無明にて、呪詛の独唱を   作:丸米

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サブタイ通り、これにて完結。
お付き合いいただきありがとうございました。


終わり

 絶望とは、望みが絶える事。

 不幸とは、幸福が失われる事。

 

 私は望みも幸福も、自分だけが持てるように生きてきた。

 自分の望みや幸福が自分以外の何者かに依存する事が、あまりにも綱渡りなように思えて。

 

 

 癌が発覚したのは高校生の時。

 腫瘍の摘出手術を行ったのがその一年後。その後腫瘍が別の個所に転移しているのが発覚。

 抗がん剤での治療をした。

 高校を退学した。

 両親がガードレールで事故って二人とも死んだ。

 

 

 ずっと笑っていた。

 人前で泣くことを決してしなかった。

 だって。

 病気でもうじき死ぬというのに、──自分が頑張っていなければ、見放されてしまうと無意識に思っていたから。

 

 父は元々俳優志望で、母はファッションデザイナーを志していたらしい。

 志してはいたが、結局父は会社員で母は主婦の傍ら時々パートの仕事をしていた。

 志した夢が叶わず、両親はその分私に希望を託していた。

 

 自分だけで叶えられる幸福を得られなかったが故に。

 両親は幸福を得るための手段として、私に希望を託したのだと──今になると思う。

 

 だから私を愛してくれていた。心底に愛情深い人だと思う。

 

 そして。

 同時に思う。

 

 

 ──愛は呪いなんだと。

 

 

 愛情をかけた依存物が病で失われる事が確定された時の両親の顔は未だによく覚えている。

 あらゆる全てが瓦解したような。

 心の輪郭が全て沼底に沈められたような。

 

 

 自分を幸福にしてくれるはずだったのに(愛していたのに)

 

 それは──自分よりも早く壊れて、絶望と不幸に叩き落す代物としてそこに現れた。

 

 反転した。

 希望が絶望に。

 幸福が不幸に。

 

 その結果として。

 両親は死んだ。

 

 

 私を愛していたから。

 彼等は正しく死ぬことが許されなかった。

 

 だから私は。

 私の幸福を私自身の欲求だけで満たそうと思ったのだ。

 

 

 自分の幸福は自分で決める。

 誰かに依存して生み出す幸福を欲しがらない。

 自分の幸福の構成要素に、自分以外を含めない。

 

 治療もやめた。

 モルヒネも好きなだけ打った。

 最終的には麻薬にも手を出した。

 

 死という終着点に至るまでの道のりを、ただただ自分が味わわされている痛みを緩和させ、快楽を味わう為だけに。

 

「.....それなのになぁ」

 

 なんで。

 自分は──見ず知らずの男の子に、あんなことを提案したのだろう。

 

 半ば衝動だった。

 助けたい、と心の底から思ってしまった。

 自分の幸せは自分だけが決めると──そう思っていたのに。

 

 

 結局。

 自分の為だけに生きてきて理解できたのだ。

 

 この自分の行為は、目前の死という終着点までの道のりから目を逸らしているだけなのだと。

 

 いわば。

 崖に落ちる事が決まっているから──目隠しして崖から落ちようとしている。

 

 それが幸福なのだと思っていた。

 

 思っていた、のに。

 

 

「はは。もう何も見えないや」

 

 病のせいなのだろうか。

 もう何も見えない。

 麻薬とモルヒネを打ち続けたせいか、あまり熱いとか寒いとか痛いとかない。

 

 ああ。

 死がやってきている。

 暗闇から自分が貪られているような感覚が走っていく。

 

 

 ──何で私はあれだけ頑張っていたのか。解った気がする。

 

 ──頑張ってでも、繋ぎとめておきたいものがあったからだ。

 

 ──自分の正しい死の為に。死に至るまでの幸福の為に。自分以外の誰かが必要だったからだ。自分へ向けられた哀しみという名の愛を、欲しがったからだ。

 

 

 死を。

 見届けてほしかった。

 

「いやだよぅ」

 

 嫌だ。

 一人は嫌だ。

 こんなに無感覚のまま死ぬのは嫌だ。

 誰かに手を握ってほしかった。

 誰かに悲しんでほしかった。

 一人で泣きたくなかった。

 

 望んだ死のはずだ。

 淡々と進む死が目前にあったはずだ。

 希望も無いから絶望もなく、幸福も無いから不幸もない。自分が定めた自分のための正しい死が、ここにあるはずだ。

 

「いやだよ....」

 

 

 嫌だ。

 こんなの正しい死じゃない。

 私にとっての正しい死は、誰かの愛を感じ取っての死だ。そのはずだ。そう思ったから──。

 

 ──あの男の子をありったけの力で幸せにして。

 ──そして誰かを幸せにした自負と共に、誰かの愛をありったけ感じて。

 

 死にたい。

 そう自分の中で思ったんだ。

 

 病気を抱えたまま頑張っている自分と同じような男の子。

 

 出会ってしまった。

 愛されたいと。誰かの中に入り込みたいと。

 思ってしまった。

 

 

 

 ──悔いが、生まれてしまった。

 

 

 ──不幸と絶望が生まれてしまった。

 

 

 ──こんな思いをしたくないから、自分の生き方を定めたのに。

 

 

「嫌だ.....よぉ」

 

 

 遂にもう声を出す事すらできず。

 

 ぎちり、という音を最後に。

 

 

 飯塚花梨は──

 

 

 

 

「.....」

 

 

 帳を上げる、光が満ちる。

 そこで見えたのは。

 

 

 白い肌が真っ赤に染め上げられた、女性の死体。

 

 腹部と喉笛を食いちぎられ、空に向かい仰臥していた。

 

 その表情は──苦痛に歪んではいなかった。

 ただただ、赤子のように泣きじゃくるように眼を瞑り、口元を歪めていた。

 

 

 術式使用後の痛みが襲い来る事も、何処か他人事のようだった。

 それほどに──彼女の姿から視線を外す事を、許せなかった。

 

 

「ああ。まだ無理か」

 

 

 意識外から、声が聞こえた。

 そこでようやく──戸田栗彦は視線を向けることが出来た。

 

 

「大きく成長はしたが、それでもまだ変態はしないか....」

 

 その視線の先には、夏油傑がいた。

 夏油は──戸田の頭上に視線を向けつつ、軽く首を傾げている。

 

 頭上を見る。

 そこには──透明な膜に覆われた胎児の如き何者かが、宙に浮かんでいた。

 その何者かは巨大で、木々に囲まれた空を覆うかの如く影を作っている。

 

 

 帳を上げた瞬間、呪いの動きが止まった。

 周囲の村人や中毒者を軒並み殺し尽くして、ピタリと。

 

「....夏油さん」

「なんだい、戸田君」

「この呪霊.....まさか」

「そう。私の手駒だ。──私の術式は呪霊操術。呪霊を取り込み、操る」

 

 至極あっさりと、夏油は自らの術式の内容を告げた。

 ああ、と。

 戸田は何となく理解した。

 

 ここで自らの術式を相手に開示するという”縛り”を課すという事の意味を。

 

 

「可能であるならば呪術師である君と戦いたくはない、が。──それでも君は呪術師だ。君の意思を、自由を、私は否定しないよ。君が私を殺したいと願うならば、受け止めよう」

 

 

 戸田の術式を利用して、この村を壊滅させる。

 それが──この男の目的だったのだ。

 

 

 戸田は──ゆらゆら揺れながら、倒れ込むように女性の死体に腰を下ろし、その肩を抱いた。

 

「どうしたのだね戸田君」

 

 そして

 

「それは──ただ外から来ただけの()だよ」

 

 

 

 

 

 理解した。

 完全に理解できた。

 この光景が、この男の望む世界。

 

 

 

 そんなもののために。

 彼女は死んだのだ。

 

 

 

「.....す」

 

 

 ああ。

 肺が痛くて上手く言葉が出てこない。

 なのに。

 自分の脳幹は──叫びたくて叫びたくて、全力で息を吸い込み、肺から吐き出させ喉奥を絞り込んでいる。

 

 

「殺す....! 殺してやる!! 絶対に殺してやるぅぅぅぅ!!」

 

 

 涙を流して。

 声を上げて。

 

 全身が軋みをあげる。

 構わない。

 もう構わない。

 どうなっても構わない。

 

「──成程。やはり最後のトリガーは、君か」

 

 村そのものを、かつての状況に追い込み。

 虐殺を行い。

 それでも変態を遂げなかった受胎が──心臓の鼓動のように、躍動している。

 

「君自身の憎悪そのものが必要だったのだな」

 

 

 もう構わない。

 自分の中で、無意識に縛りをつける。

 この男を殺せるのならば、何をしてもかまわない。

 全てを賭ける。

 全てを縛りとして利用してやる。

 

 術式も。

 命も。

 

 全てくれてやる。

 

 

 その意思にこたえるように。

 

 

 受胎が、変態を果たす。

 戸田が抱きかかえる、飯塚花梨の亡骸へと移動し──それを取り込むことで。

 飯塚の亡骸を自らを覆う呪力の膜の内部へと取り込み、同化し、──そして顕現した。

 

 

 それは。

 襤褸衣の軍服を着込んだ人型の呪霊であった。

 

 

 

 全身が焼け爛れたような肌。半分消し飛んだ顔面。左手に手斧を持ち、猟銃を背負っている。呪霊は残る半分の顔面から血涙を流し、怨嗟の声ならぬ声で絶叫を上げる。

 

 

 

 天与呪縛により常人離れした量をほこる戸田栗彦の呪力は。

 その術式の対象を夏油のみに狭め。

 そして自らの命を対価とする縛りもつけ。

 

 ──全てを犠牲にしたそれは、この瞬間のみ無尽蔵に近い量と化した。

 

 

 

 変態した呪霊は。

 背後霊の如く、ピタリと戸田の背後にくっ付いている。

 

 

 ──自らの命を縛っての呪力の増大。その呪力による、特級呪霊との主従関係の構築。

 

 やはり。

 あの呪霊はこの村由来の殺人鬼──津田富道への恐怖から醸成された仮想怨霊。

 それが顕現するに必要だったのは、暗闇の中で虐殺を行う事でかつての事件と同じ恐怖を湧き起こし、そしてその子孫である戸田栗彦の強い憎悪を根源とする強固な呪い。

 

 

 その呪いによって、より強力な呪霊としてアレは生まれた。

 

 

「──それでは」

 

 その呪い。

 貰い受ける。

 

 帳が落ちる。

 暗闇の中──呪詛師と呪術師による呪い合いが開始された。

 

 

 俺は何の為に生まれてきたのだろう。

 解らない。

 

 

 きっと──この男は、それが理解できた男なのだろう。

 それに比べてどうだろう。

 無為に村に尽くして。

 はじめて自分に手を差し伸べてくれた人を助ける事も出来ずに。

 

 ただただ──苦しむだけの人生だった。

 

 

 ──ああ。

 ──彼女の言うとおりだ。

 

 

 俺はただ間違ったレールの上を何も考えずに乗っかってきたんだ。

 正しいレールの存在なんて知らずに。

 そもそも自分の足元にレールがあるなんてことも知らずに。

 ただただ。

 歩いてきたんだ。

 

 

 ──ありがとう。

 

 俺に。

 救いがあるかも、と思わせてくれて。

 

 ──そして、本当にごめんなさい。

 

 

 俺を掬おうとした貴方に俺は何も出来なかった。

 きっと。

 差し伸べた手は、俺に最後の希望を託そうとした手であったはずで。

 

 救われようとしていたんだ。

 でもそれは果たされなかった。

 

 

 今なら解る。

 救いがあるのだと、理解した俺ならば解る。

 

 

 

 

 

 

 彼女は、不幸と絶望の中で死んだんだって。

 

 

 

 俺という希望。あったかもしれない幸福の幻想の中で。

 

 

 死んだんだって。

 

 

 

 ごめんなさい。

 だから。

 だから──せめて。せめて。

 

 俺の思いも。

 貴方の思いも。

 

 

 ありったけの呪いに転嫁して──この男を。

 

 

 

 もう何も痛くない。

 肺の痛みもない。

 力がみなぎっている。全身に溢れる呪力が溢れ出るようだ。

 

 

 

 灯だ。

 呪いによって、点火した──最後の、灯。

 

 

 ありったけを食らわせろ。

 殺せ。

 絶対に、生かしておくな。

 

 

 ──絶対に。絶対に──

 

 

 

 

 

 しゅるしゅると、呪いが掌の上に収束していく。

 それを指先で握り、舌先に転がし、喉奥に流し込む。

 

 味わわされるは、ゲロ雑巾の味。

 

 

 ──この味に、かつては耐え難く思った。

 しかし今はもう大丈夫。

 今の自分には、大義がある。

 

「あと一歩だったね」

 

 夏油の法衣には、大きく袈裟に切り刻まれた傷がある。

 最後の力を振るった戸田の一撃。夏油は避ける事叶わず一太刀受けていた。

 

「──いつ見ても、哀しいものだな。あの顔は」

 

 何度見たであろうか。

 悔恨をその表情に刻み込んで死んでいく仲間(呪術師)の姿を。

 

 

「悔いのない死は、呪術師はあり得ない.....か」

 

 

 夏油は振り返る。

 木々の幹に腰かけるように、息絶える戸田栗彦の姿。

 

 

 その隣に彼女の姿はもうない。

 

 

「さようなら」

 

 そうして。

 虐殺の果てに──その村には誰もいなくなった。

 

 

 残るものは、何もない。

 

 

 

 

 

 これは呪いの物語。

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