Summer Pockets #3   作:トミー@サマポケ

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第七話 7月29日(後編)

 

 

 

 

 ……昆虫鑑定大会が終わった後、ちょうどお昼時になったということで、俺たちは海の家に向かった。

 

 ……はて。何か忘れているような。

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

「パイリ君、来てくれたのね」

 

 俺たち家族に鴎、のみき、そして空門姉妹を加えた7人で海の家にやってくると、何故か水着の上にエプロンをつけた紬と静久が出迎えてくれた。

 

「やっぱり紬も手伝ってたんだ。今日は灯台資料館はお休み?」

 

「いえ、資料館はむりょーかいほー中です!」

 

 なるほど、無料開放中ときたか。つまるところ、鍵だけ開けてきたわけだね。

 

「おお、お前たちも来てくれたか」

 

「待ってたぜー」

 

 そんなことを考えていた矢先、遠くのテーブルについていた天善と良一が手を振って俺たちを呼ぶ。

 

 室内は既にカレーのいい香りが充満していたけど、今日は試食会ということもあって、他にお客さんの姿はなかった。

 

「好きな席に座っていて。もうカレーは完成しているから、すぐに用意するわ」

 

「少々お待ちくださいませ!」

 

 俺たちにそう告げると、二人は厨房へと入っていった。完成しているということは、後は盛り付けるだけなんだろう。

 

「おとーさん、すわろー?」

 

 羽未が始めて見る海の家に目を輝かせながら、俺のシャツを引っ張る。

 

「ああ、先におかーさんと座ってていいぞ。おとーさんは皆の分の水を用意してくるからな」

 

 俺はそう言って、入口に設置されている給水機に向かう。運びやすいように近くにお盆も置かれていたので、人数分のお冷をそれに乗せて、皆の元へと運ぶ。

 

 ……そのタイミングで、改めて店の中を見渡す。

 

 入口こそ土間のようになっているけど、そこから一段高くなって一面の畳張り。その上に背の低い折り畳み式のテーブルが並べられていて、俺たち全員が座ってもまだまだ余裕がある。これは結構な人数が入れそうだ。

 

 そして壁にはスイカの形をしたビーチボールや浮き輪、時代を感じるポスターなどと一緒にいくつかのメニューが貼られていた。

 

 その中にひときわ目立つ文字で『鳥白島名物・チキンホワイトカレー』と書かれていた。つまり、静久が復活させようとしているカレーがこれなんだろう。

 

 また、窓には全て簾(すだれ)がかけてあった。その簾が直射日光を遮ってくれているおかげか、冷房器具は扇風機くらいしかないというのに室内は涼しかった。

 

「皆、お冷持ってきたぞ」

 

「お、さんきゅー」

 

「さすが、民宿の亭主は気が利きますね」

 

「ふっ。藍、褒めても何も出ないぞ」

 

 照れ隠しにそんなことを口にしながらお冷を配り終えると同時、静久と紬がカレーを持ってきてくれた。島の名物カレー、一体どんなのだろう。

 

 

 

 

「鳥白島名物、チキンホワイトカレー。おまちどおさま」

 

 そんな風に期待していたけど、俺たちの前に置かれたのは至って普通のカレーだった。

 

「あれ、名前の割に白くないぞ?」

 

「ええ。使っているのは普通のカレー粉よ」

 

「ズクズク、チキンって名前がついてるけど、これって鶏肉入ってる?」

 

「入っていないわ。具材はシーフードよ」

 

 俺と鴎が一番に疑問を投げかける。なんというか、名前と見た目のギャップが凄い。正直な所、鶏肉の入った白いカレーを想像していたのに。

 

「懐かしーな。これだよこれ」

 

「ああ、このイカの身。当時はピンポン玉のように思えたものだ」

 

 一方、良一と天善は珍しく興奮していた。このカレー、島民にとっては思い出の味でもあるみたいだし、それが十数年ぶりに復活するとなれば、テンションが上がるのも分かるかもしれない。

 

「食べた後でいいから、良かったら感想をきかせてほしいの。きちんとおじいさんの味を再現できているか気になるし」

 

「ああ、お安い御用だ」

 

「それじゃ、いただきまーす!」

 

 各々挨拶をして、チキンホワイトカレーを口に運ぶ。

 

 ……うん。しっかりとスパイスが効いていて、魚介特有の生臭さはない。むしろ、魚介の旨味が感じられて美味しい。

 

「んー、おいしいー!」

 

 羽未もご満悦のようで、弾けるような笑顔でカレーを食べている。羽未には少し辛いかなとも思えるスパイス加減だけど、大丈夫みたいだ。

 

「これは敵情視察。敵情視察だし……」

 

 そんな中、羽未の隣に座るしろはだけが浮かない顔をしていて、何か呟きながらカレーを食べていた。敵情視察? どういう意味だろう。

 

 

 

 

「ふー、食べた食べた。ごちそうさま」

 

「美味しかったわよー」

 

「ありがとう。レシピ通りに作ってみたのだけど問題点とかなかったかしら?」

 

「そーねー」

 

「……シーフードはきちんと下ごしらえできていたと思う。臭みとか全然なかったし」

 

「民宿で料理を出しているしろはちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわ」

 

 さっきは複雑な顔をしていたしろはだったけど、しっかりと味の評価をしていた。俺としても美味しかったし、皆の評価も上々のようだ。

 

「男の子としては、量はどうだったかしら」

 

「あー、俺はもうちょっと飯の量が多い方がいいかもしれないっすね」

 

 良一があごに手を当てながら言う。

 

「そうなると……お米の仕入れ額が……600円じゃ厳しいわね……」

 

 静久は近くに置いてあったノートを開き、うんうんと唸っていた。いくつも付箋がついているし、ずいぶんと使い込んでいるみたいだ。

 

「そうだ皆、忘れずにこれを飲んでいって」

 

 そんなことを考えていると、静久が突然ノートを閉じ、俺たちにパックの牛乳を配ってくれた。

 

「静久、これは?」

 

「におい消しよ。カレー臭、気にする人もいるから」

 

 加齢臭……確かに俺も少しは気になるけど、まだ大丈夫だと思いたい。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……その後、女性陣は改めてカレーの味付けについて討論を始めた。スパイスや隠し味の話が出ていたし、料理のできない俺に口を挟む余地はなく、どことなく居心地の悪さを感じた俺は、パックの牛乳を持ったまま外に出ることにした。

 

「おとーさん、どこいくのー?」

 

 同じように羽未も暇していたんだろう。外に出る俺を見かけると、すぐに追いかけてきた。

 

「ちょっと浜辺を歩こうかと思って。羽未も来るか?」

 

「いくー」

 

 そう言って自然に俺の手を握ってくる。嬉しいなぁ。

 

 

 ……そして羽未と二人、牛乳を片手に浜辺を歩く。

 

 陽射しが一番強い時間帯だけど、浜辺は海風が絶え間なく吹くので、そこまで暑さは感じない。

 

 砂浜の一部には、マテ貝が空けたと思われる穴がいくつもあった。以前、家族で獲りに来たことがあるけど、あの穴に塩を振りかけると潜んでいるマテ貝が驚いて飛び出してくるんだ。俺としても面白かったし、また羽未を誘ってマテ貝取りをしてもいいかもしれない。

 

「あれ、だれかいるー」

 

 そんなことを考えていると、羽未が声をあげる。見ると女の人が一人、砂の上をうろうろしていた。星形のリュック背負い、ずっと下を見ている。何か探しているのかな。

 

「君、何か探してるの?」

 

 下を向いたまま、俺の目の前までじわじわと移動してきたので、そう声をかけてみる。顔はよく見えないけど見ない風貌だし、観光客だろう。

 

「……はっ」

 

 ……その時、目の前にやってきた少女が顔を上げる。目が合った。

 

「あ、ヘンな人です」

 

「なに??」

 

 ……直後、とても失礼なことを言われた。

 

「だって、小さな女の子をつれてますっ。きっと、変態誘拐魔ですっ!」

 

 そう言って騒ぎ立てる。ここが島だからいいけど、町中だったらえらい騒ぎになるところだ。

 

「おとーさんはへんたいじゃないー!」

 

 羽未がすぐに否定してくれるけど、どっちかっていうと誘拐魔って方を否定してほしかった。いや、どっち残されても嫌だけどさ。

 

「じゃあ、誘拐魔なんですかっ。風子、誘拐されてしまいますかっ!?」

 

 そう絶叫しながら頭を抱える。いちいちリアクションが大袈裟だ。

 

「俺は変態でも誘拐魔でもない。第一、この子は俺の娘だ。誘拐なんてあらぬ噂を立てるのはやめてくれ」

 

「……そうでしたか。風子、てっきり島のシティーボーイに声をかけられてしまったのかと思いました」

 

 ……いつの間にか誘拐魔の話はどっか行っていた。というか、島のシティーボーイって既に矛盾しているから。

 

「それで、風子さんはここで何をしているんだ?」

 

「ど、どうして風子の名前を知っているのですかっ。やっぱりヘンな人です!」

 

「さっきから自分で名前言ってただろっ!」

 

「……っ!」

 

 思わず大きな声で突っ込んでしまった。少し怖がってる気もするし、ここはひとつ、大人の対応をしないと。

 

「えーっと、怖がらせたならごめん。俺は鷹原羽依里。この島で民宿を経営しているんだ」

 

「ヘンな人が経営する、ヘンなお宿ですかっ」

 

「健全なお宿だ!」

 

 思わず叫んでしまう。駄目だ。この子相手だと、妙なノリになってしまう。

 

「はぁ……それで、風子さんはさっきから何を探しているんだ? 砂の上ばかり見てたし、何か落としたとか?」

 

 理不尽なことこの上ないけど、気を取り直してそう質問をしてみる。何か探してるのなら、手伝いたい。暇だし。

 

「風子、こう見えて大人の女性なので落とし物なんてしません。風子が探しているのは、ヒトデです!」

 

 探す? ヒトデを? 人を変な人呼ばわりしておきながら、この子も十分に変な子だった。

 

「探してどうするんだ? 食べるのか?」

 

「食べないですっ!」

 

 飛びつかんばかりの勢いで両手を上げて否定された。

 

「それじゃ、ヒトデを捕まえて何するの?」

 

「こうして、愛でるのです」

 

 風子さんはそう言って、たまたま砂の上に落ちていたヒトデを拾うと、まるで大切なもののように胸に抱く。

 

 ……直後、とろけるような表情になった。

 

「ええー……」

 

 俺と羽未は、そんなポワポワな状態の風子さんをただ見つめていた。どう見ても可愛いとは思えないヒトデで、あそこまで幸せそうな顔になれるもんなんだ。

 

 

 

 

 ……それから数分経っても、風子さんは逝ってしまわれたままだった。最初は興味津々だった羽未も、すっかり飽きて今は浜辺で遊んでいる。

 

 俺も放っておいて羽未と遊びたかったけど、俺の質問が発端だった気もするし、このまま場を離れるのは無責任な気がする。

 

「おーい、そろそろ帰ってこーい」

 

 さすがに身体に触れるのはまずいので、目の前で手を振ってみたり、耳元で大きな声を出したりするけど、反応がない。

 

 ……にしても、この幸せそうな顔を見ていると、何かしないといけない気がしてくるな……。

 

 そして俺は、手にしていたパック牛乳のストローの先を、風子さんの鼻に……!

 

「あ、ふうちゃん! こんなところにいた!」

 

 ……その時、背後から女性の声がして、俺は慌ててパック牛乳を背中に隠す。お、俺は何をしようとしていた?

 

「……はっ」

 

 それと同時に、風子さんも戻ってきたみたいだ。

 

「あ、お姉ちゃんです! それではヘンなシティーボーイさん、さようなら!」

 

 俺越しにその姿を見つけたのか、盛大に勘違いした台詞を残して走り去っていった。本当、いろいろな意味で変わった子だった

 

「おとーさーん!」

 

 風子さんを見送った後、今度は羽未に声をかけられた。どうしたのかな。

 

「いきだおれー!」

 

「え!?」

 

 続く言葉に驚いて振り向くと、砂浜の真ん中に識がうつ伏せに倒れていた。どうしてあんなところに。

 

「お、おい識、どうしたんだ」

 

 俺は急いで駆け寄って、その身体を抱きかかえる。砂の上を這ってきたのか、夏海ちゃんから借りたらしい服は砂まみれていた。

 

「は、羽依里くんの声がするよ……」

 

 うっすらと目を開けた識は、消え入りそうな声で言う。どうやら気力を振り絞ってここまでやってきたらしい。

 

 ……直後、識の腹の虫が盛大な音をたてた。

 

「……もしかして識、お腹空いてるのか?」

 

「み、見ての通りさ……」

 

 きゅ~。

 

 腹の虫も共鳴し、今一度大きな音を立てる。昨日もらったおむすびポーチはどうしたんだ。

 

「識、しっかりしろ」

 

 俺はそんな識をお姫様抱っこして、とりあえず海の家へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「え、識ちゃんどうしたんです?」

 

「シキシキ、大丈夫!?」

 

 海の家に入った直後、仲間達が集まってくる。俺は識の服の砂を適当に払った後、靴を脱がせてテーブルに着かせる。

 

「静久、余ってるカレーを使っておむすびを作ってやってくれないか?」

 

「今日はあくまで試食用だったから、もうほとんど残ってないけど、おむすびの具にできるくらいはあるわ。少し待っていて」

 

 俺の言葉を聞いて、静久は厨房へとすっ飛んでいった。自分で言っておいてなんだけど、わざわざカレーをおむすびにしてもらうってどうなんだろう。

 

 

 

 

「さあ識、カレーおむすびだぞ。食べろ」

 

 数分後、ほのかにカレーの香りが漂うおむすびが用意された。見た目は普通のおむすびだから、カレーは中に入っているんだろう。

 

「……いただきます!」

 

 目を開けた識はきちんと挨拶をしてから、おむすびを口に運ぶ。

 

「むぐ……おお、変わった味だけどおいしいぜ!」

 

識は率直な感想を口にしながら、もぐもぐとカレーおむすびを食べる。具材のカレーがあふれ出すこともないし、良い感じに静久が水分を飛ばしてくれているみたいだ。

 

「おいしそうに食べてるけど……もしかして識、これでカレー派閥になったりしないよね」

 

「わからないわよー。ここのカレー、美味しいのは確かだしねー」

 

「ちょっと蒼ちゃん、冗談でもそんな事言っちゃいけませんよ」

 

 ……おむすびを食べる識を眺めていると、しろはと空門姉妹がそんな話をしていた。

 

「それ、何の話?」

 

「ほら、チャーハン派閥とカレー派閥の話よー。羽依里はやっぱりチャーハン派閥よね?」

 

「え?」

 

「まさか、今更カレー派閥だなんて言わないわよねー? もしそうだったら島での立場もあるし、あたしはしばらく加藤家には近づかないようにするけど」

 

「羽依里はチャーハン派閥だし! 絶対だし!」

 

 しろはが立ち上がって語気を強めていた。思い出してみれば、学生時代の俺はしろはの作るチャーハンに惹かれたわけだし。チャーハンが俺としろはを、ゆくゆくこの島との縁を紡いでくれたようなものだ。なら、俺はチャーハン派閥ということになるんだろう。

 

「ウミさんもチャーハン大好きですし、ナツミさんも当然チャーハン派閥ですね!」

 

「後は、鴎と識がどちら側についてくれるかが問題」

 

 ……よくわからないけど、そんな話になっているらしい。

 

 現状、チャーハン派が蒼、藍、しろは、羽依里、羽未、夏海ちゃん、のみき。中立が鴎と識、良一で、カレー派が静久、紬、天善……って感じか。ぶっちゃけ好みの問題だし、無理強いするものでもないと思うけど。

 

「これは、カレー派閥筆頭の静久としては厳しいな」

 

「そうね。だから基本、海の家のカレーは観光客相手の商売になるの。港の方には屋台が出るけど、お昼時に営業するお店はこちら側にはないから」

 

 未だ論議をかわす皆を見ながら、静久が苦笑しながらそう言っていた。頭の切れる静久のことだし、全て計算の上なのかもしれない。

 

「いやー、食べた食べた。静久先輩、このおむすびはなかなかに美味しかったよ!」

 

 そんな折、我関せずと言った様子でおむすびを食べていた識が食事を終え、器を静久の元へと返しに来た。ほっぺにご飯粒ついてるし、夢中て食べたみたいだ。

 

「……ところで、識はどうしてここに?」

 

 お弁当がついていることをやんわりと指摘しつつ、そんな質問をしてみる。

 

「ああ、お昼になったから、呼びに来たんだよ」

 

「え、そうなのか?」

 

「お昼は海の家に行くと言っていたじゃないか。だから、ここに来れば会えると思ったんだ」

 

 識はほっぺについた米粒を指で取りながら、当然のように言っていた。まぁ、辿り着く直前で力尽きたみたいだったけど。

 

「そういえば、電話番をしている夏海先輩から、カレーを『ていくあうと』してきて欲しいって言われたんだけど『ていくあうと』ってなんだい?」

 

 ……屈託なく笑う識を見て、ようやく夏海ちゃんの存在を思い出した。虫取りの関係で彼女に電話番を頼んでいたの、すっかり忘れていた。のんきにカレー食べてる場合じゃない。

 

「静久、カレーをテイクアウトで!」

 

 俺はそう口にしながら立ち上がる。お昼はとうに過ぎてしまっているし、これはすぐに帰らないと。

 

「ごめんなさい。カレーはさっきのおむすびで使ったのが最後だったの」

 

 ……そうだった。鍋に少ししか残ってないのを、かき集めておむすびの具にしてくれたんだった。

 

「じゃあ……しろは、一緒に来てくれ。できるだけ急いで!」

 

「う、うん!」

 

 しろはも血相を変えて立ち上がった。派閥談義で盛り上がっていたとはいえ、しろはもすっかり失念していたみたいだ。

 

「羽未ちゃんはあたしたちが送ったげるから、安心しなさい」

 

「ああ、頼んだ!」

 

 蒼のそんな言葉を背に受けながら、俺としろはは急ぎ加藤家へと戻ったのだった。

 

 

 

 

 ……そして加藤家の玄関を開けると、夏海ちゃんが目の前の廊下にうつ伏せに倒れていた。

 

「うわ、夏海ちゃん、しっかり」

 

「うう、チャーハン……」

 

 思わず駆け寄って抱き起すと、そんなうわごとを言っていた。これは間違いなく、空腹で倒れたみたいだ。

 

「それじゃ、チャーハン作るね。羽依里、夏海ちゃんを居間に運んであげて」

 

「ああ、わかった」

 

 俺は了承して、夏海ちゃんを抱きかかえる。それにしても、一日に二回も空腹で倒れた女の子を運ぶなんて。そうそうあることじゃないと思う。

 

「……空腹で倒れるまで我慢しなくても、何か作って食べてくれればよかったのに」

 

「いえ……家主さんの許可もなしに、勝手にチャーハンを作るわけにはいかなかったので……」

 

 思わず聞いてみると、息も絶え絶えにそんな言葉が返ってきた。

 

 朝の会話からして夏海ちゃんはチャーハン派なんだろうけど、なんとなくだけど、識にカレーのテイクアウトをお願いした経緯が見えてきた。

 

 勝手に料理もできず、苦肉の策として識にカレーのテイクアウトをお願いしたんだろう。これは悪いことしちゃったなぁ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それでは、お邪魔しましたー!」

 

「こっちこそ、電話番ありがとうね」

 

「いえ、久しぶりにしろはさんのチャーハンが食べられて、嬉しかったです!」

 

 ……その後、しろははお詫びの意味を込めて、夏海ちゃんにチャーハンを作ってあげた。

 

 夏海ちゃんはしろはのチャーハンが大好きだし、完全復活してくれたみたいで良かった良かった。

 

 ……ちなみに、半日近く電話番をしてもらったけど、特に予約の電話はかかってこなかったらしい。

 

 一度電話が鳴って意気込んで取ったら「来々軒ですかっ? ラーメンセット一つ!」と言われたらしい。まさかの間違い電話だった。

 

 

 

 

 ……夏海ちゃんを見送ってしばらくすると、羽未と識が蒼に連れられて海の家から帰ってきた。

 

 そんな二人を出迎えた後、俺としろはは民宿の準備に取り掛かった。

 

「羽依里、そういえば今日のお客さん、どんな人たちなのかな。食べ物の好き嫌いとか聞いてる?」

 

「いや、昨日の電話では、特には……」

 

 しろはにそう質問されて、俺は昨日の通話内容を思い出してみる。特に何も言っていなかったと思うけど……。

 

「……そうだ。そのうちの1人はヒトデが好きそうだったから、ヒトデ料理とかどう?」

 

「え、ヒトデ食べるの?」

 

 信じられないようなものを見る目で俺を見てきた。いや、俺に聞かないでほしいんだけど。

 

「ヒトデ……しろはなら料理にできそうな気がするんだけどさ」

 

「熊本の方だと食べることもあるらしいけど、基本は食べないよ」

 

「無理なら、ヒトデの形をしたチャーハンとかでもいいからさ。お願いできないかな」

 

「うーん、頑張ってみるけど……」

 

 しろはは冷蔵庫を開けながら、うんうんと唸っていた。どんな料理ができるのかわからないけど、しろは、頼んだぞ。

 

「それじゃ識、俺たちは部屋の掃除をしよう」

 

「ああ、まかせておくれよ!」

 

 居間で暇そうにしていた識に声をかけると、意気揚々とほうきとちりとりを持ってくる。

 

「それもいいけど、たまには掃除機を使った方が早く綺麗になるぞ。ほら」

 

 そんな識に、俺は倉庫から引っ張り出しておいた掃除機を手渡す。これは随分前に良一からもらった奴なんだけど、まだまだ現役だ。この部屋もたまには隅々まで綺麗にしてやらないと。

 

「それで羽依里くん、これはどうやって使うんだい?」

 

「え?」

 

 識は掃除機の吸い込み口を覗き込みながら微妙な顔をしていた。型が古すぎるし、直感で操作できないのかな。

 

「こっちのコードをコンセントにつないで、本体の電源ボタンを押すだけだよ。古くて音もすごいけど、性能は問題ないはずさ」

 

 俺は一度手本を示してから、識に掃除機を返す。少し間を置いて、識は俺を真似るようにたどたどしく掃除機をかけ始めた。

 

「お、おお……これは精密な操舵技術が必要だね」

 

 まるで鴎みたいなことを言いながら、掃除機を床に滑らせる。でも、型が古くて操作が分からないって感じじゃない。掃除機そのものを初めて触るような、そんな感じだった。

 

 

 

 

「いってきまーす!」

 

 室内の掃除を識に任せて、俺が庭で作業をしていると、玄関から羽未の元気な声がした。

 

 視線だけを玄関に送ってみると、羽未と一緒に金髪がちらりと見えた。どうやら午後からは紬が羽未と遊んでくれるらしい。俺たちは仕事柄、午後から忙しくなることが多いし。今日みたいな日は本当に助かるなぁ。

 

「羽依里、掃除が終わったら、買い出しに行ってほしいんだけど」

 

 そんなことを考えていると、しろはがメモ用紙を手にやってきた。ようやく夕飯のメニューが決まったらしい。

 

「わかった。もうすぐ終わるから、行ってくるよ。港の商店だよな?」

 

「そう。そこまでたくさんないから、よろしくね」

 

 俺にメモを渡すと、そのまま踵を返して家の中へと戻っていった。さすがに忙しいみたいだ。

 

「羽依里くん、掃除終わったぜ!」

 

 その時、室内の掃除を終えた識が声をかけてきた。

 

「そうだ識、一緒に買い出しに行こうか」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ぶえぇぇぇぇえぇぇぇ!」

 

 ……それから数分後。俺は後ろに識を乗せて、バイクで港へと向かっていた。

 

 ちょうど島民は昼食を済ませて小休憩をしている時間帯。時々観光客とすれ違うくらいで、運転そのものは快適だった。風も心地いいし。

 

「ぶえぇぇぇぇえぇぇぇ!」

 

「……ちょっと識、耳元でうるさいんだけど。後、全力で抱きつきすぎて苦しい」

 

「ぶぇっ……だ、だってすごい速さじゃないか。僕が全力で走る時より、遥かに速いよ」

 

「そりゃ、バイクだからな……この前も、軽々と追いついたろ」

 

 怖くて叫んじゃう気持ちも分かるけど、その声がエンジン音よりうるさいってどういうことだろう。しっかりヘルメット被ってるはずなのに。

 

「もう少しスピードを落とすから、落ち着いてくれよ」

 

「ど、努力はするよ……」

 

 それからは多少静かになったけど、識はしっかりと俺の腰に抱きついたままだった。

 

 時速20Kmも出てないし、落ちたりすることはないと思うけど。

 

 

 

 

「なるほど。うみさんは虫取り大会で大きな蝶を捕まえたんだね」

 

「ああ、優勝こそできなかったけど、羽未も楽しそうにしていたぞ。識は虫取り、やったことないのか?」

 

「ないね。虫は苦労して取っても、食べられないじゃないか。山菜なら見つけても逃げないしね」

 

「大事なのはそこなのな……」

 

 10分も走ると、識もバイクに慣れてきたのか、饒舌に話し始める。

 

 だけど、いつもより飛ばすことはしない。港までは時間かかりそうだけど、後ろに識が乗っているんだし、安全運転するに越したことはない。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……その後、商店で無事に買い出しを終え、足りない食材や調味料を手に帰宅する。それから識と二人でしろはを手伝っていると、羽未も帰ってきた。

 

 

 

 

「こんにちはー」

 

 ……やがて17時を回った頃、再び玄関から声がした。どうやら今日のお客さんがやってきたみたいだ。

 

「お待ちしておりました。民宿加藤家へようこそ」

 

「おまちしておりましたー!」

 

 料理を担当しているしろはと識を台所に残し、俺と羽未でお客さんを出迎える。

 

「あらら、可愛らしい店員さんですねっ」

 

「こちら、娘の羽未です。芳野公子様他、三名様でよろしいですか?」

 

「はい。今日はよろしくお願いしますっ」

 

 そこには二人の女性と一人の男性が立っていた。その中で栗色の髪をした女性がぺこりとお辞儀をしてくれ、俺たちもつられてお辞儀を返す。

 

「ほら、祐くんたちも挨拶しないと」

 

「ああ、世話になる」

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

 その女性……公子さんに促されて、背後にいた男女も挨拶をしてくれた。

 

 青い髪をした男性の方はすごくかっこいい人で、男の俺でも思わず二度見してしまった。その手に持ったスイカがすごく気になるけど。

 

「……あれ?」

 

 そして……もう一人の女性の顔に俺は見覚えがあった。

 

「あ、ヘンな人です」

 

 俺と目が合った直後に相手も気付いたようで、開口一番にそう言ってきた。どう見ても、お昼に浜辺でヒトデを探していたあの子だった。

 

「さ、最悪ですっ! ヘンな人の経営する、ヘンなお宿に来てしまいましたっ!」

 

「ちょっと、ふうちゃんっ! す、すみません。妹が大変失礼なことを」

 

「い、いえ……」

 

 唐突に騒ぎ出した妹さんの代わりに、公子さんが謝っていた。隣の男性は止める気配はないし、俺もどう反応していいかわからず、視線を泳がせながらその場に立ち尽くす。羽未に至っては怖いのか、じわりじわりと後退している気までする。

 

「……はっ」

 

 その矢先、騒いでいた妹さんの視線が羽未を捕えた。

 

「そこに、かわいい子がいますっ」

 

 そしてどたどたと玄関を駆けあがると、そのままの勢いで羽未を抱きしめた。むぎゅっといい音がした。

 

「あなたはこの家の子ですかっ」

 

「う、うん」

 

「風子は風子といいます。お友達になりましょう」

 

「え、えー……」

 

 羽未は大抵物怖じしない性格だけど、今回ばかりは少し……いや、かなり引いていた。どうしよう。助け舟を出すべきなんだろうけど……。

 

「……え。これ、どういう状況?」

 

 ……その時、玄関での騒ぎに気がついたのか、しろはがエプロン姿のまま台所からやってきた。

 

 そして見知らぬ少女に抱きしめられている羽未を見て、困惑した表情を浮かべる。しろは、その気持ちわかるぞ。

 

「……それではお客様。さっそくお部屋にご案内いたします。こちらへどうぞ」

 

 ……少し考えて、俺は何も見なかったことにした。敢えて恭しく頭を下げると、そのまま家の奥に向けて歩き出す。

 

「は、はいっ。それでは、お邪魔しますねっ」

 

 そんな俺の意図を組んでくれたのか、公子さんと男性は努めて俺の後に続いてくれた。

 

 

 

 

 ……その後、客室へと移動した俺たちは、民宿の設備の説明を交えながら色々な話をした。

 

 それによると、このかっこいい男性……祐介さんは公子さんと夫婦で、俺が浜辺で出会った風子さんは公子さんの妹になるそうだ。

 

「なるほど……つまり、ふうちゃんと鷹原さんは一度会っていたんですね」

 

「そうなんです。その時になんか、誤解されたみたいで」

 

「ふうちゃん、思い込みが激しい時があるし……ヒトデが絡むと、なおさらね」

 

 公子さんが風子さんの方を見ながら、納得顔をしていた。その様子からして、いつもこんな感じなんだろう。

 

「この島に来ればヒトデに会えると聞いていたので、それはもう死ぬ気で探していましたっ」

 

 誰から聞いたのかわからないけど、そう言って胸を張る。俺が遭遇したのはまさにその現場だったわけだ。

 

 そんな風子さんの服装は、星の飾りがついた帽子と、うっすらと星の模様が入った上着、背中には星型のリュック。ヒトデ好きを前面に押し出していた。

 

「……ところで、このスイカを貰ってくれないか」

 

 その時、祐介さんが困った顔をしながら俺たちの前にスイカを置いた。

 

「えーっと、ずっと気になっていたんですけど、そのスイカはどうしたんです?」

 

「昼間、島を観光していたら、道を歩いていたおじいさんに貰ったんです。たくさん採れたから……と」

 

 俺の疑問には公子さんが答えてくれた。たくさん採れたからって、見ず知らずの観光客にあげるのもどうなんだろう。まぁ、スイカが嫌いな人はいないだろうけどさ。

 

「島の皆さん、観光客の私たちに色々とくださったんですよっ。さすがに持って帰れないので、皆さんで召し上がってくださいっ」

 

 そう言うと、公子さんは自分の鞄からたくさんのミカンやピーマンを取り出す。あれも全部、島の誰かからもらったんだろうか。

 

「……見ず知らずの俺達にさえ、無償で施してくれる。本当、愛にあふれた島だな」

 

 畳の上に並べられた品々を見ながら、祐介さんがしみじみと言っていた。まさか、お客さんから貰い物するなんて思わなかった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「おまたせしましたー」

 

 そして夕食時。俺たちは家族総出で完成した料理を運ぶ。

 

 島の食材を使ったお馴染みの料理もあるけど、メインはしろはが気合いを入れて作ってくれたヒトデチャーハンだ。ヒトデの形に盛りつけられているだけで、味はいつものしろはのチャーハンだから、きっと気に入ってもらえるはずだ。

 

 後はそれっぽい形のコロッケとか、星形のお麩を浮かべたお吸い物とか用意してみた。気に入ってもらえるといいけど。

 

「美味しそうですねっ」

 

「はい! 食べるのはもったいないですが、さっそくいただきますっ!」

 

 風子さんは持っていたインスタントカメラで料理の写真を何枚か撮ると、きちんと手を合わせてからヒトデ型のチャーハンを口に運んだ。

 

「んんーーー! これはお姉ちゃんのチャーハンよりおいしいです!」

 

 風子さんはヒトデチャーハンを頬張りながら、心底嬉しそうな顔をする。一か八かだったけど、うまくいったみたいだ。喜んでもらえて良かった。

 

「この島はチャーハンが名物なのか?」

 

「そうです」

 

 いつもは人見知りするはずのしろはが、はっきりと答えていた。いやいや、別に名物ってわけじゃないから。

 

「チャーハンも美味しいけど、それはしろは先輩の料理が特別なだけさ。この島の名物はやっぱり山菜と魚だぜ?」

 

 そんな折、物怖じしない識が笑顔でそう言う。

 

「なら、これも島で水揚げされた魚なのか?」

 

「はい。今朝揚がったばかりのチヌです。こちらの青ミズの和え物も、島で獲れたものを使っています」

 

 風子さんがヒトデ風料理に舌鼓を打つ一方で、祐介さん達は刺身や小鉢を楽しんでくれていた。

 

 チヌは良一が、青ミズは天善がそれぞれ持ってきてくれたやつだ。こっちも、喜んで盛られているようで何よりだ。

 

 ……それじゃあ配膳も終わったし、俺たちは失礼しようかな。

 

「美味いな。さすが岡崎が勧める宿なだけある」

 

 そんなことを考えていた矢先、祐介さんがそんなことを口にする。

 

「え? 岡崎さんを知っているんですか?」

 

 岡崎さんというのは、俺が学生時代にこの島で知り合った人だ。普段は本土で電気工の仕事をしているらしい。

 

 出会った時にはすでに結婚されていて、お子さんもいたんだけど、今も定期的に島を訪れてくれる。その度、人生の先輩として色々な相談に乗ってもらっているんだ。

 

 気が付けば、すっかり家族ぐるみの付き合いをさせてもらっている気がする。汐ちゃん、そろそろ中学生だっけ。

 

「実を言うと、俺は岡崎と同じ職場でな。一応、入社当時は指導する立場だった」

 

「あ、もしかして愛でスパナを回す男……」

 

「……何?」

 

 その言葉を聞いて、祐介さんの表情が明らかにひきつった。以前酒の席で岡崎さんから聞いた話をそのまま口に出したのだけど、これは言ってはいけない事だったんだろうか。

 

「…………いや、岡崎がそう思うのも無理はないか。俺はかつて、残りの人生は全て愛する人に捧げると誓った。つまり、俺は愛という永久機関を持って、スパナという武器を振るっているわけだ」

 

 祐介さんは箸を置いて、目を隠すようなポーズをしながらそう続ける。音楽には疎いんだけど、まるでラブソングの歌詞のような、歯の浮くような台詞だった。

 

「しかし……岡崎から話は聞いていたが、料理も予想以上に手が込んでいるし、接客態度も申し分ない。まだ若いのに立派だな」

 

「え? あ、ありがとうございます」

 

 そこからの思いがけない言葉に、一瞬素になってしまった。まさか褒められるなんて。

 

「謙遜せず、誇っていいと思う。これも愛が為せる業か」

 

「「は?」」

 

 それに続いた言葉に、俺としろはは思わず声をハモらせる。待って。どうしてそういうことになるの。

 

「だってそうだろう。二人の愛で、宿泊客に思い出という名の……形のない贈り物をするわけだ。その思い出は、この島を、この宿を訪れた全ての人の心にいつまでも残り続けると……俺は信じている」

 

「は、はぁ……」

 

 ……この祐介さん、顔もかっこいいんだけど、言葉も一つ一つがかっこいい。それに言い方は悪いけど、浸っている。

 

「祐くんがああなってしまうのはいつものことなので、気にしないでくださいねっ」

 

 煮魚の骨を丁寧に取り除きながら、公子さんがあっけらかんと言う。なんというか、すごくキャラの濃い人たちだ。

 

「そ、それでは失礼します。どうぞ、ごゆっくり」

 

 この期を逃す手はないと、俺は一礼してからしろはの手を取り、客室を後にした。

 

 愛という言葉を連呼されて、しろはは今にも倒れそうなくらい赤面していたし。ここは逃げさせてもらうことにした。

 

「おかーさん、かおまっかー」

 

「本当だぜ。今にも煙が出そうだ」

 

 急ぎ足で客室を出て、自分たちの部屋へと向かう最中、羽未と識がしろはを見ながら、無邪気にそう言っていた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そしてその日の夜。

 

 食事と入浴を済ませて、まったりと家族の時間を過ごしていると、時計の針はいつしか22時近くになっていた。

 

 さっきまで羽未と一緒に折り紙をしていた識も、欠伸を一つかみ殺した後、寝床がある蔵へと戻っていった。

 

「ふぁ……」

 

 その識を見送った直後、俺も大きな欠伸が出てしまった。机で書き物をしてくれているしろはに悪いと思い、慌てて口をふさぐけど、出てしまったものは戻らない。

 

「そろそろいい時間だし、羽未ちゃんと一緒に寝ていいよ。私ももう少しで終るから」

 

 少しだけ机から顔を上げながら、そう言ってくれた。さすがに申し訳なく思うけど、睡魔には勝てそうもない。

 

「そうだなぁ……それじゃあ羽未、そろそろ寝ようか」

 

 羽未に声をかけながら押入れを開けて、布団を敷く。その間にも、また欠伸が出てしまった。

 

「風子、参上です!」

 

 ……その時、寝室のふすまが開け放たれて、風子さんが踊り込んできた。

 

「「え?」」

 

 俺としろはは完全に虚を突かれて固まってしまった。その間にも、風子さんはずんずんと部屋の中へ歩みを進める。

 

「羽未ちゃん、今日は風子と一緒に寝ましょう!」

 

 そして羽未の手を取り、そう言い放つ。

 

「待て待て。いつの間にそんな約束をしたんだ」

 

「そんなルームサービスがあると書いていましたっ」

 

「悪いけど、この宿にルームサービスはないから」

 

「というわけで羽未ちゃん、行きましょう」

 

「人の話を聞けっ!」

 

 ついお客さんだと言うことを忘れ、大きな声が出てしまった。なんというか、本当に不思議な子だ。

 

「それでは、一緒に寝るのは諦めます。その代わり、少しの間風子と一緒に遊びましょう!」

 

 風子さんは羽未の手を握りつつ、反対の手にトランプを持っていた。無数のヒトデの柄の入ったトランプだ。あんなの、どこで売ってるんだろう。

 

「羽未ちゃん、風子と一緒に遊びましょう!」

 

「うーん、じゃあ、ちょっとだけ……」

 

 懇願する風子さんに根負けし、ついに羽未も首を縦に振った。というか、この子はどうしてここまでして羽未と遊びたいんだろう。

 

「ありがとうございますっ。それでは行きましょう!」

 

「わぁーーー……」

 

 そして返事を聞くが早いか、がっしと羽未を抱きかかえて、あっという間に客室へと戻っていった。なんて速さだ。

 

「……羽未、連れて行かれちゃったけど、良かったのか?」

 

 少しして我に返り、しろはにそんなことを聞いてみる。連れていったのは風子さんなんだけど、時間が時間だ。同室の二人に迷惑がかかったりしないだろうか。

 

「うーん……少しくらいならいいんじゃないかな。こういう出会いも必要だと思うし」

 

 せっかく民宿をやっているのだから、泊まりに来てくれた島外の人とは、羽未も積極的に交流する。これもしろはの教育方針だ。

 

「それではお披露目します! これが風子の必殺技!ヒトデイズドです!」

 

「おおー」

 

 ちょうどその時、客室の方から二人の楽しそうな声が聞こえた。

 

「……今回ばかりは、羽未に悪影響あるかもしれないぞ。急にヒトデ好きになったらどうする?」

 

「さ、さすがにそれは……ないと思いたいけど……」

 

 俺が冗談半分にそう言うと、しろははどこか不安そうに襖の先へと視線を送る。

 

「今日のお客さんとの出会いも、巡り巡って羽未ちゃんのためになる……と、良いな……」

 

 そして自分に言い聞かせるようにそう言って、机の方へ視線を戻した。

 

 苦笑いを浮かべながらその様子を眺めた後、俺は近くに開かれたままになっていた羽未の絵日記帳に目を通す。

 

 

 

 『7月29日 天気:はれ

 

 きょうは、むしとりのりべんじをした。あおせんせーにおそわったら、おおっきなちょうをつかまえられた。ばたふらいますたーすごい!

 

 

 

 ……そんな文章の上に、大きな蝶を捕まえた羽未と、その羽未に拍手を送っている蒼の姿が描かれていた。

 

「はは、今日は蒼の印象が強すぎたなぁ」

 

 結局、俺は虫を一匹も捕まえられなかったし、今日は潔く負けを認めよう。

 

「ほら羽依里、また見てる」

 

 微笑ましい気持ちになっていると、しろはの尖った声が飛んできた。

 

「いや、バタフライマスター蒼の活躍をさ……ふあぁ」

 

 しろはの方を向きながら絵日記帳を閉じると、一層大きな欠伸が出た。どうやら、限界みたいだ。

 

「布団も敷いたんだし、先に寝ていいよ」

 

「羽未もいないし、久しぶりに膝枕とかしてくれたらぐっすり眠れるかも」

 

「し、しないから! ほら、ちゃんと布団で寝て!」

 

 そう言いながらすり寄ってみたけど、しろはは顔を赤くしただけで、膝枕はしてくれなかった。

 

「残念だなぁ……それじゃ、おやすみ」

 

「うん。また明日ね」

 

 しろはに挨拶をしてから布団に潜り込むと、さすがに疲れていたのか、俺の意識はすぐにまどろみの中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

第七話・完




第七話・あとがき



皆さん、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回は海の家でのカレーの試食会と、旅行客としてやってきた芳野さん、公子さん、風子の三人との交流がメインのお話でした。
しれっと岡崎一家にも触れましたが、これは登場フラグでしょうか……?(意味深)

さて、前半は海の家では皆でわいわい試食会……のはずが、予想通りカレーとチャーハンの派閥争いになっていましたね。
そして、完全に忘れ去られてしまっていた夏海ちゃん……不憫です。

後半のCLANNADキャラとのクロスオーバーについては、必死にキャラを思い出しながら書きました。こんな感じでいかがでしょうか?
芳野さんは愛を語り、風子はヒトデを語る。どちらも原作っぽく表現できていたら嬉しいです。
余談になりますが、今回識が夏海ちゃんから借りた服はRewriteの静流の私服をイメージしてもらえるとわかりやすいと思います。

では、今回のあとがきはこの辺りで。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。
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