ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
「こっちはね~セルキーパビリオン! あっちのはね~キジムナーパビリオン! それぞれ寒いトコと暑いトコの妖精達なんだけど、敢えて向い合わせたんだ~! いっぱい観覧してもらった後には、勿論屋台でお腹いっぱい♥」
「屋台多くな~い? というか食事場所全般★」
「あ! もう何個かお店開いてる! 美味しそ~な匂い!」
「私達のため? わわ、有難うございます! 本当だとっても、でも……」
「えっへへ~安心して食べて良いんだよ~。食べても太らない魔法、会場全体に付与してるもん♪消化も良くなるからいくらでも食べられちゃうよ~♥美味ひ♥」
アイドルライブのリハーサルを追えその衣装のまま、ベーゼは皆を引き連れダンジョン内の案内を。よっぽど私達の提案が嬉しかったのか、その顔は終始いつも以上にニッコニコ。アテンドにも食べる姿にも力が入っている。
「魔獣パビリオンもあるし、鎧パビリオンとかもあるよ~! 毎度人気のドラゴンパビリオンやエルフパビリオンは今回も続投だよ! ごはん情報多めにしてもらったけど、えへっ♪ 車、止まりま~す♥」
「お! 何処から見に行くの? やっば、ワクワク止まんな~!」
「私はあちらが見たいな。同族がどう紹介されているか……!」
「ここも皆を撮りまくっちゃうよ~! もぐついてるとこもパシャリ!」
「もー! 綺麗に撮ってくれた? 宣伝に使うんだからね?」
私と社長は派遣調査で一度見回ったが、初めて見る皆は存分に心を躍らせ目を輝かせている。この各所紹介はインフルエンサーたるアイドル達にフェスティバルーんダンジョンのことを発信してもらうことが目的なのだ。
魔王万福もとい『魔王万魔博覧会』では、毎次様々な魔物が単独あるいは複数でパビリオンにて紹介される。公募や魔王様方の議決で平等に選定されるのだが……万魔の名は伊達ではなく、催事の規模は必ず風船のように膨れ上がる。
今も展示をじっくり見ていく訳ではなく、こうして宝弓や巨大龍涎香といった貴重展示品やパビリオンスタッフの方々と写真を撮っていくだけだが、それでも全てを巡るには何日か必要だろう。事実これでも完成しているパビリオンからピックアップして巡っているのだから。
なお、パビリオンでの撮影と同じ比重で食事の写真も沢山。屋台や食事処の外観や内装を紹介したり、料理人の方々とはいチーズ。万な福に舌鼓を打っている所を、隙ありと言わんばかりにパシャリ☆
「じゃじゃ~ん♥ここはミミックパビリオン! 皆に録音してもらった声はここでも使ってるよ~!」
「へえ! どんな風になっているのかしら」
「あら宝箱まみれね!? 宝物庫みたい」
「ハハッ☆これは! なんだか懐かしいね」
「箱工房思い出すねぇ~♪ 皆元気にしているかしら~」
「首尾、如何でしょうか?」
「はい…! 作戦通りに……あ、いえ、アクティビティ計画通りに恙なく……! 裏には専用の宝物庫を。派遣していただいた皆様のおかげであります…!」
「「「「「シャウッ♪」」」」」
こうしてついでに配置済み派遣ミミック達の様子を窺うことが出来るのは私達にとっても有難い。あれ、ベルちゃん?
「は、初めまして。私、ベルと申します……! リダさんとオネカさんと共に、ミミックアイドルを……! 皆さんの顔に泥を塗らないように、が、頑張ります!」
「あ……お、お噂はかねがね……! と、というより……じ、実は私共もベルさんのファン、なのでして……! よ、よろしければ…サインをば……!」
私共って、あぁ♪ 振り向けばその答えがわかる。全壁一面の宝箱とは別に、押し寄せて来るは宝箱の壁。もとい。
「わわわわっ!? ミミックの皆さんが大移動!?」
「あれ~!? 『ミミックど~こかな』の範囲出てるよー!?」
「にひひ~★ べるるんのミミックたらしだ~★」
ふふっ! パビリオンに赴く度、他の子達も事あるごとに求められていたし私達も求められた。なら今や私達よりも断然人気となったL・B・Oとなればね♪ だけどごめんね、サインは次にでも色紙を配る形で許してね。はいチーズ♪
「――さ~皆~、車に乗って乗って~! 置いてっちゃうよ~! 置いてっててもアタシが抱っこして運んじゃうけどねー♥」
なにせ、まだまだ先は長いのだから。視察は今日で終わりではないけれど、幻影で常に明るい青空に出来るとは言えど、時間に限りはあるのだから。まあ、そんなお客さんが混乱する空模様改変はしないみたいだけど。
……あれそういえば。ベーゼ、その空模様の幻影改変がイベントに関わってくる、とチラッと言っていた。でもそれ、未だに謎の儘である。
このイベントスケジュール表もほぼ変わらずピンク靄まみれだし。どんな感じにする気なんだろう。一応この車は、もとい――。
「まっふ~♥♥♥ アーひゃん、もひほほひ、んごくっ、乗り心地、ど~お? このパレード車!」
わっ。ベーゼったら。色々頬張ったままここまで来たら危ないよ。もう全部呑み込んだみたいだけど。うん、乗り心地は悪くない。ただ。
「試乗ついでとはいえ、魔王様に見守られながらは少し恥ずかしいかも……!」
実は今皆で乗っているこれ、フロート車なのだ。スケジュール表も更に一種だけ靄を払われていて、それがパレード。中央に巨大な魔王様像を、左右に巨大なミャルミャルちゃん像をとりつけたこのフロートを走らせる気らしい。
しかもなんとミャルミャルちゃん像から、魔王様からの下賜品としてお菓子を噴出配布するらしい。その際私達アイドルもお下賜撒き、じゃない、いや合ってるけど。お菓子撒きに参加する予定なため、こうして試乗しているのである。
尚、ここにもミミック派遣を依頼されているのだが――詳細は一旦良いだろう。それより。
「そろそろ隠しているイベントの事、教えて欲しいな。そこにもミミックの派遣を予定しているのでしょう? 運搬等がメインらしいけれど、詳細を知らないと」
ちょっと詰めてみよう。なにせ後はここだけだもの。万全に秘書業を済ませ、アイドル業に専念したいし。もうベーゼったら、なにそのニマニマ顔。待ってましたって言わんばかりじゃない。
「お待たせアーちゃん、そろそろ到着するよー! さ~さ~ごしょ~らんあれ♥」
ご照覧あれって、一体何を……ん? んっ!? 空が、急に暗く? でも雲の陰りじゃない。まるで夜みたいに……夜!?
「えっ、嘘!? もう夜!?」
「楽しくて時間過ぎまくっちゃった!?」
「いや早過ぎでしょ!? まだお昼ぐらいで…!」
うん、皆の言う通り。つい数秒前までは太陽は天頂近辺を指していた。時計も私の感覚も、それが幻影じゃないと示している。となると幻影なのは。
「こっほん♥これより、フェスティバルダンジョンのフェスティバルを開催しま~すっ♥ししょー、準備おっけー? それじゃ、むむむむ……とりゃあっ!」
リハ以降裏方作業を理由に姿を消したオルエさんへ水晶で連絡をとり合いつつ、ベーゼは力み、またスカートが捲れ上がるほどに跳ねる。この幻影夜空を一体……え、わあああっ…!!!
「綺麗……!」
「沢山の、ランタンだー!」
「空に、星よりも多く、温かく……!」
跳ねたベーゼに釣られるように見上げれば、夜空を柔く埋め尽くすは、幾千ものランタン。月や星の薄き輝きを吸い揺蕩う空の炎の欠片は、黒きキャンバスの内で寄り集まり帯を為し、あるいは離れ点描の如く。
星々は変わらずそこにあり続けるものだが、彼等は違う。嫋嫋なる夜風に安らぎ、微睡むように揺れ動く。焔の揺らめきにも似た、いやまさにその通りの様。
一つ一つからじわりと沁み周囲を照らす灯は明るく、されど夜闇を潰すことなく暖める。見ているだけで目が開き、同時に瞳の奥が心地よく微睡んでしまう。空の彼等と同じように。おや?
「あ、見て!? 下! 地面! さっきまで道路だったのに!?」
「え? うわあ!? 本当だ、鏡面に、ううん、反射する水面に!?」
「でも人とか物の黒い影しかなくて、空のランタンだけが……ふわあ……!」
これはこれは! そんな眠気を覚ますように広がるは、地面の鏡。道路や外灯は星無き漆黒に染め上げられるように影となり、さながら凪いだ水面の如く。そこに描かれるは、空高くを映し鏡にする、地深くを散りばめ照らす逆さ天燈。
気づけばフロート車ごと私達の姿も闇に溶け、薄ら誰かが分かるシルエットのみにて、天地相通ずる幽玄の狭間。誰かが空に手を掲げれば、映る影もまた奥へ潜る。届かぬはずの雄大な燈の群れへ、触れるように。ふふ、いや。
「わわぁあ!? ら、ランタンが幾つかこっちに来たぁ!?」
「なんで!? あっ、あれぇ!? ま、魔物……!?」
「カボチャの……火の玉の……!? この子達って……!」
「おっほん♥このランタン祭りは、人間達だけじゃなく魔物達もやるんだぁ。特に、
空の列から離れ、手に集まってきた
空の揺蕩いとはまた違い、私達を囲み仄かに照らし舞う彼等はつい虜となるような燭の軌跡を描き、フロート車の先端へ。集う先は、え。ミャルミャルちゃん!?
ウィスプ達に厳かに照らされた宝箱は、視線が集まる中静かに蓋を開く。すると何かがポポポンと飛び出して、皆の手元に。これは、火のついてないランタン?
「人はランタンに願いを込め、不幸や懊悩を火に乗せて心を洗うために飛ばすんだよね♪ ウィスプ達も皆で空高く飛ぶことで気持ちを洗って、幸福を祈るんだよ。一緒だよ♥アタシ達も祈って飛ばそ~っ!」
成程。しかもどうやらこのランタン、祈りを籠めると火のつく仕組みになっているみたい。皆が手に持ち祈れば灯り、ウィスプ達に導かれ天へと昇っていく。
暗き空に鮮やかに群れるランタン達、映す底を彩る灯達。そこに向け、想いを乗せ飛び去る私達の天燈達。遠く遠く離れゆき、数多の願いへ加わりゆく様はなんとも美しい。言葉なく見つめてしまう。
そうして暫し眺めていれば、おや、空の様子が次第に明るく。暖かき余韻を残すように鮮やかな青空へと晴れ戻った。それと同時に、スケジュール表の靄がまたひとつ晴れる。
「これが隠していたことなんだね。お祭りの中で、お祭りをやるなんて!」
「えっへへ~♥ずっと思っていたんだぁ。フェスティバルダンジョンなのに、お祭りが無いって。魔物達だって人間達と同じようにお祭りしてるのに。万の福が詰まっているのはお祭りなのに!」
ふふふっ! とってもベーゼらしい。だからこそ、彼女は世界を漫遊していたのだろう。人魔を知るために、そしてあらゆる祭りを楽しむために。その結実こそがこのスケジュール表。
「ならまだまだ隠してあるのも、全部」
「全部! お祭りだよっ~!」
彼女と微笑みあえば、スケジュールの全ての靄が晴れていく。全く、張り切っちゃって。随分種類があることで。
「此処みたいな、ひろ~いエリアを幾つか用意しているんだあ。そこに皆を集めて色んなお祭りを幻影で見せる気なの! でもそれだけじゃちょっと寂しいし、本物も混ぜるんだ♥」
「その際に必要な道具を、ミャルミャルちゃんが配るのね。魔法で行き届くようになっているから楽ね☆」
ランタン配ったミャルミャルちゃんの中から、社長が!? あ本当だ。この辺りにはパビリオンも、散々あった屋台もない。イベントエリアなのだろう。おや!
「続きましては~むむむむ、あちょーっ! キョンシー達による成龍祭りだー!」
やはり力み跳ね、されどカンフーのポーズをとったベーゼのアイドル衣装が、スリット揺れるチーパオに! 同時に周囲の景色が変わっていく! 遠巻きのパビリオンを隠すように夜を誘い現れたのは、さながら長城ダンジョンのような光景。
離れた地点には万里に続く石煉瓦の要塞が見え、近場には荘厳にして赤や緑に染まった亭台楼閣。それらに吊り下げられたランタンは、先程のとは違い角ばりあるいは丸く。紅と金に染まったその光は、場を優雅絢爛の装いに包む。
ふと流れ出すは琵琶や銅鑼、琴や二胡により奏でられる雄大かつ沁みるような独特な調べ。それに合わせるように、彼方の長城より直立の儘に跳び現れたのはキョンシー達! わっ、内一人が私の横の柵に!?
「アイヤ! お久しぶりネ! アストサン、社長サン!」
「チェンリンさん! ご参加いただけたのですね!」
かつて訪問し、今猶派遣を行っている長城ダンジョンの依頼主、キョンシーのチェンリンさん! ベーゼとも仲の良いという話は聞いていたが、こうしてフェスティバルに参加してくれるなんて。
「
「キョンシージョークだ~♥ じゃ、チェンリンさんの腐らない武技で踊ろ~っ!」
「モチロンネ! 武技武技ネ! ハーーイヤッ!!」
チェンリンさんとベーゼが一緒に飛び出して! 祭りの中央、光弾ける眩しき場、キョンシー達が張り子の龍を操り被った獅子を舞わせる只中で、カンフー勝負!? いや武踊!?
「はいっ、ていっ、とりゃーッ! あちょちょちょ~! えへへっ楽し~ッ♥」
「フフ! 続けたいけど、演武アルよ。ミャルミャルちゃん、出番アル~!」
皆が歓声拍手を轟かせる中、一番夢中なベーゼの代わりにチェンリンさんが声をかける。ミャルミャルちゃんって……また社長いないし!? 今度は何処に。
「ミャルミャルオォオオオんっ☆」
張り子の竜の身体をくっつけて、鳴き声上げながら空飛んでる!? あれって派遣した子達と同じ、わわっ、ミャルミャ龍の口から何かが皆へ。これは、爆竹!?
「邪気払いの爆発アル! 幻影の偽物ヨ、さっきのように祈って、空に投げるネ!」
こ、こうですか!? せーのっ、わわわわわあっ!? 皆が投げた爆竹が、一斉にパパパパパンッと! 爆竹というより小型の花火チックというか、カラフルで、綺麗な……!
「「アチョーーッ!」」
そしてその上を、ベーゼとチェンリンさんを中心に、キョンシー達の垂直ジャンプが交差する! ランタン祭りとは違い、派手な夜空に跳び交う彼女達は死すらも感じさせないエネルギッシュさ。二度目の生を祝福する祭りに相応しい!
「ふい~っ♪ 楽しかった♥ でもお腹空いちゃったあ」
「ちまき、持って来たネ! 本物ヨ。後でもっとご馳走するアルヨ♪」
再度青空とパビリオンへ舞い戻る中、チェンリンさん方キョンシー達は跳ね去っていく。ベーゼの服も戻って、あ、私達にもくれるの? 良い香り、いただきます♪ 美味しい♪ こほんっ。
「このための幻影魔法、だったんだね。これがしたくて」
「そう! ししょーにお願いしたんだ~! アーちゃんわかってる~♥」
魔王万博の体裁を保ちつつ、自らの理想のフェスティバルを実行せんがために。万博の儘に、万の福を味わうために。フェスティバルーんを――今ちまきを頬張りながら満面の笑みを浮かべている通り、るんるん気分に楽しむために。
幻影魔法は天気の調整やパビリオン内の環境投影が最たる目的ではなかったのだ。こうして建築物やダンジョンでは再現できない、祭りの神秘的で没入的な雰囲気を再現することこそが。そして。
「皆、楽しい~? お祭り、本物みたいに楽しめてる? えへへ、なら良かったあ♥まだまだお祭りあるよー! むむむむ、んもおおううッ♪」
その再現を皆と楽しむことこそが、彼女の、次代催事長の企画なのだろう。よくぞ――ん? また景色が変わって? 遠くは草原なんだけど、周囲に立ち並ぶのは煉瓦造りの住宅街。
しかも、先程までの屋台通り並みの狭さというか。狭いとはいえフロート車は通れるし、人の往来には十分すぎるけれど、折角の広々としたイベントエリアをなんで……え、車から降りるの?
「皆降りた~? ふっふっふ~……びっくり注意だよ! もし耐えきれなかったら横の家に避難してね!」
なにその妖しい笑み。避難って、確かに住宅の扉は開いているから好きに出入りできそうだけど。幻影なのに。いやそれより皆をフロート車の前に立たせて何させる気で――へっ?
「な、なにこの地響き……!?」
「と、遠くから走ってくるような……!?」
「み、見て!? 向こうから土煙が!?」
ちょ、ちょっとベーゼ何を仕込んで……ひっ!? あ、あれは!?
「「「「「モオオオオオゥウウウッ!!!」」」」」
「カウガール族名物の、牛追い祭りだ~っ!」
猛った牛が、角を鈍く光らせる牛が、鼻息荒く進む先全てを薙ぎ払わん勢いの牛が、道を埋め尽くす勢いでえ!?!?? まままっ!? 待って、待ってぇ!?
「ヤバないこれ!? 皆避難っ★ガチ全力避難必須じゃない!?」
「「「「「きゃあああっ!?」」」」」
慌てて建物へと避難していくアイドル達……! わ、私達も、ひわあっ!?
「うふふ♡駄目よぉ♡腰を逃がしちゃあ♡ もぉっと♡身体をぱかあって開いて♡正面から♡正常に♡ビキビキに猛る剛直を♡受け入れましょおう♡」
おおおおオルエさんんんん!? なんでここに、なんで今!? や、止めっ、背中から私を羽交い絞めにして、身体を無理やりに開くの止めてください!!?
こ、このままじゃ……せ、せめてバリアが何かを……ひくぅんっ!? み、耳に息を吹きかけるの止めてください!? 詠唱が途切れて、しゃ、社長お!
「落ち着いてベーゼちゃんを見なさいな。そいつの弟子の、次代催事長よ?」
「しゃ、しゃちょー……★ それどういう……!? あとこれ外してぇ……★」
なんで社長はネルサを触手拘束してるんですか?! ベーゼって……え!!?
「さ~掛かってこ~いッ! 抱きしめてやる~ッ!」
あの子、一番先頭に立って、両手足を広げて待ち構えている!? 構えるでもなく……え、もしかして。ネルサ、うん、だよね。じゃあ……!
「っ!? ネルサ様!? アスト様!?」
「あ、危ないですよ!? 幾らお強いとはいえ……!?」
「助けに……っなによサラなんで止めるのよ?!」
ベルちゃん達の心配する声が響く中、私達は敢えてベーゼと似たポーズをとる。手足を広げ、けれど力も魔法も籠めず。ただあの怒涛に身を任せるように。気づけばオルエさんも社長も私達の拘束を解いている。
このままじゃ、轢かれる。あの牛達に跳ね飛ばされ、轢き潰される。最早回避はできない。もう、3歩前、2歩前、1歩前、そして――――っ!
「きゃああああああっ! ……あ、あれ?」
「牛達が、ネルっさん達を通り過ぎて……!?」
「ぶつかったはずなのに……透けてった!?」
うん、やっぱり。迫った牛の悉くは私達を通り抜け、フロート車すらをもすり抜け遠くへと走り去っていく。つまり――牛達は全て、幻影。こうして立っていても轢かれる心配は皆無だった訳である。だとしても、ふぅうううう……。
「な~んて! えへへ、どうだっぴゃあ!?」
「「恐いよ!?」」
思わずネルサと一緒に、あの牛突撃並みの勢いでベーゼを詰めてしまった。いやだって本当に本当だと思ったもの! 流石オルエさん監修の幻影だもの! もう!
「あ、あれ~!? もっと楽しんでくれるかな~って……。安全だけど、バッチバチのスリルは感じ取れるから、丁度いいゾクゾク高揚感あるかなあって……」
もう……ベーゼの戦闘狂な部分が出ちゃったみたい……。この子、こんな可愛い顔してルーファエルデに次ぐ武闘派だから。来るのはほとんどが一般の方々でしょう。せめてお祭り再現自体はいいにしても。
「もっと事前のアナウンスを徹底した方がいいよ。内緒ですると皆怖がるよ?」
「それな★ 牛さん★突撃★フィーバー★のお祭りの詳細も、聞きたいし★」
「そっかぁ。そういえば役員の皆もそんなこと言ってたなあ。あ、ねえねえじゃあ、アーちゃんとネーちゃんがアナウンスしてくれない? ミミックパビリオンみたいに録音してさ!」
え。それは……まあ、別にいいけれど。何故私達に? もっと担当の人が。
「アーちゃんとネーちゃんのアナウンス、アタシ大好きなんだあ。皆のも勿論好きなんだけど、グリモワルスで一緒だし♪ ここで聞いたら手を繋いで一緒にお祭り楽しんでいる気分になりそうだよぉ♥」
うっ……そうやって私達の手をとって両頬にすりすりしながら、そんな台詞言うの反則……可愛い……! っまさかこれが最初から目的で――違う、これどう見ても天然の魔性……!
「お願ぁい……! 一緒にお祭り楽しめるかもわからないしぃ……せめてお祭りの中のお祭りは、アーちゃんネーちゃんを傍に感じたいなあって……!」
もう。なにその甘え方。わかった、わかったよ。アナウンス役、引き受けてあげる。はいはい、キスは良いから。それより、驚かせちゃった皆に――。
「は~びっくりしたあ! ねーねーベーゼちゃん、もっかいもっかい!」
「幻影とわかったら怖くはないかも……! 度胸試しというか……!」
「寧ろ皆で逃げてみんのはどお? アイドル全力ダッシュとかウケるでしょ~!」
「へえ、良いわねそれ! 追われてひたすら逃げるなんていつ以来かしら?」
「冒険者の頃、数度あったわねえ。その時みたいな、速度アップの魔法よ♪」
「わ、私も……! 走ります……! 転ばないようにします……!」
「ハハッ☆ 腹ごなしに丁度良いかもね! 皆、安心してくれたまえ?」
「転びかけたり~怖くなったら~うち達が箱に仕舞ってあげるからね~♡」
……あんまり驚いてない、というか慣れた感じに!? これは、アイドルとして様々なドッキリ修羅場を潜り抜けてきた故の適応力か、それとも。
「や~信じるべきだったよね。だってベーゼちゃんだもん♪」
「だな。危ないことはするけど、危ないことはさせないもんなぁ」
「くぅ、折角リアクションチャンスを用意してくれたのに、不覚……!」
ベーゼ自体の人となりか。確かに私達も彼女を見て判断したのだもの。あの様子であれば幻影に違いない、本当に危害を加えるような真似はしない、と。だからこそ信じて並び立ったのだから。
「よ~し♥モウ~ンともう一回、行くよ~! むむむっ、もうう~~んッ!」
天真爛漫にして純真無垢。魔王様からの御下命ながら怯まず、オルエさんを師と仰いでも堕ちず。自らの理想を、やりたいことを底抜けに快活に。その皆を虜にする無邪気さこそ、ベーゼなのだろう。
「ふふっ♡ベーゼちゃん♡素敵なお顔♡甘ぁくて♡蕩けるようで♡食べちゃいたいわあ♡この隠し撮りは後で貰って♡一人で♡大切に♡使わせてもらうわあ♡」
「その言い方止めなさい撮影係。……で、言っとくけど騙くらかして食べてたら」
「あら♡魔王様に誓うわあ♡それにあの子、私的には0点よお♡ ほっぺは痕が残っちゃうぐらい♡ちゅうちゅうしあっているけれど♡」
「……セーフにしたげる。0点ってそれ、あんたの『性的に食べたい度』よね。てことは」
「うふふ♡時には視姦♡…いいえ見守る行為♡こそが美味しいのよお♡ それにあぁんな満ち足りた子は♡眺めるだけでも♡お腹もココも♡万福に♡たぷたぷに♡なっちゃうわあ♡」
そしてだからこそ、オルエさんもその無邪気を汚そうとはしないのだろう。はぁ……一安心、と言って良いのかも。少なくともベーゼが自らの意志で染まらない限り、オルエさんの餌食になることはなさそ、わっ!?
「ほら来たよー! アーちゃん、社長、走って走ってー♪ ししょー、撮影お願いねー♥可愛くてちょっとえっちで魅力的なやつだよー♥」
幻影の牛突撃が迫る中、ベーゼが私の手をとって! 皆も一斉に、けれど先程までの恐怖の顔は一切なく。ベーゼと同じように笑いながら、人間も魔族もミミックが、あらゆる種族が!
「フェスティバル~んッ♥」
「「「「「ミャルミャル~んっ♪♪♪」」」」」
肩を並べ、祭りを楽しむように! アイドル衣装をたなびかせ、ピースを浮かべ、走る走る走る! ふふっ、ふふふっ♪これもまた、ベーゼの人望だね。
だってそうじゃなきゃ、皆の笑顔の説明がつかない。営業スマイルなどではない、まるでベーゼの喜色が響き合い、分け合ったかのような心地よい笑顔の! 牛に追われダッシュしているというのに。
きっとベーゼのこと、皆を、訪れたお客さん達を万福に包むだろう。バルーンのように膨らみ、空高く浮かぶような笑顔で。弾けるような声で。るんるん気分で開幕を彩ることだろう!
「――こんにちは~♪ こんにちは~♥ 今日も幕が開くよ~おっ! せーのっ、フェスティバル~ん♥」
「「「「「ミャルミャル~んっ♪♪♪」」」」」
「来てくれた皆も~~♥♥♥ フェスティバル~ん♥」
「「「「「ミャルミャル~ん!!!」」」」」
こんな風に! 集まったお客さんはアイドル達の宣伝もあって毎日千客万来、このステージパビリオンも常に満員御礼。その全員が揃って、満面笑顔!
とうとう開幕した魔王万博ならぬ魔王万福、絶賛好調大好評! 私達アイドルも気合が入るというもの。ベーゼを中心に行われたセレモニーも、ネルサと共に踊った特別ライブも、大成功!
勿論、私達の派遣した子達も各所で滞りなく。お客さん達を手伝い、イベントを盛り上げ、円滑なるフェスティバルのために尽力してくれている。ミャルミャルちゃんとして、スタッフとして! それでは今日も。
「きゅ~けいターイム♥ みんな、次の出番に遅れないように遊んでこよー♪」
「「「「「は~い!」」」」」
「ねえねえみんなー! 今日はどこ食べるー?」
「ハハッ☆ 何食べるの間違いじゃないかい?」
「なはは、んじゃまず『宝食糧庫』の宝石キャンディアイス、どーよぉ」
「わ、私も……そこが良いと……思います……! 気になってて…!」
「あら! ベルも賛成なら決まりね! 行きましょう♪」
「私達、行ってきますねぇ~♪」
「行ってらっしゃい! んじゃアタシ達もたっぷり食べてきましょ!」
「こんな摂生を気にする必要がない機会なんて滅多にないものねぇ♪」
「今日は二人についてこっかなー★いーい? やった★ 三人はどする?」
「私達はいつも通り、見回りがてら」
「合流出来たらするわね! 気にせずいってらっしゃいな!」
「えへへ~♪ 途中まではアーちゃんと社長独り占め~♥」
いつもの服に着替え休憩タイム、もとい食事観光タイム、もとい責任者としての巡回タイムといこう。尤も私達は基本的に派遣した子達の様子見だけだが、総責任者たるベーゼはこの広大なダンジョン全てを見回らなければならない。
その大変さは想像して余りある。オルエさんや管理委員の面々が裏でサポートし続けているとはいえ、かなりの重責で……ふふっ♪
「ん~~~美味しそうな香りぃ~♪ これだけで万福な満腹になりそうだよお♥」
私が心配する必要なんてないか。だって当の彼女は毎度、アリーナパビリオンを出た瞬間から流れ込んでくる芳しさに心満たしているのだから! しかし、ふふ♪本当に素敵な、お腹の空く香り!
辺りに満ちるは、立ち並ぶ屋台や食事処から漂う美味なる香気。調理音や頬張る客の和気藹々と共に流れる煙は、ほどなく消え去りながらも、行き交う皆の鼻腔を胃を虜に。足取りを幻惑にかけられたように。
ここから見えるだけでも百は越える屋台のどれもが、列を為し福に満ち溢れている。おっと、私までちょっと涎が……リハ幻影ではわからなかったけど、ベーゼは漂う香りにも気を遣っていたのだ。
ベーゼの世界漫遊の中より選ばれた、数多の美食。それを集結させた至福のフェスティバル。だからこそ、全てが主役となるように配置に拘り、ルートに拘り、風にすら拘っていたのである。
ほら、見えるだろうか、各パビリオンの天井……なんて、今は幻影に隠されて見えないのだけれど。あそこの魔法陣は風制御の代物だったのだ。幻影はそんな裏システムを隠す意図もあったのである。
他にも、街灯や装飾には風を操る緑の魔宝石ウインドジュエルが嵌め込まれているし、スタッフの精霊達も飛び交っている。更に道やゴミ箱には臭気を消すための消臭魔法も完備。匂いを通さないポータル式ダストシュート魔法だというのに何故かと思ったら。
その他にも、色々と。私にさえ告げない試行錯誤を組み込んでいたらしい。この一見闊達のように見える顔で、よくぞこんなにまで。その甲斐は充分。きっとベーゼは大好きな食べ物とお祭りに囲まれ万の福を――。
「えへへ……♥アーちゃん、アタシすっごい楽しい。実現できたんだもん、アタシの夢。皆で満腹になれる、人魔み~んなで幸せになれる催事」
……ん? あ、ううん、それを否定する訳ではなく、寧ろその通りになったねと頷きたいぐらいなのだけど……食べ物に、じゃないんだ。
てっきり私、このフェスティバルダンジョンを活かし自分の好きな食べ物で固めるのが彼女の最大の願いだとばかり。でも、そうじゃないみたい?
「あれ~? アーちゃん、わからない? アタシ、この光景が見たかったんだあ。見て見て、あっち。人間族の人が、魔族の人の屋台から買ってる。一緒に食べてる。笑いあってる」
確かに。しかも冒険者であろうか、皮鎧と胸当てを身に着ける姿は、剣こそ持ち込めなかったものの有事に備えんがために見える。しかし……その装備を今や窮屈そうにし、警戒なぞ皆無なまでに背筋を緩ませ、不用心に腕を伸ばす。
その手に湯気立つ容器を渡し、熱いから気を付けてと笑うのは魔族の屋台店主。こちらもまたいがみ合う素振りは全く無く、寧ろ食べ方を親切に伝授している模様。冒険者はあちあちはふはふと頬張り、満面の笑みで軽く手を振り次の屋台へ。
「アタシ、世界を巡ってわかったんだあ。人界でも魔界でも、美味しいご飯は沢山ある。なのに皆、魔界のご飯だからとか、食べ慣れていない謎の食材だからとか言って毛嫌いするの。皆食わず嫌いなの」
その一連の様子を舌で転がし味わうように、ベーゼはしみじみと。社長を抱える私にこてんと頭を寄りかからせるように。
「美味しいものを美味しいって感じる味覚は大体一緒なのに。一緒にご飯を食べたら仲良くなれるのに。アタシとアーちゃんだって、一緒にご飯を食べて仲良くなったのに」
ふふっ。そうだったね。ベーゼと初めて顔を会わせたのは両家の会食の際だっけ。私もベーゼもガチガチに緊張していたけれど、美味しいご飯に驚いて頬張って見つめあっちゃって、笑いあっちゃって。庭園に隠れてお菓子持ち寄ってお茶会したこともあったね。
そしてきっと、ベーゼは漫遊の中で何度も同じ思い出を作っているのだろう。行く先でご飯を共にし、闘いを共にし、満腹になって、仲良くなって。そうして、人魔の垣根を越えて。
「勇者一行のことは、アタシじゃなんにもできないけれどさ。他の皆はきっと満腹になればわかりあってくれるはずだもん。アタシ達のことを知って、アタシ達を味わって、美味しかったを言い合えば、皆仲良くなれるはずだもん」
――あ、もしかして、勇者一行もお腹が空いているのかなあ? そんな彼女らしい温良な呟きを残しつつ、彼女は一歩進み出る。そして手足をバッと広げ、片足でくるり身体をこちらへ向けて。
「だからねアーちゃん。だからアタシは『魔王万福』って名前にさせて貰ったんだあ。違う魔物同士で仲の良い、社長達最強トリオを参考にさせて貰ったんだあ。皆がご飯で、満腹に万福を味わえるように!」
活気溢れる屋台群を、融和の談笑聞こえるパビリオン群を、どこまでも晴れ渡る青空を、風船に、バるーんに満ち溢れた会場を背に、彼女は微笑む。その虹のような煌めきを瞳に宿しながら。
「だからさだからさ、これ成功でしょ? 皆笑顔だもん、皆仲良しだもん! きっとみ~んな、お腹いっぱいに――きゃははっ! なぁにアーちゃん、わしゃわしゃ撫で撫でくすぐったいよ~♥」
ふふっ、つい。ベーゼがこんなにも催事長らしくなっていて、自分の事のように嬉しくなっちゃって。なんて、ちょっと上からかな。でも……皆の妹のようなベーゼだもの♪
人魔のいがみ合いを、人魔の食わず嫌いを、幻影と美食香る催事で惹きつけて。盛大なるフェスティバルで仲良しに。なんてグリモワルスに、次代催事長に相応しい発想と覚悟だろう。ふふっ、その実現のために。
「私達も力にならなきゃね。頑張ろう!」
「うん! アーちゃん達が手伝ってくれて助かった~♥ おかげでトラブル報告も……あれぇ?」
どうしたの? 耳をそばだて鼻をフンフンと。何かを感じ取ったみたいに。
「トラブル起きてるみたい。しかも……アタシの友達の香りもする、気がする? 人間族の子で、ハーピーの卵が大好きな子なんだけど、来てくれてるのかなあ?」
あぁ、そういえばそんな子と友達になったって前言っていたね。なら。チュッ♡
「ひゃ~!? アーちゃん、社長、なんでキスまでしてくれたの~!?」
ふふっ、社長も一緒にしてくれた♪ これはね♪
「送り出すためのキスだよ。私達に代わって、行ってらっしゃい!」
「ミャルミャルちゃんより早く解決しちゃいなさい、次代催事長☆」
「うん! 行ってきま~す♪ あ、その前に、ちゅちゅうっ♥ えへへ、るんるんる~んっ!」
もう、あの子ったら。お返しを忘れずにしてから跳んでいくんだから。私達のキスは祈りでもあるんだよ?
私達もお祭りに携わったことがあるからわかる。祭りというのは、願いで紡がれるもの。万の福を願うもの。彼女がこの催事に…祭事にかけた願いは、皆の幸福。瞳の色も姿も違う私達が、幻と美味を通じて同じ願いを、幸せを持つこと。
それはきっと、風船のように簡単に割れてしまうような願望かもしれない。空高くに消え幻と化してしまうかもしれない。だからこそ、虹の道で繋ぎ留めなければならない。
ベーゼ、立派な貴女に私達は協賛としての助力と、祈りのキスを贈るよ。人魔繋ぎ留める虹の架け橋になってくれる貴女に、万の祝福がありますように。きっと貴女なら、るんるんる~んと、ふふっ♪
「それじゃ社長、私達も何か食べに行ましょう♪」
「そうねえ♪ なににしましょうか♪ 万福にならないとね☆」