ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
さあ、開幕といこう。 我らの饗宴は、これより始まる――。
博物館ダンジョンが中央広場、今は微睡む大噴水が上に集いしは四人の面子。我が一味。それぞれが端然にして清雅の装い。
かくいう私も、やはりタキシード姿にマントとシルクハット、ステッキとモノクル。フフ、これぞ怪盗たる綺羅だとも。おっと、前とは僅かに装身具を変えたとも。宝箱ぬいぐるみを蓋開き、さりげなくね。
これこそは布告だよ。君達ミミックの策謀は我が手管彩るアクセサリーにしかならない――その証明になる、な。フフ、さあ存分に
なにせ時は予告が示しし深更。とうに闇の帳は落ちきり、私達を見つめるは月明かりのみ。嗚呼、好ましき静寂で……む?
「おいおい、なんの音だこりゃあ」
「拳闘? 否、巨大なる物の衝突か?」
「自然館の方からするわね」
やれやれ、見目好く舞台へと登る心算だったのだがな。参上早々、不穏な一幕を窺わせる。今宵の観客は警備員とミミック達。なれば主演たる私達が登場せぬ内に公演を繰り広げはしない。なれば。
「『生ける展示物』か」
この博物館ダンジョンは美術館ダンジョンと似通っている。それは飾られし物共が話し、動くという点。最も昼間は観覧客を混乱させぬよう最小限の振る舞いに留まっているが、緞帳裏では夜な夜な。フフ、調べはついているとも。
だが、にしてもだ。この騒音は異常。致し方なし、順路通りに探るとしよう。軽やかに噴水より跳び、屋根を伝いて姦しき観客、あるいは私に心奪われる手筈の
「っと。こっから中が見えるぞ、ルヴァン…は?」
「この硝子天井、恐竜骨の展示場真上か。……なっ?」
「丁度音はこの中から……っえぇ…?」
確かに恐竜達の展示広場が屋根だ。しかし何故そこから鳴動するかの如き騒音が。加えて覗き込んでいる仲間達は何故言葉を……失…って……。
「ナハッハァ! ワシの座を奪おうなど、百年早いわぁ!」
「ケッ! 百年なら俺達にゃあ大した時間じゃねえだろ!」
「やれェ! やっちまえティラノのぉ!」
「んな肉食野郎なんてぶっ飛ばせトリケラのォ!」
なん…だ…これは……? 恐竜達が……骨となった太古の竜達が、争っている? いや、試合に興じている? 本来飾られるための敷居を利用して、闘技を……闘技…何故?
「んも~。恐竜バトルもほどほどにですよ~? 今日ですよぉ、怪盗が来るの」
「なんの! ナハハ! だからこそよ! っと! 準備運動はしとかんとな!」
「っこの! その前に決着つけてやる! 今夜こそ、俺が王になる!」
っあれは、上位ミミック! あの少女体ミミックではないが、試合う二竜の傍で呆れ様を見せている。宝箱に入ったまま、潜むことなく。しかし、嗚呼…!
「どうするよ。ちったぁ面倒そうだぜ?」
「割って入るべきか、待つべきか」
「別の場所からいっちゃう? ……ル・ヴァン?」
まあ待つといい。煌々と照らされるコロシアムによって、天上の我等は闇の中同然。暫しの間堪能させてくれたまえ。実に美しいではないか、原始の争闘は。
骨に漲るその膂力、肉の鎧に身を包んでいた時分よりも克明に映ろう。現代に蘇り、尚も彼の時代を忘るることなく、それどころか命の楔より解放されしあれはまさしく純粋なる闘美。削ぎ落され洗練された古代美。
嗚呼、欲しい。その身が、その牙が、その顎が。些か性合いが鼻につくところだが……それもまた、知らぬ側面の甘美。喜んで迎え入れようとも。……しかし。
「うおっ、ありゃあマジの激突じゃねえか?」
「痛みを感じぬのか、互いに遠慮がない」
「あれ、大丈夫かしら? 骨壊れない?」
まさに思考を過るはその懸念。私達の乗る天井はおろか、化石浮き埋まりし積み壁すら揺れ崩さんばかりのこの激突は。幾ら防護魔法が付与されていようと、長き時にて石と化した骨であろうと。
ミミックの調子からして、この闘技は恐竜達の我意。止めるに止められないのであろう。しかし、その勢いの儘に貴重な身を損じれば博の品位が地に落ちる。
「ナガハハハァ! そんなもんかァ!? 怪盗をぶちのめせるんかァ!?」
「ブルフゥッ! 奴らが来るまでにその首、俺が跳ね飛ばしてやる!」
加えて、私達がために最高潮。やれやれ、その熱狂もまた頂戴すると――むっ!
「食らえやァアっ、んなっ!?」
「骨だと身体が軽いからのう! その背骨、叩き折…ヤバ、力み過っ――!?」
突進を回避したティラノ・レックスが、尾による打擲を狙う。だが勢い凄まじく、これでは双方の骨は――!
「あっぶない! んも~う!」
「おおうっ!? スカッたか。いやぁ、助かったわミミックの!」
「チッ…俺の負けか。だが、カカッ! 尻尾ないお前は笑えるな!」
なんと、なんと! 互いの骨が四散するかと思いきや、そうはならず。何故ならば、土壇場にて上位ミミックが飛び出し、ティラノ・レックスの尾先を箱の内に収納したからだ。
「驚異の収納力じゃな! これなら学芸員共に呆れられることもないわい! のう、今日が終わってもここに居ついてくれんかの?」
「賛成だぜ。こんなティラノののが見れるなら大歓迎だ」
尾を宝箱に飲まれ鶏のような立ち姿のティラノ・レックスに続き、他恐竜達も。フフ、私からも称賛を贈ろうミミック。よくぞ我が宝を守ってくれたと。
しかし残念ながら、その勧誘は取り下げられるかもしれんがね。前座は済んだ、真打登場と参ろうッ!
「え~、お誘い乗っちゃおうかっ…! 来たッ!」
「「なっ!? ぐうっ!?」」
ガラス屋根の一部を派手に割り破り、その光の欠片に身を煌めかせながら我等は鮮やかに着地を。フフフ、まずは礼儀を果たそう。
「いやはや、見事な一戦だったとも。存分に堪能させて貰ったよ」
一礼と共に誠意を篭めた拍手を。それだけの価値はあったのだよ。ところで。
「どうやら王位争奪の角逐と見受ける。ならば――是非参加させていただこう!」
「「なにをっ……速いッ!?」」
フフ、幾ら骨と成り得ようとも、魔法を宿す我等には及ぶまい。おっと、上位ミミックようやく尻尾から剥がれたか。だが、遅いな! 既に私達は雷の如き脚打を躱しつつ、瞬く間に肉薄、もとい骨薄し!
「古の竜王よ、その烈美なる顎を頂戴す――っく!」
ティラノ・レックスの首を簒奪せしめようとしたが、遮られた。何に? 無論、決まっているとも。
「想定通りだよ、ミミックの諸君」
ようやく私達を捉えたティラノ・レックスの顔から、正しくはその伽藍堂と化した眼孔や鼻腔から。触手うねらすミミックや、蜂の羽音立てるミミック群が、だ。フフ、この光景はさながら――。
「巨獣が我が身を宿に貸し、小獣が恩を繕いで返す。まさに自然の美」
「いやどう見ても寄生虫か蛆だろうよ……」
「偏愛も此処に至れば狂気よ」
「目や鼻から触手うにょうにょさせないでよ、キモいわねぇ!」
む……そう…か…いやそれでもやはり自然美の一部で――コホン。些か盲信が……っと。
「フン。気に入らぬな、その態度。ワシとミミックのを見て怯えるのならまだしも、いけ好かん顔を浮かべおって。こ奴らは貴様等人で言うところの冠よ。王たるワシを守り飾る力よ! のう!」
「「「「「シュルルル!」」」」」
お、おお、おおぉ…!? 竜の蓋穴より身を聳やかし触手ミミック達が、その身を集わせ頭上高らかと…! その光景はまさしく冠、時経て変わらぬ威迫を殊更に粧する、脈動せし巨竜の剛枝角!
素晴らしい……実に素晴らしい! 血脈の隆起の如し、目彫に骨に流れ沿う触手達。侍衛の如く、周囲を交う群体達。それらが成すは、我此処にありと天突く大花の如き戴冠様相! 嗚呼、嗚呼……!
「古代より今宵まで変わらぬ覇王へ敬服を。而して――冠ごと首級を頂こう!」
「やって見るがいい、ルールは変わらず只一つよ。弱肉強食じゃアッッ!」
「「「「「食い殺せェ!!」」」」」
壁の化石すら外れ落ちそうな咆哮は、いきり立つ観客達の床打つ竜脚は、さながら開始の銅鑼代わりか。相手は古竜王とその好敵手、加えて、フフ。かかれ。
「「「はァッ!」」」
「「小猿が、ちょこまかとッ!」」
先程と同じように、竜の又先を抜け、振り返る隙に同調し、尾と牙の襲来を避ける。これで恐竜二体は攪乱できるだろう。だが、フフフ!
「私達に気づかれず来るなんて。しかも素早いし。んもう、面倒~ぉ!」
上位ミミックは我等の動きについてくる! フフ、フフフ! これだ、これを求めていたのだよ! 平凡なミミックでは襲撃の瞬間こそ素早いものの、こうも私達と渡り合えはしない!
嗚呼、この腕前、やはりかの少女ミミックが配下だと信じられる。骨柱の狭間での応酬は、さながら古城舞踏会での輪舞が一幕で――。
「っおいおい、遊んでる場合かよ!」
「思うように顔に近づけぬ…!」
「面倒なのはアタシ達もよ!」
おっと、浸りすぎたか。私が上位ミミックとの甘き時を過ごしている間も、彼等は竜王が首を落とさんと走り回ってくれている。だが、戦果は芳しくないようだ。
なにせ竜王が被りし角は生ける冠。誰かが接近をする度に鞭の如くしなり、槍の如く突く。更には侍衛すら飛び出し、さながら鉄壁の装いと言えよう。骨だが。
無論、骨ごと打ち破れば打開はできよう。しかし私達は怪盗、美に傷をつけるなぞ三流未満の所業。ならば脚を崩し動きを止め、総攻撃を以て叩くのが最善。
とはいえ相手は古代の竜。骨となり石と化した重脚を崩すのは至難の技。力任せに仕掛け傷を負わすのも当然以ての外。とくれば狙うは関節部、魔法で接続されし隙間。それを狙うべきではあるが。
「チッ! ここにもミミック潜んでやがる!」
やはり、な。骨というのは存外隙間が多い。肉を魔法で補完しているのならば猶の事。こうなればただ悪戯に時と力を浪費せしめるだけ。実に難儀だ、やはりあの策を取らざるを得ないか。
なに、初歩的なことだとも。私達から化石に仕掛けたくはない。ならば誰に仕掛けてもらうか。無論。
「観衆たる竜よ。もしや、傍観し続ける気なのだろうか? 王に感けて? ああ、王座の陥落を待っているのか。実に賢い。敗者に相応しき賢さだ、なあ?」
「「「「「あァ!? グルオアアアアッッッ!!!」」」」」
彼等に決まっているだろう! フフ、脳が小さいというのはやはり事実であったのかもしれないな? フフフハハハ!
「んなっ!? 邪魔じゃ貴様等! ワシの獲物じゃぞ! 横取りさせるか!」
「退け! 跳ね飛ばしちまうぞ! ほら言わんこっちゃねえ…!」
「あ!? このティラノの、トリケラの!」
「テメエ等図体だけデカいんだよ! 代われ!」
「「んじゃとぉ!?」」
実に想定通りだよ。竜の祖たる彼等に流れるは闘争の本能。肉と痛みが消え、人同然の知能を得たとしてもそれは不変。いや、寧ろ――フフ、見るがいい!
「ぎゃあっ!? お前このティラノの!」
「身体が、骨がバラバラになったじゃねえか!」
「アンタからぶちのめしてやりましょうか!?」
骨だけとなったからこそ互いの衝突で骨は舞飛び、言の葉を介すからこそ訴へ注ぎ、本質を見失う。場は既に大乱闘。往古彷彿とさせる淘汰戦は、絵画の題材にも相応しき様相だとも。フフフ!
「んも~う…! やってくれましたねぇ? これじゃ皆がぁ…!」
そう、それこそが狙いだともミミック! 群雄割拠の只中でも私達の動きについてこれる、隙窺いの天才よ! 当然君達が全ての恐竜立化石に潜み、私達の魔の手から防衛していたことも予測済みさ。
だがこれならどうだ? 守るべき対象が自ら身を傷つけ合う本末転倒なる珍事が起きれば? フフ、自明の理だ。ミミック達はあの通り慌てて身を出し、なんとか争いを収めようと、化石に傷を負わせまいと必死にならざるを得ない。
最も、積み固められた化石壁すら本当に崩れ落ちそうなほどの大暴れだ。この最中で自在に動けるのは上位ミミック、君だけだろう。故に、早々に決着をつけなければならない。
狙うは変わらず、竜王の首。触手冠や侍衛群すらも周囲の鎮圧に勤しんでいる隙を突いてな。さあ、頂戴すると――フフフッ!
「隙ありだぁ! っあれ!? か、躱されちゃった!!?」
嗚呼、嗚呼! わかっていたとも、知っていたとも! この喧噪に潜み、あの岩が……昼間は竜王の足元に展示されし、
そして読めていたとも! この瞬間に岩を箱の如く開き、ミミックとして襲い掛かってくることは! フフ、流石上位ミミックの素早さだ、危うくマントの端を掴まれる直前だったさ。
だが闇討ちの最高速を躱せた以上、恐るるに足りず。上位ミミック二人がかりとて、襲撃骨撃飛び交うこの渦中、私達四人をどう仕留め――ブフッ!?
「「「がはぁっ!?」」」
な、なにが……何が、起きた? 何かが、私の…私達の頬にぶつかって? だが飛んできた骨などではない。もっと狙い澄ました、弾丸のような…だが歴史館ならまだしもここで……これは!?
「アンモナイト…?!」
反射的に手に収めたそれは、平らな巻貝。かつて古代の海に生息していた頭足類。だが当然化石で……うおっ!?
「シュルルルルッ!」
「生きているだと!?」
アンモナイトの中から、触腕が!? もしやこれも生ける展示物…いや、アンモナイトの殻はあくまで保護鎧。肉は既に溶けているはずだが、これはまさに生者同様。生ける展示物とはいえ奇怪。となれば!
「ミミックか! っく!」
「当たりですよ~ぉ!」
「レプリカだからあ~んしん!」
アンモナイトミミックを即座に投げ捨てれば、上位ミミックが目前に。チッ、やはり多少の隙を逃す彼女達ではないか。しかし…なんという暴挙に出たものだ。
化石に忍び込むだけには飽き足らず、私達へ向けて体当たりを敢行するとは。貴重なる品への、古代への冒涜だ。せめてレプリカであることが救い……待て。
レプリカ、だと? ミミックに警戒をするあまり把握しきれなかったが…随分と精巧な。ならばあのアンモナイトミミックはどこから撃ち出されてきた?
わざわざ模倣をしているということは潜んでいたに違いない。だが、何処に? この博物館ダンジョンに展示されているアンモナイトは全て本物であったはず。
そもそもがこの狂騒の中、どうやって飛来してきた? 他のミミックや飛竜に運ばれて? 違うな。あの砲弾の如き勢い、さながら狙い撃ったかのようだったとも。
考えろ、何処にアンモナイトはあった。展示場に、展示ケースの中に。そして壁に…壁? っもしや――。
「躱せル・ヴァン!」
「くうっ!? 間一髪か…!」
仲間の警告で回避こそできたが…やはりだ。今しがた飛んできたのは、私の背後斜め上から撃ち込まれた弾丸の正体は、貝。それも。
「ヴヴヴヴッ!」
やはりミミックが入っている、貝の化石のレプリカだ。これで明確だ。即ち、身に走った予感は事実で――ッ!?
「「「「げはぁっ!?」」」」
な、な、なぁ…!? もう一撃、今度の衝撃は先の比では…! まるで大岩がぶつかってきたかのような…い、否…!
「岩を…! 壁の重ね岩を、切り出し積み重ねられた石を、砲弾に…!?」
私の背中に突き刺さりしは、追ってくる印象化石岩ミミックと同様の、切り出し石…! そう…まさしく同様の、印象化石の……否!
印象化石ではない、アンモナイトや貝の『くぼみ』だ! 印象化石に似せて削られた、レプリカ化石を嵌め込み浮彫の装いを模倣した、
見るといい、浮彫化石が積まれた壁を! その一部がさながら積木が引き抜かれたかの如く穴開きとなっている様を! 今まさに、内一つが噴石の勢いが如く放たれた様を、くっ…!
「ヒントは与えてあげてましたよぉ。それが社長の指示でしたし!」
「うちがミミックって気づいてたならバレてるかもだったけど…良かった!」
成程、あの違和感あるミミック入りの印象化石は、彼女達からの予告状であった訳か。それを悟れなかったとは不覚、そして――ぐっ…!
「変化を把握しきれなかったのもまた、落ち度か…! まさか、壁自体を…!」
「そう! アストちゃんの魔法でちょ~っと嵌め込みを弄ったんですよ~ぉ!」
「怪盗の挑戦状を受けるならこれぐらいはしなきゃだもんね~!」
恐竜展示場の浮彫化石壁自体を作り替え、レプリカ印象化石にレプリカ化石を嵌め込み擬態するとは! なんと暴挙で奇天烈で、鮮やかか!
となればこの我等を囲う化石壁全てが、この領域全体が既にミミックの掌内、いや箱内同然か。してやられた。私達はのこのこと罠に飛び込んでしまったという訳だ。それが分かった以上、今度はこちらが――と言いたいところだが…。
「ちょこまか走りおって、ようやく捉えたわ!」
「「「「「ルルルォウオオオ!」」」」」
どうやら私の策も割れてしまったようだ。文字通りの角突合いを統率し、古き竜王は触手冠をうねらし我等の前へ。不意の狙撃がなければ、フフ。
「チッ…! どうするよル・ヴァン」
「この数の差、如何ともし難い」
「ここは――」
「無論だ。古の支配者達よ! 王座には改めて挑むとしよう!」
「「「「「わぷっ!? 噴火!?」」」」」
「「違う、煙幕!」」
今日のために特別調合した一品だよ。ミミックと恐竜を相手取っても離脱できる、ね。急ぎ化石展示場を後にし、次のエリアへ。扉を閉じ、一息をつこう。
「おいおい、なんだったんだよありゃあ…! 化石で、狙撃だあ?」
「あれほど入り乱れながらも狙い澄ました一撃、ミミック見事也」
「やっぱり他の場所から行くべきだったのよ! ちょっと何笑って!?」
フフ、フフフ、フフフフフフッ! 笑わずには、喜ばずには居られなくてな! 嗚呼、ミミック達は私のために新たなる策を、潜伏を講じてくれた! 怪盗冥利に尽きるというものだよ!
それを見抜けず躱しきれなかったことは少々心苦しいが、寧ろ心は踊る。さあ彼女達はこの先どのような模倣振りを見せてくれるのだろうか。想像するだけでも楽しく――。
「妄想してるとこ悪いが、お出ましだぜ」
「そうか、此処より先は確か」
「剥製展示、だったわね……!」
「「「「「グルルルル……!」」」」」
おっと。ならばこの心は仕舞い込もう。我等の前に現れ唸るは獣や魔物。狼やグリフィン、スライムにドラゴン、オーガにオーク、他諸々が選り取り見取り。
ただし、私達と同族の姿は無い。説明書きの展示ケースには椅子があるのみ。フフ、客を展示側に回らせるのは実に面白き試みだが、私達は展示されるより展示するのが好みなのだよ。
「かかれ。今度こそ抜かりなくな」
合図と共に、仲間達は飛び出していく。覆轍は踏まないとも。ここの壁は滑らか、化石は埋まっていないのだから。加えて、この数も大した妨害にはならない。
魔獣達は種類こそ多いが、個体数はそこまででもない。剥製あるいは蝋人形な観覧されるためのオブジェである彼等は基本が一体、精々が片手で足りる数。本来群れで動く獣共は互いの動きを阻害し合おう。
更に室内故に、巨大な種は少ない。このエリアで一番の身丈を誇るドラゴンや巨大昆虫ですら、先のティラノ・レックスには及ばない。そこに来て、フフ。
「貴様等離れろ! 矢で毛皮に穴が開いたらどうする!」
「こりゃあハンマーも振り辛いぜ……。チビ虫とかペチャリだ」
エルフやドワーフの蝋人形達が歯噛みしている通りだとも。先の恐竜達はスケルトン。衝撃が加わればその骨を分解し、ダメージを和らげることができる。
だが彼等は? 剥製という皮は、蝋人形という身は、割くこと叶わない。下手に誤撃を与えてしまえば修復が必要な大傷を負ってしまうのだよ。展示品には致命的となる、な。
最も、展示品である以上痛みは無いのだろう? なればこそ身を斬り骨を断つという戦法も、また糾弾されるものではないさ。そして、だからこそ!
「良いのよね、ル・ヴァン? 壊しちゃっても!」
フフ、人聞きが悪い。我等は怪盗、美の損壊なぞ以ての外。不必要な、損壊はな。
このエリアでの標的は剥製達、その瞳だ。死して失い、再び命の光彩を宿さんがために宝石に置き換えたそれを。息吹吹き込むため精妙なる魔導加工のなされた一点物たる至玉を。私達は頂戴させて貰うのだよ。
嗚呼、叶うならば絶滅種の剥製も頂きたいところだ。拘束し只の展示物へと戻せば、どのような美術品にすら劣らぬ逸品となるだろう。おっと、美術品といえば。
「あの展示ミミックは……動いていないな?」
あらゆる剥製達が逃げ、私達を追い、波乱渦中の最中、あの展示物ミミックは動きを見せていない。ケースの中で箱を半開きにしている儘だ。
もしや、偽物か? 私達が警戒するのを狙ってか、予告状代わりか。もしそうだとしたら是非あれも頂きたいところだが……警戒は崩さないでおくとしよう。なにせそろそろ。
「動けないヤツ、貴重な素材のヤツはトレントの元に避難しろ!」
「こっちへ来い、観葉樹木の元でもいい、集まれぇええい」
フフ、感謝を述べよう。私達が壁を走り展示ケースの上を跳ね、人工坂を滑り、天井の灯りに掴まり大立ち回りをしている間に宝石達を誘導してくれるとは。
逃げ道が分かれば塞ぐのも容易いこと。さあ、まずは一匹。身を天井より吊った儘、床を掠めるように!
「っ! アルミラージが!?」
追手を躱しつつ、ハント成功だとも。一角兎の剥製を。おっと、抵抗しても無駄だよ。さあその瞳、穿たせて――ッ!?
「キーッ!」
「「「ブブブブブ!!!」」」
兎の口から、群体型のっ!? ッ、間一髪手放して毒を盛られずに済んだが…! これは、もしや!
「一斉攻撃じゃよおおお!」
「「「「「ガオォボオオォオオオッ!!」」」」」
「「「うぅおああっ!?」」」
っ! 仲間の悲鳴に見やれば、目を疑うような光景が…! 木のうろ…いやトレントの顔から、ケルベロスやユニコーンやフェアリーや精霊達の口から、避難していたあらゆる獣達の口から!
「「「大量の、群体型ミミック!?」」」
さながらこの光景は、蝗害、鳥群、蛙大量発生か。気をつけろ、展示品たる虫達も混ざっている! 無暗に振り払うな――むっ…!
「捉えたぞ、怪盗!」
私としたことがミミック大発生に気を弱めてしまったか。蝋人形エルフが私のマントを捕らえてしまった。しかし、弓も持たずに跳び着いてくるとは。
彼女に限った話ではないが、ここの人物達は全て蝋人形だ。本物の種族ではない。だからこそ弓の腕は凡であり、魔法も使うことはできない。だからこそこのようないじましい、真似、を……は?
「大人しく……剥製にでもなれレレレ!!」
「シュルルルル!」
エルフの口から、触手型ミミックが!? 致し方なし!
「チッ! マントを剥がしたか。ミミックを、それも触手を身に仕込むなぞ不本意だったが…流石の効果だ。後は託したぞ!」
後は託す、だと? つまり追撃が……あれは、ドラゴン? しかしその位置、牙は私には届かない。あれも展示物な以上、火炎なぞ吐ける訳は――。
「グルオッ、ガハゥッ!」
「シャアアアウ!」
吐いっ、宝箱ミミックだと!? さながら先程の化石弾丸が如くッ、シルクハットまで弾き飛ばされたか! やれやれ、謎は解けた。
「『生ける展示物』が故の、生者擬き故のミミック潜伏法だな?」
ミミックという魔物は隙間や穴、箱に潜む。であれば逃げ惑う剥製達の護衛は難儀? いいや、丁度あるではないか、護衛対象の、口の穴が。
これまたなんとも暴挙、倒錯的とも言えようよ。口腔潜伏なぞ、本当の生者相手であれば忽ち呑み込まれるか息を潰すかの二者択一になろう。しかし、此度に於いてはどうだ。
護衛対象たる彼等は生ける展示物。つまり、呼吸も食事も必要としない魔法生物だ。その口は観覧用に誂えられた只の穴なのだよ。
であればそれは、ミミックにとって壺や筒や宝箱となんら変わらないのだろう。最適に潜み、最適に飛び掛かることのできる理想の潜伏場所なのだろう。さて。
「マジで寄生体の類じゃねえか…!」
「追い込まれたな……しかし、この大群」
「ミミックじゃないわよこんなの!」
瞬く間の逆転劇であった。飛び交うミミック達と、それを口から吐きうねらせ勢いづく剥製蝋人形達。私のマントとシルクハットまで自慢気に振り回しているではないか。
「実に見事だ。恐竜展示場に引き続き、自然館での妙技を見せていただいた」
先程の竜闘に勝るとも劣らない拍手を差し上げよう。だが、フフ確かに。ミミックじゃない、という意見も一理あろうよ。そのように箱にすら隠れず、有頂天が儘に集まるなぞ。
「我等が怪盗の矜持を忘れないように、君達もミミックの矜持を忘れないでくれたまえ。こうなるのだから」
「「「「「ギャウンッ!?」」」」」
まさしく指弾き一閃、瞬間エリア内をつんざいたのは目を盲する閃光。私のシルクハットから放たれた、隠し玉の一つ。フフフ、臥薪嘗胆の思いで訪れた私達が何の保険もかけていないとでも?
視覚を有する展示物には効果が出て当然だが、只の目くらましである以上箱に潜むミミックには効果が薄い。そう、箱に潜んでいたら、の話だよ。
今の彼女達は身を仕舞うことを、ミミックの基本を忘れて一介の魔物として私達を討伐せしめんとした。その結末がこれだとも。逆転劇には逆転劇で対抗するべきだろう?
さあ、今が好機だ。欲しい物を頂戴し、悠々と次へ赴くとしよう。先は一敗地に、もとい化石にまみれたが、此度こそは――おっと!
「シャアアアウッ!」
ミミックが一体、噛みつこうと迫って来たか! あの展示物たる宝箱型の個体だ。やはり擬態、仲間の窮地に堪え切れなくなり飛び出してきたようだな。
「シャウルル! シャウガウルル!」
ふむ。火事場の馬鹿力と言うべきか、素早さは目を見張る物がある。私達四人の首を狙い、何としても傷を残そうと、仲間が復帰するのを待とうと健気に仕掛けてくる。
しかし、こちらとしても漸く手に入れたチャンスだ、むざむざ捨てるわけにはいかないな。ではもう一つ、仕込み道具をお見せしよう。
「シャアムグッ!?」
床を蹴り直し再度飛び掛かってくる宝箱は、突如舞い寄る布にくるまれ縛り抑えられる。如何かな、私のマントの心地は。しなやかながら強靭な、極上の素材を使った逸品だとも。
その通り。君を包んだのは私のマントだよ、勇気ある宝箱ミミック。遠隔で操れるように仕込んでおいたのさ。とはいえそれ以外は上質なだけのマントだ、君の膂力であれば十秒もかからず解くことができよう。ただし。
「良いんだな、ル・ヴァン? やっちまうぞ」
「あぁ、構わない。彼女は展示物ではなかったのだからな。――撃て」
悪いが、許さないさ。仲間の一人が銃を構え、撃鉄が落ちる。轟音と共に穿たれたのは。
「ガァアシャガッ…!? ガッ……ッ……」
マントを跳ねのけ、再度飛び掛からんとしていたミミックだ。安心したまえ、彼の弾丸は特別製の魔導弾だ。標的を撃ち抜けば消滅する、我等御用達のな。貫通して跳弾する惨事は引き起こさないとも。
とはいえ威力は折り紙付きだよ。こちらに転がってくる箱には、反対側が見通せる大穴が。おっと、宝箱ミミックの箱は物ではなく肉体なのだったな。
どうか安らかに。ダンジョンであれば復活魔法陣はあるのだろう? 事が済み蘇生しても、口惜しがる必要も恥じ入る必要もない。君は充分よくやったと――……。
「や~れやれ全く、その矜持の教示には痛み入るばかりだよ!」
ッ!? 上位ミミックの声、何処から、っな…に!?
「けど、悦に浸りすぎるのも考えものだね!」
「ぐあっ!? ばっ、馬鹿な…倒した、はずだろォ…!?」
今し方撃ち抜いたはずの宝箱型ミミックから、触手が…舌ではない触手が、開けた銃創からも! 平然と飛び出し、仲間の一人から銃を奪い縊った、だと!?
「其奴を離せ!」
「おっと! ふっふうっ!」
先の飛び掛かりを容易く凌ぐ機動にて一刀を躱し、漸くに復帰した下位ミミック達の前に着地したのは、やはり貫通創が開いた、ぽたりぽたりと蝋を垂らす展示物宝箱。否。
「僕も、他の子達と同様だったのさ☆」
縊った我が仲間を引きずりこみ、その展示物宝箱の中から姿を現したのは、別の宝箱に入った上位ミミック。成程……これは一本、一箱取られたと言うべきか。
彼女はこのエリアの他ミミック達と変わらぬ潜伏方法をしていたのだ。剥製、あるいは蝋人形の中に潜むという。それがただ、宝箱ミミックを精密に模した蝋人形であっただけ。
つまり私達が昼間の偵察で見た宝箱ミミック展示は出来の良い偽物だったという訳だ。牙も舌も、造り物の。しかし上位ミミックはその偽ミミックを箱とし、さながら宝箱ミミックのように振舞った。
まさしく生ける展示物、ミミック入りミミック。やれやれ、逆転劇の二転三転は疲労を齎すものだ。だが幸い、これ以上結末は変わらないだろう。
「「「「「ガルルルル…!」」」」」
「「「「「シュルルル…!」」」」」
既に彼等は形勢を取り戻し、冷徹をも取り戻した。一人失った私達がどう相対しようが、理想の幕引きとはならぬだろうな。なれば、手は一つ。
「玉座簒奪はおろか、獣狩りすら頓挫するとは。出直すとしよう!」
「「「「「ばふうっ!!?」」」」」
煙幕と共に窓を割り、一時撤退といこう! フフ、自然の猛威見事なり。さあ、縄張りが冷めるまで次へ向かうとしよう。博物館ダンジョンが『歴史館』へ――。