ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~   作:月ノ輪

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顧客リスト№12 『アラクネのア巣レチックダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「うわっとっと…!」

 

手を横に広げ、平均台を歩くように。私はバランスを取りながらこわごわ歩く。そうでなければ…。ゴクリと息を呑み、私は下を見てしまう。

 

ヒュオォオオ…

 

網目状の足元から見えるは千尋の谷。底が全く見えない。落下したら間違いなく復活魔法陣送りは確定である。もし隙間から落ちてしまったらと考えると…。

 

と、そんな私にの元へ社長の無粋なツッコミが飛んできた。

 

「いやアスト、貴方羽あるでしょ?」

 

 

 

 

ビビっていた私の腕から降り、宝箱を滑らせながら先導していた社長。彼女はやれやれと肩を竦めていた。そりゃ宝箱の大きさじゃどう頑張っても網目から落ちることはないが…。

 

「いやまあそうなんですけど…。こうして見てると恐怖がこみ上げてくるというか…足がじわじわしてきません?」

 

「あー。それはわかるわね」

 

私の訴えに社長はうんうんと頷いてくれる。でも、と彼女は言葉を付け加えた。

 

「ここの床…もとい糸…いやもう紐ね、この太さだと。頑丈だから心配しなくても良いわよ。ほら、こうやって揺らしても」

 

ぼよよんっ!ぼよよよんっ!

 

「やぁあっ…! 止めてください社長!」

 

宝箱ごと飛び跳ねる社長に床をバウンドさせられ、私は生まれたての小鹿のように四つん這いとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

今回私が来ているのは、ギルド登録名称『ア巣レチックダンジョン』。深く広い渓谷に張り巡らされているアスレチックのようなダンジョンである。

 

何故『ス』が『巣』になっているか。それは、ここを構成する素材が『蜘蛛の巣』だからなのだ。

 

 

よく見る放射状のものの巨大版や、はたまた洞窟の通路のように細長く作られた道、梯子のように組み合わさり垂れているやつなど、ありとあらゆる形をした蜘蛛の巣で作られたこの場所。

 

糸という素材の利点を生かされた、ほぼ直角や一周縦回転しなければいけないルートのようなわけわからない角度の道もごまんとある。

 

つまりここは足を滑らせたら最悪奈落へ真っ逆さまという、死と隣り合わせなダンジョンとなっているというわけである。

 

 

…あ、でも、死と隣り合わせなのは他のダンジョンも同じか。魔物に食べられるか落ちて死ぬかの違いだし。

 

 

 

 

「それで、あの方はどこにいるんでしょう?」

 

ようやく慣れた私は網目を踏み抜かないように、少し注意しながら社長の後を行く。

 

実はこのダンジョンに入る前、ひょんな話から今回の依頼主に「ウチ達の『狩り』見せてあげる」といわれていたのだ。

 

そのまま先にダンジョン内へ帰っていった彼女達を探しつつ、最奥部を目指しているというわけだが…

 

「いないわねー」

 

社長は辺りをきょろきょろしながら答える。しかし見えるのは縦横無尽に張り巡らされた真っ白な蜘蛛の糸だけ。

 

触れるとわかるのだが、壁や屋根、床を構成する糸はほとんどがねばねばしていない。蜘蛛の巣はねばつくものばかりと思っていた私にとってちょっと驚きである。

 

 

 

 

 

「あ、広いとこに出たわよアスト」

 

と、社長は開けた場所を見つけたらしい。こっちこっちと私に手を振る。が…。

 

「あら…?」

 

突然社長の動きが、正確には宝箱の動きがぴたりと止まる。ぐいぐいと身体を揺らすが、箱はうんともすんとも言わないようだ。まるで何かに張り付いてしまったかのような…。

 

「どうしたんですか社長?」

 

私が駆け寄ろうとした次の瞬間だった。

 

 

「そういうことね!」

 

パタンと蓋を閉じ、宝箱形態になる社長。その直後に―。

 

ヒュルルルルッ! ベチョッ!

 

真上から飛んできた白い糸が社長の宝箱に張り付く。そして…。

 

グイッ!

「ひゃああ!」

 

箱の中にいる故くぐもった悲鳴をあげながら、社長は勢いよく引っ張り上げられてしまった。

 

 

 

 

「…えっ! ちょっ!」

 

突然視界から消え去った社長を追い、私も広間へと駆けこむ。バッと天井を見上げると…。

 

「目が…目が回るぅ…」

 

蜘蛛糸に吊られた社長(箱ごと)がぐるぐる回転していた。

 

 

 

「とりあえず助けなきゃ…!」

 

困惑しつつも、私は羽を広げ飛ぼうとする。が…!

 

「あれ‥足が…!?」

 

床の糸に張り付き動かない。ここだけ粘着糸のようである。さっき社長が引っかかったのもこれであろう。私は外そうと苦心している間に…。

 

ヒュルルルル! ベチョッ!ベチョッ!

「え…? わっ、羽に糸が…!?」

 

どこから飛んできた糸に羽を絡めとられてしまった。これじゃ飛べない…!慌てる私。外そうと背に手を伸ばすが、無情にも追加の蜘蛛糸が腕にべちゃりと。そしてそのまま…。

 

グインッ!

「きゃああああっ!」

 

社長と同じように天井へと引っ張り上げられてしまった。

 

 

 

 

「えーと…無事ですか社長…?」

 

腕と羽を吊られた状態で、私は丁度横並びとなった社長に一応聞いてみる。

 

「私は大丈夫よー。ちょっと酔ってきたけど…」

 

いまだゆっくりと回転しつづける社長は、僅かに宝箱を開けそう答えた。せめて回転を止めてあげたいとこだが、この状態ではどうにもできない。

 

すると、私達の真横にツーっと糸を垂らして降りてきた魔物が。彼女は満面の笑みを浮かべ、両手でピースをした。

 

「いえーい!『狩り』大・成・功!」

 

 

 

このダンジョンの主、それは『アラクネ』と呼ばれる上半身が人型、下半身が蜘蛛の姿をした魔物である。そして今私達の目の前にいるのが、今回の依頼主『スピデル』さんである。何故かTシャツを着ている。

 

「『狩り』って…私達が獲物ですか…」

 

吊られたままむくれる私。するとスピデルさんは社長の回転を止めてあげながらごめんごめんと謝ってきた。

 

「いやぁ、冒険者が入ってきてたら狙おうかなと思ってたんだけど、今日はいなくてねー。魔物も都合良くいないし、もう実際に体感して貰おうかなって!」

 

だからって依頼を受けた相手に罠をしかけるのはどうなのか。私はそう苦言を呈そうとしたが、それは社長の楽しそうな声で掻き消された。

 

「びょーん! 凄いですねこの糸!全然千切れません!」

 

せっかく回転を止めて貰ったというのに、社長は箱を大きく揺らしブランコのようにぐおんぐおんと動きまくっている。たわみ縮みを繰り返している蜘蛛糸はまったく千切れる様子がない。と、スピデルさんはえっへんと胸を張った。

 

「冒険者の中には、この糸を使ってバンジージャンプをさせてくれって頼み込んでくる人もいるよ! まあたまに千切れて奈落へ真っ逆さまな時あるけど」

 

 

 

 

 

 

 

スピデルさんの大きな背(お尻?)に乗せてもらい、私達はダンジョン最深部へと。流石は蜘蛛脚、糸に引っかかる様子は全くない。私は何度転びかけたかわからないのに…。

 

「ところでスピデルさん。その服って何ですか?」

 

と、社長はスピデルさんが来ているTシャツを指さす。そうだ、それが気になっていたのだ。というか、私の『鑑識眼』はその正体をしっかり暴いていた。

 

「それって、今人里で話題の…!」

 

「えっ! 知っててくれたの!」

 

私の言葉を聞くや否や、凄い勢いでぐりんと首を動かすスピデルさん。目が凄く輝いている。その勢いに若干引きながらも私は頷いた。

 

「着心地抜群動きやすさ最高、販売されるタイミングは一切不明、数量限定売り切れ御免。謎の女性たちが販売する『何故か上半身部分と大きなスカートしか売ってない』で有名な女性服ブランド『A-rakune』ですよね」

 

「大・正・解!! これ作ってるの私達なの!」

 

ほら、と腕についたブランドロゴを見せてくれるスピデルさん。確かに文字の背後には蜘蛛の巣の様な模様が。

 

 

 

よほど気づいてくれたことが嬉しいのか、スピデルさんは沢山ある足をわしゃわしゃ動かす。多分これ、スキップをしている。

 

「魔物で知ってくれてるのアストちゃんが初めて!だって服って、人型の魔物しかまず着ないじゃない?そんな人達も下着程度しか纏わなかったり、身体の一部が服の役目を果たしていたり、そもそも着なかったりなんだもん!」

 

その言葉を聞いて、私達は苦笑い。確かに魔物達はビキニ姿や腰布だけという大事な場所を隠す程度の服しか着ない人が多い。しっかり着こんでいる人も、魔法で服を作り出している場合がほとんどである。

 

因みに私はスーツを着ているが、これはオーダーメイドの魔法特注品。プライベートでも魔法で作られた服を着ている。社長が着ているワンピースも同じく魔法製である。

 

まあつまり、服に関して頓着する魔物は少ないのだ。彼女の訴えは実に正しい。そりゃ人間相手に服を売るのもわかる気がする。

 

 

「…ていうか、つまりこの服の材料って…」

 

ハッと気づいた私は恐る恐る問う。するとスピデルさんは笑顔で答えた。

 

「うん!ウチ達の糸!」

 

 

 

 

 

「実は依頼した理由、この服に関係してるんだー。あ、しっかり捕まって身を低くしててね。ここから先は粘着糸だらけだから」

 

そう言い、スピデルさんは壁を登っていく。かと思えばとんでもなく狭い通路へと入り、螺旋のように捻じれた道(勿論下は渓谷)を進んでいった。

 

およそ冒険者はこれないであろう道の奥の奥の奥、そこにあったのは巨大な厚い蜘蛛の巣。スピデルさんが近くの糸を引っ張ると、その一部がするすると開いた。カーテンみたい。

 

中に入るとそこは広い部屋のようになっていて…。

 

 

 

ギィコンバッタン ギィコンバッタン

 

そこかしこから聞こえてくるは機織りの音。そして沢山のアラクネ達。全員が全員お尻から糸を出し織物製作に勤しんでいた。

 

「みんなー、連れてきたよー!」

 

スピデルさんの呼び声に、その場にいたアラクネ全員がわしゃわしゃと寄ってくる。

 

「わーい!良いモデルさんだ!」

 

「これで服作りが捗るわ!」

 

モデル? 首を傾げる私達に、スピデルさんは説明をしてくれた。

 

 

 

「実はこのダンジョン、私のように服を作るのが好きなアラクネが集まって棲んでいるんだ!」

 

なるほど、確かに至る所にあるのは針や染料、織物機。インテリア代わりなのかショーウインドウの代わりなのか、完成した服の一部は蜘蛛糸で壁に貼り付けてあった。なんか捕まった人間みたいにも見えるが…。

 

と、スピデルさんは少し声のトーンを落とす。

 

「でも問題があって…。人間サイズの服の大きさ、特にズボンがわからないの!」

 

 

 

 

「人里で売ってるとね、毎度人間達に聞かれちゃうんだ。『これズボンやパンツ、靴下とかはないんですか』って。でも…」

 

ちらりと自分の体をみやるスピデルさん。下半身が蜘蛛の彼女達が人間の足の服を作れるわけがないのは私でもわかった。

 

なぜ『A-rakune』ブランドが上半身の服と大きいスカートしかないのか。その理由がそれである。納得せざるを得ない。

 

 

「このままだと正体怪しまれちゃうかもだし、いい加減作ろうと決めたの。でも人間を攫ってくるわけにもいかないし…。そしたらね。上位ミミックって人間体で、体の一部を自在に変えられるっていうのを聞いたんだ。サイズや体型の調整し放題のモデルなんて超魅力的!だから社長、上位ミミックをモデルとして数人貸して!」

 

アラクネ達に一斉に頼まれる私達。彼女達には悪いが、訂正しなければと私は口を開いた。

 

「いや、でも自在に変えられるのは手足だけで…」

 

「あ。一応変えられるわよ」

 

 

 

「え…!?」

 

社長の回答に驚く私。すると、社長は大きく息を吸いうーん…!と唸る。と―。

 

ポヨンッ!

 

社長のぺったん…もとい平らな胸が盛り上がった。

 

「もういっかい!」

ポヨンッ!

 

今度はお腹周りがふくよかに。直後、胸もお腹もプシュゥと音を立てしぼみ元のサイズに戻った。

 

「こんな感じね。最も、そこまで大きく変化は出来ないけど」

 

「…そんなこと出来たんですね」

 

「こんなのセールスポイントにならないからねー」

 

唖然とする私をケラケラと笑い、社長はスピデルさん達に向き合った。

 

「スピデルさん、皆さん。ご依頼の件引き受けさせていただきます。とはいえ変化にも限度がありますし、体型や身長が違う子達何人かを派遣させていただきますね! あ、因みにダンジョンの警備とかは…」

 

「あぁ、それはいいや! ここに来るのは身体を鍛えたいだけの冒険者達がほとんどだし、大体の侵入者は蜘蛛の巣で捕らえられるから!」

 

 

 

まさかの冒険者討伐用ではない、風変わりな依頼。とはいえ商談は成立した。と、スピデルさんが契約書を記入している間、他のアラクネの人達が私達ににじり寄ってきた。まるで獲物を見つけた蜘蛛のように。

 

「せっかく来てくれたんだし、2人共ちょっとモデルになってくれない?」

 

「とりあえずそのスーツ脱いで脱いで。ここには女魔物しかいないんだから恥ずかしがらなくていいよ~!」

 

あっという間に上の服を脱がしとられた私達(社長に至ってはワンピースなので全部)。すると、アラクネの1人がスピデルさんが着ているのと同じ服を持ってきた。

 

「ほらこれ着てみて! あ、そうそう。人間達がこれを着ると必ず言ってくれる言葉があるの」

 

ズボッと着せられたその服はとんでもなく軽く、肌触りも滑らか。着ていて凄く気持ちいい。まるで服の重しから解放されたかのよう。私達は、恐らく人間達が行ってしまうであろう言葉を漏らした。

 

「「あっ、楽…!」」

 

アラクネだけに、ってやかましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、色んな服を着せられたわね」

 

「さながらファッションショーでしたね。着心地とか詳しく聞かれましたし。…なんで私、途中で亀甲縛りされたんですかね…?しかもかなりぎっちりと…」

 

代金の一部として貰った服を着たまま、私達は帰社する。しかしまさか、アスレチックダンジョンの正体が服作りの工房だったとは。絶対わからない隠れ蓑である。

 

いや、ただ彼女達アラクネにとって棲みやすいダンジョンが、ただ人間にアスレチック判定を受けただけなのだろう。当の本人達は全く気にしていないようだけど。

 

 

…もし人間にダンジョンの裏がバレたら、ダンジョン名が変わるのだろうか? ううん、それよりも服を作っているのが魔物だとバレたら売れなくなってしまうかもしれない。一応、派遣するミミック達に厳命しておかなければ…。

 

…というかこの服、ほんとにすごく着心地よくて楽…!人里で人気の理由もわかってしまう。もうこれから魔法で作った服なんて着れないかも…。次のスーツ、彼女達に作って貰おうかな。

 

 

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