ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
魔物側 社長秘書アストの日誌①
ふぅ。櫂を置き背をもたれてひとごこち。ふと見上げれば、青い空と微かな雲から注ぐは眩しい日差し。このサングラスがあってもつい手で日陰を作ってしまいたくなるほどに、強くじりじりと輝いている。
けれど暑さはそう感じない。それは本日の私の恰好が水着であるというのも関係しているのだろう。ただし、その上からホットパンツに前結びボレロも着ている。へそ出し脚出しとはいえ軽装過ぎるわけでもない。
暑くない理由は寧ろこちら。そして水着である理由でもある。少し身体を起こして舟を傾けないように腕を出し、手を差し込んでみると…ふふ、青く透き通るような水の流れが火照りだした手を瞬時に冷やしてくれる。
常に流れ続けるその水面は、照りつける光を受け止めキラキラと輝き映える。下を見る際にもサングラスは必要なのだ。特に今は上に遮るものが、『他の道』がなく、この辺りでは一番高い場所だから猶更反射が――あ、ということは。
「ふにっくり~♪ ふにっくら~♪ きらっきら~♪ ぱしゃっぱしゃ~♪」
ふふふっ、社長ってば楽しそうな鼻歌! セレクトが合ってるかはさておき、舟の先…ゴンドラの先にちょこんと宝箱ごと乗っかって、自分の何倍もある櫂を捌く姿は見事なものである。っと、見惚れてる場合じゃない。
「そろそろサングラスの装着を。おでこに乗せてるのも可愛いですけど」
「は~い! しゃき~ん! 光も水も怖くな~い! 飛び込んじゃおうかしら?」
いやいや、確かに水中ゴーグルにもなるよう水弾きの魔法かけてはありますが。泳ぐのはどうかまた後に。それにここ、飛び込むのはちょっと怖いというか。
今見えるかな。うぅん、水は澄みきっているけど、光の反射と
「ア~スト! ど~んっ!」
「わわっ!?」
社長、急に私に飛び込んできて!? あっ、飛び込むってこっち!?!? もう、社長ったら。魔法で安定させているとはいえ舟が揺れちゃうと危ないですよ。
ほら、席に戻って…戻らないんですか? 抱っこしたままで? それじゃ。
「「しっかり掴まって、あ。フフッ♪」」
被っちゃった。膝の上の宝箱を横向きにして、私と社長でぎゅっと抱き合って。安全バーとかはないけれど、社長は触手で、私は魔法でそれぞれ固定しあっているから吹き飛びはしない。お!
ゴンドラの先端が下がり始めた。そして私達の座るところも。水の音は少し変わり、水の道は下に引っ張られるように。ならば、それに乗るこの舟は当然!
「「ひゃっほ~~~っっっっっ!!!」」
勢いよく、水の流れを超える勢いで滑り落ちていく! さながらウォータースライダー! 跳ねる水滴が冷やされた風が、顔に身体に当たってとっても心地いい♪
そして丁度見えた。このダンジョンの全貌が。一番遠い下に見えるのは、空の鮮やかさに負けんばかりの美しき泉、湖――ううん、ここは敢えてこう言おう。超が幾つも付くほどに巨大な水溜まり、と。
そしてそして! その上に、私達の下に広がるのは、幾本もの宙に流れる『水の道』! ふふっ、ここはこう言うしかないもの!
それはまさに形を成した水流。いや、最下層から立ち上り、うねり、絡み合い、再度水奥へとつながるそれらはさながら水龍の群れか。
しかしその管状の流れに畏怖を覚えさせる圧はない。寧ろ日に照らされ虹の煌めき放つ姿は、晴れやかなる爽快さを感じさせる。身を乗せればどこまでも進めるかのように、どこまでも行けるかのように。
それこそが、あれらが水の道と名付けられた由縁なのかもしれない。そう、ここは『水の道ダンジョン』である。
「ざっば~んっ! あははっ、びちょびちょ~!」
降下流が収まり、ゴンドラ舟は水飛沫をあげて着水。あーあー社長びしょ濡れ。おかげで私はそこまで濡れずに済みましたよ、ふふっ。あ、わぁ…!
「綺麗…!」
サングラスをあげ髪についた水滴を絞り払い、改めて頭上を見ると広がるのは幻想光景。あれだけ熱を帯びている日は、空に自在に張られた水流道の網に包まれ安らぎの触れ心地に。分かたれた水面のくゆりが、流れのままに青くさらさらきらきらと。
そうして姿を変えた青光はゴンドラを、またも舳先に飛び乗り箱から出した櫂を操る社長や私の肌を、鮮やかに撫で照らす。しかし触れ返そうと手を伸ばせば水音と共に流れ揺れ、捉えどころのない水のようにその上から私を呑み込んでみせる。
およそこのような光景、魔法を駆使しても中々に見られないだろう。それがダンジョン規模で発生しているということはここの環境が特異か、あるいは棲む魔物が特殊か。
その答えは、両方。相互作用ともいうべきであろう。ではそんなダンジョン主はどんな魔物かというと……周りを改めて深く観察すれば推することもできるはず。
ダンジョンというものは魔物が暮らす場所。だから自ずとそれぞれの種族に合わせた特徴が辺りを占める。具体的に言えば寝床や倉庫となる構造物だったり、共棲または勝手に棲みこんだ植物や生物だったり。
しかし、ここはどうか。真下の水溜まりの端の端にはアクアサーペントやケルピーを始めとした共棲魔物達の姿や痕跡こそあるが、極々一部にして僅か。場の大半を占めるのは水溜まり、水の道、水、青、水、青、水、水、水。
そう、極端なまでの水なのだ。海や湖だってもっと水草やらが生えているはず。これほどまでに水が透き通ってはいないはず。こんなにも密度の高い水属性で青く光ることはないはず。
つまり。この地は生半可な生物の棲息を許さない。それほどまでに純粋なる属性の凝縮地なのである。緑風吹き荒れる谷、赤炎燃え盛る山、黄土積み上がる地と並ぶほどに。
もうお分かりだろうか。このダンジョンに主として棲むのは、属性の結集体たる精霊。その中でも水を操るのは水属性の――ん?
今、真上の水の道がきらりと光ったような。日光の反射じゃなく、何かがチカリと……え。水流の一部が細く千切れて、曲がってこっちに!? あそっか! 来るっっ!
「水の流れを引き連れ~! どばしゃ~んっ!!!」
きゃあっ! と、飛んできた水の細流が舟の上に、というか舳先にいた社長の宝箱に直撃して! ふ、舟が揺れて…! 中に水が入らないようにはしてるとはいえ、あぶなぁ…って!?
「きゃ~! な~が~さ~れ~ちゃ~う!」
水で満たされた社長宝箱が、ゴンドラの上から流され落ちて!? いや顔出してくださいよ!? なんで箱のまま無抵抗で、あっ、ちょっ!? 流されてく!? 宝箱がくるくる流されてく!!!
待って待って、舟より速いんですが!? というかその角度、水の道から落ち、あぁっ!!? 管状の道の端から、姿が消えて! 本当に落ちちゃった!?
どうしよう、助けないと! 一体どこまで落ちて、もしかして一番下の水溜まりまで? 社長のことだから無事だろうけど、いやそもそもなんで流されて……へ?
なにか、見える。私が今いる水の道の下、というか管状水流の裏側? そこを何か波みたいのが走っているのが見えて、舟の真下を通過して…反対側に? そして昇って、きて、まさか!?
「「どばばっしゃ~んっ!!」」
わわぁっ!? 宝箱が水流に乗って、水の道をぐるり一周りして戻ってきたぁ!? ちょっ、きゃっ!?
「たっだいま~! ねぇアスト~! 水抜きして~!」
「ばしゃ~ってひっくり返して~! 逆さにして~!」
舟の中に着地してきたのは良いけど、さっきと変わらず水で満たされた宝箱のまま喋ってる……。え、えっと。よいしょ、こうですか?
「「ばしゃしゃしゃ~!」」
うわっ。言われた通りにひっくり返し水を外に出したら、宝箱の中からびしょ濡れ二人がぶらんって。もう、楽しそうにびしゃびしゃになっちゃって。
二人、そう二人。片方は勿論社長。サングラスを頭にくっつけてカラフルな水着とピンクの髪からぽたぽた水を垂らしてる。そしてもう片方は、先ほど勢いよく飛び込んできた、今回の依頼主。
青い髪、青色の瞳。手足の先に巻き付く水流の帯は光を受け流麗に青く揺蕩う。そしてやはり恒例の属性ビキニ。青水と波で編まれてて……なんというか今まで一番場に合っている。
風の精霊シルフィード、火の精霊サラマンドラ、土の精霊ノーミード。そして今回で、四大精霊の元への訪問はコンプリート。その通り。
「にゅへへ~! アストさんももっとびしょびしょになろ~!」
彼女は水の精霊ウンディーネがお一人。お名前を『オディーヌ』さんというのだ。あ、いえ泳ぐわけでもなしにそこまでびちょびちょになるのは…ひあっ!?
ちょっと社長!? 逆さ吊りのまま濡れ触手絡ませてこないでください!?
「お~それ~み~お~♪ 恐~れ~見~よ~♪ うんでぃ~ね♪」
船頭代わりまして、今度はオディーヌさん。船尾に立ち、やはり丈の何倍もある櫂で見事に。流石はウンディーネ、水捌きも歌声もとても涼やか。……やっぱり歌それでいいのかだし、なんならテキトウ替え歌じみてるが。あと、それと。
「あの帽子、なんですか? セーラー帽ですけど」
「可愛いでしょ~! やっぱりウンディーネでゴンドラ漕ぐならアレよね~!」
はあ……? 確かにオディーヌさんに似合ってますけど。青リボンを巻き付かせた白セーラー帽。でも急に作れと言われるなんて、しかも。
「なんで社長のは猫耳ついてるんですか?」
「そりゃ社長だからよ!」
????? えっと、まあ、いいや。多分いつもの思いつきだろうし、それこそ水に流しとこ。日差し強いから帽子被って貰う分には良いもの。折角だし私も何か被るものを、わわわっ!?
「どどどど~! 滝登り~!」
おっとっと…! さ、流石はウンディーネの水の道ダンジョン。水流が垂直に上がっていってる。さっきの急流下り然り、魔法がなかったら舟だけ残して振り落とされていた。ふう、でもこれでまた落ち着いて、えっ。
「お次は大回転縦水流~! 続けてぐるんぐるん大渦水流~!」
ちょっ!? 連続縦輪な水流に横螺旋型の水流!? 待っ、ひゅっ!? うぇっ、うええっ……!? ふ、吹き飛ばされるぅ…! せ、洗濯物の気分……もっと魔法強くしなきゃ……へ!?
「ここで登場! シャワー水流~!」
水の道が、シャワーみたいに細かな水流に分かれて!? これ舟支え切れなくて落ちるんじゃあ!? か、かくなるうえは魔法で舟ごと飛ばして……えっ。
「ウンディーネを信じなさい? なにせ水先案内人よ?」
しゃ、社長!? わ、わかりまし…うひゃああっ! と、飛び出し、空中に飛び出して! こ、これ本当に大丈夫で――!?
「そ~れ! 水流スプラッシュ~!」
わぁおっ!? 幾本かの細水の勢いが増して、舟を押し上げながら見事に支えて! 更にはオディーヌさんの腕の水流が櫂を伝い噴き出し、推進力に!
そのまままるで空を飛ぶように流されて、他の細流も合わさりだして! 気づけば元の水流のサイズへと戻って、ゴンドラはばしゃんっと着水!
「これぞ私達の水芸だよ~う! にゅへへ~!」
一例と共に櫂を片掌でゆらゆら支え、その先端から噴水を披露してくれるオディーヌさん。お見事、これには拍手を送るしかない! それと同時に、うん、本当に恐れ見た方がいいのかもしれない。
見た目の美しさに呑まれ忘れてはならない。ここは精霊の棲むダンジョン。過去訪れた他の場所と同じく、人が入ることすら適さぬ地なのだ。今それをまざまざと思い知った。
一見和やかに見える水の道も、ウンディーネでなければ、あるいはウンディーネと共にあらねば、たちまち激流として牙を向く。泳ごうが舟を浮かべようが、流れは無情に呑み込み弾き捨て、噴き飛ばすであろう。
しかし……そんなダンジョンだというのに、私達が訪問したということは。残念ながらそういうことである。これほどのうねりを以てしても冒険者達は侵入と略奪を試みているのである。
彼らの目的は、やはり精霊が棲まうような属性が満ちる地に生成される『魔宝石』。『アクアジュエル』という青く輝く水の力湛えた結晶。
それは一体どこにあるのか。すぐに思いつくのは下の水溜まりの中であろう。確かにそこにもある。だが、そこだけではないのだ。
話を少し戻し、一つ訂正しなければならない。このダンジョンに構造物はないと言ってしまったが、実はあれ、間違ってもいないが正しい訳でもない。
改めて考えてみてほしい。ここ、今まで訪れた四大精霊ダンジョンに比べても異質ではないだろうか。風が吹き荒れる谷、炎が岩溶かす山、土が満ち埋める地。そして水が流れ…何故か空中へと至る道。
そう。それがおかしいのである。水が溜まるのは勿論のこと、水流を作るまではわかる。しかし、水流が水龍のように空へと身を伸ばし、あろうことかこんな見回しても収めきれないほどに広がるなんて。いくら属性の力満ち溢れているとはいえ、自然には。
ということはつまり。その通りである。建物のような人工物でこそないが、このダンジョンの代名詞たる水の道はオディーヌさん達ウンディーネによる構造物、創造物なのだ。言ってしまえば偽りなく広大ウォータースライダーコースなのである。
だが先ほども軽く述べた通り、舟が容易く乗っかれる水流道をこれほどの規模で敷設するなど、魔法でもかなりの難易度。ならどうやって? その答えこそが水の力の結晶たる『アクアジュエル』。それも。
「お! 近づいたからか更にとんでもなく見えるわね! でっか~!」
おおおお~! 本当ですね! 水流の網の奥、隠されるように鎮座…いや、浮遊、ううんそれも違う。絡む水流に支えられ、そして支えているあれが『答え』。
「ウンディーネゴンドラ観光舟、超超超巨大アクアジュエルにご到着~!」
陽光照り付ける青空の元、水龍達ならぬ水流達は空で身翻し飛沫あげる。ならばあれは、龍あるいは流の巣とでも言うべきなのだろうか。
幾多の水流が絡み、包まれ、浮遊するかのように押しあげ支えられているのは山の如きサイズのアクアジュエル。しかも水の勢いで削られることなく、寧ろその力を吸収し龍鱗に負けじと結晶棘を青く煌めかせている。
これがこのダンジョンの大元。核とも言っていいだろう。巨大且つ凝縮されたアクアジュエルは水の力を振り撒き水流の空中遊泳を可能にし、その泳ぐ水流はアクアジュエルを撫でることで力を届ける。
この相互作用による均衡関係を作り出すのにオディーヌさん達はどれほどかけたことか。時の流れの苦悩が偲ばれる。なにせこんなサイズ、見たことないもの。
そしてそれほどに貴重な物だからこそ、冒険者は執拗に狙う訳で。やれやれ。
「尖りだしてるとこ、気を付けてね~。私達もたまにぶつかっちゃうんだ。冒険者、ああいうとこだけ壊してくれると嬉しいんだけどなぁ」
ゴンドラを器用に操り、オディーヌさんは巨大アクアジュエルに纏わりつく水流へ。ここまでくるともはや壁、青い壁。しかし尚も輝きは宝石のように美しく、魔力の濃密ぶりは垂涎もの。
その上で水を溜め、プールのようにしてぱちゃぱちゃ遊んでいるのは他のウンディーネ達。宝石棘の林に囲まれ笑い声と歌声流れる可愛らしくも霊妙な青き空間は、精霊の花園、いや水の園。月明りも似合いそうである。
しかしそんな景観を壊すものが。それはまさしく破壊の痕。あの水気のない広場にある大穴は爆破痕。あそこにある不自然な欠けは、大槌で破砕された痕か。
他にも、こうしてゴンドラ移動をしているだけで見つかる見つかる。酷い場所は地割れじみたヒビすら。もしこの巨大アクアジュエルが破断されてしまえば、水の道は確実に維持できないだろう。
「うん、下の水溜まりは水棲型の子達に任せられるし、上もここなら常駐できるわね。問題なさそう」
だから、私達はなんとしても冒険者を追い払わなければならない。幸いにもダンジョンを構成するのはほぼほぼ水流道であり、こうして拠点の確保さえ確認できれば派遣自体は可能。だが。
「問題は、どうやって冒険者を追いかけるか、ですね」
「そこよねぇ。どうしようかしら」
狙いのほとんどが巨大アクアジュエルに集まる以上、ミミックをこの場に配置すれば対処には動きやすいだろう。だが、ここで問題になってしまうのが水の道。
「最近来る冒険者って、私達より流れに乗るのが上手なんだ。舟とかサーフボードとか召喚魚とかですいすいすい~って! そんで追いついたらもうぼかーん!」
オディーヌさんは櫂を手放すほどに腕を広げアピールを。因みにゴンドラ自体は魔法で制御をしているから変な方向に曲がることも水の道から落ちることもない。安心してほしい。……いや、こういうことなのだろう。
精霊ダンジョンはその過酷さ故、並の冒険者を弾く。だが逆に言えば、その分腕に自信のある冒険者が集まってしまうのだ。暴風の中に重装冒険者が、焦焔の中に耐熱冒険者が、土沼の中に浮遊冒険者が。
そしてここには激流をものともしない使い手達が。恐らく私のように魔法で、あるいは技術で水の道を御し、ウンディーネすらをも出し抜くほどの。
そうなると後は想像に難くない。なにせこの道は進んできた通り、巨大アクアジュエルに一直線なのだから。これにさえ乗り続けることができていたら、冒険者達は苦労なく目的地に辿り着けてしまうのである。
しかも水流の勢いはその助力とすらなり、爆弾や大槌といった重装備を背負う者すら楽々運んでしまうに違いない。折角の水の道が悪用されてしまうなんて、オディーヌさん達の胸中は如何ばかりか。
これほどまでの畏怖と壮麗さすら覚える景色を、ウンディーネ達の努力を水泡に帰させるような真似は断じて許されない。だからこそ私達も防衛のお手伝いをしたいのだが……本題たる『問題』に戻ろう。
水の精霊たるウンディーネすら苦労しているのだ、ミミックが水流を制することはきっと難しい。アクアジュエルで待ち伏せこそできるが追いかけることは、ましてや追いつくことは。
無論水棲型の子を多く派遣するつもりだけど、相手は自由に水の道を駆ける冒険者達。動きについていける保証はない。加えて。
「ばしゃしゃって泳いでる間に別の道に大ジャンプで飛び移ったり、なんなら空飛んで逃げる奴までいるんだぁ。楽しい動きだけど、悪い人たちだから複雑だよぅ……」
とのこと。それをされると水棲型の子は、いやミミックは実に無力である。飛行型の子もいるが、水棲型の子と共に行動させるわけにはいかないし。かといって。むむむ。
「どうしましょうか……」
正直、中々に難しい依頼かもしれない。そもそもこのダンジョン、ミミックが身を潜められる場所が皆無なのだ。水の道ゆえに透明であり、水流ゆえに常に一方通行で押し流される。仮に水の中に潜伏場所を作ったとて透けて見えてしまうし維持も難しい。
だからこそ唯一の安全な途中拠点として巨大アクアジュエルの上を使おうとしていたわけで。けれどそれでは待ち伏せで取り逃した場合、他に託せないため継続して追いかける必要が出る。なのでその分ミミックの追跡能力を引き上げる『何か』が必須なのだ。
しかし、その条件に適合させられるような何かとは。どうしたら全てに対処できるのか。うぅ……涼しいはずなのに頭が熱くなってきた。でもなんとかプランを練り上げないと。
えっと、まず今までの精霊ダンジョンではどうしていたっけ。どこも過酷な環境でミミック単独では行動が難しかったから、協力を仰いでいるんだよね。そこに棲む精霊達とその地にある魔宝石を組み合わせて。
精霊が棲むほど力の満ちているダンジョンなら、魔法が使えないミミックでも魔宝石で属性の力を多少操れる。だからその機構を箱に組み込むことで空を飛んだり溶岩を纏ったり土に埋もれたりできて、だからここもそうするのが……っと。
いけない、ちょっとくらっとしてしまった。けど良案はなにも浮かんできてない。もっと考え――。
「「せーの、ぷしゃ~~っ!」」
「ふきゃぷぅっ!?!?!? けほっけほっ!? ちょっ!?」
社長!? オディーヌさん!? なんで急に水をかけてきたんですか!? 冷たくて気持ちいいですけど…ひゃっ?
「熱くなりすぎよ。あなた、あたし達ミミックと違って蓋とかないんだから」
「お水の帽子、作ってあげようか? それともお水飲む?」
お二人共、被っていた白セーラ―帽を私の角に被せてきて。いえあの、両方の悪魔角に被せられるとちょっと見た目が……。帽子もお水も自分で……! いやそうじゃなくて。
「ふふっ。そんなに煮詰まらなくてもいいのよ。だってまだダンジョン内部の精査中よ? それが終わってから頭捻っても遅くはないわ」
それは、そうかもですけど……。わぷっ、ちょっといつの間にアクアジュエルを!? ぱひゃっ!? ですから舟の上で水鉄砲するのは…!
「ほ~らもっと気楽にして遊びましょ! 折角のおろしたての水着なのよ!」
けほこほんっ、しゃーちょーう? 一応今、仕事中なんですが。そこまで明け透けに言うのは。さては水着着てテンションあがりましたね? もう。
「そうだよぅアストさん。私達の水の道、楽しんでよ~! 遊ぼあそぼ~!」
オディーヌさんまで。はぁ、クライアントに気を遣わせてしまった。ふふ、はい。遊びましょう。凝り固まった思考も水で流せば、もしかしたら。とりあえずこの帽子は外して消してと。
「それに、まだ水の道の本当の姿は見せてないよ~!」
「…へ?」
本当の…姿? えっと? え、なんでオディーヌさんと社長、にんまり笑いあって? そして何故また一緒の箱に入って、蓋を軽く閉じて。
「そんじゃ、ほどよくわくわく待ってなさい?」
「ばっっっしゃーん!」
またさっきみたいに水の道に落ちて!? けど今回は流されたのではなく、自らの意思で飛び込んで……わっ。
「「ひゃっほ~い!」」
宝箱が、飛沫蹴立てて水流の上を走ってってる。落ちることなく、ザババババと。それでゴンドラからどんどん遠ざかっていく姿は中々にシュール且つ、見事なもの。あの勢い、水上スキーならぬ水上宝箱。って!
「どこまで行く気ですか!?」
本当にみるみる内に遠ざかっていくのだけど!? これゴンドラのスピード上げるべき? いや、社長は程よく待ってなさいって言ってたし……多分このままでいいんだよね?
それにしても見事な、えぇと…泳ぎ、波乗り、水乗り、道乗り?である。わっ、おお~! 空中で近づいた水の道間をジャンプで飛び移った! ちょっと間違えれば真っ逆さまに落下するのに。
あの動きはまさに理想的、あれほどまでに水を御せれば冒険者を追いかけることも容易いだろう。うーむ、ウンディーネの協力は必須としても、せめて箱の調整でなんとか社長並みの自在さを……ん? あれ。
別の水の道に移った社長達が、それに乗ってこっちに来てる? 丁度ゴンドラの進行方向と被る形。とはいっても水流は曲がりくねっているからもうだいぶ高さができていて、でも社長は器用にぶら下がり波乗りで――え。へっ?
社長の箱が光の反射でチカリ光ったと思ったら、その水の道の先が、水流の一部が急に細く千切れて……曲がってこっちに!? えっ、ちょっ!? そ、それって! それってさっきの!?
待って! 待ってください!? そんなことしたら、って、乗ってる!! もうその細流に社長、乗ってる!!!! 待っ、まぁっ!?!?!?
「「どっばっしゃーん!!!」」
きゃううっ!!!!???? よ、予想通り、ゴンドラの舳先に社長が突撃落下してきてぇ!!? ゆ、揺れっ!? ゴンドラが上下に、縦に揺れるぅ!!!?
「がっくんがっく~ん! にゅへへ~! 大波だ~!」
「ちょっとアスト~! 耐えなくていいのよ!」
いや耐えますよ!? そりゃ魔法強めますよ!? だってそうしないと沈んじゃうじゃないですか、落ちるじゃないですか!? ならゴンドラに背を張りつかせながらも止めますってば!
「ふふっ、ここは大丈夫よ。水の道の面白構造、忘れたの?」
えっ……あ。それって。
「「せ~のっ!」」
社長とオディーヌさん、アクアジュエルの水噴射で勢いよく飛び上がって! あ、あの!!! 本当に待って! まだ舟揺れてるんですから、今それをやられたら、こ、今度こそぉ!?
「「どっぱーん!!!」」
「きゃああああっ!!!」
ご、ゴンドラから私が打ち上げられそうな衝撃がぁ! あ、ああぁ!? 舳先が、舟の先が、水の中に叩き込まれて、水が包んで、呑み込みだして!!
も、もう流れが止まらなくて、水が勢いよく入り込んできてぇ! ゴンドラが、水の中に沈みこんでいって、社長はもう水の中で、姿見えなくなって、舟が垂直になりだして!!!!
と、飛んで逃げれば! いやでも社長置いてけな、ひぃあっ!? あ、足に何かが絡まっ…この感覚、これ社長!? なんで社長、私の足を触手で掴んでぇ!!?
いやちょっと、ちょっとお!!? 沈む!! 沈みますからあ!!! うわわっ、もうゴンドラがひっくり返っ!? か、顔から水に、もうどうしようも、ごぼっ、がぼぼぼ!?!!?
い、急いで舟に浮上魔法を、ごぼっ、いやそれより水中呼吸の魔法を! 早くしなきゃ、社長を助けなきゃ――!
「もうアストったら。どっちも要らないわ、よっと!」
「ぷひゃ~! ぐるんっ、ばっしゃ~んだぁ~っ!」
ひゅあっ!? か、身体が急に回転するように、いや舟ごと回転するように、ばしゃんっ!? ちゃ、着水!? もしかして下の水溜まりに、それか他の水の道に……う、ううん、けほっけほっ、違う!
「落ち着いた? ほら、呼吸整えて見てみなさい!」
「にゅへへ~! ようこそ二人共~! 水の道の、中へ!」
わ…うわお……! そうだった、そうでした! さっき私は至る所でうねる水の道を『管状』と表現したけど、あれは本当に管状だからそう言ったのだ!
ここもまた水の道、水の流れ! 私達がいるのは先ほどまで進んでいた水の管の中、水流の内側! 陽光を受けて煌めく水面が360度全方位を囲む神秘空間!
そう、ここは水の道が作る水によるトンネル。もっとわかりやすく言えば、水で象られたホースの中を進んでいるような……いや、こっちのほうがわかりにくいか。あはは…つい興奮してしまって……。溺れかけもしたから……。
こほんっ。ともかく、これがオディーヌさん達の誇る水の道の別姿! 全身びしょ濡れにならなければ見られない、特別な……は…はくちゅっ!
うぅ…。ほんと、全身びしょびしょ。水の膜を潜ったんだから当然なんだけれど。うわ。全身水たっぷり吸って重くなっちゃってる。ボレロは透けて中の水着丸見えだし、ホットパンツはずり下がり気味でこっちも水着割と見えてるし。
いや別に水着だから見えるのは良いんだけど、意図した見せ方じゃないのは。それにこうもぺっとり貼りつくのはなんだか、その……。はぁ、厚手のラッシュガードみたいなのにしとくべきだったかな。
というか事前に言ってくれれば魔法で濡れないようにしたし、なんならあんな舟沈める無茶しなくたってよかったのに。仕方ない、ちょっと端で絞らせてもら――ぅひゅん!?
「な、何するんですか社長!?!? なんで服の中に手を入れてきて!?」
「うへへ~! びしょ濡れになったんだもの、良いじゃない! ほら脱いだ脱いだ! キメた姿も良いけど、可愛い水着姿もじっくり見せなさいよ~!」
だからってなんで! オディーヌさんも見てるんですから! あ!さては社長、これが目的でしたね!! なんて回りくど、ふひゃあ!?
わ、わかりましたから! 脱ぎますから! だからまさぐらないで、舟揺れて今度こそ転覆しちょお!? ほ、解かれて!? み、水着だけは! 水着だけは解かないでくださいね!?
「う~ん! ここも良い景色ね~」
「えぇ、本当ですね。まるで水中みたい…! あ」
慌てて口を押えてみたけど、社長は横の席でくすくす笑って。もう、だってこんなの、ついそう言っちゃいますよ!
まるで水中から水面を見るような光景を、魔法もなしに舟に乗って見上げられるなんて。ふふ、ううん。見上げるだけじゃない。さっきも言った通り全方位、どこに目をやっても囲んでいるのは水面なのだから。
表面にいる間は気づかなかった案外薄い水流の壁は、周囲の景色と光をほどよく取り入れ混ぜ流し、一層煌めきと流麗さを増して私達を包んでくれている。ある時は天地を、ある時は全て天を、ある時は一部を青宝石の壁に迫らせて。
こんな絶景、ここが実質水中の特殊管状空間じゃなければ見られない。だからあんな台詞も漏れ出てしまうのだ。それに言い訳じゃないけれど、更に水中らしさを添えてくれているのがここにはある。
それが、さながらサンゴ礁のように水の内に生えるアクアジュエル達。外側にはなかったとはいえこれにもかなり驚いてしまった。
だって常なる水流の中、本当に天地無くあちらこちらに生えているのだもの。あるいは魔鉱石の結晶が露出している洞窟か。聞けばオディーヌさん達が水流調整用に設置した代物なようで。
水流を受け力を蓄え、自ら水流を放出することで大きさを維持しつつブイのように浮いているらしく。成程、水の力が拡散しない水の道内部だからこそできる芸である。これはミミック派遣にも使えるかも。
なんてことを考えつつ、私と社長、オディーヌさんの水着三人娘はのんびりゴンドラ水の旅。ただ、面白いことに気づけば三人どころではなくなってしまった。
「つぎあたし! あたしが舟漕ぐ~!」
「いいなぁ、舟。冒険者ばっかり使っててさ~」
「良い揺れぇ。泳ぐだけじゃこうは…すやぁ……」
一人、また一人。ゴンドラへ乗船してきたのは他のウンディーネ達。どうやらこの水の道内部は彼女達のスポットのようで、ちらほら絡んできてくれているのだ。
他にもほら、再度周りを見やれば眺めは一段と。ゆらぎ差し込む日差しの中、照らされ艶めく青珊瑚のようなアクアジュエル、その隙間を縫うかの如く軽やかに泳ぎ踊るのは、全てウンディーネ。
敢えて繰り返そう。ここはまるで水の中のような、精霊の神秘に満ち溢れた絶景空間だと。けれど悲しいことに、ここもどうやら。
「そうなんだよぅ。水慣れしてる冒険者ばっかでさ~。こういうとこ見つけたらすぐ潜ってくるし、すいすい乗りこなすし。追いかけるの大変なんだぁ」
冒険者達にとっては単なる逃げ道の一つに過ぎない様子。しかも臆せず利用してくるとは。……さっき私、忘れていたとはいえ舟が沈むかもって醜態晒してしまって。うぅ、水に流しきれない恥ずかしさ……!
コホンっ。それはさておくとして。そうなるとやはりミミック配置が難題。水上、水中、空中、加えて障害物のある疑似水中。対応すべき環境が多い。
さっき軽く思いついた通り、その障害物たる水中アクアジュエルに化けて潜むのは一つの手だろう。だがそれだけでは弱いし、水流と高濃度の属性力を浴び続けるのはミミックであっても辛く、長時間の潜伏は難しい。
理想は各条件に応じたミミック達をそれぞれの適所に配する形だが、ここが水流で構成されている以上難しい。まさか各所に巨大アクアジュエルを作ってもらうわけにはいかないし、実現しても冒険者が分散して対処が複雑になるだけ。
だから現実的な目標は、各ミミック達を揃って現場まで派遣すること。冒険者達に負けないよう高速で。となると、うぅん……ううぅん…………ん!?
「せーのっ!」
「「「ぶしゃ~っ!」」」
あっぶなぁ!? か、間一髪回避できた!! ちょっと社長!? なんでウンディーネの皆さん使ってまた私に水かけようと――。
「隙あり~!」
「「「どばしゃ~っ!!」」」
わぷぅっ!? に、二段構えぇ…!? 後ろにいたオディーヌさん達が勢いよく、もう。服は脱いだもとい脱がされたから良いんだけど。舟に水が入っちゃうのは、って。
「なんで社長まで!?」
「あはは! びっしょびしょ一緒よ! 水も滴る良い女同士ね☆」
オディーヌさん達の水流に社長も巻き込まれ、いやわざとっぽいけど、私と同じようにびちょ濡れに。おでこサングラスのまま髪を軽く絞って、濡れていることを忘れるような晴れ渡る笑みを。
「そういうの、あとあと! ここまで舟で景色堪能してるだけじゃない。ほら、約束通り遊びましょ!」
え。でも……いえ。そういう話でしたものね。わかりました。また頭が熱くなってきたところでしたし、涼ませていただきます。
けど、この水の道の中でですか? 見た感じ泳いでも貫通はしなさそうだけど…遊ぶには結構ハードな気が。社長はともかく、私は魔法でも使わないと流されて終わりになりそう。
「大丈夫よ、やりたいことがあるの! そうね、真面目なアストのためにこう言っときましょうか。『冒険者の立場になっての検証』って♪」
は、はあ? 何をする気なんだろう……。けど社長のその晴れ渡るを越えだした熱いぐらいのにんまり笑顔、嫌な予感しかしない……!
「う、動かないでくださいね!?!?!? ほ、ほんとですからね!!!」
「いや動くわよ? ほれほれざぶざぶ!」
「ひああっ!? や、止め、止めぇ!!? 倒れますから! 落ちますからぁ!」
「ふふふっ! 上手くバランスとりなさいな! 私を沈める気~?」
そ、そんなつもりは! いやそれより! なんですかこれ!!? これが『冒険者の立場になっての検証』なんですか!? この、その、えっと!
「社長をボード?にした、『サップ』ってなんなんですかぁ!!!?」