ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~   作:月ノ輪

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顧客リスト№74 『マザーグースの童夢ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

『むかーし、むかし』。あるいは『ちょっと昔』。とあるところのできごとで、何処ともとれて何処ともとれない不思議な場所。

 

 

 しかしその夢誘う時も地も、探し求めども見つからず。ただ人々の(ことば)の中に現れるのみ。ならば口伝の逸話か。ふふっ、そうかもしれない。

 

 

 なにせ不可思議にも、その時と地は大勢が知っているのだから。大人から子供まで、そして子供から大人まで。老若男女問わず、童の内に着々と。

 

 

 そしてこれまた不可思議にも、現れるのは往々にして伽の時。退屈を、病伏を、悲涙を、眠れぬ夜を、慰めるために傍らの者が謡うのだ。妖精が如く、『Happily (めでたし)Ever After( めでたし)』で夢へと包むために。

 

 

 まさに夢見心地のこの気分は、なんとも暖かく、柔らかく、懐かしい。撫ぜくすぐる唄に耳を預ければ、瞼がそうっと落ちていく。

 

 

 それと同時に身体は何処か揺蕩う、雲のベッドに(うず)まったかのような感覚へ。至福を固めた一時に恍惚とすれば、手足の先端から、飴のように溶けて、ゆ、く――ぅ…すぅ……。

 

 

「ほら駄目よ、アスト。もうちょっとだけ起きててちょうだいな♪ ぷにっ☆」

 

「ふぎゅっ…!」

 

 

 深く抜けていく気力の息を鼻ごとつままれ、目が覚める。ハッと上半身を起こし見れば、その目の前にて微笑むのはお二方。いや正確にはもっと沢山だけど。

 

 

「おはよ♪ 可愛い寝入り顔だったわよ♪ ふぁ…ぅ…!」

 

 

 一人は、もちろん社長。私の顔を覗き込んでいたみたいで、隣でクスクス。とはいえ、本人も眠気を必死に堪えている様子。あはは…それも仕方がないと思う。

 

 

「あらあらまあまあ、あらまあまあ。寝ても良いのよお、寝てからで良いの。だって頼みはお話の中。皆と一緒の夢の中♪」

 

 

 こうも優しく、しわがれされど染み込んでくるような謡いを聞いてしまえば。そして、こんなにもふわふわでもふもふの羽毛に包まれてしまえば…ふわぁ……っと、危ない危ない!

 

 

「まずは、現実で、お聞きできることはぁ、お聞き、しませんとぉ……!」

 

 

 これ私、ちゃんと喋れているかなぁ……。呂律が若干整わないし、なんなら目も変に閉じかけてる気がする……。でも、寝ぼけてはいない、はず。

 

 

 だって、ガチョウなのは……私達の前にちょこんと座る依頼主の姿が、ガチョウなのは、現実で、現実、だよね……?

 

 

「ふふふ、うふふ、嬉しいわぁ。有難う、おばちゃんの我儘のために。おはよう、ママの子供達」

 

 

 え……上の暖かな光の球々から、淡雪のように何かが降って来て。対照的に私達を包んでいた羽毛は、舞い上がるようにふわりと飛び消えて、あ、あれ?

 

 

「眠く、ない? 冴えて!?」

「お~! お目目ぱっちり、頭すっきり!」

 

 

 さっきまであんなに眠かったのに、私も社長もしゃきりと。まるで朗らかな日光に当てられ、心地良い夢から覚めた時のよう。成程、これが。

 

 

「さあ さあ 二人共。夢の前に、一仕事。『モルメア』おばちゃんの 夢の話に、おつきあい♪」

 

「「「「「――――♪」」」」」

 

 

 ガチョウ姿の『夢魔』であり、この『童夢(わらべゆめ)ダンジョン』の主であるモルメアさんと、その仲間である妖精達のお力なのだろう。ふふ、いや。

 

 

 彼女の御姿から、やはりこう称すべきであろう。『マザー・グース』と。

 

 

 

 

 

 

 こほん。完全に覚醒したところで改めて。目の前にいらっしゃるモルメアさんは、白く大きめのガチョウ姿。少しコブのついたオレンジがかった黄色い嘴がとてもチャーミング。

 

 

 そして、襞付きのお饅頭のようなリネンモブキャップを被り、小さな鼻眼鏡…嘴だけど…をつけ、チェック柄のブランケットを羽の上に羽織っている。

 

 

 その姿は優しき母のそれ。ロッキングチェアに座り、暖炉の前で編み物でもしていれば完璧。実際、このダンジョンの各部屋にはあるみたいだし。ほら。

 

 

 それにしても、この部屋はなんとも可愛らしい。ちょっとしたドームのような天井には夜空と星々のイラストが描かれ、壁は優しいピンク。私達の周囲は羽毛製のとても柔らかく心地いいクッションに溢れ、床はさながらベッドの如く。

 

 

 まさに寝るために誂えられた一室であり、童夢ダンジョンはこういった部屋部屋で構成されているのだ。即ち、人を招くためのダンジョンなのである。淫魔オルエさんのダンジョンのように。……コホン。

 

 

 えぇと。夢魔といえばサキュバスと一緒くたにされる場合もあるが……そうではない。幻影や特殊な魔法を駆使し人からエナジーを摂る点は同じだが、片や夢を食む者、片や精を食む者。似て非なるのだ。

 

 

 だからご安心を。モルメアさん達はそんな方ではない。寧ろ夢食い獏のほうに近く、その力を以てして皆へ幸せな夢を見せてくれるのだ。安全に、母の愛の如く。

 

 

 そう、このダンジョンの目的は『夢を見せること』。それも、モルメアさんの御力は……いや、今は語らない方がいいかも。楽しみはその時にまで取っておくべきだもの。さながら夢を楽しみに布団へ潜る子供のように。ふふっ♪

 

 

「――でしたら、やっぱり睡眠時の安全確保のためのミミックを! アスト、鑑定ついでにオプションの試算を、アスト?」

 

「えっ、あっ! す、すみません只今!」

 

 

 き、気が抜けていた! ついぽや〜としちゃっていて、普段ならどれだけ遊んでいてもすぐに切り替えられるのに…! わざわざ起こしてもらったのに…!

 

 

 その…言い訳がましく聞こえるけど……ここ、寝床のようで。子供部屋のようで。どれだけ精神を張り詰めようとしても、つい気が緩んでしまう感じがするのだ…うぅ…その…!

 

 

「悲しまないでえアストちゃん。貴女はずっといい子ちゃん。悪い力はおばちゃんで、ミミンちゃんは強い子ちゃん」

 

「ふふ~! 有難うございます! 大丈夫よアスト、ここは夢魔の領域だもの当然よ。モルメアさんはかなりの実力者みたいだし」

 

 

 そ、そうなんですか? なら安心、しちゃいけないのだろうけど。そういえばオルエさんの時は万全の準備をしていったのにその淫気に堕ちかけた。対して今日は何も対策していない。

 

 

 これが抗い難い根源欲求に働きかける魔族の力なのだろう。無論、モルメアさんにオルエさんのような悪意……いやあれも悪意ではなく悪戯感覚なんだろうけど……は感じられない。社長もいるし安心していい。

 

 

 とはいえ、今は契約交渉中。つい抱いてしまってるこのクッションのように私がふわふわでは面目が立たない。待ってなんでクッション抱いてるの!? コホンッ、集中しなきゃ。魔法を。

 

 

「「「―――♪」」」

 

「きゃっ!? ま、前が!?」

 

 

 め、目を覆うように妖精達が!? 今は光の玉じゃなく、しっかりと妖精の姿は見えているから、あ、あれ?

 

 

「ふわふわ感まで消えた…!?」

 

「ふふふ、ふふ♪ 多めにぱらぱら、強めにきらきら。『ミルクザント・パウダー』のお加減、いかがかしらあ?」

 

 

 さっきは目が冴えたけど、今度は精神までしっかりと! 改めて、これは凄い。鑑定するまでもないくらい!

 

 

「噂は耳にしていましたけど流石の効力ですね、こちらの粉。念じ目に振りかけるだけで、眠るも目覚めるも思いの儘。成程、これは狙われるのもわかります」

 

 

 クッションを手放し、代わりに目の前に置かれていた瓶詰粉を手に取る。こちらは今回の代金アイテムであり、やはり私達に派遣依頼が来た理由。さながらミルクのように滑らかで、星々が照らす砂のように綺麗。

 

 

 夢魔の力、妖精の鱗粉、そして夢のエナジーを籠めて作り出されたこの一品は、どれほどの不眠でも立ちどころに寝つけ、どれだけぐずる寝起きでもさっぱりと目を覚まさせると謡われる安らぎの眠り粉。

 

 

 それは事実に違いない。だってその一端は今し方身を以て、あはは…コホン。故に市場価格も相応のもの。だからこそ冒険者達はこれを奪うためにダンジョン内を荒らして――いるとはいえないようで。

 

 

「なら、流石の実力、でもありますね~! どんな相手でも、眠るも目覚めるも思いの儘なんですから!」

 

「あら褒められちゃった♪あら嬉しくなっちゃった♪ おばちゃん褒めても、出るのは羽毛だけよお?」

 

 

 わっ!?  さっき消して貰った羽毛布団がまた! 眠くならないようにひざ掛けぐらいに収めてと。……もうちょっとだけ上に。えっと、話は戻して。

 

 

 先程このダンジョンは人を招く形式であり、ここみたいなファンシー子供寝室が幾つもあると述べたが、寝室ということは寝る者もいるということ。そして、私の寝ぼけ具合を見れば想像がつくだろう。

 

 

 そう、眠り粉を奪わんと活き勇んできたならず者達は、全員眠気に負けすやすやと夢の中なのである。因みに先程その様子を覗かせていただいたのだが。

 

 

「完全装備で来ている冒険者達が鎧も外さずむにゃむにゃ枕を抱いてるの、見てて笑っちゃいました! あれなら一般の方々も、子供達も安心ですね!」

 

 

 まさに社長の仰る通り。荒れ狂う彼等でさえそうなのだ。このダンジョンへ訪れる大多数にして本来の客である子供達は、あっという間に心地よき眠りへと誘われるだろう。そして清々しい目覚めと共に、心地よく帰っていくのだ。

 

 

「誰もに心地よい夢を。童のための物語を。それこそ私の夢物語よお」

 

 

 ふふっ! まさしくマザー・グース、母のような慈愛に満ちている。それほどまでに安全だというのに、皆の不安のために寝所護衛のミミックまで雇ってくれようとしているのだから。

 

 

 ではその愛に、私達も答えなければ。起きて警備をする子達は出来る限りふわふわにならないように魔法を。そうでない、メイン依頼の子達には――。

 

 

「さぁてそろそろ二人も、夢の世界へご招待よお。お布団被って身体を預けて、おばちゃんの歌を聞いてちょうだいねえ」

 

 

 えっ、ちょっ?! ま、まだご説明は! わわわっ、羽毛の布団が勝手に身体を包むように上がってきて、妖精達が私達を横にさせるように!?

 

 

「おやすみなさ~い! ぐぅ……」

 

 

 社長!? そんな速攻で!? あ、あの、折角目も覚まさせていただきましたし、せめて眠る前にもう少しお話を…! それに、またミルクザント・パウダーを使っていただくのは心苦し――ふわっ!?

 

 

「こらこら、ぐずっちゃ駄目よお。まだまだ、お話はしましょうねえ。ぐっすりと、ゆっくりと♪」

 

 

 モルメアさん、直接私の上に!? あっ、駄目です、その見た目通りのガチョウのふわふわは、ほっとする温かな体温は、花のように優しい薫りは…!

 

 

「おやすみなさい、可愛い子♪ ねんねの時間よ、素敵な子♪ ママに包まれ、夢へ行こう♪ グワワグワァ♪」

 

 

 ……おかしい。全く違うはずなのに、景色も雰囲気も姿も違うはずなのに。何故かかつてを思い出してしまう。あの一夜を。幼き日の、とある一夜を。軽やかで優しい歌の中で。

 

 

 私を膝に抱き、朧の灯りに照らされながら絵本を読み上げ微笑む母を。今日ここに来なければ思い出すことも大してなかっただろう、あの幸福を。仕事の意気込みは、それに、溶け、消えて――すぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ子供達、いらっしゃいお友達♪ 目を覚まさず、目を覚ましてねえ?」

 

 

 ん……はっ!? こ、ここは!? さっきまでいた部屋ではない。景色は何処とも判別つかず、されど何処かかもと思える奇妙な空間。あ、あれ!?

 

 

 手足が、ふわふわ…!? なんというか、水中、雲上、いやどれとも違う。まるで夢の中に立っているような……ううん、ような、ではない…!

 

 

「おはよう、いいえ、おやすみかしらあ? 気分はど~お? 悪くないなら良かったわあ。グワグワグワワ♪」

 

 

 目の前にいるのは、ガチョウのモルメアさん。なのだけど……お、お、おっきい!? さながら家屋の如く、丘の如く、守り神の如く。けれどつい近寄って抱きしめてもふもふに顔を埋めたくなるような愛おしさで…!

 

 

「わ~い! もふぅ!」

「社長!?」

 

 

 宝箱のまま、モルメアさんへ飛び込んだぁ!? そのままもふもふもふと包まれ、顔だけだして至福の表情を…! い、良いんですか!?

 

 

「うふふふ♪ お転婆ねえ。えぇ好きよ、大好きよお。だってここは夢の中、楽しいことで夢の中」

 

 

 モルメアさん、翼で私にもおいでおいでと…! え、えっと……その……し、失礼します! ふわぁああ…! こ、これはとてつもなくぅ…!

 

 

「それで良いのよ、アスト。だって難しいこと考えちゃったら夢から醒めちゃうじゃない!」

 

 

 白い羽毛の山からひょっこり顔だけ出されると説得力が……これはあるのかないのか。まあ、いいか。このまますぅっと、眠りに、落ち、むにゅぇえ…!?

 

 

「かといって深く眠っちゃ駄目よ? これもお仕事なんだから!」

 

 

 そ、そうでしたぁ…! 頬っぺた抓って貰ったおかげで、あれ、痛くない、ふやんとした感じはするけれど。やっぱりここは夢の中なのだろう。よいしょっと!

 

 

「あらまあ、もう良いのお? 良いのよぐっすり寝てからでも。すっきり起きてから頑張った方が、案外捗るものよお」

 

 

 あはは……。モルメアさんのお言葉は一理あるどころじゃないぐらいだけど、今は我慢させていただきます。なにせ今回のメイン依頼、ミミックの主たる派遣先は、この夢の中なのだから。

 

 

「どうですか、社長?」

「そうね~。問題なく動けると思うわ。なんだかちょっと、私達の箱の中の雰囲気に似てるもの」

 

 

 モルメアさんからずぼっと取り出し抱き直した社長へ問うと、そんな回答が。言われてみれば確かに。箱に取り込まれるとこれのもっと抵抗できない感覚に囚われるのだ。なんでだろう、ミミックが夢のような存在だから? 

 

 

 ふふっ、まあそれはさておき。夢の中でもミミックが動けるということが確認できたなら、第一ステップはクリア。ではお次は。

 

 

「おばちゃんの番ねえ。ごめんなさいねえ。おばちゃんが見せられる夢は決まっているの。許してちょうだいねえ」

 

 

 何を仰いますか! だからこそ素敵なんです。だからこそ子供達に人気で大人達すらもやってくるんです。それでこそマザーグースなんです。

 

 

 夢というのは実に不思議なもの。無意識空間であるこの場ではなんでもあり。美食に舌鼓を打つことも、英雄のような冒険も、世界を支配することだって。

 

 

 しかし無意識空間故に、なにが顕現するかは夢の主本人にすらわからないのは知っての通り。嫌いな相手や気持ち悪い生物に追いかけられる夢や、親しい誰かが死ぬ夢、無限に落下し続ける夢なんて、見たい人はそうはいないだろう。

 

 

 そのような所謂悪夢を見てしまえば、寝覚めも当然悪くなる。また、良い夢を見たところで現実と乖離の強い欲望まみれの夢であれば、やはり引き戻された際の空虚がなんとも言えないもの。

 

 

 深層心理の表出と呼ばれる夢は制御が聞かず、各々により理想の程度は違う。また、夢食い獏とは違い夢魔は悪夢を好まない。更にモルメアさん達は来てくれた皆に幸せな夢を見てほしいと願っている。

 

 

 ならばどうすればいいか。老若男女万人が、幸せに楽しく心緩く見られる夢とはなにか。ふふっ、その答えはこのダンジョンの名称、ダンジョンの内装、そしてモルメアさん達と妖精達でわかるだろう。

 

 

「それじゃあ、始めるわねぇ。それ皆ぁ、始まるわよぉ。絵本を開くわ、夢を描くわぁ。グワッグワァ」

 

「「「「「―――――♪♪♪」」」」」

 

 

 巨大なモルメアさんの前、座り込む身に挟まれるように現れたのはこれまた大きな絵本。それと同時に妖精達が夢の覆いをかけ、光を以て掴めぬ景色の彩りを変える。おぉ~、これは!

 

 

「むかぁし、むかし――」

 

 

 モルメアさんが翼で眼鏡をひとつ上げ、開かれた絵本を読み上げれば、世界は動き出す。ここは、やはり何処かはわからず、何処かだとわかる農村。畑と木柵を挟み、並ぶは二軒の家。

 

 

「あるところに、お腹に赤ちゃんのいる家族がいました。お母さんは毎日毎日、自分の子供が産まれてくるのを今か今かと待っていました」

 

 

 片方の家の扉が開き、妊婦と夫の姿が。顔は判別できないが、それを不思議とは思わない。夢だからだろう。ただとても心を弾ませているのが、おや?

 

 

 もう一軒の家、禍々しいオーラを放つそれから、毒の塊のような光の球が放たれる。向かう先は、妊婦の妻。受けた彼女の様子は俄かに変わる。

 

 

「しかし、産まれるまでもう少しのとある日、お母さんは急にお父さんにお願いをしました。『隣の家の、ラプンツェルが食べたい』と。あら、皆はラプンツェル(野ヂシャ)は、お野菜は好きかしらあ?」

 

 

 お話に耳を傾けていた最中、流れるように挟まれた問いかけに顔を向ければ、空に溶けるように薄くなったモルメアさんと、わっ!

 

「「「「「―――――!」」」」」

「わ~! 美味しそうな野菜!」

 

 

 私の抱く社長の宝箱の中から、ポンポン軽い音立て溢れたのは野菜を持った妖精達。ラプンツェルに始まり、レタス、トマト、キュウリに人参などなど。色よく瑞々しいそれらに見惚れ頷くと、ガチョウも妖精も身を震わせ微笑む。

 

 

「お野菜好きで偉いわぁ。お野菜美味しいものねえ。きっとこのお母さんもそうなのよねえ。けれど、どうやらそれだけじゃないみたい。どうしても隣の家のラプンツェルじゃなきゃ駄目だと、お父さんに言うのです」

 

 

 そしてまた流れるように物語へと戻れば、野菜は消え、止まっていた夫妻が続きを描く。妻のためお腹の子供のため夫は隣へ赴くが、家人は扉すら開けずに追い返す。どれほど嘆願しても聞く耳持たず。

 

 

 その内に妻はみるみる瘦せ衰え、このままでお腹の赤ちゃんも危険。進退窮まった夫は、とうとう意を決する。それは、おっと。

 

 

「雷がごろごろぴしゃりと鳴り響く夜。お父さんはこっそりと。向かった先はなんと、隣のラプンツェル畑です――」

 

 

 暗雲垂れ込む夜闇、されど見通せる光景。雷鳴り響く天、されど轟なる音光は薄く。モルメアさんのオノマトペや妖精達の仄かな灯りに照らされて、あの夫は柵を越えラプンツェルを盗み出す。ああ、とうとうやってしまった…! でもこれで。

 

 

「――それを食べたお母さんは大満足! だけど、あらあらどうしましょう。『もっと食べたい』と言い出しちゃったではありませんか」

 

 

 安心とはならぬのが物語の流れ。まさかの再無心に夫は目を丸くするが、またやつれられては大変。仕方なしに再度盗みへと。しかし食べる度に欲求は終わらず、窃盗の呵責すらも希薄となった、ある日。

 

 

「あくる夜も、お父さんはこっそり隣の畑に忍び込みます。またいつものように、幾つかラプンツェルを盗んで。と、その時でした!」

 

 

 一際強い雷光が、夫の前をつんざく。それに合わせ隣家より現れたのは、いかにも悪そうな魔女。モルメアさんは声を殊更に濁らせ演じる。

 

 

「『ふぇふぇふぇ、アタシの畑に何をしてんだい? 泥棒なら焼いて食っちまおうかねぇ!』」

 

「『お、お許しを! 妻が、これを食べないと苦しむんです!』」

 

「『そりゃあそうだ。だってアタシがそう魔法をかけて、ゴッホンッ! 知らないねぇ、そんなこと!』」

 

 

 魔女を憎らしく笑わせ、夫を真面目に悲し気に。されど没入感は、つい飛び出して割って入る気が起きない程度に。あくまで私達は傍観者。母の膝の上で読み聞かせに没頭する子供同然。

 

 

「『けれど、ふぇふぇふぇ! 盗みの罰も兼ねて、取引だ。このラプンツェル、幾らでも食べていいさ。ただし、産まれた赤ちゃんはアタシが貰うよ!』」

 

 

 故に、悪なる契約を手に汗握り見送ることしかできない。悪い魔女の迫力と妻の容態に負け、夫が頷いてしまう様も。魔女が笑い、その後におくるみの赤子を抱いて森の奥へと飛び去って行く姿も。

 

 

「――かくして、赤ちゃんは悪い魔女が奪っていってしまったのでした。皆も悪い人には気を付けましょうねぇ」

 

「は~いっ!」

 

 

 社長ったら、まるで子供みたいな元気な返事。見た目とぴったり。こほん、さてこれにて第一幕が終了といったところか。もうおわかりだろう。

 

 

 そう。この童夢ダンジョンにてマザーグースが謡うのは、童話。童が如き夢を、慈母の如き語りと共に皆へ見せてくれるのである。

 

 

 

 

 貪欲に満ちた夢も悪夢も寝覚めが良くない。ならば安心安全な夢を、結果の分かる夢を、程よい刺激で味付けされた優しい夢を。これぞ万人に愛され、寝入りも寝覚めも幸せになる夢。

 

 

 これがモルメアさん達のお力なのだ。なんとも愛に満ち溢れている。絵本を開き、皆の夢を童話の中へ。もし途中で眠くなれば、夢も見ない深い眠りへおやすみ、子供達。だってここは既に微睡みの世界。

 

 

 勿論絵本を最後まで聞いていくのもアリ。きっと閉じる頃には誰もが満足感に包まれ安らぎを呟くだろう。『めでたしめでたし』と。私もそうしたいもの。

 

 

 このお話は『髪長姫ラプンツェル』。語るまでもなくハッピーエンドを迎える童話である。赤ん坊が奪われたとなれば、導入は済んだ。ここからが本題、お姫様の登場シーン。

 

 

「それじゃあ続きからいくわねぇ。魔女に奪われた赤ん坊は、森の奥深くにある古びた塔の上に囚われました。そこでその子は、呪いをかけられたのです。『髪がどんどん長~くなる』呪いを」

 

 

 妖精が駆け、景色が切り替わる。場は木漏れ日溢れる森の中。されどそれを穿つように聳えるは高い塔。入口も階段も無く、ただ木も触れられない頂部に部屋の大窓が見えるのみ。あの中には、きっと。

 

 

「けれどラプンツェルと名付けられたその子はすくすくと育ち、美人さんになりました。あら?美人さんがここに二人も居るわねえ。ねぇ、どちらかお姫様になってみたくなあい?」

 

 

 えっ。えっ!? お姫様に、私達のどっちかが!? え、えっと、私は、その、見てるほうが。

 

 

「はいは~いっ! 私私! アスト、い~い? 私もアストみたいなお姫様になりたいもん!」

 

 

 あはは…! はい、どうぞ。確かに私はお姫様側だろうし、私も見てみたいです、社長のお姫様姿!

 

 

「ミミンちゃんねえ。それじゃ、お着換えよお。可愛いラプンツェル、いいえミミンツェルに相応しい服と髪にへ~んしん♪」

 

「わ~~! お~~! 髪が、服が!」

 

 

 おお~! ふわり空中に浮かんだ社長は、妖精達が描く螺旋の光に包まれる。すると、どうだろう。ピンクの長髪は身の丈の何倍もの長さとなり、白いワンピースはドレスのような装いに。頭にはティアラの髪飾りをつけ、箱はそのままに。

 

 

 ふふっ、なんとも見事なる髪長姫! 手を振る私に振り返し、社長はそのまま塔の部屋へ。楽しそうにきょろきょろしちゃって!

 

 

「まあ可愛いわあ♪とっても素敵♪ 貴女は立派なお姫様、だけど囚われのお姫様。あらら、魔女がやってきてしまったわねえ」

 

 

 と、丁度合わせるように遠くからやってきたのは、例の悪い魔女。塔の下へと着くと、咳払い一つ叫ぶ。モルメアさんのだみ声で。

 

 

「『ミミンツェルや、髪を降ろしておくれ。その美しい長い髪を梯子にするんだよ。さもないと取って食っちまうからね』まあ怖い。髪を降ろすしかないわねえ」

 

「きゃ~! 魔女さん、すぐ降ろすから食べないで~!」

 

 

 社長ノリノリ。小さい身を伸ばし、ピンクの極長髪を窓から垂らせばそれは昇り紐同然に。束となり揺れるそれを、魔女は当然の如く掴み昇ってゆく。お。

 

 

「『今日も誰も来てないね? ハン、もし誰かをここに入れてみろ。容赦はしないからね!』」

 

 

 塔の内部が軽く透けて、社長達の姿が見える。ふふっ、怯えている怯えている。当然ただの振りだけど、少女の見た目も相まり中々のいじらしさ。まさに囚われのお姫様。

 

 

 となれば、助けにくる王子が必要。魔女もまた塔を降りて消えたし、話の流れ的にそろそろ。あ、来た!

 

 

「ある日のことです。なんだか森が朗らかに騒がしいではありませんか。おやおや、あれは。妖精達に囲まれているあの人は。白馬に乗った、格好いい王子様」

 

 

 洗練された貴き衣装を纏った、冠を被った王子の姿が! やはり顔は判然としないが、何処か理想的な雰囲気を醸し出していて――。

 

 

「あら、ここにも王子様みたいな素晴らしい子がいるわねえ? ねぇアストちゃん、王子様をやってみなあい?」

 

 

 えっ。えっっ!? あ、あの!? お姫様は辞退しましたし、今更は、その…!

 

 

「助けてアスト王子~! ミミンツェルはここよ~!」

 

 

 社長!? あぁもう、ほぼいつもの悪ふざけ顔で、もう! ふふっ…!

 

 

「ええ良いのよ、それで良いの! 恥ずかしがる必要なんて無いわあ。だってここは夢の中。皆が望む童話の中。アストちゃんも、立派な王子様なのよお」

 

 

 私もふわり浮かんで、妖精達の光に包まれて。服は変わり冠頂き白馬の上。アスト王子、見参。なんちゃって!

 

 

「あらあら颯爽と美しい王子様! さあ囚われのお姫様はすぐそこ、助けないとねえ。でもどうしましょう、塔には階段なんて無いのよねえ」

 

「え~い!」

 

 

 ミミンツェルが髪を垂らし、ロープ代わりに。そんなに手招きしちゃって。コホン、只今参ります、姫。よっと!

 

 

「わっ、思った感覚と違う…!」

 

 

 髪束でのクライミングなんて経験ある訳がない。だからどれだけ大変なのか内心不安だったのだけど…軽い。自分を引っ張り上げる腕の力は要らず、髪が手に食い込む痛みもない。

 

 

 そして今更ながら、この服の苦しさも。こういったカッチリした礼装は息苦しいものだが、それがないのだ。気分的にはパジャマを着て、ふわり揺蕩い昇る感じ。私がこれなら、一番気になっていた向こうも。

 

 

「社長、髪引っ張られて痛くないですか?」

 

「全くよ! ほんわか昇って来てるな~ってわかる程度!」

 

 

 よかった! 童話だからこそ許されているが、高塔の下まで垂らせる髪なんてとんでもなく重いし、それを梯子にしてよじ登られるのなんて想像しただけで首が痛くなってしまう。まあ魔女が魔法をかけている設定とかなのだろうけど。

 

 

「ところで、アスト王子? あなた、今なんて言った?」

 

「へ? え、えっと……痛くありませんか、と?」

 

 

 まだ塔の中腹部、木々を抜け鳥や妖精が鳴き飛ぶ辺りで突然の問いかけ。いやこれは、問いかけと言うより。

 

 

「ち~が~う~わよ! そのちょっと前! 私のことを?」

 

「社長、と……?」

 

「それよ! 今の私、ミミンツェルよ? なのに、王子ったら」

 

 

 あっ。しまった。つい癖で。ごめんなさ――。

 

 

「そんなアストには、社長からお仕置きね! モルメアさ~ん?」

 

「えっ? あ、あの何を? あれ、髪が、にゅるっっっん?!」

 

 

 さっきまで柔らかかった髪が、もっと柔らかく、肉肉しく!? しょ、触手に?! 塔から垂れる長い長い髪が全て、ピンクの触手にぃ!?

 

 

 髪を掴んで登っているはずが、髪に掴まれてにゅるんにゅるん振り回されて!? も、もしかしてこれ社長の力、いや違う! だってここは夢の中、なら!

 

 

「ふふふふ、ふふふ♪ ごめんなさいねえアストちゃん。その通りよアストちゃん。夢の中ならなんでも出来る。おばちゃんだって悪戯しちゃう♪」

 

 

 やっぱり! 空で妖精達と共にクスクスぐわぐわ笑うは、モルメアさん! 社長が実際にこんなことを出来るかはさておき、夢の中である以上夢魔たる彼女の力に間違いないもの!

 

 

「ほれほれアスト王子~登ってみなさ~い☆ ふふ~これなら髪長姫じゃなくて触手長姫ね!」

 

 

 なんか嫌じゃないですかそんなお姫様!? うぅっ、うねってぬめって登りづらい…! で、でも社長の触手なら慣れてるし、頑張れば…!

 

 

「こんなことも出来るわよお、ミミンちゃん。お足元にも注目よお」

 

「わお! あはははっ! これ良いですね! アスト王子、掴まって~!」

 

 

 えっ、今度は何を……なんで窓の外に掴まるように、身体をぶら下げて!? それじゃあ落ち、ぶふっ!?

 

 

「じゃじゃ~ん! 髪長姫改め触手長姫改め、箱長姫~!」

 

 

 た、た、宝箱が、社長の入る宝箱が、びよ~~~んっと縦に、伸びてぇ!? いやあの、あの!? 夢だからと言ってやりたい放題過ぎでは!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~! 楽しかった! ハッピーエンドね!」

「王子と姫様は仲良く幸せに。めでたしめでたしですね!」

 

 

 途中変なこともあったけど、髪長姫の童話はおしまい、どっとはらい。魔女に見つかり、髪を切られ、王子は呪いを受け、それでも二人は出逢い、愛によって呪いを解いて幸せに暮らしましたとさ。しかし。

 

 

「まさか、髪がまた長く生えてきて、自在に動かせるなんて!」

「王子の目が潰れなかったのもですが、魔女を倒せるのも驚きでした」

 

 

 私の知る髪長姫の物語は、王子は魔女に騙され塔から落下し茨を受け失明し、姫は髪を刈られ放逐され荒野を彷徨う運命に遭い、魔女はそれ以降姿を現さなかった。だけど、今しがたのは違う。

 

 

 王子は魔女から魔法を受け目を開けられなくなっただけ。しかも演者であった私は何故か第三者視点のように見下ろす形の視界を貰った。姫は髪を切られたけど、自身の祈りでまた綺麗な髪を生やし直した。

 

 

 極めつけは再会した二人でその髪を使い、現れた魔女を縛って倒したということ。童話には無限の解釈があるものだが、これは。

 

 

「夢はハッピーエンドが理想だもの。気持ち良く眠れることが大切だもの。すっきり終わったほうが心地いいでしょおう?」

 

 

 ふふっ! モルメアさんの仰る通り。どれほど親しまれている童話でも、読後感が悪ければ伽話には不適切。気になって気になってもやもやで眠れなくなってしまうもの。

 

 

 それを見事にまとめ上げ、幸せに本を閉じさせるのはまさにマザーグースの手腕、いや翼腕と言えよう。夢というのは元来自由。そこへ童夢という枠をかけつつ、自由さを活かしているのだから。先程の箱長姫のように。

 

 

 これなら子供は喜ぶに違いない。大人だって喜ぶと確信できる。……ううん、大人はいないかも。だってこれほどまでに愛に満ちたマザーが居るんだもの!

 

 

 さて。ここで一つ疑念が生じる。それは、私達の派遣理由である。今回の依頼内容は『夢の中で』『難客の仕置』。しかし、夢の中は今述べた通り自在なのだ。

 

 

 ならば私達の介入は必要ないのでは。社長の髪を伸ばし触手に変え、箱を塔の全長程に伸ばせる夢の支配者が仕置きに困るとは思えないのだけど。

 

 

ティンソルダットくん(おもちゃの兵隊)から聞いているわあ。あやすの上手って聞いたのよお。子供も大人も、ミミックの前では可愛い赤ちゃん同然、とねえ」

 

 

『おもちゃ部屋ダンジョン』の? あぁ成程。なら納得。あのダンジョンではミミック達はおもちゃ箱として活躍している。遊びに来る人達の友として。

 

 

「それに恐怖を与えることを熟知しているのよねえ? おばちゃん達なんかよりもずっとずっと。悪い子達には悪夢を見せて、良い子達にはめでたしめでたし♪」

 

 

 そして、仕置き担当として。純粋な子達には気取られずあるいは『懲悪役』へと誘導し、悪行大人を屠る。モルメアさんの依頼もまた、それなのだろう。

 

 

 ミミック達は冒険者にとっての悪夢。希望に満ちた間隙を狙い、恐怖へと飲み込む魔物。暴れる難客をどのタイミングで仕留めるか、どう素早く誤魔化すか、どう絶望を与えるかは確かにミミックに一日の長があるだろう。

 

 

「任せてください! 一生忘れられない悪夢にしてあげますよ~!」

 

「あらあらそこまではしなくていいのよお? 脅かして、悪さを程よく止めてくれるだけで良いの。最後はおばちゃん達に任せてちょうだいねえ。だって皆ほんとは優しい子なんだから」

 

 

 でもやはり、疑念は尽きない。今のモルメアさんの発言の通り、詰めの仕置き?を自ら担うほどの腕があるのは確か。夢の中である以上、支配権はあちらにある。景色も服装も容姿も自由自在。

 

 

 一方で、ここでの私達はまさしく夢遊するのみ。ほら、魔法を使おうとしても発動しないし、きっと社長も大暴れできない。つまりどれほどの難客であろうが、モルメアさんの許可なしでは何もできないはずなのだ。

 

 

 最悪の場合、夢に閉じ込めるか夢自体をプツンと覚まさせれば鎮圧は可能であろう。だというのに、何故ミミック達を。ただ手間を省くだけの要員であるのなら何も気にならないのだけど……おや?

 

 

「「「―――! ―――!」」」

 

「えぇ、見ているわあ。丁度お願いしたいことが起きちゃったみたい。ごめんなさいねえ二人共、力を借りてもいいかしらあ?」

 

 

 何処からともなく現れた妖精達がモルメアさんに報告を。けれど彼女は承知だと言わんばかりにすっくと立ちあがり、眼鏡を直し肩掛けを落とさぬように翼をひと伸ばししてから歩き出す……ガチョウだからとても可愛、コホンッ!

 

 

「勿論です! ね、社長?」

「えぇ! 乗ってきません?」

 

「あら! 良いのお? それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰うわあ」

 

 

 社長の伸ばした触手にちょこんと乗っかり座り、モルメアさんは宝箱の中へ。良いなぁ……ゴホンッ。というか、これ意味あるのだろうか。

 

 

 何処に行く気はわからないけど、夢の世界に距離も歩く疲労も諸々もあるかは。それに現実じゃないから箱に入るというのもただ空想で、モルメアさんのご厚意な可能性が、えっと、えぇと、うぅん。

 

 

「アスト、飛ぶのよ!」

「ふふふっ、楽しいわあ♪ 夢みたいねえ♪」

 

 

 まあ、良いか。行きます! わっ、抵抗も重さもない、夢のような飛行感覚! 夢って凄い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この夢よぉ。あの草原に降りて貰えるかしらぁ」

 

 

 靄のような判別のつかぬ何処かを抜け、目の前に開けたのは広い大地。太陽が燦燦ながらも朧気に照り、身に当たる風は柔らかく感覚も薄く、遠くに見える街並みは壮観ながらも幻想的。

 

 

 これもまた、童夢の世界なのだろう。ふわり着地してと。やっぱりふわふわして意識を向ければ夢だとわかる草原にて辺りを確認。さて、問題というのは。

 

 

「んだァ、ガキ共! 大人に逆らう気かぁ!?」

「へっ、こき使われてやってたがもう終わりだ!」

「さっさと夢ほっぽって家に帰んな! おっと、帰れねえか!」

 

 

 間違いなくあれだろう。大の大人三人が子供達を脅している。妖精達が止めようとしても、空から別のモルメアさんが声をかけても。

 

 

「こら駄目よお、仲良くしないと―」

 

「黙ってろガチョウババアが!」

「ガキの夢なんかぶっちゃけどうでもいいんだよ!」

「質のいい『ミルクザント・パウダー』を寄越せ!」

 

 

 聞く耳もたず。可哀そうに、子供達は怖がってしまっている。ん?ミルクザント・パウダー?

 

 

「良い眠り粉を作るには、子供達の純粋無垢な夢のエナジーが必要なのよお。だからああいった子達は小さな子達に混じって、相伴に預かろうとするのよねえ」

 

 

 成程、子供達には良い迷惑な話である。あれけどじゃあ、その……子供と大人を切り離せばいいのでは? それか、一人一人に夢を見せるとかは。

 

 

「本当ならそうすべきなのでしょうねえ。けれど、大人も童心返りして皆と遊びたい時があるでしょおう? 一人で楽しい夢を見るのはちょっと寂しいし、夢の中でも色んなお友達は欲しいでしょおう?」

 

 

 その気持ち、わかる気がする。だって私達もさっき子供のように楽しんでいたし、一人で楽しむより誰かと楽しむ方が面白いと思う。お姫様や王子様が夢想で無貌の存在というのも味気ない。

 

 

 だからこそ、友達と。初めてここで会う友達と。年齢の垣根を夢で朧にし、母が読み聞かせる胸元で遊ぶのだろう。とはいえ……。

 

 

「どう見ても、初犯の人では……」

 

「そうなのよお。あの子達、いつも同じように暴れだしちゃって。その度にメっして大人しくさせて帰したのだけど、すぐに荒んじゃってねえ。でも、見捨てたくはないのよお」

 

 

 一応出来る限りの対応はとっていたらしい。彼等のあの様子からして見せかけの反省なのだろうけど。それにしても、ふふっ。

 

 

「寝る前に頭を床に擦りつけて謝ってくるし、今回こそはきっと、と思って毎回ねえ。おばちゃんが悪いのだけど、他の子達に申し訳ないわあ」

 

 

 いいえ。モルメアさんは、お母さんは悪くありません。申し訳なく思わないでください、その優しさをどうかずっと謡ってください。それでこそ『マザーグース』なのですから。

 

 

 その際に生じる嫌な夢は、私達にお任せを。悪夢と言われたミミックが、楽しい夢のために!

 

 

「行きましょう、社長!」

「ひと暴れするわよ~!」

 

「頼もしいわぁ! お話は任せてちょうだいねぇ」

 

 

 微笑みで返し、私達は分かれ向かう。空に溶けたモルメアさんの物語が、開く。

 

 

 

「まあ、なんということでしょう。ここまで着いて来てくれたカカシとブリキの木こりとライオンは、なんと偽物、悪い魔女から仕向けられた敵だったのです。皆、危ない!」

 

「「「あん? 誰が敵、ぐへっ!?」」」

 

「その時でした。草むらの奥から飛び出してくる影が二つ。あれは誰だ? とっても強い誰かだ!」

 

 

 紡がれるお話通り、私達は飛び出し悪役を吹き飛ばす。社長は箱を大きく開き、さながら猛獣の口腔の如く。私は魔法を詠唱して、ふふっ、ううん!

 

 

「斧を食らいなさい!」

 

 

 詠唱も無く出現した魔法の大斧を、握り、思いっきり振るう! 身の丈超えの斧なんてラティッカさん達(ドワーフ)が使うような重量級武器、始めてだけど……とっても軽い!

 

 

「危ねえぇ!? な、な、なんだぁ!?」

「俺の斧より、く、クソッ!?」

「く、食われぇ!? 宝箱、ミミッ、ライオン!?」

 

 

 草原に潜伏し飛び出しアタックを仕掛けてる社長に至っては、今度は宝箱が、ライオンの顔のような箱に! その口から身を出す社長自身もまた、髪がピンクの鬣に。服も獣モチーフの着ぐるみパジャマに! 

 

 

 そういえば私の服もいつのまにか。これは牧歌的な服は、農民? ううん、この服の中から溢れる藁は。

 

 

「カカシなアスト~! 藁触手よ~!」

 

 

 えっ!? しょ、触手!? え、ええと、こう!? うわっ!?

 

 

「ぬあああっ!? わ、藁が、伸び!?」 

 

 

 わぁ! 私の手から藁が伸びて、さながら社長の触手の如く操れるように。なら、あの戦いぶりを模倣して~!

 

 

「えい! ぐるぐるぐる~! ぽいっ!」

「がぶ~! ぐるぐるぐる~! ぽいっ!」

 

 

 私は一人を藁巻きにし、社長は箱の蓋もとい牙で二人の軽く噛み、一緒に振り回して、遠くに! あっ……しまった、あれじゃあ逃げてもおかしくは。

 

 

「グワッグワッグワァ♪ なんて鮮やかなのでしょう。二人のおかげで敵はあっという間に倒されました。ドロシーの皆も一安心ねえ♪」

 

 

 ふと空から軽やかなガチョウ笑いが。見ればモルメアさんが『後は任せて』と言わんばかり。ならそちらは安心して良いのだろう。では。

 

 

「え、えっ…お、おねえさんたちは…!」

「かっこういい…!」

「かわいい……!」

「ほんものの、おともだち…!!?」

 

 

 目をキラキラに輝かせている少年少女の相手をしなければ。皆可愛い服を着ているが、注目すべきはその銀の靴。そして先程呼ばれた名前。私達の格好と、先程の三人の姿。となると。

 

 

「『オズの魔法使い』ね」

 

 

 社長の呟いた通り。童話の一つであり、不思議な世界に迷い込んだ少女オズが家に帰るため、魔女を探し旅する物語である。その際、カカシとブリキの木こりとライオンを友人とするのだけど……。

 

 

「えっと、どうしましょう……? ブリキの木こりが……」

 

 

 今倒した難客三人組はその友人役を務めていたのだろう。ただ、私達は二人。一人足りない。私のカカシの格好、社長のライオンの格好的に、木こり役が。

 

 

 でもまさかドロシーの子達の一人を転身させるわけにもいかないだろうし、ここは夢の人形にでも託すしか――。

 

 

「びっくりするドロシーの皆の前に現れたのは、なんと『カカシの木こり』と『ブリキのライオン』! どうやらお友達になってくれるみたいです♪」

 

 

 って、モルメアさん!? そういえば確かにこの斧は木こりの斧だし、社長の箱はブリキの色になってるし! けどそんな改変、してしまって……。

 

 

「皆、初めましてね! 私、偽物に立ち向かう勇気の心が無くて。でも居ても立っても居られなくて、飛び出してきちゃったの!」

 

 

 ふふっ、してしまって良いのだろう。だってここは童夢。母のようなガチョウ(マザーグース)が謡う、妖精飛び交う物語(フェアリーテイル)の中。子供の機微に合わせ象られる愛溢れた空間。

 

 

 であればこれもまた、寝床で語らい爪弾かれる思い出の一幕。くたびれた絵本に加えられる新たな頁。友達と駆ける、夢の中の大冒険!

 

 

「私もだよ。考える心が無かったから、偽物見てもボウっとしていたんだ。けど、皆が困っているのを見たら、なんだか急に。なんでだろう?」

 

 

 ならば私も社長に続こう、大人として子供達を導き守り、子供として子供達と共に旅をしよう! さあ、エメラルドの都に向けて、出発♪

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「じゃ~ね~! カカシの木こりおねえさんと、ブリキのライオンおねえさん~!」」」」」

 

「「じゃあね~! 元気でね~!」」

 

 

 大冒険の果て。銀の靴の力で飛び帰ってゆく子供達を見送り、これにてめでたしめでたし。ふふっ、きっとあの子達、最高の気分で目覚めることだろう。それがわかる笑顔だったもの。

 

 

 そして、私達も満面の笑顔! だって子供達と和気藹々に魔女を訪れ、敵を倒し、欲しかった物を手に入れる旅路はなんとも楽しいものだったから! それに。

 

 

「まさか社長が魅せ場を全部やってくれるなんて!」

「えへへ、つい……! ごめんね、アストも活躍したかったでしょう?」

 

 

 いいえ全然、寧ろ社長の大活躍を堪能できて最高でしたとも! 迫りくる魔女の刺客を、社長はブリキの外装で弾き、ライオンの顔箱で吼え、ドロシーの皆を箱の中に隠してみせた。

 

 

 ただ、その隠す役は藁のカカシが適任だからって、わざわざ私の服を開いてすっぽり忍び込んで、そこから皆を収納するなんて。もし私の身体が藁に包まれてなかったら恥ずかしいことになってましたよ、もう。ふふふっ!

 

 

「あらあらまあまあ、大助かり。ありがとう二人共、最高よお二人共。素敵なコンビは無敵のコンビねえ♪」

 

 

 モルメアさんも戻ってきた。妖精達を伴い、空からパタパタと羽ばたき舞い降りながら。ふふ、社長わかってますとも。いらしたところを、箱でキャッチ! あっ、ライオン顔箱のままだから、食べたように……。

 

 

「まあ! ふふふ、うふふ、グワッグワッグワァ♪ なんて楽しい夢でしょう、なんてお礼をしちゃいましょう。悩ましいわあ、あぁ悩ましい♪」

 

 

 ま、まあ良いか。モルメアさん、細長い首と共にキャップと眼鏡揺らし、嘴を陽気に鳴らしてらっしゃるし。いえお礼なんて要りませんとも。こんなに楽しい、童心に戻れる夢を見せて頂いたのですから!

 

 

 しかし、驚くべきはモルメアさんのお力。話に聞き推測こそしていたが、ここまでとは。私達に先程の子供達に悪漢達、それに恐らくはこのダンジョンで眠る来客達。その全員がモルメアさんの寝物語の中なのだ。

 

 

 しかもそれでいて、別のお話を見せたり個別で話を作り上げたり見守っているのだろう。ガチョウのようなお姿なのに。まさに母の背は小さく、されど偉大と言ったところか。

 

 

 これほどの実力者が皆のために小さなダンジョンを営んでいるというのは、どこかオルエさんを彷彿とさせる。いやまあ、あの人は自らの欲望…欲情のためのダンジョンなのだけど。

 

 

 あれ、何故私はずっとオルエさんのことを思い出すのだろう? こことは全く関係のないはずなのに。似ているところも、それこそ現実の寝床のお部屋のピンク具合が若干なぐらいで。

 

 

「そうねえ、好きな童話はあるかしらあ? 『三匹の子ぶた』?『うさぎとかめ』?『白雪姫』? それとも、やってみたい役割とかはなぁい? お姫様でも王子様でも、悪役でも端役でも良いわよお」

 

 

 いえですからモルメアさん、そう気を遣われずに。私達はこれが仕事ですし、現実の私達はただ寝て夢で幻を見ているだけで――。

 

 

「あぁそうだ! あのお話とかどうかしらあ? ふふふ、グワワ、二人も知っている人の物語だし、きっと楽しめるはずよお?」

 

 

 へっ? それは一体? 私達の知っている人って、わっ!? 風景が、現実の童夢ダンジョンに!? 目覚め、ううん違う。この何処か古びたような視界、まだ夢の中なのは間違いなさそう。

 

 

 となると、過去のお話? 童話はむかーしむかしから始まるものだとはいえ、これはなんだか、あれ。私達の姿は元に戻って、モルメアさんと妖精達は、舞台たる童夢ダンジョンの中央でちょこんと?

 

 

「むかーしむかし、というほどでもない、ちょっと前のこと。おばちゃん達はいつものように、ダンジョンで皆の夢を食んでいました」

 

 

 絵本を開き、シルエットのような人々を寝付かせつつ彼女は語り部兼登場人物となる。ただ、私達はそこにはいない。さながら観劇するかの如く、いや飛び出す絵本を見る子供のように外にいる。

 

 

 このような第三者視点の夢もまた面白いものだが、つまりは何かを見せたいのだろう。社長を抱き、いつの間にか現れた安楽椅子へ身を預ければ、童話の頁が捲られる。おや。

 

 

「そんなある日、一人の少女が訪ねてきました。『貴女も眠れないのねえ?』そうおばちゃんが聞くと、彼女は少し答えに困ったように頷きました」

 

 

 何処からともなくフェードインしてきたのは、やはりシルエットの少女。しかしピンクに染まった、あと何故か…ちょっと肉感的な彼女は、語り通りに迷い、他と同じように寝転び夢の中へ。

 

 

「他の子達と同じだろう。おばちゃん達はそうも気に留めず童話を読み聞かせれば、彼女は心地よさげに眠り、帰ります。しかし、どうでしょう。なんとその子はあくる日もあくる日も、訪れるではありませんか」

 

 

 他シルエットの数や姿が変わる中、何故かその子は常にいる。よほどの不眠か、あるいはただ童夢がお気に召したか。どちらにせよ、気にかかったのだろう。モルメアさんは立ち上がり、ぺたぺたと彼女に近づく。

 

 

「『最近、よく来てくれているわねえ』ある日の寝入り端、おばちゃんはふと聞いてみました。するとその少女はハッと息をのみます。まるで安らぎで目的を忘れていたように。そして慌てて、頭を下げてきたのです」

 

 

 どうやらその子も、モルメアさんの魅惑の前には抗えなかったらしい。しかし、頭を下げたとは。謝る様子でもなさそうだし、その目的のため?

 

 

「『どうか、よく眠らせられる魔法を、気持ちいい夢を見させられる魔法を教えてくださいませんか?』不思議なお願いにおばちゃん達はびっくり。なんとその子は、おばちゃんにお稽古をつけてほしいというのです」

 

 

 それはそれは。なんとも向上心のある子らしい。でも気になるのが、『られる』という点。

 

 

「妖精の粉よりも煌めく瞳に絆され、おばちゃんは色々と教えることにしました。すると、見る見るうちにその子は覚え、夢幻(ゆめまぼろし)を自在に操れるようになったのです。おばちゃん、更にびっくりしたわぁ」

 

 

 シルエットで修行光景を描きつつしみじみと語るモルメアさんと、共に思い出すように揺蕩う妖精達。色んな子達を見てきた実力者たる彼女達でも一風変わった存在だったのだろう。

 

 

 ならば猶更気になるのは、その子が魔法を覚えたがった理由。つい身を起こすようにそそられてしまえば、満を持してというように。

 

 

「『幼くしてそんな力をつけて、どうしたいのお?』つい気になり、おばちゃんは聞いてしまいます。するとその子ははにかみながら答えます。『ゆっくり眠らせてあげたい友達がいるんです』」

 

 

 と、ふわり現れたのは二人のシルエット。これが友達なのだろう。全員ピンクだが、その代わり。

 

 

「『大切な友達が二人いるんです。一人は脳を得たカカシや、心を得た木こりのように強い子。けれどもう一人は、勇気のないライオンのように臆病な子』」

 

 

 一人は座っているのか誰よりも小さく、一人はその子の影に隠れるように、並ぶぐらいに身を小さく。すると強い子が、臆病な子の周りを跳ねまわる。まるで面倒をみるように。

 

 

「なんでもその臆病な子は、いつも重い石が乗っかっているように苦しそうで、眠れない日も多いらしいのです。強い子が色々と励まし力になってくれていますが、それでも簡単にはいきません」

 

 

 よほどの重圧でも背負っているのだろうか。臆病な子の苦悶の様相はそう変わらない。それを歯噛みするように見ていた少女は振り向き、師である母ガチョウと向き直る。

 

 

「『だから私も力になりたいんです。だって、二人はとってもとぉっても大事で大切な、親友なんですから』そう教えてくれた少女の瞳には、普段の飄々とした雰囲気を凌ぐ、熱くも温かなハートが宿っていたのでした」

 

 

 おお~! その決意、少女の如く純粋で、太陽の如く明るく、子を想う母の如く愛に満ち溢れている。たった二人の、でも何にも代えがたい友達のために努力を重ねるなんて。その子がここにいたら褒めてあげたい!

 

 

 ……ん? 飄々? そんな子には見えなかったけれど。モルメアさんが改変でもしたのだろうか。なら、この先のエピソードでその具合が――。

 

 

「その後、どうなったのかって? ふふっ、聞いた話によると、上手く行ったそうよ。その臆病な子も強い子も、彼女曰く『虜にしちゃった♡』のだって。おばちゃん達も一安心。グワワァグワワァグワア♪」

 

 

 えっ!? モルメアさん絵本を閉じて、少女のシルエットは友達を豪奢なベッドでぐっすり安眠させて、めでたしめでたし!? え、えっと!?

 

 

 胸中に到来するのは、勿論『めでたしめでたし』という安堵の気持ちだが……結局これ、誰の話なんだろう。てっきり私、英雄譚の類とかだと思っていた。

 

 

 けれど、なんだかそうではなさそう。ストーリー的にはモルメアさんを師と仰ぎ、友達のために尽力したってだけ。充分凄いことだけど、正体が気になる。

 

 

 えっと、友達想いで、夢幻を自在に操れて? 飄々としていて、『虜にしちゃった』? そんな、私と社長の知ってる人って、一体……。

 

 

「…………そういうこと、だったのね」

 

 

 え? 社長? なんでそんな俯いて、じんわり噛み締めるように? それで、フッ、こそばゆさを振り払うように笑って。ふふふっ!と大きく笑って。

 

 

「もう~! 最初に教えてくださっても良かったじゃないですか~!」

 

「うふふ、ごめんなさいねえ。教えないで、ってお願いされていたから……あら、じゃあ今の話もしちゃいけなかったわあ。忘れてとはいえないし、う~ん…怒られなきゃいけないわねえ」

 

 

 えっ、そんな秘密の物語だったんですか? いやそれより社長、今のがどなたのお話だかおわかりに? その、教えていただけると。 

 

 

「オルエよ、オルエ。アストがちょこちょこ脳裏によぎらせていた、あの淫魔よ」

 

「え……。ええぇえええぇぇえええっっっっ!?!?!?!?!?」

 

 

 あ、あのオルエさんですか!? 社長達『最強トリオ』の一角で、サキュバスクイーンの名すら持っていて、『淫間ダンジョン』の主の!?

 

 

 そして語尾に常にハートマークがついていて、なんかいちいちやらしい発言しかしなくて、人をエロ度で点数つけ、動くたびにぶるるんむちんむわん騒がしそうで、私達グリモワルス後継ぎ程度であれば軽く嬲れて、ことあるごとにその、性的に食べてこようとする……あ、あのオルエさんですかぁ!?

 

 

 それが、えぇ!? そんな、えぇえ!? 少女みたいな、太陽みたいな、子を想う母のような、えええええ!?!? そんな、夢みたいな……いやここ夢だけども!

 

 

「あらら、夢から覚めてしまいそうな驚きぶりねえ。勿論台詞回しとかはおばちゃんが変えちゃったけれどねえ。えぇ、えぇ。嘘偽りなくオルエちゃんのことよお」

 

「確かにあの子、眠れないマオのためにどっからともなく夢魔法覚えてきましたけど……まさか、モルメアさんが師匠だったなんて」

 

 

 え、え、えっと!? ということは、あのシルエット…! 臆病な子が魔王様で、強い子というのは社長のこと!? 確かに言われてみれば、強い子はしゃがんでいるんじゃなくて箱に入っているみたいな…!

 

 

 な、なるほど……そうとわかれば、全部頷ける……。何故少女のシルエットがやけに官能的だったのかも、飄々としているというのも、『虜にしちゃった♡』という発言も。ハートついてるし。

 

 

 しかし、普段(色んな意味で)人を食ったようなあの方にも、そんな時代があっただなんて。これ、本当に聞いてしまってよかったのかな。

 

 

「ふふふ、師匠と呼べるほどじゃあないわあ。すぐに越えられちゃったのだもの。それでも嬉しいことに、今でもたまに来て夢のおねだりしにきてくれるのよお♪」

 

 

 えっ!? も、もしかして……サキュバスらしい夢を見に…!? いやでも、わざわざここに来るということは…!?

 

 

「その……どんな夢を……?」

 

「わざわざおばちゃんを頼ってくれるのだもの。可愛い夢ばっかりよお。この間は『シンデレラ』、その前は『赤ずきん』、『白雪姫』もお気にいりで……もう駄目よおアストちゃん! こっぴどく叱られちゃうわあ」

 

 

 ご、ごめんなさい! けれど本当に可愛い夢ばかりで、あのなんでもエロに繋げる人が、そんな少女趣味な……コホンッ。成程確かに秘密にしてほしいと頼むわけである。

 

 

「もう、あの子ったら! 最初からモルメアさんを紹介してくれたら、いえ」

 

 

 社長もクスクスと笑いを止められていない。ん? あ、確かに。それも一つの手だった。でもなんで?

 

 

「モルメアさんの元へ魔王様をご案内しなかったのには、何か理由が?」

 

 

 今も猶頼るぐらいの凄腕の夢の主なのだ。わざわざ魔法を習わなくとも、魔王様をここへお連れすれば解決しただろう。なのにオルエさんはそうせず、社長にまで秘密にしていた。それは何故。

 

 

「あの子も脳を得たカカシなのよ。もしここを教えたらマオがどうするかわかったんでしょうね。勇気なくとも、実力も権力もあるライオンよ?」

 

 

 あぁ…納得です。幼少のみぎりとはいえ、数多の伝説を打ち立ててきた『最強トリオ』の一人にして次期魔王。こんな心地よいダンジョンがあると知れば、忠言振り払い入り浸るか、駄々をこね召し抱えるか。

 

 

 どちらにせよ、魔王様のためにはなるまい。だからこそオルエさんはカカシ(囮役)となり、学んできたのだろう。ふふっ、それを即座に理解できる社長もまた。

 

 

「うふふ♪ それと、おばちゃんが秘密をぽろぽろ話しちゃうのを警戒したのかもしれないわあ。でもでもなにより、自分自身で友達の力になりたかったのかもしれないわねえ♪」

 

 

 ふふふっ! どちらにしても、どちらもだとしても、とっても可愛らしいエピソードです♪ 楽しい伽話を有難うございます、お母さん(マザー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、くぅうう~! ふわぁぁ……気持ちいい夢だったわね~!」

「ん、んんん~~! はい! とっても楽しかったです。でも、もう朧気に…」

 

「それじゃあねえ♪ 夢はうっすら忘れゆくものよお。溶け消える欠片を味わうもいいし、無くすまいと集め飾るのもいいわあ。おばちゃんとしては、最後のはちょっと忘れてほしいのだけど…!」

 

 

 ふふっ! それは、ごめんなさい。忘れません♪ 少なくとも次オルエさんと会う時までは。社長に至ってはどう弄ってやろうか考えてる悪い笑みしてるし。

 

 

 夢というのはなんと不思議なものか。遠く離れた友達のことも不意に呼び出してくれるのだから。懐かしき思い出を思い起こさせてくれるのだから。ふふっ、夢の知らせが叶うのはいつだろう?

 

 

 なにはともあれ派遣契約成立。選抜が済み次第、皆の夢を守るためにミミックが悪夢を見せに来るだろう。モルメアさんに見送られ、ダンジョンの外へ。おや?

 

 

「あれ、どっかで…?」

「なんか、みたことあるおねえさんたち…?」

「だれだっけ、んーと……あいどる……?」

「ちがうよ! ゆめのなかの!」

 

 

 あの子達は! ふふっ! ええ社長、わかってますとも!

 

 

「夢の中以来ね~!」

「ドロシーの皆♪」

 

「「「「あ~~っ!!!!!!!」」」」

 

 

 魔法で変身、カカシの木こりとブリキのライオン! 思い出してくれたみたい、凄い興奮振り♪ あ、そうだ聞いておこう。

 

 

「みんな、偽物は怖くなかった?」

 

「うん!」

「おねえちゃんたちがたおしてくれたから!」

「こわくなかったよ~!」

「あれ、どんなひとだっけ?」

 

 

 良かった! 夢の一幕として綺麗に収まったみたい。目指すはこの笑顔。皆にも厳命を、あれそういえば。その悪役となった難客たちは?

 

 

「アスト、あっち見てみなさい?」

「なんでしょう? あ……」

 

 

「そうだ……俺はお姫様になりたかったんだ……俺は、お姫様…ウフフ…!」

「皆に愛される主人公は、悪さなんてしちゃ、いけないんだあ……!」

「ママぁ……ママぁ……」

 

 

 うわ。モルメアさんに手もとい翼を振られながら、ふらふらと例の悪役三人組が。その恍惚とした夢心地の瞳は、どんな『仕置き』を受けたかわか……わからないし、想像するのもちょっと…!

 

 

 

 ただ、これだけは言えるかも。やっぱり夢魔と淫魔は……いや言うまい。

 

 

 

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