ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
「おほほ♪これはまた、魅力的な食感ですの♪ さながら宝石を齧っているような感覚。無論本物はわたくしでは噛み砕くことも呑むことも叶いませぬが、これはまさしく、夢想が結晶たる逸品!」
「てことは、ヴィーちゃんも小さいころ、宝石が美味しそうに見えてたクチ~? えへへアタシもアタシも! ね~♪だからこのお菓子を見つけた時、夢が叶った気がしたよお♥」
血のように紅いルビーを齧れば、広がるはストロベリーの甘い味。伝統的なカットのエメラルドは、つるりとした舌触りとメロンの香り。ダイヤモンドは一際硬く、多少の力は要れどもパキンという音が小気味よく。
それとは打って変わってクリームがかったパールは、まさにクリームのような柔らかさ。このターコイズは黒い網目模様と合わさりチョコミント。虹の輝きのオパールは、歯を立てると表面がパリリと割れて中からオレンジジャムが。
『ジュエルキャンディ』という名で売られていたこちらは、カーバンクルの――おでこに美しき宝石をつけた精霊達による料理ですの。紙袋の他に、値を少し上げ紙製宝箱の容器での提供がございましたが、うふふ、無論そちらにいたしましたの♪
さあ続いてはこちらを。『金貨チップス』ですの♪ この輝き、さながら本物のよう。しかし驚くべきはそこだけではございませんの。この紋様の精密さ。外周の文字は序の口。
こちらの宝箱の模様は、その内部から溢れるコイン一枚まで精巧に描かれておりますの。こちらのドワーフ模様は、その鎧はおろか、髭の一本一本まで精密に。この会場模様は、建物も風船も見事な!
嗚呼、目にルーペを嵌め、太い指で細い針を使い、鮮やかなる素早さで模様を彫り込んでいくドワーフの腕前には感嘆いたしますの。思わず拍手をしてしまいましたの。食べるのが惜しいですの……!
「お待たせいたしました。こちら、ご注文の王冠ケーキにございます」
まあ! 丁度やって参りましたの、こちらもまたなんと立派、本物さながらの大きさですの! 宝石に見立てたカラフルなコンポートが目を喜ばせ、クラウンアーチの薄き金色飴細工は見惚れるほど。ベルベットに見立てたアプリコットクリームは、つい戴冠したくなりますの!
流石は名高きお菓子の魔女が手掛けたスイーツ。はああ、この世全てのクラウンがこれならば素敵ですのに。もう暫し目で堪能を、ああでもやはり口でも堪能を! 目立たぬ部分から……ん~♡♡♡
「美味ひ~♥♥♥ もう一個頼もうかなあ。今度はティアラ型の~♪」
名案ですのベーゼ様! わたくしも是非に。ああでもその前に、口の甘さを少々。金貨チップス以外の塩味を、どれにいたしましょう♪
今はこれの気分ですの。魔物貝の焼き物。ただの貝焼きにしか見えませぬし、事実その通りにございますが、こちらなんと、真珠を身に宿していた貝にございますの! ええ即ち、下手すれば廃棄なされてしまう代物。
されど、うーん♡コリコリでプリプリで絶品にございますの♪ 真珠だけを味わうなぞ、勿体ないの極致ですの。わたくしとしてはこちらの方が貴重な珍味ですの。これを常食とするマーメイドが羨ましいですの♪
そうそう、珍味と言えば忘れてはなりませんのがこちら。うふふ、一際異彩を放っておりますの。なにせ様々な宝物が並ぶ中、土の詰まった小袋が置かれているのですから!
されどご安心あれ、れっきとした食べ物にございますの。土の精霊ノーミードによる、『食べられる砂金土』にございますの。ほら、黄金に輝くキラキラ粒が混ざっておりましょう?
これを、スプーンにてさくっと。持ち上げればほろほろ落ちる砂は……しっかり砂ですの。ゲテモノの類? わたくしを、この『ゲテモノ公女』を何だとお思いで? ぱくっ、ん~~♪
「ソース味で、じゃりじゃりで、食べ応えがある~♥ 甘いほうも美味しかったけど、これも好き~♪」
同感でございますのベーゼ様♪ 濃い味付けの中に仄かに香る土の味は、臭みなど一切なく、ミネラルを感じさせるほど。例えばそう、民の視察がために訪れた野菜畑にて、手ずから引き抜き洗い口にした新鮮なる一品を彷彿とさせますの。
先程頂いた甘い土も、また。あちらはチョコレート味にございましたが、これとは違う泥香は、さながら厚き地にて成る果樹を彷彿とさせましたの。空想なる世界に思いを馳せ、金混じりの一口をいただく。ゲテモノとは実に失礼。贅沢なる美食にございますの!
「よかったあ、あのお店も繁盛しだして! ちょっと気になってたんだあ」
「こちらの土の、ですの? うふふっ、今や大行列ですの♪」
とはいえ、平なる皆々様には受け入れ難いのは事実だったのでしょう。些か閑古鳥が鳴き気味でありましたの。されど、そこはベーゼ様の威光にございますの!
ベーゼ様が率先し買い、店頭で実食して見せればあの通り。ノーミード達は飛び交い、賞品は飛ぶように売れてゆきますの。嗚呼、げに素晴らしきは彼女の手腕。いえ口頬。
恐らくは、あれが目的なのでございましょう。人間にはゲテモノと呼ばれる魔物食が多分に並ぶ本催事。それらが敬遠されぬよう、自らが看板娘となり盛り上げる。催事を司る者としてこれ以上なく高潔な――。
「えへへ~♥ありがとうヴィーちゃん♥おかげで助かっちゃったあ♪ ヴィーちゃんが気持ちいいレビューをしてくれたからだよ~!」
ほむぐっ!? こっ、こほこほっ、だ、大丈夫ですの爺や、少し土が喉に詰まっただけで……こう言うとさながら泥道にでも倒れ込んだようですが。コホンッ! いえ、何を仰いますのベーゼ様!
わたくしは只、まさしく、御相伴に預かっただけのこと。御身の御傍で美食を堪能しただけで――ふひゃあっ!?
「お礼のちゅ~♥♥♥えへへ、ほっぺたについてた土も貰っちゃった♪美味し♥ ティアラケーキ、注文してくるね~!」
はふう……心臓に悪うございますの。わたくしにとって、貴女様のキスは何よりの宝物であり、何よりの美食ですの…! この『宝食糧庫』におきましても!
あぁ、この食事エリアもまたなんと素晴らしきカフェテリアですの。いえ、あえてパントリーと呼ぶべきなのでしょうか。うふふっ!
ミミックパビリオンを出てすぐに構えられておりましたこちらは、さながら洞窟のような、先程まで居た宝物庫のような門が聳えた飲食広場でございましたの。成程、宝食糧庫という名に相応しいデザインと思いなんとはなしに足を潜らせたのですが……そこで驚きに満ちましたの!
なにせ青空は突然に覆われ、まさに洞窟の中の装いに。されど暗い様子は無く、各所にある灯りが隠れ家的な雰囲気を醸し出したのでございますの。外から見た際は、開けた食事場所であったのにも関わらず。
いえ、それだけではございませんの。岩天井より垂れ下がるは、干されている宝石製の骨付き肉。そこかしこに籠に乗せられ飾られしは、金の人参や玉葱。宝箱に刺さる華美な剣には、ソーセージの束が絡みついて。
これぞまさに、宝の食糧庫! 話に聞く幻影魔法を駆使した素晴らしき空間! 並ぶ料理もそれに合わせた宝物のような風貌で、なんとも愉快なコンセプトにございますの! 一体、何を食べればこのようなアイデアを浮かぶのか。
「見て見てヴィーちゃん!!! もう作って貰ってたし、すっごい豪華にして貰っちゃったーっっ♪ 食べよ食べよおッ♥」
それは当然、あのような……まあ!? もはやわたくしの頭が通るほどのティアラケーキにございますの! うふふ、腕が、もとい胃が鳴りますの♪
「「――ご馳走様でした♪」」
満足するまでたっぷりといただきましたの。けれど満腹で動けなくなることはなく、程よい腹心地ですの。爺や、下膳を。さて!
「この後は如何いたしましょう。ベーゼ様は、その……?」
「アタシはまだ大丈夫だよ~! 一緒に遊ぼ♥」
まあ、それは重畳の至りですの♪ うふふ……♡つまりは、この先もベーゼ様の職務たる巡回及び催事の発揚にわたくしもお供することと同義であり、ベーゼ様はそれを受容してくださったのですの。これ以上の深き信望はございませぬの!
ならば、そのご期待にお応えしなければ! ああされど、どういたしましょう。ベーゼ様がお喜びになり、且つ御役目に制約を受けずに済むコースを考えなければ。まず飲食はマストといたしまして……!
「あれれ、次どこ行くか悩んでる~? えっへっへ~♪そういう時のための、そのリストバンドだよ~!」
あぁいえ悩んでは、いえ。こちらも忘れていたわけではございませんが、折角のお導き頼らせていただきますの♪確かにこちらが一番にございましょうし♪ リストバンドを抓み、引っ張りましてと。
「まさか先程のスタンプラリーの台紙に、このような魔法がかけてありますとは。うふふ、手軽で無くさず済んで重宝いたしますの♪」
簡単に腕より離れ、元の紙一枚状へと戻ったのは例の試練の用紙。先程ミミックパビリオンにて受け取った、『ミミックど~こだ!パビリオンダンジョンver』の挑戦シートにございますの。
こちらによれば、どの魔物パビリオンにもミミックが一体は潜伏しているとか。それを探し、スタンプを貰うことこそがこのアクティビティの目的。うふふ、何処に潜んでおるのでしょうか。パビリオン、もといダンジョンの何処に隠れようとわたくしは――はて。
「そういえば……こちらにはミミックはおりませんの? 少なくとも、料理には」
「うん! ミミックは美味しくないよ~。私の口には合わない味だったなぁ」
え。いえいえそういう意味での発言ではございませんの!!! ……え、もしや、お味を御存じで? ははあ、先程のわたくしへと同じように指や耳や髪や触手を舐めたのですか。ほっ……。
いえ、流石に人間が舐めたら美味しいということは……その、後でお許しになられる方を御紹介いただけると。宜しいのですか? おほほ感謝を♪コホン!
話を戻しましてと。そうではなく、ミミックが調理を行うことも、料理を提供しているということも無いという意味でしたの。改めて見ても、やはり。
「ミミックって恥ずかしがり屋ばっかりだもん。皆やりたがらないんだあ」
成程。確かにそのような紹介がなされておりましたし、事実スタッフとしていらしたミミックも大半は……あら? しかし先程ミミックパビリオンでは。
「中には社交的なミミックもいらっしゃるとお見受けしましたの。わたくし達を食べた、もとい箱へ収納してくださった方のような」
ミミックの箱へと入る体験をさせてくださり、更にはわたくしの禁断の問いかけにも気さくに答えてくださったあのミミック。一体は説明の通りの性格にございましたが、もう一体。あちらは実に人当たりの良い印象を受けましたの。あれは。
「あ~。あの子はアーちゃんと社長のトコの、派遣で来てくれている子だよ! なんかね、すっごい頑張って鍛えて、明るい性格になったんだって!」
まあ!? ミミックにも派遣という概念がございますの!? 聖職者や術士や冒険者、いえ傭兵でしょうか。なんとも奇妙で奇天烈な、それこそゲテモノな……いえ、此度は褒め言葉になりませんの。ユニークな魔物ですこと!
「あとでアーちゃん達、紹介するよ! あとね~確か~あ、いたいた! ほら、あそこの子も派遣ミミックだよ!」
へっ!? ミミックはこの場にはいないのでは、ああいえあれは食材には、という意味でしたの。されど今し方わたくし、目を凝らし探したはずで――まあ!
「お菓子の魔女の厨房内で、可愛らしい宝箱が跳ねて! 焼き立てケーキや装飾の運搬お手伝いを!」
あのような子がいたなんて、気づかなかったなんて。わたくし、不覚ですの。全て見つける覚悟でいたはずですのに……!
「因みにあっちにもいるよー! 見えるかなあ。あそこの宝箱の山の中の上から二段目の一番右の、古ぼけた宝箱。そだ、近づこ♥そうそう、これこれ!」
こちらに…相違はないのでございますの、よね? ベーゼ様に手をとられ近寄れば、これは本物の宝箱のご様子。周囲を埋め尽くす金銀財宝装飾とは違い、触れ心地がございますもの。となれば本当に、きゃあっ!?
「シャウウルルン……!」
ほ、本物でしたの! 蓋が軽く開いて、口に。宝箱型のミミックでしたの! 気づかぬものでひわあああっ!?!!?
「シュルルルン……!」
「えへへ♥実は一番下のこの箱もミミックでした~♪ 魔王軍の子が、衛兵としてここの警備してくれてるんだあ」
びびびびっくりしましたのっ!! 足へ急に触手が絡みついたと思いましたら、全く意識すら向けていなかった最下層の宝箱が開いて、触手型のミミックが! なんと、なんと……!
「全て見つけてみせるというのはおこがましかったですの。これほどとは。見つけるどころか、改めてミミックの実力を見せつけられたのですの……!」
パビリオンだけでなく、このような場にも普通に居るとは。それを気取られぬとは。そういえば、この地全体がダンジョンでございましたの。
……ということはよもや、パビリオンに隠れているスタンプラリーミミックもこのレベルの? となれば、わたくしとて……。
「どうしたのヴィーちゃん? あもしかして、スタンプラリーのミミックがすっごい隠れ方してるって思っちゃった?」
ついスタンプラリーのリストバンドを撫でてしまい、ベーゼ様にも悟られてしまいましたの。まさにその通りですの。あれだけ豪語した手前、お恥ずかしい限りなのですが……。
「そんなことないよ! 難しそうで難しくない、ちょっと難しい隠れ方しているだよ。難易度、ピリ辛♥この黄金粒々胡椒が効いたオニオン
いつの間に指に嵌めていらしたので? って湯気が立って熱そうでっ、まあ。油も残さず、スポッとお口の中へ。絶技でございますの。コホン、それはともかく。
ふと思い返せば、隠れミミックは幼子に対してもわたくしに対しても『見つかるように』動いておりましたの。ならばその延長線上であるスタンプラリーでもきっと、なのでございましょう。はふう、少し気が楽に――。
「難しい隠れ方しているのは、色んなお手伝いしてくれているスタッフのミミックだけだよ! あでも、この子達みたいに隠れているわけじゃないか。ん~でも、隠れてはいるよね。でもやっぱり隠れてはいないというか」
??? え、えと……? ベーゼ様、それはどういう? 今し方いただいた糖分を使ったとて理解がおよばないのですが……。
「ミミックなんだけど、ミミックじゃないというか。此処にもいるけど、う~~ん……。口で説明するの難しいや! よ~し、探しに行こ~♥」
きゃっ! また手をとって……うふふっ、ええ! 腹ごしらえも済みましたし、ミミック探しの冒険へと出発ですの♪
「ほほ~! このような魔物も存在するとは! アザラシの皮を被る精霊なんて、変わっておりますの」
「皮だけに~?えへへへ♥ でも、こんなに寒いトコ棲んでるんだから暖かい服要るよねえ。ヴィーちゃん寒くない? へ、アタシ?寒くないよ!」
冒険の第一歩はやはりダンジョン、もといパビリオンですの。気になった会場へと入り観覧を。わたくし、精霊と言えば四大精霊か妖精しか存じ上げませんでしたの。ですがこちらの精霊はなんとも興味深く。
姿は人型であり、精霊らしく光に包まれておりますが、面白きはその生態。なんとその身にアザラシの皮を着込み、アザラシ同然に水中を泳いでいるのですの。ほらこのように。
氷の大地に、外のような青空が広がるこのパビリオン内。そのどこまでも続くような景色を割るように、うねり波立ち……いえ、わたくしよりも高く聳えるは、海の流れ。いいえ、海の壁。
さながらカーテンや衝立、あるいは延々と続く長水槽のようなそれは果て無き向こう側が透き通るほど蒼く。その中をアザラシの群れが泳ぐ姿はなんとも可愛らしゅう光景。
されど、これだけではただのアザラシ回遊展示。驚くべきはここから。えぇと、あれですの! あの、仄かに光っているあのアザラシ! あれこそが――きゃっ!
「ばっしゃ~ん♪ セルキー見~つけた!」
ベーゼ様が海へと飛び込みましたのぉ!? 正しくは水製の壁に上半身を呑み込ませただけとはいえ……アザラシ捕らえておりますの!!? い、いえですからそれはアザラシではなく!
「きゃんっ、ベーゼ様ったらあ♪ アザラシを手づかみで捕まえるなんて、漁師でも無理ですよ?」
水壁より引き抜かれ、打ち上げられたアザラシはなんと言葉を発しましたの。次にはさながらローブを脱ぐように、フード付きの衣服の前を開けるように、するりとアザラシの皮を。
そこに現れたのは、アザラシの頭を被り皮を背にマントの如くかけた、滑らかな肢体を持つ佳人。もとい精霊。軽く宙へ浮き、ラッコの皮のような素材の…水着?にしては、随分と露出過多な……ベーゼ様並みの、恰好をしておりますもの。
このような、アザラシに擬態する精霊というのもいるとは。白い感嘆の息が出てしまいますの。世界は広うございますの。まるでミミックみたいな……あっ! ももも、もしや!
「この何処かに、このアザラシの群れの誰かに、ミミックが!?」
さながら寒き海へと飛び込んだような…まあそのような経験はありませぬが……衝撃を身に受け振り向けば、水壁の中では変わらずアザラシ達が悠々と。仄かに光るアザラシ、もといセルキーと共に泳いでいるだけ。
むむむ……! どれも本物のように見えますの。しかし、ミミックであればこれぐらいできるはずですの。機微を読み取ってみせますの! されど……むむむむぅ……中々に、難渋を極めますの。
どの子も本物に見えますし、セルキー自体も、光っている以外は完全にアザラシと同じ動きをしておりますの。これでは……いえ、それが狙いやも。
ミミックの潜伏は環境に紛れ模倣し、さも平時を装うものと先程学びましたの。そうして警戒を失わせ油断を誘い、その隙を突くと。なれば寧ろ、最もアザラシらしいアザラシこそが――ッ!
「この子ですのおっっっああっ!?」
ベーゼ様に倣い、わたくしも水壁へと上半身を。アザラシを捕らえようと致しましたが……に、逃げられてしまいましたの……! あの鮮やかさ、水中の精霊で……あ、あら?
それはセルキーのことであって、アザラシでは。となると今のはセルキーで? いえ精霊の輝きはありませんでしたから、きっとそうでは。ですが今の動きは見事な、いえそれ以前に、わたくしが探していたのは……は……は……
「お、お嬢様! そのような御戯れは……あ、あれ、濡れていない……?」
はくちゅっ! もう、わたくしを水から引き抜かないでくださいまし爺や! 折角考え事をしておりましたのに。ですが自らのくしゃみで阻害されましたし、飛沫を水の中に混ぜずに済んで――はて?
「なぜわたくし、乾いておりますの? びしょ濡れ覚悟で身を放り込みましたのに。しかも……わたくし、水の中で平然と呼吸をしておりましたの!?」
今更ながら気づきましたの……! わたくし、水中で普通に、アザラシを取り逃がした際に反射で、口を開けておりましたの。ですが海水を味わうことは無く、然れば当然溺れることも。一体何故。
「ふっふっふ~♪ 博物館ダンジョンって知ってる? そこの遺跡保全の疑似海魔法を真似っこしたんだあ。もし泳げない子が水にザブンしたら危ないもんね♥」
ベーゼ様。あぁ、幾度か訪れたことがございますし、覚えがございますの! 確か水中の感覚をその儘に、呼吸等を自在に行えるように調整された魔法でございましたの。成程、それにございましたの。
されど、それならばますますわたくしの推測が的を射ておりますの。全対応呼吸魔法式が含まれていると聞くそれであれば、アザラシもセルキーもミミックも共に水中を泳げるということ!
よもや宝箱が泳ぐ訳もない以上、間違いなくミミックはアザラシに――。
「ママ~! 見て見て水の壁の中! 宝箱が流れてる!」
「あら本当ね! アザラシが遊んでるわ!」
…………いえ、いえ。そんなはずは。聞き間違えですの。離れた位置から聞こえた、他の観覧客の声なんて。そんなのが、そんなので――。
「ヴィーちゃん、どしたの? アザラシちゃんがほら、出てきて行進始めたよ♪」
……………………宝箱、ですの。水壁から氷上へと飛び出してきたアザラシ達は、ぽいんぽいん跳ねるように何処かへ進んでいきますの。ただ、同じように飛び出した、遊んでいた宝箱をその場に残して。
いやいや、そんな、そのような、まさか、まさか。これがミミックな訳、ないですの。だってそのような簡単な、ピリ辛とも言えないほどに単純な……一応、蓋を開けて、中身の確認を――。
「『ハズレ』」
やっぱりじゃないですのっっっ!!! 紙が一枚入っているだけの偽物ですのおっっっ!!! わたくしに走った緊張、返してほしいですのっ!!!
「ぷふふっ♥引っかかったあ♪ ミミックの潜伏、そこまで甘くないよ~♪ でも、セルキーみたいにアザラシになってるほど、激辛難易度でもないんだよ~!」
もう! ベーゼ様お笑いならないで――へ? それは、どういう。その言葉が確かならば、宝箱はおろかアザラシにもミミックはいないということ。わたくしはとんだ的外れをしていたという……。
「けどヴィーちゃん凄い! アザラシの中にいるかもって思いつくなんて、アタシじゃ思いつかなかったもん♪ 実際アーちゃん、セルキーの皆のとこにはそうやって派遣しているらしいし」
え、えへへ……♪ と、またアーちゃんという方の名が。むぅ、ちょっと妬いてしまいますの。コホンそれはともかく、確かその方はミミックの派遣?を行っていると聞きましたの。ということは。
「内緒だよ~…ヴィーちゃんだから教えるんだよ~…! セルキーの皆とアザラシ皮の中に入って、追ってきた人の不意を突いて発射、突撃して倒すんだって! 格好いいよね♪」
やはり、企業機密というものにございましょう。潜伏するのがミミック、なればその潜伏場所を祭りとはいえ公にしてしまえば命に関わりますの。そればかりは斟酌しなければなりませんの。
それに、此度はミミックを発見するのが遊戯の核。なれば老若男女が見つけられる難易度であって当然。泳ぐアザラシから見つける難易度は確かに激辛であり、ピリ辛とは言えませんの。ほむ。
では、ミミックは何処に? まだパビリオンの入口付近、奥の方にいるやも――きゃわっ!
「秘密の隠れ方を見抜けたヴィーちゃんなら、きっと簡単に見つけられるよ! ほらほら進も♪ セルキーパビリオンだもん、セルキーの皆と楽しも~♥」
っ! ええ、うふふっ。うっかりしておりましたの。ミミックを探すことばかりに注力していてはいけませんの。なにせパビリオンの主役は展覧される魔物達。
色々と自らを紹介し様々な自らを魅せてくださる彼らを無視して、ミミックのみを探すなぞ。愚行と呼ぶに相応しいですの。自省いたしますの。……もしや、実際の冒険者もそうなのでしょうか。
宝を探し、ミミックに仕留められ。今度はミミックを警戒し、宝を逃す。そうなればミミックの掌の上いいえ口の中。成程、探索にはそのバランスが肝要と悟りましたの。
魔物を、潜伏を、両方どちらも楽しまなければ一流の冒険者にはなれませんの。わたくしも気張って――は、は……!
「はくちゅっ! 少々冷えてしまいましたの。料理が届くのがふにゃあっ!?」
「それまでアタシがあっためてあげるー! えへへぇ、ヴィーちゃんとぎゅー♥」
だだだ抱きしめていただかなくとも!!? もうパビリオンも出ておりますし、本日の晴天があれば自ずと……うふふっ、暖かいですのお♡
とはいえ、くしゃみの総回数はそう多くはありませんの。セルキーパビリオンは確かに寒うございましたが、凍えるほどではなく。程よい冷気にございましたの。
そして、ミミックの潜伏場所も程よく。わたくしが謬見に陥った入口付近より更に奥、パビリオン展示は多岐に渡っておりましたの。実は精霊の衣であるアザラシ皮の仔細や、存外肉食よりの食性。その狩りの詳細や、氷上陸地での生活等々。
その再現として作られておりましたのは、氷のブロックでできたイグルー。その中に入る体験を、とその刹那。あることに気づきましたの。
それは数人は容易く棲むことの出来るそのイグルーの横。そこにはなんと、わたくしの膝程のイグルーがちょこんと建って、いえ、置かれておりましたの。
一瞬まさに小人用の、あるいはペット用のイグルーかと思いましたが……セルキーの棲家紹介に小人サイズは必要なく、だとしても宝箱並みと些か大きい。ペット用にしては妙に家から離れている。かといって子供が作ったにしては精巧。
奇妙に思えど『きっと展示の一部だろう』『装飾の一環だろう』と何かと理由をつけて無視はできるサイズ及び配置。されど、僅かにでも気を割いている人にはもしやと思える絶妙具合。えぇ、その通りでございますの。
そっと近づけばズズ…と擦り逃げる時点で確実にございましたが、優しく抑え触れてみるとまた面白きもので! 氷ブロックのドームであるはずのそれは、丁度真ん中で蓋のようにパカリと開き、その内には住人もといミミックが!
あの瞬間のわたくし、きっと満面に喜悦の表情を浮かべていたことでしょう。あれが宝物を見つけた冒険者の気分であるのならば、ええ、危きに身をやつす心持ちがわかろうというもの!
パビリオンをミミックまで堪能し尽くし、一段落。なれば、おほほ♪次にわたくし達が堪能するのは当然至極。
「お待たせしましたー! アーブロース・スモーキーズに、アクリス鹿の一直肢ロースト、ショートブレッド、シダ華やアイスプラントのフリッター、ブラッドプティング、セーフリームニル猪のストーヴィーズ、ラッコ鍋、えぇと後は……えっとご注文の品、全部でございまぁす!」
来ましたの来ましたの、爺や含めたとて余るテーブルに、山程♪ 寒い身を温めるには、やはり温かい、アツアツの料理にございますの。うふふっ、セルキーパビリオンを出てすぐにあるのですもの、それはつい寄ってしまいますの! では!
「「いただきま~す♡♥」」
どれもこれも、寒さを凌ぐに相応しき料理! あぁこちらも美味しく、そちらも極上、あちらもあちち、ほふほふ♪
「――でね、このラッコのお鍋って、実は催淫効果があったんだあ」
「ほふ!? そうなのですの!? さ、催淫って、もう食べてしまいまして…!」
「だいじょ~ぶ! そーいうのも打ち消す魔法展開してるもん♥じゃないと種族によっては毒な料理、万福に味わえないでしょ?」
料理が美味しいと、会話も弾みますの♪ ベーゼ様の御心もまた良きスパイスで。……っん?
「『あったんだあ』…とは。その、ご、御経験が?」
「うん! ししょーが誘ってくれてね。食べたらなんだか身体がぽかぽかふわふわしちゃって、ししょーがいつも以上にむわむわでむらむらで、なんでかなーって思ってたら、後でししょーとムグムグ…してる時に教えてくれたんだあ」
肝心要が聞き取れなかったのですが!? で、ですが催淫効果と聞けば……わ、わたくしとて、それが何を示すかは存じておりますの。そしてベーゼ様の師匠と言うのが、その、サキュバスのというのも……!
わ、わ、わ、わたくしとて、存じておりますのお…! その、えと、えぇと……そういった類の、発散、の然るべき、手段は……ごくん……。い、いえ、そんな、そんな訳が。
「あの時は気持ちよかった~♥ もう部屋中がむせ返るようなむわむわ熱に包まれちゃって、アタシとししょーの香りが床にも壁にもいぃっぱいに飛び散って♥ その中で朝まで、アタシとししょーは身体をぱちゅん♡ぱちゅん♥って――わあ!? どうしたのヴィーちゃん鼻血出てるよ!!?」
ひ……ひえ……ひょ、しょうしょう……きゃらだが……身体が、火照って、ひまった、だけ、へえ……! き、きっとぉ、ら、ラッコ鍋の、効能でぇ、いえでもそれは今無効でぇ……!
「熱いもの食べ過ぎちゃってのぼせちゃった!? 温まってる時にお相撲した話するのは暑苦しかった? ちょ、ちょっと待っててね。今良いの買ってくる!」
むひゅ……爺や、拭ってくださり感謝いたしますの。いえベーゼ様、のぼせた訳では……いえ、のぼせてしまったのですけれど。ともかくそのように幾多の分身を生み出し、散会なさらなくとも――ん今? それは確か、スポーツの類の……。
……えと、えぇと。こほんっ、ど、どうやらわたくしの勘違いだったようですの。つい想像をば……ゴホンッ! や、やはり熱いものばかりをいただいた影響にございましょう。今度は身の奥から、火が出るかのような暑さが――。
「お待たせ~ッ! アイスとかジュースとか、冷たいのたっぷり買って来たよ!」
ひゃわあっ!? ベーゼ様と分身達が、もう一つのテーブルごと、特大なまでに山盛りのアイスをっ!!? っと、これは、まあ! さながら先のパビリオンの冷涼が舞い戻ったかのよう!
氷精霊による氷結フラッペ、ウンディーネの水流アクアジュース、セルキーのシーソルトアイスに、ネレイスのクラゲ入りコリコリソフト、ブリザードドラゴンのブレスシャーベット、スネグラチカの雪結晶、ジャックフロストの雪ダルマパルフェなどなど――!
気になっていたデザート、てんこ盛りですの♪これならばわたくしの身も確実に冷えて落ち着きを取り戻しますの! ですが……。
「その、良いのでしょうか? 折角身を温めたのに。ん~美味ですの♪」
「んひゃ~ちべたくて甘~い♪ うん! だって今の内に冷えとかないと、次のパビリオンは気持ち良くないよ~。だってここの通り、『アツさむ整い!?クロスキッチン』だもん♥」
あぁ、うふふ! そうでございましたの。こちらの往来、そのような名称にございましたの。先程の『宝食糧庫』が如き重厚な装いはありませぬが、こちらのコンセプトはどうやらパビリオンすらも関わる模様。
一本の道を挟み展開されているこの通りは、片側が氷雪の装飾や冷たき風情が漂い、もう片側は溶岩や熱砂が飾れる灼熱の趣に。そのクロスが、パビリオンを挟み暫く続いているのですの。
例えば今し方堪能いたしましたセルキーパビリオンの向かいは、えぇと、キジムナーパビリオン? ベーゼ様曰く、南国の精霊のようで。その横に設営された食事処は、やはり熱帯の木々やらが立ち並んでおりますの。
ここで重要なのは、その食事処には必ず熱い食事と冷たい食事が、こほん、アツさむが備えられているということ。パビリオンの展覧を終え、寄った温度を食事で癒し、つい行き過ぎた火照りや冷えに誘われ更なる癒しを。
されど上手く調整するのは、おほほ♪わたくしでさえ至難の業ですの。胃と足取りは軽き儘にそうなればどうするか。おや、丁度向かいに心地よさそうなパビリオンが。うふふ、御馳走様でしたの♡ それでは。
「避寒に赴きましょうか、ベーゼ様♪」
「うん! 冷えた身体で飛び込も~♪」
「「あったか~い♪」」
燦々と空より注ぐ日光。纏いつく湿気の熱。先とは打って変わり、砂浜に波打つ海の音。聞こえて来るは緑葉の木々が揺れる音と、民謡の独自の調べ。まさに避寒に相応しき地、もといパビリオンにございますの♪
アイスを大量にいただいてきて正解ですの。とはいえ曰く、これも特殊な環境投影のようで。わたくしのように厚手の貴族装束を着込んでいても存外快適に観覧できましょう。なんともバランスのよく。
「―――♪」
「―――! ――☆」
まあ! 南国のムードに身を包まれておりましたら、ふよふよと小さな精霊がわたくし達の元へ! 大きい個体でも両手に乗る程度の身は、赤い毛で覆われてさながら球のよう。可愛いですの♪
「この子達がキジムナーだよ! ちっちゃいけれど、実は結構な魔力の持ち主なんだあ。例えばねえ、あ……お口チャック♪」
慌てて口を噤むベーゼ様。うふふっ、その意図はわかりますの。折角のパビリオンですもの、自らの目で観覧いたしませんと♪ ではキジムナーの皆様、案内をお願いいたしますの♪
「――はへああ。こん子達があん子の使え魔だったべなあ。こないな精霊を従えるなんて、あん子もばり強か子なんやねえ」
「こらそれだけじゃなか。うでっこきなんは違いあらへんが、こんこらはあの子の友達、『どぅし』ちゅーもんじゃけえ。ほんにめんこい子でんなあ、ピッフウ!」
他の観覧客からも関心の声が聞こえてきますの。ええ、まさに。この精霊達は地元の方々にとっては友人そして、福を呼び込む存在のようで。
友となった人を手伝い、家を栄えさせる様は幸運の象徴。火を借りに来、食卓を共にし、年の瀬を共に過ごす様は隣人のよう。ここまで聞けば、人懐こく愛くるしいだけの精霊にございましょう。
されど、ベーゼ様が仰った『凄い魔力の持ち主』という言意は、どうやら彼等を害した際にこそ顕著に現れるようで。彼等の嫌いな物を無理に押し付けたり、樹木の精霊である彼等の棲処を汚すと、なんとも恐ろしいことが。
幻影魔法を駆使し、土をライスと誤認させ食べさせる。木洞や光の通さぬ絡み根の隙間等の人が到底入れぬ狭所に閉じ込める。夜道で灯りを吸収し、暗闇を齎す。その程度は序の口。
時には大火を起こすことも、三日の期限を以て呪い殺すことすら。敵に回せばなんとも恐ろしい精霊にございますが……うふふ♪ わたくし、気に入りましたの♪
なにせ、この子達の好物! 魚の目玉なのですもの! えぇ、人のほとんどは食べずに捨てる――即ち、ゲテモノ食いにございますの。おっと……!
「ご気分を害されないでくださいましね……? わたくしが勝手に抱いたシンパシーですの…!」
「「「?」」」
よかった、気になされていないようで。わたくしはもう慣れましたが、自らの好物をゲテモノ呼ばわりされることは不愉快を覚えましょう。ですが目玉も美味なもの。残した片目を分けていただきたく――おや?
「じゃじゃーんっ! キジムナーパビリオンの目玉! おっきいガジュマルの木だよー! 幻影じゃなくて本物だよー♪持ってきてもらったんだー♥」
まあ! こちらにも目玉がございましたの! 空を遮り緑の木漏れ日瞬かせるは、細根を絡ませ合わせた太い幹にて聳え立つ、大いなる巨木。その高き枝にて熟れた身のようにぶら下がり笑うは、キジムナー達。
なんとも素敵な光景に、わたくしの心も暖かくなりますの。もう体はだいぶ温かいですが。暑気を払う風の吹くたびに葉はサワサワと揺れ、キジムナー達も心地よさそうに。その様を見ておりますと、なんだか……。
「えへへ…♪ お昼寝しちゃおっかあ♥」
ふにゃあ! べ、ベーゼ様耳元でぇ…!? い、いえ……その……よ、宜しいのですの?
「うん! そのためのスポットだし、三十分ぐらいならだいじょ~ぶだよ! キジムナーに悪戯されちゃうかもだけど♥」
確かに寝ておられる方はちらほら見受けられますの。とはいえ悪戯は……ほ、ほどほどにしてくださいましね? 心地よき腹心地に、葉に緩められたぽかぽか陽気。何処からともなく聞こえる波音。抗えませんの…!
「ここ空いてるよ、一緒に寝よ~! お邪魔しまーす、すぅ……」
わたくしを連れたベーゼ様は、絡む根の元に座り込み背を預け即座に夢の中へ。わたくしの手を繋いだままに。この手が一番温かく、最も抗えませんの…! ではわたくしも樹を傷つけぬよう丁重に。
あぁ爺や、キジムナーの悪戯は止めなくて構いませんの。場を借りた礼ですの。三十分後に――ふあう……なんなら爺やも……すぅ……。
「――お嬢様、ベーゼ様。もうお時間にございます。お早くお目覚めに。でないと、ああ……」
むぅ……う、く、ぅうう…! もうですのぉ? ですが、良い目覚め心地にございますの。南国の木の根元、友と一緒に、精霊達に見守られる午睡なぞなんて貴重な……んふっ?!
「ふわああ~んみゃ。んん~~気持ちよかったあ。ヴィーちゃんどぉっあははは! すっごいお髭ぇ!」
「ベーゼ様もですの! なんてご立派なカイゼル髭! 顔より幅広ですの♪」
「え、ほんと?! でもヴィーちゃんもすごいよ~! 眉毛もふと~い!」
まあ! 爺や、手鏡を。まあ、まあ! わたくしにもゴーティが、ヤギのような顎からの長き髭が! 眉もまん丸に作り替えられておりますの!
それらの毛が全て赤色であることと、周囲で楽し気にぴょんぴょん跳ねている精霊達の様子から、これは間違いなくキジムナーの毛にございましょう。なんとも可愛らしい悪戯ですの。爺や、拭って――んっ?!
「あれ~!? 爺やさん、猫みたいな髭生えてる~!?」
「えぇ、私にも少々。止めたかったのですが……」
似合っておりますの……と言ってあげたいところですが、何故貴方だけそう可愛らしく。なんだか少し悔しいですの。まあ、爺やに髭を描いたとてなんにも面白みがいないということにしといてあげますの。
「いっぱい寝たしお腹空いちゃったあ。キジムナーの地元料理、食べに行こ~!」
「ええ! 楽しみですの! お魚料理、あると嬉しいですの♪」
ともあれこのパビリオンも堪能いたしましたの。外に出てこの心地を肴に魚を――はて。何か忘れているような。なんでございましょう……おや?
「あの木の洞、いえ気根の隙間? やけにキジムナーが集まっているような?」
そこは枝や幹より伸びる根が絡まり出来た空洞。されどまるで赤い毛玉で縁取りがなされているようになっておりますの。
心地よく目覚めて足取りも軽いため、ふらりと近寄ってみますの。まあ、覗いてもよろしいですの? では――あぁっ!?
「宝箱!? ミミック!!」
洞の中、精霊光に照らしだされ鎮座するは、赤毛玉箱、もといキジムナーと戯れる、ミミック! お、思い出しましたの! そういえばスタンプラリーを行っておりましたの! すっかり忘れて後にするところで――いえ。
そうはなりませんでしたの。寝ぼけ探し物を消失していた頭でも、違和に気づき引き寄せられましたの。これもまた、ミミックの掌の内、もとい――これは箱の内というより洞の内ですの?
あと、どう見ても宝箱は洞穴の入口より大きく、なんならヒゲや糸のような気根に絡めとられてすらおりますの。敵を絡めとるミミックが。もしや、キジムナーに閉じ込められて……?
「――うさがみそ~れ~。ぜんざいかき氷、キジムナーサーターアンダギー、キジムナーの贈り物グルクン揚げ、ミーバイイラブチャーの尾頭付き刺身盛り合わせ、ジワーワの石つきラフテーとテビチー、シャコ魔貝の焼き物、ガジュマルヤドカリの締め殺し果実チャンプルー、ニラカナイリチー、青アザラシ印のアイス、他諸々ばんないど~」
来ましたの来ましたの♪ 冷たいものから熱いものまで、此度は一遍に頼んでしまいましたの♪ うふふ、まあ! やはりお魚の目玉はくりぬかれておりますの。きっとキジムナーが味わったのでしょう♪
「ん~~♪ま~~さ~ん♥ つい踊りたくなっちゃう美味しさだよ~!」
あら、そのように手を上に、手首をくるくる回して踊られて♪ 型などない適当な踊りながら、なんとも乗っかりたくなる不思議な舞いにございますの♪わたくしも……恥ずかしゅうので軽くだけ……!
「――御馳走様でした~! ふひ~食べた食べたあ♥そんじゃ、ヴィーちゃん?」
「えぇ、参りましょう! 爺や」
テーブルを埋める食事を全てお腹へ収め、ひと心地。されど、わたくし達は椅子から動かず。何処に参るのかと? おほほ、いいえ。参るのは料理。ここからが食事の本番ですの。
気づいておりましょうか。この『アツさむ整いクロスキッチン』を訪れてから、わたくし達は色々といただきましたが……そのどの食事も、言ってしまえば普通の代物。大抵の方が受け入れられる美食にございましたの。
しかしそれでは、わたくしの名折れですの。そう、『ゲテモノ公女』の! その興味を御存じなベーゼ様と画策し、取り決めたのでございます。左右のアツさむを満喫してから、ゲテモノを堪能すると。
えぇ、この場合はセルキーパビリオンと、キジムナーパビリオンの。どうやら双方の食事処に、数量限定の逸品があるようで。今からそれを一遍に――おや!
「お持ちいたしました。その……くれぐれも、こちらの消臭魔法バルーンを展開なさるよう。店主の方々より幾度も念を」
「勿論展開しまーす! えへへ、見て見てヴィーちゃん。これ、こういう料理のために用意したんだあ。ここの紐を引っ張ると、ぷくうっと膨らむの!」
まあ!? 手乗りの置物風船かと思いきや、そのような機能が!? まるで風船の如く膨らみ広がった魔法陣は、外の景色が見えるほどに薄く、されどわたくし達を包みましたの。ふんふん、これで。
「臭気は外に漏れないと思われます。では――本当に、お召し上がりに?」
無論ですの爺や。もう購入なさったのでしょう? いいからお早くなさい、冷めてしまいますの!
「はあ……では……こちらのバルーンの中に入っております」
まあ厳重ですこと。これは、フォークで突けばよいのですの? では、パチンっと、っ……!
「っう……ぐふっ……。ご、ご注文の……『ハギス』『キビヤック』『ヒ―ジャー汁』『くさや』に……し、失礼……うぷっ!」
あら爺やったら。慌てて消臭バルーンから逃げ出してしまいましたの。まあそこにいなさい。わたくし達とて貴方の苦悶を見ながらいただきたくはありませんもの。しかし、ははあ。
「なんとも猛烈にして凄烈な、獣臭をこれでもかと煮詰めたような、腐敗臭にすら近い香り……。見た目も、中々にゲテモノの名に相応しゅうございますの……! こちらが」
「ひゃ~♥くひゃ~い♥ えっとね、ハギスが羊の内臓をハーブとかと一緒に羊の胃に詰めた料理。おんなじ名前の魔物を模した料理なんだって。キビヤックが、アザラシのお腹の中に渡り鳥を詰めて地面に埋めて発酵させた料理。セルキーがアザラシを余すことなく使うための調理法らしいよ」
成程、ファルスの一種なのでございますの。まさに胃袋とわかる薄皮と、それを割り漏れ出るミンチ肉。アザラシの腹を割り、羽を残したまま詰めこまれている鳥。駄目な人は駄目な絵面にございましょう。
「んでヒ―ジャー汁はね、ヤギのお肉のスープ! 内臓とか匂いの強い香草とかもいれるし、味つけも出汁とお塩だけなんだって。それでくさやは、キジムナーと同じ国の島の料理で、独自の調味液で作る発酵食品だよ!」
こちらは素材の味と、長く保存するための知恵にございますの……! 色々と口にしてきたわたくしとしても、少々慄くほどのゲテモノ。ですが、だからこそ!
「「いただきます!」」
実食する価値があるというものですの! では……もぐ……んっ! こっ……これは……美味ですのっ! 羊肉のクセは存外少なく、噛み締めると湧き出る肉の味が濃厚ですの!
こちらは、羽を毟って食べる肉も美味ですが、液状化した内臓を啜るのも至福と? では……むむっ、これも、中々…! どこか脂のチーズらしさを感じられると共に、迸る肉の旨味が、癖になる鳥のエキスが、脳に叩きつけられますの!
ここでスープを、ごくり。ううん、こちらはシンプルにして野性味たっぷりの旨味。ヤギの肉のい深き滋味が口いっぱいに広がる様は濃密そのものですの!
最後は、こちらの干物のお魚。はむっ。ほほお、噛めば噛むほど味がいくらでも! それ以外にも件の調味液の力でしょうか、さながら幾百幾千の魚が凝縮された、されどまろやかすら感じる味わい!
どれもこれも、普通の料理では味わえぬほどに濃く深く重く力強い芳醇を湛えておりますの…! 匂いだけで敬遠されるのは実に勿体ない。一口食べる度にそう思ってしまいますの。
はああ……これを是非我が屋敷でもいただきたいですが、確実に怒られてしまいますの。せめて今だけは、うっとりと、この妖しいまでの魅惑に浸らせてくださいまし。ふううう……はあああ……♪
「「御馳走様でした♡♥」」
気づけば全部平らげてしまいましたの。爺や、お戻りを。片付けと、わたくし達に追加の消臭魔法を。ゲテモノを食べれど、身だしなみは一級に。貴き者の、そして乙女のたしなみですの。
「本当に全て……いやはや、感服いたしました。他にも挑戦者はおりますが、お嬢様方のようには」
他にも? あら、本当ですの。消臭バルーンを仕舞いつつ見れば、他の席でも同じようなバルーンが。どうやらわたくし達に呼応したようにございますが……。
「うぷっ……も、もうダメ……これ以上は……げほっ……」
「吐き気が……胃の中から、臭いのが……戻しそう……」
「あんな美味しそうだったのに……至福って感じの顔だったのに……」
「こんな……こんな……駄目ちょっと封させて……匂い嗅いでたら……」
あちらもこちらも、ダウン同然。もう、覚悟が足りませんこと。食へ生半可に挑むからそうなるのですの。注文したのですから、せめて食べきって――。
「「「「「捨てちゃお……」」」」」
なっっっっっ!!? そ、それは許せませんのっっっ!!! 恐らく注文時に覚悟を問われたはず、されどそれを押し通したのは貴方がたにございましょう! 食を、食をなんだとっ!
「お、落ち着いてくださいませお嬢様……!」
「ど~ど~♪ りら~くすのちゅー♥ あ、臭かったかも…?」
なにを爺や、ふにゃっ、なにをベーゼ様!!? いえ臭いなど貴女様の可憐さの前には、加えて共に食を交えた唯一無二の愛を感じ取れ至高の、で、ではなく!
いくらベーゼ様とて此度は緩まりませんの! 一口二口のみならず、人によっては口すらつけず! わたくしの名の下に、十全に堪能するまでは――!
「ま~ま~♪嫌いな人は嫌いな味だもん。そんな時のために用意はあるんだあ♥」
……はい? それは、どういう? あの捨て向かう人々を目で追えと? むう、そう仰られましても。行く先なぞ決まっておりますの。ゴミ箱で――あら?
「ゴミ箱の傍に、謎の…箱が? 台に乗っておりまして、縦長で……」
「ああ。各所の食事処にて度々見受けられた箱にございますね。確か、岡持という料理を運搬する箱に似ておりまして、『綺麗な食べ残しはこちらに』という札が貼られておりました」
目を凝らして見れば、確かにそのようで。ですが、どういうことですの? 首をかしげておりますと、捨てようとしていたお一方がその箱の蓋をお開きに。幾つかの段に別れた内部へ食器ごと料理を入れ、閉めまして。あら!?
数秒の後に、箱の蓋が自動で開きましたの!? すると中から、お金が!? 極少量でございますが、それはまるで料理を引き取った代金のようで……!
「ホントはね、皆に全部食べて貰いたいんだあ。全部美味しいんだもん。けれど、やっぱり食べられない、口に合わなかったって人も沢山いると思ってたんだあ」
それは……そうでございましょう。平時でもそのような方は度々いらっしゃいますの。なれば食の祭典となった此度の魔王万博もとい魔王万福では当然溢れかえりましょう、無謀とも評せる方々が。
「チャレンジするのは良いことだし、楽しいことだと思うんだけど……それでもやっぱり残されたご飯が勿体ないし可哀想でしょ? アタシが全部食べられれば良かったんだけど、役員の皆に止められちゃって」
それはそうでございましょう!? あらゆる人々の食い差しまで口にするのは、幾らベーゼ様が良くても品位というものが……え。お待ちを、その流れ、もしや。
「だから、沢山いるスタッフの皆で分け合うことにしたんだあ♪ あのお金はちょっとした返金。アタシ達は安く食べられて、余しちゃった人はちょっとだけ返して貰って別なのを買える。win-winでしょ~♪」
え、えぇと……それは、その……残飯処理を、スタッフの方々で行っている、と? そ、それは……そのお……えぇっと……。
「食べるのはほとんど魔獣とか小竜とかスライムとかゴブリンとかの、
あ。それもそうでしたの。それも生の儘にいただいていると。ならわたくし達人間が怖気づく食事すら、容易く平らげるのでしょう。
「勿論綺麗なものだけだし、ダメなものはごめんなさいで捨てちゃうけどね♪ その判断は魔法だけじゃちょっと難しいから、売り物ご飯ならぜ~んぶ食べられる子に任せているんだあ」
成程、ある程度の線引きはなされていると。ならばその判断を下す担当の者は責任重大で――はて? ではその方、何処に? そのような健啖家の魔物なんて、あの箱の傍には……箱? ハッ! ま、まさか!
「あ、丁度全員終わったみたい! 動くよ~…!」
料理を入れられ、それを消し、お金に換えるを繰り返していた箱が……人列が消えたのを好機に、ぴょんっと台から飛び降りましたの?! そのまま裏手の方に消え――違う箱が現れ、代わりに台に飛び乗りましたの! ということは、やはり!
「あれも、ミミックで……!?」
「うん! 隠れてるけど隠れてないでしょー♪ あんな感じにお手伝いしてくれる子、他にもいっぱいいるんだあ♪」
なんと…なんと……! 先のベーゼ様の発言、ようやく理解いたしましたの! しかも他にもいると。うふふ、目でも口でもここまで楽しませてくださるとは! この先も――!
「さ~ばんばか巡ろ~♥るんるん楽しも~♥」
「おほほ♪ミミック探しの冒険、まだまだ――」
「残念だけど、冒険は一旦お終いね。ラスボスが道を封じるわ!」
「何言っているんですかもう。迎えに来たよ、ベーゼ」
っ!? どなたですの!?