無明にて、呪詛の独唱を   作:丸米

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呪術大好き。


終わりの始まり

 ここは何処かと申しますと。

 辺りの村人が恐れて誰も足を踏み入れやしない場所ですよ。

 

 

 

 何故と言われれば、ここが恐れられているからでしょうね。

 

 

 

 いまから80年前位ですかね。

 一人のろくでなしがこの村におったのですよ。

 

 

 

 このろくでなしが、四十人以上もの人間を殺しちまったもんだから。

 

 

 

 電線を切ってな。外部との連絡を絶たせてなぁ。手斧と猟銃を掲げて一つ一つ家々を尋ねてなぁ。女どもも男どもも皆々殺していったんだよ。この辺りの村の回線なんぞ風が吹けば切れる脆弱なものでしか無くてな。しかも夜とあっちゃあ誰も気にはせん。

 

 

 

 それはそれは、恐ろしい形相だったようでなぁ。

 男を抱かせなかった女。抱かせた後に別な男の妻となった女。自身を虐げた男。悪口を言った男。まあ四十人もいれば誰をどう殺したかなんていちいち覚えちゃいないんでしょうなぁ。

 夜這いの風習がいつまで経っても残ってるこの村で、病に伏した男が鼻息荒げて女を抱きに行く。拒否すりゃ殺され。受け入れても別な男と結ばれりゃ殺され。この世の地獄とはまさにこのことじゃ。

 

 

 

 その男は秀才での。

 秀才だったが、病じゃった。

 しかも病が結核と来た。

 結核は当時、感染病と扱われておってな。

 

 

 

 病で学校にも行けず、徴兵もされず。その時代じゃあもう男として終わっていると宣告されたも同然じゃ。

 男は狂ったように女を求めた。

 だが多くの女がそれを拒んだ。結核だったからの。

 

 

 

 病で遠ざけられ。

 

 女にも拒まれ。

 

 行きつく先は──皆々を巻き込んでの壮大な自殺だったわけさ。

 

 

 

 そう。

 自殺。

 

 

 

 その男は散々殺し、散々逃げ回り、行きついた先の山奥でその脳天に弾丸を撃ち込んで死んじまったのさ。

 

 

 

 他人を殺し、自分を殺した。

 

 

 

 怨嗟の声を綴った遺書まで残してな。

 

 

 

 これが、あたし等にとって──代々受け継いできた呪いですわ。

 見てみい。

 吹き溜まってら。

 ここは糞田舎だけどねぇ。

 

 

 

 あのろくでなしが起こした出来事を、何十年も引き摺りながら生きて来たわけですわ。

 

 

 

 四十人がぶち殺された場所じゃあ。

 ここら一帯。もう八十年も経とうってのに、それでも忘れやしないのさ。

 

 

 

 

 

 

 

「成程、成程。そういう歴史があったわけですね。──田舎なのに随分と淀んでいると思ってましたよ」

 

 老婆の話をにこやかに聞いていた男は、そう言って笑いかけた。

 男は常に目を閉じているかのような細目を堅持していた。髪を全て後ろに回し、黒い法衣を着込んでいる。

 

 眼前の男に対し、老婆は──アンタも見えるのか、と尋ねた。

 

「ええ。見えますとも」

 

 その声を聞き。老婆の表情は歪んでいく。

 ──そうか。お前さんもあの呪いの忌み子と同じか。そうかそうか、と。そんな事を虚ろに呟きながら。

 

「呪い.....。忌み子、ね」

 

 ──そうさね。

 ──だからあんたには。

 ──奴を。八十年前に死んだはずのあいつの血を継いだ、あいつを。殺してほしい。

 ──ここで呪いがうじゃうじゃでているのも。元を辿ればアイツが悪いんだ。アイツが、この人生を台無しにした。殺さねばならないんだよ。解ってくれるかい? 

 

 老婆は表情を大きく歪めていた。歪め続けていた。

 まるで心底から溢れ出る憎悪が、顔面から、もしくは全身から──呪いとなって出力されているかの如く。

 目元に大きく皺が寄り、全身をわなわな震わせ、血が滴る程の力をその拳に込めて。

 

 されど。

 

「──成程。流石は猿だ。認識を歪め、認識を誤る。救いようがない」

 

 眼前の男は、そんなものに何一つ自身を変えない。

 この老婆の声音も。様子も。その滲み出る憎悪すらも。

 意に返さない。

 この男にとってその声は人間から出力されているものとは程遠い代物であった。

 これが人間の感情であるならば。

 人として出力され、人としての生身の怨嗟をもって男にぶつけられたものならば。きっとこの男もまた人間らしく、対等の言葉を返すことが出来たのかもしれない。

 だが違う。

 男にとってこの老婆は人間ではない。

 

 強者ではなく弱者で。

 進化に置いていかれた適応に失敗した存在で。

 要は──人間に進化し損ねた、猿だ。

 

 猿の声音にいちいち共感を覚える人間などいない。

 猿にも人間と同じだけの権利を振りかざせると思う人間もいない。

 猿は猿だ。

 猿がいっちょまえに自身を人間であると自己主張するその姿。

 それを好む感性があるのならば滑稽だと思えたかもしれない。

 だが違う。

 この男は──ひたすらに猿が嫌いなのだ。

 

 故に男は笑った。

 その老婆の姿に好感を覚えたからではない。

 自身が望む世界に不必要な塵屑を──処分できる歓喜に。

 

 

 

「──猿が、我等呪術師に向かって同族を殺せと宣う。誰が聞くかそんな事」

 

 

 

 

 

 

 ──男は笑った。

 

 

 

 

 ──ただただ笑った

 

 

 

 ──希望に満ちた声音で。自らが望む世界へ向けた祈りを捧げるように。己が大義を掲げるように。眼前の存在を見下すように。笑った。

 

 

「この村に住まう連中も、利用する者共も、貴様も──まとめて、恐怖の中ただただ呪いを集める役割の猿でしかない」

 

 

 男の名は、夏油傑。

 

 四人の特級呪術師がうち一人。

 そして──史上最悪の呪詛師が一人。

 

「せめて──ありったけの呪いと共に、死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 . . . . . . . .

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腐れた村だ。

 歴史も腐っているし、その後の顛末まで腐っているときている。救いようがない。

 

 かつてこの村は40人以上もの人間が殺害された場所だという。

 

 結核持ちの男がとち狂って女も男も、恨みある者全員を殺していったのだという。夜這いを拒否したら殺す。別の男と致しても殺す。悪口を言っても殺す。そんなやべー奴がいたんだとさ。

 

 まあ。

 そんなもの昔の話だ。

 

 今の話をしようと思う。

 

 

 村はS県とN県の県境にある。

 周囲が山に囲まれた集落で、舗装された道もろくにない。そもそも住人がロクにいない。まともな行政すらない。警察だって今にも死にそうなジジイババアしかいやがらない。

 

 この事実だけでも辟易するというのに。

 最近──この村の住人ではない方々がこの辺りに来るようになった。

 何度も言うけど、住人なんてロクにいないけどね。

 代わりにろくでなし共の巣窟になってきている。

 

 麻薬を吸いに来る不良。

 産廃を捨てに来る違法業者。

 時々死体を埋めに来ている奴もいる。

 

 

 なにせここはロクに住人もいないし行政もないし警察もいない。そしてそのくせ県境。

 

 違法な事をしたい連中にとっては、最高の隠れ蓑だった。

 

 

 特に麻薬を吸いに来ているだけの馬鹿なアウトロー気取りのクズが日に日に増えてきている。周辺に散っているライターやら脱脂綿やら注射器やら山道に乱雑に捨てられている。日に日に、この掃きだめみたいな村に人間が集まってきている。

 

 やめて欲しい。

 本当にやめて欲しい。

 

 だって──

 

「びえぇえぇえぇえぇえぇえぇ」

 ほら。

 ほら来た。

 

 村の外れにある荒れ果てた墓地に入った辺り。

 異形の何かが、視界の中に入り込む。

 

 何だろう。何と形容すればいいのだろう。

 

 溺死体のようにぶよぶよの肉を全身に纏い、五つの目と五つの手がある。大きな肉団子に顔面と手をくっつけたようなそれが墓所を飛び交っている。

 人が多くなれば、こいつ等が増える。

 こいつ等は呪いだ。

 呪いなのだ。

 

 人の負の感情が吹き溜まり。

 吹き溜まった感情から生れ落ちる災い。

 

 ──感情という糞溜めに群がる蠅の如き、生命体もどきの化物。

 

 その気配を感じ取ると、立ち上がる。

 

 猟銃を手に。

 

『闇より出でて闇より黒く。その穢れを禊ぎ祓え』

 

 唱える。

 空から黒々としたインクが垂れ流されるように。唱えた通り──闇よりも濃い黒色が辺りを包み込んでいく。

 

 さあ。

 お仕事の時間だ。

 

 

 犯した罪に対し、

 罰は下される。

 

 ならば。罪を犯した存在の対象とは、どのように規定されるのであろうか。

 どうやらそれは、罪人の流れる血によって決まるらしい。

 罪人の子は罪人だ。

 罪人それ自身は、死ねば終わりだが。

 罪人が行った事実そのものは消えない楔となる。

 恨み辛み憎しみという感情も。

 その血によって生まれる贖罪行脚も。

 巡り巡る。

 罪と罰だって──結局の所、行きつく先は呪いでしかない。

 

 ──だから。俺がここにいて。ここで呪いに猟銃をぶっぱしているのも。俺に罪があって、そしてその罪に罰が課せられているかららしい。

 

 戸田栗彦は歩く。

 歩き続ける。

 

 帳が下りた空間内。暗い道を目を細めて、ゆっくりと。ゆっくりと。

 

 

 

 戸田栗彦は呪術師である。

 村に住み、村で発生した呪いを祓う。

 その行為のみを幾年も続けてきた。

 

 呪力が込められた猟銃を手に。

 息を潜めて。

 闇を見つめて。

 油断すれば震えてしまう程に脆弱な身体を引き摺るようにして。

 自らが作った闇の中を、彼は歩いていく。

 

 

 

 

 無明術式。

 それが、戸田栗彦が持つ術式の名称である。

 

 帳を降ろすと同時に、それは発動される。

 通常帳は、呪いが存在する空間を内外で分けることを目的としている。中の呪いを炙り出し、そして外から呪いの存在を視認されない事を目的として。呪力をもってこれを区切る。

 

 この区切る対象を──呪い以外にも、光を対象とするのが彼の術式だ。

 

 帳内部の光を奪う。日光・月光はおろか帳内部の電気系統も術式により破損する。

 

 そして。

 

「.....」

 

 何より重要なのが──この術式の内部において、術式の行使者以外は呪力の感知もできなくなること。

 

 呪術師も、呪いも。

 本来、双方とも互いの呪力を感知しつつ索敵を行う。

 

 呪力を持つ者が歩けば残穢が生まれる。呪力を解放し術式を行使すれば当然呪力も漏れる。

 それらもまた、見失う。

 戸田栗彦の術式が、それらを覆い隠す。

 

 

 ──無明に乗じる。

 

 暗闇に相手を自身ごと閉じ込め。

 自身だけが認識できる残穢を辿り、近付いていく。

 

 

 近付くごとに。

 死を感じる。

 まともに襲い掛かられて生き延びられるわけがない。

 

 残穢が途切れ、呪いの存在を感じ取る。

 死への恐怖を飲み込み、銃口を向け、引金に指をかける。

 

 

 

 ──不思議な事に。

 ──呪いは撃たれる瞬間、必ずこちらを振り返る。

 

 何も見えず。呪力の察知も出来ないはずなのに。

 それでも何故か──撃たれる瞬間、こちらを見るのだ。

 

 呪いによっては、目がないフォルムのものも存在する。

 

 顔面の輪郭すらも見えないものも。

 

 今回は、あった。

 

 その形相を見るたびに思う。

 ああ。

 これは間違いなく人から生まれた存在だって。

 

 弾丸にその身を貫かれ、消え去るまで──その呪いはずっと苦痛に歪んだ表情を浮かべていた。

 

 

 呪いを祓うと、帳を上げる。

 

 

 完全なる暗闇から解放され、木々の間を抜ける月光が周囲を包み込んでいた。

 

 

「うげ。げぇぇ」

 

 帳を上げた瞬間。

 全てが終わった確信と共に──肺を中心に全身が痛みが回り、全身に震えが走る。

 そして。

 せき込むと同時に──瀉血。

 

 痰と共に吐き出されたそれは、地面に静かに染む。

 

 

 呪いと対峙している時は、恐らく体全体が生き残れるように気遣ってくれるのだろう。痛みなど気にならないくらい集中してくれる。

 

 しかし。いざ全てが終わった瞬間──その気遣いは全てツケとして自身の身体に降りかかってくる。

 肺が急激に痛み出し、呼吸をするだけで全身に激痛が走る。その結果呼吸すらままならなくなる。

 以前は呪いを祓うたびに自身の身体を地面に投げ出して泣き叫んだものだった。

 

 己の肉体は、恐ろしく脆弱。

 本来は外に出回る事すら困難な肉体を引き摺り、呪いと殺し合っている。

 

 震えながら。

 墓石に背を置き休憩をとる。

 気分が悪くて、顔を下に向ける。

 それだけではこみ上げる諸々に耐え切れず目を瞑る。

 

 

「──何を転がっておるか」

 

 声が聞こえて。

 戸田は顔を上げる。

 

 そこには、老婆が一人その姿を見ていた。

 墓石に転がるその姿を見るその眼は、人間を映していなかった。

 

 

 その声を、戸田は無視する。

 

「お前の血が呼び込んだ呪いであろうが。お前が祓うのは、当然の事だろう」

「.....黙れクソババアが。麻薬捌いて人増やして、呪い増やしてんのは何処のどいつだ」

「口に気を付けろや小僧。──気に入らないというなら、お前なんぞ幾らでも殺せることを忘れるな」

「.....」

「この村は一月前から教団と手を組んでいる。呪詛師の教団だ。お前如き殺せるだけの呪術使いがいるのだという事。努々忘れぬでないぞ」

「だったらさっさと殺せや。──出来ねえことを言うもんじゃねぇぞクソが」

 

 戸田はひゅう、と一つ呼吸をして。

 身体全体に呪力を回す。

 

「ぐは.....!」

「意味ねぇ喧嘩売りやがって.....。その呪詛師様の力を借りられる前にテメエの首をへし折ってやろうか? ああん?」

 

 地面を蹴り上げ、老婆の首を掴む。

 皮も肉も薄い。

 骨もまるで枯れ木の様だ。

 

 この脆弱な身体であろうとも──老婆一人この世から消し去るにあたって不足はない。

 

「またか? またお前は殺すのか? あの男のように。あの時──おっかあを殺したあの男のように」

 

 首が絞められながらも、老婆は喉奥から絞り出すようにその言葉を放った。

 

「....」

 

 戸田は。

 掴んだ首の力を緩め、老婆を地面に突き飛ばした。

 腰先から地面にしたたか叩きつけられ、老婆は肺の空気を一気に吐き出した。

 立ち上がり、衣服についた土汚れを払って。

 老婆は──剥き出しの憎悪を叩きつける様に、戸田を睨みつけた。

 

「殺してやる。お前のような犬畜生。必ず、必ず.....!」

「.....やれるものならやってくれ」

 

 互いにそう呟いて。

 背を向け、歩き出した。

 

 

 昼の間寝て、夜の間に徘徊し呪いを探す。

 それが戸田栗彦の生活サイクルであった。

 昼と夜で言えば圧倒的に夜の方が呪いの数が多い。

 この村に対する負のイメージは圧倒的に大量殺人が起こった夜の方が大きく、その分だけ呪いも強力なものが発生しやすくなる。

 

 ──ぎゃはは! マジでいいなこれ! 

 ──いいだろ? 一気にぶっ飛べる! しかも警察だって来やしねぇ

 

 歩く中。

 麻薬中毒者共の声もまた周囲から聞こえてくる。

 山の中を歩くと、どこもかしこも麻薬目当ての連中で溢れている。草むらを切り開いてキャンプをしている連中すらいる。煙に乗って麻薬の匂いが漂っている。

 

 村の敷地なんて山を切り開いた中央部しかない。民家だって数えるほど。本当にクソ田舎だ。

 本来、呪いというのは人が多い所に発生する。人から流された負の感情がそのものが、奴等の構成要素であるから。本来こんな田舎、呪いなんてそうそう発生しないはずなのに。

 

 ただ。

 この村に根付く記録的な大量殺人が起こったというイメージ。そのイメージから来る恐怖感。

 更に。

 麻薬目当てで来る人間が増えた事で、都会程ではないにせよ人の数は増えてきている。

 

 ──麻薬の栽培、販売を村が行っている。

 そしてその指揮を執るは、あの老婆。

 

 ──正直、こんなクソ田舎で麻薬捌いて金を稼いで何の使い道があるのかと思わんでもないが。

 あの死にぞこないのババアは、どうやら死に際に冥途の渡り銭が欲しくなったらしい。

 

 金を儲ける為に麻薬を捌き始めて。

 それを目的に流れてくる人間に応ずるように、呪いも飛躍的に強力なものになっていった。

 

 山道を歩く。

 歩き続ける。

 

 一体の呪いを祓ったものの。それで仕事が終わりだという保証はない。

 山道を歩き、呪いを探す。

 

 そして。

 終点の景色を見る。

 

 山道を螺旋状に回り回った果て。

 丘の景色がある。

 切り立った崖は、高さそのものは大したことは無い。しかし木々が切り開かれ、何物にも邪魔されない満点の星空と、小さな村の全容が見える。

 

 この山の頂上から見える景色が、戸田はどうしようもなく好きだった。

 病の身で呪いを探し歩き回る。

 この行為から生み出される、どうしようもない疲労感を超えた苦痛の果て。

 肺が痛みにきりきり痛み出し、血痰が生み出され吐き出す中でも。

 

 それでも。

 そこから見える吸い込まれるような星空だけは、自分を慰撫してくれるようで。

 朝焼けの景色は、理由なく心を震わせてくれるもので。

 その感覚質が、まだ自分は人間であると証明してくれるようで

 

 

「やあ」

 

 いつも、誰もいないはずのその場所。

 本日は、先客がいたらしい。

 その先客は白のセーターの上にジャケットを着込んだ、女だった。

 化粧もしていないのに、透き通るように白い肌。

 月光に照らされると、まるで光と同化しているかのようにさえ見える。髪色すらもまっさらな白髪で、本当に何もかもが白い女だった。

 

 

「君はここの常連さんかな。申し訳ないね。今日は私が先客だ」

 

 その女はにこやかに笑みを浮かべて──紙煙草を口に含み、ライターで火をつけていた。

 

「君も一本どうだい少年?」

「.....未成年なんで」

「大丈夫。成年でもこいつを吸うのは犯罪だから。気にしない気にしない」

 

 あははと笑って女はそう呟いて、星空に向けて煙を吐き出した。

 

「アタシの名前は飯塚花梨っていうの。君は?」

 そう彼女は名前を聞くと。

 ゲホゲホと煙に喉を詰まらせていた。

 

 

 

 

 

 

 . . . . .

 

 

 

 

 

「夏油様。──その村とは、直接向かうだけの価値がある場所なのですか?」

「うん」

 

 教団施設内。

 秘書然とした女性が、夏油傑に声をかける。

 

「いつも言っているだろう。猿には二種類いると」

「ええ。呪いを集める役割の猿と、金を集める役割の猿。この二種類」

「──あの場所はきっちり二つの役割を果たしているからね。こちらとしても重宝しているのさ」

 

 S県とN県の県境にあるその村は、夏油傑率いる教団と手を組んでいる。

 

「行政の目の届かない立地を利用して麻薬の栽培を行って金を工面する。どうしようもなく増え続ける呪霊を私が回収する。金も多額寄付行ってくれたし、二級レベルの呪いもかなり回収できた。猿の住まいにしては優秀な場所だったよ。だけど、今回はそんな用事のために行くわけじゃない」

「では、何故?」

「──この前行った時だがね。呪胎が見つかった。まだまだ全然小さかったけどね」

「な....!」

「あそこでは──近々特級レベルの呪霊が生まれる」

 

 夏油は笑む。

 呪胎。

それはーー特級クラスの呪いが生まれる兆候である。

胎児の姿を象り、顕現するタイプの呪いであり、それは転じてその呪いの強力さを表している

 

「計画は近い。強力な手駒は一つでも多く持っておきたい。──と、いう訳で。私は村に赴くよ」

「お一人で?」

「うん。生まれたてではあろうが相手は恐らく特級だ。他の家族を危険に晒すわけにはいかない」

 

 ふふん、と夏油は笑う。

 

「特級が手に入るなら、あんな村などもう用済みだ」

 

 

 夏油傑は選民主義者である。

 その基準となるのが、呪術を扱える才が存在するかどうか。

 彼は才持つ者を愛し、そして持たぬ弱者を猿と忌み嫌う。

 

 ──呪力を制御しきれぬ弱者の猿が糞をひり出し、それを強者が処理を行わねばならない。

 

 弱者に強者が適応している矛盾。

 弱者ではなく強者ばかりが死なねばならぬ矛盾。

 

 あらゆる矛盾を内包するこの世界を──受け止め切る事が、この男には出来なかった。

 

 

 故に。

 彼は一つの夢を持つ。

 

 自らの理想の世界を作り上げる事を。

 

 ──非術師を殺し。呪術師のみの世界を作り上げる。

 

 この理想の実現の為に。

 ──非術師を殺戮し、彼は元居た組織を抜けたのだ。

 

 

「──さあ、猿共」

 

 そうして。

 彼は村に足を踏み入れた。

 

「地獄を見るがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 . . . .

 

 

 

 

 

 

「ほらほら少年。こっちにおいで」

 

 切り立った崖先。

 足先をぷらぷらと投げ出し、煙草を咥えて──飯塚花梨はそう戸田を誘った。

 

「......」

 

 何処か釈然としないが、戸田は言われるがまま隣に座る。

 

「君の名前は?」

「戸田栗彦っす」

「ほうほう戸田君か。ここで何してたん?」

「.....お姉さんこそ、何やってたんすか?」

「夢をかなえてた」

 

 夢をかなえた──。

 そう呟く彼女の視線の先には、一本の煙草がある。

 

「最近の夢だったんだ。好きなだけモルヒネ打って。麻薬吸うの」

「.....モルヒネ」

「うん。──私末期癌でさ。モルヒネないと全身痛くて痛くてしょうがないの」

 

 からりと、

 飯塚花梨はそう呟いた。

 

「もう根本治療しても助かる見込みなんてないくらい進行してたみたいで。両親共々三年前に事故って死んじゃって。その時にあの手この手で親の金ぶんどろうとした親戚連中に頼るのも癪だし。治療なんてしないでいいやってなってねー。持っているお金ふんだんに使って大量にモルヒネ買って。そんで手っ取り早く麻薬買う為にここに来たの」

 

 煙草を噛み、一息。

 

 ゲホゲホとまたせき込む。慣れていないのだろう。

 

「気分がいいよ。誰にも迷惑をかけることも無いし。──はい、それじゃあ私が何していたのか話したから、今度は君の番ね」

 

「.....」

 

 話したところで信用されるのかどうか。

 呪いというよくわからない何かがあって(そもそもアレ生命体なのだろうか)

 それを祓う為に夜な夜なライフル抱えて歩いています──なんて。

 

「君、高校生? そもそもこの辺り学校なんてあるの?」

「ないっすよ。俺、学校行ったことないっす」

「ありゃ。まさかの」

「まさかの。そもそも俺は戸籍すら存在するか解らねぇっす」

「なにそれ。黒孩子か何か?」

「何すかそれ」

「中国の一人っ子政策のせいで生まれた事をなかったことにされた子供たちの事らしいよ」

「へぇ」

「それじゃあ、何も勉強とか何も出来ていない感じ?」

「勉強道具だけは親が遺してくれたおかげで、何とかなってるっす」

「遺して、って事は」

「死んでます」

「死んだのかー。そっかー。私と同じだねー」

 

 飯塚は笑いながら、言葉を続ける。

 

「私の親ね。私が末期癌だって知ってから死んじゃった。ガードレールに車突っ込んで」

 

 変わらぬ口調で。

 飯塚は続ける。

 その変わらない態度が──不自然に戸田は思ってしまっていた。

 

「自殺かどうか微妙なラインだって。警察の人も保険屋の人も言ってたね。まあ自殺なんだろうな、って思う。あんまり精神的に強い人たちじゃなかったし」

「そうっすか」

「うん。自殺されると目覚めが悪いのよね。身体も痛けりゃ心も痛い。本当に勘弁してほしいよ。間違った死って呪いだよね、本当。──ここもさ、なんか昔40人くらい死んだ場所なんでしょ。ここ?」

「.....そうっすね」

「人ってさ。生きてから死ぬまでレールがあると思うの」

「レールですか」

「うん。一番まっとうなレールが、多くの人から看取られる死に方だとしてさ。そのレールから外れて死ぬ人間がいくらでもいるの」

「....」

「.....私はさ。せめてまっとうにレールに乗ろうと思ったんだよ。親より先に死ぬの申し訳ないけどさ。せめて親に見送らせてやろうって。副作用にげーげー吐いてもギリギリまで薬の治療続けたし。頑張ったのにさ」

 

 ふふ、と笑って。

 紫煙を空に吐き出す。

 

「親から先にレール外されちゃった。──もう見送ってくれる人いないんだわ。はっはっは」

 

 だからこうして麻薬吸っているの、と。

 飯塚は言った。

 

「ああごめん。また私が話しちゃってたね。はい、どーぞ」

 

「.....俺は、呪いを祓っていました」

「ん?」

「言葉通りですよ」

 

 そして、彼は可能な限り噛み砕いて──呪いという存在について、飯塚に説明した。

 

 人が生み出した負の感情が淀みとなって沈殿し。

 沈殿したそれらから、生まれる存在。

 それが──呪いであると。

 

「本当は都会の方がいっぱいいるらしいんすけどね。ここは──色々な事情が重なり合って、普通の田舎なんかよりもずっと呪いが出やすい場所になってる」

「あー。.....ここ、麻薬目当てでいっぱい人いるし」

「うす」

「そもそも村の歴史そのものが人の負の受け皿みたいな所もあるから....ってこと?」

「そういう事です」

 

 へー、と。飯塚は呟く。

 

「──それで。なんでそんなきつそうな仕事君がしているのよ。君、見るからに病人じゃない」

「.....病人だろうと、呪力さえあれば呪いに抵抗できます」

「呪力?」

「そう呪力。呪いと同じです。自分の中にある負の感情をエネルギーに転嫁させたものというか....。そういうものです」

「それがあるから、病人でも戦わされてるって事?」

「むしろ()()()()()()()ってのが近いです。俺は病人だから、呪力があるんです」

「.....?」

 

 呪力、というのは。エネルギーに近い。

 呪いを祓う為に。

 身体に巡らせ、放出する原動力。

 

 呪術、という特殊な技法を使うための大本の力だ。

 

「呪術において、縛りという概念があるんです。自分の力の使い方に制限をかければかけるほど、その出力そのものは強くなっていく」

 

 例えば、特定の時間以外は呪力を抑えるという縛りを自身に課せば。

 いざ特定の時間がやってくれば呪力が増えて力を得られる──といった具合に。

 

 自らが自らに、もしくは自らと他者との間に。縛りを課し、力を得る。

 

「俺は、俺自身が課したわけじゃない。誰が課したかも解らない縛りがあるんです。──誰が課したかも解らないから、課した奴を天と見立てて”天与呪縛”。俺は──結核の症状が恒久的に与えられる代わりに常人を超えた呪力を持ち合わせているわけです」

 

 戸田栗彦に課せられた縛りは、その肉体に刻まれた脆弱性。

 肺そのものに何ら異常はない。しかし、それでも彼は呪力の補助なしでは少し出歩くだけで呼吸困難になり、血痰を吐き、肺の痛みに悶える。その症状だけが与えられている。

 

 これが。

 誰から渡されたかも解らぬ、縛りとして厳然と存在している。

 

「.....症状だけ、っていうなら。モルヒネ使って痛みを抑えたりとかできないの?」

「できますけど。そうすれば急激に呪力量が減ります。あくまで、この苦痛を縛りとして俺は呪いと戦える力を得ている訳です」

 

 恒久的な痛みを与えられ。

 その痛みから逃げんとすれば、戦う力が喪われる。

 

 それが──戸田栗彦に刻まれた天与呪縛。

 

 

「じゃあ。君は何で──そうまでして呪いを祓ってるの?」

 

 純粋に。

 飯塚はそう尋ねた。

 

 戸田は──少々答えに窮した。

 何故、と言われれば。

 そうしろと周りから言われ続けてきたからだ。

 

 周囲の人間も。

 自分と同じような呪縛をかけられて呪いと戦い続けてきて、殺された父も。

 その後心労で死んだ母も。

 みんなみんな、そうしろと言ってきたからだ。

 

 では、何故言われてきたからそうしてきたのか、という部分を紐解いていくと。

 

 やはり──。

 

「俺が.....この村で大虐殺をやらかした奴の子孫だから、じゃないですかね」

 

 

 先祖がそういうことをやらかしたから。

 その罪を背負えと言われ続けて。

 背負い続ける事が当たり前だと。

 その憎悪を引き継いでいくのが当たり前だと。

 

 そう、思い続けてきたから。

 

「そっか」

 

 飯塚は話を聞き終えると、一つ頷いた。

 

「君も──レールに乗ろうと必死なんだね」

 

 と。

 

「そりゃそうか。君の前にはこの村が作ったレールしかなかったから。必死にそれにしがみ付こうとするよね。──ねぇ」

「はい」

「君──ぶっちゃけ、自分なんて死んでもいい、って思っていない?」

 

 ──やれるものならやってくれ

 

 先程、あの老婆に殺してやると言われて。

 ああ呟いた自分は、──自分の命なんてどうでもいいと。そう思っていた。

 

「でもさ。そう思っちゃうレールに乗っかるのって、なんか勿体ないよね。私みたいなレールのない人間が言うのもアレだけど」

 

 飯塚花梨は。

 そう言って、笑った。

 

「──あー、もう。うん。どうでもいいや」

 

 彼女は唐突に吸っていた煙草を、持っていたペットボトルに棄て──そして、残りの煙草も全て投げ捨てた。

 

「ねえ戸田少年」

 

 そして。

 実に──晴れやかな笑みを浮かべて、彼女は言った。

 

「私と一緒に──この村出ていかない?」

 

 え、と。

 そう思わず口に出していた。

 

「君には──この村の呪いを祓うという役割の代わりに、私が役割を与えよう」

 

 

 ニ、と笑みを浮かべて。

 

 

「──私の最後を、看取ってくれ。親に壊されたレールの上に、もう一度私を乗せてくれ」

 

 浮かべた笑みを、持続させて

 

「私は親が遺してくれた二千万がある。二千万だ。私が死ぬまで、恐らく二百万も使わんだろう。全部君にあげる。戸籍がないなら、全部現金にして直接君に手渡してもいい。ああそうだ。その辺りの戸籍の関係とかも外に出て弁護士にでも相談してもいいかもしれない。君がもう一度別のレールに乗る為の助力も、幾らでも手を尽くす。──だから」

 

 彼女の笑みは、

 

「──頼む、よ」

 

 次第に──流れた雫と共に崩れ去る。

 

 それは。

 何の為に流されたものなのか。

 

 自身の前にレールがない事に対する嘆きか。

 自身の眼前にある人間に対する同情か。

 自身の願いを聞き入れさせんとする、打算か。

 

 

 解らない。

 解らないけれど。

 

 でも。

 それを──戸田栗彦は知らなかった。

 

 ある時から。

 もう喪ったもの。

 失望とともに、もう流さなくなったもの。

 

 それを。

 まだ彼女は持っていたのだ、と。

 

 

 そんな事を──少しだけ、思ってしまった。

 

 

 ──もし、一緒に逃げる気になったら。二日後の夜にまたこの丘の上に来て欲しい。

 

 そう彼女は呟いて、じゃーねと手を振り戸田の前を去っていた。

 

「....」

 

 どうするべきだろうか。

 二日の猶予は、きっと自分の思考を纏めさせるために設けてくれたものであろうことは、想像に難くない。

 

 自分の今まで。

 自分のこれから。

 

 そもそも天与呪縛でまともな体力もない自分が外に逃げることが出来るのか。

 

 色々と思考が巡る。

 

 結局──何も結論は出ないまま。

 住処に辿り着いた。

 

 

「やあ」

 

 

 そして。

 

 

「こんにちは。私は夏油傑という。──戸田栗彦君というのは君かな?」

 

 肩にかかる程の長髪に、薄目も口元も釣り上げた笑みを浮かべる黒法衣姿。

 そして。

 ──今までも見たことない程の雰囲気と淀みを感じる、男。

 

 間違いない。

 ──ババアが言っていた、手を組んでいる呪詛師か。

 

 

「少しだけお話がしたいと思ってね。お勤めのあと本当に申し訳ないけど──少しお邪魔させて頂いてもよろしいかな?」

 

 その男が浮かべた笑みに。

 微かに──破滅の足音が耳朶に響いた気がした。




オリジナルのキャラが多くてすみません。
最終的には一人になるので許して。
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