすびをかじっていた。

 

 ちなみに、俺のは梅干し入り。きちんと種が取られていて食べやすく、ちょうどいい酸味が口の中の油を洗い流してくれるようだった。

 

「全く、識は大袈裟だよ……あ、おむすびやおかず、残ったのは持って帰っていいからね」

 

 しろははそんな識を困ったような笑顔で見つめつつ、たくさんのタッパーを用意してくれていた。良い時間だし、そろそろ歓迎会もお開きだろう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……やがて歓迎会が終わり、俺は皆と一緒に家路に就いた。

 

「羽未ちゃん、疲れて寝ちゃったみたいねー」

 

「はは、俺も驚いたよ」

 

 そんな俺の背中には、気持ち良さそうに寝息を立てる羽未がいた。おむすびを食べた直後、まるで電池が切れたかのように眠ってしまったんだ。

 

 思えば、朝からラジオ体操に竹取り、流しそうめんに鬼ごっこと全力で楽しんでいたし、お腹がいっぱいになったことで限界が来たみたいだ。

 

「あの、本当に片づけをしろはさん一人に任せて良かったんでしょーか」

 

「大丈夫だと思うよ。一応、皆でお皿は洗ったんだし、あの食堂は元々しろはが使っていた場所だから、誰よりも慣れているはずさ」

 

 顔は少し赤いけど、口調からして素面っぽい紬がそんな心配をしていた。本当、紬はお酒に強いんだな。

 

「それに帰ったら羽未を起こして、お風呂に入れる役目を仰せつかっちゃったしさ。羽未は一度寝たらなかなか起きないから、大変なんだよ」

 

「……でも、今は羽未ちゃんが寝てくれて手助かったかもねー。あはは……」

 

 そう言うのは、俺の少し後ろを歩く蒼だ。羽未の寝顔越しに視線を送ると、顔を真っ赤にした藍に抱きつかれながら歩いていた。

 

「えへへー、蒼ちゃーん……」

 

 藍はそれなりに酔ったみたいで、素面の蒼に幸せそうに頬ずりしていた。

 

「こんな藍の姿、見せられないしねー」

 

「そうだな。大好きなあいせんせーだもんなぁ」

 

「ふぁ? 羽依里さん、何を言ってるんれふか。私、酔ってないでふよ。ごーはらですね」

 

「酔ってるやつは皆そう言うんだよ……せめて、自分の足で歩ける程度に酔いを醒ましてから言ってくれ」

 

「本当よねー」

 

 蒼は藍に肩を貸しながら、苦笑いを浮かべていた。俺も何度か酔ったしろはを介抱したことがあるけど、あれって本当に大変なんだよな。それでいて、翌日になったら本人は何も覚えてないからたちが悪い。

 

 ……まぁ、島の夜風が良い感じに酔いを冷ましてくれることに期待しよう。

 

「鴎、今年の夏こそ、島民全員参加の卓球大会……島ポンファイトの開催を所望する!」

 

「ええっ、卓球大会……!?」

 

 その時、俺たちの前を歩いていた天善と鴎がそんな話をしていた。どちらもだいぶお酒は抜けているようだけど、熱く熱く語られた鴎は明らかに引いてる。最近、天善の卓球熱も落ち着いてきたかと思ったんだけど。

 

「あら、始まったわね」

 

 よくあることなのか、そんな天善の隣を歩く静久は笑顔でを崩さずにいた。

 

「楽しそうだけど、島民皆が参加するには卓球台が圧倒的に足りないよ。いきなりは無理じゃないかな……」

 

「そこでパリングルスの卓球台だ。軽くて持ち運びもしやすい。この際、島中に普及させよう。確か、紬が灯台資料館の中に大量のパリングルスの空き容器をストックしている。それを……」

 

「……あなた。紬のものに手を出すのは私が許さないわよ?」

 

「は、はい……失言でした……」

 

 そこまで威勢よく話していた天善だったけど、笑顔の静久に一睨みされて、急に委縮してしまった。さすがの静久も、親友に危害が及ぶとなると黙っていないみたいだ。

 

「……もう。卓球がしたいのなら私がいつでも相手になってあげるから。変な考えはやめてね」

 

 ……お酒が入って本音が出やすくなってるんだろうか。直後、静久の口からそんな言葉が漏れていた。うん。なんだかんだでこの二人もラブラブみたいだ。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「うみさん、見ておくれよ! 石鹸の泡で作ったおむすびだぜ!」

 

「すごーい!」

 

 ……風呂場の方から、二人のそんな楽しそうな声が聞こえる。

 

 羽未は帰宅と同時に目が覚めて、今は識と一緒にお風呂に入っている。

 

 居間に一人残された俺は特にすることもなく、風呂場の方から聞こえてくる声に耳を傾けていた。

 

 あの二人は昨日も一緒に入っていたし、自然な流れだとは思うけど……久しぶりに羽未とお風呂、入りたかったなぁ。ゆくゆくは一緒に入ってくれなくなるんだしさ。

 

「……そのうち、お風呂の残り湯に入るのも嫌がられたりして。はは」

 

 言って、なんだかもの悲しくなった。いつかどこかで、そんな光景を見たことあるような気さえしてくる。

 

「おねーちゃんのかみ、ながーい」

 

「そうかい? 島の女性は皆、髪が長いと思うけどね」

 

「おかーさんとおなじくらいー」

 

 センチメンタルな気分になっていると、そんな会話が聞こえてきた。確かに識は髪が長い気がする。しろはとどっちが長いかな。

 

「でも、おっぱいはおかーさんのほうが大きい―」

 

「そ、それは仕方のないことだよ。僕のはまだ、その、成長期さ」

 

「さわらせてー」

 

「えっ、ちょっとうみさん、それは駄目だよ!?」

 

「どーん!」

 

「ひゃああっ!?」

 

「……」

 

 ……その後の展開を予想した俺は無言でテレビをつけて、そのボリュームを上げたのだった。

 

 

 

 

「羽依里くん、良いお湯だったぜ!」

 

「きもちよかったー」

 

 しばらくして、二人が風呂から出てきた。識は昨日と同じように浴衣を着ている。

 

「……あれ? 羽依里くん、顔が赤いぜ?」

 

「な、なんてもないよ。きっと、歓迎会で他の皆の酒気にあてられたんだ」

 

 思わず視線を逸らしながら、そう誤魔化す。あんな会話が聞こえたせいか、識を直視できなかった。

 

「おとーさん、えにっきー」

 

 その矢先、パジャマ姿の羽未が絵日記帳と色鉛筆を持って膝の上に飛び乗ってきた。小さな重さと同時に、石鹸のいい匂いがした。

 

「よーし、今日はおとーさんが見てやるぞ。何を書くのかな」

 

「えーっとねー」

 

 羽未は真っ白なページを開いて、まずは鉛筆を握る。うまく誘導して、今日こそおとーさんの絵を描かせてやるぞ。

 

「いや、羽依里くんはお風呂に入ってきなよ。その間、うみさんの宿題は僕が見るからさ」

 

「え?」

 

 識が笑顔を浮かべたまま近くに寄ってきた。その拍子に、まだ乾ききってない赤髪から羽未のものとはまた少し違う香りがした。

 

「早くしないと、しろは先輩が帰ってきて『まだお風呂入ってないの?』って怒られるぜ?」

 

「おこられるぜー?」

 

 右から下から、同じように覗き込まれる。というか羽未、識の口調を真似しないで欲しいんだけど。

 

「で、でもさ……」

 

「ほらほら、早くお風呂に入りなよ。しろは先輩が帰ってくる前にさ」

 

「う、うん……わかった、よ……」

 

 ……結局、俺はその二人の勢いに圧されるように風呂場に向かったのだった……。

 

 

 

 

 そして入浴を済ませて戻ってくると、既に絵日記は書き終えられていて、羽未は識と座卓について、折り紙に夢中になっていた。

 

 居間を見渡してみるけど、しろははまだ帰ってきていないみたいだった。俺はそれを確認して、こっそりと絵日記を開く。

 

 

 

 『7月28日 天気:はれ

 

 きょうは、おにのおねーちゃんやひーじーじたちと、たけとりをした。そのあとのながしそうめんがたのしかった』

 

 

 

 ……そんな文章の上に、皆で流しそうめんをする様子や、天を貫かんばかりに巨大な竹を両手に持ったしろはのじーさんが描かれていた。じーさんの持っていた竹は、それだけ羽未にとってインパクトがあったに違いない。

 

 それ以外には、ナベとイナリらしい動物も描かれていたけど、またしても俺は書かれていなかった。

 

「うう、動物たちや、しろはのじーさんにまで負けた……」

 

 がっくりと肩を落としながら、俺は絵日記帳を閉じる。夏休みは長いし、まだまだチャンスはあるだろうから、いいけどさ。

 

 俺は一つ息を吐いた後、入浴で火照った身体を冷ますために縁側に出た。

 

「おお、いい風だ」

 

 沓脱ぎ石(くつぬぎいし)の上に置いてあったサンダルに足を乗せて、夜風を受ける。加藤家の周囲を覆っているのは竹塀で、ほどよく風が通る。俺はその涼しい風を感じようと、自然に目を閉じる。

 

「……ほら、こうすると籠ができるんだ」

 

「すごーい! おねーちゃん、うにも作れる?」

 

「う、うにかい? さすがにそれは作ったことがないよ」

 

「じゃあ、お花はー?」

 

「ああ、花なら作れるよ。こうして、こうさ」

 

「すごーい!」

 

 すると、庭からは夏虫の声が、背後からは識と羽未の声が聞こえた。

 

 まるで姉妹のような会話に耳を傾けながら、夏の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

第五話・完




第五話・あとがき

皆さん、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回は前回の続きとなりました。ようやくメインの流しそうめん大会と、歓迎会を催すことができました。

ちなみに、個人的に執筆時に気合を入れたのが、大人の流しそうめん大会と歓迎会の準備のシーンです。識、鴎、夏海ちゃん(後の堀田ちゃんもですが)のメイド服姿なんて想像するだけで癒されます。

また、歓迎会の後半で皆が酔ったシーンもかなり気合を入れました。紬がお酒に強いのはあくまで私の想像ですので、予想と違ったらすみませんw

さて、次回は海の家でのカレー試食会の他、CLANNADより、芳野夫妻と風子が島にやってきます。恐らくヒトデだらけの話になりそうですが、ファンの方は楽しみにしていてください(*'▽')

では、今回のあとがきはこの辺りで。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。
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