ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~   作:月ノ輪

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人間側 とあるキャンパーのソロキャン

 

 

「――あぁ。今日も頼む。一人で一泊だ。レンタル用具も特に必要はない」

 

 

『キャンピングダンジョン』の入り口、ログハウス内。受付をしてくれている木の霊…山の神様の眷属といつも通りの応答を繰り返す。フッ、ここに来るのも幾度目だろうか。既に数えるのを止めているほどだ。

 

 

だが、今回は普段とは少しばかり違う。とある考えがあってな。通れば良し、通らなければ仕方なし程度のものだが。財布を取り出しつつ、その木の霊へと告げる。

 

 

「それでだが……今回はソロ用のサイト(場所)ではなく、ファミリー用の…複数人でのキャンプが出来るサイトで頼みたい。無論、余裕がなければ構わないんだが」

 

 

俺のその言葉を聞き、驚いた様子で首を傾げる木の霊。無理もない。一人だというのにそんな要望を入れたら困惑するのも当然だろう。

 

 

だが木の霊は不思議そうな表情のままながら台帳を調べて、コクリと頷いてくれた。有難い、許可を得られたらしい。早速料金を払って入らせて貰おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここをキャンプ地とする。……なんてな」

 

 

目立たぬ一角に背負っていた荷物を置き、解放された身を精一杯伸ばす。今日は比較的暖かい日となっているとはいえ、山だ。空気は冷たく澄んでいる。フッ、心地いいな。

 

 

さて、テントを設営してしまおう。使い込んだ一人用のものだ、すぐにできる。――――よし、こんなものだろう。さて……。

 

 

……ふむ。まだ早いうちなのもあって、居ないようだな。()()()()は。

 

 

 

 

 

なに、俺は一介のキャンパーだ。以前このダンジョンへ新米冒険者達の訓練教官として訪れ、それでここの虜になった、な。

 

 

あぁ、ここには高難度向けのサイトがあるんだ。そこでは俺達が普段行っているような野営の疑似体験、それも丁度いい塩梅のものができて、俺はギルドの上役に言われて指導係として――すまない。どうでもいいな。

 

 

ともかく、俺はこのダンジョンに魅せられた。最初はわざわざ野営の真似事をするなんて何が楽しいんだがと思っていたんだが……今や野営中でもここでのキャンプのことを考えてしまうほどだ。

 

 

なにせ楽なんだ。冒険者としての野営はパーティーメンバーとの人付き合いがある。別に嫌いではないんだが、金稼ぎと言う目的上ピリピリとしたムードが発生し、成果の分配で揉めることもある故にあまり心は休まらない。

 

 

更には魔物や猛獣、野盗の襲来に備え身を潜められる場所にテントを設営する必要があるし、そのための見張りも必須。まあそれも当たり前だろう。野営は手段であって目的ではない。面倒ながら行わなければならない行動の一つだ。

 

 

だがしかし、ここはどうだ。ダンジョンといえばダンジョンだが、金稼ぎのために潜るようなダンジョンではない。即ち、手段であった野営――もといキャンプのためにあるダンジョンだ。

 

 

煩わしい人付き合いやしがらみは大してなく、素晴らしい風景を前にテントを立てられ、何かが襲ってくることもない。その元で焚火に当たりながら本を読み、コーヒーを傾け、怠惰に時間を潰す。これを最高と言わんとしてなんとする。

 

 

フッ、このダンジョンには感謝の念しかない。ここに来たおかげで、俺達冒険者が忘れていた野営の楽しさを思い出すことができたのだからな。敢えて少し残念な点を挙げるとするならば…俺の友人達はそれに気づいてくれず、以前の俺と同じようにキャンプに対して渋い顔をしている点か。

 

 

まあそれならば一人で静かにゆるりと楽しむだけ。所謂ソロキャン勢と言うやつだ。良いものだぞ? 聞こえてくるのは焚き火のパチパチと鳴る音、風がひゅるりひゅるりと流れ木の葉がかさりかさりと揺れる音、そして遠くで聞こえる人の楽しそうな声。それらを絶景と共に眺め堪能するのは。何を味わうも思うが儘だ。

 

 

……何? それならば何故、今回はソロ用のサイトではなくファミリー用の場所に来たのか? 言ったろう、ちょっとした考えがあると。

 

 

 

 

 

何故独り身の分際で複数人用のサイトに来たのか、何故あれだけ謳っておきながら目立たない端の方にテントを設営したか。それは今回の目的にある。そうだ、今回に限ってはキャンプを楽しむのは二の次。真の目的は別にある。それは――。

 

 

「よぉ姉ちゃん達。テント立てんの苦戦してんのかぁ?」

 

「ならオレ達が手伝ってやるぜ?」

 

 

――……。

 

「い、いえ結構です…!」

 

「大丈夫ですから……」

 

 

…………。

 

 

「へへ、そういうなって! ただ手伝う代わりによ……!」

 

「俺達のテントもタたせて貰わないとなぁ~! ひひひ!」

 

 

………………はぁ…。まだ朝早いというのにやはりいるのか、あの手の輩……。唾棄すべき迷惑客が。全く……。

 

 

「おい。やめておけ」

 

 

「あ゛ぁ!?」

「誰だテメエ!」

 

 

「ただのキャンパーだ。早くここから去れ。山が穢れる」

 

 

「んだと! このヤロ――ぐへっ!?」

「!? テメエ叩っ切って――あぐっ……」

 

 

「『武器の使用は極力控える』。それがここの暗黙のルールの一つだ。聞こえていないだろうが覚えておけ。――さて、邪魔したなお二人さん。今しがたのことは忘れてキャンプを楽しんでくれ」

 

 

昏倒させた輩二人を引きずりながら、すぐにその場を離れる。こいつらは管理者である山の神様の眷属達に引き渡すか、何処か谷にでも投げ捨てれば復活魔法陣送りとなるだろう。

 

 

あぁ…まあこういうことだ。俺の今日の目的は、迷惑客の排除。最近キャンプがブームになったのか、ここのダンジョンは以前以上の盛況ぶりを見せるようになった。一抹の寂しさこそあれ、それは喜ばしいことだ。

 

 

だが……その分、迷惑をかける奴らも増えてきてしまってな。今のように目に余る暴挙に出る連中もしばしばだ。ここのダンジョン主である山の神様とその眷属達が尽力してくれてはいるが、手が回り切っていない状況のようでな。

 

 

俺はそれを見過ごせず、勝手に自警団紛いなことをしに来たという訳だ。ありがた迷惑なのは重々承知。お節介焼きと罵られても構わない、大切な此処を守るためならな。

 

 

俺のことはもう良いだろう。それよりもこいつらをどこに片付けようか。復活魔法陣送りと思っていたが、そうすればこいつらの荷物がここに残るな……。一度叩き起こして身にマナーを叩きこんでから追い出した方が――ん?

 

 

 

 

「――ほら、やっぱりここの間は狭いって言ったじゃんか!」

 

「ぅっ…。べ、別に良いでしょ!? ぴったり収まって気持ちいいじゃない!」

 

「いやぁ……駄目じゃないこれ? 思いっきり両隣りに干渉してるね…」

 

「マジかよ、もうペグがっちり打ち込んじゃったぞ……」

 

 

騒がしい声を耳にしそちらの様子を窺うと、眉に皺を作る四人組が。大きめのテントを囲み確認しながら溜息をついている。

 

 

ふむ……見たところ、キャンプ初心者のようだな。それでいろはがわからず揉めだしてしまったと。フッ、微笑ましい。

 

 

なに。こいつら(ナンパ男)のような誰かしらへ迷惑をかける声は不快極まりないが、あれぐらいの騒がしさや姦しさは言うなればキャンプの華、それがここのような複数人で楽しむサイトであれば猶の事だろう。好ましいぐらいだ。

 

 

まあだが……声を荒げる当人達はそれどころではないだろう。気の合う友人同士で来たようで、テントのサイズも四人は優に入れるかなりの大きさ。故に全員で必死に設営したが、直後に目測を見誤ったことに気づいてしまったと。

 

 

成程。両隣りに既に設営されているテントと密着気味だ。あれでは後にクレームが来てしまうだろう。しかし頑張って設営した以上、一度崩して立て直すのも億劫。感情の板挟みになり、慣れぬ設営の疲労も相まって言い合いに――そんなところか。

 

 

ハハッ、旅の恥は搔き捨て、と言えば少々違うだろうが…こういう非日常の瞬間に普段のわだかまりを吐き出し解消するのは良い事だろう。とはいえ――。

 

 

「大体、なんでこんな広いのにわざわざこんな隙間に立てようって言ったんだよ!」

 

「っ! うるさいわね! アンタたちが『場所決め任せた』ってぶん投げてきたからでしょうが!」

 

「お、落ち着いて二人共……! きゃっ…! 掴み合いしないで!」

 

「おいおい…テントを分解する前にうちらが分解しそうだな……」

 

 

ああまでヒートアップしてしまえばそれも叶わない、か。このままであれば周囲に被害をもたらすのは必定。それだけでなく、四人の友情関係にも一生癒えぬ傷跡を残しかねない。

 

 

仕方ない。このまま見てみぬふりは出来ないし、お節介を焼かせて貰うとするか。っと、その前にこの引きずっている二人を何処かに縛っておいて……ん?

 

 

「――――。」

「―――――?」

 

 

どうやら騒ぎを聞きつけたのだろう、山の神様の眷属である森林妖精が二体、喧嘩をする四人の元へ。そしてその様子や冷静だった二人から事情を聞き……。

 

 

「―――!」

「―――――☆」

 

 

私達に任せてと言うように胸を叩き、受付ログハウスの方へと飛んでいった。急な事態に唖然とする四人を余所に。そして少しすると……は?

 

 

「なんだあれは……? 宝箱…か?」

 

 

 

先の妖精に更に二体加わり合計四体。そんな彼女達が四隅を掴み持ってきたのは……確かに宝箱。木目調のデザインをしている。俺の記憶が確かならば…あれは先程、受付奥に置かれていた代物だ。視界の端にだが微かに映っていた。

 

 

だがそれを何故ここに? その中に何か有用な物が入っているのか? 首を捻る俺と当の四人をこれまた余所に、妖精達は持ってきた宝箱をテントの中へ。そして出てきて――む…?

 

 

「お、おいっ!」

「ちょっ!?」

「えっペグを!?」

「引っこ抜くのかよ!?」

 

 

周囲の困惑声に羽根の軽やかな羽ばたきで答えながら、妖精達は地面に打ち込まれたペグを次々抜いていく……だと? あのタイプのテントは一度自立すればペグがなくとも崩れることはないとはいえ……。もしやあの四人に代わって立て直す気か? ならば先程の宝箱は一体……?

 

 

そう眉を顰めている間に妖精達はペグを抜き終えた。自らの身体並みのペグを抱え、一仕事終えたと言わんばかりに息をついている。…いや、やはり彼女達がテントを代わりに設営することはまず無理だろ――何っ!?

 

 

 

 ―――ズズズズズズ……

 

 

 

「うわっ!?」

「嘘!?」

「テントが……!?」

「勝手に動いた!?」

 

 

……どういうことだ!? 強風が吹きつけている訳でも、妖精やあの四人の他に誰かが居る訳でもない! だというのに、ペグが抜かれたテントが地を這うかの如く動き出している!?

 

 

形を一切崩すことなく、両隣りのテントにぶつかることもなく四人組のテントは進み出た……。そして――。

 

 

「―――! ――。―――?」

「――? ――!」

 

「え? な、何指さして? 場所? 場所か?」

「テントの? じゃ、じゃああっちらへんで……良い?皆?」

「う、うん……。勿論良いけど……」

「もしかしてこのまま移動……するのかよ!?」

 

 

妖精達に促され、テントの新しい設営場所を指定した四人。するとテントはその場所へとゆっくり動いていく……。俺達が見守る中それは指定位置にぴたりと止まり……。

 

 

「……ええぇ……」

「どういうこと……? へ?」

「あ、ペグ……。打ちこむの……?」

「わ、わかった……」

 

 

よく理解できてない内にペグを返却され、戸惑いながらそれを打ち込みテントを固定する四人。揉め事の原因はこれで消えたが……俺もまだ当惑の中に――。

 

 

「――――!」

「―――。」

「―――!! ―――!」

「―――――♪」

 

 

あれは……。仕事を終えた妖精達がテントの中へ呼びかけている? そういえば先程中に宝箱を入れていたが――。

 

 

「シャウウッ♪」

 

 

――!? なっ……あれは先程の宝箱!? それが跳ねるようにして飛び出してきた……いや、あれは宝箱型のミミックか! 

 

 

そうか、ならばテントを動かせるのも納得はいく。しかし何故ミミックが、山の神様の眷属と共にキャンプの手伝いを……? 一つの謎は解け、新たなる疑問が出来てしまった。

 

 

「「「「―――!」」」」

「「「「あ、有難う……!」」」」

 

 

テントがしっかり立ったのを確認し、来た時と同じように宝箱を持ち上げ帰ってゆく妖精達。未だ理解及ばずも、とりあえず礼を述べ見送るキャンパー四人。俺の出る幕はなかったが…奇妙なものを見た。

 

 

っと、俺も思考に耽っている暇はない。謎はさておき、この捕まえた奴らを片付けにいかなければ……ッ!?

 

 

手の感触が……! くっ、いつの間に!? つい先程まで握りしめていた連中の足が、()()()()()()()()()()()()!? 俺としたことが……あの光景に茫然とし過ぎて逃がしてしま――

 

 

「―――! ―――!!」

 

 

「……む!?」

 

 

耳に入ってきた声にハッと顔を上げる。すると眼前にいたのは…先程とは違う森林妖精。そして手にしている物も違う。宝箱ではなく、持ち手付きの火消し壺……?

 

 

――まて、この火消し壺…あのナンパ男共を捕えたあの場の端に転がっていたような…! 何故それを手に? 落とし物だったというのか……?

 

 

「――! ―――。―――♪」

 

 

惑う俺に気づいていてか、妖精はジェスチャーで何かを伝えてくれる。どうやらお礼を言っているようだが……。

 

 

 

 ――カパッ

 

 

 

ッ!? 火消し壺の蓋が勝手に開いただと!? そして中からは触手!? これは…これもミミックか!? むっ!?

 

 

「それは……捕らえていた奴らの武器!?」

 

 

明らかに入るサイズではないが、壺の中からはあのナンパ男が片割れの武器が引きずりだされてきた…! もしやあの連中、逃げたのではなく……!

 

 

「――? ――!? ―――!」

 

 

と、妖精が壺から伸びた触手に向け、慌てたように何かを伝える。すると触手もまるで間違えたと言うように武器を急ぎ仕舞って、別な物を取り出してきた。これは……。

 

 

「アクティビティ利用チケット……? くれるのか?」

 

 

触手より手渡されたのは、売店に売っている無料チケット。……迷惑客を捕まえた礼ということか? その問いは顔に出てしまっていたのだろう、妖精達はその通りと頷き、手を振りながらその場を去っていった……。

 

 

後に残されたのはチケットを手にし棒立ちとなる俺と、よくわからないまま仲直りをしキャンプを楽しみ出すあの四人……。一体全体、どういうことなんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふむ。よし。熱いコーヒーを口にし大分落ち着きを取り戻せた。椅子と自然に身を委ねながら少し整理するとしよう。

 

 

裏事情はよくわからないが……ミミックとこのダンジョンの者達は協力関係、しかも訪れるキャンパー達の助力となっていることは疑いようもない。あのミミックが、俺達を苦しめるミミックが、というのはいまいち受け入れ難いが……。

 

 

…お。良い風だ。煮詰まった頭を柔らかく揉み解してくれる。フッ、キャンプは熟考にも最適だな。――それにあぁ、やはりここで飲むコーヒーは一味違う。

 

 

まあ見たものを信じるしかないだろう。悪さをしている訳ではなさそうだしな。しかし火消し壺にまで潜み転がっているとなると……周囲のキャンプ全てがミミックではないかと思えて来るな……。

 

 

……つまり、ソロキャンならぬ、ミミキャン、か? …………いや、これ以上妙な思考は止めて置こう。単純に俺の味方が増えたと思えば良いだけのことだ。

 

 

そうだ、各アクティビティにも害をなす輩は現れていると聞く。先程貰ったアクティビティ利用券、折角だから活用させて頂こうか。……ミミックは何処にまで潜んでいるのだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いた。そんな予感はしていたが……やはりというべきか、いたぞ、ミミック……。アクティビティ各所に……。

 

 

しかし、あれはなんと説明するべきか……うぅむ……。すまない、まだ混乱気味でな。この際、自分語りから全てを話すとするか。

 

 

 

俺は普段キャンプをする際、出先でつい買い求めた本を読む機会としたり、瞑想を行ったりとあまりテント周囲から出歩かない性質だ。故にアクティビティは友人と来ない限り縁遠いものだった。

 

 

更に言えばそのアクティビティの大半…ジップラインやスラックライン、ラフティングやアスレチック等は冒険の最中で否が応でもこなさなければならない場面が出てくる。

 

 

例えば魔法と紐付き弓矢を駆使し即席で高低差のある地形を攻略したり、弾力のある細い蔦の上を綱渡りの如く進んだり、水場を越えるために簡易的な船の現地作成から行ったり、入り組んだ地形を……すまない、また話が脱線してしまったな。

 

 

ともかく、俺達冒険者にとってはともすれば野営よりも縁深いもの。故に遊びとしての意味を見出せず触れていなかった。だからこそ各所の遊ぶために作られた施設が新鮮でな。

 

 

例えばジップライン。あのような安全第一の重苦しい装具に慣れず、つい順番が訪れるまでに触れていたのだが……その際に異様な点に気づいた。どうも装具の一部に明らかに不必要で異様な隙間や可動部があることにだ。例えば手持ち部分の中、ベルトの金具の一つ、ヘルメットの内側等にな。

 

 

デザインと言われればそれまでではあるが……なんというべきか……真相を知った今だから言えるが、『箱』のような部位でな。まるで中に何かを収めるような形をしていた。最も気にしなければただの装飾に見える程度だし、普通に触れても内側から固定されているように―事実その通りなのだろうが―開きはしないのだが。

 

 

だが先の件もあり気になった俺は、ある程度は対ミミックの心得を持っていることを利用し、隙を突いて捲って見てやると……()()。火消し壺と同じ触手型のがな。気まずい雰囲気が漂いもした。

 

 

勿論俺はそれをすぐに閉じた。潜んでいる理由は想像に難くなかったからな。そしてミミックもまた、何もしてこなかった。順番待ちをしている間も、滑っている際も、装具を外す際も。本当にいたのかわからなくなるほどに静かだった。

 

 

それで…その直後だったんだが……。俺の後ろに並んでいた奴も滑ってきた訳だが、そいつはどうにも厭わしい奴でな。もっとスリルが欲しいから暴れて乗ってやる、という主旨の話を友人としていた。俺が軽く注意すると黙りこくったが…あの手の輩は意地を張る。

 

 

だからこそ、もし暴れでもしたら空中だろうが問答無用で取り押さえてやろうと思っていたんだが……普通に、いや他の客よりも姿勢正しく滑ってきてな。しかしそれとは対照的に慄いた表情を浮かべていた。

 

 

更に後から滑ってきたそいつの友人もそれに気づき問うと、『ふざけようとしたら何かに縛り上げられた』と怯えながら口にしていた。……推測に過ぎないが、想像通りなのだろう。

 

 

その一件でもしやと考え、俺は更に注視してみた。すると確かに、アクティビティ付近の木箱の中、他アクティビティの装具の中、視界外となりやすい壁裏や木陰……至る所にミミックを見つけた。およそ熟練冒険者でも『ミミックがいる』と念頭に刻んで探さなければ発見できない各箇所にな。

 

 

その敵…いや今は味方か、ながら見事な潜伏振り擬態振りは驚嘆を禁じ得なかった。そして……少し疲れてしまった。迷惑客がいないか警戒していたからか、ミミック探しに注力していたからか、あるいはついアクティビティを楽しんでしまったからかはわからないが。

 

 

 

 

ということで今、こうして一旦テントに戻ってきたという訳だ。時間も気づけば昼過ぎ。落ち着くついでに昼食を摂るとしよう。

 

 

周囲は朝方よりもテントが立ち並び、キャンパー達が昼食を味わっている。ファミリー用とあってか早くもBBQを楽しんでいる者達も見えるな。良い盛り上がりだ。

 

 

俺は何を食うか? 今日は目的が目的故に、普段冒険をする際の食事をそのまま流用した。クラッカー、塩漬け肉、飴やチョコ等の栄養補給用小粒菓子。一番慣れていて、有事の際にも即対応できるメニューだ。

 

 

フッ、だがそんな味気ない食事も、ここで食べるとなると格が幾段も上がる。やはりリラックスするにはキャンプ飯だ。それに、今日はこれも持ってきた。

 

 

知っているかはわからないが……これだ。『冒険者メシ』としても名高い即席インスタント食品。カップのヌードルだ。まあ俺はあまり使わないが。

 

 

何分軽いとはいえ、複数個持つとかなり嵩張る。加えて毎食毎にゴミが出る。更には魔法を使った食品故に割と値が張る。それらは長旅を行う冒険者にとってはかなりのデメリットとなるんだ。最も、その手軽さから素人冒険者達には人気の一品ではあるし、一日二日程度の冒険では俺も選択肢に入れるが。

 

 

まあそういう理由から、俺はキャンプの時に持ってくることが多い。ちょっとした非日常感も出るからな。それにそんな考えを持っているのは俺だけではない。丁度向こうにいる連中もカップのヌードルやカレーのメシを……。

 

 

「――で、俺は上手くしてやったって訳だ!」

 

「それ本当なんかぁ? いつもの吹かしじゃないん?」

「怪しいよねぇ。いっつもそんなんだし」

「絶対嘘に決まってるだろ」

「証拠あれば納得できるかもな」

 

「今回のはマジだって! 証拠もあって…邪魔だなこれ」

 

「おいおい止めとけ止めとけ。食い終わったのポイ捨てすんの」

 

「別に良いだろ! それより刮目しやがれ! この賭けの証明書を!」

 

 

 

……チッ。一人、食べ終わったカップを投げ捨てたな。しかも残った汁ごと。あの様子だと、迷惑行為だというのに気づいてないタイプか。マナーが悪い奴だ。

 

 

あれは山を汚すだけの行動ではない。冒険者の視点からとなるが、ポイ捨てされるとそこが野営地だと高らかに宣言しているようなもの。即ち、次にその場を訪れる冒険者が待ち伏せに遭う確率が非常に高くなる。

 

 

更にはその容器は小型の魔物が潜む絶好の潜伏場所になる。それによる奇襲で今まで数え切れない程の冒険者がしてやられた。ここはそのような危険な場所ではないとはいえ、あの輩には拾わせ、反省させなければ今後……。

 

 

「へぇ、本当みたいだな。……って、あれ、あいつは?」

 

「ありゃ? さっきまで居たよな? トイレか?」

 

「……ん? これさっきあいつ投げ捨ててなかったか?」

 

「拾ったんじゃない? それよりもこの証明書――」

 

 

……む。ほんの数瞬目を離している間に何処かへ姿を消したか。加えて投げ捨てたはずのカップが机の上に。ならまあ……こちらとしては不完全燃焼だが、叱る理由は消え――

 

 

――いや、あのカップ……明らかにおかしい。先のあいつは確かにそれを放り捨てた。だというのに……カップからは湯気が立っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…だと!?

 

 

それに、カップに土汚れすらついていない。まるで空中で何者かがキャッチし、机の上に戻したかのような……。

 

 

「お? まだカップのヌードル一つ残ってるじゃんか。誰のだ?」

 

「さあ? うちのじゃないよ」

 

「僕のでもないな。てかそこの椅子の上に置いてあったんか?」

 

「じゃああいつのだろ。食いしん坊か。これで儲けたからもう一杯、ってか?」

 

 

ふと、ポイ捨てを行った奴の友人が蓋が開かれていないカップのヌードルを拾い上げる。どうやら今いなくなったそいつの椅子の上に置かれていたらしい。そんなもの無かった気がするが……こちらからでは見えなかっただけか……――

 

 

 

――待て。俺は先程、何と言った? そう、『あのインスタント食品の容器は絶好の潜伏場所になる』と言った。……背を、山の風ではない何かが駆け巡った。まさか……!

 

 

「うーん……見れば見るほどこの証明書、本物臭いな……」

 

「やっぱり今回はマジで……うわっ! 戻って来てたのか!」

 

「急にどっか行って急に戻って来たじゃない。ともかくこれ、嘘じゃないみたいね」

 

「わかったよ、認めるよ。……なんか顔色悪いな。トイレに行ってたんじゃないのか?」

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

……ふと、ポイ捨てをしたそいつがその場に帰還を。友人達に生返事を返し、椅子に座り……。

 

 

「なあ……ゴミは持ち帰るか、しっかり分別して捨てようぜ……」

 

 

「「「「はあ?」」」」

 

 

怯え切った表情で頭を抱えつつ、皆へそう伝えた。当然そいつの友人達は突然の言動に首を捻るばかりだが……俺は見た。何をか、だと?

 

 

あの封の切られていないはずのカップのヌードルの容器の蓋が()()()()()、いなくなったはずのポイ捨てキャンパーが()()()()()()瞬間を、だ。

 

 

あのカップのヌードル、新品ではない。ましてや今机の上に置かれているような食べ終わりのゴミでもない。間違いない――あれはミミックだ。

 

 

これはただの推測でしかないが……。あのように容器に入ることで、キャンプ場ならどこにでもあるかのようなカップのヌードルに擬態することができる。蓋を閉じておけば新品に、蓋を開けておけばゴミに。そして狙った獲物(迷惑客)を捕らえるのだろう。……今後の冒険中、俺も気をつけねばならないな。

 

 

「腹痛いのか? ならこれ俺が貰って良いか? なんかまだ食えそうでよ」

 

「――ッ!? いやダメだ止めとけ逆に食われる! 片付けてくる!」

 

 

しかし、なんという……。ポイ捨てキャンパーは友人の一人にそう聞かれ、狼狽した様子で食べ終わり&ミミック入りのカップのヌードルを掴み、ゴミ捨て場へと走っていった。その様子は先程までとは全く違う。もはやカップのヌードルにトラウマを植え付けられたかのようだ。

 

 

恐らくポイ捨て程度だった故に、復活魔法陣送りとはならず何らかの仕置きを受けたのだろうが……あそこまで改心させるとは。心強いと言って良いのか、恐ろしいというべきなのか、ミミック……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふむ。昼食を摂った後もまた見回りを続けてみていたが……もう驚くに値しないだろう。ミミック、いた。

 

 

今度はアクティビティではなく、薪集めや食材集めの場として開放されている山の中や川沿いを巡ってみたのだが……やはりというかなんというか、どこにでもミミックが潜んでいる。

 

 

丸太の中、岩の中、茂みの中……茸や果実に擬態しているものまで。いや、疑わしきを全てミミックと断定している訳ではない。そのどれもをこの手で確認し、時には活動している瞬間もこの目に収めた。

 

 

例えばだ。魚採りのため、爆破魔法を使おうとした奴らがいた。だがその詠唱途中に近くの岩やバケツに引き込まれていた。他にも薪の独り占めや茸の乱獲をしていた輩が、傍に置かれていた丸太だったり茸だったりに『収穫』されていた。

 

 

他にも、山に害を為す行動をしている連中は根こそぎ仕置きを受けていた。そして驚嘆すべきなのは……周囲のキャンパー達はそれに全く気付いていない…いや、ミミック達が気づかせていないという点だ。そのおかげで、善良に楽しむキャンパー達は『素敵なキャンプ山』を堪能できている。見事という他ない。

 

 

――俺はそのミミックの仕置き場面を目撃しているではないかと? それは俺が長年の経験に基づき、ミミック達が突く虚を把握しているからだ。……と言いたいところだが、それだけではないかもしれない。

 

 

これもまた推測、いや感覚に過ぎないが……ミミック達は、俺にその瞬間を見せるかのように――迷惑客を捕らえていることを証明するかのように動いている気がする。まるで、『迷惑客を捕らえる任は果たしているから、ゆっくり楽しんで』と言うようにな。フッ、考えすぎかもしれないが。

 

 

ともかく、意気勇んでやってきたお節介焼きは手持無沙汰に山を巡るしかなくなったという訳だ。……しかしいつ以来か、こうも山の景色を、空気を、さざめきを享受できるのは。

 

 

ここ最近、必ずと言っていいほど現れる迷惑客に気を持っていかれていた。キャンプを楽しむことを忘れ、連中の処理に注力してきた。それが極まり、迷惑客退治と銘打つような今日を用意してしまったぐらいだ。

 

 

だが今、自らの責と化していたそれが無くなったことで、かつてのようにこのダンジョンを楽しめるようになった。およそ冒険者として言うべき台詞ではないかもしれないが……ミミックに感謝すべきだな。

 

 

 

 

 

 

 

そのおかげか、フッ、つい俺も初心に帰ってしまった。魚を釣り、茸や山菜や果物を集め、薪を切る――。迷惑客共のことは考えずにだ。

 

 

何分食糧こそ今日の目的上大して持ってきてはいないが、道具類は色々と持ってきている。夕食は少し手をかけてみるとしよう。とりあえずは火を起こすか。

 

 

よし、こんなものだろう。ふむ、丁度良くハーブの類が生えていた。それにニンニクも。ならば……あれにするか。

 

 

まずは食材のカットだ。折り畳み式のカッティングボードを広げ、ナイフで塩漬け肉や水洗い済みの茸山菜を切り、魚を処理する。

 

 

次に魚にハーブとニンニクを幾らか入れ塩コショウをし、オリーブオイルを引いたダッチオーブン(万能鍋)へ入れる。焼き目がついたら更にハーブを少々と山菜を幾種か散らし、蓋を閉じ火の弱いところでじっくり蒸し焼きに。あとは時折様子を見ながらで良いだろう。

 

 

さて、後はこっちだ。スキレット(小ぶりフライパン)を取り出し、ニンニクと多めのオリーブオイルを火にかける。ニンニクの香りが立ってきたら、カット済みの塩漬け肉、茸、山菜を入れる。肉の塩味があるから胡椒で味を整えればほぼ完成だ。唐辛子が無いのが少し残念だが。

 

 

最後は果物。そのまま食べても良いが、今回はコンポートにするか。メスティン(箱型飯盒)にカットした果物を入れ、水と蜂蜜味の飴菓子、ハーブの残りを。これもまた蒸してと………よし。

 

 

出来上がりだ。魚の丸ごと香草焼きに、茸と山菜のアヒージョ、フルーツコンポート。クラッカーを主食に。つい作り過ぎてしまったな。

 

 

しかしこうなるとわかっていればもっと色々と持ってきて手をかけたかったが……おっと、ランタンを灯すか。ポールを立ててぶら下げてと……何? 充分持ってきていると? 警備目的だと言うのに?

 

 

ハハッ、それは許してくれ。普段の野営は極力持ち物を減らす必要がある以上、キャンプでは反動としてつい色々と道具を持ってきてしまう。それが癖になっていてな。こんな時でも背負ってきてしまった。

 

 

だがそのおかげで色々と作れた訳だ。さて、熱いうちに早速――。

 

 

 

 

「――ヒャハハハハッ! お前マジでやんのかよォ!」

 

「ガチに決まってんだろよ! ほぅらどうだ! 即席松明だ! 踊ってやるぜ!」

 

「おうやれやれ! あん? もう空か。ポイっとな。おーい新しいのあるか?」

 

「しこたまあるぜぇ。酒だけじゃなくて食い物もな! 根こそぎ採ってきたからよ!」

 

「そりゃあいい! お、そこの姉ちゃん! ちょっと酌してくれや! アン? 嫌だってか!?」

 

「うーい…ちょっと催してきたかもしれねぇぜ…。いいやその辺でしちまおうか……」

 

「おい見ろよこれ! やっぱりここいらは不用心だぜ! こんな良いキャンプ道具を盗ってこれた!」

 

「大漁大漁! 並みのダンジョンよりも稼げるかもな! ブハハハハハッ!」

 

 

 

…………なんだ…あいつらは……。騒がしいだけではない。薪の先に火をつけ暴れ、酒瓶やゴミは所かまわず投げ捨て、マナー違反を平然と叫び、他客を困らせ、山を汚そうとし、それどころか盗みを働いている……のか?

 

 

もはや迷惑客を通り越し、ただの犯罪者集団。空いた口が塞がらない……。山賊並み、いや山賊ですらあれよりはまともだろう。なんなんだあいつらは……。

 

 

「あ、あの……もうちょっと静かに……」

「その人嫌がってるじゃないの!」

 

「「「「あ゛あ!?」」」」

 

 

「―――? ―――。―――!」

「――。――。―――。―――!」

 

「「「「どっか行きやがれや!!!」」」」

 

 

 

見るに見かねたキャンパー数人、そして駆け付けた山の神様の眷属達が注意をするが、連中は聞く耳を持たない。その狂暴さ故にキャンパー達は歯噛みするしかなく、眷属達もそのキャンパー達や捕まっていた被害者を助け出しその場を去ることで精一杯。

 

 

そしてそれで気を良くしたのか、更に騒ぎ出す連中。手近なキャンプ用具を叩き、耳障りな騒音まで出し始めた。焚火の心地いい音が吹き飛ぶほどの。

 

 

はぁ…あれを見ながらなんて、折角のキャンプ飯が不味くなるどころでは済まない。山賊退治であれば幾度も経験はある。さっさと片付けて心置きなく食事を――。

 

 

 

 

――と、思ったが……もう俺は立ち上がる必要がないようだ。既に連中の運命は決まった。いつでも動ける姿勢こそとっておくが…必要はないだろう。

 

 

気づいていないか? あいつらの周りを見てみろ。転がっている……もとい、誰にも気づかれずに転がってきた薪、石、木箱を。周囲にある……もとい、いつの間にか数を増している椅子、ポール付きランタン、テントを。

 

 

もっとよく見るといい。連中の傍にある……もとい、無かったはずのケトル、火消し壺、カップのヌードルを。連中が盗んできたと豪語する……もとい、数ある中でそれを盗むように見事誘導されたのであろうダッチオーブン、メスティン、シュラフ袋が微かに動くのを。

 

 

まさしくミミックキャンプ、ミミキャン△。さて、あと何秒後か。どの瞬間が狙われるのか。俺の予測だと、周囲のキャンパー全員が連中の喧しさに目を背け、且つ連中の大騒ぎが偶然にも一瞬収まる――今!

 

 

 

「「「「ん? ―――っ!?」」」」

 

「「「「は? ―――ッ!!?」」」」

 

 

 

 

おぉ……。これほどとは。普段の敵、そして今日の味方として最大の称賛と畏怖を送らざるを得ないだろう。これぞミミックだ。

 

 

俺が一回目の瞬きをするまでの間に、薪から、石から、木箱から、椅子から、ポール付きランタンから、テントから、ケトルから、火消し壺から、カップのヌードルから、ダッチオーブンから、メスティンから、シュラフ袋から――そして俺でも気づききれなかった他の物…欠けた煉瓦やマグやらハンドグローブやらキャンプバッグやらから――。

 

 

あぁ、その全てから、ミミックが音もなく飛び出した。そして好き放題していたならず者八人の内、四人を処理、刹那の間すら挟まず、残り四人も処分された。フッ、連中、引き込まれるその瞬間にも何が起きたか気づけなかったろう。今はどのミミックの中でどのような仕置きを受けているのだろうな。

 

 

そして俺が一回目の瞬きをし、目を開けた際。あのならず者達が散らかした道具や飲食物が消え去っていた。これもまた、その間一切の物音はなく…いや、焚火のパチパチという音と、平常通りに鳴くフクロウの声だけが響き渡っていた。

 

 

更に俺が二回目の瞬きをした時には、ミミック達のほとんどはその場を去っていた。あれだけ連中を囲んでいたミミック達が、闇夜に溶け消えていた。大きさ故に移動が目立つのだろうか、テントや椅子やポール付きランタン等が残っていたが…それらはまるで絵画の如く、モデルケースの如く、主を失くした焚火と共にその場の定位置に収まっていた。良い雰囲気だ、と思わず口に出してしまうほどに。

 

 

最後だ。俺が三回目の瞬きをしたころには、先程離れていた山の神様の眷属達が数体訪れた。そして放られたゴミを片付け、ズレていた机を直し、テントや椅子を畳み、焚火を消しにかかる。まるでこのことを予見していたかのように――いいや、予見ではないな。彼女達は実働部隊が動く前の最後の忠告役、そして後処理役に違いない。

 

 

そんな眷属達は鼻歌交じりでゆっくりのんびり静かに片付けを。と、そこに他のキャンパー達が顔を出す。

 

 

「……あれ? さっきここでヤバい人達騒いでなかった……? どっか行ったのかな……?」

「また朝みたいに絡まれるから止めときなって。って、ちょっ! 焦げてる焦げてるっ!」

 

 

 

「ん? この辺うるさかったけど静かになってない?」

「場所違うんじゃないか? ここダンジョンだけあって広いからな」

「それより早く夕飯作ろうぜ! もう暗いし! あ、二人とも朝みたいに喧嘩すんなよ?」

「ふふっ! 意地悪な事言わないであげてよ。沢山食材持ってきたから楽しもうね!」

 

 

 

「お? 静かになったな。あの連中、もう寝たのか? そろそろ怒鳴り込んでやろうと思ってたのに」

「止めときなさいよ。でもあれだけ暴れてたのに姿すら消えてるなんて不気味ね……」

「ッ……! き、きっとポイ捨てをしてたからだろ……! そうに違いない!」

「いやそれもしてたっぽいけどよ……。てかなんでお前そんな声引きつってるんだ?」

「カップのヌードル見るだけで怯えるし…昼間なんかあったのか?」

 

 

調理途中の者達もいれば、丁度帰ってきた者達もいる。騒いでいた連中を気にかけていて微かながらに不審に思っている者達も。しかしどの者達も深く考えることなく、自らのキャンプに身を沈めていく。何事もなかったかのように。ミミックが開いていたキャンプなぞ、露程も存在を把握せず。

 

 

 

 

 

フッ、本当、俺はちんけなお節介焼きだったな。俺が見回る必要もなく、このダンジョンは対策を講じていた。いつだってキャンプを楽しめるように。だからこそ俺はここが好きなんだ。

 

 

……だが、一抹の無念さを感じてしまうな。その対策の助力となれなかったことに。ここのいちファンとして、大したことをできなかったのが……――。

 

 

「おやや~。朝、悪そうな人を倒してた人さんだ~。あれ、格好良かったよよ~」

 

 

少し気力を失い焚火を見つめていると、俺に声をかけてくる人が。見慣れぬ女性キャンパーだ。どうやら朝方のあれを見ていたらしい。

 

 

「そう言って頂けると有難いですね」

 

 

そんな彼女へ小さく笑みながら返し、()()()()()()()()()()()()()()をさりげなく開く。女性キャンパーはそれを気にせず続ける。

 

 

「助けて貰ったっていう人達と偶然出会って話さん聞いたんだけど、すっごく助かったってぇ~。わたしさんからお礼を言うのもおかしいかもしれないけど、ありがとね~」

 

 

「当然のことをしたまでですよ。ここを愛する者としてね」

 

 

さらにもう一人分の取り皿やカップを取り出し、お湯も沸かし直す。そしてその女性キャンパーが去る前に、手で椅子へと促した。

 

 

「丁度作り過ぎてしまったところです。一緒にどうですか。……マツミ様」

 

 

 

 

 

 

 

「――ありゃ。バレちゃったか~。社長さん以来、バレずにいれたのだけどど~」

 

 

「俺が幾度ここを訪れ、貴女が幾度俺の元を訪れてくださったと?」

 

 

「やほふふふ~。嬉しいねぇ~」

 

 

俺が少し皮肉交じりに返すと、女性キャンパー…もといマツミ様は笑みを浮かべ、正解を認めるように数瞬だけ仄かに後光を放つ。そしてお礼と共に椅子へと座ってくださり、ポケットから何かを取り出した。

 

 

「もう隠す必要さんはないし~はい、お裾分けさんどうぞ~。僅かばかりだけどねぇ~」

 

 

「おぉ、唐辛子…! 丁度欲しかったところです」

 

 

頂いたそれを早速刻み、アヒージョの上に散らす。そしてマツミ様の分も取り分けてと。どれ……あぁ、おかげで彩りも味も締まった。有難い。

 

 

流石はマツミ様、『ふらりと現れたキャンパー仲間』を演じ、自然にさりげなく最も欲しいものを分け与えてくださる。最も、俺はその演じる機会を潰してしまったのだがな。この食事で許して頂こう。

 

 

「はふほふ~。美味しいねぇ~。相変わらずの料理上手さんだねぇ~。このお魚さんも素敵な香り~。う~んお見事~」

 

 

舌鼓を打ってくださるマツミ様。フッ、その楽しく味わってくださる御顔はキャンパーを笑顔にしてくれる。彼女にキャンプのひと時を華やかにして貰った者は数知れず。食事を共にし、何かをシェアし、他愛のない話で盛り上がる――。俺もその恩寵に幾度預かったことか。

 

 

だが、今回は折角正体を暴かせて頂いたんだ。今まで見てきたものについて、敬慕の意をお伝えしなければな。

 

 

「今日一日、各所で観させていただきました。ミミック達が貴女の眷属達と協力し、音もなく迷惑客を排除していく様を。おかげで周囲のキャンパー達は平穏なるキャンプを楽しめているでしょう」

 

 

「やほふふふ~。お見苦しいところさんを見せちゃったねぇ~。でも、雇った子達はみぃんなあれだけ凄いから、貴方さんはもう心配せずにキャンプを楽しんでねね~」

 

 

やはり、俺に排除の瞬間を見せるようにミミック達へ指示してくれていたのだろう。俺の感覚通りに。……だが……やはり……。

 

 

 

「――ううん、それで良いのよよ。ここを、わたしさん達を護るなんて煩わしいことは考えなくて」

 

 

 

ッ…! 心を読まれたかのような一言に、伏せ気味だった顔をハッと上げる。そこに見えた、周囲を包む闇の中、焚火の揺らめく炎にあてられ鮮やかに映し出されるマツミ様は、俺を柔らかく見つめて……!

 

 

「貴方さんが強いのわかる。けど、それで怪我とかして、キャンプを楽しめなくなっちゃうのはわたしさん一番悲しいのよ~。貴方さんの素敵な笑顔が消えてしまうのが、わたしさん一番寂しいのよよ~」

 

 

ランタンの灯りのように優しく、されど焚火に負けないように明るく、彼女は俺を宥めてくださった。そして神秘的なまでに美しい微笑みを――。

 

 

「守ってもらえるのは勿論嬉しいけれど、それよりも心の底からわたしさん達のダンジョンを満喫してくれるのが一番嬉しい。さっき料理さんをしていた時みたいに、熱中してくれるのが一番好きよ~」

 

 

……フッ、山の神様にそうまで言わせてしまうなんて、自らの身の程を弁えるべきだったな。ここは彼女によるキャンピングダンジョン。その恩恵を目一杯享受することこそが、もっと喜ばれる恩返しとなるのだから。

 

 

と、俺の表情からその内心をまたも読み取ってくださったのだろう。神に相応しき貌をしていらしたマツミ様は、マグを傾けながら今度はキャンパー仲間のような無邪気な笑顔をお浮かべになった。

 

 

「今日、どうだった~? 色々と巡ってくれていたけれど、感想さん聞かせて欲しいねぇ~」

 

 

感想? 感想か……ハハッ。ミミック探しに注力したからだろう、最近の中では最も遊んだかもしれない。

 

 

例えばアクティビティ、いい歳をした大人が乗るには少しばかり照れくさいものもあったが、非常に楽しかった。目まぐるしく変わる気色、椅子に腰かけているだけでは聞こえない風の音、手指の感触。冒険時とは一味違う興奮を味わえた。

 

 

そして景色。迷惑客によって狭まっていた視界はミミック達によって開き、マツミ様の権能により彩られた色彩もとい四季彩豊かな風景を、川の清涼さや谷の寂寞さといった風情ある眺望を巡ることができた。

 

 

最後に、こうして焚火を囲むキャンプの夜。耳をすませば聞こえてくるのは、火の音、鳥の音、風の音…そして迷惑客がいなくなったことにより弾む皆の団欒の音と声。あぁ、これぞ俺が虜になったキャンプだ……!

 

 

「やほふふふ~。とっても素敵な笑顔さん~。甘いお顔を見せてくれたお礼に、これもあげちゃうよよ~」

 

 

おぉ、今度はマシュマロを。フッ、ここまで至れり尽くせりだと、お礼がしたくなるもの。その旨をマツミ様へお伝えすると――。

 

 

 

「やほふふふ~。わたしさんはご飯頂いたんだものの~。寧ろ甘えてるぐらいだよよ~。でも、気が済まないというならぁ……周りの子達へお願いねね~」

 

 

周りの子達? 誰もいな……待て。これは……周囲には先程見かけた、木箱や薪や宝箱、椅子やシュラフ袋、ダッチオーブンやメスティン、火消し壺やカップのヌードルが明らかに不自然に落ちている。

 

 

ハハッ、成程そういうことか。俺が思わず笑ってしまいながら声をかけると、それらがパカリと開き――。

 

 

「良いんですか~!? じゃあ焚火でマシュマロ焼かせてく~ださい! デザ~トタ~イム!」

 

 

 

幾体ものミミック達が串に刺さったマシュマロを手に姿を現した。彼女達は功労者、何を拒む必要があるだろう。寧ろ……ふむ。

 

 

 

「今姿を見せているのでこの場のミミックは全員か?」

 

 

「は~い! そうですよ~!」

 

 

「なら……チョコ小菓子とクラッカーならまだ数がある。皆でスモアでも作って食べるのはどうだ?」

 

 

「え!? やったー!!!」

 

 

フフフッ。椅子に腰かけるは俺とマツミ様。様々なモノに入り転がるはミミック達。焚火を囲み、そんな面子でパチパチと音を立てる焚火を囲みスモアを味わう。なんとも奇妙なキャンプだ。

 

 

次以降、いつも以上に色々持ってきてみるとするか。今から楽しみだ。

 

 

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