ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
魔物側 社長秘書アストの日誌
「お~! どれもこれもでっか~い! アスト、ここのが全部?」
「はい。『恐竜』――かつてこの世界を支配していた生物で、現在のドラゴン達の祖と言われる存在。その全身骨格化石です」
大理石の光沢のある床、対照的に岩々とした積み石の壁。採光窓から注ぐ日差しに包まれど、その地は太古。あるいは地層の中か。土と歴史を感じさせる色合いに包まれ、その威容は猶も健在。
ヒレを操り大海を支配せし海竜、翼を広げ大空を翔る翼竜、長き首と鳴り響く重脚を以て闊歩せし雷竜。あるいは社長並みの体躯でその隙間を疾走する小型竜や、甲殻を刃に槌にし鎧纏う装甲竜。
今や肉無きその骨は、再現されし造り物の植生を傍に高らかに吼える。さながらかつての世の支配者は我等だと誇るように。静かに、されど厳かに。いつ動き出してもおかしくないほどに。
その群雄割拠の只中へ私達は歩を進め、中央展示へ。そこにて牙を向くのは。
「そして、こちらが?」
「『ティラノレックス』。その恐竜達の中でも、まさしく王として君臨したといわれる種族です」
その牙は一刃で私の手を越え、それが並ぶ巨大な顎は大きく開かれ私程度一咀嚼。まさに王と呼ぶに相応しき体躯。つい背に身震いを覚えつつ、夢想する。当時の食物連鎖の頂点に君臨した暴君は、一体どのような――。
「なはは! やっぱワシが王なのよ! のう、トリケラの!」
「あぁ?! やっかましいわ! そのほっそい手、角で抉り取ったろか!」
「ちょっと、せめて格好よく見せなさいよ! これだから肉食は!」
「わかったわかった、パラサウの。貴様の声大きいんだから手加減してくれ」
……できれば、こうであってはほしくないのだけど…。いや実際こうして魔物化している以上、少なくともこの個体の性格は、まあ、うん。はい。
「んじゃ改めて。ようこそ、客人。おっと警備請負人と言うべきか? ワシはこの『博物館ダンジョン』が自然館の纏め役、名を…人がつけた名しかないが『レクシ』と呼んでくれぃ」
他の恐竜に叱られ、首をグワリガシャリひと鳴らし。牙をカチカチ鳴らし、その巨大な竜顔を眼前へと近づけてくれるレクシさん。その生者同様の動作からは、鼻息すら感じ取れるほど。
「がお~! ミミンで~す! こっちのはアスト、私の秘書です!」
それに相対するは、私の腕の中で箱蓋を顎のようにカチカチ鳴らし挨拶を返す社長。竜王の如き大恐面と、その眼窩ほどの小宝箱。骨の顎と箱の顎。向かい合い笑いあう二者はなんとも対比的で、あっ!?
「これ痛くないですか~? 鼻から顔出してますけど」
「な~んも! もう骨だけだからなあ。下顎から落ちんようにな!」
社長、レクシさんの眼窩から飛び込んで顔の中をもぞもぞ!? 許可を頂いてるとはいえ保護魔法がかけてあるとはいえ貴重な化石、少し気が気じゃないのだけど…! スケルトンとは勝手が違うのだし。
そう、レクシさん達は骨だけとなった死者が蘇ったスケルトンとは似て非なる存在。確かにその記憶は遥か太古に生きた彼女達の者に相違ないが、スケルトンとは違い自発的に生き返った訳ではないのだ。
もっと言えば、レクシさん達はこの博物館ダンジョンの中でも特異。スケルトンとダンジョンに居る方々と相の子、と表現するべきであろう。ただ…どう説明すべきか。ネクロマンスの定義にも当てはまらないし。
「どうじゃ? 『美術館ダンジョン』と同じようにいけそうかのう?」
「はい! 寧ろ自然やらを再現してある分、隠れやすいですよ~!」
あそっか! それがまさに的確。かつて今回と同じく短期警備を請け負った『美術館ダンジョン』、そこの『動く絵画』を始めとした美術品の方々に近いのだ。
つまり――『生ける展示物』。それがここのダンジョンの方々を評するのに相応しい言葉であろう。そして、私達がここに来た理由も美術品ダンジョンと近い。いや同じと言っていい。だって。
「なら助かるのう! あっちと同じように頼むぞ。『怪盗』からの防衛を、の!」
「お任せを!『ル・ヴァン・ザ・サード』なんて、もっかい倒しちゃいます!」
レクシさんの頭蓋の上に乗った社長は箱からぴっと一枚のカードを。それは、予告状。以前美術館ダンジョンを襲い、私達の警備によって退治せしめたはずの、あの怪盗からの犯行予告。
あの時我が社は見事怪盗一味を討伐せしめたのだけど、どうやら復活地点は彼らの息がかかっていたらしく、逮捕は叶わず。彼らは懲りずに怪盗業に身をやつしているのだ。
そしてとうとう、この博物館ダンジョンに毒牙を。しかも、あろうことか。
「なはは! その意気よ! なにせそやつ、ワシとトリケラのとの関係同然なんじゃろ? 『ライバル』ってやつなんじゃろ? じゃなきゃ『かつてのミミックとの対決を希望する』とは書かぬものなぁ」
いえ……ライバルというより復讐相手感だとは思うんですけれど…。怪盗の内心はともかく、その通りなのだ。なんと彼ら、わざわざ予告状で私達を指名してきたのである。
既に美術館ダンジョン以降各地が被害に遭っているのだが、わざわざダンジョンであるここで再戦を挑んでくるという徹底ぶり。ならば再度あの時のように。怪盗すらも手玉に取る鮮やかな手口で。それが今回の依頼なのである。
なにせここの展示も美術館ダンジョンに負けず劣らずの価値があるものばかり。それこそ今目の前で社長を咥えたり背に乗せたり骨の隙間から通して遊んでいる恐竜達ですら、浮き彫りをされた化石の壁岩ですら。そして他も、おっと!
「かくにんかんりょ〜! それじゃ皆さん、一旦失礼しま〜す! 次のエリアに行きましょ!」
社長、首長竜の上からコロコロ転がり私の腕の中に戻ってきた。よくまあスカスカの骨首を器用に。では、わっ!?
「折角だ、散歩がてらワシも付き添おう。下々の様子を窺うのも王の務めよ!」
周りからギャアギャアブーイングを受けながら、レクシさんが展示場からズシンと動き出して!? え、い、良いんですか!?
「なはは構わん構わん、今日は臨時休館だし、この自然館の内部はワシ等がほぼ自由に動け回れる造りになっておるからのう。ほれ、順路はあっちじゃぞ!」
わわわっ!? 骨の脚がガシャリと、柵を跨いで悠々と! ついて来てくださるのは有難いのですけど、室内でこの体躯を振り回すのは、尾をぶんぶん振り回すのわわわとっ!?
「レクシよぅ。また身を傷つけるぞよぉぅ? ただでさえなぁお前さんは粗雑な性格ぅ。その身を壁にぶつけ幾度補修をしたとぉ? 学芸員も泣いておったわぁ」
「やっかましいのうブラキオの。貴様の方がデカい癖に! 大体、毎夜のバトルを許したならば、その程度は加味して貰わんとおっと!? あー…すまんラプトルの」
「薙ぎ払うんじゃねえよお!? 今夜覚えとけぇ!?」
言っている傍から。レクシさんの尾で小型竜が弾き飛ばされて、というか骨だからバラバラに吹き飛ばされてる…。えっとこれ直した方が、あ、かかってる魔法で勝手にカチャカチャカランコロン戻ってってる。よかった。
とはいえ、やはりこの巨体を引き連れ各所を巡るのは危険だろう。レクシさんの性格も相まって。この先にも貴重な品々が多数揃っているし、このままではついでに他の館も見たがるかも。なんとか収めなきゃ……。
「じゃあ私の箱の中に入ります? 広めなとこでお出ししますよ!」
あ。確かにそれならば安全は確保できる。社長ならそれが出来る。けど。
「な、中じゃと? なはは、面白い冗談を! そ~んなちっこい箱に、ワシの威風堂々たる巨体が入る訳が――は?」
「がぶ~っ!」
あぁ……一瞬。まるで吸い込まれるかのよう。社長が大きく開いた、それでも顔の小さな草食竜の口ほどな箱の中へ、レクシさんはがぶりごくり一飲み。
周りの恐竜達が瞬きする暇すら…まあ瞼はないのだけど…なく、箱はぱたんと閉じその場にことん。博物館らしい静けさが舞い戻ってきた中、注目を一身に集め、蓋は再度パカリ。
「じゃじゃ~ん! 合体! どうアスト、私も王様みたい?」
そしてひょこり出てきたのは、レクシさんの頭蓋を被るようにその口腔から顔を出した社長。確かに頭蓋を被るのは部族の王のようですけれど、それはどちらかというと、食べられてません?
「これワシどうなっておる!? 視界が、視界が低い!? 身を地に這わせているようじゃ!?」
というより、それ以前に中々に絵面が酷い。小さな宝箱の中から巨大なレクシさんの顔が飛び出し困惑、その顎下から社長が身体を突っ込んで顔を見せてる状態だもの。あぁぴょんぴょん跳ねだしちゃった!
「ざ~んねん。あのまま一緒に巡りたかったです~」
「勘弁してくれぃ…。ワシにも尊厳というものがある。周りの連中にああも笑われてしまえば示しがつかんわ。食われる側の心、分かった気がするのぅ……」
やっぱりレクシさんの性格的に受け入れられなかったみたいで…。先程までとは打って変わった丁寧な歩き方からもしょげているのがわかる。正直、私としても有難かったり。もしあのティラノ社長を運べとねだられても…こほんっ。
「ま、気を取り直すとするかの! ほれ、この扉の奥からが動物エリアじゃ!」
「失礼いたしま痛あっ!?」
な、な、なんか顔に当たってきてぇ!? 羽毛の柔らかさと、なんか物みたいな硬さが相まって結構痛く…あ、わぁ!
「これ貴様等! 客人、それもワシ等を守ってくれる警備員のお通りじゃぞ! 大人しくせんか!」
「おお~! 色んな種類の動物や魔物がたっくさ~ん!」
なんて壮観な光景! スライムにワーグにトレント、ケルベロスにコカトリスにグリフォンにヒポグリフ、サンダーバードにユニコーンにバイコーンにキメラ、ヴォーパルバニーにサーベルタイガーにアルミラージにオウルベアにフェアリーにドラゴンにテンタクルスに巨大昆虫に各種精霊達、他沢山!
そしてエルフにドワーフ、オークにゴブリン、ハーピーにアラクネ、オーガにホビット、ケンタウロスにミノタウロス、人魚にラミアにアルラウネに私のような魔族に……か、数えきれない!
およそ賑わうダンジョンでもお目にかかれない、ともすれば反目しあう魔物同士でさえ並び闊歩する展示場! これが博物館ダンジョンの自然館、休館時の姿!
とはいえ、残念ながらこれは偽の光景と言えるだろう。なにせ彼らも『動く展示物』。剥製、または精巧な蝋人形なのだから。いやしかし、これほどの数…!
「また増やしおったな、学芸員連中。本気でこの世の全種族揃える気なのかのう」
小動物達にクライミングされつつ、レクシさんは鼻を鳴らす。その光景は何処かほのぼの。彼らは生体ではなく、食物連鎖やらが無い。だからこそ、ファンタジーでファンシーな光景が見られる訳で。
ほら、岩場の上に陣取ったドラゴンは兎や猿達から譲れと吼えられ、トレントは装飾大木とどちらが木陰に皆を集められるかを張り合い、人魚とラミアはその尾同士をテンタクルスで結んで縄跳びみたいに。
更にドワーフは鉱物展示ケースから勝手に取り出し磨きだし、エルフとゴブリンは互いの埃を払うように。レクシさんは絡んできたサーベルタイガーと牙比べをして、空ではさっき私にぶつかってきたフクロウが虫から必死に逃げてる……え、あのフクロウ学芸員なんですか?
こんな感じに展示物の皆は展示ケースを飛び出し自由気まま。さながら稀有なる動物園のよう。開館中はあまり動かないのだろうけど、それでも充分に自然に息づく生物達の――おや?
「レクシさん、ここの展示ケースにだけなんで椅子が置いてあるんですか? 壁も一面だけ無いですし」
「おん? あぁその説明書き読んでみればわかるわ。面白いじゃろ~!」
どれどれ? えぇと…『人間族』。あぁ、成程!
「この博物館ダンジョンは人間の客が多いからのう! 客自体に展示物になって貰えばウケるじゃろ。だがま、怪盗なんとかは是非そこに飾ってやりたいわ!」
ちょっと怖いことを…! まあでも、その気持ちには同感である。剥製となった子達も、その身の貴重度合は変わらず。絶滅種となってしまった種族もいる以上、計り知れない価値があるのだから。
だからこそ、ここも重点的に守らなければならない。とはいえこれほどの人込み獣込みであればミミックの隠れどころなんて幾らでも、ん?
「社長、どうしました? さっきからきょろきょろして?」
「ん~……ミミック、いないなぁって。まだ展示ないんですか?」
「どれ。フクロウの! ほうほう、無いと。『ミミックは未だ謎多い存在で、宝箱のイメージが強すぎるからつい後回しになってしまって……ハイ』じゃと。ふむ、なはは、ワシにもわかるぞ?」
骨の口を本当にカラカラ鳴らし、レクシさんは私達を食べんばかりに顔を合わせてくれる。ふふっ、つい私と社長も顔を合わせて!
「ここのミミック配置は」
「決まりね!」
「なはは、快適快適! 魔法館の連中より借りた『これ』、存外良いのう! この中央広場の大噴水へも身を気にせず近づけるわ!」
「可愛くなりましたね~! ところでアスト、この土人形って?」
「『恐竜土偶』ですね。かつて
「おぉお顔近いのう!? これまたワシに襲われる小物の心が……! よくわからぬが、らしいの。土産物屋のではないぞい?」
「へ~! なんかギャルと一緒に暮らしてそうなデザインなのに!」
頭の上でひょこひょこ動く土人形レクシさんを突いて遊ぶ社長…! あ、あの一応それも展示品且つ貴重な品なので……多重に保護魔法かけとこ。
「魔法館、ねぇ。確かそこもだったわよね? 怪盗が狙ってるとこって」
「あ、はい。予告先は計三ヵ所。レクシさん達のいらっしゃる『自然館』、様々な魔法技術が展示されている『魔法館』、そして今向かっている『歴史館』です」
社長の箱の中から予告状を拝借し確認。うん、間違いない。この博物館ダンジョンはかなり広大、故に色々と館分けされているのだが…なんと怪盗はその内の三ヵ所を狙うという声明を出してきたのだ。
勿論鵜呑みにはせず全ヵ所にミミック配備をする予定だが、かつて相対したあの怪盗の様子、きっとその制約は守るだろう。だからこそ盗賊や強盗ではなく、怪盗として名を知らしめているのだし。
とはいえ当然、歴史館にも魔法館にも貴重品だらけ。この先も警備のためにしっかりと展示を見極めなければ……ふふっ!
「なんだかうきうきねアスト! 博物館ダンジョン、楽しい?」
「っえへへ…! バレちゃいました? だってここ、いつも人がいっぱいで。こんな誰一人としてお客さんがいないのは初めてなんですもの! できれば一日かけて全部見て歩きたいぐらいです!」
「残り時間は好きにして構わんぞ? ワシ等も見て貰うためにここに居るのだからのう!」
やった! それじゃちょっと急いで、でも正確に! ふふふっ、実は次行く歴史館もとても楽しみなのだ。このお客さんが誰もいない、森閑あるいは寂寥ともとれる雰囲気で向かえば、あの場がきっと――!
「フハハハ! よくぞ来た魔族の娘よ、宝箱の娘よ、我等が闇の館に足を踏み入れし挑戦者、怪盗相手取る『決闘者達』よ! そして、とうとう玉座を取って代わられたか古代の竜王!」
「んなワケあるかファラオの! って、そのやかましい声量下げんか。アストのは静かな歴史館を所望しておって…!」
「お気遣い有難うございますレクシさん。だけどアスト、違う理由でぽかんとしてるんですよ~」
……は、はい…。代わりに説明を有難うございます社長……。確かに私、静かな展示を見たかったのだけど、レクシさんのこともあってこれぐらいなら想定内ではあったのだ。ただ、その声の主が……!
「『ファラオ・ミレニアテム』…! ピラミッドダンジョンの主が、『マミー』であったはずの貴方様が、何故こちらに?!」
以前私達を迎えてくださったように、金と青に輝く独特な被り物を長杖をコンと床に突き、堂々立っている彼は、間違いなくあのファラオ! しかも、全身に巻いていた包帯が、片目隠しのものすら無い!
これじゃマミーではなく生者同然、肌艶的にも。けれど彼は今もダンジョンにおられるはずで、ミミック派遣も継続していて、え、え!?
「落ち着きなさいなアスト。ここに来たことあるなら、ファラオが『置いてあった』ことは覚えてるんじゃない?」
「なんだアストとやら、『もう一人の我』と、もとい本物の我と目見えたことがあるのか。ふむ、その様子からして息災のようだな。フハハ! 我のこと、闇のゲームに巻き込まれたであろうよ!」
え。え、え!? もう一人の、本物の……ちょっと待って、確か歴史館の展示物にはピラミッドの……あ、あ! そういうこと!? そういうのもアリなの!?
「解に至ったようだな。然り、我は蝋人形、偽の我よ! 性格こそ生き写しであろうが、この『歴史館』の展示物として愉快に過ごすが生業よ。なに、本物には許諾を得ている!」
は、はぁ……。『生ける展示物』、ここに極まれりと言ったところであろうか。まさか死者だけではなく生者まで……いや、マミーは一度死んでいるから死者? 普通は生者の人形が博物館に飾られることはないし、さっきのエルフ達の蝋人形は種族通念的な精神で……。
「フハハ! 我は蝋人形な我なだけ、それ以上でもそれ以下でもないわ! 然れば、スタンバイ! 歴史館は諸王に代わり、我が紹介を担おう!」
あっ!? お、お待ちをファラオ! そんな全速前進で進まなくても!?
「――おお~! オリハルコン、アダマンタイト、ミスリル、ダマスカス鋼にヒヒイロカネ! そのインゴットが揃い踏み! 重~い硬~い! これだけでとんでも金額つきそ~!」
「まごうことなき本物、それも不純物一切なしの伝説金属ですし価値は相当なものですね。それが誰でも触れられるんですから、人気なエリアなのも頷けます」
「フン、一部の原石は自然館にもあるじゃ~ろ~が!」
「フハハ! それを鋳溶かし、合わせ、金属とするは我等人の栄華よ!」
ファラオの手の上でじゃれあい大暴れするレクシさんを笑いつつ、社長は箱の中へ手を。しかし、自分の箱ではない。目の前の展示ケースの穴へ。そうして蒼や紅や白緑銀や樹目黒や緋黄金のインゴットを持ち上げ遊ぶ。流石。
これらの伝説金属は剛力自慢とて容易く持ち上げられないぐらい重いのだ。私なんかが魔法も無く頑張っても、えいっ!ふんっ!くうっ!痛っぅ…!手首が……! なのにほら、ビクとも。一ミリすら動かせていない。
なのに社長はさながら小さな女の子が小さな手で、ピカピカの玩具ブロックでも持ち上げているかのよう。でもその可愛らしさに騙されてはいけない。もし今を手を入れて、インゴットが手放されたら……グシャリ、である。
「この感覚、持ち上げられる子は居そうね」
……もしかして展示ケースは箱だから、箱の中を自在に操れる、と? そうだとしたら、ミミック配置方法は面白いことができそう。貴重なインゴットなだけあって防衛魔法やらは多数展開されてるけど、解除はされそう。
なら、魔法なしでも伝説金属を動かせるミミックは最後の砦となるだろう。とはいえ、条件はある。このインゴットを箱に関わらせなければいけないのだけど――。
「ねえねえ! アストも一緒に持ちましょ! 今なら私が抑えられるし、魔法なしで持てるわよ~!」
ふふっ、どんなお誘いですか。けど、ちょっと興味あるかも。それじゃ向かいの穴へ、あれなんで私を抑えて?
「違うわよ~! ほら、一緒の穴から! 私達の腕なら一緒に入れられるわよ!」
まあ、確かに。大抵の種族でも体験できるように大きめの穴だし。では一緒に。手摺台に乗ってる社長の箱を軽く抱くように、腕をぴたりと重ねてインゴットを。せーのよいしょ。
「わっ…! 結構違いますね! 魔法で持ち上げる時のとも、上だけを無理やり掴む時のとも。手にずっしりと、ひんやりと…!」
魔法が無いから重さが直に、底面に差し込んでいるから手の平全体に。伝わってくる金属の感覚は今まで味わったことがない。ふふっ、こんな新発見があるなんて。社長に支えて貰わなきゃこんなことは。
「えいっ☆」
「ふひゃあっ!?」
な、なんで手をくすぐって来るんですかぁ!? 今手の感覚に集中してたから無駄に過敏でっ、あっ急に手を離しちゃったからインゴットが落ちて社長の手が潰れて……てない。ちっちゃい腕でしっかり持ち上げられたまま。もう!
「ふふふっ! 私だから大丈夫よ。それに、こういった伝説金属って全く傷がついたりしないんでしょ? だから最上級の装備や武器に使われるぐらいなのよね?」
「はい。床に叩きつけても無傷で、床の方が砕けるぐらいには。実際、ケースの中も傷まみれですし」
きっと幾人もの挑戦者が内心奪取を試み、重量に負け手から零れ落としたのだろう。白く塗られたケースの底はよく見れば傷まみれ穴まみれ。しかし、当のインゴット達は何一つの汚れなく宝石以上の輝きを維持し続けている。
だからこそ冒険者にとってこれらの金属は喉から手が出るほどの存在。防具にすればあらゆる攻撃を跳ねのけ、武器にすればあらゆる相手を打ちのめす。なんなら一度その身で威力を体験してみたい人だって大勢で。
「ふふ~! 面白いこと思いついちゃった! え~い☆」
「えっ、は!? ちょっ何してるんですか!? 穴から展示ケースの中に!?」
するりと忍び込んで、オリハルコンインゴット達を侍らせるように仰向けに寝転んで!? あ、あの!?
「じゃじゃ~ん! 即席伝説アーマー! ど~お? 似合ってる~?」
に、似合ってはいますけど…! そうやって髪を流しながら伝説の金属を腕や脚に沿わせてる姿は、軽々手にしたインゴットの影で婀娜っぽくライトを防いでる姿は、ケースの中というのも相まって芸術品で…じゃなくて!
「防犯魔法、反応しちゃいますよ!? そんな迷惑客みたいな真似は……」
「フハハ! もっと腕にミスリルを巻いたらどうだ? ほれ」
っぅえ!? ミレニアテムさん!? そ、それ展示品の古代のミスリルブレスレットでは!? 社長もケースの中から触手伸ばして受け取らないでください!? あぁもう、似合ってます!!!
「顎外れるぞアストの。ファラオのの考えは読める。人の栄華、よ。ワシやあやつのような生ける展示品はともかく、使うために作られた道具は、な」
え。あぁ、成程。美術品とは違い、博物館に…それも歴史館に置かれているのは『かつて使うために作られた物』ばかり。この伝説種のインゴットも、周囲に飾られている過去文明の衣服装飾品も。
それがただケースに飾られているだけのは本末転倒。ミレニアテムさんは、蝋人形でありかつての時代を知る展示品たる彼はそう考えているのかもしれない。…なら、いっそ怪盗の手に渡ったほうが、とかお考えに?
「フハハハ! これは戯れよ。もう一人の我に受け入れられし汝等への信頼よ! 欲望の儘に強奪を行う輩に許すものか!」
よかった…。折角だから楽しんでけ、というお心遣いなだけらしい。いやでもケースの中に入りこむのは駄目だと思いますが!? 社長、そろそろお出になって。
「う~ん。このインゴットを活かす方法。展示ケースの中に入る方法は美術館ダンジョンでもやったし、それに加えて……あ。ねぇねぇアスト! 今の私からい~い戦法思いついたわ!」
「宝箱に戻ったらお聞きしますから! はいはい…えっ!? それは…えぇ、まず間違いなく傷一つ付きませんけど、それが許されるかは学芸員の方に問い合わせをしませんと。ただ…ふふっ♪」
最後の砦にもぴったりで、威力は折り紙付き! 全く社長ったらとんでもないことを考えるんだから、インゴットよりもキラキラな目をしながら! ふふふっ!
「ところでアスト、見たかったのここ? 大人気らしいものねこのコーナー!」
「あ、いえ。私が気になっていたのはこの先の、『古代文明』エリアです」
このインゴット達も見どころの一つだが、もっと凄い展示がある。それは、今や消えて無くなった古代文明。それこそオリハルコンやアダマンタイトの精錬を確立し、湯水の如く扱っていたという、まさに人の栄華たる神秘の時代。
アトランティス、ムー、レムリア、メガラニカ、パシフィス、マヤ、クレタ、モリア、アステカ……長命種の寿命すら遥かに凌ぐ過去に栄えたそれらは、今や遺跡を残し眠るのみ。
彼らは自らの首を絞め潰えたのか、自然の暴威に負け滅びたのか、あるいは神の怒りに触れ砕かれたのか。当時を知る者は象れず、神も黙して語らず。故に静かに思いを馳せるしかない。切り取られた、この歴史館で!
「うわお!? この先水の中なの!? 私水着は持ってきてないわよ!?」
「大丈夫ですよ、遺跡保全のため疑似的に再現された空間です。感覚は同じですが、呼吸もできますし濡れもしません。ほら、レクシさんやミレニアテムさんも」
「ワシは慣れぬがの。海の中なぞモサやフタバのの天下じゃ」
「フハハ、古代文明も同じよ。その王威を水奥に届かせきれず滅んだのよ」
ザブザブとエリアに入っていくお二方の仰る通り。古代文明の終焉は色々な形をとるが、中でも多いのが海に沈む最期。この博物館ダンジョンではその遺構の一部を本当に切り取り、この通り移設しているのだ!
「ほわ~! 神秘的ね! これが、今現在の古代文明の様子ってわけね!」
そうなんです! 陽光のカーテンが揺らぎ、魚達だけが悠々泳ぐ水静の中。主失せし神殿が、朽ちた柱が、欠けた彫像がかつての面影残し佇む様はやはり格別!
しかもお客さんがいない今、寂寥と霊妙を一身に受けることができる。海の感覚に漬かりながら、古代に思い馳せ浪漫に漬かるこの心地はなんとも、ふふふ!
「ふふっ、ご満悦ねぇアスト。やっぱりこの柱とかも狙われそうなの?」
「それはもう! 歴史的価値もありますし、素材も今や手に入らない物質。更に装飾には貴重鉱石や宝石がふんだんに用いられていますもの!」
私の腕から離れ、水の中を泳ぐように漂いながら聞いてくる社長へお答えを。あの飾りはまさにオリハルコン、あっちのアクセントに使われているのがダマスカス鋼。彫像の瞳はヒヒイロカネ。他にも色々。
そのどれもが水の色を呑み込み、されど自らの色を放ち輝く。その光景は先日訪れた水精霊の『水の道ダンジョン』でのアクアジュエル珊瑚に負けず劣らず。あ、でも一番狙われそうなのは。
「この『サナト・クマラ神像』が危ないですね。この遺跡はレムリア文明の遺構なのですが、これほど惜しみなくアダマンタイトを用いた像は類を見ません。周囲の水が赤く染まって見えるほどですから」
「うわっほんとだ! なんだかおどろおどろしいわね。夜だったらもっと怖そう」
ふふ、まさにそうだったみたいです。ここの展示プレートにもありますが、遺跡近辺の民間伝承では、その異質さから存在が疑わしい種族の『深き者共』の拠点だと――おっと、コホン。お仕事優先。
「ここの警備、どうしましょう? やっぱり水棲型の子に任せるべきでしょうか。疑似的水中とはいえ感覚は一緒ですし、魔法をかければきっと地上型の子よりも」
折角の水中風だもの、活かしたいところ。しかし、なら潜伏方法をどうするか。貝、潜水艦、機雷、舟などなど。今まで水中水上派遣には様々な方法を使って来たけど、ここはあくまで疑似。
泳いでいる魚も魔法での幻影だし、古代の雰囲気重視のために余計なものは置けはしない。怪盗が侵入する夜のみ設置するにしても一目でバレてしまえば警戒されるし、できれば脅かして逃走させたいところなのだけど、わっ。
「も、もう限界じゃあ! ワシを出せ! 早く地上に、ワシの縄張りに戻せぇ!」
「古代の竜王よ、何故そこまで怖がる。この水は疑似、溺れもしないではないか」
「んなことはわかっておるわ! ワシだって多少は泳いだこともある! じゃが、じゃがのう、水中はワシですら身動きとれぬ上、深淵からモサ達やワシよかデカいイカやらが飛び出して引きずり込んでくるんじゃああ!」
土偶レクシさん、助けを乞うようにもがき社長の箱の中へ。どうやら尊厳よりも恐怖が勝ったらしい。成程、今でさえクラーケンやらが居るのだもの。当時の海なんて群雄割拠。こんな神殿が沈むような深さ、どんな敵がいても――あぁ!
「丁度よさげね! あとはどの姿がこの遺跡に合うか、だけど」
「それは学芸員の方々の考証にお任せしましょう!」
なにせここは博物館だもの! あ、でも怪盗達を驚かせる見た目重視で。だって
さて、歴史館を出て再度中央広場の大噴水前に戻ってきたのだけど。
「……やっぱり勘違いじゃありませんよね? あの、クレタ文明の様式解説って」
「えぇ、『迷宮ダンジョン』と同じ造りだったわね。ということはミノスさん」
失われた古代文明の、生き残り…。どうしよう、これ博物館の方々に伝えた方がいいかな…? いやでもクライアント情報だし、当人今悠々自適に冒険者達と楽しんでるし……黙っておこう。それより。
「フハハ! 強靭!無敵!最強! 我がヒヒイロカネの金板は傷すらつかぬ!」
「おのれぇ! ワシが元の姿なら、肉もあった全盛期ならばこの程度一噛みでぇ! というか狭いんじゃ! せめて貴様は普通に歩いてこんかい!」
箱の中、社長の胸の前で喧嘩…というよりまたもじゃれあっているお二方を止めないと。その、レクシさん、土偶が傷つくのでそれ以上体当たりするのは…。
ミレニアテムさん、『ファラオたるもの玉座を空けてはならぬ』という理由でこの金板越しの会話と観望を楽しんでいるんだけど……良いのかな。これも一応展示物なのに。
「むっ!? ここが動くではないか! 勝機! 食らえ!」
あっ!? 土偶レクシさんの突撃で板の真ん中のパネル?が半回転して!? これ動かして大丈夫な……あ、あれ?ミレニアテムさん? 声が、え、こ、壊れ!?
「大丈夫よアスト~! ここのはこれで展示物に命吹き込んでるんじゃないでしょうし、スイッチ切れただけじゃない? カチッと」
「む? 直ったか。古代竜王よ、貴様の一撃で我が板に傷がついたわ!」
「傷つかないんじゃなかったのかのう!?」
あ、社長がパネルを直したら元に。良かった……怪盗よりも酷いことをしてしまったのかと。一応点検を、うん、ヒヒイロカネだけあって何一つ異常はなさそう。
それにしても、社長の箱の中に恐竜土偶とヒヒイロカネの金版が一緒に入ってるなんて。まず見られない光景である。おかげで本当に宝箱みたい。見栄えも良いし、これをモデルにぬいぐるみを作ったらショップの売れ筋になったり?
でもそれなら、今向かっている三つ目の目標『魔法館』の何かも詰めてみたいところである。恐竜土偶とは違う、なんだか良い物、もとい良い方がいらっしゃると嬉しいのだけど。あ、そういえば確か。
「ハロー。魔法館へようこそ。私はゴーレムコンパニオン、『キューブ』です」
とっても丁度良い方がいらっしゃった。立方体の、ハートマークが可愛らしい、ガイド役のゴーレムが。本体は私よりも大きいけれど、持ち運び可能な手乗りサイズもある。ということは。
「おお、四角いの! 貴様もミミンのの箱に入らんか? 案外心地よいぞ?」
「うむ、何かにつけて箱に入りたがるバステト神の御心がわかるものよ!」
「どうぞ~! 中に焼却炉なんてありませんよ! ケーキもないですけど♪」
「承諾:快適なひとときを過ごさせていただきます」
これで自然館、歴史館、魔法館のマスコットが勢ぞろい! ……本当にぬいぐるみ化の打診してみようかな。可愛いもの♪
こほんっ! それは一旦置いといてと。魔法館の精査及びミミック潜伏方法を考えるとしよう。ここは先の二つの展示館とはまた勝手が違う。なにせ。
「おお~! なんか色々とガシュンガシュン動いてる~! なにあの吊るされてるでっかい羽根つき魚?と飛行船~!?」
「それぞれ『黄金スペースシャトル』と『シャクナ・ヴィマナ』ですね。かつて月や空への航行を可能にした魔法飛行の粋で、今もその技術は……っと」
解説はここ担当であるキューブさんに任せた方がいいよね。ガイドゴーレムだから確実だし。ということでこの先は――あ、あれ?
社長、何故キューブさんを手でそっと抑えて? レクシさんもミレニアテムさんも空気を読んだように?
「ふふっ、わかってないわねぇアスト。私はアストの説明が聞きたいの。仮にちょっと間違っていようが、楽しそうに語ってる貴女が見たいのよ。だって博物館デートってそういうものでしょう?」
デ!? しゃ、社長!? あ、あの一応これお仕事で、怪盗への対抗策を練るための大切な、そ、その……え、えっと……!
「なはは! これだから人は。犬はおろかワシ等ですら食わんわい!」
「相棒の垣根を超えた愛、ふつくしいではないか!」
「ジョーク:ミミン社長、あなたは悪い人です。わかってますよね?」
お三方まで!? も、もう! 箱閉じちゃいますよ!?
「――ねえねえ! あのたっくさん歯車ついてるのはな~に?」
「『アンティキティラ機構』ですね。それぞれ違う材質違う魔法陣で構成されていまして、太陽高度や月相、あるいは場の湿度温度魔力濃度等を察知、全自動で計算及び反映を行う魔導式維持機構です。実は我が社にも施設維持用に小型のが仕込んでありますよ?」
「わっ。この水晶のドクロって何に使うの?」
「まさしく『水晶髑髏』です。魔法増幅アーティファクトの一種ですね。例えばこの下から指先一つ分ほどの光魔法を差し込みますと、ほら、スポットライトよりも強い光に! 因みに火だと当然……あっ流石に防犯魔法がディスペルを……」
「おお!? 電気がバチバチ唸ってる~! あの壺って!?」
「『バグダド電池』です。自然蓄積される魔力を媒介に雷を生成、及び内部に充填可能な雷魔法を駆使した半永久燃料機関なんですよ。あっ覗き込んじゃ、プラズマスパークが!? あー…髪が逆立って…ふふっ!」
「なになに、この銃? あそこに撃てばいいの? わっ、転移門!?」
「これは『転移穴銃』です。条件はありますが、任意の位置に打ち込めばポータルが開き転移を行えるようになるんですよ。って、上下に張ったら一生落ち続けますからあああぁ!?」
「わ~! 天井に一面の夜空! でもプラネタリウムより自在! この円盤で?」
「はい! ネビュラ・ディスク。天文魔法の英知の結晶、運命の星占盤とも言われています。これに手を触れますと、その人に応じた星の瞬きで運勢を予言して――え、なんで星が全部瞬いて!? 社長、え、その、キューブさん、これは!?」
「検証:理解不能」
「フハハ! 意☆味☆不☆明!」
「て、天変地異じゃあ!? や、やはりミミンのはワシ等を凌ぐ王の器…!」
二つの船が見下ろす中央展示場から、ネビュラディスクのプラネタリウム室まで。色々見て回って、幾つかトラブルもあって。でも、そのどれもが楽しくて!
ふふっ、レクシさん達以外誰もいないから、たっぷりふざけてたっぷり笑ってたっぷり堪能してしまった! さて、こっほん。
「魔法館の展示はこれで全部ですね。ミミック配置、どうしましょう?」
デートの時間は終わり、私も秘書の顔に戻ってお仕事の時間です。つい遊び惚けてしまったけど、先に述べた通り魔法館は勝手が違うのだ。それが。
「どれもこれも私達が潜伏したらおかしくなりそうなものばかりね。う~ん」
そう。自然館や歴史館と違い、ここの展示は動いている。……いや、動く展示物だからとかではなく。生物的な自在な動きではなく、魔法と術式により、理路整然とした画一的な動きをしているのだ。
その中にミミックが入ってしまえば狂う可能性だってある。それこそ社長のような凄腕であれば問題ないのだろうけど、ミミック皆がそうという訳ではないもの。仮に少しでも動きを狂わせてしまえば、博物館の展示物としては大損害である。
だからこそ、潜伏場所は慎重に選ばなければいけない。やっぱりここも展示台や観葉植物がメインかも。でも、それで怪盗の隙を突けるだろうか。せめて一つは何かインパクトのある潜伏を……。
「それでなんだけどアスト、キューブさん。あの球体、使えないかしら?」
なんですか社長? 球体って……あれを? さっきのデート…ごほん、精査中に流れで見た、あれ?
「『魔神の核』のことですよね? あれは確かにレプリカですから狂ったりはしませんが、それをどうやって……もしかして」
「推論:『魔神の核』は接触時に極大の壊滅波を放つ臨界検証装置です。そのため模型展示に留めてありますが、侵入者がその臨界反応を周知であれば、その知識を逆手にとることも可能です」
「さっすがコンパニオンキューブさん! まさにその発想なんです!」
やっぱり。以前あの怪盗と多少接触したけど、美術館ダンジョンに侵入するだけあって知識は持ち合わせていた。社長曰く、私の家にある絵画から私の正体も看破していたみたいだし。
なら、この作戦はありかも。知識があるからこそ引っかかる。怪盗を陥れるのには相応しい罠かもしれない! 人が悪いかもだけど、どんな反応をしてくれるかがちょっと楽しみ。
「ワシ等も見たいのう! 怪盗の間抜けが呆ける様を!」
「フハハ、我もよ。されど、何処が決闘の地になるかは、な」
「警告:侵入者存在時点での不用意活動は危険と判断します」
「なら、私達がこっそり警護しますよ~! ね、アスト?」
「えっ!? 社長がそう仰るのなら。でも警備のお手伝いはいいんですか?」
てっきり私、美術館ダンジョンの時みたいに警備員として巡回するべきかなと思っていたのだけど。相手は手練れの怪盗、こちらの手もある程度知っている。なら念には念を入れて、かなって。
「一度完全に、しかも弄ぶように見破っちゃったし、向こうも同じ手には引っかからないわよ。ま、アストが私達の愛のパワーでまた必殺総攻撃したいのなら話は別だけど♪」
っそれは…もう…! でも、それはそうかも。私と社長は顔を見られているし、なんなら怪盗は私の家柄すら看破した。その上で私達は怪盗達に変装をさせ、泳がせ、コテンパンにしたのだ。
そんなプライドを圧し折った警備員が歩いていても、警戒されるのは道理。ならいっそのこと私達は本当に身を潜めて、最悪の手段に備えて後を尾行し続けた方がいい。それなら怪盗達はミミックに気づかず――。
「気づかない、ってことはありませんよね? あの怪盗ですし」
不安というほどの代物ではないのだけど、ちょっと気にかかるのがそれ。あの怪盗達は我が社との再戦を希望した。ただ、社長と私が身を潜めてしまえば相手がわからないのではないだろうか。
何かを盗もうとすればミミック達は動き出す。怪盗に対抗するために前回同様の奇抜な潜伏場所も用意した。ただ、それだけなのだ。極力美術館ダンジョンと同じメンバーを揃えてはいるけれど、彼らが我が社と気づくかどうか。
まあ、気づかなくても良いのかもしれない。わざわざ怪盗の願いを叶えてあげる必要もない。ダンジョンさえ完璧に守りきれるのなら私達としては――。
「ふっふっふ~! じゃあアスト、こういうのはど~お? ……で……するの!」
「えっ!? そこまですると焚きつけに、ううん『予告状』になりませんか!?」
「あははっ! イイじゃない! 怪盗の犯行声明には、私達の防衛声明で立ち向かいましょ!」
なんてことを…。とりあえず学芸員の方々に許可を頂かなければ。けれど潜伏方法の相談よりは話が通りそうだし、想像したらちょっと面白いかもで――。
「あ! さらにこういうのはどう? ………で、最後にじゃじゃ~んっと!」
「ええっ!? もう、社長ってば……私をどうしたいんですか?」
「モチロン、格好よくしたいのよ! 私のアストだもん、怪盗よりも目立たせたいも~ん! もしもの時は任せなさい、私の助手くん♪」
もう既に役に入ってるし。これも要相談……うわ既にレクシさん達は乗り気。見られる側が見る側に回る楽しさ、なのかも? はぁ、通るかはわかりませんよ?