Summer Pockets #3   作:トミー@サマポケ

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第八話 7月30日

 

 

 

 

「羽依里くん! うみさん! 朝だぜ!」

 

 ……朝。鳥のさえずりと共に、今日も識の元気な声が民宿加藤家に響き渡る。

 

「ああ……識、おはよう」

 

 上半身を起こしながら朝の挨拶をする。右腕に重さを感じて見てみると、羽未が俺の腕を枕にして眠っていた。記憶はないけど、俺が寝た後にしろはが客室から連れて戻ったんだろう。

 

「ほら羽未、もう朝だぞー」

 

「うみゅー……」

 

 自分の腕を軽く揺すりながら、羽未に声をかける。不機嫌そうに眉間にしわを寄せるだけで、起きる気配はない。

 

「……うみさん、本当に朝に弱いんだね」

 

「そうなんだよ。昨日も夜遅くまでお客さんの部屋で遊んでたみたいでさ……おーい」

 

 苦笑する識に返事をしながら、今度は羽未の肩を揺する。そうすることで、ようやく目覚めてくれた。

 

「うー、ヒトデがいっぴき、ヒトデがにひき……」

 

 ……否、まだ寝ぼけているみたいだ。昨日風子さんと遊んだ影響か、意味不明なことを呟いている。

 

「ほらほら、しっかり起きて。顔を洗って、髪も梳かなきゃ」

 

「うんー。おにのおねーちゃん、いこー」

 

 眠そうに目を擦りながら起き上がり、識と一緒に洗面所に向かう羽未を見送ってから、俺は布団を畳み始めた。

 

 

 

 

「いってきまーす!」

 

「いってらっしゃい。三人とも、今日も頑張ってね」

 

「うん!」

 

 エプロン姿のしろはに見送られ、俺たち三人はラジオ体操へと向かう。

 

 今日も蝉は朝からはぎゃーぎゃーと空を叩いているし、雲一つない空からは負けじと太陽の光がさんさんと降り注ぐ。これぞ夏、といった感じだった。

 

「おはよー。今日も早いわねー」

 

 ちりりん。と自転車のベルが聞こえ、振り返るとそこには空門姉妹の母親……空門碧(みどり)さんの姿があった。姉妹を合わせたような顔立ちで、相変わらず若々しい。

 

「おはようございます。碧さんこそ早いですね。今日も本土でパートですか?」

 

「そーなの。月末近いから、もう大忙し。帰りはまた最終便になりそう」

 

「大変ですね。頑張ってください」

 

「ありがとー。三人もラジオ体操、頑張ってねー」

 

 ちりん。ともう一度ベルを鳴らしながら俺達を追い抜くと、颯爽と港の方へ去っていった。あの人は本土でパートしてるんだけど、いつもこんな時間に島を出てるんだな。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「皆、おはよう」

 

「おはよー!」

 

「おはようだぜ!」

 

 石段を登って神社に到着すると、そこには沢山の子供たちに加え、紬と静久、蒼や夏海ちゃんの姿があった。

 

「……あれ、今日はなんか人が少ない気がするな」

 

「藍は朝から職員会議なんだって。準備があるとかで、朝早く飛び出してったわ」

 

 境内を見渡しながら率直な感想を口にすると、蒼が教えてくれた。時々忘れそうになるけど、藍って学校の先生だったな。

 

「鴎さんもサマーキャンプの話し合いがあるとかで、のみきさんと一緒に朝から役所に行くそうです」

 

「ああ、そうなんだ」

 

 堀田ちゃんと木陰でお喋りをしていた夏海ちゃんが寄ってきて、同じく教えてくれる。この感じだと、良一や天善も仕事かなぁ。しょうがないことだけど。

 

「家の前で会った時、鴎さん、カンヅメはいやだよー。とか言いながら、のみきさんに引っ張っていかれてました。朝ごはん、缶詰なんですかね?」

 

「おいおい」

 

 口元に指を当てた夏海ちゃんがそう首を傾げる中、堀田ちゃんが鋭くツッコミを入れていた。夏海ちゃん、その缶詰とは微妙に意味が違うと思うけど。

 

「さあ皆、今日も来てるなー! ラジオ体操を始めるぞー!」

 

 ……そんな話をしていた矢先、ラジオ体操大好きさんがやってきた。今日もラジオ体操が始まる。

 

 

 

 

「第二の体操! 横隔膜の振動だ! うるああああぁぁぁー!」

 

「うるああああぁぁぁーーーー!」

 

 ラジオ体操大好きさんの指示に合わせ、皆で大きな声を出して横隔膜を動かす。

 

「ぶええぇぇぇーーーー!」

 

「むぎゅーーーーーー!」

 

「おっぱーーーーーい!」

 

「チャーーハーーーン!」

 

 大きな声で横隔膜を動かしさえすれば発する内容に決まりはないので、それぞれが好きな言葉を叫んでいた。中には子供たちの前で言っちゃいけない言葉もある気もするけど。

 

「うぅ……羽依里くん、これは本当に運動になっているのかい?」

 

「ラジオ体操大好きさんを信じてやれば、全て運動になるんだ。頑張れ」

 

「ほらそこ! 私語は慎め! ラジオ体操舐めんな!」

 

「す、すみません!」

 

「ぶぇ……あの人はラジオ体操の鬼だね……」

 

「続いて、第三の体操! 一秒間! 真剣な目!」

 

「星屑ロンリネンス……」

 

 ……その後も俺たちは、相変わらずラジオ使わないラジオ体操に精を出したのだった。

 

 

 

 

「今日のラジオ体操はここまで! さあ、スタンプとログボはこっちだぞー」

 

 全身に不思議な疲労感が表れ始めたころ、ようやくラジオ体操が終わり、羽未や識、夏海ちゃんがスタンプとログボを受け取る。今日のログボはまるで木片のような謎の物体だった。

 

「え、なにそれ?」

 

 笑顔で俺の方へ戻ってきた三人が手にするものを指差しながら、俺は思わず聞いていた。

 

「何を言っているんだい。これは鰹節じゃないか」

 

 その問いには、識がすぐに答えてくれた。言われてみれば、小さいけど鰹節だ。削る前の状態だけど。

 

「これを一人一本あげるなんて、相変わらず島のログボは太っ腹だなぁ」

 

「おいしそうー」

 

「はい! これで朝から鰹節チャーハンが作れますよ!」

 

 夏海ちゃんは本当に嬉しそうにログボの鰹節を掲げていた。さすが、チャーハンの申し子だ。

 

「そーいえば、明日は羽依里がログボ当番の日だったわねー。頑張って用意しなさいよー?」

 

「え?」

 

 ……そんな夏海ちゃんを微笑ましく見ていたら、蒼から衝撃的な事実が告げられた。

 

「俺の番なの? 初耳なんだけど」

 

「あれ? のみきから当番表、届いてない?」

 

「あー……」

 

 ……言われてみれば昨日の夕方、玄関扉に書類が挟まっていた気がする。民宿の準備でバタバタしていて、靴箱の上に置きっぱなしだ。月末近いし、水道代の請求だと思ってた。

 

「ごめん。たぶん届いてるけど、中を見てなかったよ」

 

「念のために聞いて良かったわー。皆楽しみにしてるから、ちゃんと用意してあげなさいよー?」

 

「わかってる。今日は午後から時間あるし、探してみるよ」

 

「もし良い品物が見つからなかったら、駄菓子屋に来なさい。安くしとくわよー?」

 

「そ、それは最後の手段ってことにしておくよ……」

 

 どこか余裕のある蒼にそう言葉を返して、俺は識や羽未を連れだって神社を後にしたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

 元気な羽未を先頭に加藤家に帰宅すると、味噌汁のいい匂いが鼻をつく。

 

「おかえりなさい……って、何持ってるの?」

 

 出迎えてくれたしろはも、羽未と識が持つ物体を不思議そうに見ていた。

 

「へへ、これは鰹節だぜ!」

 

「きょうの、ログボー!」

 

「ああ……今日のログボ担当は良一だった気がするけど、鰹節にしたんだ」

 

 羽未から受け取った塊をしげしげと眺めながら、しろはは納得顔だった。良一のことだから新鮮な魚をログボにするのかと思ったんだけど、違ったみたいだ。

 

「それでしろは先輩、さっそくこの鰹節をおむすびの具にしたいんだ! 削り箱を貸しておくれよ!」

 

「いいよ。削り箱……確か、向こうの棚にしまっておいたはずだけど」

 

 そう言いながら台所へ向かうしろはと識を見送って、俺と羽未は手を洗いに洗面所へと向かった。

 

 

 

 

 ……その後、一足先にお客さん用の朝ごはんを用意して客室へと提供した。

 

 ちなみにその献立は、識が作ったおかかおむすびと、みそ汁、野菜の浅漬けに目玉焼きという簡単なものだったけど、風子さんを意識してか、目玉焼きはヒトデの形に焼いてあった。こんな形の型があったんだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そして俺たちも朝ごはんを済ませた頃、「朝食、おいしかったですっ。ごちそうさまでしたっ」と、公子さんたちが食器を片付けに来てくれ、一行はそのまま加藤家を出発することになった。

 

 俺たち家族もそれを見送るため、玄関へと移動する。

 

「……それでは風子、帰ってしまいます」

 

「それは構わないが、その前に羽未を離してやってくれないか?」

 

「ふうちゃん、くるしい」

 

 玄関先で名残惜しそうにする風子さんは、羽未をがっしりと捕まえていた。

 

「ほらほらふうちゃん、いい加減離してあげないと。羽未ちゃん、困ってるよ?」

 

 その様子を見ていた公子さんがたまらず声をかける。本当だ。このまま羽未を持って帰られたらたまったもんじゃない。

 

「んー、名残惜しいですが、ここでお別れですっ」

 

 姉に咎められて、風子さんはようやく羽未を解放する。仲良くしてくれるのは嬉しいんだけど、この溺愛っぷりはどうしたことだろう。

 

「そうです。うみちゃん、これ、あげますっ」

 

 そしてどこに持っていたのか、風子さんは木彫りのヒトデを羽未に手渡していた。随分大きな彫刻だけど、手作りなんだろうか。

 

「ありがとー」

 

「これを風子だと思って、毎日抱いて寝てくださいっ」

 

「えー」

 

 ……無意識だろうけど、あからさまに嫌な顔をした。羽未もあんな表情できるんだ。

 

「さ、さすがに硬くて一緒には眠りにくそうだから、居間に飾っておくことにしようね」

 

「うん!」

 

 その様子を見て、しろはがすかさずフォローしていた。居間に置くのは良いんだけど、気がついたら勝手に増えてそうで、なんか怖い。

 

「ヒトデの島はヒトデだけじゃなく、可愛い女の子もいましたっ。また、うみちゃんに会いに来ますっ」

 

 もう一度しっかりと羽未を抱きしめてから、風子さんは一足早く表へ飛びだしていった。

 

「……最後までふうちゃんがご迷惑をかけしてすみません。なにぶん、変わった子なので」

 

「いえいえ。きっと羽未にとっても良い夏休みの思い出になったはずですよ」

 

「そう言ってもらえると嬉しいです。お世話になりました」

 

 公子さんはそう言って俺たちに頭を下げ、風子さんを追いかけていった。

 

「……世話になったな」

 

「いえ、道中お気をつけて」

 

「ああ。俺も街に戻ったら、この愛溢れる宿について、職場の皆に話そう」

 

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

 一人残った芳野さんと言葉を交わすと、そう言いながら顔を覆う。昨日の様子からして、変に湾曲して伝わらないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……お客さんを見送った後、俺は識と手分けして客室の片づけをしていた。

 

「羽依里くん、このタオルはどこに持っていけばいいんだい?」

 

「ああ、そこのシーツと一緒に洗濯カゴに放り込んでおいてくれたらいいよ。その後、畳の上を掃いてくれるか?」

 

「了解したぜ!」

 

 シーツとタオルをひょひょいと持ち上げると、そのままパタパタと脱衣所の方へと走っていった。少し前まで働きたくないとか言っていたのに、根は真面目で働き者の、良い子じゃないか。

 

 ゴミ箱に入っていたゴミを回収しながら、俺はそんなことを思っていた。

 

「……そうだ。布団も干しておかないと」

 

 綺麗に畳まれていた布団を一枚ずつ庭へ持ち出し、物干しざおに引っ掛ける。今日もいい天気だし、布団はまたほかほかになりそうだ。

 

「おかーさん、さんすうおわったー」

 

「うんうん。よくできたねー。次はなにしよっか」

 

「んー、なつのともするー」

 

 ……庭に出ていると、広く開け放たれた居間の方からそんな会話が聞こえてきた。どうやら、しろはが羽未の勉強を見てくれているらしい。

 

 今のところお客さんの予定も入っていないし、今日はできるだけ羽未のために時間を使ってあげようかな。ログボの件もあるけどさ。

 

 

 

 

「羽未、今日はどこか行きたいところはある?」

 

 ……というわけで、羽未の宿題が終わったタイミングでそう声をかける。

 

「んー、だがしやさん!」

 

 口元に手を当てて少し考えるしぐさをしてから、そう答える。うんうん。駄菓子屋なら、お安い御用だ。

 

「いいよ。それじゃ、しっかりと帽子を被って。今日も暑いからね」

 

「うん! おかーさーん! ぼうしー!」

 

 ぱあっと笑顔の花を咲かせた後、ダッシュで帽子を探しに行った。あの様子からして、何か欲しいものでもあるのかな。

 

 

 

 

「いってきまーす!」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 手早く身支度を終えた羽未に急かされながら、駄菓子屋へ向けて出発する。しろははそんな俺たちを笑顔で見送ってくれる。

 

 ちなみに出かけ際、識にも声をかけようとしたけど、その姿を見つけられなかった。掃除の後、蔵にでも籠ってるのかな。

 

 ……まぁ、俺たちの行き先はしろはが知っているし、何か用事があったらすぐに追いかけて来るだろう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「くーださーいなー」

 

「あ、いらっしゃいませー」

 

 羽未と一緒に駄菓子屋のガラス戸を開けると、そこには堀田ちゃんがいた。

 

「よう、羽依里、羽未ちゃん。おはよう」

 

「おはよー!」

 

 そしてその傍らに、立ったまま缶コーヒーを飲んでいる良一の姿があった。

 

「良一も来てたのか」

 

「朝の仕事が終わったからな。船の上で軽く朝飯を食ってからの、コーヒータイムだ」

 

 手にした缶コーヒーの底をくるくると回しながらニカッと笑う。なんというか、満ち足りた男の顔をしていた。

 

「それ、おいしいのー?」

 

「うまいぞ。羽未ちゃんも飲むか?」

 

 その笑顔のまま、羽未に缶コーヒーを差し出そうとする良一を慌てて制止する。

 

「ストップ。良一、お前の持ってるそれ、ブラックコーヒーだろ。さすがに羽未には早いぞ」

 

「冗談だ。羽未ちゃん、これは苦いから、飲むのはもうちょっと大人になってからな」

 

「えー」

 

 あ、そこで残念がるんだ。大人の味に興味を持つには、まだ早いと思うけど。

 

「その代わり、俺が好きな駄菓子を一つ買ってやるぜ」

 

「やったー!」

 

 続く良一の言葉に羽未が歓喜の声をあげていた。どうした良一、今日は随分気前が良いじゃないか。

 

「良一、いいのか?」

 

「構わないぜ。それに、今日はでかい魚が何匹も獲れたからな。懐はあったかいんだ」

 

 良一はそう言いながら、羽未を連れて商品棚の方に行ってしまった。一人残された俺はやることもなく、商品棚の整理をしていた堀田ちゃんに声をかけてみることにした。

 

「ところで、今日は蒼いないんだ?」

 

「蒼さんは夏海さんと奥の部屋にいますよ。鬼姫プランクやってます」

 

「え、鬼姫プランク?」

 

「あれ、鷹原さん知らないんですか? 島民なら誰もが知ってる、あの鬼姫プランクですよ」

 

 意外そうな顔をされたけど、分からない。初耳だ。

 

「良一も知ってるのか?」

 

「知ってるぞ。この島じゃ、男は四天王スクワット、女は鬼姫プランクってのが定番だからな。子供でも知ってる」

 

「じゃあ、羽未も知ってるの?」

 

「うんー。がっこーでならったー」

 

 両手に駄菓子を持ちながら羽未が答える。えぇ、学校で習うの?

 

「蒼たちが奥でやってるんだよね? ちょっと見て来てもいい?」

 

「構わないと思いますけど……鷹原さんも物好きですねぇ」

 

 そう言って苦笑されたけど、どんなのか気になるんだもん。

 

 好奇心に負けた俺は、静かに店の奥へと歩みを進め、ふすまに手をかける。その時、少しだけ嫌な予感がした。

 

「……実は鬼姫プランクはもう終わってて、汗かいた二人が着替えてたりしないよな?」

 

「……おいおい。そんなラッキースケベ狙ってるの?」

 

「いや、狙ってないけど」

 

 思わず口を突いて出た言葉に、堀田ちゃんが冷静にツッコミを入れていた。基本礼儀正しい子なんだけど、時々出てくるこのキャラはなんなんだろう。

 

「えっと、一度声掛けてから開けたらいいんじゃないですかー?」

 

 場の空気を感じ取ったのか、堀田ちゃんはそう取り繕うと、奥の倉庫へと消えていった。足りない駄菓子でも補充しに行ったのかな。

 

「えーっと、ふたりとも、入っていい?」

 

「い、いいわよー」

 

「いいですよー……」

 

 堀田ちゃんに言われた通り、一度声をかけてみる。なんか苦しそうな声が返ってきたけど、大丈夫かな。

 

 静かにふすまを開けると、そこでは畳の上に両肘とつま先をついて、汗だくになりながら姿勢を維持している二人の姿があった。

 

「え、これが鬼姫プランク? どう見ても普通のプランクだけど……」

 

「は、話しかけないで……あぐっ」

 

「も、もうダメです……わぷっ」

 

 俺が話しかけたことで集中の糸が切れてしまったのか、二人はほぼ同時に体勢を崩し、畳に突っ伏してしまった。見た感じ、すごいトレーニングになってるみたいだけど。

 

 

 

 

「お二人とも、おつかれさまです」

 

 それからしばらくして、壁を背にして休んでいた二人の元へ堀田ちゃんが冷たいタオルを持ってきてくれた。

 

「ほっちゃん、ありがとー」

 

「冷たくて気持ちいわねー」

 

「蒼、さっきの鬼姫プランク……だっけ? 最近流行ってるのか?」

 

 タオルを受け取る蒼に、俺はそう聞いてみた。風を通すために開け放たれたふすまの向こうには、羽未と良一の姿も見える。

 

「これ、昔からあるわよ。それこそ、四天王スクワットの女性版みたいなものだしねー」

 

 首元の汗を拭いながら充実した顔で言うけど、俺は本当に知らない。

 

「これを極めれば、伝説の鬼姫と同じく立派なスタイルが手に入るって話よー。ね、夏海ちゃん」

 

「はい! 目指せ、鬼姫スタイルです!」

 

「え、鬼姫?」

 

 さっきから気になっていたけど、由来になっている鬼姫って誰だろう。

 

「あたしも詳しくは知らないけど、こんなきついトレーニングに名前を残してるくらいだから、きっとナイスボディーの持ち主だったんじゃないかしら」

 

「いや、俺が知りたいのはそう言うことじゃなくて……」

 

「……昔、島民を災いから守ってその命を散らした鬼の姫様のことだよ」

 

 ……その時、良一がそう教えてくれた。なるほど。そんな謂れがある人物がこの島にいたのか。

 

「……って、良一は鬼姫の謂れも知ってるのか」

 

「まーな。この島じゃ有名な話だしよ。むしろ、羽依里が知らねーことに驚いた」

 

「そうよねー。羽未ちゃんも鬼姫の話は知ってるわよね?」

 

「うん!」

 

 さっき、羽未は学校で習ったと言っていたし。蒼と一緒にやってる辺り、夏海ちゃんも知ってるっぽい。

 

 どうやら、知らなかったのは本当に俺だけらしい。もう島に住んで長いのに、こんなこともあるんだな。

 

「ところで羽依里、今日はログボ買いに来たの?」

 

 そんなことを考えていると、壁を背にしていた蒼が立ち上がり、背伸びをしながら言った。

 

「いや、違うよ。駄菓子屋には羽未が行きたがっていたからさ」

 

 ……というかログボ買うって何。なかなかのパワーワードなんだけど。

 

「品質保証で安心お手軽。駄菓子屋のログボを是非ご検討ください♪」

 

「ウインクしながら言われても使わないからな。絶対自力で用意してやる」

 

「ま、せいぜい頑張んなさいよー」

 

 そう言葉を返すと、蒼は表情を崩しながらひらひらと手を振る。一応、応援してくれているみたいだ。

 

「そうだ羽未、駄菓子屋の次はバイクで島を巡らない?」

 

 良一に買ってもらったスティックゼリーを真剣な表情で食べる羽未へ、俺はそう声をかける。あわよくば島を巡るうちに、良いログボが見つかるかもしれない。佐藤さんや高橋さんに会った時、野菜を分けてもらえたりさ。

 

「まぁ待て。ログボ探しの前に、少し遊んでいかないか?」

 

「え、遊ぶって何で?」

 

「……これだ」

 

 俺が不思議に思って良一を見ると、彼は飲み終わったらしい缶コーヒーの空き缶をこれ見よがしに見せてきた。空き缶を使った遊び。まさか。

 

「……缶ケリか」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……それから15分後。駄菓子屋の前には見慣れた仲間たちが集まっていた。

 

 わざわざ島内放送を使って呼び出されたメンバーの中には、紬や鴎、識、のみきに加えてしろはの姿もあった。

 

「……どうして私まで呼び出されるの」

 

「まーまー、親子で参加するのもいいじゃない」

 

「そうだぞ。それに、羽未ちゃんがおかーさんと一緒に遊びたいと言ったんだ。これは羽未ちゃんのためのイベントだから、その願いを叶えるのは当然だ」

 

「そ、そうなんだ。なら、いいけど……」

 

 良一から事の顛末を知らされたしろはは微妙な顔をしていたけど、準備を進める中で本当に羽未がそれを希望したんだ。羽未の願いなら仕方ない。

 

「というか、のみきや鴎はこんな所に来てていいのか? サマーキャンプの話し合いで、缶詰になってたんだろ?」

 

「全然構わない。討論も煮詰まっていたところだしな。私と鴎に召集がかかった時点で一旦お開きにした」

 

「ちょっと他の用事もあるから、続きは15時からだねぇ。鴎だけに、ようやく羽を伸ばせるよー」

 

 なんかうまいことを言いながら、鴎はぐーっと突きあげるように羽……じゃない、腕を伸ばす。役所での話し合いとか、想像しただけで肩が凝りそうだ。

 

「……それで、蒼と堀田ちゃん、夏海ちゃんも缶ケリに参加するみたいだけど、駄菓子屋の店番は?」

 

「無人販売で大丈夫でしょー。なんだかんだで皆、店の周りにいるわけだし」

 

 あっけらかんと言うけど、本当に大丈夫なのかな。イナリでも呼んできた方が良いかもしれない。

 

「駄菓子屋もそうですけど、しろはさん、民宿の電話番は大丈夫なんですか? なんなら、また私が行きますけど」

 

「あ、それなら大丈夫。一応、鏡子さんに頼んでおいたから。今度はちゃんとお昼ごはんにカップうどんも用意してきたし」

 

「なら、いいですけど……」

 

 俺と同じように、夏海ちゃんは民宿の電話番の心配をしてくれていた。昨日の一件もあるから、今日はしろはも抜かりないみたいだ。

 

「それにしても、缶ケリとか久しぶりだねー」

 

「はい! ずっと前、シズクと二人でやって以来です!」

 

「えぇ、ツムツムとズクズク、二人で缶ケリやったの? それまたハードだねぇ……」

 

 駄菓子屋前の道路に置かれた空き缶を囲みながら、他の皆がそんな話をしていた。缶ケリ、確かに懐かしい。何年振りだろう。

 

「ところで羽依里くん、さっきから言っている『カンケリ』とはどんな遊びなんだい?」

 

 ……その時、識がおずおずと聞いてきた。

 

「識は知らないのか。缶ケリっていうのは、かくれんぼと鬼ごっこを合わせたような遊びなんだ。まずはじゃんけんで鬼を決めて、他の誰かが缶を蹴る。鬼はその蹴られた缶を拾って元の場所に戻ってくるんだけど、鬼以外の皆はそれまでに隠れてしまってるんだ」

 

「なるほど。そこまでは普通のかくれんぼだね」

 

「缶ケリの神髄はここからだぞ。それから鬼は隠れている人を探すんだけど、隠れている相手は鬼に見つかった瞬間、鬼との競争が始まるんだ」

 

「え、競争するのかい!?」

 

「ああ。鬼は相手より早く缶の元へ戻り、その名前を呼んで『ポコペン』と宣言すれば、相手を捕まえることができるんだ」

 

「その『ぽこぺん』ってなんだい?」

 

「よくわからないけど、昔からそれを言うルールなんだ」

 

「魔封じの呪文のようなものだね。了解したよ」

 

「それで、鬼に捕まった人は缶の周りに集まっているんだ」

 

「わかりやすいね。それで、全員捕まえれば終了なのかい?」

 

「そうだけど、もし隠れている人が鬼より早く缶のところへ行き、それを蹴ったら、それまで捕まっていた人も逃げていいんだ。リセットだよ」

 

「なるほど。それをさせないように、鬼は細心の注意を払うわけだ。面白そうじゃないか」

 

 識もルールは理解してくれたようで、うんうんと頷いていた。自称鬼だし、あの足の速さだ。もし識が鬼になったら強敵になりそうだ。

 

 

 

 

 ……それから全員でじゃんけんをすると、まるで導かれるように識が鬼になった。

 

「さあ羽依里くん、思いっきり蹴っておくれよ!」

 

 識は鬼になったというのに、めちゃくちゃ嬉しそうだった。普段以上にギラギラと瞳を輝かせている。

 

「それじゃ、蹴るぞー」

 

 俺は言われるがまま、思い切り缶を蹴った。渾身の力で蹴り飛ばされた缶は快音を響かせながら。住宅地の向こう側へとすっ飛んでいく。

 

「あー、ごめん、飛ばし過ぎたかも」

 

「全然かまわないぜ! あれを拾ってくればいいわけだね! それじゃ、その間に隠れておいておくれよ!」

 

 識はそう言うと、意気揚々と缶を探しに行った。その姿が見えなくなったのを確認して、俺たちも隠れられそうな場所を探す。

 

「さて、どこに隠れようかな……」

 

 皆で取り決めた範囲は駄菓子屋周辺。羽未はしろはと一緒に隠れるみたいで、俺は少し考えた後、駄菓子屋の脇に隠れることにした。

 

 元は細い路地だったであろうここには、今は駄菓子が入っていたと思われる段ボール箱や発泡スチロールの箱が押し込められ、ごちゃごちゃしていた。ここに潜めば、そう簡単には見つからないと思う。

 

 さらに俺は念を入れて、目の前にあった段ボール箱を頭から被ってカモフラージュする。この手の段ボールには持ち運ぶ際に手を入れる穴があるんだけど、そこがちょうどのぞき穴のようになっていて、視界も良好だ。

 

「さーて、どこに隠れたんだい」

 

 ……やがて、缶を手にした識が戻ってきた。皆も息を潜めているみたいで、周囲にはセミの鳴き声しか聞こえない。

 

「うっきょおぉぉぉーーー!」

 

 そして元の場所に缶を置くと、ためらうことなく猛スピードで走りだした。

 

 隠れる場所は駄菓子屋の周辺のみだし、考えられる場所をしらみつぶしに探す作戦なのかもしれない。

 

「へへ、良一先輩、見つけたぜ!」

 

「うおお、マジかよっ!」

 

 ……そんな矢先、駄菓子屋の裏に隠れていたらしい良一がさっそく見つかった。

 

 叫び声をあげた後、良一も全力で缶の所まで走っていったけど、識の方が速かった。あの良一がこうもあっさり捕まるなんて。

 

「鴎先輩見っけ! ポコペン!」

 

「ひーん」

 

「紬先輩見っけ! ポコペン!」

 

「むぎゅーーー!?」

 

「のみき先輩見っけ! ポコペン!」

 

「くっ、しまった……」

 

 それからも識はその実力をいかんなく発揮し、立て続けに三人を捕まえていた。開始5分としないうちに、残るは俺としろは、羽未、蒼と夏海ちゃん、堀田ちゃんの6人になってしまった。

 

「こっちの方から羽依里くんの匂いがするぜ……!」

 

 識の実力に驚愕していると、当の本人が意味不明なことを口にしながら俺の隠れ場所へとやってきた。これはまずい。

 

「……夏海さん、行きましょう!」

 

「皆さん、今助けますよ!」

 

 一度駄菓子屋の裏手に回ろうか、それとも勝負するか……なんて考えていた最中、缶を挟んで道の反対側……診療所の塀の陰に隠れていたらしい堀田ちゃんと夏海ちゃんが二人同時に飛び出してきた。

 

「そ、そんな所に隠れていたのかい!?」

 

 俺の目の前まで来ていた識は一気に踵を返すと、ものすごい速さで缶の方へと走っていった。本当にあの速さ、どこから来るんだろう。

 

「夏海先輩、堀田先輩見っけ! ポコペン!」

 

 先の二人も全力で缶へ滑り込んだけど、識の脚力がそれに勝り、あと少しというところで捕まってしまった。アイデアは良かったけど、夏海ちゃんたちの救出作戦は失敗に終わった。

 

 残るは俺としろは、羽未の家族三人と蒼だけ。どうせなら家族の連係プレイで皆を救出したいところだけど、羽未としろははどこに隠れているんだろう。足の速い識と真っ向勝負しても、残りのメンバーじゃ到底勝てそうもないし……。

 

「うーん……さすが識、足速いわねー……」

 

「あ、蒼!?」

 

「しー。声出したら、居場所がバレちゃうでしょ」

 

 戦略を練っていたところ、いつの間にか隣に蒼がいた。俺と同じように段ボールの間に隠れて息をひそめていたのか、今の今まで気づかなかった。

 

「そろそろ人も減ってきたし、奥の手を使った方が良さそうね」

 

「え、奥の手?」

 

「羽依里が今やってるみたいに段ボール箱を頭に被って、缶に向かって突撃するの。鬼は当然気づくけど、顔が分からないから名前を言えない。その隙を突いて缶を倒すのよ」

 

 かぽっ。と自分の顔に段ボールをかぶせながら、蒼が得意げに言う。見た目はかなりシュールだ。

 

「鬼が名前を間違えたら、もう一度最初からになるルールだったよな。それを踏まえれば確かに良い作戦だけど、かなりズルいような……」

 

「う、うるさいわね……勝てば官軍よ!」

 

「……そこに誰かいるのかい?」

 

「「げ」」

 

 ……さすがに声が聞こえてしまったんだろう。識が俺たちに気づいて、ゆっくりとこっちに歩いてくる。

 

 ……これは蒼の作戦通り、段ボールを被って飛びだすしかないか。

 

「……うみちゃん、走るよ!」

 

「おーっ!」

 

 ……そう考えて、俺も段ボールを被り直した矢先。駄菓子屋の店内から羽未としろはが飛び出してきた。あの二人、まさか店の中に隠れていたのか。

 

「うみさんとしろは先輩見つけたぜ! ポコペン!」

 

「うみゃーーー!」

 

 そして見事に轟沈していた。しろはと羽未は俺たちと隠れている場所も近かったし、どうやら俺と蒼に向けられた識の言葉を自分たちへのものだと勘違いして飛び出したらしい。いくらなんでも、二人で識に真っ向勝負を挑むのは分が悪すぎる。まさに最強の鬼だ。

 

「……今ね!」

 

 羽未としろはを捕えて、識が一瞬油断したタイミングを見計らって蒼が飛び出して行く。段ボールを被って全力ダッシュしていく様は異様だけど、あれなら顔が分からない。例え識が缶の近くに居ようと関係ないはずだ。

 

「……よし、俺も行くぞ!」

 

 そして俺も蒼と同じように段ボール箱を被って飛び出す。同時攻撃なら、勝率も上がるはずだ!

 

「は、羽依里くんと蒼先輩見つけたぜ! ポコペン!」

 

 ……識は一瞬だけ動揺したけど、迷うことなく俺と蒼の名前を口にして缶を踏んだ。

 

 ……あれっ?

 

 

 

 

「くっそー。どうして俺だとわかったんだ。顔はしっかり隠していたはずなのに」

 

 見事に全滅した俺たちは、次の鬼を決めるために缶の周りに集まっていた。

 

「そりゃ、あたしと羽依里しか残ってないんだから、一緒に出て行ったら分かるに決まってるでしょー!」

 

「あそっか」

 

 この段ボール作戦、よく考えたら人がたくさん残っていることが前提の作戦だった。蒼が呆れるのも納得だ。

 

「はぁ……それじゃ、識を除いた皆でじゃんけんして、新しい鬼を決めましょー」

 

「よーし。じゃーんけーん……」

 

「……お前たち、こんな所に集まって何をしている」

 

 まだ時間があるということで、もうひと勝負……というところで、少し離れた場所から知った声がした。

 

「あ、ひーじーじー!」

 

 声のした方を見てみると、しろはのじーさんが歩いていた。こんな所にいるなんて珍しい。

 

「皆で羽未と遊んでまして。缶ケリをしていたんです」

 

「そうか。まぁ、あまり騒がないようにな」

 

「はい。もちろんです」

 

 じーさんは俺から答えを聞くと、興味が無くなったのか俺たちの横を通り過ぎようとする。

 

「ねー、ひーじーじーもいっしょにあそぼー?」

 

 そのすれ違い際、羽未がその太い腕を取ってそう懇願していた。

 

「む……? わ、わしも一緒にか……?」

 

「うんー。いっしょがいいー」

 

 ひ孫からの突然のお願いに、じーさんは驚いた顔をしていた。あそこまで動揺したじーさん、久しぶりに見たかもしれない。

 

「だ、駄目だよ羽未ちゃん。おじーちゃんは忙しいんだよ」

 

「うー……」

 

 その様子を見てしろはが仲裁に入るけど、羽未は今にも泣きそうな顔でじーさんを見る。

 

「……わ、わかった。少しだけだぞ」

 

 さすがのじーさんも、羽未にあんな表情をされると断れず、まさかの参戦となった。

 

 

 

 

 改めてじーさんにルール説明をした後、鬼を決めるじゃんけんをする。その結果、次は俺が鬼になってしまった。

 

「ひーじーじー、おもいっきりけってー」

 

「よーし、思いっきり蹴っちゃうぞぉ」

 

 最初こそあまり乗り気でなかったじーさんだけど、すぐにデレデレモードになった。やっぱり、ひ孫は強しだ。よもや、しろはのじーさんと一緒に缶ケリをする日が来るなんて。

 

「……ふん!」

 

 まるで金属バットで殴ったかのような音がして、空き缶がかっとんでいった。たぶん、俺の倍くらい飛んだ気がする。

 

「それじゃ羽依里、頑張って探してこいよー」

 

「見つけるまで、三分くらいかかるかもねー」

 

「くっそぉ。缶ケリマスター羽依里を舐めるなよ!」

 

 余裕綽々で歩いていく皆を見送りながらそんなことを口走ってしまい、すごく恥ずかしくなった。誰も聞いていないことを祈りつつ、俺は缶の飛んでいった方向へとひた走った。

 

 

 

 

 やっとのことで缶を探し出し、元の場所へ戻ってくる。周囲を見渡しても、当然誰の姿もない。

 

「よーし、まずは……」

 

 俺は少し考えて、一番にしろはを捕まえることにした。どうせなら、他の皆をバシバシ捕まえる所を一番近くで見てもらいたいし。

 

 そう考えた上で、俺が発する言葉は一言だけだ。しろはのことは、島の誰よりも知り尽くしている自信がある。

 

「……そういえば、あんかけチャーハンって美味しいよな」

 

「あ、あんなのチャーハンに対する冒涜だし! 別々に食べれば……はっ」

 

「しろは見っけ。ポコペン」

 

「あああああ」

 

 俺が呟いた直後、近くの茂みの中に隠れていたしろはが飛び出してきた。まずはしろはゲットだ。

 

「羽依里、たばかったな……」

 

 しろはは頭を抱えながら缶の近くにやってきた。悪いけど、そこで俺の雄姿を見ていてくれよ。

 

 

 

 

 ……その後、店の中に隠れていた蒼と堀田ちゃんの駄菓子屋コンビを捕まえて、電柱の陰に隠れていた良一もデッドヒートの末に捕まえた。今のところ順調だ。

 

 ちょっとリスクはあるけど、今度は診療所の方も見てみよう。あそこの壁の裏にも、人が隠れられるスペースがあったし。

 

「……目標補足! カモメ号、発進!」

 

「それーーー!」

 

 そう考えながら缶のそばを離れた瞬間、のみきと紬に押されて路地から鴎の乗ったスーツケースが飛び出て、缶へと向かっていく。

 

「なんの!」

 

 鴎のことだし、スーツケースを使ったこの手の作戦は見越していた。

 

 元々缶の方へ意識を向けていたこともあり、俺はそこから最低限の動きで缶の元へと戻る。

 

「のみき、紬、鴎見っけ! ポコペン!」

 

「うぅ、無念……」

 

「見つかってしまいました……」

 

「くっ。完全に隙を突いたと思ったんだが……」

 

 三人まとめて仕留めると、スーツケースを引いた鴎を筆頭にとぼとぼと缶の元へとやってきた。ふふ、そう簡単にやられてなるものか。缶は死守するぞ。

 

 

 

 

 だいぶ人数が減った中、足の速い識と、とにかく迫力のあるじーさんを警戒しつつ、またじわじわと缶から離れる。

 

 そういえば、羽未や夏海ちゃんの姿もない。てっきり、羽未はしろは、夏海ちゃんは堀田ちゃんと一緒に隠れてると思ったんだけど。どこにいるんだろう。

 

 7、8メートルほど離れた辺りで、ちらりと缶の方を見る。今の所、誰かが飛び出してくるような気配はない。捕まえた皆が談笑しているくらいだ。

 

 ……よーし。二人ともいいよ!

 

 ……しかしその時、鴎の口がそう動いた気がした。

 

 思わず凝視すると、鴎の横に置かれたスーツケースがゆっくりと開いて、中から夏海ちゃんと羽未が出てきた。ちょっと。嘘だろ。

 

「羽未さん、やっちゃってください!」

 

「えーーい!」

 

 慌てて戻ろうとしたけど、さすがに距離が離れすぎていた。かっこーんと綺麗な音がして、缶は蹴り倒された。

 

「し、しまったぁぁーーー!」

 

 まさか、鴎の突撃作戦そのものが囮で、本命はスーツケースの中に隠れていたなんて。ギリシア神話のトロイアの木馬みたいなことしないでほしい。

 

 

 

 

 ……缶が倒されたことで、また最初からやり直しになったのだけど、一度切れてしまった集中は戻らず。その後はグダグダだった。

 

 

「段ボール作戦、行くわよー!」

 

「うわーーー! 鬼の側になってみると、段ボールすごく怖い―――!」

 

 数人捕まえたところで、段ボール箱を頭に被った三人が一斉にこっちに向かってきた。完全に虚を突かれた俺は名前を言う暇すらなく、缶は蹴り倒されてしまった。

 

 

「いくぞ。三谷のせがれ! 羽未の救出作戦だ!」

 

「は、はいぃ!」

 

 ……再びリスタートした直後、幸先よく羽未を捕まえたけど、それを見たじーさんが良一を引き連れて突っ込んできた。

 

「ひぃ!?」

 

 その剣幕に思わず羽未を庇ってしまって、缶が一瞬で倒された。いや、怖すぎる。

 

 

「羽依里くん、甘いぜ!」

 

 かっこーん。

 

「し、しまったーーーー!」

 

 

「さっきのおかえしだよ。えい!」

 

 かっこーん。

 

「ま、まさか鴎に缶を蹴られてしまうなんて……不覚だぁぁ……!」

 

 

「スキありです! パリングルスビーム!」

 

 かっこーん。

 

「うわーーー!? 紬の目から謎の光線が―――!?」

 

 

「羽未さん、やっちゃってください!」

 

「えーい!」

 

 かっこーん。

 

 

 ……その後も缶を起こしては倒され、起こしては倒され……結局、俺は昼までずっと鬼をやり続ける羽目になってしまった。

 

 まぁ、羽未も皆と一緒に楽しんでくれたようだし、結果オーライかな。ものすごく疲れたけどさ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……やがてお昼時になり、その場は解散することになった。なったんだけど……。

 

「おじーちゃん、羽未ちゃんのためとなったら元気過ぎ」

 

「おなかすいたー」

 

じーさんだけは息一つ乱さずに帰っていったけど、他は全員、駄菓子屋の前から動けないでいた。皆、全力で遊び過ぎだろ。

 

「帰ってお昼ごはん作らないといけないけど、なんか作る気力湧かないわねー」

 

「そ、そうですね……蒼さん、簡単に作れそうなもの、駄菓子屋さんに売ってませんでしたっけ?」

 

「一応あるわよー……にゃが谷園のチャーハンの素」

 

「それは論外です」

 

 ベンチに座って空を仰いでいた蒼と夏海ちゃんが、そんなやりとりをしていた。しろはも疲れているみたいだし、お昼どうしよう。

 

「……そうだ皆、お昼なんだけど、海の家に行ってみない?」

 

 俺は皆の顔を見渡しながら、そんな提案をしてみる。静久と天善は缶ケリに参加していなかったし、きっと海の家の準備をしているに違いない。

 

「そですね。海の家も今日から本格オープンなので、カレーもたくさん用意してあると思います!」

 

 カレーという単語を聞いて、膝の上に座る羽未のお腹が可愛らしい音を立てた。どうやらその音は、隣にいたしろはにもしっかりと聞こえたらしい。

 

「うーん……羽未ちゃんもお腹空いてるっぽいし。敵勢力に頼りたくはないけど、背に腹は代えられないよね……」

 

 敵勢力って。昨日もそうだったけど、相変わらずチャーハン派閥とカレー派閥の軋轢はすごい。

 

「……あの、その海の家、私も行ってみていいですか?」

 

 不服そうなしろはの横顔を眺めていると、夏海ちゃんがおずおずと手を挙げる。

 

「そういえば、夏海ちゃんは海の家に行ったことなかったっけ」

 

「はい、昨日はその、電話番してましたので」

 

「あー……うん。そうだったね」

 

 ここにいるメンバーのほとんどは、昨日のうちに海の家へ足を運んでいるけど、民宿で電話番をしてもらっていた夏海ちゃんだけは行っていない気がする。

 

「じゃあ、一緒に行こうか」

 

「カレーが美味しいんですよね。楽しみです」

 

「……止めはしないけど、夏海ちゃんはチャーハン派だと信じてるから。取り込まれないでね」

 

「は、はぁ……」

 

 嬉しそうに話す夏海ちゃんの両肩に手を置きながら、しろはが祈るように言う。大丈夫だよ。さっきの蒼とのやりとりを見る限り、この子、完全にチャーハン派閥だからさ。

 

「俺らも昼はカレーにするかなー。のみき、良いか?」

 

「ああ。食事当番の良一が言うのなら、異論はない。せっかくだし、紬や堀田ちゃんも来るといい」

 

「はい!」

 

 そんな感じに続々と賛同してくれ、結局皆で海の家へ向かうことになった。こうやって大勢でワイワイ歩いていると、夏休みって感じがして、懐かしい気分になる。

 

 

 

 

 ……10分ほど歩いて到着した海の家は、たくさんのお客さんで賑わっていた。紬が何日も前から港でチラシを配っていたし、その多くが観光客みたいだ。

 

「あら、皆来てくれたのね」

 

 あまりの盛況っぷりに中に入るのを躊躇っていると、水着の上にエプロンをつけた静久が笑顔で出迎えてくれた。

 

「お客さん、たくさん入ってるみたいだな」

 

「ええ、お陰様でね。もしかして、皆も食べに来てくれたのかしら」

 

「ああ、そのつもりだったんだけど……」

 

「ありがとう。外側の席が空いてるから、そこで待っていて」

 

 忙しそうなら出直そうか……と言うより早く、静久から外の席を勧められた。昨日はこの場所にテーブルはなかったはずだけど。お客さんが増えたから、増設したのかな。

 

「皆は座っててくれよ。人数分のお冷、取ってくるからさ」

 

 俺はそう伝えて、一人店内へと向かった。

 

 

 

 

 予想はしていたけど、席という席は埋まっていて、皆がカレーを食べていた。壁にはサザエのつぼ焼きやタコ飯といったメニューも掲げられているのだけど、そちらを注文している人は皆無だった。

 

「えーっと、確か給水器はこっちだったよな。すみません。通してください」

 

 昨日もお邪魔したし、勝手知ったる海の家。俺は人波をかき分けながら給水機へ向かう。

 

「天善天善天善天善……!」

 

 その道中、厨房の奥から呪文のような天善の声が聞こえた。同時にカチャカチャ音がしているので、たぶん皿を洗っているんだろう。

 

 天善頑張れ……と心の中で応援しながら、俺は人数分のお冷を用意して、席へと戻ったのだった。

 

 

 

 

「……皆、お待たせしてごめんなさいね」

 

 お冷を飲みながら談笑していると、静久が俺たちの席へとやってきた。

 

「静久、忙しい時間に来てごめんな」

 

「構わないわ。お客さんは多いけど、基本注文は皆カレーだから。ごはんをよそって、カレーをかけるだけだもの。提供まではあっという間よ」

 

 静久の視線の先を見ると、先程まで店内にあふれていたお客さんはだいぶ減っていた。静久の言う通り、お客さんの回転は速いみたいだ。

 

「それで、注文は決まっているかしら?」

 

「はい! カレーください!」

 

「カレー!」

 

 夏海ちゃんと羽未が同時に声をあげる。俺達も苦笑しながらもそれに準じ、全員がカレーを注文した。

 

「ご注文承りました。すぐに用意できるから、待っていてね」

 

 静久はさらさらとメモを取ると、そのまま店の中へと戻っていった。

 

 

 

 

「……はい。チキンホワイトカレー、おまちどおさま」

 

 それからほどなくして、大きなおぼんに沢山のカレーが乗せられてきた。

 

「静久、手伝うよ」

 

「そですね!」

 

 さすがに数が多いし、配膳の全てを静久に任せるわけにはいかない。俺たちはリレーでもするようにカレーを運ぶ。

 

「……あれ? 数多くないか?」

 

 人数分のカレーを配膳し終えた後も、おぼんには二人前のカレーが残っていた。

 

「ふふ、私たちも今からお昼なの。ようやく時間ができたしね」

 

 少し照れくさそうに言う静久の背後には、天善の姿も見える。ああ、二人も今からお昼なのか。

 

「そういうことなら皆、もう少し詰めてくれ」

 

 

 

 

 静久たちも揃ったところで改めて挨拶をし、一斉にカレーを食べ始める。

 

 ……うん。昨日も食べたはずだけど、やっぱり美味しい。島の新鮮な食材を使っているからかな。

 

「んー! 静久さん、美味しいです!」

 

 初めて食べた夏海ちゃんもご満悦の様子だった。なんだかんだで、皆カレーは好きだよね。

 

「……島の人、いないよね……?」

 

 そんな中、しろはだけが何かを警戒するように時折周囲を見渡していた。いくらチャーハン派閥筆頭でも、そこまで気にしなくてもいいと思うけど。

 

「しろはちゃん、そんな心配顔しなくてもいいわ。こっそりと食べに来てくれる島の人もいるし、顔を合わせた時点でお互いさまよ」

 

「確かにそれは一理あるよな」

 

 人差し指を立てながら力説する静久に妙に納得しながら、カレーをすくっては口に運ぶ。エビやホタテ、そしてイカ。色々な具材が入っているのもあって、一口ごとに味が違って楽しい。

 

「昔は、誕生日にこっそりカレーを食べに来る人も居たそうよ。祖父も誕生日の人には、カレーを無料で食べさせてあげたらしいわ」

 

「そうなんだね。なら、僕も誕生日にはカレーを食べに来ることにするよ!」

 

「そんなことしなくても、チャーハン作ってあげるし!」

 

 頷きながらカレーを頬張る識に対して、しろはが珍しく大きな声を出していた。現在はおむすび派筆頭の識を、何が何でもチャーハン派閥に引き込みたいらしい。

 

「……そういえば、識さんの誕生日っていつなんですか?」

 

 誕生日という単語が気になったのか、夏海ちゃんが識にそんな質問をしていた。

 

「僕かい? 僕は7月4日さ」

 

「あ、じゃあ同じ月なんですね」

 

「そう言う夏海先輩はいつなんだい?」

 

「私は7月23日です!」

 

「……なるほど。もしかして、名前の由来は語呂合わせなのかい?」

 

「そうです! 夏に生まれたのもあって『なつみ(723)』なんですよ!」

 

 へぇ。夏海ちゃんの名前にそんな由来があったのか。

 

「この中だと、次に誕生日が近いのは紬かしらね。8月31日よ」

 

「ほう。恐怖の夏休み最後の日だな」

 

「ハイリさん、その言い方にはゴヘイがあります!」

 

 スプーンを手にしたまま、紬が憤慨していた。そんなこと言われても、その日は全国の子供たちにとって恐怖の日のはずだ。

 

「でも、その翌日は羽未の誕生日だな」

 

「そうだね。羽未ちゃんの誕生日は9月1日だから」

 

「おとなりさんですね!」

 

「うん!」

 

 羽未と紬はがっしりと握手を交わしていた。月は跨いでるけど、確かにお隣さんだな。

 

「そいえば、静久の誕生日は4月29日なんですよね? これもゴロ合わせでしょーか」

 

 その時、紬が思い出したかのように言う。確かに名前の感じが語呂合わせっぽい。

 

「どうかしら。両親に詳しく聞いてみたことはないのだけど、私の名前は祖父がつけてくれたらしいから、もしかしたらそうかもしれないわね」

 

 静久が笑う。こうして見ると、語呂合わせの名前ってのは思いのほか多いのかもしれない。

 

「蒼さんたちの誕生日はいつなんですか?」

 

「んー、あたしと藍の誕生日は9月20日よー」

 

 カレーの付け合わせの福神漬けをかりこりと食べながら、蒼が答える。

 

「あの、ずっと気になってたんですけど、双子の誕生会ってやっぱりケーキは二つあるんですか?」

 

「うちは大きいの一つだったわねー。第一、二つあっても食べきれないしさ」

 

 興味津々の夏海ちゃんに、蒼が懐かしむように答える。空門姉妹の誕生会。島に来てから何度か経験したことがあるけど、祝う相手が二人いるだけあって、すごく賑やかだったのを覚えている。

 

「なっちゃん、ちなみに私の誕生日は4月4日!」

 

「俺は10月10日だぞ」

 

 そんな折、誕生日トークに入ってきたのは鴎と天善だった。なるほど。この二人はゾロ目で覚えやすいな。

 

「……誕生日プレゼントは郵送でも受け付けますので」

 

 澄ました顔で言ってたけど、冗談じゃないよなぁ。鴎の場合。

 

「ゾロ目といえば、のみきの誕生日は2月2日だぞ。ついでに俺は2月9日で、夫婦で誕生日が近いんだ」

 

「すごーい」

 

 羽未が目を丸くする傍らで、良一はこっそりとのみきの肩に手を回していた。おうおう、見せつけてくれるな。

 

「わ、私と羽依里だって負けていないし」

 

 そんな二人を見て、変な対抗心が芽生えたのだろうか。しろはが語尾を強めていた。ちなみに俺の誕生日は5月21日。しろはの誕生日が6月8日で、その差は18日。圧倒的に負けてる。

 

 ……って、何を張り合っているんだろう俺たち。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……海の家での食事を楽しんだ後、皆と別れて加藤家へ帰宅する。

 

 電話番をしてくれていた鏡子さんにお礼を言うと、「ううん。私も美味しいカップうどん、食べられたから。ありがとうね」と、逆にお礼を言われた。ちらりと見えたパッケージには『走馬先生厳選シリーズ』と書かれていた。よくわからないけど、高級カップうどんなのかな。

 

 

 

 

「はい。これ」

 

 そんな鏡子さんを見送り、居間に腰を下ろして一息ついていると、しろはから牛乳を渡された。

 

「ありがとう……でも、なんで牛乳?」

 

「牛乳はカレーの匂いを消す効果があるから。しっかり飲んで」

 

 真顔で言った後、しろははごきゅごきゅと喉を鳴らす。もしかしてこれ、カレー食べるたびに毎回飲まなきゃいけないのかな。

 

「うーん……これ、牛乳だけじゃだめかも。服にも匂いついちゃってるし。羽依里、今度駄菓子屋で消臭スプレー買っておいて」

 

 古風な瓶の牛乳を喉に流し込んでいると、そんな言葉が聞こえた。思わずしろはの方を見ると、すんすんと自分の服の匂いを嗅いでいる。消臭スプレーとか、何もそこまでしなくても。

 

「羽依里、やっぱりカレー食べたのがバレるといけないから、今から上着だけでも着替えて」

 

「え、今ここで?」

 

「うん。今ここで」

 

 普段のしろはらしからぬ冷たい言動と、これまた真顔で差し出された手に言いしれぬ恐怖を感じ、俺は着ていた上着を脱ぎ、しろはに手渡した。

 

 その後、しろはと羽未も着替えに行ったみたいだ。まぁ、三人とも缶ケリでたくさん汗かいていたし、いいけどさ。

 

「……やっぱり、羽依里の服からカレー臭がする……裏切りの匂いだし……!」

 

 そんなことを考えながら、俺も新しい服を取りに脱衣所へ向かうと、家族の服を洗濯カゴに放り込みながら、しろはがわなわなと震えていた。

 

 ……今度から、海の家に入る時は上半身裸で入ろうかな。あそこは海水浴場の区画内だし、のみきに撃たれることもない……と、思う。

 

 

 

 

 着替えを終え、少しの休憩をはさんだ俺は、ログボを探して島内を巡ることにした。居間の時計も14時を指したばかりだし、まだ時間はたっぷりある。

 

 一緒に行きたいと全力で訴える羽未をなんとかなだめ、しろはに後を託して俺はガレージへと向かう。さすがに、羽未にログボを知られるわけにはいかないしな。

 

「羽依里くん、どこかでかけるのかい?」

 

 ガレージからバイクを引っ張り出していると、蔵から識が出てきた。見慣れた制服の上に着物を羽織っている所からして、どうやら俺たちと同じように着替えたみたいだ。

 

「ああ、ちょっとログボ探しをね。識もおむすびポーチ持って、どこか行くのか?」

 

「へへ、実はさっき、鏡子さんからおむすびをもらったんだ! お昼に食べる予定だったけど、カップうどんを食べたから余ったらしくてね。非常食さ!」

 

 そういえば、鏡子さんが帰り際、識に何か渡していた気がする。一応、お昼は自前で用意していたんだ。

 

「ところで、ログボって言うと、ラジオ体操のかい?」

 

「そうだよ。これって当番制になっていてさ。定期的に誰かが用意する決まりなんだ」

 

「ちょうど羽依里くんの順番というわけか。気を付けて行っておいでよ!」

 

「ああ、夕方には戻ると思うから……」

 

 笑顔で見送ってくれる識に手を振りながらバイクに跨った時。ある考えが浮かんだ。

 

「……そうだ、識は山菜に詳しいしさ。良かったら、一緒に来てくれないか?」

 

「え、僕もかい?」

 

「ああ。バイクで風を切って走ると、気持ちいいぞ」

 

 俺はそう言いながら一度バイクから降りて、座席をポンポンと叩く。

 

「うーん……じゃあ、よろしくお願いするよ!」

 

「こっちこそ、よろしく頼むな。ほい、ヘルメット」

 

 識は少し考えてから了承してくれた。それを確認した俺はバイクの収納スペースから予備のヘルメットを取り出して手渡す。いくら島だからって、ノーヘル運転、ダメ絶対。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それで、どこに行くんだい?」

 

「まずは港に行ってみようと思うんだ。商店に手頃な品物があるかもしれないしさ」

 

 背中にくっついている識へそう言葉を返しながら、住宅地を進む。しばらくすると島の中央を走る一本道へと差し掛かった。

 

 この辺まで来ると、建物といえば遠くに見える小学校くらいで、左右には畑が広がっている。見晴らしも良いし、バイクで走るにはなかなかに気持ちのいい場所だ。

 

「羽依里くん、もっと飛ばしておくれよ!」

 

「え、もっと?」

 

 その時、背中の識が興奮気味に言う。

 

 初めてバイクに乗った時はぶえぶえと泣き叫んでいたのに。二回目となると慣れてきたんだろうか。

 

「ああ。この乗り物は走るより速いのに、全く疲れないからね! 僕は風になりたいんだ!」

 

 ……なんか一昔前の歌の歌詞みたいなことを口走っていた。

 

「悪いけど飛ばせないよ。昔、事故をしちゃってね。それ以来安全運転を心がけているんだ」

 

「え、そうなのかい?」

 

「学生時代だけど、雨の中を急いでてスリップしちゃったんだ。幸い、怪我はなかったんだけどさ」

 

 久々に思い出したけど、あの時はしろはや夏海ちゃん、島の皆にたくさん心配をかけてしまったっけ。俺を含めて、誰も怪我をしなかったのが不幸中の幸いだった。

 

「だから、安全運転な」

 

「ああ、了解したぜ! 安全第一だ!」

 

 サイドミラー越しに識の笑顔を確認しながら、俺はバイクの速度を一定にしつつ進んでいったのだった。

 

 

 

 

「……あれ、羽依里さんじゃないですか」

 

 やがて小学校の前を通りかかった時、藍から声をかけられた。

 

「よう。今日は仕事じゃなかったのか?」

 

 返事をしながらバイクを止める。藍は目の前の校門に寄りかかるようにしながら、パックのフルーツ牛乳を飲んでいた。

 

「仕事はしてますよ。今は休憩時間です。ところで羽依里さんこそ、識ちゃんと二人でどこ行くんです?」

 

「明日のログボを探してるんだ」

 

「ああ……そんなの、駄菓子屋に行けば一発じゃないですか。品質保証で安心お手軽。駄菓子屋のログボですよ?」

 

 俺の目的を聞いた藍は、さも当然のように言う。しっかりと妹の店を宣伝してくるよな。

 

「確かにお手軽だけど……それは最後の手段にしようと思ってるんだ。なるべく自力で見つけたものにしたいしさ」

 

「そうですか。まぁ、せいぜい頑張ってください」

 

 ひらひらと手を振りながら、達観した表情を見せる。ぐぬぬ。妹と同じような仕草しやがって。目にもの見せてやるからな。

 

『ちょっと空門せんせー、いつまで休憩してるんですかー? 午後の会議始めちゃいますよー?』

 

「む」

 

 そんなことを考えていた矢先、聞き覚えのある音楽の後に校内放送が流れた。

 

「呼んでるぞ。空門先生」

 

「わ、わかってますよ。もう。忙しないですね……」

 

「頑張れよー」

 

 やれやれ、といった風に背伸びをした後、藍は校舎へと戻っていく。俺はその背中を見送った後、再びバイクを発進させた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……それから数分間バイクを走らせて、港の商店に到着したんだけど……ログボに使えそうなのは魚の干物や鳥白島まんじゅう、イナリ最中くらいしかなかった。

 

「この鳥白島まんじゅう、なかなかに美味しいぜ?」

 

 試食用に貰ったまんじゅうをもぐもぐと食べながら、識が言う。俺も半分もらったけど、島の塩を使った塩まんじゅうだった。生地の塩気とあんこの甘みが絶妙で、好きな味だ。

 

「こっちのイナリ最中は見た目も可愛いし、良い感じなんだけどなぁ」

 

「ひとつ150円らしいね。20個入りを買うと割引されて2500円になるみたいたぜ」

 

 確かにお得感はあるけど、正直観光客価格だし、これを買うと予算オーバーになってしまう。

 

 ……結局、俺と識は肩を落としながら商店を後にしたのだった。

 

 

 

 

「はぁ……どうせ明日配るんだから、賞味期限の近い割引品でもあるかと思ったんだけどなぁ」

 

「そうだね……」

 

「……あれ、二人とも、大きなため息ついてどうしたの?」

 

 識と港で頭を抱えていると、いつものようにスーツケースを引きながら鴎が寄ってきた。今日は暑いからか、反対側の手には日傘を持っている。

 

「何か心配事? 私で良ければ、相談に乗るよ?」

 

 鴎は自らの分身であるスーツケースに腰を下ろして俺たちを見る。この際だし、相談してもいいかもしれない。

 

「実は、ラジオ体操で配るログボを探しててさ」

 

「ほう、ログボ」

 

 興味のある話題だったのか、鴎が身を乗り出してきた。

 

「ああ。鴎なら何を用意する?」

 

「三角形の秘密と、パリングルスのセット……とかどう?」

 

「豪華だけど、できるだけお金をかけない方向でお願いしたい」

 

「じゃあ、手作りのボトルシップ」

 

「え、手作り?」

 

「うん。廃材利用で作るから、必要経費は限りなく0に近いし。材料さえ集まれば、量産体制に入れるよ?」

 

 鴎は腕をまくる仕草をしながら言う。半袖の服から見える腕は細いけど、鴎は恐ろしく手先が器用だ。たぶん、本当に材料があればあっという間に作ってしまうんだろう。

 

「もしかして鴎、手伝ってくれるのか?」

 

「うん!それで、納期はいつまで?」

 

「明日」

 

「……ごめん無理」

 

「だ、だよな……」

 

 納期を伝えたとたん、鴎は一気に萎れてしまった。例え俺と識が手伝ったとしても、今から材料集めないといけないし。さすがに無理な話だ。

 

「とんだブラック企業だよ……せめて、一週間は欲しかった……」

 

「気持ちだけで十分だよ。後は俺たちで何とかするから。鴎、ありがとうな」

 

 不満顔の鴎にお礼を言ってから、俺たちは港を後にしたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……それからは再びバイクに跨り、自宅で修理屋の仕事をしていた天善に話を聞いてみたり、道中で出会った良一やのみきに助言を求めたりしたけど、これといった成果は上げられなかった。

 

 特にのみきは俺たちを憐れんでくれ、「役所のお茶菓子を横流ししてやろうか?」とまで言ってくれた。さすがに断ったけど、あの目、本気だったよな……のみき、過去にログボで嫌な思い出でもあるんだろうか。

 

 

 

 

「……よし。到着だ」

 

 散々島内を巡った挙句、俺たちは山の中へとやってきていた。例の秘密基地を超えた先の、うっそうと草木が生い茂る鳥白島の秘境まで足を運んだ目的はただ一つ。山菜取りだ。

 

「識先生、よろしくお願いします」

 

「羽依里くん、顔が疲れているよ……」

 

 俺はそう言って、頭を下げる。島中を走り回ったせいで、バイクのガソリンも残りわずか。こうなったら、識に全てを委ねるしかない。

 

「まぁ、探してはみるけど……春や秋ならまだしも、夏だからね。あまり期待はしないでおくれよ」

 

 口ではそう言いつつも、ためらいもなく茂みの中へ分け入っていった。俺はそんな識の姿に感服しながら、急ぎ足でその後に続いた。

 

 

 

 

「……それで、何を探すんだ?」

 

「ひとまずワラビだね」

 

 道なき道を行く識の背中にそう質問を投げかけると、予想外の答えが返ってきた。

 

「え、ワラビって春の山菜のイメージなんだけど」

 

「確かにそうだね。今の時期、春に生えたワラビはすくすくと育っているんだけど、その根元をよく探してみれば、遅く芽吹いた新芽が見つかることがあるんだ」

 

 識はそう言いながら、自分の背丈ほどある草の中に頭を突っ込み、その根元を探る。まさか、この大きな草がワラビなんだろうか。ここまで長けるものなんだ。

 

「ほら、あったぜ」

 

 大きく成長したワラビに俺が驚愕している間に、識は目当ての山菜を見つけたらしい。草まみれになりながら起き上がった識の手には、見慣れた小さなワラビが握られていた。

 

「おお、本当だ」

 

「感心してないで、羽依里くんも手伝っておくれよ。これと同じものを探すんだぜ!」

 

「わかった。この草の下だな……」

 

 俺は見よう見まねで目の前の茂みに頭を突っ込む。ログボ用だし、できるだけたくさん集めないと。

 

 

 

 

「だ、駄目だ……」

 

 意気込んだものの、無数のやぶ蚊の洗礼を受ける羽目になるわ、マムシを見つけてしまうわで、結果は散々。

 

 場所を変えながら30分ほど粘ったけど、全くと言っていいほど成果は上がらなかった。それこそ、春はそこら中に生えていた気がするのに。

 

「夏の山菜は数が少ないからね。少し採れただけでも、良しとしないといけないさ」

 

 識の手には、10本近いワラビの新芽が握られていた。対する俺は1本。それもだいぶ長けていて、なんとか食べられるサイズのやつだ。

 

「さすが識だな。恐れ入ったよ」

 

「にへへー……褒めても何も出ないぜ。それより、もっと集めるなら、フキやウワバミソウも探す必要がありそうだよ。向こうに秘密の採取場所があるから、ついておいでよ」

 

 笑顔の識は、膝についた汚れを払いながら立ち上がり、更に山の奥へと進んでいく。本当、彼女がいてくれて助かった。

 

 

 

 

 ……さっきの場所から更に山の奥、行く手を阻む草の壁を越えた先に、突如として開けた空間が現れた。

 

 まるで意図的に隠されているようなその場所は、周囲を大きく育った木々に囲まれて日光こそ届きにくそうだけど、地面は落ち葉が堆積してふかふかだ。これなら、山菜が育つのにも良い環境かもしれない。

 

「ついたぜ。ここには蕗がたくさん生えているんだ。あの辺りの……」

 

「……識、ストップ!」

 

「ぶえ!?」

 

 妙な気配を感じた俺は、今まさに足を踏み入れんとする識の襟首を掴んで制止させる。同時に、奥の暗がりで巨体がのっそりと動く。

 

「……イノシシだ」

 

 ……どうやら、識の言う秘密の採取場所には先客がいたらしい。気配からして、あれはナベじゃない。正真正銘、野生の猪だ。

 

「識、気づかれないうちに、ゆっくりと下がって」

 

 本来、猪は臆病な動物だ。変に刺激を与えたりしなければ、滅多に人を襲うようなことはない。俺はかつて、しろはのじーさんから聞いた言葉を思い出しながら、識に指示を出す。

 

「羽依里くん、あの猪を捕まえる事ができれば、良いログボになるんじゃないかい? ごちそうだぜ?」

 

 ……俺の思いとは裏腹に、識は明るい声でそんな提案をしてきた。

 

「識、それ本気で言ってる?」

 

 武器や罠もなく、素手で野生の猪を捕まえるなんて、到底無理な話だ。

 

「ゴフゴフゴフ……!」

 

 できるだけ小声で話す俺たちの会話を理解しているのか、猪はすでに戦闘モードになっている。よし。こうなったら……!

 

「識、りゅうじんはがんしょうだ!」

 

「あれは水中専用の技だから、地上では使えないぜ!」

 

 思わずペケモントレーナーのように識へ指示を出すけど、バッジの数が少ないのか、言うことを聞いてくれなかった。というか、あれって水中用の技だったのか。

 

「ポンポン!」

 

 ……その時、草藪を抜けて、俺と識の前に颯爽と青いキツネが現れた。どうやらイナリが助けに来てくれたらしい。これは助かった。

 

「イナリ、でんこうせっかだ!」

 

「ポン?」

 

 同じように指示を出したけど、伝わらなかった。そりゃそうか。他人のペケモンだしな。

 

 ……って、現実逃避してる場合じゃない。冷静になれ、鷹原羽依里!

 

「ゴフゴフゴフ……!」

 

「ポンポン! フーーー!」

 

 相手が増えたせいか、猪は明らかに興奮している。イナリも威嚇してくれているけど、猪と狐じゃ体のサイズも違う。このまま素直に退散してくれそうにはない。

 

「ぶえ!?」

 

「ポン!」

 

 そう考えた矢先、猪が突進してきた。イナリも識も反射的に横っ飛びで避けるけど、猪はすぐに反転して、再び攻撃姿勢をとる。もう一度突っ込んでこられたら、今度こそ怪我をしてしまうかもしれない。

 

 くそ。何もしてないのに、どうして俺たちを狙ってくるんだ……?

 

「うぅ……イナリ先輩、頑張っておくれよ……!」

 

 ……そんな折、イナリの勝利を願って必死に手を合わせる識の指の間に、無数のワラビが挟まっているのが見えた。これはもしかして。

 

「識、その手に持ったワラビを捨てるんだ! たぶん、あのイノシシはそれを狙ってる!」

 

「で、でも、せっかく採ったワラビだぜ? これを捨てたら、明日のログボがなくなってしまうよ!?」

 

「気にするな! 命あっての物種だ!」

 

「わかったよ……えい!

 

 開き直った識は、持っていた山菜を全力で茂みの奥へと投げ捨てた。猪もそれを追って山の中へと消える……と、思いきや。

 

「ゴフゴフゴフ……!」

 

 俺の考えとは裏腹に、猪は怒りの矛先をこっちに向けたままだった。目的は山菜じゃなかったのか?

 

「は、羽依里くん、話が違うぜ!?」

 

「くそ。どうなってるんだ」

 

 困惑する識を庇うように、俺はイナリと並んで識の前に立つ。あの山菜の他に、奴にとって魅力的な何かが俺たちの方にあるのか? あるとすれば、それは……。

 

「……そうだ識、そのおむすびだ! おむすびポーチに入っている、おむすびを捨てろ!」

 

 ……必死に考えを巡らせた結果、そんな結論に辿り着いた。識は出発前におむすびを用意していたはずだし、奴の目的が山菜でないとすると、おむすびの可能性が高い。

 

「いやだ! これだけは絶対に捨てない!」

 

 しかし、識はおむすびポーチを両手で庇うようにして持ち、断固拒否の構えだ。えぇ、さっきの山菜はすぐに捨ててくれたのに。

 

「ゴフゴフ……!」

 

 そうこうしている間にも、猪は鼻息荒く攻撃姿勢をとる。もはや一刻の猶予もない。

 

「ええい、許せ識!」

 

 俺は力ずくで識の手からおむすびポーチをひったくると、その口をこじ開けておむすびを取り出し、猪へ向かって放り投げる。

 

「ゴフゴフ!」

 

 今度こそ俺の予想は当たったようで、猪は地面に落ちたおむすびに飛びつくと、勢いよくかじりついた。よし、今のうちに逃げよう。

 

「うぅ……! 羽依里くんがおむすびを捨てた! ひどい……ひどいよ……!」

 

 安堵しながら振り返ると、識は島中に響き渡るんじゃないかという大声で泣いていた。足元にいるイナリも反応に困っている様子で、両手で顔を覆う識を心配そうに見上げていた。

 

「えーっと、その、やむを得なかったとはいえ、ごめんな……」

 

「……ゴブッ!?」

 

 その号泣っぷりに、思わず謝っていると……おむすびを貪っていたイノシシが急に苦しみだし、泡を吹いて倒れた。おそるおそる近づくと、どうやら気絶しているらしい。

 

「は、羽依里くん、あの猪、どうなってしまったんだい?」

 

 予想外の出来事に、識も泣くのをやめ、びくびくと痙攣している猪を遠巻きに見ていた。一気に食べ過ぎて、喉に詰まらせてしまったんだろうか。

 

 

 ――へへ、実はさっき、鏡子さんからおむすびをもらったんだ!

 

 

 ……その時、俺は今更ながら思い出した。

 

 確か識のおむすびは、鏡子さんからもらったものだと言っていた。つまり、あのおむすびは鏡子さんの手作りだった可能性が高い。

 

 ……鏡子さんお手製のものを食べてしまったのなら、猪がああなってしまったのも納得だ。というか、事情を知ったら急に可哀想になってきた。

 

「よくわからないけど、気絶してるうちに逃げるぞ。イナリも、来てくれてありがとうな」

 

「ポン!」

 

 その事実を識に告げるのは酷な気がして、俺は話をはぐらかして山を後にしたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 無事に山を下りた俺たちだけど、ログボ用の山菜を失って、結局駄菓子屋で手持ち花火の詰め合わせを買うことにした。「やっぱりねー」と勝ち誇った蒼の顔を、俺はしばらく忘れないと思う。

 

「おかえり。ずいぶん時間かかったんだね」

 

 紆余曲折あったログボ探しを終えて加藤家に戻ると、しろはが出迎えてくれた。玄関先に置かれた時計は17時半を回ったところ。夏は日が長いからか、気を抜くとすぐこんな時間になってしまう。

 

「……ところで二人とも、どこまでログボを探しに行ったの?」

 

 しろはは泥と草にまみれた俺と識の姿を見て、笑顔だった。いや、笑ってるんだけど、これは怒ってる。俺には分かる。その目が、「すごく汚れてるんだけど。洗濯、大変なんだけど」と言ってる気がする。

 

「よーし識、今から風呂掃除をするぞ!」

 

「りょ、了解だぜ!」

 

 それを察した俺と識は、逃げるように風呂場へと向かう。掃除が終わったらそのまま湯を張って、早めに入浴を済ませてしまおうという魂胆もあった。

 

 

 

 

 進んで風呂掃除をした甲斐もあってか、その後はしろはの機嫌も直っていた。

 

 掃除を終えた流れで風呂を沸かし、先に入るように識へ伝えたけど、「一番風呂は殿方だぜ!」と、断固として譲らなかった。

 

 随分古い考えだなぁと思いつつも、言われるがままに少し熱めの風呂で汚れを荒い流す。それから縁側で火照った身体を冷ませていると、縁側の端に羽未の絵日記帳が置かれているのに気がついた。

 

「色鉛筆も散乱してるし、今日の分は書き上げたのかな? どれどれ……」

 

 今日こそ俺のことを書いてくれただろうか。そんな期待を抱きながら絵日記を手繰り寄せ、ページを開く。

 

 

 

『7月30日 天気:はれ

 

 きょうは、おとーさんやひーじーじといっしょに、かんけりをした。ひーじーじは、あきかんをそらのむこうまでけっとばしていた。すごい!』

 

 

 

 ……そんな文章の上には、島の皆に囲まれたじーさんがキラキラの笑顔で缶を蹴っ飛ばす絵が描かれていた。こんな笑顔のじーさん、俺は知らない。

 

「……また見てる。どう? 今日こそかっこいいおとーさん、描いてもらえてた?」

 

 何とも言えない気持ちでいると、エプロン姿のしろはが絵日記を覗き込んできた。

 

「いや、またじーさんに負けたよ。それにしても、羽未は日に日に絵日記書くの上手になってるよな。さすが、しろはの娘だ」

 

 俺はパラパラと絵日記をめくる。しろはも絵はうまいし、その才能はしっかりと羽未にも引き継がれているみたいだ。

 

「ほ、褒めても晩ごはんのおかずは増えないんだからね。ほら、羽依里も準備手伝って」

 

「わかった。わかった」

 

 しろはは恥ずかしさを隠すように顔を背けながら、俺の袖を引っ張る。そろそろ夕飯の時間らしい。

 

 

 

 

「いただきまーす!」

 

 ……俺としろは、羽未、そして識の4人で囲む食卓。この光景にもだいぶ慣れてきた。

 

「んー、おいしいー」

 

 今日のメイン料理はトンカツらしい。きつね色に揚がったそれを、羽未は口を大きく開けて頬張る。本当に美味しそうに食べるなぁ。

 

「トンカツなんて珍しいな。豚肉、もらったのか?」

 

「ううん。実はこれ、シシカツなの」

 

「え、シシカツってことは、イノシシの肉?」

 

「そう。イノキングの沢田さんが分けてくれたの。久々の大物ゲットだって」

 

 しろははそう言って笑うけど、俺は昼間山で出会った猪を思い出していた。あいつ、あの後無事に息を吹き返したんだよな? 捕まったりしてないよな?

 

「……」

 

 俺の向かいに座る識もどうやら同じ心境のようで、なんとも言えない顔でシシカツを見つめていた。

 

「しっかり下処理してから、小麦粉と卵、パン粉をつけてカラッと揚げたの。内ロース肉だから、柔らかくておいしいでしょ」

 

 俺たちの事情を知らないしろはは、嬉しそうに解説してくれる。無心で口に運ぶと、豚のそれとはまた違う、旨味の詰まった濃厚な油と肉汁が染みだしてくる。確かに美味しい。

 

「衣をつけるところは、羽未ちゃんも手伝ってくれたんだよ」

 

「がんばったー」

 

「そうなのか。そう言われると、衣も別格な気がするな」

 

「えへへー」

 

 少し大袈裟な反応をすると、羽未は純粋に喜んでくれる。早くに料理に興味を持つことは良いことだよな。

 

「そのうち、めきめきと腕を上げて、しろはより美味いチャーハンを作れるようになったりして」

 

「しゅぎょーするー」

 

 両手に握りこぶしを作って、やる気満々だった。羽未もしろはがチャーハンを作るところは毎回見ているだろうし、案外すんなりと作れるようになるかも。

 

「まだ羽未ちゃんには早いよ。チャーハン作りは10歳になってから」

 

 一方、しろはは至って真面目にそう言う。料理に関しては、彼女なりのポリシーがあるみたいだ。

 

「……うみさんが修行を始めたら、毎日チャーハンになりそうだね」

 

「ありえそうだ。朝は必ず、羽未の作ったチャーハンとかさ」

 

「朝からチャーハンとか、栄養が偏るし。せめて、お味噌汁はつけないと。それに……」

 

 ……やがて自然と識も加わり、会話は弾んでいく。

 

 少し不思議な家族団欒を楽しみながら、今日も夏の一日は過ぎていった。

 

 

 

 

第八話・完




第八話・あとがき


皆さん、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回のメインイベントは缶ケリからの、ログボ探しでした。
缶ケリは過去に#2でもやったのですが、今回は羽未ちゃんや識を参加させたかったので、あえてもう一度やりました。
さすが識は強かったですね。そしてログボ探しも含め、今回は識の出番が多めだった気がします。一方、藍の出番は少なかったので、次は増やしてあげたいですね。

ちなみに序盤に登場した鬼姫プランクですが、フォロワーさんよりネタをいただきました。
鬼姫=識というのは明白なので、鬼姫のスタイル=識のようなスタイルのことです。知らないこととはいえ、島の女性がこぞって識のスタイルを目指しているなんて、なんだか滑稽ですよねw
また、海の家での誕生日談義はどこかに入れたいと思っていたネタので、今回書けて満足しています。

次話ではクロスオーバーとして、Kanonより祐一、名雪、秋子さん、真琴、あゆの5人が加藤家に泊まりに来る予定です。かぎなどの放送もありますが、こちらも楽しみにしていただけると嬉しいです。
また、それとは別にステキなうどんの出店が登場するとかしないとか。こちらも楽しみにしていてください。

では、今回のあとがきはこの辺りで。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。
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