#01 入学編①
──魔法。
それが御伽噺や空想の産物でなく、現実の物となったのは今からおよそ一世紀前、カルト宗教の信者が錯乱し、核兵器を用いたテロを実行しようとしたのを超能力を持った警官が止めた事件に端を発する。
それまでにも、「
『物理法則を超えた超能力』は多くの科学者により研究され、やがて素質さえあれば誰にでも扱える技術として体系化された。
各国はこぞって「夢の技術」を「軍事技術」へと転用し、覇を競いあった。
──そして2095年。未だ統一の、いや平和の気配を見せぬ混沌とした世界情勢の最中、一人の「
─────────
『I'm tired of being what you want me to be…』
耳にはめられたワイヤレスイヤホンからLinkin Parkの”Numb”を聴きながら、アルフレッド・グラント・ロジャースは講堂が開くのを待っていた。
ルーツにアイルランド系移民を持つアルフレッドの顔立ちは彫りが深く、唇は薄い。よく通った鼻筋と金髪に、制服の上からでも分かる隆起した筋肉。
放つ威圧感は巌のようだが、同時に誠実で真面目なアイルランド人らしいオーラも彼は纏っていた。
「やっぱLinkin parkはいいな…」
チェスター・ベニントンが代表的なメンバーだったLinkin parkが活躍した時代からおよそ80年以上経つが、彼の祖国・アメリカでは依然として彼らは若者の間で一定の人気も持つ。
曲の世界に浸りながら、アルフレッドは胸元のロケットペンダントを取り出し、中に入っている1枚の写真を見る。
そこには20人近い男女が濃紺の軍服姿で写っていた。
「…まだ1週間しか経ってないのにホームシックになるなんて、エイブたちに笑われるな」
ペンダントを見ればアメリカで今も平和のため戦う『ハウリング・コマンドーズ』の仲間たちを思い出す。あまりホームシックになるのもいけないな、とアルフレッドはペンダントを再び胸元へと仕舞う。
すると、鋭い目付きが印象的な男子生徒が声をかけてきた。
「横、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だよ」
少し横にずれ、アルフレッドは座り直す。その横に鋭い目付きの男子生徒は座り込むと、アルフは彼に話しかける。
「僕はアルフレッド・グラント・ロジャース。君と同じ”
右腕のブレザーの、何も描かれていない灰色の紋様を指差しながら、アルフは男子生徒に手を差し出す。
「俺は
手を握り返してきた達也はアルフに聞く。魔法師の国際結婚が奨励させていた戦前の名残で魔法師にはハーフが多く、アルフレッドのような風貌自体は珍しくないのだが、逆に魔法師の世界において純外国人は少ない。
それは魔法師を囲い込む各国の政策が影響している。優秀な魔法師は出国を禁じられており、そのため魔法師で純外国人というのは珍しい。
アルフレッドの名乗りからその疑問が浮かんだ達也。
「いや、僕はUSNAニューヨーク州ブルックリンの出身だ。正真正銘の、アメリカ人だ。”星条旗”、歌おうか?」
「入学初日から目をつけられたくないよ、俺たちはこれだしね」
ブレザーを指して自嘲気味に笑う達也。
「そうだな、ただでさえ雑草だからな」
アルフがそう言って笑った後、達也はまた質問する。
「アルフがアメリカ人なのは分かったが…何故第一高校に?」
「日本の方が民間分野での魔法研究が進んでるからね、日本で資格を取っておいた方がいいのかなと思って」
「なるほど、日本語も上手いわけだ」
「本当かい?とても嬉しいよ。…そうだタツヤ、開場まで時間もあることだし、君さえよければ色々と日本について教えてくれないか?」
笑顔でアルフレッドは達也に聞く。こうも屈託のない笑みで聞かれては流石の達也も断れない。スッと読書用の端末をポケットにしまい、達也は大人しくアルフレッドの質問攻めに降伏することにした。
「お話中の所ごめんなさい、開場の時間ですよ」
日本の食文化や流行り言葉について達也がかれこれ2時間近く質問攻めにあっていると、上から声がかかる。
達也が頭を上げると、まず目に付いたのは大型のスカート。そして、右腕にはめられた生徒会の腕章と、左腕に巻かれた黒いブレスレット。
ブレスレットの名前は、CAD。
正式名称は術式補助演算機。魔法師の間では「ホウキ」「デバイス」という呼び方が一般的だ。
現代魔法において、長ったらしい呪文や仰々しい道具というのは使用されない。古式魔法と呼ばれる、主に日本や中国、チベットなどで継承されてきた種類の魔法では未だそう言ったものはつかわれるが、いずれにせよ少数派だ。
CADの利点はスピード・正確性。この二点に尽きる。
魔法式を予め入れておくことで1回のタッチのみで強力な魔法を発動できるCADは、市街地が主戦場で、一瞬の隙も見せられない現代戦において魔法師を主力たらしめる要因となっている。
話を戻そう。
この第一高校内において、CADの携帯が許されているのは教職員と一部委員会役員のみ。
そのことを頭に入れていた達也はこの女子生徒が何かしらの役員であることまで理解した。
「入学前から仲が良いのは凄くいい事ですけど、時間には気を付けてね?」
「ありがとうございます、えっと…お名前を伺っても?」
ベンチから立ち上がり、アルフレッドは彼女に一礼しようとして、名前を聞く。両手を後ろに回し、ふわりとスカートを浮かべる女子生徒。
「七草真由美です。ななくさ、と書いてさえぐさと読みます。よろしくね」
「アルフレッド・グラント・ロジャースです。よろしくお願いします、マユミ先輩」
「俺…いえ、自分は司波達也と言います」
二人が自己紹介をすると、真由美は「あぁ!」と漫画のようなリアクションをして見せた。
「貴方たちがロジャース君と司波君なのね。先生たちは貴方たちの話題で持ち切りよ?」
「自分たちの話題…ですか?」
アルフレッドが首を傾げる。達也はオーバーな動きを時折見せる真由美を「小悪魔だな」と心の中で評しながら話を聞く。
「ロジャース君はUSNAからやってきた”キャプテン・アメリカ”の子孫、実技はギリギリだけど筆記試験の成績も良好。司波君は圧巻ね。入試試験の平均点は7教科で90点。特に目を見張るのは魔法理論と魔法工学。「逸材がやってきた!」なんて言う先生も一人二人じゃないのよ?」
「情報システムの中だけの話ですよ。…にしても、まさかとは思っていたが…」
真由美の言葉をそう謙遜した達也がアルフレッドの方を見る。
「やめてくれ、タツヤ。コンプレックスなんだ、それ」
「…そうか、すまないな。では七草先輩、俺たちはこれで」
達也はまだ何か言いたそうな真由美に背を向けて、講堂へと歩き出す。アルフレッドも一礼して達也の横を歩いていった。
────────
真由美と話し込んでいたせいか、達也たちが講堂に入った時にはすでに席の半分以上が埋まっていた。
自分たちの席を探す中で、アルフレッドはあることに気付き、顔を顰めた。
「…タツヤ、これって規則だったりするのかい?」
「いや、恐らく自主的に分かれたものだろう」
アルフレッドが顔を顰めた理由。それは、前半分が八枚花弁のエンブレムのついた制服の「ブルーム」、つまり一科生、後ろ半分が入試時の成績が半分より下の「ブルーム」、二科生になっていたことだった。
差別の酷いアメリカ育ちのアルフレッドは、授業で習った公民権運動の頃の黒人差別に似たものをこの学生たちから感じていた。
たまたま成績が振るわなかっただけでこうも差別感情と言うやつは露骨に出るのか、と彼は憤りを覚えた。
「アルフ、あそこの端が二席空いている。そこに座ろう」
「あぁ、ありがとうタツヤ」
二人は後列の端、空いている二席に腰をかけた。
(あと20分か…)
隣のアルフレッドは目をつぶって俯いているから、開式まで寝るつもりなのだろう。会場内では端末も使えないため、達也もアルフレッドに習って寝ようとしたが、横から声をかけられ目を開いた。
「あのー…お隣、空いてますか?」
「…どうぞ」
何故名も知らない男子生徒の隣に座りたがるのか、と達也は思いつつ頷いた。女子生徒はどうやら四人で座れる場所を探していたらしく、残りの席に連れの女子生徒たちも座った。
「あのー…」
──一体何だろうか
再び声を掛けられた達也は、そう思った。別に肩や腕が当たっていた訳でもないし、文句を言われるようなことはしていない。
「私、柴田美月って言います」
予想外の自己紹介。達也は美月が気弱そうに見えただけに、より驚いた。
「司波達也です。こちらこそよろしく」
出来るだけ柔らかに挨拶し、顔を上げた達也は美月が眼鏡を掛けていることに気付く。
医学の進歩したこの時代、視力が落ちた場合でも少ない手間で視力を回復させることができる。故に、眼鏡をつけている場合は、2つのパターンに分けられる。
一つが、純粋なファッション。
もう一つが、「霊子放射光過敏症」という病気に羅患している場合だ。
この霊子放射光過敏症という病気は、見えすぎ病とも言われ、思考や感情といった情動を司ると言われている特殊な粒子、霊子の発する光が他人より見えやすい、という「体質」に近い病気だ。
ただ、眼鏡をしているということは相当見えやすいと言うことだ。
下手をすれば達也の持つ「異能」がバレてしまう。
美月の前では色々と気を付けなければいけない─
「あたしは千葉エリカ。よろしくね、司波くん」
そんな達也の思惟は、美月の横に座っていた赤に近い髪色の女子生徒の自己紹介により中断された。
「こちらこそ」
「で…横の彼は?司波くんのお友達?」
エリカが指さしたのは、その大柄な体格に見合わない寝顔を見せて熟睡するアルフレッド。
「綺麗な金髪ですね…」
「おい、アルフ。起きろ」
「ん…?どうしたエイブ、敵襲か?」
寝ぼけているのかタツヤを誰かと勘違いしているアルフレッド。達也は「俺だ、達也だ」と彼の肩を叩く。
「おぉ…達也か。で、こちらの方たちは?」
ようやく目覚めたのか、アルフレッドは姿勢を直して二人の方を向いた。
「こちらの二人は柴田美月さんと千葉エリカさん。たまたま隣の席に座ってな、少し話してたんだ」
「なるほど…アルフレッド・グラント・ロジャースだ。よろしく、エリカ、ミツキ。気軽にアルフと呼んでくれ」
身を乗り出し、アルフレッドは二人に握手を求める。美月は遠慮がちに、エリカは「ノリいいわね」と手を握った。
「にしても、アルフは純粋なアメリカ人?」
「あぁ。ブルックリンの出身だ」
「へぇーニューヨーク…この時代に出国出来るの?」
「政府が特例で許してくれたんだ。僕も詳しい事情は知らないんだけどね」
「ふーん…」
「あの…二人とも、もう始まりますよ」
美月の声と共に四人は前を向き、壇上に立った生徒会長・七草真由美へと意識を向けた。