ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~   作:月ノ輪

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人間側 とある怪盗と博物④終

 

 

「どうすんのよ!!? 本当に損して終わるわよ!!?」

 

「落ち着くといい。どれだけ騒いでも好転はしないさ。事ここに至った今、寧ろこのスリルを楽しむべきだよ」

 

「楽しめるわけないでしょうがぁ!!!」

 

 

 やれやれ。なんとか歴史館からは逃走を成功させ、中央の大噴水前に舞い戻ってきたが……最後の館へ赴く以前に彼女をなんとか説得しなければ、な。

 

 

 とはいえその怒叫には一理ある。一館一人、仲間を半分仕留められただけではなく、残る我等も満身創痍だ。私も残された道具はモノクルのみ。揺れる宝箱ぬいぐるみにも仕込みをしておくべきだったかもしれない。

 

 

 これは果たして逃走成功なのか。ただ尾羽打ち枯らした故に見逃されただけかもしれない。フフ、諸王の弄笑が遠くより、宝箱の嘲笑が腰のぬいぐるみより聞こえてくるようだよ。

 

 

 自然館に於いては弱肉となり、歴史館に於いては道化となる。これでは怪盗の名折れと言っても過言ではない。なんとも惨めなものだ。しかし、だからこそ――。

 

 

「もう我慢できないわル・ヴァン! あんたとは別行動をんむっ…!?」

 

「そう膨れるな。パンとて発酵し過ぎは旨味を潰すだろう?」

 

 

 このような絡手を行えるのかもしれないな。噴水の前、憤りに満ちた彼女を引き寄せその唇にキスを落とす。湧き昇る水が停まっているのは減点だが……誰も居らぬ深夜、灯りは月と離れた博物館の僅かな光のみ。中々に絵となろう。

 

 

「厄難に遭えども私達は怪盗、一蓮托生。勝手な行動は許されず、共にあらなければ最高のステージを魅せることは叶わない。最後の逢瀬まで付き合い願おう」

 

「……っフン! わかったわよ。次が最後よ?」

 

 

 無論だ。なにせ残るは『魔法館』のみなのだから。しかし、これもまた運命を感じるものだ。デートに興じるカップルを演じたあの場に、その私達で挑むとは。これまたよく出来ている。

 

 

 しかし、フフ。私は悪い男だ。彼女が傍にいるというのに現を抜かしてしまう。絶世の美女たるミミックに。共に戦い宝を掠め取る逢瀬よりも、あれらがどのような歓待で私を蕩かせてくれるかに思いを馳せてしまうのだよ。

 

 

 おっと、この本心は隠し通さなければならない。これ以上彼女を焦がす訳にはいかないさ。では、気取られぬ内に最後の場に赴こうと――いや、その前に。

 

 

「一つ提案がある。このモノクルの転送先を変えたいのだが」

 

 

 これは元より、古竜王の頭蓋や古代文明の神像といった巨宝を拠点へ転移させるがために用意した品だ。その二つが今や遠く離れた以上、また再戦が怪しい現状、存在意義は薄れたも同然だろう。

 

 

 加えて、今から挑む魔法館での標的は定まっている。彼女は転移銃、私はネビュラディスク。双方ともに小型、抱えて持ち運びは効く代物だ。つまり、転送魔法は不要なのだよ。

 

 

 ならば自分を転送させて逃げればいい? それは諸王どころか世界の皆々が、私達ですら嘲弄するとも。私達は怪盗。ガーディアンに追われながら華麗に逃走するシーンこそが魅せ場だろう?

 

 

 今際まで怪盗たる美学は捨ててはならない。さりとてむざむざとやられるのも許されない。仲間の機嫌もとらなければならない。無数に張られた蜘蛛糸を回避し、私なりの窮余の策とさせて頂こう。

 

 

「――はあ? まあその通りにここと貴方に魔法をかけとくわよ。あとは勝手に頑張ればいいじゃない」

 

 

 おやおや、呆れられてしまった。フフフ、感謝するよ。君に水とその感覚を操る魔法を覚えて貰った甲斐があった。これで最後の幕引きはささやかながらも華麗なるショーに、いや。

 

 

「そうならないことを祈っておいてくれ。さあ、行くとしよう。レディ、腕を」

 

 

 挑む前から諦める決闘者がいるものか、盗み出す前から敗走のことを考える怪盗がいるものか。あの日のように腕組み合い悠然と進むとしよう。最後の地、魔法館へ――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「警告:窃盗犯には容赦しません。この人でなし」」」」」

 

「きゃあっ!? 体当たりにビームまで、危ないわね!?」

 

 

 ハハッ! なんとも熱烈な歓迎だよ! 自然館では恐竜や獣との淘汰劇、歴史館では諸王観賞の道化劇を演じた私達だが、ここに来て純粋なる活劇とは!

 

 

 この魔法館にて常なるコンパニオン役を務めているキューブ型ゴーレム群。手乗りサイズのそれらが宙を飛び、側面のハートマークよりレーザーを放ちつつ私達を仕留めんと迫ってくる。中々の数に回避もまた難儀だ。

 

 

 しかし、フフ、されど。この程度と言えようか。正直述べれば予測の範疇を出ていないのだよ。なにせ警備ゴーレムなぞ、今まで訪れた王宮や銀行等でも必ずと言っていいほど現れるのだから。

 

 

 更にキューブゴーレム達は、展示品たる魔導具を傷つけぬように細心の注意を払っていることが窺える。攻撃の出力は最低限であり、その軌道も実に読みやすい。

 

 

 私が予告状にあの一筆を残していなければこうも容易い相手だったのか。今更ながらに呆れ果ててしまう。それと同時に、フフフッ、期待しているよ?

 

 

 さあ愛しきミミック達。此処ではどのような手法で私達を驚嘆させてくれる? 骨格標本や剥製の咥内に潜み、伝説や文明の浪漫を模倣した君達は、この場ではどのような、おっと!

 

 

「ご登場か!」

 

「「「シャウルルル!」」」

 

 

 私の顔を掠めたのは、やはりミミックの触手。キューブゴーレムが一つに誂えた、専用箱から飛び出した、な。無論それだけではない。

 

 

 側転回避にて着地したベンチからは群体型、それを鮮やかに払い躱した先にあった観葉植物のポットは宝箱型。流石の間隙を縫う包囲網。あわや毒牙にかかる間際だったとも。

 

 

「飾り棚から、柵から、説明看板の裏から。しつこいのよホントぉ」

 

 

 向こうもまた、ミミック達の応酬から逃げ延びている。やはり数多く潜んでいるようだ。回避に勤しまなければ余裕すら見いだせない。ふむ、だがしかし、これは。

 

 

「予想はしてあったが……まさか本当にこれだけか? だとすれば寂しいが」

 

 

 私には懸念があった。それは、この魔法館に於いてはミミックの潜伏は控えめとなるのではないか、だ。見たまえ、周囲の展示物を。もとい、体験施設を。

 

 

 先の二つの館とは違い、魔法館は体験型に重きを置いている。シャボンの中に包み込まれる魔法陣、砂に軌跡描き続ける永自然魔力機関、音を消滅させる魔法空間、アンティキティラ装置を始めとした歯車と滑車による精緻機構。

 

 

 そのどれもが観覧客が押すボタン一つで反応と活動を示し、魔法の英知を教示する仕組みになっている。しかし、言うは易し行うは難しとはこのことか。

 

 

 多少魔法を知る者なら、そのボタンが裏に覆い隠された魔法式の複雑さに慄くだろう。そしてそれを何一つのエラー無く維持する手間に、凡そ魔物が入り込めば忽ち不調を示す繊細さに。

 

 

 ミミックであればもしやと期待していたが……この調子を見れば懸念的中と認めるしかないのかもしれないな。なにせこうもゴーレムと共謀し大量に押し寄せてきているというのに、各展示の中からは一切ミミックが現れていないのだから。

 

 

 無論、私達を確実に仕留められるまで潜んでいるという可能性も加味してみたさ。だが敢えて身を危険に曝し接近を試みても、動きはない。バグダド電池の中を覗き込んでも、存在していたのは唸る雷のみだ。

 

 

 事実、複雑な機構の中にはいないのだろう。接近すら許さない布陣なのだから。もし潜伏しているのであれば今までと同じく油断を誘い道を作るはずだろう。

 

 

 嗚呼……実に残念だよ。今日の有終美を飾る一幕だというのにこの程度とは嘆かわしい。私はもっと……いや、もしやこれも作戦か。私の気勢を削ぐための?

 

 

 フフ、もしそうであればどれだけ良いか。ならば試すとしよう。怪盗らしくな!

 

 

「そちらはどうだ?」

「駄目ね。ガッチガチに防衛されてる」

「ならば私の方から赴こう。専用の円蓋室だ」

 

 

 それぞれ回避していた私達は合流、足並み揃え目標の宝へ疾駆する。おっと、甘いな。フェイントだよ。回り込むように見せかけ、敢えての直行だ。この柵にミミックが居ないことは読めているさ。足場にさせて貰う。

 

 

「「「「「通しません」」」」」

 

 

 ほう、レーザー照射の網か。しかし緊急対応だな、大きな隙間がある。私達の体技をもってすれば、身を捻じり滑り込ませることなぞ容易いとも! その隙を突き迫ってくるミミックも、想定の範囲さ!

 

 

 我等が華麗なる躍動で魅了しながら、順路を掻い潜り、目的の展示室へ。扉は、開いている。フフ、ここは敢えて飛び込み――っと!

 

 

「「「シャルルル!」」」

 

 

 扉裏に潜んでいたな、ミミック! しかしその程度は織り込み済み。既に多少の潜伏には驚かないのだよ。恨むならば先二つの館の同族達にしておいてくれたまえ。

 

 

「気をつけてよ、ル・ヴァン――ふふっ、余計な心配ね」

 

 

 勿論だとも。これまたやはり居た展示台のミミックの一縛を鮮やかに跳ねのけ、フフフッ!

 

 

「盗ったぞ! ネビュラディスク!」

 

 

 円蓋空間が中央、飾られし宝を漸くに手にしたぞ! 幾度辛酸を舐めたかは数えたくもないが、フフ、終わりよければ全て良し、だろう? さて、やはり見立て通りのようだ。

 

 

 このネビュラディスクにもミミックは忍び込んでいる様子はない。魔導機構及び魔法式が損傷するのを恐れているようだ。あぁ、安心したまえ。当然私は傷などつけないとも――む?

 

 

「暗く!? もしかしてまた…!?」

「いや。ネビュラディスクの効力のようだ」

 

 

 突如、円蓋天井が闇に包まれる。されど先のような見通せぬ深海絵図に非ず。これは、感嘆すら漏れる満天の星海。外の実物よりも美しく映る、疑似なる星辰(プラネタリウム)

 

 

 それも当然。このネビュラディスクは星占の運命盤。天文魔法の粋が詰まった至高なる逸品で、諸人が触れるだけでその命運を星図にして照らしだす機構を有しているのだから。私が触れた故にそれが起動したのだろう。

 

 

 フフ、感謝せねばなるまいな。先の遺跡保全エリアでの戦闘で暗闇には慣れた。今や行動の阻害にもなり得ない。寧ろ星々の祝福を浴び情熱漲る気分だよ。

 

 

 さて丁度いい。私の運命を見通すとしよう。なに、これでも星占の知識は多少持ち合わせていてね。さあ星々が輝きよ、君達は私へ何を伝えてくれ――ッ!?

 

 

「星が全部ビカビカ光りだして!? これもネビュラディスクの!?」

 

 

 であろうが……これはどういうことだ!? 綺羅星、というレベルではない! あらゆる星が、星河の砂一粒に至るまで、破裂せんが勢いでぎらつき瞬いている、だと!?

 

 

 馬鹿な、これに対する解を私は持ち合わせていない…! 夜空がまるで真昼となったかのような、照明が舞い戻ったかのような克明な、天変地異の前触れのような異常なぞ! どういうことだ!?

 

 

 もしや、これが私に待ち受ける運命だというのか。だとすれば間違いなく危地であろうよ。一体何が待ち受けているというのか。なんとか読み解かなければ。流れ堕ち始めた星々が指し示す事象は……む?

 

 

「ねえ、あの流れ星……こっち来てない? どんどん大きく、白く…!」

 

「そのように見える。しかし、案ずることはないさ」

 

 

 この夜空はあくまで投影、幻で構成されし偽星だ。故にこの場に落ちて来ることはないとも。はて、あれが示す天命は、確か凶滅の……ッなんだ!?

 

 

 視界の外れ、円蓋室の端より何かが撃ちだされたのが見えた。幾ら夜空に執心とはいえ、警戒は行っていないのだからな。しかし、放たれたそれが向かった先は私達ではないようだ。

 

 

「オレンジの光線!? 流れ星に!?」

 

 

 彼女が叫んだ通りだとも。私達に向かえば回避こそしよう。されど、何故かその一射が触れたのは白く迫る紛い流れ星で……待て、投影映像たる夜空に着弾? 

 

 

 それに今の光線、何処かで。そう、展示品たる転移銃の――ん? なッ!!??

 

 

「隕石ぃいいッ!?」

 

 

 偽りの空から、白き流星から、複数の隕石が降り落ちて!? ぐぅっ……間一髪、か!

 

 

「ちょ、ちょっとお!!? あんた案ずるなって、星落ちてこないって!」

 

 

 っと。ふう。ああ、そう言った。そして、それは変わらぬ事実だとも。ネビュラディスクが魅せる投影星空にそのような機能はない。では何故流星が隕石と化し落ちてきたか。

 

 

 私の勘違い? 実の空に干渉または偶然を経て円蓋天井突き破り落ちてきた? 否。真実は一つ。私が『白き流星【から】』と断じた理由がまさにそれさ。

 

 

「よく見るといい。未だ空にて光輝く白星を。その中に橙枠線で開かれた転移口を。そこから飛び降りて来る隕石擬き達を」

 

 

 私の記憶に間違いはなかった。先程放たれたのは、やはり転移銃。橙青二種の弾にて白き空間同士で繋がる穴を作る、転移魔法の産物。成程、そちらの警備が厳しかったのは持ち出していたからか。

 

 

 ならば種明かしは容易い。これは脅かしだ。ミミックによる模倣だ。私達がネビュラディスクを手にしたのを皮切りに星図を展開。異常な星影で怯ませ隙を突き、隕石の真似にて圧し潰す。さあ、推理の正否は如何かな?

 

 

「あ~! 外した! 追いかけろ~!」

「上からもっと降らせて!」

「「「シャウウウッ!」」」

 

 

 フフフッ! 答え合わせを有難う、諸君。しかし隕石姿の儘にゴロゴロと転がってくるのは愉快な様だよ。おっと、とはいえ笑っている場合ではない。これは中々に良策だ。

 

 

 この円蓋室はネビュラディスクによるプラネタリウムがための専用部屋。つまりそれ以外の展示品はなく、扉も開放されているとはいえ敵が詰めかけている。その状況下で、警戒外であった天井近辺からの乱入とは。

 

 

 フフ、自然館での参上をミミックに模倣されたような気分だよ。最も、私達は乱入こそ派手ながらも正々堂々立ち向かったとも。このような攻め様は、些か急きすぎではないかな!

 

 

「「「「「わぷぅっ!?」」」」」

 

 

 広めとはいえ、専用部屋の中だ。煙幕の効果は高い。ここで手をこまねいていれば潰されるが必定、故に多少の無茶を覚悟し退室させて貰うとするよ。ネビュラディスクを手にしたまま、な。

 

 

「痛っう…! あたしの顔に傷つけるなんて! でも、確保はできたわね! って、この星空どうすんのよ!? えっ、そっちに逃げるの!?」

 

 

 フフ、落ち着くといい。これこそ代償だとも。ネビュラディスクを持ち続けるということは、常に星空も白流星もミミック降り落ちる転移穴が我等が頭上にあるということ。危険極まりないさ。

 

 

 しかし脱出するにはまだ距離があり、モノクルを発動させる余地もない。だからこそ、ここへ舞い戻ったのだよ。

 

 

「ここって…中央展示室じゃない。あっ、天井の! そっか、あれがあるなら!」

 

 

 その通り。この場が天井に吊るされているのはシャクナ・ヴィマナ、そして黄金スペースシャトル。空を宇宙を駆けるかのように、広き天井を版図とするように占めているあれらを私は求めていたのだよ。フフ、飛んで逃げる訳ではないさ。

 

 

「やるじゃないル・ヴァン! 穴が消えたし、星空も上手く被さってるわ!」

 

 

 これが目的だ。巨大なる飛行船と宇宙船は丁度ネビュラディスクが星図に被り、埋め尽くしてくれている。これならばミミック達も気軽な墜落は出来ぬだろう。無理を通せば展示品を傷つける羽目となるのだから。

 

 

 加えて、地上を奔る隕石ミミック達も憂慮には及ばない。この中央展示場には幾多の魔導具が所狭しと展示されている。私達を圧し潰せる巨体なぞ、自在に動かせはしないのだよ。

 

 

 さて、後はこの場でモノクルを起動させるのみ。変更先は中央広場の噴水。転移銃よりも鮮やかに転移せしめ、慌て駆けつけたミミック達の前で一礼と共に堂々去るとしよう。フフ、最後に笑いし者が勝者で――。

 

 

 

「「「「「非常事態認定。『魔神の核』発動シークエンス開始」」」」」

 

 

「「は…!?」」

 

 

 待て、あのキューブゴーレム達、今何と……むぅっ!? 警報!? この、障壁が割れる音は!

 

 

「「「「「効果範囲内に怪盗を観測。最終防護壁、シャットダウン」」」」」

 

「見てル・ヴァン! 『デモンコア』が!?」

 

 

 中央展示場が端、私達から多少離れた展示エリア。そこにあるのは、デモンコアと呼ばれる鈍く輝く半球体が二つ。細棒にて一塊球とならぬように支えられた、先程までは多重障壁に守られていた危険物。

 

 

 まさか、本気なのか。やはり本物だったというのか。馬鹿な、馬鹿な。デモンコア所謂魔力波臨界検証装置だ。その半球同士を接近させ、限界点を確認するための器具だ。

 

 

 しかし、臨界を探るという行為には大いなるリスクが伴う。デモンコアもその多分に漏れない。即ち――半球同士が接触し合った場合、周囲に極大の壊滅波を放つのだよ。過去幾多の死者すら出している、な。

 

 

 それを、発動する気だというのか? 嫌な予感は、いや最悪の予感は当たってしまったというのか。もしや先の凶滅の星占はこれを指し示したというのか。

 

 

 いや、まだあれが模型展示だという可能性は残されている。神殿保全エリアでの音声ガイドが罠を加味すれば、あれ自体が仕込み、私達に対する脅し且つ罠であるやもしれな――身を潜めろッ!

 

 

 

「「「「デモンコア、発動。警備員は退避を。または、致命的な絶叫を」」」」」

 

「「「きゃああああああっ!?!?」」」

 

 

 ぐぅうぅッッ!? 鳴り響き続ける警報すらをも貫く、キンッと金属同士が打ち合うような甲高い一音が。その後に轟音と共に放たれたのは、青き光の衝撃波ッ!

 

 

 見ずともわかる! デモンコアは支えの細棒を弾き飛ばし、一つの球となったのだ! 幸い私達は手近な棚を遮蔽物とすることができた。ネビュラディスクも、並び隠れる仲間も無事だ。

 

 

 ならば今し方の悲鳴は? そのまさか、だとも。なんと悍ましきことを…! 私達を逃がさぬために、宝物を盗み出させないために、警備のミミックすらをも巻き込みデモンコアを発動させたのだ! ぐうぅっ!

 

 

「「「シャウグゥウ……ッ!」」」

 

 

 先程の隕石擬きが、観葉植物が、ベンチが。宙へと吹き飛ばされ粉々に砕け舞い散る。ミミック達の絶叫と共に。悉くを対象とする壊滅波故当然であろうが……これを蛮行と称せずして何とする! 

 

 

 曲がりなりにも警備を行っていたミミック達を、貴重にして精密なる展示品達を、私達ごと薙ぎ払う腹積もりか! 私達に奪われるならばいっそのこととでも考えているのか!? そうとしか考えられ、くうッ…!

 

 

「ど、どうすんのよ!? このままじゃこの棚も壊れて、上のアレも!」

 

 

 ふぅ……落ち着くといい。私も深く息を整えよう。確かに状況は非常に厳しい。棚の据付が強固故に無事を保てているが、衝撃波かあるいはそれによる飛来物によって先程から衝撃に響き揺れている。長くはもたないだろう。

 

 

 加えて、我等が頭上の巨物、シャクナ・ヴィマナと黄金スペースシャトルもまた、暴風に煽られるかの如く揺れ動いている。壊れることはないだろうが、繋ぎとめる糸が切れてしまえばあれが隕石の代わりになろう。

 

 

 ならば急いで避難しなければならない。しかし、青燼光に満たされたこの場で身を出せばどうなるかは、木っ端微塵となったミミック達が証明している。動くことすら儘ならないのだよ。やれやれ……それでも、私達の勝利だ。

 

 

「これを起動させるといい。噴水まで転移するだろう」

 

 

 モノクルを外し、ネビュラディスクと共に仲間へと手渡す。フフ、私達に残されていた最後の仕込み道具だ。転移陣起動までの時間も、敵すら動けぬ今であれば問題にすらならない。では――託したぞ。

 

 

「ル・ヴァン!? あんた何する気!?」

 

「なに。君とのデートを無下にした罪滅ぼしだとも」

 

 

 フフフッ、なんてな。今の一言に嘘はないが、核たる心ではないとも。君のみを先に帰すのは利益の確定がため。そして――我が矜持がため。

 

 

 この惨状、私は断じて許せないのだよ。私のために、美なる展示品達が破壊されるやもしれぬのは。美なるミミック達が木っ端の如く犠牲となるのは。止めなければならない。あのデモンコアを。

 

 

「では、他の者達と同じく復活魔法陣で再会するとしよう。さらばだ!」

 

 

 例え、この身が焦がされようが、な! ウインク一つを残し、私は棚陰より飛び出す。目標は未だ壊滅波放つ球体デモンコア。やれやれ、服の防御機構が生きてさえいれば、いや無駄か。

 

 

 しかし、命を賭せばまだ可能性はある。肉焦げ骨が焼かれる前に辿り着き、キックを加えられでもすれば。あの球体を弾き、半球同士に分かちさせすれば。

 

 

 息を整えろ、遮蔽物を活かせ。覚悟を決めろ。なに、いつもの侵入と変わらない。スマートに接近し、流麗に掠め取る代わりに全霊の一撃を加えればいいだけ。さあ、近づけ、飛び出せ、美への情熱を身に纏え!

 

 

「はぁあああッッッ!」

 

 

 いける! 足は軽い、身に痛みはない。この調子なら、接近できる。肉薄できる。そうすれば、私も無事に……無事に…………待て。

 

 

「ル・ヴァン!? 何で立ち止まってるのよ!? なんで全身で受けて…!?」

 

 

 遠くより、彼女の叫びが響いてくる。転移発動までの間、私のことを見守ってくれているようだ。即ち、顔を出していること。ふむ、やはり…妙だ。

 

 

 今猶青き烈波は放たれ、ベンチや植物は粉となり舞い飛んでいる。であれば何故、()()()()()()()()()()のだ? 骨や肉どころか、服にすら異常はないのだ? 

 

 

 何故、腰につけた宝箱ぬいぐるみは、何一つの魔法防御すらなされていないそれは、揺れすらしていないのだ? さながら私と同じように、吹き飛ばされる感覚すらもないかのように。

 

 

 

 これは不可解。周囲はさながら嵐が只中の如き様相だというのに。今の私は、室内で光浴びただ佇むような…いや、まさにその様だ。手を握り開こうが、足を軽く鳴らそうが、服裾を整えようが、髪先を払おうが。特に被害はない。

 

 

 では、後から身に響く毒の如き効果か? いいや、デモンコアにそのような効力はない。事故の記録には全て目を通しているのだから。それ以前に周囲の被害と釣り合いはしないだろう。

 

 

 百歩譲り、私の知らない反応があったとしよう。であれば――何故にミミックが悲鳴を上げ砕け散った? 物に隠れているとはいえ、ミミックも生身。圧倒的な崩壊奔流の前では、服という箱を着た私のなんら変わりはない。

 

 

 ミミックに聞き、人間の体には効かない? その説こそ滑稽だ。ならば何故発動させたのか。そう……()()()()()()()() 展示品に溢れた博物館の中央で、ミミックが至る所に潜む中、それらへの被害を度外視して。

 

 

「ル・ばばば…!? か、らだ、が、ま痺……!? 助けっ…ル・ヴぁ……」

 

 

 その解は実に単純だ。前提条件から間違っていたのだよ。やれやれ。この博物館ダンジョンを、ミミック達を信じ切れなかった私の落ち度と言えようよ。

 

 

「模倣、だったのだね。最後までしてやられたとも」

 

 

 溜息をつきそう口にすれば、目の前のデモンコアは自動で半球同士に開き分かたれる。中から現れたのは、水晶髑髏を手にしたミミック。成程、目を裂くような光はそれによる増幅だったか。

 

 

 デモンコアは端から本物ではなかった。万人が予想できる通り、模型だったのだ。それをあたかも解説音声で本物であるかのように偽り、満を持して作動させる真似をすることで、私に『もしも』を信じ込ませたのだ。しかし、やれやれ。

 

 

「私がデモンコアの仔細を知っていることまで加味していたのかな?」

 

 

 天を仰ぎ見、呟く。仲間はミミックの麻痺毒にて声も潰えたはずなのに、背後から響くヒールの音に向けて。ネビュラディスクやモノクルを拾い上げ、颯爽と足を止めたその者へ向けて。

 

 

「なあ、アスト・グリモワルス・アスタロト嬢?」

 

「ふふっ。きっと存じていると思いました。ナイト・ミュージアム、楽しんでいただけたようですね。怪盗ル・ヴァン・ザ・サード?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはこれは。振り向けばそこにいたのは、確かに以前美術館ダンジョンでお目にかかったあの御方。しかし装いはあの時よりも、フフ、更に美を極めたようだ。

 

 

 その身を彩るは鮮烈なるカクテルドレス、目元覆うはシックなるハーフマスク、手足を包むオペラグローブとブーツは洒脱の装い。私と向かい合うために誂えたかのような姿だよ。しかし、手を取り円舞曲に興じてくれる訳ではないのだろう。

 

 

 それを証明するように彼女の肩でたなびくは、さながらマントの如きトレンチコート。クラシカルなチェック柄にて令嬢の優雅な立ち姿へ明敏を与えるそれは、羽根付き帽に負けぬ彼女の角や揺らめく尾の怜悧さを一層に際立たせる。

 

 

 私が怪盗である以上、彼女は怪盗探偵とでも評するべきか。いやはや、私の言行を全て見抜いたかのような、見事な策の数々だったとも。純粋なる拍手を贈ろう。であれば。

 

 

「私を仕留め、この夜会にピリオドを打つのだね?」

 

 

 向かい合い、相対し、私は軽く肩を竦めてみせる。抗いたいところだが、こちらは零落の身でね。オタカラを片付けられ最後の希望たるモノクルすらを指にかけられ回し弄られてしまえば、反骨の気勢も削がれるものだよ。

 

 

「ふふ、当たらずも遠からず。緞帳を下げる前に、私達からのプレゼントを」

 

 

 ほう? 贈物とは幾つになっても嬉しいものだよ。一体何を…ッ、これは。

 

 

「自然館の、『人間展示の椅子』?」

 

 

 背後に何かの気配を感じ振り向けば、まるで腰掛けろと言わんばかりに置かれたあの椅子が。フフ、懇切丁寧に『怪盗ル・ヴァン・ザ・サード』の展示札までかけられているとは。よもや――。

 

 

「ご安心を。剥製にして飾る気はありませんから。この方々も含めまして、ね」

 

「っ!? 皆…! 生かされていたとは」

 

 

 私の心をなぞるような言葉に顔を戻せば、またも慄かざるを得ないとは。怪盗探偵が腰掛けていたのは、縛られ束にされた我が仲間達。

 

 

 自然館で食われたはずの銃手も、歴史館で斬首されたはずの剣客も、一人と同じように麻痺毒に漬けられ動けぬ儘に歯噛みしているではないか。

 

 

「以前はつい復活魔法陣送りとし逃がしてしまいましたが、今回は裁きを受けていただきましょう」

 

 

 成程、生かしたままに捕らえることこそが目的か。フ……フフ、フフフ。完敗だよ。その言葉の裏は、即ち。

 

 

「手加減されていた、ということだな。私達を殺さぬように、私達の挑戦を真正面から受け止めるために」

 

「それも当たらずとも遠からず、で。貴方がたを捕縛するために誂えた一夜限りの潜伏劇ですが、どのミミックも全力で挑んでいたのですよ?」

 

 

 三人束を椅子にし足組む彼女の声色に、一切の嘘はない。フフ、その一言は私達にとって救言だ。さて、幾度手痛く打ちのめされたことか。

 

 

 我等が魅せ場は自然館で華々しく参上せしめたあの瞬間のみ。化石に潜まれ、剥製に潜まれ、蝋人形に擬態され。続く歴史館では伝説金属を武器とされ、古代遺跡で浪漫に付け込まれた。

 

 

 そしてつい今し方の魔法館では、ネビュラディスクと転移銃、デモンコアと水晶髑髏。展示品たる魔法の粋を活用され、完膚無きまでに騙されたとも。

 

 

「あのミミックの悲鳴も、砕ける観葉植物や隕石擬きも、全て模倣だったとは」

 

 

「「「バレた!」」」

「「「シャルルルゥ♪」」」

 

 

 おや、先程私達が隠れていた棚からひょこり顔を出したのはミミック達。ベンチや観葉植物、隕石擬き等に潜み私達を襲った、そしてデモンコアの壊滅波により粉々に砕けたはずの面々だ。

 

 

「贋作を真作と偽る一番の方法は、雅趣の模倣。まさしくそれらしく振舞うことだろう。実際には出ていない壊滅波をさも出ていると見せかけるために、自ら叫び吹き飛び、砕けてみせたとはな」

 

 

 私達のためだけの劇ならば、やってのけるだろう。自らの意志で砕ける箱を纏い、死を擬態してみせるだろう。嗚呼、なんと素晴らしき御業だろう!

 

 

「となれば天の二船の動揺もまた頷けるさ。いや、君の先の登場。もしや」

 

「えぇ。歴史館の入口でお見せしました通り。此処ではあの船上から、今までは貴方がたに悟られぬよう。怪盗劇を見守っていましたとも。皆さんと共に」

 

 

 ほう? それが私の仲間を、今足蹴にしている彼らを指している訳ではないのはわかる。となれば恐らくは。む、おぉ…!

 

 

「っと! なはは! ワシ等も見ていたんじゃ!」

「フハハ! 良き決闘であった!」

「展示物を守るために立ち向かった点のみ、評価に値します」

 

 

 宙船より舞い降りしは、宝箱に詰まった恐竜土偶、ヒヒイロカネの金板、キューブゴーレムの一つ。これはまるで、このぬいぐるみのようだ。つまり、それが収まる箱は、かの…! 

 

 

 フフ、これがプレゼントか! 実に、実に素晴らしい! あぁ無論、宝箱を頂戴できるとは思っていないとも。指し示す意味なぞ充分に把握している。

 

 

「私達の、完全なる敗北。かつて以来目にしなかった稀有なる逸品だな」

 

 

 やれやれ、よくぞ『全力で挑んだ』と嘯いたものだ。いや、事実ではあるのだろうさ。その場を任されたミミック達は確かに全霊で私達を屠ってくれたのだろう。

 

 

 そのような身で仮の話を持ち出すのも厚かましいが、もし私達がそれらのミミックを跳ねのけたとしよう。しかし、結果は変わらなかったと確信が出来るとも。

 

 

 なにせ、アスト嬢とあの宝箱が……かつて私の変装を容易く見破った黄金よりも輝かしいコンビが控えていたのだから。しかも、聞いただろう?

 

 

 彼女達は忍んで後を尾けてきたとまで明言したのだ。恐らくはあの通り、各館の代表たるティラノ・レックス、ファラオミレニアテム、コンパニオンキューブを一等席へ据えつつ。

 

 

 その尾行を、私達は気づけたか? 否、一切だ。あれだけ再会を熱望してた私とて、購入したぬいぐるみをつい握り潰してしまうほどに熱情を滾らせていた私でさえ、一切な。フ、フフ、フフフフフ……!

 

 

「シルクハットを残しておかなかったことを後悔しているよ。もし被っていたのなら、脱いでみせたというのに」

 

「持ってきてありますよ。魔法は封印させて貰いましたが」

 

 

 ほう! 眉を上げれば、あの宝箱の中よりポンと放たれたは私のシルクハット。では回転と共に舞い戻るそれを手の内に帰していただき、私は一度立ち上がり。

 

 

「贈物への、せめてもの返礼を」

 

 

 シルクハットを胸に当て、ボウ・アンド・スクレープにて脱帽を示そう。なにせ相手は貴族。しかも魔界の大公爵なのだから足りなすぎるぐらいだよ。ふむ。

 

 

「しかし私は知っての通り、強欲者でね。是非とも一つだけ質問の機を賜りたい。次代『大主計』、アスト・グリモワルス・アスタロト様」

 

「えっ。あっ、こほんっ。なんでしょうか」

 

 

 有難い。多少惑いつつも許してくださるとは。その鷹揚な御心に感謝を。では。

 

 

「絶えず気にかかっていたのだ。特別な魔眼を宿す貴女方一族のことが。物の市場価値を見定め、原産すらをも詳らかにするその『鑑識眼』を活かすアスタロト家の者に、尋ねてみたかったのだ」

 

 

「……と、言うと?」

 

 

「私なりの愚直さを以て御伺いしよう。――貴女は、美をなんと心得る? 全てを金銭で換算できる大主計は、貴賤を容易く判ずれる君は、美をどう解する?」

 

 

 このような好機なぞ、アスタロトと面向かい会話を紡げるなぞ、この先あるかどうか。なれば常よりの疑問を解消しときたいのは当然の発想だろう? そう、これは取るに足らない私の心の燻りなのだよ。

 

 

 大主計、魔王が懐刀が一柱。つまり俗な言い方をすればアスタロト家は『金庫番』だ。金銭を取り扱い、金銭に包まれ、金銭に生きる。それこそが彼女達に託された役割。

 

 

 であれば、全てを金銭に換算する習慣があったとておかしくはない。事実、そのための魔眼だろう。無論そうであっても職務上大切なことであり、悪習と断じられるほどの癖でもない。

 

 

 だが、ならば。形無き美を、普遍にして不変の美を、時と共に移ろう美を、あらゆる美を、どう解釈しどう判別する? やはり金銭の数字か? それとも。

 

 

 さあ、アスト様、明朗なる回答を。顔を出すミミック達が、恐竜や王やゴーレムが、かの宝箱が夜寒よりも静まり返る中で言葉を紡ぐのは難しかろうが、私は幾らでも待つと――

 

 

「――これが答えです」

 

 

 っ! 深い呼吸を一つ。彼女は人椅子に足を組んだまま、泰然と手を目元に。外し去られたハーフマスクは光となり溶け消え、露になったは可憐にして高貴なる尊顔。そして、嗚呼。

 

 

「実に光栄だ。実に崇高だ。実に美麗だ。その瞳も、瞳が雄弁に語る答酬も」

 

 

 真っ直ぐに、心を籠めて。私を見つめてくれるその双眸には、魔眼たる輝きは一切無い。そこにあるのは()の儘の、アスタロトでありつつもアスト『嬢』の、色眼鏡すら無い純粋なる宝石。

 

 

「フフ、美とは金銭の価値に非ず。さりとて人々の賛評に非ず」

 

「ただ自分の眼で捉え、心震わされたものこそが、私にとっての『美』」

 

 

 嗚呼、嗚呼! 実に、実に理想的な、私好みの回答だよ! どうか不敬を許したまえ。貴女は紛うことなき大主計の器。人に世評に金銭に流されず、我有りと煌めく麗人だとも。

 

 

「流石アスタロト、庭園に美を形作り、皆に分け与えている一族だ」

 

「っその口ぶり、屋敷にも? もしかして」

 

「おっと誤解しないでくれたまえ。ただ民と同じく美の施しを頂いただけのこと。後にも先にも、アスタロトを汚す気は毛頭ないさ。怪盗とて命は惜しい」

 

 

 私としたことが。つい口を滑らせ無用な不安を生じさせてしまった。反省せねば。フフ、実は変装魔法を用い幾度か、な。まさに至福の遊覧だったとも。

 

 

「っ……あ、って今しがたの物言い、質問も、もしかして」

 

 

 フフフッ! 慧眼に御見それを。君の回答も推し量れていたとも、美を理解するアスタロトが息女殿であられるのだから。しかしあの明媚なる振る舞いによる報答はつい心を奪われてしまったさ。それに。

 

 

「真にわからぬ謎も抱えていたものでな。何故次代アスタロトとあろう貴人が、ミミック派遣会社という小社の、それも秘書役を務めているのか。フフ、最も、零細や弱小などとはとても呼べないがね」

 

 

 シルクハットを被り直し、立ったままに続ける。そう睨むな、ミミック達。批判的な意図は皆無だとも。寧ろ。

 

 

「今の回答を聞き、安堵の息を吐いたよ。よもや勘当の類か、と邪推したほどだが……恐らくは社会勉強か。先代アスタロトのダンジョン施策を知っていれば納得が行くとも」

 

 

 プリムを傾け、謝罪を表明しつつ。フフ、彼女の表情からして、どうやらこちらの推測は当たっていたようだ。ならば。

 

 

「そして、腑にも落ちたさ。美玉を収める箱に。伝説に謳われし『最強トリオ』が一角。ミミックのミミン? 成程、選ばれて然るべき器だ。宝物を疵無く守るために遣わされた、最高の宝箱だ」

 

 

 未だ顔を出さぬ、かの少女体の上位ミミックへ呼びかけよう。恐竜土偶達を守り、そこに居てくれているのだろう? さあ、是非とも君も――。

 

 

 

「ふふっ。どうやら思い違いをなさっているようですね、怪盗ル・ヴァン・ザ・サード。些細ではありますが、大切な」

 

 

 

 ほう? これは失礼を、アスト嬢。どうやら私は愚言を発してしまったようだ。どうか叱正を。

 

 

「よく調べているものです。しかし、さも社長が私のために用意された保管箱というような推断は、残念ながら的外れです。……まあ、裏事情はともかく」

 

 

 消え入った呟きは夜風に流すとして、的外れか。となれば――あぁ、これはこれは。不躾を。

 

 

「最強トリオの逸話は、私も最近になり知り得たこと。私が社長秘書となったのは、自らの意志。つまり――彼女は美。社長は…ミミンは、私にとって『最高の美』、なんですよ」

 

 

 宝箱へ数瞬のみ向けた、しかしそれですらこちらにも伝わる、火照る熱情湛えた艶なる瞳。フフ、フフフッ! まさしく氷が解けたとも。ついシルクハットを深く下げてしまったとも。

 

 

 やれやれ。この世に並び立つ物なき至上の宝を目にすることになるとは。これは私とて盗めないさ。然れば少し待つとしよう。あまりの美評に狼狽えたのか、恐竜土偶達を入れたままガタンと大きく震えた宝箱が落ち着くのを。

 

 

「っもぉおうぅうぅ~…! ちょっとぉアスト、なによもう! 私、出るに出れなくなっちゃったじゃないの! 格好よくキ~メ~す~ぎ~っ!」

 

「あっ。ご、ごめんなさい…! つい……!」

 

 

 周囲を窺うように、あてられた熱が冷めるのを待つように、私のマントとステッキを纏っていたものの出鼻をくじかれたように。恐竜土偶達の裏よりそっと顔を出したのはあの少女体ミミック。フフ、これまた至宝の光景だよ。

 

 

 私にすら気取られぬ伝説存在も、比翼連理には形無しのようだ。阿吽の呼吸故の不意打ち負けなのだろうな、フフフッ! 絵画題に合う睦みを、逢瀬に溢れるこの博物館で堪能させていただくのも悪くないが、後は幕裏にてが望ましいだろう。

 

 

「アスト嬢、君のノブレスは既に遺憾なき貫禄だとも。しかし、今の君にはやはりそのようなチャーミングな笑顔の方が美に溢れているよ。愛する相手とアイドルをしている時のようにね」

 

「っ! そこまでよくお調べに。いえ隠してはいないんですが…!」

 

 

 フフ、予告状を出した以上、下見は確実に、だ。相手取る敵の仔細も可能な限り調べ上げるとも。だからこそ。

 

 

「その隙に溢れた姿の方が、私にも都合が良いのだよ! さらばだッ!」

 

「「「「「わぷっ!?」」」」」

 

 

 君がミミン嬢を狼狽させてくれたおかげだよ。残っていた煙幕を全て撒くことができた。さて、イチか、バチか――!

 

 

「また逃げる気、皆さん追いかけ――社長!? いや、違っ……!」

 

 

 やはり、一瞬か。しかしその一瞬で充分だ。逃走補助のための煙幕を敢えて前に突っ切り、此度初の変装魔法という切り札をも切る。狙いは、アスト嬢。もとい。

 

 

「しまっ…! モノクルが…!」

 

 

 フフ、会話に気を割いた甲斐があった! 彼女の手で魔法解除の余裕見出せず弄ばれていた私のモノクルを、回収させて貰ったよ。起動までの時間稼ぎが終わった、転移道具をな!

 

 

「オタカラは諦めよう。仲間も預けよう。代わりに、壊走を許して貰おう!」

 

「待っ…! きゃっ!?」

 

 

 魔法迸り、私は光に包まれモノクルに吸い込まれる。到着先は無論、外の噴水。やれやれ、こうでもしなければミミック溢れる館から撤退なぞ――。

 

 

「ワシのッ! 獲物じゃあァアッ!!」

 

「ぐうぅっ!!?」

 

 

 

 

 この、転移完了と同時に身を打擲する一撃は!? 岩石を鞭にしたかのような、古代の香り満ちるこれは! 初の経験とはいえ、っ、予想通りの痛み! だが…!

 

 

「フハハハ! 待っておったぞ! 怪盗よ!」

「ジョーク:随分お久しぶりですね。お元気でしたか?」

 

 

 この出迎えは、予想外だとも。痛む身を翻し大噴水に着地すれば、周囲を取り囲むは見覚えのある面々。

 

 

 ティラノ・レックス率いる自然館の雄、ファラオ・ミレニアテムに並ぶ歴史館の諸王、コンパニオンキューブ達魔法館の面々。そして――。

 

 

「推理通りよ、怪盗くん?」

「まあ推理というか見ていたというか……」

 

 

 つい先程、数秒前まで目の前に居たはずの彼女達が、私の転移で遠く離したはずのコンビが、その先頭にいるではないか。やはり私の仲間束を椅子にして。これも予想外だが、推測はできるさ。

 

 

「転移銃を用いたか。私がモノクルを奪うことまで予見して――」

 

「ん? 普通に走ってきたわよ?」

「あはは……まあ、社長ですから」

 

 

 ……予想外を通り越して、規格外だよ。やれやれ、この転移で多少の距離を稼げればあるいは、と思っていたが。仲間達の麻痺表情も沈鬱なものだ。

 

 

 事ここに至れば致し方なし。せめて最後は華々しく――抗ってみせよう!

 

 

「ならば守り切れるかな! 展示物達を!」

 

 

「っ! 何を、わわわっ!? ふ、噴水が滝みたいに!?」

 

「なああ!? ワシ、水責めは嫌じゃぁ!?」

「むっ…この水量、蝋人形の身には毒となるな」

「推奨:距離の確保。展示物の身を第一に」

 

 

 フフ、フフフフ! どうやら魔法の発動は間に合ってくれたようだ。博物館の目玉スポットである大噴水を暴走させるのは少々心苦しいが、効果は覿面。

 

 

 化石、剥製、蝋人形、ゴーレム。生ける展示品である彼等にとって、水はご法度に近い。誰も濡れ模様のついた、ドロドロに汚れた展示は見たくないだろう? 

 

 

 仲間の水感覚制御魔法を利用し、私はその滝が頂に立つ。さあ、離れるといい。これは怪盗の矜持をも傷つけかねない荒業、保護魔法を宿す身とて長居は勧められないとも。さあ、これを囮に私は逃走を――フフ。

 

 

「遡上~う! 逃がさないわよ~!」

 

 

 残念ながら不可能のようだ。さながら鮭の如く、振り落ちる水を駆け上って来たのは少女ミミック。やれやれ、伝説はかくも自在か。

 

 

「君こそ博物館に飾られたほうが良いのではないかね?」

 

「あら! 美術館とどっちがいいかしら?」

 

 

 ……それは悩ましい問いだ。伝説と美、どちらも甲乙つけがたいのだから。つい逃げるのを忘れ考え込んでしまうほどだよ。それを見抜いてか、彼女はクスクスと笑いだした。

 

 

「ま、お生憎様。私は今の仕事が夢だったのよ。あなたのパン屋とは違ってね」

 

「! ほう、私の隠れ蓑を存じているとは。そちらも身辺調査は充分に――」

 

「ふふっ。初歩的なことよ、怪盗君?」

 

 

 少女が箱蓋を探偵帽のように傾けた瞬間、飛んできたチェック柄のトレンチコートがその身を覆う。あれは、アスト嬢が身に着けていたはずの。成程、彼女が操ったか。さながら私のマントと同じように――む!?

 

 

「さあ、あなたも身を整えなさいな!」

 

「これは、私の、マントとステッキ?」

 

 

 私を呼ぶかのように、ミミン嬢の元から。気づけばサイズの合ったコートを羽織り、さながら探偵の如き装いとなった彼女から投げ渡されたのは、私の怪盗道具達。機能は当然、いや、シルクハットも?

 

 

「封印、解除しました。全て使えますよ。それと、モノクルを一旦こちらに」

 

 

 何故だ? 何故アスト嬢までそのような戯れを? 展示物達を守る障壁を展開しながらに。従い指で弾き投げ渡せば、数秒の後に再度手元に。

 

 

「転移先を変更、博物館ダンジョンの入口に。また多少の範囲なら…その噴水滝の上であれば起動できるように一時的な強化術式を付与しました。どうぞ装備を」

 

 

 至れり尽くせり、だな。君が私の仲間でないことが口惜しいほどだよ。しかし謎の答えも頂きたいものだ。何故、もしや――。

 

 

「あり得ないものを排除し、残ったものが真実。でしょう? なら、今の真実は――!」

 

「「「「「決闘じゃあ!!!」」」」」

 

 

 っ! アスト嬢の障壁の裏から、竜王の座を争っていた恐竜達や闘技を観していた諸王達が高らかに。やはりか、フフ、フフフ、随分とまた。

 

 

「ある意味、この地に相応しいのだろうな。博物館に展示されしは、決闘の証。数億年、数万年、数千年、数百年」

 

「弱肉強食で!」

「偉大なる栄華を誇り」

「技術の革新へ」

 

「連綿と繰り返されてきた、形を変えて挑まれてきた、矜持の張り合い、ですね」

 

 

 フフフフフ! 嗚呼、嗚呼! まさにその通りだとも! それこそが博物の自然、博物の歴史、博物の魔法。ならばこの一戦も、また。

 

 

「さあル・ヴァン・ザ・サード、チャンスを上げるわ。その転送モノクルの起動まで耐え抜けたら、逃がしてあげる!」

 

 

 自然の一部で、歴史に語られ、魔法技術駆使する展示だとも。一つ違うのは、私達を観覧するのは客ではなく展示物達、ということか。フフ。

 

 

「豪気なものだよ。展示されるに相応しい面々だ」

 

「仲間達は解放してあげないけどね~! 充分でしょ?」

 

 

 あぁ。私だけでも自由であればなんとでもやりようがあるさ。さて。モノクルをつけ、マントを纏い、ステッキを手に、シルクハットを被り直す。では。

 

 

「博物館にも、美術館にも相応しき一戦にしよう!」

 

「良いわね! 窮地を脱するには、気力あるのみよ!」

 

 

 怪盗vs探偵、滝の上での最終決戦。嗚呼、なんとドラマチックな場面だろうか。ここに画工がいないのが惜しいところだ。もし歴史館の蝋人形に居るのであれば――いや、奇妙な名画が出来上がるのみか。欲しいところだが、な!

 

 

「おっと! 自分から突撃してくるなんて、勇気あるわね!」

 

 

 フフッ! 私は怪盗、ならば目的の宝に向かって突き進むのが信条なのだよ! だが勿論。

 

 

「わっ、マント! むぐぐっ、邪魔ねこれぇ!」

 

 

 搦手を用いてこその怪盗だ。マントをぶつけるように身を翻し、自在に動かしミミン嬢を箱ごと包む。これで起動までの時間稼ぎは、ハハハッ!

 

 

「とりゃあ! ふふ~ん! この程度かね、怪盗くん?」

 

 

 大して効きはしないか! 蝋人形ミミック入り上位ミミック相手でさえ、銃弾を撃ち込む隙が限度。なら彼女相手など数秒足らずも阻害できず、千切られてしまうのも道理だ――なっ!

 

 

「わおっ! 粘着ステッキ! 蓋閉じさせたいの~?」

 

 

 その通りだとも。マントは囮。千切られるのをも予測しての一策だ。彼女が顔を出した瞬間ステッキを打ち込み、粘着。巻き取り、箱の蓋を閉める! こうすれば――!

 

 

「力比べね! 閉じさせないわよ~! ぐいいい~!」

 

「ぐっ…! うぐっ!」

 

「さ~! こっちへ来なさ――あ、あら?」

 

 

 嗚呼……予測通りだとも。蓋を閉じさせまいと私と膂力勝負をしてくれるのも。私が負け、箱中に引っ張りこまれかけるのも。この時を待っていた。

 

 

「シルクハッ――!」

 

 

 フフ、どのような気分だ? 抗い蓋を開き続けた箱に、私を喰らわんと曝した身に、勝ったと油断を見せたその眼前に、閃光シルクハットを投げ込まれるのは!

 

 

「ぴゃあっ!?」

 

 

 幾ら伝説の存在と言えど、至近距離であれば、箱の内に投げ込まれれば、防ぐ術はないだろう! 私のように君に化けて箱を閉じ、目を守らぬ限りはな! 全てはこの一手がため。トドメだ!

 

 

「沈むといい!」

 

「きゃぶぶっ!?」

 

 

 くらつく彼女を彼女の姿の儘に蹴り飛ばし、滝の流れに乗せる! どのような技かは知り得ないが、バランスを崩せばただの水に浮かぶ箱と同じようだ。沈むのを耐えるように呑まれ揺れている。

 

 

 後は変装を解き距離を取り、時を待つだけさ。如何かな、作り出した自然を、今日一日の歴史を、持ちうる魔法技術を全て用いた決死の一策は! そう慌てて滝を登ろうが無駄だよ。

 

 

 モノクルの力は既に満ちた。起動まで残り3秒、2、1、転送が始――!

 

 

「忘れ物よ!」

 

 

 っと! シルクハットを投げ返してくるとは! しかしそれには攻撃性能なぞないさ。有難く受け取って去ると――っな…!

 

 

「『Elementary(初歩的なことだよ)』、私がミミックってこと、忘れた?」

 

 

 シルクハットの中に、ミミン嬢が!? しまっ…ぐぅっ!?

 

 

「モノクルが…!」

 

 

 私の身体が転移穴に飲み込まれんとするまさにその瞬間、モノクルは鮮やかな一打によって遠く跳ね飛ばされた……! 油断をしたのは、私の方だとでも!?

 

 

「閃光をッ!」

 

 

まだ、一縷の望みはある! 私の手元にシルクハットを返したのが、その中へと入り込んだのが失策だ! 内部に身を潜めようと逃れることのできぬ潰光に、目を焼かれろッ!

 

 

「っぅ…! 今の内に、モノクルを拾いに――なっ…!?」 

 

「ご購入、有難うございま~す☆」

 

 

 なん…だとぉっ!? シルクハットの中に、ミミン嬢はいない! 私の腰に、腰につけた宝箱ぬいぐるみの中に、気づかぬ内に移動しているだと!?

 

 

 そしてそのぬいぐるみ蓋を以て、最後の一光を防がれるとは。これは、アレゴリー(寓意)の意趣返しか。手中にあることを示すためにぶら下げてきたぬいぐるみに、身を取られるとは――ぐぉっ!?

 

 

「名探偵と一緒に、滝壺に落ちましょ☆」

 

 

 触手で、私のステッキで、身体が掴まれる。否応のない、その少女の身の何処から出ているかわからない膂力でぬいぐるみごと水の中へと引きずり込まれる! 嗚呼……これは…フフ。

 

 

「私の負けだよ。観念して捕まろう」

 

 

 最早何一つの抵抗もできない。この後如何にして脱獄を企てるかを考えた方がいいのだろう。やれやれ、この名探偵の前では私はどうにも……そういえば。

 

 

「何故私の隠れ蓑を知り得たのだ? パン屋のことは誰にも悟られては」

 

「ふふ~! 言った通り初歩的なことよ! だって~」

 

 

 答えてくれるというのか。有難い、是非参考となる意見を――

 

 

「あなた達からパンの香りや味がしたって、皆がね。私も感じたし!」

 

 

 …………そ、そうか……。体臭には当然気を遣っていたのだが……私達を文字通り食らったミミックにはお見通しだったということか。しかし、それで名探偵を名乗って良いのだろうか……。

 

 

「結論だけを伝えれば驚かせるものよ。安っぽくてもね!」

 

 

 っ! フフ……フフフ! 嗚呼、嗚呼! そうか、そうだったとも! 失礼、またも初歩的なことを忘れていた。彼女達は名探偵でも宿敵でもない、ミミック。箱に潜み、敵を驚かし倒すが生業の魔物だ。

 

 

 やれやれ、このようなことならばミミックの解説プレートをよく読み、アスト嬢の解説に耳を傾けておくべきだったな。いや、あの場で私達が呆けるのも策の内か? フフ、そう思っておこう。

 

 

 では最後に、生ける展示物達のにも劣らぬ拍手を以て幕を引こう。あの手この手の究竟なるミミック展示を見せてくれた皆へ。フフ、フフフアハハハハ!

 

 

 

 嗚呼、全く。実に、実に見事なるミミック博物館だったさ!

 

 

 

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