「うーん、わっからんなぁ……」
木製のデスクに積まれた書類の山。それを前にして年若い男が頭を抱え唸っていた。寝ていないのか目元には若干クマができている。デスク横の窓に船渠と大型クレーンを望むこの部屋はこの男の執務室であるらしく、控えめに調度品が置かれている。
男がもうお手上げだといった様子で椅子にもたれかかり、ボーっと宙を眺めていると、机の正面にあるドアがコンコン、と二回ノックされた。
「ん、入ってくれ」
ドアが開き、間をおいてセーラー服を着た少女がお盆をもって入ってくる。
「司令官、朝食お持ちしました!」
「悪いな、吹雪。お、おにぎりか」
「はい!お忙しそうでしたので、間宮さんに頼んで二人分作ってもらいました!」
「そうか、ありがとうな。っさて、ちょっと一息入れるか」
司令官、と呼ばれた男は、一度大きく伸びをしてから立ち上がると、隣の小さな机にまで溢れた書類をどかし始めた。
「それで、何かわかったんですか?例の
おにぎりを頬張りながら、吹雪と呼ばれた少女が「司令官」を見る。
「いんや、さっぱりだ。15.5cm砲と20㎝砲ってとこから、どっちも搭載したことのある最上たちにも話を聞いてみたんだがな。混載なんてのはやっぱりありえんらしい。まぁ、そもそも最上たちの2号20㎝砲は正8インチ、20.3㎝砲だしな。最上の末の妹、って線も無しだ」
片手に食べかけのおにぎりを持ち、目の前に開いてある編成表に目を落としながら彼が続ける。
「それで、未成艦も含めた計画書やら設計案やら改装案やらにもあたってみたんだがなぁ……結論としては、戦時改修だったとしても、あんな艤装の艦があったことすら怪しいように思う」
「えーっと、つまりは全くの謎ってことですか?」
「……まぁ端的にいえばそうなるな」
「うーん……あ、そうだ。役に立つかわからないですけど、一つだけ気づいたことがあるんです」
「ん?」
「あの人、担いだ時に古鷹さんみたいな匂いがしました」
「おいおい……まぁどんな情報もありがたいっちゃありがたいな。一度、古鷹にも話を聞くか」
そんなことを話しながら、空いた手で次々と判を押していく。
「よし、チェック完了っと。吹雪、悪いがこれ、大淀のところに届けてくれるか?」
「はい!では行ってきますね!」
「あ、ちょっと待った。その前に俺も聞きたいことがあるんだが」
書類を受け取り、元気よく席を立った吹雪を司令官が呼び止める。
「はい、なんですか?」
「その例の艦娘、その後はどんな感じだ?」
吹雪たちが担いで帰ってきた謎の艦娘は、今は客室に寝かせてある。
「うーん、ずっと眠ったままですね。心配ですけど何をしても起きなくて……」
「特に変わらず、か。しかたない、何か変化があったら教えてくれ。じゃあ書類、よろしく頼むぞ」
「はい!行ってきます!司令官!」
そう言って、パタパタパタと元気な足音が廊下をかけていった。
――――――――――――――――――――――――――――
「ぅん……」
「っ!?」
上体をばねの様に跳ね上がらせ、辺りを見回す。今、私がいるのは士官室よりも広い正方形の個室のようで、視点を落とせば真っ白なシーツのかけられた寝台がある。
寝台?そんなのまるで、人間みたい……!?
「えっ、なに……これ……」
視界には、見慣れない華奢な手が自分から伸びているのが映っていた。
恐る恐る、寝台の上から降りる。カーペットの上に二本の足で立ち上がり、見下ろしてみると、そこにはセーラー服を身にまとった
「私……身体?なんで?」
そう言って初めて、声が出ていることに気が付く。汽笛とは違う感覚。
わけがわからない。パニックになる思考に頭がついていかない。とにかく落ち着かないと。どうやって。隊長や副長の女の子はいつもどうしてたっけ。深く……息をする?
吸気口から缶室に空気を送り込むイメージで、大きく空気を吸い込み、はきだす。ちょっと落ち着いてきた。一度頭を整理しよう。
「名前……思い出せる。蒼炎。巡洋艦、蒼炎。隊長がくれた名前」
「所属、レジスタンス艦隊第二戦隊。もう引退したけど艦隊旗艦もやった。そう、覚えてる」
「この部屋に来る前……わからない……わからない。母港にいた……?」
直前の記憶だけが欠落してる。なんで。怖い。再びパニックに陥りそうな思考を深い呼吸で落ち着ける。
もう一度ぐるっと部屋を見回して、陽の差し込む窓に気づく。窓からは凪いだ海が見えていた。
「海……港!」
見知った母港の近くであってほしい。そんな期待をもって窓に駆け寄る。
しかし
「知らない……海?私……いったい何処にいるの?」
目に映ったのは見たことのない港湾と、水面を進む小さな黒煙だけだった。