ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
嗚呼……実に悲しい。幾度訪れようとも、相変わらずの衆人の姦しさよ。
だが、多少は許そう。ここで味わうは『美』のみに在らず。知と史を酌み交わすには、必ずや言の葉を介する必要はあるだろうからな。
しかし、嗚呼しかし。それにつけてもこの喧噪は頂けない。とうにさざめきの域は越え、人の波は蠢く蟲群の如き。それとも、順路に従い只流される儘の砂礫か。
どちらであれ、其の矮小なる諸人を彼の者はどう眺める? 我等が頭上にて、巌と化した王牙を鳴らし高らかに日を食う古の暴君よ。肉消え骨と成り果てようと、その恐嚇美しき竜よ。
フフ、答えぬならばそれも良し。なればいずれ面と向かい問い直すとしよう。来るべき月夜に頂戴する、その首へ、な。
――久方ぶりだな、諸君。私を覚えておいでだろうか。正体不明、神出鬼没。鮮やかな手口でどこへでも侵入し、狙いを定めたオタカラをいとも容易く盗み出す。
標的になるのは人間魔物の区別なし。素晴らしき秘宝を持つ者ならば、それを頂戴……――フッ、最早この題目を長々語る要も無し。では、先人ならぬ先竜に倣い蘇りし我が名を明かそう。
『ル・ヴァン・ザ・サード』。私こそが、君達の探し求めている『怪盗』だとも。
ふむ、記憶があれば幸い、ともすれば私達にとって災いか? まさに。優雅に軽妙に賢しく、紙面や画面を席巻し、凡俗の徒とには真似できぬ盗みを繰り返してきた私達だが、かつて敗北を味わったのだ。
それは忘れもしない『美術館ダンジョン』での一夜。至上の名画名像へ伸ばした手は、悉くが噛み砕かれ縊られたものよ。ダンジョンが守護者、ミミック達によってな。嗚呼、あの辛酸は……フ、フフフ…!
なんと甘美だったか! あの一戦にて私は彼女達に心奪われたのだ。世のどのような宝物よりも輝かしき、私達にとっての理想にな!
私達にすら気取られぬ隠密力、刹那の隙を突き相手を仕留める瞬発力、奇抜にして予想を悉く破ってくれる潜伏能力。どれもが怪盗には必須の力。師として崇めたいほどだ。
そして――師には、鍛錬の成果を以て返礼するもの。あの敗北以降、私達は初心に帰り練磨に勤しんだ。宮殿、銀行、王城、金庫室、展覧会。幾多もの舞台にに身を投じたのだよ。隠れ蓑たるパン屋と並行してな。
更には冒険者を装いダンジョンにすら赴き、ミミックと対峙すらした。ハッ、惜しむらくはそのミミック達がかつて相対した面々ほどの腕は無かったことだが……それでも、参考にはなったとも。
機は成った。故に私は美術館ダンジョンと並ぶこの大仕事へ、博物館ダンジョンへ送りし予告状へ、常ならぬ一文を刻んだのだよ。『かつてのミミックとの対決を希望する』とね。
だからこそ、私達は変装を纏い今日もまたこの場を訪れているのだ。決行夜までまだ日があるというのに。だが、嗚呼……実に悲しいものだ……。
「そんな気を落としちゃ嫌よ。デート中じゃない。それに、別にいいじゃないの」
「だな。奴さん共がいない方が捗るだろうよ。わざわざ危ない橋渡る必要も無ぇ」
つい肩を落としてしまっていると、同じく変装をした仲間達が慰撫の言葉を。フン……実利と理想の両立は甚だしく難しい。受け入れ難くはあるが、これが現実ならば致し方なかろう。
幾度訪れようと、館内にミミックの気配が無いとは。あの一文程度では誘き出すこと叶わず、か。それともこの博物館ダンジョン側が拒否を示したか。理由は図りかねようとも事実は事実。
だが、嗚呼。是非ともまた出逢い、看破せしめたかったものよ。特にあの者達を。私の変装を容易く見破ったあの二人組を。少女の如し上位ミミックと、それに傅く名高きアスタロトが淑女を。
フッ……貴人は秘めるが常。故に事情が御有りなのだろう。そう飲み下し此度は再対決を見送ろうではないか。今日も又、標的たる三館を巡り、代わり映えのしない――いや。
ここ数日、微かに、されど確実に展示に変化が出ている。展示物を増やし、演出を変え、位置を移し替え。凡そ私達を警戒しての防備であろうが、それにしては薄き変貌に我が心は微かに燻る。
何故この程度か。私達を侮っている訳ではないのは増員された警備の数及び質でわかる。この人込みも、予告状を知り詰めかけた好奇の野次馬達だ。であるのに微々たる展示調整、不可解。
都度、よぎる。その微々たる変化にて奇抜に潜み、私達を仕留めたあの者達の姿を。もしや、この変化の内に彼女達は……フフ、恋焦がれる乙女の如き妄想だ。許していただこう、諦めぬことが出来ぬのが怪盗の性でな。
まだ日はある以上、多少の期待は許されようが…望み薄だろう。せめてかつてのように『
「ん? どうしたんだ? 何持ってきたんだ?」
「これ、解説してくれるイヤホンガイドゴーレムよね?」
「然り。拙者達…ごほん、怪盗の予告に際し特別なる解説が組み込まれたと触れ込みをしておった」
ほう? 一人離れていた仲間が面白い物を手にしてきた。耳に嵌め込み、解説音声を聞くことのできるガイドアイテムだ。私達の予告に、か。面白い、聞いてみるとしよう。どれ――。
『――ようこそ、怪盗の皆さん。あるいは来館者の皆さん』
っ!?
『怪盗ル・ヴァン・ザ・サードの予告に際しまして、特別解説を追加いたしました。ボイス担当の私が精一杯ガイドをいたしますので、どうか楽しんでいってくださいね。ふふっ♪』
「こりゃ今までのとは違うな。ゴーレム音声じゃねえ」
「可憐な、透き通る録音音声だ。む? 如何にした?」
「ね、ねえ…! この声って…!」
……二名は首を傾げ、一名は私と共に身を微かに震わせる。だが、その震えの様は違う。彼女は大いなる驚愕と、僅かながらの恐怖。対して私は、同じほどの驚愕と、それを凌ぐほどの――フ、フフ…!
「フフフアハハハハハハハハッ!!!!」
「ちょっ!?」「「おい!?」」
おっと……私としたことが。衆目を集めてしまった。だが元来の喧騒が功を奏し、流されたようだ。このような時には役に立つものだな。しかし、フフ、フフフフフフ!
これが笑わずに、喜悦に頬を包まずにいられるか! 間違いない。あの夜、先に縊られた二人は知らぬだろう。この声は、あの者の……アスタロトの淑女たる彼女の声だ!
つまり、即ち。彼女が傅く相手も共にいるだろう。あの少女のような上位ミミックも。なれば、つまり、即ち――嗚呼、嗚呼!
感謝しよう、愛しきミミックの諸君よ! 安心したまえ、あの日の
『【ティラノ・レックス】。古代白亜マストリヒチアン紀に棲息していた大型獣竜脚類の一属であり、その威容から当時の竜の王として、凶暴性から暴君として君臨していた存在です。当該個体はその中でも巨躯を誇ったとされ、学芸員の間では【レクシ】と名をつけられ――』
フフ、やはりこれも簡潔で明瞭なる解説だ。彼女の声も相まり、ボイスガイドとのしての質は高い。
『怪盗が狙うとしたら、やはり頭蓋でしょうか。かつて装甲竜の鎧殻すらをも貫き、古今類を見ない咬合力を発揮せしめた稀有なる顎は化石となっても健在。生え変わっていた三十センチもある牙は、時を経てさながら
フフフ! 更には私のツボすら見抜いているとは。流石はかのアスタロト、魔眼『鑑識眼』を持つ一族だよ。それとも…彼女が傅くミミックは、宝の何たるかを心得てるのだろうか。
無論、その誘いに乗るとしよう。そうでなくては、その『予告状』はこちらも受けとらなければ! フフ、フフフフフフ!
「おいおい、まぁた顔ヤバくなってるぜ」
「美術館ダンジョンと変わらぬ恍惚ぶりであるな」
「もう次行きましょうよぉ。一個一個聞く必要ある?」
私の仲間が急かしてくるが、今は浸らせて貰おう。なにせ、待ちわびた相手が到来しただけではなく、こうも予告を返してくれるのだから。
私が展示物へ思う心は、美術品への想いとなんら変わりはない。『美』、この博物館ダンジョンの全てが美術館ダンジョンに劣らぬ美を醸し出している。
純粋なる生物美、昔日の原始美、去りし時代の造形美、今に息づく魔法の極致美――。私がこの自然館、歴史館及び魔法館に標的を定めたのはそれが理由だとも。
その数多の美を今、我が好敵手にして師にして真逆の立場に立つ彼女達がこうも語ってくれるのだよ。甘美に震えて然るべきだとも。それに、だ。
「わざわざ怪盗に言及してくれているのであれば、つけ入る隙にも転じるだろう?」
そう皆に伝え、鎮めよう。本来潜み私達を待ち構えるはずの連中が、こうも明け透けに宣っているのだ。なればその言葉尻から潜伏場所を読み取るも警戒するも思いが儘。幾らでもヒントに成り得ようよ。
なにせ先程の私が覚えた燻りが、展示の僅かな変更はミミック達の策ではないかという推測が恐らく的を得ているのだからな。さあ、重点的に洗っていこう。フフ、気分は探偵のようだよ。
とはいえ、自然館の化石エリアの解説は全て聞いた。壁とされた、浮彫貝化石達の積み荒岩すらをも。そろそろ次のエリアに……いや、一つ残っていたな。これだ。
「植物の化石が埋まった岩じゃねえか。壁の貝のとかと似てる、よ。価値は…」
無論化石であり美なる姿を写している以上、相応の価値はあるだろう。だがティラノ・レックスのすぐ足元に展示されたこれに、私達の寵を受けるほどの覇気が無いのは確かだ。どれ。
『このミハイドミ・カクレクシダと呼ばれるシダ類は、ティラノ・レックスと同時代を生きた植物の一種です。しかし彼女と違い、かつての身そのままを当世まで残すことは叶いませんでした。このように葉っぱ等が地に溶け、その痕が化石となったものを【印象化石】と言い――』
これまた耳楽しき解説だ。しかし、サイズについての言及はない。この、葉の展示にしてはあまりにも大きな、さながら箱のような装いの岩については、な。
肉食竜の足元に植物化石を置いた不可解、整合性こそ取れているが他の小物化石と並ばせても構わない解説内容、壁に組み込むのを諦めたと思しきスクウェアな切り出され方。どれもが不審。なら、フフフ。
「……確認できたわ。うっすらだけど、岩の真ん中に線が入ってる。きっと」
岩から距離を取りつつ、化粧鏡越しに観察していた仲間から報告を受ける。やはり間違いないだろう。あの化石岩には、ミミックが潜んでいる。
実に見事と言うべきだろう。一見して異常の感じ取れぬ印象の化石に潜むとは。自らの印象を殺し獲物を待ち構える彼女達に相応しき隠れ場だとも。だが、フフ、見破らせて貰ったよ?
嗚呼、私達の修行の成果は如実に出ているようだ。さてミミック諸君、この先も我が眼から逃れ潜み続けられるかな?
「――なあ…。さっきの剥製エリアのアレ、ミミックだよな?」
「うむ。そう解説カードには書かれていた故に。宝箱であったが」
「一応、覗いてみたら牙があったわ。造り物、っていうことは」
…………なかろうよ。まさか数多の種族が並ぶ展示ケースの中に、平然とミミックが居るとは。自らを展示品にして。流石は宝箱ミミック、蓋を半開きに衆目へ口腔を紹介した儘微塵も動かぬとは。
ミミックの華麗なる潜伏を見定めるつもりが、ああも堂々と姿を晒すとは。いや、木を隠すなら森の中、魔物たるミミックを隠すには、数多の魔物蝋人形の内。あれも見事なる潜伏と言えようよ。だが、うむ……。
意気揚々と進んだ矢先、あのような物を見せられてしまえば些か調子を削がれてしまうも当然だとも。呆けた儘に再生した音声ガイドも、『今だ謎多き魔物』という内容で占められていた。どの口が……いや、ミミックに仕える彼女であっても、ミミック当人達であっても、よもや?
ゴホン。ともあれ絶滅種の剥製、あるいは剥製の目代わりに埋め込まれた宝玉を狙う以上、ミミックの位置が明確なのは幸い。当然他の箇所にも潜んでいようが、内一つでも理解していれば利に傾こう。……なにせ呆然故、吟味を怠ってしまったからな。
ともあれ自然館を出てしまった以上、即座の再入場は警備員に疑われよう。差し当たり次の目標へ向かうべきか。では、『歴史館』へ。
「うぅむ……! この照り艶、微瑕すら負わぬ剛健振り。拙者の刀の素材に…!」
「おいおいおい怪しまれんだろ。撫でまわすの止めやがれ。って、おいおい……」
「素敵ねぇ、幾らの値がつくのかしら…! 魔法で軽くすれば、うふふふふ…!」
『これらの伝説金属は比肩する物無き剛性と魔力伝導性を備えており、特殊な魔法と技法により加工時には独自の展延性を獲得し、密度そのままに比重軽化すら可能になるんです。しかしながらその生産方法には未だ謎が多く、目の前の出土インゴットほどの高純度精製は奇跡とも呼ばれ、古代文明の遺産、贈り物とも――』
贈り物、か。ならばその受取人は私達とさせてもらうとするよ。フフ、これもまた美。遍く欲を引き出し、身に受け、光と共に弾くその様。私達の求むるオタカラに相応しい。
既に私の仲間二人は魅入られ今すぐにでも手中に収めたがってはいるが、引き剥がすとしよう。多重なる防犯魔法とディスペル領域が展開されている上に、背後には同じように手垢滲ませる諸人が並んでいるのだから。
『さあ、怪盗の気分になって持ち上げてみてください? 果たして皆さんは颯爽と手中に収められるでしょうか。ただし、魔法は禁止ですよ? それと、手首を痛めないようにお気をつけて。ふふっ♪』
忠告、有難く受け取るとしよう。されど、警告の方は謹んで辞宜させていただくとするよ。さしもの伝説金属が極致、是が非にでも手に入れなければな。無論。
「気配は感じぬが、仕込みは香る。恐らくは」
「展示ケース、変えられているわね」
ミミックの潜伏先も承知の上だとも。やはり、ここも変更が加えられている。多傷窺えた展示ケースの底面が新品同様に張り替えられているのだから。
以前美術館ダンジョンで私達を襲った展示ケースミミック、此度も続投と見るが、如何かな? 何分インゴットには入り込む隙間なぞ無い。それしか方法は無い。そうだろう? フフフフ。
さて、看破を成したところで次へと向かうとしよう。ここは人が多い。執着していては、な。それにだ、私はあのインゴット達よりも欲する物がある。
「――ん? ここはもう良いのか? 石棺とか生贄台とかは血生臭せぇか?」
「この迷路、今日こそは……なっ、入らぬのか?」
「ヒヒイロカネ金版、展示止めてるのねぇ、ざんね…ちょ、ちょっと!?」
無論解説に耳を傾けながらではあるが、先へと逸ろう。このダンジョンの展示は全て把握済み。だからこそ、森林奥深くに栄えた血濡れし文明を、栄華と共に迷い朽ちた山岳文明を、砂の漠に我有りと天突くケメトの文明を越え、向かう先は。
「成程な。マジモンの遺跡が良いってか?」
「偽の海とはいえ、よくぞ作ったものだ」
「うふふっ、好きそうな伝説金属の使い方ね」
フフ、さあ潜るとしよう。階段を降り、音声ガイドを頼りとして。
『当該エリアは【レムリア文明】の遺構となっています。そう、本物の遺跡なんです。深海に沈んだ彼の文明の一部を研究のため切り取り、この博物館ダンジョンにて保全を行っているんです。ふふっ、溺れることはありませんから、どうか深く呼吸を。今は無き遠き時代の中へ浸ってみてください』
良い誘い台詞だ。まさにそうすべきだよ。悠久の時を経てこの地へ運ばれた、かつては諸人行き交った、今は魚のみが遊び泳ぐ潰えた歴史に。黙祷と共に海中散歩と洒落こもう。
「しかしよ、何も水中の感覚まで再現しなくて良いだろうよ」
「慣れぬな、この感覚。幻影とはいえ魚まで泳いでおるとは」
「あの遠くのおっきな影、シーサーペントかしら。追加されたのね」
水の揺れる中、崩れ割れた柱群の狭間を、海砂に飾られし石床の上を、珊瑚跳ねのけ荘厳に聳える彫刻や華麗なる装飾の下を。シーサーペントやマーメイド、ネレイスやクラーケン、古の名残見える海竜を遠景に。フフ、実に安全に。
本来このような文明遺跡は、熟達した冒険者でさえ立ち入れぬ危険な墓たる地。それがこうも容易く、平民ですら堪能できるとは博物館ダンジョンかくやと唸るべきだとも。そして、だからこそ。
『かつてレムリア文明はとある神を信仰していました。【サナト・クマラ】。金星神、あるいはマハトマとも呼ばれるその存在は魔力を源とし、魔法の教導者として顕現したとされています。真偽は定かではありませんが、少なくとも彼の文明はアダマンタイトを始めとする伝説金属の高純度生成法を確立していたとは事実。その証拠に、神像を構成する素材は全て――』
この好機、逃す訳にはいかないのだよ。深海にて尚紅き、霊の如き幽玄なる神の像を、その全てが希少なる伝説金属により象られた至高の逸品を我が手に収める僥倖をな。これぞまさしく芸術と技術の頂点美と言えよう。フフ、フフフフ!
「しっかりいやがんぜ。どうせあの貝だろうよ」
「柱の影、箱の気配有り」
「像の隙間にも居そうねぇ」
その警備もまた、見逃してはいないとも。以前の私達ならば気づくことすら叶わなかったであろうさ。幻影の中に紛れ居座る巨貝、柱の裏に石櫃と偽り窺う箱、神像の僅かなる空間に潜んであろう闇姿。
やはり私をよく知っていてくれている。感激だよ。その期待に応え、軽やかに奪って見せよう。あぁ安心してくれたまえ。当然ながら、周囲の一切には傷をつけはしない。貴重な遺跡であるから――おや?
「なんだ? イヤホン押すと追加解説あり、ってよ」
「この特別解説とも連動した幻影魔法、とも」
「どうする? 押してみちゃう?」
無論だとも。折角用意してくれたのだ。隅々まで味わい尽くして差し上げなければな。どれ、耳に触れ、イヤホンガイドのボタンを押す。すると、ほう?
「「「暗く…!?」」」
先程までは日の光入る海中の装いが広がっていた。しかしボタンを押した直後、それは一変。さながら月無き夜、実際の深海の様の如き闇の中に。中々に趣があるが、これでは遺跡の観覧は、いや、これは。
『レムリア文明を始めとする、大海に沈み消えた古代文明。その最期には今猶解けぬ謎が残されています。伝説金属すらをも意のままに操った彼らは何故、滅びの水底へと墜ちたのでしょうか』
――神像が妖しく輝く。
『神を怒らせたから、でしょうか?』
――頭上遠くからは泡が迫り、水竜の巨影達が泳ぎ過ぎる。
『自ら挑み、人の身では敵わぬ猛威の前に屈したから、でしょうか?』
――柱の根元に光が灯り、揺れ、魚眼の何者かが、顔を、幾つも。
『それとも、【深き者共】と呼ばれる深海侵略者に敗北したから、でしょうか?』
「っおいおい、こりゃあ…!」
「もしや……」
「っ……!」
戦闘態勢に入りかける仲間達を手で抑えてやらなければ。落ち着くといい。フフ、見事な演出だよ。
「「「消えっ…戻って…!?」」」
『未だ歴史は紐解けず、研究者達はあらゆる説を講じ、議論を続けています。真実が明るい海に浮かび上がるまで、神秘の古代文明は眠り続けるでしょう。怪盗にすら邪魔されることなく』
神像の輝きは収まり、水怪の泡は去り、侵略者は深きに沈み溶ける。闇であった周囲には光差し、元の美しき海棚へ。手の込んだ幻影魔法だ。実に楽しめたとも。
だが、解説には一つ筆削を加えるべきではないかな? 邪魔なぞしないとも。その眠りを覚ますことなく、私達は攫うだけだよ。フフフフッ!
「ハロー。魔法館へようこそ。本日は特別ガイドを推奨します」
おやおや、お役御免となり拗ねているのだろうか? なんてな。フフフッ! その提案はこちらとしても幸いだよ、キューブゴーレム。君は中々に賢しい。長く触れていれば過去のデータと比較され、私達を見抜く可能性は大いにある。
最も、この特別ガイドはその役すらをも務めているかもしれないが……いや、無いだろう。幾らアスタロトの者が関わっていようと、これほどまでに押し寄せる客情報を捌くのは手間。事実、私達を尾ける者はいないのだから。
であれば最後まで楽しませていただこう。この魔法館にも、私を待っているオタカラはある。……ふむ、しかし。
「おかーさん! そっち押して! この歯車、れんけつさせる!」
「ばちばち…! ぴゃうあ~…びりびりしゅるぅ…!」
「おっき~い! あのお空のお舟、とってもおっき~い!」
やれやれ、幼き者達の姦しさは他の比ではないな。それも致し方なし、この魔法館は体験施設も兼ねている。寧ろ大の大人四人が挙って入館している方が異質か。
ならばせめて、二人二人に別れるが得策だろう。では。
「うふふっ♪ デートみたいねぇ♪」
向こうは男二人となったが、溜息を呑んでいただこう。少なくとも違和感は消えただろうな。友人同士、あるいはカップル。チラホラ見える一般的な客のそれだ。
であれば子供の喧騒も、密談の良い隠れ蓑に早変わり。気取られぬよう腕を組み、広き中央展示場からロマンチックに巡り、偵察を踊ろうか。
「ね~え、あたしアレ欲しいわぁ。あの『転移銃』ってヤ・ツ♪ あれさえあれば、どんなに閉じ込められても囲まれても簡単に脱出できるんでしょう?」
「フッ、確かにな。使用法に些か癖があり、似た道具もある故、私の狙いではなかったが…君がそう言うのであれば、頂戴するとしよう」
「やった♪ あなたは何が狙いなの? 教えないと相手してあげないわよ?」
「フフ、こちらの専用の円蓋室だ。『ネビュラディスク』。星海に運命映す天文盤、私には相応しいだろう?」
つい音声ガイドをつけず、話し込んでしまう。やれやれ、ここまで逢瀬を模倣する必要はないのだが。フフフ、既に先の二館に算段が付いたからか。一足早い勝利の蜜と称すべきだろうな。
「ったく、イチャイチャしやがってな」
「こちらは確認を終えた。他と変わらぬな」
「こっちもよ。観葉植物に展示台に椅子陰に。展示物自体にはあまりいないわね」
だが当然、手は抜いていないさ。見ているとも、見抜いているとも、ミミック達よ。フフ成程、常に動き続ける装置類が多い以上、彼女達もおいそれとその一部にはなれないか。
「強いて言えば『水晶髑髏』には居そうなもんか?」
「後は確認不可である吊るされし舟に警戒すれば良かろう」
ならば下見はこれにて完了。嗚呼、決行の夜が待ち遠しい。逸る気持ちを抑え、帰途へ――。
「ねえ、あんな展示あったかしら?」
ッ! もしや、『箕帚の宝物』が、あのミミックが……いや。
「あん? ありゃあ確か『魔神の核』…だったか?」
「以前から存在していた。されど…随分と、厳重な」
逸ったようだ。一際目立つそれは『魔神の核』、あるいは『デモン・コア』と呼ばれる実験装置。球体を横に切り割ったような外見をしており、その隙間には棒状の器具が挟まれ接触しないようにされている。
『【魔神の核】は臨界検証装置…つまり、危険素材同士の反発力や反射による増幅エネルギーの限界点を観測するために用いられている実験道具です。なので半球同士が接触した場合、周囲へ壊滅的な被害を齎す波動を放ってしまうのです』
音声ガイドの解説も私の認知と歪みはない。即ち、あの細い棒は生命線。あれが外れ、割れた球同士が接触すれば、周囲に待つは滅びの運命。
だというのにも関わらず、その細棒は魔法によって動き続けている。球をこじ開けるように、閉じかけるように。危険極まりない披露ではあるが、怖がる必要はあるまい。そのための障壁で……ふぅむ?
「確かに、以前見た時より多重に障壁が張られているな?」
数日前までは一枚だけであったバリアが、これほどまでに展開されているとは。それだけ危険だという証左であり、実際の実験光景であればこれでも足りないほど、なのだが……。
「これ、レプリカなんじゃなかったのか?」
まさに、だよ。このような危険な品、数多の人が押し掛ける博物館に置く訳はあるまい。かつての障壁の薄さがそれを裏付けていたはず、だが……。
『ふふっ、ですが安心してください? この魔神の核は――障壁に厚く守られています。もしもの時が起きたとしても、ここはダンジョン。復活魔法陣が完備されていますよ』
……レプリカだという言及は無い。それどころか、不穏なる台詞を軽々と、声風を重々と。
『おっと、それでもどうかお手は触れないように。危険なのには変わりありませんから。できれば怪盗がこれに触れることも、最悪の結末に陥ることも、無いように願いたいですね……』
「…………おい、これって」
「もしや……拙者達と……」
「刺し違える気…!?」
……その可能性は、大いにあるといえよう。私達の忍び込む深夜は無人、貴重な展示物を盗まれるぐらいであれば、いっそのこと。そのために実物の展示に切り替えたのならば納得が行く。
真実であればなんともまあ危険な手段を用いるものだ。アスタロトでさえ気を沈ませたほどだ、もしや博物館の者から強行でもされたか? なんとも非情な、しかし勇のある判断よ。フフ、フフフ!
ならばその勇気が表出する前に事を為して差し上げよう! 私達から触れはしない、その判断すら下させず、鮮やかに盗み出してみせよう。私達は怪盗、なのだからな。フフフフフフ!
「――ちょっとぉ。なにぬいぐるみなんて買ってるのよ」
「かかかっ、怪盗がぬいぐるみ手にレジに並んでる姿、ウケたぜ?」
「恐竜に金板にゴーレムのぬいぐるみ、どれも良い出来で…いらぬのか?」
フフフフフ、フフフフフフ! まさかここにいたとは思いもしなかったとも! 今日はついぞ姿を見せてくれなかったが、嗚呼、居ることがわかれば充分だとも!
一般客を演じるために立ち寄った土産ショップで見つけるとは。かの少女ミミックの、宝箱を。それを模したぬいぐるみを。中の三つのぬいぐるみは皆にやるとしよう。私にはこのぬいぐるみがあれば、フフ、フフフフフ!
「あっ…ぐしゃって…!」
「狂気すら感じんな……」
「心焦がされし者の末路よ」
おっと、つい宝箱ぬいぐるみを握り潰してしまった。フフ、だがこれは良い