Summer Pockets #3   作:トミー@サマポケ

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第六話 7月29日(前編)

 

 

 

 

 

「羽依里さん!」

 

「うみさん!」

 

「朝ですよ!」

 

「朝だぜ!」

 

 ……朝。元気な二つの声と共に、部屋のふすまが左右同時に開かれる。

 

 一緒に差し込んできた朝日を感じて目を開けると、そこには識と夏海ちゃんが立っていた。

 

「ああ……おはよう。二人とも早いね」

 

 上半身を起こしながら、そう挨拶する。

 

「ああ、鬼の朝は早いんだぜ!」

 

「農家の朝も早いんですよ!」

 

 二人は笑顔で寝室に入ってきたと思うと、仲良く羽未を起こしにかかる。

 

 どうやら、数日前に夏海ちゃんだけで起こせなかったから、今日は識も連れてリベンジに来たみたいだ。

 

「うみさん! 朝ですよ!」

 

「早く起きて、ラジオ体操に行こうじゃないか!」

 

「やー」

 

「ぶえっ!?」

 

 揺り起こされて顔を上げた羽未だったけど、すごく眠たそうに呟いて、顔面から枕にダイブした。うん。相変わらず朝は弱いみたいだ。

 

「うう、二人掛かりでも駄目でした……」

 

 今日は自信があったんだろう。夏海ちゃんがかっくりと肩を落としていた。

 

 ……仕方ないな。ここはおとーさんの出番か。

 

「おーい羽未、起きてラジオ体操に行くよー」

 

「うみゅー」

 

 俺は夏海ちゃんたちと交代して羽未の体を揺するけど、羽未は枕を全力で押さえて、頭をぐりぐり。眠たいんだろうなぁ。

 

「頑張って起きないと、さっそくスタンプ逃しちゃうぞー?」

 

「それも、やーぁー……」

 

 そう言うと、羽未は頭をもたげながら、ゆっくりと起き上がった。よし。なんとか成功だ。

 

「それじゃあ羽未さん、顔を洗いに行きましょう!」

 

「うん……」

 

 まだ眠そうに目をこすりながら、羽未は夏海ちゃんに連れられて洗面所へと消えていった。

 

「相変わらず、おとーさんは上手だね」

 

「はは、もう何年もやってるからね」

 

 俺は自分と羽未の布団を畳みながら、そう答える。ちなみにしろははいつも朝が早いので、布団を畳むのは俺の仕事だ。

 

「……ところでさ。俺もそろそろ着替えたいんだけど」

 

 そして布団を押し入れにしまった後、パジャマの端を摘まみながら識に視線を送る。

 

「ぶえっ……ご、ごめんよ! 玄関で待っているぜ!」

 

 その意図を理解したのか、識は顔を赤くしながら部屋から出ていった。

 

「どかどかと人の部屋に入ってきたと思ったらこれだもんな。微妙なお年頃だなぁ」

 

 俺はそんなことを口にしながら開け放たれたままのふすまを閉めて、ズボンを脱いだ。

 

「おとーさん、きがえはー?」

 

 ……直後、閉めたふすまが勢いよく開かれて羽未が入ってきた。当然、その後ろには夏海ちゃんも一緒だ。

 

「「きゃーーーー!」」

 

 ……そして、加藤家に俺と夏海ちゃんの声が響いた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……それじゃ、行ってくるよ」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 エプロンをつけたしろはに見送られながら、俺たちはラジオ体操が行われる神社へと向かう。

 

 ちなみに先の騒動の後、俺は年頃の女の子にあられもない姿を見せたと、時間ギリギリまでしろはに怒られていた。

 

 お詫びに朝ごはんをご馳走するということで、その場は丸く収まったんだけど、ふすまに鍵はかけられないし、あれは事故だと思う。

 

「えーっと、夏海ちゃん、ごめんね」

 

「い、いえ。気にしないでください」

 

 神社へと続く道を歩きながら、思わず謝る。夏海ちゃんはそう言ってくれたけど、どことなく目が泳いでる気がする。

 

「ししゅんきー?」

 

「?」

 

 一方の羽未は笑顔でそんなことを聞いていた。そんな言葉、どこで覚えたんだろう。

 

「ところで識、その格好どうしたの?」

 

 そんな中で、識の服装が気になった。今日の識は着物でも制服でもない、変わった服を着ていた。

 

「へへ、これかい? 夏海先輩から借りたんだ。この紅葉色が気に入ったんだぜ」

 

「似合ってるよ。その……オーバーオール?」

 

「羽依里さん、今はサロペットって言うんですよ! ファッションなんです!」

 

 記憶にある服の名前を口にすると、夏海ちゃんにそう怒られてしまった。思えば、夏海ちゃんも同じような格好をしていた。確か彼女の実家は神戸にあるって話だし、しっかり流行を取り入れているのかもしれない。

 

「ごめんごめん。島に住んでいると流行とか疎くなるしさ」

 

 すねの少し上あたりで揃えられた丈は涼しげで、なにより動きやすそうだ。鬼ごっこ好きの識だし、機動性を重視したのかもしれない。

 

 

 

 

 ……石段を登り、やがて神社に到着した。今日も相変わらず、いつもの皆が集まっていた。

 

「皆、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

「おはよう。パイリ君たち、ちょうどいい所に来てくれたわ」

 

 境内の一角に集まっていた皆にあいさつに行くと、静久から唐突にそう言われた。なんだろう。

 

「今日のお昼、海の家でカレーの試食会を開こうと思うの。良かったら、パイリ君たちも来てくれないかしら」

 

 ……そういえば、海の家の準備も良い感じに進んでいて、今日くらいから実際に調理できると言っていた気がする。お昼はカレーか。夏っぽくていいよな。

 

「そういうことなら、お邪魔させてもらうよ。羽未も行くよね?」

 

「うん!」

 

 そう尋ねると、羽未も元気な声で賛同してくれた。うんうん。カレーが嫌いな子なんていないよね。

 

「ところで羽依里くん、カレーってなんだい?」

 

「え?」

 

 俺は一瞬耳を疑った。まさか、識は国民食のカレーを知らないんだろうか。

 

「よーしお前らー! 今日も来てるなー! ラジオ体操を始めるぞー!」

 

 ……その時、ラジオ体操大好きさんがやってきた。俺は頭に浮かんだ疑問を打ち明ける暇もなく、ラジオ体操へと身を投じたのだった。

 

 

 

 

「第4の体操! 三半規管の鍛錬! ぐるぐるぐる~!」

 

 ラジオ体操大好きさんが頭を振り回す。

 

「ぐるぐるぐる~!」

 

 俺たちもそれに倣って、頭を振り回す。うおぉ、久しぶりにやると目が回る。

 

「うう、気持ち悪いです……」

 

「世界が回っているよ……!」

 

 夏海ちゃんや識も目が回っているみたいだ。その気持ち、わかるよ……。

 

「よしゅー、ばっちり」

 

 そんな中、羽未は平気な顔をしていた。この体操、予習してどうこうなるものじゃない気もするけど。

 

 

 

 

「よーし! 今日の体操はここまで―!」

 

「「ありがとうございましたーーー!」」

 

「さあ、スタンプとログボはこっちだぞー」

 

 やがて一連の体操が終わり、スタンプとログボが配られ始めた。

 

 羽未たちが受け取っているのを見ると、どうやら今日のログボは梅ジュースみたいだ。

 

「安田さんお手製の梅ジュース、おいしいのよー」

 

 そう言うのは蒼。何度かおすそ分けしてもらったことがあるけど、程よい酸味が癖になった記憶がある。クエン酸のおかげで疲労回復効果もあるし、夏にピッタリの飲み物だと思う。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……ラジオ体操を終えて、これまた四人で加藤家に帰宅する。

 

 玄関をくぐると、いつものように良い味噌汁の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「おかえり。識、準備しておいたよ」

 

「ああ、しろは先輩、すぐに手伝うぜ!」

 

 帰宅するや否や、識はそう言うしろはと一緒に台所へと消えていった。準備? 何の準備だろう。

 

 それとなく夏海ちゃんに視線を送ってみるけど、よくわからない様子で首を傾げていた。まぁ、そのうちわかるかな。

 

 

 

 

 しっかりと手を洗ってから食卓につくと、同時に識が大きなおぼんに大量のおむすびを乗せてやってきた。

 

「お待たせ! 今日は鮭おむすびだぜ!」

 

「え、おむすび?」

 

 おぼんをテーブルに置きながら、識は満面の笑みを浮かべていた。

 

「すごい数ですね。これ、全部識さんが作ったんですか?」

 

「そうだよ。わざわざ私より早く起きて、土鍋でご飯を炊いていたの。ちょうど港で大きな鮭をもらったから、具材に使ってもらえてよかった」

 

 夏海ちゃんが目を丸くしていると、味噌汁と卵焼きを運んできたしろはがそう教えてくれた。ところで、鳥白島近海で鮭なんて獲れるんだろうか。東北や北海道の方で、熊が咥えているイメージしかないんだけど。

 

「さあ、冷めないうちに食べておくれよ!」

 

 着席しながら、識が興奮気味にそう促す。余程自信があるんだろう。

 

「それじゃ、いただこうかな」

 

「「いただきまーす」」

 

 俺たち家族に夏海ちゃんと識を加えた5人。皆で挨拶をして、今日も朝食が始まった。

 

 

 

 

「んー、おいしいー!」

 

 一番におむすびにかじりついた羽未が、歓喜の声をあげる。

 

 俺も一つ手に取ってみるけど、はみ出るほどに大きな鮭の切り身が丸々入った、豪勢なおむすびだった。コンビニとかで売っているような、鮭フレークじゃない。

 

「おお……これは美味しい」

 

 一口かじってみると、焼き鮭の程よい塩気が口の中に広がる。この塩気があるから、おむすびそのものには塩を振ってないみたいだ。

 

「土鍋で炊いているからですかね。お米がおいしいです!」

 

 俺の向かいに座る夏海ちゃんもご満悦みたいで、夢中になっておむすびを食べていた。確かに土鍋で炊いてるからか、お米もふんわりしていて甘い。これはいくらでも食べられるやつだ。

 

「ところで、なんで今日はおむすびなんですか?」

 

 もぐもぐと幸せそうにおむすびを食べながら、夏海ちゃんがそう質問してくる。

 

「昨日、うみさんが言っていたのさ。僕のおむすびを毎日食べたいとね」

 

 ああ……言われてみれば昨日、羽未がそんなこと言っていた気がする。どうやら、その願いを叶えてくれたみたいだ。

 

「泊めてもらうお礼も兼ねて、これから毎日、おむすびを作るぜ!」

 

 そして、識はそう高らかに宣言していた。これだけ美味しいおむすびなら、確かに毎日食べたいかもしれない。

 

 

 

 

「……ところで羽依里、今日の予定は?」

 

 朝食を終えて、真剣な表情で宿題に向かう羽未を見守っていると、しろはがそう聞いてきた。

 

 ちなみに、識と夏海ちゃんは台所で洗い物をしてくれている。

 

「今日は夕方にはお客さんが来るから、お昼からはその準備かな。午前中は時間があると思うけど」

 

 俺は宿泊予定表を見ながら、そう説明する。今日も午前中は羽未のために時間を割けそうだ。

 

「あ、そういえば、お昼なんだけどさ」

 

 その時、ラジオ体操の場で静久に言われたことを思い出し、しろはに話して聞かせた。

 

「……カレーの、試食会?」

 

「そう。良かったら、しろはも一緒にどうかなって」

 

 せっかくなので、そんな感じにしろはも誘ってみた。毎食ご飯を作ってくれてるんだし、たまには楽をさせてあげたい。

 

「……試食会ってことは、タダなんだよね?」

 

「そうだと思うけど……どうして?」

 

 しろはがお金のことを気にするなんて珍しい。俺は思わず聞いてみた。

 

「この島じゃ、チャーハンにお金を出しても、カレーにお金を出す人はいないから」

 

「え、そうなの?」

 

「……私も鏡子さんから聞いたことがあります。かつてこの島で、チャーハンとカレーを巡って壮絶な戦いが繰り広げられたとか」

 

 その時、洗い物を終えた夏海ちゃんが神妙な顔で会話に入ってきた。

 

「あ、夏海ちゃんも知ってるんだね。島の暗黒の歴史を」

 

「はい。チャーハン派閥として、最低限知っておく知識だと言われました」

 

 派閥? 暗黒の歴史? この二人は何の話をしているんだろう。

 

「でもそれ、昔の話なんだろ? 今はそんなの誰も気にしてないんじゃ……」

 

「そんなことないよ。今も毎年8月8日の米の日には、島で大規模なイベントが催されて、優劣を争うんだから」

 

「あー……言われてみれば、そんなイベントあったような」

 

「料理ができない羽依里は毎年設営だけで、実際にイベントに参加したことないもんね。今年は夏海ちゃんもいるし、羽依里にもチャーハン派閥筆頭として、戦場に立ってもらうから」

 

「あ、ああ……」

 

 そう言って、しろはは真面目な顔で俺たちを見る。冗談で言ってるようにも思えなくて、俺たちは黙って頷くしかなかった。

 

 

 

 

「しゅくだい、おわったー!」

 

 それからしばらくして、夏の友に向かっていた羽未が顔を上げる。

 

「よしよし。おとーさんが見てあげるぞ」

 

 俺は宿題を受け取って、中身をチェックする。どうやら今日の宿題は身近な生き物について書かれた文章を読んで、その感想文を書くやつみたいだ。開いたページには、チョウやアリ、バッタといった昆虫の生態について、子供にもわかりやすく書かれていた。

 

「うんうん。しっかり書けていると思うよ」

 

 島に住む羽未にとって、昆虫たちは身近な存在だし。その生態を知ることは良いことだと思う。

 

「ん……?」

 

 そんなページの一番最後に『おうちのひとといっしょに、むしをさがしてみましょう』の一文もあった。なるほど。虫取りか……。

 

「羽未、今日の午前中、虫取りしない?」

 

「むしとり?」

 

「そう。この間のリベンジをしようよ」

 

「うん!」

 

 その流れでそんな提案をすると、羽未は笑顔で了承してくれた。

 

「じゃあ、今日のイベント、虫取りにするんだね」

 

「ああ。この間は全く捕まえられなかったからさ」

 

「りべんじするー!」

 

 言葉の意味が解っているのかいないのか、羽未は両手を突き上げてやる気に満ち溢れていた。

 

「きょうは、おかーさんもいっしょー」

 

「え、私も?」

 

「うん。いっしょにむしとりしたいー」

 

 そして羽未はしろはに思いっきり抱きつきながら、そんなことを口にしていた。この前は俺と二人だったけど、今度はおかーさんも一緒がいいらしい。

 

「うーん……でも、私が家を空けるわけにはいかないよ。いつ予約の電話がかかってくるかもしれないし、誰かが残っていないと」

 

「えー」

 

 直後、しろはは少し困ったような顔をしながらそう口にする。確かに電話番は必要だろうけど……。

 

「それじゃ、私が残ります!」

 

 その時、夏海ちゃんが立ちあがって、そう申し出てくれた。

 

「え、そんなの、悪いよ」

 

「全然かまわないです! 私と識さんで電話番しますので、家族で楽しんできてください!」

 

 本人の知らぬ間に識も巻き込まれてる気もするけど、夏海ちゃんはそう言って胸を叩いてくれた。せっかくだし、ここは夏海ちゃんの厚意に甘えることにしよう。

 

「じゃあ、今日は家族で虫取り大会だな」

 

「やったー! なっちゃん、ありがとー!」

 

 羽未はしろはに続いて、夏海ちゃんに抱きついていた。これは嬉しくてたまらないんだろうなぁ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「皆さん、気を付けて行ってきてくださーい!」

 

「吉報を期待しているぜ!」

 

 ……それから準備を済ませて、俺たちは夏海ちゃんと識に見送られながら加藤家を出発する。目指すはリベンジの地。神社だ。

 

 今朝も蝉は元気よく空を叩いているし、道すがらに見える家々の庭先ではアサガオが無数の花を咲かせている。今日も夏全開といった感じだ。

 

「♪~♪~♪~」

 

 そんな中、麦わら帽子を被り、両の手に虫取り網と虫かごを持った羽未は楽し気に鼻歌を歌っていた。仕事柄、家族そろってのお出かけなんて滅多にないし、羽未はご機嫌だった。

 

 

 

 

 ……程なくして神社に到着し、虫取りを始めることにした。

 

 裏手に回ると、蝶やバッタ、蝉といった虫がたくさんいた。

 

「さあ羽未、頑張れ」

 

「応援してるからね」

 

「いちもーだじーん!」

 

 今日はしろはもいるということもあってか、羽未は意気揚々と虫取り網を構えて、境内を駆ける。さあ、リベンジの時間だ。

 

 

 

 

「かんぜんはいぼく……」

 

 ……30分ほど頑張っただろうか。

 

 羽未は先日よりも気合いを入れて蝶を狙い、バッタを追いかけ、蝉のいる木に飛びついたけど、一匹も捕まえることはできなかった。

 

 惜しい場面は何度もあったんだけどなぁ。

 

「うー」

 

「羽未ちゃん、少し休憩しよう。冷たい麦茶を飲んだら、また元気が出るよ」

 

 明らかに気落ちしている羽未を、水筒を持ったしろはがなだめる。周囲を見た限り虫はいるのに、何故か捕まえられない。どうなってるんだろう。

 

「……こうなったら、島のバタフライハンターに教えを乞うしかないな」

 

「え、そんな人がいるの?」

 

「ああ。たぶん近くにいだろうから、休憩がてらちょっと行ってみようか」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……ということで、俺はしろはと羽未を引き連れて、駄菓子屋にやってきた。

 

「くーださーいなー」

 

「いらっしゃいませ……って、家族そろってどうしたんです?」

 

「あれ、藍?」

 

 蒼か堀田ちゃんがいると思って声をかけると、商品棚のところに藍が立っていて、駄菓子の整理をしていた。

 

「ちょっと蒼に用事があるんだけど……」

 

「蒼ちゃんは奥にいますよ。そのうち出てくると思いますけど、何か食べて待ってますか?」

 

「そうだなぁ……羽未、どれがいい? 一つだけ買ってやるぞ」

 

 藍の提案を受け、俺は羽未を連れて商品棚の方へ向かう。5円チョコからフライダーポテト、ビックリンガムといった駄菓子が並んでいて、賑やかだ。

 

「んーとねー」

 

 そんな駄菓子たちを、羽未は瞳をキラキラさせて見つめていた。

 

「羽未ちゃん、こっちのお菓子がおススメですよ」

 

 ちょっとそこの藍先生。しれっと高額のブルジョワチョコを勧めないで。確かに、売り上げには貢献できるかもだけどさ。

 

 ……ちなみに、しろははアイスクリームストッカーをじっと見つめていた。そういえば、最近しろはがスイカバーを食べているところを見た記憶がない。

 

 元々入荷数も少ないし、買えていないのかな。

 

「これにするー」

 

 そんなことを考えていると、羽未が駄菓子を選び終わったらしい。その手にはさくらんぼ餅が握られていた。

 

「おかーさんもたべよー?」

 

 そして、同じ駄菓子をしろはにも手渡していた。せっかくだし、一緒に食べたいみたいだ。

 

「それじゃ、おかーさんもそれにしようかな」

 

 しろははアイスクリームストッカーから視線を外し、笑顔で駄菓子受け取っていた。うん。さすがに諦めたみたいだ。

 

「じゃあ、おとーさんはうんまい棒にしようかな」

 

 俺はそう言いながら、うんまい棒を適当に二本掴み、さくらんぼ餅と一緒に会計へ持って行く。

 

「はい。ちょうど100万円ですよ」

 

「ほい。100円」

 

「……99万9900円足りないですよ」

 

 いつものお約束をして、対応しくれた藍に代金を支払う。それから親子でベンチに座り、駄菓子を食べることにした。

 

 

 

 

「んー、おいしいー」

 

 羽未は俺としろはの間に座って、もぎゅもぎゅと幸せそうにさくらんぼ餅を食べる。

 

 そんな様子を見ながら、俺も自分のうんまい棒を口に運ぶ。うん。この水分をがっつり持って行かれる感じが懐かしい。

 

「おとーさん、ひとくちちょーだい?」

 

 その時、羽未が俺のうんまい棒を見ながらそう言う。

 

「いいけど、おとーさんのは明太子味だぞ。辛いぞー?」

 

「……おとなのあじ?」

 

「そ、そうだぞ。羽未に耐えられるかな?」

 

「……ちょうせん」

 

 そう言うと目をつむって、はむっと俺のうんまい棒にかじりついた。

 

「おいしいー!」

 

 もぐもぐと口を動かしながら、おいしそうに食べていた。あれ、辛くないのかな。

 

「……そういえば羽依里さんたち、夏海ちゃんを見ませんでしたか?」

 

 その時、藍が店の中からひょっこりと顔を覗かせた。

 

「夏海ちゃん? うちで電話番してくれてるけど」

 

「え、どういうことです?」

 

「いや、実はさ……」

 

 ……明らかに驚いた顔をする藍に、俺は朝の顛末を藍に話して聞かせた。

 

「……ああ、そういうことになったんですね。夏海ちゃん、うまく逃げましたね」

 

「え、逃げたって?」

 

 どうも事の全容が飲み込めないので、詳しく聞いてみることにした。

 

「今日の駄菓子屋はメイドデーということで、堀田ちゃんにメイド服を着て接客をしてもらう予定になっていたのですが……」

 

 なに? メイドデー? 俺の聞き違いかな。

 

「残念ながら、堀田ちゃんは急な体調不良でお休みということで……代わりに夏海ちゃんに声をかけていたのですが、そういう事なら仕方ありませんね」

 

 藍はそう言って肩を落としていた。二人は昨日もしろは食堂でメイド服を着ていたけど、まさか駄菓子屋でもそんな企画が持ち上がっていたなんて。

 

「まったく。なんでしろはちゃんの所では良くて、私と一緒じゃ嫌なんですか。業腹ですね……あむあむ」

 

 藍は不満そうに酢昆布を咥えていた。たぶん、下手に藍の前でメイド服なんて着たら襲われる危険性があるからじゃないかな。

 

「そうです。二人の代わりに、しろはちゃんにメイド服を着てもらいましょうか」

 

「むぐっ!? げほごほ」

 

 急に矛先を向けられ、しろはが盛大にむせていた。どうやら、飲み込んださくらんぼ餅が変な所に入りかけたらしい。藍、さすがに冗談だよな……?

 

 

 

 

「あれ、家族で来るなんて珍しーわねー」

 

 ……やがて俺たちが駄菓子を食べ終わるのを見計らったかのように、蒼が戻ってきた。

 

「おお、待っていたぞ。バタフライハンター蒼」

 

「え、何その称号。かなり恥ずかしいんだけど」

 

 明らかに引いている蒼に、俺は事情を説明する。今頼れるのは彼女しかいない。

 

「……というわけで、羽未に虫取りを教えてほしいんだ。お願いできないかな」

 

「いいわよー。他ならぬ羽未ちゃんのためだし、あたしが一肌脱いであげるわ」

 

「おお、ありがとう。恩に着るよ」

 

 快諾してくれた蒼に俺はお礼を言う。蒼がそう言うと、なんか本当に脱ぎそうで怖いけど。

 

「……ちょっとおとーさん、なんか変なこと考えてない?」

 

「か、考えてない。考えてないよ」

 

 ……直後、蒼にジト目で見られた。どうやら顔に出てたみたいで、俺は慌てて訂正する。危ない危ない。

 

 

 

 

「……それじゃ、空門先生の虫取り教室、はじまりはじまりー!」

 

 蒼は藍を連れだって羽未の前に立ち、そう宣言してくれた。

 

「たのしみー」

 

 羽未は拍手をしながら、前に立つ同じ顔の二人を見ていた。

 

「って、虫取り教室を駄菓子屋の前でやるのか? どうせなら、早速実戦形式で教えてくれてもいいんだけど」

 

「そう慌てないの。まずは座学。網の種類の解説ね」

 

 蒼はそう言うと、いくつもの虫取り網を取り出した。

 

「え、虫取り網ってそんな沢山種類があるのか?」

 

「そうよー。それで、まずはこの網なんだけど……」

 

「くーださーいなー」

 

 蒼が説明を始めようとしたその時、紬がやってきた。

 

「あ、いらっしゃーい。紬がこんな時間に来るなんて珍しーわね。コッペパンでも買いに来たの―?」

 

「いえ、今日は福神漬けを買いに来ました!」

 

「へっ、福神漬け?」

 

 予想外の注文だったんだろうか、蒼は聞き返していた。

 

「そです! この箱に入るだけください!」

 

 紬はそう言って、小さな段ボール箱を蒼の方へと向ける。

 

「袋に小分けしたやつならそれなりの数があるけど……何に使うの? チャーハンの添え物にしては多いわよね?」

 

「はい! 海の家で使います!」

 

「あー、ということはやっぱり、カレーに使う、と……」

 

 なんだろう。福神漬けの使い道を察した蒼は、どこか歯切れが悪そうだ。

 

「んー、使うのは構わないけど、うちで買ったってことは内緒にしといてね。あたしは構わないけど、良く思わない人も島には少なからずいるのよ。だから、これは本土で買ったってことで。OK?」

 

「フェ、Verstanden」

 

 蒼は笑顔なんだけど、どこか怖かった。紬も俺と同じ心境みたいで、思わずドイツ語で返していた。フェアシュタンデン?

 

 

 

 

「……そ、それでは、お邪魔しましたっ」

 

段ボール箱いっぱいの福神漬けを買った紬は、逃げるようにその場を立ち去った。しろはもそうだったけど、この島の住民のカレーに対する嫌悪感みたいなのは何なんだろう。カレー、美味しいのにさ。

 

「ごめんねー。それで、虫取り網の話だっけ」

 

 去っていく紬の後ろ姿を見送った後、蒼は何事もなかったかのように話を戻した。

 

「虫取り網って言っても色々あって、網の部分がナイロンだったり、木綿だったり、もしくは網目が荒かったり細かったり、竿の部分が竹だったりアルミだったりね。あ、伸縮するタイプもあるわよー」

 

 続いて、饒舌に説明してくれる。すごく詳しい。

 

「全部うちのおとーさんの私物だけど、格安で譲ってあげるわよー?」

 

 ああ、そう言えば二人の父親は昆虫学者だって言ってたっけ。しかも、蝶専門の。

 

「……って、勝手に売っちゃっていいのか?」

 

「別にいいと思いますよ。おかーさんの許可は得ていますし、当の本人は今、新種の蝶を求めてネパールに行ってますから」

 

 藍がそう補足する。ネパールってどの辺だっけ。確か、アジアのどっかだった記憶はあるけど。

 

「このアルミのとか軽いし、羽未ちゃんにおススメよー」

 

 そう言って羽未にアルミ製の網を持たせる。確かに片手で持てているし、見かけの割に軽そうだ。

 

「これ、すごーい!」

 

 羽未も嬉々としてその網をふるう。傍から見てもスイングスピードが明らかに違っていた。

 

「へぇ、なかなかにすごいな」

 

「プロ仕様だけど、一度使ってるから今なら半額。おとーさん、どう?」

 

 蒼は笑顔で電卓をたたいて、しろはでなくて俺に見せてきた。

 

「ほ、ほう……」

 

 恐る恐る電卓を覗き込んだ俺は目を丸くする。中古とは言え、さすが昆虫学者ご用達の虫取り網。駄菓子屋にあるまじき値段だった。

 

「こ、こういうのは実際に使ってみないとな。実戦投入したら、使いづらかった武器ってのも世の中には多々あるし」

 

「目が泳いでるわよー? もう、正直に言っちゃいなさいな」

 

「レ、レンタルでお願いできませんか……?」

 

 

 

 

 ……というわけで、虫取り網はレンタルで使わせてもらうことになった。

 

「りべんじー!」

 

 レンタル料だけで300円とかなりでかいけど、羽未が喜んでいるならいいかな。

 

「それじゃ、次は実地演習よ! リベンジの地、神社に行きましょ!」

 

「おー!」

 

「くーださーいなー!」

 

 そんな羽未を先頭に、店番の藍を残して意気揚々と出発しようとした矢先、何人もの子供たちがやってきた。

 

「師匠ー! 久しぶりに鑑定勝負しようぜー!」

 

「僕、とっておきのお宝を見つけたんだ!」

 

「オレも! ばーちゃんが床下に隠してた壺! お宝のにおいがするぜ!」

 

 男の子の一人は自信満々に壺を持っているけど、すごいラッキョウの匂いがしていた。あれ、中身はラッキョウなんだろうなぁ。

 

 ……それにしても鑑定勝負か。懐かしいな。あれ、まだやってるんだ。

 

「あー、そう、ねー。鑑定勝負ねー……」

 

 そんな中、絶妙なタイミングでの来客に蒼は困った顔をしていた。

 

 駄菓子屋の店番としては藍がいるけど、子供たちが鑑定勝負をしたいのは蒼なのだ。昔から、鑑定士役は蒼でないと務まらない。

 

 でもこのままだと、せっかくの空門先生の虫取り教室が中止になってしまう。

 

「……そうだ。今日の鑑定勝負、昆虫鑑定大会にしない?」

 

「「昆虫鑑定大会?」」

 

 その時、蒼がそんな提案をした。

 

「そう。制限時間以内に、一番立派な虫を捕まえてきた人が優勝。優勝者には島の駄菓子屋で使える商品券500円分と、第七代目虫キングの称号を与えるわよ!」

 

「商品券500円分!?」

 

「虫キングの称号!?」

 

 最初は困惑していた子供たちだけど、優勝賞品と称号を聞いて一気に盛り上がる。商品券はわかるけど、虫キングの称号ってもらって嬉しいのかな。

 

「……むしキング!」

 

 そんなことを考えながら隣を見ると、羽未も他の子供たちと同じように瞳を輝かせていた。えぇ、羽未もその称号欲しいの?

 

「羽未ちゃん、これは一世一代の大勝負だよ。頑張ってね」

 

「うん!」

 

 俺が困惑していると、しろはまでが羽未の手を取って、真剣なまなざしでそう告げていた。

 

「し、しろは……そこまで気合い入れるほどのものなの?」

 

「当然だよ。虫キングの称号はこの島において、イノキングの称号と並ぶ名誉あるものだし、子供にとっては最高位の称号なの」

 

 思わず質問すると、熱意を込めた口調でそう返された。よくわからないけど、そういうものらしい。

 

 

 

 

「それじゃ、細かいルールを説明するわよー。皆、集まってー」

 

 ……その後、鑑定に出せる昆虫は一人一匹まで、制限時間は一時間といったルールが取り決められて、昆虫鑑定大会が始まった。

 

 参加者の中で一番小さい羽未にはハンデということで、蒼が指南役としてつくことになったし、これは虫取り教室の方も無事開催されることになりそうだ。

 

 一時はどうなることかと思ったけど、蒼の機転に感謝だ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 やがて子供たちは各自で道具を用意した後、こぞって神社へと向かっていった。

 

「さて、俺たちはどうしようかな……」

 

 当初こそ、リベンジと称して神社に行くつもりだったけど、あれだけの子供たちに先に動かれてしまっては、今更神社というわけにもいかない。

 

「あれだけ一気に動かれたんじゃ、神社ってわけにもいかないわねー。山にでも行く?」

 

 どうやら俺と同じ考えだったんだろう。いくつもの虫取り網を手にした蒼が、山を指差しながら言う。

 

「そうだなぁ」

 

 俺も山の方へ視線を送る。確かに虫はたくさんいそうだけど、住宅地からは少し離れている。時間制限がある以上、移動時間は極力減らしたいところだけど……。

 

「……それなら、いい場所があるよ」

 

 その時、しろはが口を開いた。

 

「え、いい場所ってどこ?」

 

「ため池。誰も行かない場所だけど、ここからそう遠くないし。水があるから、実は色々な虫がいるんだよ」

 

「おお、そうなのか」

 

「おかーさん、ものしりー」

 

 しろはからの思わぬ情報に、俺と羽未は驚嘆の声をあげる。言われてみれば、池の周りに虫がいないわけがない。

 

「よーし。それじゃ、ため池に向けて出発!」

 

「おー!」

 

 羽未と一緒に拳を突き上げて、俺たち四人はため池に向けて歩き出した。

 

 あそこで虫取りをした経験はないけど、こっちにはバタフライハンターの蒼だってついてるんだし。称号と500円分の商品券はもらったようなもんだな。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「まおーえんさつこーりゅーはーーー!」

 

ため池に到着すると、テンションの上がった羽未がそんな言葉を口にしていた。なんだっけそれ。

 

「おかーさんもー」

 

「え、私も?」

 

「うん!」

 

そして、しろはにも無邪気な笑顔を向ける。

 

「そ、それじゃ……れいだーん!」

 

その瞳に射抜かれて、しろははおずおずと指鉄砲を作り、発射した。しろはのれいだん、久しぶりに見たな。

 

「おとーさんもー」

 

「え、俺も?」

 

続けて羽未は同じように俺を見てくる。駄目だ。あの笑顔で見られたら、全面降伏しかない。

 

「あっかんこうさっぽーーー!」

 

そして俺は二本指をおでこにあてた後、前方に向けて高らかにそう宣言した。よし、決まった。圧巻だ。

 

「相変わらず仲が良いわねー」

 

 そんな俺たちの背後で、蒼が腕組みをしながら笑っていた。しまった。恥ずかしい所を全て見られた。

 

 

 

 

 ……ここで見たことは他言無用だと蒼に念を押してから、気を取り直して虫取り教室を始める。

 

「蝶を捕まえる時は、蜜を吸ってる時に花ごと網をかけて、すぐその網をひっくり返すの。その時が一番油断してるから。他にも、蝶が好む花の色は……」

 

 虫取り網を手に、蒼が動作を交えながら羽未を指導してくれていた。さすが昆虫学者の娘だ。動きも様になっていた。

 

 蝶の捕まえ方が中心なのが気になったけど、のちのち他の昆虫にも応用できるかもしれないし、基本を教えてくれるだけで十分だった。

 

「……だいたいこんな感じ。わかったー?」

 

「はい!」

 

 そして蒼のレクチャーを受けた羽未は、緊張した面持ちで返事をしていた。いつの間にか、背筋も伸びているし。

 

「せんせーみたいで、きんちょーする」

 

「緊張?」

 

 気になっていると、羽未がそう言って苦笑いを浮かべていた。

 

「ああ、やっぱり藍と似てるのかしらねー」

 

 それを聞いた蒼は、ひらひらと手を振りながら笑う。まぁ、双子だし。藍先生の授業を受けているような感じになったのかもしれない。

 

「それじゃ、さっそくやってみましょー」

 

「うん!」

 

 今一度気合を入れて、羽未は網を構える。神社の時とは装備も変わったし、今度こそ成果を得たい。

 

「そうだ羽未、おとーさんと勝負しないか?」

 

 やる気に満ち溢れる羽未を見ていると、ふとそんなことを思いついた。

 

「しょーぶ?」

 

「そう。おとーさんと勝負だよ」

 

 俺は蒼が予備として持っていた網を受け取りながら続ける。こういうのって、他人と競った方が上達が早いって言うしね。

 

「わかったー。おとーさん、ほえづらかかないでねー!」

 

「お、おぅ……」

 

 直後、羽未らしからぬ言葉が飛び出してきた。島の男の子から聞いたんだろうけど、意味は解っていないと信じたい。

 

「ふふ、どっちも頑張ってね」

 

 そんな俺たちを、しろはは微笑ましそうに見ている。今日こそ父親の威厳を見せてやるからな。

 

「それじゃ始めるわよー。よーい、どん!」

 

 ……直後、蒼が戦いの始まりを告げる。俺は虫取り網を握りなおし、獲物を探して草藪に視線を巡らせる。

 

「つかまえたー!」

 

「なにっ」

 

 俺が獲物を見つけるより早く、羽未は大きなアゲハチョウをゲットしていた。

 

 ……早い。さっきまで逃げられまくっていたのに。さすが蒼せんせー。どんな秘術を教えたんだ。

 

「おかーさん、みて! ちょうちょ、つかまえた!」

 

「うん。すごいねー。見てたよー」

 

「えへへー」

 

 羽未は捕まえた蝶を素早く虫かごに入れて、嬉しそうにしろはに見せに行った。しろははそんな羽未の頭を優しく撫でてあげていた。

 

「羽依里の負けだね」

 

「い、いや。こういうのは最後に大きいのを捕まえた方が勝ちだと思うし。まだ勝負は終わってないぞ」

 

「……大人げない」

 

 しろはから冷たい視線を浴びせられたけど、俺は開き直って蝶を探し始めた。

 

 

 

 

「完全敗北……」

 

 それから幾度となく蝶を見つけ、何度も網を振るったけど……何故か一匹たりとも捕まえられなかった。

 

「だ、だめだ。降参だ」

 

 汗だくになった俺は早々に勝負を諦めて、蒼が座っている日陰に座り込んだ。

 

「くそー、どうして捕まえられないんだ」

 

「羽依里、腕を振るのが遅いのよ。後、ちゃんと蝶の行く先を読まなきゃ」

 

 隣の蒼がそうアドバイスをくれるけど、今更だ。この暑い中、もう一度立ち上がる力は今の俺には残されていなかった。

 

「えものはっけーん!」

 

「羽未ちゃん、走ったら危ないよっ」

 

 ……そんな俺とは裏腹に、羽未は新たな獲物を求めて元気に走り回っていて、しろははそんな羽未の後ろをおろおろしながら追いかけていた。うん。微笑ましい。

 

「子供が虫取り網持って走り回ってるのを見ると、夏休みって感じがするわねー」

 

 隣に座る蒼も同じ気持ちだったらしく、そんな感想を口にしていた。

 

「あの二人、ああやって見てると本当の親子みたいねー」

 

「……本当の親子だけど?」

 

「……へっ? あれ、あたし、なに言ってるのかしらねー」

 

 ……直後、蒼が変なことを口走っていた。慌てて取り繕っていたけど、暑さにでもやられたのか?

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「あいせんせー、ただいまー!」

 

 虫取りを堪能した羽未は、とっておきの蝶一匹を携えて駄菓子屋に戻ってきた。

 

 するとそこに、先の子供たちに加えて、のみきと鴎の姿があった。

 

「あれ、二人ともどうしたんだ?」

 

「神社にいたら、やってきた子供たちに捕まってしまったんだ。虫取りを手伝ってくれとな」

 

「同じく……キャプテンって呼ばれたら、断れない……」

 

 二人は各々そう口にして、がっくりとうなだれていた。どちらも暑い中を子供達と一緒に動き回って、かなり疲れているみたいだ。

 

「それでは皆さん、捕まえた虫を持って来てください。私と蒼ちゃんが公平に鑑定をします」

 

「よし、頼んだぞオオカマキリ!」

 

「オレのクワガタが優勝だー!」

 

 そして藍に指示されて、子供たちが捕まえた昆虫を提出していく。

 

 結果的に蒼が羽未に助力することになったため、どうやら藍も鑑定士役として加わることになったらしい。

 

「どきどき……」

 

 羽未も緊張した面持ちで大きなアゲハチョウが入った虫かごを渡していた。良い結果が出るといいね。

 

 

 

 

「……蒼ちゃん、このクワガタ、どう思います?」

 

「ノコギリクワガタだし、もうちょっとサイズ欲しいわねー」

 

「こっちのカブトムシとどっこいどっこいですね。後は……」

 

 姉妹は額を突き合わせ、真剣に鑑定をしてくれていた。子供相手とは思えない熱心さだった。

 

 割って入れる雰囲気でもなかったので、俺は羽未の相手をしろはに任せつつ、鴎やのみきと話をしていた。

 

「あのカブトムシは木の上にいたのを、私が撃ち落として捕まえたんだぞ」

 

 今まさに鑑定をされているカブトムシを見ながら、のみきが得意げにそう言っていた。撃ち落としたというくらいだし、水鉄砲を使ったんだろう。

 

「さすがのみき、腕は衰えていないな」

 

「良一よりも遥かに小さい分、狙いをつけるのが大変だったがな。子供たちの手前、面目を保てて良かったよ」

 

 そう言って満足げな顔をしていた。ところで、なんで的が良一基準なんだろう。聞くだけ野暮かな。

 

「ねぇねぇ。羽依里たちもお昼は海の家に行くの?」

 

 その時、鴎がそう聞いてきた。

 

「ああ、ラジオ体操の時に静久に誘われたよ。二人も行くのか?」

 

「うん! 夏といえば、やっぱりカレーだよね!」

 

 嬉々としてそう言う。まったく、鴎は食いしん坊だなぁ。

 

「……羽依里、失礼なこと考えてない?」

 

「考えてないぞ。ほら、そろそろ鑑定結果が発表されそうだ。行こう」

 

 俺は無理矢理話を切ると、蒼たちの元へと向かった。

 

 

 

 

 ……厳正な審査の結果、カブトムシを持ってきた男の子が僅差で優勝となった。本土の満天屋デパートの価格で1000円。立派な角を持った、大きなオスだった。

 

 ちなみに羽未のアゲハチョウの鑑定価格は400円で、4位だった。けど本人は残念がっている様子もなく、満足げな顔をしていた。羽未は羽未なりに家族での虫取りを楽しめたみたいだ。良い夏の思い出になったみたいで、良かった良かった。

 

 

 

 

 

第六話・完




第六話・あとがき

皆さん、おはこんばんちは。トミー@サマポケです。
今回から毎朝、識がおむすびを作ってくれることになりました。基本は前作の夏海ちゃんのチャーハンのように、ログボを使ったものになると思いますが、毎回どんなおむすびが出てくるのか楽しみにされていてください。

そして今回のメインイベントは虫取りでした。それこそ#2の第八話で行った昆虫採集大会を彷彿とさせるような内容にした一方で、アルカっぽさも出してみました。
駆けまわる羽未ちゃんを追いかけるしろはとか、そのまんまですね。蒼の意味深な台詞付きです。
そして次回は海の家でのカレー試食会と、宿泊客として風子が参上予定です。そちらも楽しみにされていただけると嬉しいです。

では、今回のあとがきはこの辺りで。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。
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