無明にて、呪詛の独唱を   作:丸米

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終わりの始まり②

「まあまあそんなに緊張しないでくれ。──私は君の敵じゃない」

 

 ニコニコと笑みを浮かべて、夏油傑と名乗る男はそう言った。

 ボロ屋同然の掘立小屋の中、嫌な顔一つせずに茶を啜っている。

 

「.....あのババアは、呪詛師を送り込んで殺すと言っていた」

「あのお婆さんとは単なるビジネスの関係だよ。私はお金を貰う。その代わり私はここの呪いを祓う。──お金儲けの為に随分と呪いが増えたそうだからね。君一人に背負わせるには重すぎると感じたのだろう」

 

 それに、と。

 夏油は言う。

 

「私は余程の事がない限り、呪術師を手にかける事はしない。殺すなんて以ての外だ。──私は呪術を扱える者には敬意を表している」

「....」

 

 ──余程の事がない限り、か。

 やはり、この男は呪詛師であると実感する。必要とあらば手段を選ばない人間で──そしてその根底に一貫した目的を持っている男だと。

 

「術者は、強者だよ。自らの中の呪力を制御し管理し利用する術を持っている。非術師では到底できない事だ」

「.....そうですかね」

「そうだとも。──我等こそが真なる人間。呪いという存在。呪いという仕組み。この世界の枠組みに適応し、進化した存在だよ。そうは思わないか?」

 

 ──自分は強者。

 そんな意識、自分は一度たりとも持ったことなかった。

 

 どれだけ──あの異形に対抗できる能力を持っていても。

 結局の所自分は常に弱者だった。

 

「俺は、そう思えません」

「ふむん?」

「呪いが世界の枠組みだったとしても、所詮は枠組みでしかない。世界を構成する要素のほんの一つでしかない」

 

 呪いにまつわる世界だけを基準にすれば呪術師は強者だろう。

 呪いを祓える、唯一の存在なのだから。

 しかし。

 そんな力があったとしても変えられないものばかりだった。

 

「夏油さんは呪術師は強者で、非術師は弱者だと言っていましたね」

「ああ」

「仮に──呪術師によって非術師が完全に淘汰されてしまって、呪いがなくなったとして」

 

 その仮定は、ふと戸田の頭の中で浮かび上がった代物であった。

 単なるたとえ話。

 しかし──仮定の話だというのに。

 

 夏油傑は、一瞬。そう一瞬だ。

 目も頬も口元も。全てが全て吊り上がり──悪魔の如き表情を浮かべた一瞬があった気がした。

 

 その違和感を飲み込み、それでも言葉を吐き出す。

 

「──次に淘汰されるのは、俺だと思います」

 

 呪いがいなくなれば、呪術の価値もなくなる。

 祓うべき呪いがいなくなれば──天与呪縛によって脆弱な肉体を背負った自分に何の価値があるというのか。

 

「──呪いという世界の枠組みがなくなれば、俺はたちまち弱者へと転落してしまう。強者としての自分は、薄氷の上で成り立っているんです。非術師も、非術師から生まれる呪いも。その枠組みあっての呪術師という人間の価値だと。そう、思うんです」

 

 その返答を聞くと。

 夏油は、笑っていた。

 

 笑って、言った。

 

「──そんなことにはさせないさ」

 

 と。

 

「私は教団を率いている。必ず、呪術師にとっての楽園を作り上げる。それこそが──」

 

 真っすぐにこちらを見る目は。

 歪みに歪んでいても──それでも一切ブレない意思があった。

 

「私の大義だ」

 

 

「ああ。本当に悲しい」

 戸田栗彦と幾らかの話をした、その後の帰り道。

 夏油は一つ道を振り返り戸田栗彦の住まいを再度見る。

 古く、立て付けも悪い。あれが人間の住まいだと思えない。

 そして彼の話を聞くだけでもよく理解できる。

 彼は──強者でありながら弱者に迎合し、猿としての価値観を刷り込まれてしまった哀れな存在なのだと。

 

 ──呪いが世界の枠組みだったとしても、所詮は枠組みでしかない。世界を構成する要素のほんの一つでしかない。

 そう、戸田は言っていた。

 

「違うんだよ、戸田君。その枠組みそのものが間違っているんだ」

 

 猿の呪いが。

 巡り巡って呪術師を殺す矛盾。

 その不条理が。何よりも不可解で不愉快。

 それ故の──夏油の大義が存在する。

 

「呪術師が呪術師を慈しみ敬う。私が作るこの世界の枠組みの中において──決して君を弱者になんかしない」

 

 ならば、と。

 夏油は呟く。

 

「まずは。──君を蝕む、君が過ごしてきた枠組みを破壊しよう」

 

 村はずれにある、教団の支部を歩く。

 歩く中──夏油の足元に弱弱しい肉と骨の感触が足元から伝わる。

 

「ああ。──やはり猿の死骸なんぞ、通り道に置いておくべきじゃなかったね」

 

 それは。

 上半身と下半身が分断された、老婆の亡骸。

 

 夏油は軽く手を振る。

 それだけで──空間上に幾つか、小型の呪いが浮かび上がる。

 それが死骸を囲み──べぎ、べぎ、と骨を砕く音が聞こえてくる。

 

「さあて──そろそろ時間だ」

 

 

「.....」

 

 ──あれだけの呪詛師が村についているのならば、もう俺は用済みだろう。

 

 そう確信できた。

 対峙して理解できた、呪術師としての格の違い。

 会話して理解できた、あの男の思想の片鱗。

 

 ──そしてあの男はきっとこの村で何かをやろうとしている。それも、とびっきりのろくでもない事を。

 

 決断を迫られている。

 この村にいて、自分に何が出来るというのか。

 

 ──いや。違う。

 

 出来る出来ないじゃない。

 そもそも──何かが出来るとして、それをやるだけの価値がこの村にあるのか。

 

「....」

 

 もたげる。

 頭にもたげるは──飯塚花梨の誘いの言葉。

 

 今が決断の時ではなかろうか。

 この村に自分自身を縛り付けるか、それとも破滅覚悟の出奔か。

 

 この瞬間。

 自分は──どのレールに乗るべきか。その決断に迫られている。

 

 

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん

 

 聞こえた。

 耳朶を腐らせるような、老人の()()()のような。

 そんな声が。

 

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん

 

 

 唐突に感知し始める、夥しい量の呪力。夥しい量の呪い。

 

「なんだ.....これは」

 

 こんな事、今まで無かった。

 家を出る。

 

 

 そこから見える光景は──。

 

 村を囲む山岳の四方八方、その全てを取り囲む──大量の呪いの大群の姿だった。

 

「....」

 

 この時点で、戸田栗彦はこれらの呪いを全て祓う事は出来ないと諦めた。

 己の術式は帳を張るだけのもの。殺傷力はない。

 実質、自分が持つ呪いを祓う手段はこの猟銃でしかない。

 

 

 ならば。

 今自分がやるべきことは。

 

 

 

 ──頼む、よ。

 

 

 

 

 脳裏によぎるキーワード。

 

 飯塚花梨。

 約束。

 

 二日後。

 

 

 ──二日後。

 

 

 戸田栗彦は願った。

 この二日の間、彼女は村の外に向かっているのだと。約束の日にまたこちらに来るだけなのだと。ここに留まってはいないのだと。

 

 

 しかし。

 それはあり得ない。

 

 

 この夜の時間帯。

 わざわざ明かりもない山道を超えて外に向かう訳がない。

 

 

『──闇より出でて闇より黒く。その穢れを禊ぎ祓え』

 

 その声は。

 何処か絶叫の様であった。

 

 

 戸田栗彦の判断は。

 村を囲む呪いを、更に覆い尽くす帳を降ろした上で──呪いの足を止めさせる事。

 そして、呪いの足が鈍っている間に、村にいる飯塚花梨を見つけ出し村の外に出る。

 

 村を囲む呪いは、量は多いが一つ一つの強さは三級程度がほとんどで、強くて二級。全部を祓う事は出来ない。しかし、何体か倒して突破口を開いて彼女一人逃す事は可能なはずだ。

 それ故に。

 彼は──村全体を覆う巨大な帳を敷いた。

 天与呪縛により増強された呪力であっても、ギリギリの範囲。

 

 それでも彼は帳を敷いた。

 

 

 

「流石だ戸田君。──そうしてくれると、思っていた」

 

 夏油は。

 帳が降りる様を、山岳の頂上から見ていた。

 

「──さあて。いつ変態してくれるかな」

 

 

 帳の中には。

 呪胎が一つ。

 

 

 夏油傑は村の中で呪胎を見つけたものの──見つけた当時、変態し呪霊となるにはひどく小さなものだった。

 時間経過によって変態してくれるものかと思っていたが。

 一向に成長する気配がない。

 

 そこで彼は、幾つかの仮説を立てた。

 

 受胎が変態しない理由。

 

 夏油は──この呪胎は、十分な呪力が溜まれば変態が自然に行われるタイプのものではなく、幾つかの条件を満たさなければ変態しないのではないか、と。

 この村で特級クラスの呪霊が発生するとなれば、当然関わっているのは──かつて行われた大虐殺に関するものであろうと。

 

 

 なので。

 

 

 夏油は一つ試す事にした。

 

 

 

 ──かつて大虐殺が行われた状況を再現する。

 

 

 かつて殺人鬼は。

 村中の電源を落とし、猟銃と手斧をもって暗闇の中村人を殺し回った。

 

 

 同じことをする。

 暗闇の中、手駒の呪霊を以て──虐殺を行う。

 

 

 

 夏油傑。

 彼が持つ術式は、”呪霊操術”

 

 祓った呪霊を自らに取り込み、自らのものとする術式。

 

 

 山岳を囲む呪霊は彼のものであった。

 

 

 戸田栗彦は混迷の中にいた。

 

 周囲から響き渡る断末魔の声。

 帳の中の呪霊たちの動きが、あまりにも迷いがない。

 迷いなく、人間を襲い掛かっていく。

 

 

 ──何故だ。俺の術式が効いていないのか! 

 

 今まで対峙してきたそれらとの違いに。

 焦りが募っていく。

 

「どこだ.....!」

 

 探す。

 探し続ける。

 

 

 その形相は、何処か泣きそうな表情をしていた。

 

 

 

 

 夏油傑は、この計画を行う上で──戸田の術式についてチェックを行っていた。

 時に、彼に手勢の呪霊をけしかけ。

 時に、彼の帳の中に入り込み。

 

 彼が村の中で仕事を行っている間。彼が持つ”無明術式”について、調査をした。

 

 そこで判明した事は、彼の術式は確かに「呪力が感知できなくなる」という事象は起こるのだが。

 その因果関係は”術式内の呪いや呪術師の呪力の感知機能にエラーを起こさせる”事で発生するものではなく。

 ”戸田栗彦自身の呪力で帳内を満たし、発生する呪力を自らの呪力で上書きする”事で発生しているのだと。

 

 つまり。

 帳内に入っても呪力を感知する機能そのものは失われない。

 ただ、術式によって周囲に満ちた戸田の呪力だけを感知している状況に落とし込んでいる。

 

 そして。

 そこから更に理解した事。

 

 戸田が術式で呪力を覆える対象は、帳内に存在する呪いや人間の呪力だけ。

 帳の外にいる存在──この場合においては、夏油の呪力には干渉できない。帳の外にある呪力に、干渉できない。

 

 故に。

 

 

 夏油は仕込みを行っていた。

 

 

 村に来訪する人間。また村人。

 全員が全員、目印となる──夏油傑の呪力を持たせる方法。

 

 

 その答えはシンプルであった。

 

 村が主体となって販売していた──麻薬。

 そこに、自らの呪力を流し込んでいた。

 

 

 

 麻薬の製造にかかわった村人。

 実際に麻薬を使用した者。

 

 

 それら全員──夏油が流し込んだ呪力がへばりつけられ。

 へばりつけられた呪力が目印となって──暗闇の中、呪いが躍動する。

 

「自分の術式についてはちゃんと0から理解しておかないと。こうして足を掬われる事となる」

 

 帳によってその光景は見えないものの。

 中で行われている地獄の中、猿が絶叫と共に死にゆくさまを想像し──夏油は一つ、微笑んだ。




ふへへ。
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