ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~   作:月ノ輪

252 / 252
人間側 とあるゲテモノ公女と万福③

 

 

 突如声をかけられ、わたくしは思わず身構えてしまいますの! ベーゼ様を親しく呼び、わたくしのミミック探しの冒険を中断させるラスボス?を名乗るのは一体――あ、あら?

 

 

「魔族の方と……ミミック?」

 

 

 そこにいらっしゃったのは、これまたベーゼ様に負けず劣らずの美貌を誇る、魔族の佳人。そして、彼女に抱えられるように身を見せる、少女のような姿の可愛らしい上位ミミック。はて。

 

 

 何処かで見たような。いえ、見覚えはございますの。その恰好、花形の如き可憐さで星の如き輝く衣装。開幕セレモニーにてパフォーマンスを目にいたしましたアイドルの方にございますの。名までは存じ上げませんが――。

 

 

「アーちゃん! 社長! 一緒に……え。もうそんな時間? やっばあ!」

 

「そうだよ、もうお昼休みも終わっているし、出番も間近だよ」

 

「うう~楽しくて忘れてたあ。あ~こんな時メーちゃんがいてくれたらなあ」

 

「メマリアを時計代わりにしないの。ほら、転移ゲート作ってあげたから」

 

 

 アーちゃん? それって確か、ミミックを派遣なさっているという企業の……。こちらの魔族の方が、アーちゃんなのですの? では、社長というのはこちらの、ひゃわあっ!?

 

 

「ふふ~☆どうやら私達ミミックを存分に堪能してくださっているようで! 楽しめているようで何よりで~す☆」

 

 

 いいい、いつの間に目の前に、テーブルの上に!? い、いえミミックならば可能かもしれないですの。散々見てきましたもの。ですが、ここまでとは……!

 

 

「私、ミミンと言いま~す! こっちはアスト! 今からアリーナパビリオンでライブがありまして、ベーゼちゃんも出演予定ですのでちょっと借りますね~!」

 

「ごっめえん! すっかり忘れてたヴィーちゃん! ちょっと歌ってくるね♪今日、このライブやったらアタシフリーだし、予定会ったらまた一緒に食べ歩こ♥」

 

 

 手を振りゲートを潜ろうとするベーゼ様と、ミミン様を宝箱ごと抱え一礼をするアスト様。お仕事の一環ならば仕方ございませんの。ここで一旦お別れを――。

 

 

「あの子が、例の? 随分楽しんだみたいだけど、どこで――きゃっ! もう」

「えへへ~♪ お迎え嬉しいのちゅ~♥ あっ、アタシまだ口臭いかも!?」

「ははあ、あの臭~いの食べたのね! アストは残しちゃったものね~☆」

 

 

 ……むぅ。いえ、これは嫉妬などでは、断じて。ですが……少々寂しゅうございますの。このままミミック探しの冒険を、もとい展覧や食事を楽しむというのは。そう、さながら天頂の苺を失くしたケーキのよう。

 

 

 無論それでも美味にございますが、一度心に宿した至福には中々にして抗えぬもの。恐らくこの先、一人で巡ろうとも――いえ爺やはおりますが――何処か、欠けた気持ちになる気がしてなりませんの。たとえ満腹になろうとも、万の福とは。

 

 

 しかし、嗚呼。こればかりは諦めなければ。別段今生の別れなのではございませんの。ただ暫しの間、待てば良いだけ。わたくしをこれ以上ないほどに理解してくださる友を……っ。

 

 

「あ、あのっ!」

「あ、ヴィーちゃん!」

 

 

 っぇ…! ベーゼ様と声が被ってしまいましたの。なんでございましょう。

 

 

「もし良かったらライブ見に来ない? 席は全部一般席だし、アイドルライブだから好きかはわかんな――」

 

「馳せ参じますの!!!」

 

「わわあっ!? 食い気味ぃ♪」

 

 

 っあ、し、失礼を。つい手まで取ってしまいまして……! だってわたくしが御頼み申し上げようとしていた内容、まさにそのままなのですもの。失くした苺が恋しいのならば、自らの手で摘みに参ればよいだけのことですの!

 

 

「えへへ♥ アタシもヴィーちゃんに見て貰いたかったし、嬉し♥ それじゃ、れっつごー!」

 

 

 ベーゼ様はわたくしの手をするりと握り返し、今まで同様の、はしゃぐような力で牽いてくださって。アスト様もミミン様も笑顔で受け入れてくださいますの。それは苺のように甘く、爽やかなる芳香をも。

 

 

 流石はベーゼ様の御友人にございますの。今ここにいる限り、世間を俄かに騒がすあの受け入れ難き苦味とは無縁で――爺や、お早く! 片付けが遅うございますの、置いていってしまいますの!

 

 

 

 

 

 

 

「一瞬でとーちゃーく! はや~い! わっ、控室に繋げてくれたんだ~♪」

 

「ふふ、その方が良いでしょ? あっ、お二方はすぐに会場へご案内を」

 

 

 いえ、お構いなくアスト様。わたくしとて親交のあるディーヴァやプリンシパルの控室へ訪問したことは幾度かございますの。寸志すらをも用意せずに参ったことは落ち度にございますが、そちらは明日にでも届けさせましょう。

 

 

 しかしそれとは別に、皆様へ謝意を伝えなければなりませんの。ベーゼ様を引き留めていたのはわたくしなのですから。催事の円滑なる進行を阻害してしまい、わたくし――。

 

 

「あっ、ベーゼちゃん来た! よかったー間に合った!」

「ほらほら着替えて、っつても魔法で一瞬かあ」

 

「うん! ヴィーちゃん見て見て~! アイドルに、へんし~ん♥」

 

 

 まあ♪ 魔族衣装から一転。大輪華の如く咲き誇るフリルのパニエスカートは、ベーゼ様の可憐と淳良を見目好く放つよう! 輝かしいピンクがとてつもなくお似合いで、エトワールもかくやの美姿!

 

 

 更に御髪の編まれたハートと似合う頭覆うような大ハートのリボンは、さながら王冠の……いえ、ベーゼ様のお立場上この評は……うふふ♪わたくしにとっては――ひゃあっ!? 

 

 

「じゅんびうんど~♪ そ~れ、てやーっ、くるくるくる~♥」

 

 

 みみみみ、見えておりますの!!!? す、スカートの中が、あまりにも容易く、いえ軽すぎじゃありませんこと!? クリノリンが無いにしても、パニエの意味が、そそそそのように跳ねるとチラチラどころではなく!!!

 

 

 アイドルの舞台というのは今まで観覧したことはございませんでしたが……セレモニーではベーゼ様は魔族装束を纏い、アイドルの方々は花を添えるがメインにございましたが……ここここれが、普通ですの!? 誰も気にはなされておりませんし、え、えぇと……!

 

 

「あはは……幾ら促しても、聞いてくれないんです。一応見えても良い下着らしいですし、普段の装束の方が露出は多いぐらいですから」

 

 

 困惑しつい目を狼狽えさせておりましたら、ミミン様を抱えたアスト様が苦笑いを。はぁ、どうやら御苦労がございますようで。ベーゼ様御当人の意志であれば、わたくしは何も口を挟めませんの。

 

 

 ともあれ、わたくしは早々にこの場を後にしたほうが良いでしょう。挨拶をと思っておりましたが、ベーゼ様も下稽古に集中されだした以上部外なる者が長居していては迷惑千万。アスト様、会場への道順だけ教えていただけましたら。

 

 

「ふうっ! 出番終わり! はー歌った!」

「この時間でもお客さんいっぱいねえ♪」

 

「あ。リア、サラ、お疲れ! はいお水」

 

「あんがとアスト♪ ふふっ、相変わらずね!」

「後でネルっさんにも――あら? そちらの方は? 御貴族の方…?」

 

 

 丁度扉を開き現れたのは、これまた別のアイドルの方。わたくしに気づかれてしまいました。ベーゼ様を囲んでいた皆々様の目もこちらに。では、コホン。

 

 

「わたくし、ヴィザレーヌ・フォン・グーララーサと申しますの。此度はベーゼ様と同道の折、貴重なるお時間を割いてくださり恐悦至極に存じますの。皆様方にもご心労をおかけし、此処に謝意を」

 

 

「貴き御身からのご厚情、勿体なく。……グーララーサ? グーララーサ公!」

「その、御令嬢様……てことは、『ゲテモ――むぐっ!」

 

 

 おほほ、構いませんのそのように口を抑えずとも。気に入っておりますもの♪ あぁしかし、これはよくありませんの。皆様の視線が、恐縮の瞳に。舞台へ上がる演者を怯えさせるなぞむにゅう!?

 

 

「ヴィーちゃんはね、人間族なのにアタシとおんなじぐらいご飯食べられるんだよー♥ 量も、色んなものも! ふふーん♪凄いでしょー♥」

 

「ふふっ。もうベーゼったら、なんで貴女が誇っているの。あと、どんな種族でも貴女程のはそうはいないでしょうに」

 

 

 ベーゼ様が頬をむにゅっと、アスト様がクスクスと…! そのおかげで場の空気は和やかなものに。ふう、助かりましたの。それではこの間に。

 

 

「わたくし、このような舞台を観ずるのは初にございますが、場のマナーに合わせ翫味させていただきますの。それでは一足先に、皆様方ごめんあそばせ♪」

 

 

 カーテシーにて一礼を。控室を後にいたしますの。さて、あらアスト様にミミン様、続いてくださり心からの感謝を。おほほ、そう微笑まないでくださいまし。重ねての深謝を。

 

 

 しかし、ベーゼ様はともかく貴女様方もわたくしへの畏れはございませんでしたの。いえそれこそがわたくしの求めるものでございますが……もしや――――ベーゼ様のお相手で存外慣れておりますの?

 

 

 さておき、案内は本当に道順だけで構いませんの。お二人も見たところ演者。これ以上は舞台に差支えが。

 

 

「折角ですし私が送りますよ~! ベーゼちゃんのお友達ですしミミックを気にかけてくれている方ですもの。パビリオンの子とはちょっと違う、やさし~い仕舞われ方、味わってみません?」

 

 

 なんとミミン様、それは……とっても興味がございますの! しかし余計な御手間に、嗚呼しかし抗うには。そう迷う内にわたくしは少女らしゅう手に引かれ、宝箱の縁に手をかけ、吸い込まれるように!

 

 

 まあこれは! 先程とは違う、温かみすら感じる闇! さながら温暖なる夜、満天の星空に包まれているような――あら。少々失礼を。箱から顔を出しまして。

 

 

「爺や! いつまで怖がっているのですのっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着で~す☆ 中央寄りですけど、一番後ろの席なのは許してくださいね」

 

「無論ですの。それに、このアリーナパビリオンの真価はセレモニーでとくと味わいましたもの♪」 

 

 

 既に舞台は幕を開けておりますの。パビリオンという建物内部というのに見える青空は、他パビリオンよりも殊更に広く広く。外観の施設容量を明らかに超過した数の観覧客は、皆がゆとりを持ち、遠きステージを共に。

 

 

 幻影魔法、空間拡張魔法、更には背の低いわたくしでも伸びをせずに済むよう床の自動調節魔法まで。只唯一の不満点と言えば、それこそ遠く、小粒にしか見えない演者の方々ぐらいのもの。

 

 

 されど、それはとうに解決なされておりますの。この空に浮かび続けている、幾多もの大きな風船こそが真価。それらは只の造り物に非ず。ステージの背後にある魔導画面の如き映像を、いえそれ以上を風船の身へ鮮明に映し出すスクリーン!

 

 

 このおかげで、どれほど人山が阻もうが舞台の盛行は手に取るように見えるのですの。しかもなんと、わたくし達の―即ち見ている者の心を別個読み取り、興味の先たる演者や演出を独りでに映し出すという。いやはや、なんとも。

 

 

 これほどの魔法、我が国どころか人界の王宮付魔導士全員を招聘したとて叶うものでしょうか。流石は層厚き魔王の懐ですの。いったいどれほどの人員を割いてこの維持を――おや!

 

 

「さ~さ~★お手を拝借お体拝しゃ~く♪ミャルミャル音頭~★」

 

「あははっ! ボク達がお手本だよ、縦に伸ばした両腕で、ミャルミャル☆」

「口みたいに、蓋と箱みたいに、パクパ~クぅ♪ そして~お尻をフリフリ~♪」

「は、恥ずかしい人は控えめでも…! このままステップで、右に左に……!」

 

「「「「「ミャルミャル♪」」」」」

 

 

 ステージ上に居られるのは確か、ネルサ様にございますの。ベーゼ様と同じ魔界大公爵(グリモワルス)であり、その御高名はかねがね。それを囲むは、彼女が手掛けたであろう幾人ものアイドル。

 

 

 あちらには人間族の三人、あちらにはエルフや獣人混じりの。されど殊更にわたくしの目を引くのは、舞の教示をなさっているミミックですの。しかも二体も。共にいる人間族の少女とのチームなのでしょうか。

 

 

 ミャルミャルちゃんの衣装、もとい着ぐるみ、もとい箱を備えたミミック達は、箱で身でダンスを広めながら少女へ寄り、並んで踊り、抱き合い抱え合うように。うふふ、まるで先のアスト様とミミン様の関係に似ておりますの。

 

 

 ではわたくしも遅まきながら、ミャルミャル♪ 腕を前に伸ばし縦に並べ、パカパカ。無き尾を振るように腰を振り振り。それを右に向き、左に向き。あら案外全身を使いますの。膨れたお腹に丁度良いですの♪

 

 

「ふふっ! 大きめに動いても隣にはぶつからない様に空間魔法が働いてますから、存分にノッてくださいね☆」

 

 

 えぇミミン様、郷に入りては郷に従え。今だけは貴族の体面を忘れ、皆々様に合わせますの。……って、まだここにいらして宜しいのですの? その御姿、貴女様もご出演なさるのでは――あ、あら?

 

 

 わたくしの気のせいでしょうか、ミミン様の箱が変わっておりますの。それこそ壇上のミミックのようなミャルミャルちゃんの装いに。いえ気のせいなはずは。先程までは。もしや箱の中から取り出されて?

 

 

「いえいえ、今控室で着替えてきたんですよ~。それに、演出のために~……☆」

 

 

 そうでございましたの。……わたくし、口には出しておりませんのよ!? いえそれよりも、着替えてきたとは。目を離していたのは数十秒程度で……しー? 

 

 

 ミミン様は唇に指立て、ウインクと共に。私が従い口を噤めば、箱より少々身を乗り出し避けるように。大きめに開いたミャルミャルちゃんの中は暗く……っ! 

 

 

 な、何かが……何者かが、その箱内部より、ずるりと!? 這い寄る混沌の如く、誰かが暗闇より――!

 

 

「し~~っ……♥ アタシだよ~……♪ ヴィーちゃん、もう楽しんでるみたいで嬉しいな♥」

 

 

 べ、ベーゼ様ぁ…!? はあ、少々肝が冷えましたの。っってですから、もうこの際何故箱の中にはさておき、宜しいのですの…!? 出番なはずでは!

 

 

「お! あっすん達、いらしゃ~★ さ~次も盛り上がってこ~!」

 

 

 あぁほら、舞台上にアスト様が登壇なされましたの! なのにミミン様もベーゼ様も此処にいらっしゃるのは……!

 

 

「えへへ♥こっから向かうことにしたんだあ♪ ヴィーちゃん、アタシの歌たっぷり味わってね♪そして最後の刺激的な一撃、ヴィーちゃんに届けるよ♥」

 

「ミミックもちょっと活躍しますから、ベーゼちゃんの付け合わせにどうぞ☆ それでは――っとう☆」

 

 

 きゃっ!? ベーゼ様を収納し箱に戻ったと思いましたら、ミミン様は箱の姿の儘に、ミャルミャルちゃんの儘に跳ね上がりましたの!? た、高いですのぉ!?

 

 

 しかも、落ちてこないですの!? 宝箱は飛び去る風船のようにどんどんと青空に、ネルサ様とアスト様映るスクリーン大風船に並び小さくっ。

 

 

「――にひひ★あっすんそれマジウケ★ はれ? そういえばいつも一緒のしゃちょ~は? それに……こっからのメインディッシュ、べぜたんいなくね?」

 

「あれ、本当だ。社長もベーゼもいない。もうあの二人ったら。何処かで道草でも食べちゃってるのかな」

 

 

 道草もとい食事をいただいていたのは間違いございませんが、当のお二方はこちらに! いえ正確にはこの空の上で――あ、あら? 何かが、何かがっ!?

 

 

「あはは★想像つく~★ 道草食べてるし、会場のご飯たっぷり食べてそ★」

 

「ね。ん~でも間に合うのかな。誰かが送り届けてくれたら――あ!? 皆、見て見て! 後ろ、会場の方!」

 

 

 皆の視線が一斉にこちらへ、いえ大空へ! そ、それも当然ですの! 奥に見える各会場を覆い隠すように、否、その上を翔け、このアリーナパビリオンへぬうっと顔を出すように現れたのは、きょきょきょ巨大なミャルミャルちゃんですの!

 

 

 さながら舞台を見下ろすように現れた彼女は、やれやれと言わんばかりに肩を、いえ蓋を揺らしますの。するとそのままパカリと開き、中からは――虹の道!? そして、その上を通るのは!

 

 

「ミャルミャル~んッッッ☆☆☆」

「みゃるみゃる~~んっっっ♡♡♡」

 

 

 ちっちゃいミャルミャルちゃんと、その上に跨るベーゼ様ですのっ! 風船スクリーンに大きく映し出されたその姿は、虹の上を滑るその箱は、先程飛び上がり浮かび続けていたお二方に相違ありませんの!

 

 

 わたくしを含めた皆が仰天の口を開ける中、虹の道は縦横無尽に柔く絡まる毛糸のように。その道をミミン様とベーゼ様は滑り、踊り、跳ね、飛び移り。時には別れ、走り、蹴り、スカートが華のように舞い。

 

 

 その様はまるで、このダンジョンへ入場する際の歓待のよう。皆へ笑顔を振りまき、合わさり、くるくる螺旋を描きステージの上へ。そこへ待ち構えておりますのは、手を伸ばすアスト様!

 

 

 

 皆の目がそれを追い再度ステージへ集中する中、一足先にミミン様がその腕の中へ。直後アスト様はそのミミン様もとい宝箱を高らかに掲げましたの。その上へ――!

 

 

「ほいっと♥セ~~~フっ♪ 間に合った~! おっきいミャルミャルちゃん、送ってくれてありがと~!!」

 

 

 指一本で逆さに着地したのは、ベーゼ様にございますの! あっスカートがぶわっと捲れ下がって……! ほっ……すぐに飛び降り、縦回転を以て着地してくださいましたの。成程、この演出の布石にございましたの。

 

 

 ハッと見返せば、巨大ミャルミャルちゃんは大きく跳ね、遠くの会場へと消えてゆきましたの。あれも幻影にございましょうが……まるで本物のような圧迫感にございましたの。

 

 

「えへへ~お待たせお待たせ♪ お腹いっぱいにしてきちゃった! 社長と一緒に腹ごなしに走るの、楽し~♥」

 

「私も沢山食べてきちゃったものね。私とアストはメラメラ火山ご飯ゾーンでサラマンドラのボルケーノステーキとか、イフリート壺の蒸しアッティン野菜とか、ペレ神の特製ロコモコとか、精霊ゴリゴナンの溶岩フォンダンショコラとか!」

 

「わわあ美味しそう! アタシもアツアツなの沢山食べて来たんだあ。アツさむ整いクロスキッチンで――全部口の中でじゅわあって染み出して、その後に冷たいアイスが――どれもこれも整ってふわわ気分で! あとあと宝食糧庫でお宝食べるって楽しくて、あっ! ねえねえ、美味しい土ってあるんだよ!!」

 

 

 

 と、楽し気な声に惹かれて向きを戻してみれば、壇上ではミミン様の羅列に応じ、ベーゼ様が幸せそうにわたくしとの巡りを全て話してくださっておりますの。周囲からは涎を呑み込むような音もちらほら。うふふっ、感無量ですの♪

 

 

 

「――そんでねそんでね、他にもね! 空風屋台通りで!」

 

「ちょいちょいべぜたん★ こんままだと美味美味(ウマウマ)★トークで終わっちゃうし★」

 

「それも面白そうだけど、折角皆さん集まってくれているんだもの。この後いっぱい食べてもらうためにも」

 

「あっ♪うんっ! そうしよー! みんなー! 盛り上がってお腹空かそー♥ 『JamboreeなまでにHungry』っ!!」

 

 

 ひゃっ! その宣言が響くとともに、ステージにて炎の柱が! それと共に音楽が流れだしましたの。しかしこれは、わたくしが普段聞く交響曲(シンフォニア)や交声曲(カンタータ)のような曲調からは程離れておりますの。

 

 

 何と評しますか……悪く言えばがなり立てるような、何処か猥雑さを感じられるような。されど、なんでございましょう。だというのに、その乱脈の中に磨き抜かれた秩序があるように、それが怒涛の人波となり押し寄せ持ち上げてくるように。わたくしの身が、心の奥から噴きあがるものが!

 

 

「さあ踊ろうよみんな♪ お腹空かせよー! みんなで一緒に、ハングリーだ♥」

 

 

 その熱に手足は浮かされ、舞の形式すら把握できぬ儘に流麗を描き。風船スクリーンの上に現れたベーゼ様の分身を、ステージ上のベーゼ様を、各所でステップを刻むミミン様方、もといミャルミャルちゃん達と共に。

 

 

 これはまるで――かつて視察したキャンプの火を囲む子供達の心持。この空のように晴れ渡る祝祭の折、広場にて皆で舞い踊る活況。共にわたくしが混じった訳でもないのに伝わってくる、そう、お祭り騒ぎの感覚ですの!

 

 

 これが、これがベーゼ様の、いいえ、アイドルの力ですの……!? 紅茶を手に静かに耳を傾けるだけでは、椅子に深く腰かけ拍手を送るだけでは、味わえないのですの! なんて、なんて――ゲテモノなのでしょう♪

 

 

 えぇ、えぇ。これはわたくしにとって、わたくし達貴族にとって、疑いようもなくゲテモノですの。凡そ清冽を象りし閑雅とは違う、粛然の装い無き烈々。格式張った饗膳からは摂れぬ、舌に脳に耳に轟く旨味!

 

 

 嗚呼、これですの、これですのっ! わたくしがゲテモノ公女という綽名を甘んじて受け入れている理由は! そしてそれを為すのは、披露してくださっているのは、他でもなきベーゼ様! 魔界大公爵が一柱!

 

 

 貴族の中の貴族たるあの御方が、貴族のゲテモノを高らかに。虹を纏い、分身と打ち合い、誰よりも燦然と。うふふ、なんて、嗚呼……だからこそ、ですの。だからわたくしは、ベーゼ様が――♡

 

 

「今回の〆はね~! あれ、やっとくよ~! 音量と衝撃、注意♥」

 

 

 おや? 曲もたけなわ、ベーゼ様が奇妙なことを。どうやら此度の一品、何かしらの刺激をくるんでおりますの。ふふっ、どのようなものかは知りませぬが――何しますの爺や! 何故わたくしの耳を塞ぎますの!?

 

 

「噂に聞いたことが。曲の最後、ベーゼ様の脚力を以てして――ふぐっ…!?」

 

 

 フンッ! たわけた脇腹に肘鉄を食らわせてやりましたの! 今は式典ではございませんの。知識人の蘊蓄を聞く気なぞ毛頭ございませんの! 大体、隠し味というのは口にしてから見出すもので――あら?

 

 

 背景で皆様と踊っていたアスト様が、ミミン様を抱え数歩前に。そしてさながらサーブをするウェイターのようにミミン様を、滑らせるように投げましたの!? 

 

 

 宝箱はくるくると回転しつつ、ステージの端から端を練り歩く…いえ練り滑る?ように。と、蓋が開いて何かが。あれは、シンバルですの? それを音なく合わせ、一つに。あのような形の菓子、見たことあるような。別の楽器の名がついた。

 

 

 いえそれより。打ち合わせ鳴らすはずの楽器を、何故あのように? 待機中だからなどではないのは明白。何故ならばミミン様は自らの身より大きいそれを、まさしく菓子のように持ち、バトンのように振り回しておりますもの。

 

 

 更にはあの奥手と思しき少女が同じチームのミミック達を投げ、合計三体のミャルミャルちゃんが場に。彼女達は二枚張り付いたシンバルをパスしあいつつ、ベーゼ様の分身と共にベーゼ様の周りをぐるぐる。

 

 

 その演出はさながら、ミャルミャルちゃんに祝福されしベーゼ様の図。しかしやはり気になるのがそのシンバルの意味合いで――おや止まりましたの。武の舞いを繰り広げるベーゼ様を潜り抜け、ミミン様がその足元へさりげなく。

 

 

 そして最後にもう一度合体シンバルを皆へ見せつけ、箱の中へお隠れに。されど、蓋は閉じることなく。それどころか……は、箱の角度が? 底面の角で立つよう、斜めに。それはまるで、大砲が狙いを定めるような――まさか!?

 

 

 いえされど、その砲塔…もとい箱内が向いている先は、ベーゼ様の目の前。砲弾であれば何も薙げずに通り過ぎましょう。……いえ、それこそが狙いならば? その目の前通過こそが――!

 

 

 爺やのヒントが癪に障りますが、おかげで推測が。もしそうであれば、ベーゼ様は――っ!? 今、目が、ベーゼ様と目が合っ――……!

 

 

 

「ウ~っ♪ JamboreeなまでにHungryッッッ!!!♪」

 

 

 

 シンバルが飛び出ぴゃああああっ!!? よ、予想をなぞりましたのおおっ! ミミン様が撃ちだしたシンバルを、ベーゼ様が蹴りつけましたのおおっ!!!

 

 

 曲のフィナーレに相応しい、いえ余りあるほどの轟音と衝撃を以て、シンバルは空を! あの遠きステージから、貫く彗星の如く、わたくしの頭上めがけて、まあ……っ! 彗星の虹軌跡が、弾ける色彩豊かな火花が、空へ美しく……!

 

 

 シンバルの轟音衝撃の余韻を率いるようなそれは、ずっと眺めていられるほどにございますの……! このまま頭上を過ぎれば――これ危急の事態なのでは!?

 

 

 この豪速振り、ともすればこのアリーナパビリオンを抜け会場へ落ち……いえ、ここはパビリオンでしたの。確かこの青空も虹の演出もあらゆるものが幻影。本来は屋根があり、そこで――これ貫くのでは!?

 

 

 さながら大砲を凌ぐ一撃、既にわたくしの頭上に到達しているというのに一切落ちぬ速度! このままでは間違いなく、あぁ遠くへ――あら!?

 

 

「スピードが急に落ちて、いえ、消えて……!? あの風船…気球?に…!?」

 

 

 よ、よく捉えられませんでしたが、消えましたの……!? 空気を割り進んでいたシンバルが、自らブレーキをかけたかのように突如低速となった後に。

 

 

 その際にようやく気付いたのですが、シンバルの丁度射線先。揺蕩う風船スクリーンがございましたの。それも、気球のようなバスケットがついた。このまま行けばあれにぶつかる。そのような思いを抱く暇なく、衝突を――。

 

 

 その瞬間でございましたの。風船は割れることなく、シンバルはそのバスケットに引き込まれるように急湾曲落下を。後に残ったは平時のような晴れやかさのみ。あのシンバルが実は幻影……ではないはずですの。

 

 

 自らの目を疑い周囲を見渡してみれば、誰も気にしておりませんの。皆様、歌の興奮冷めやらぬ様子でぴょんぴょん跳ねるベーゼ様へ歓声を――わたくしとしたことが! ベーゼ様から目を逸らしてしまいましたのっっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしき舞台にございましたの皆々様! わたくし、感動いたしましたの!」

 

 

 はあ、なんと至福な――いいえ万福な時だったのでしょう♪ 舞台終わりにこうして控室へ突撃してしまいましたこと、許してくださいまし♪ ベーゼ様以降の歌もどれも麗しく、さながらフルコースをいただいたかのような気分ですの。

 

 

「ヴィーちゃーんっ♥♥♥ ちゅちゅちゅ~♥楽しんでくれて良かったあ~! ねえねえ気づいた? シンバル、ヴィーちゃんに向けて蹴ってみたんだあ♥」

 

「きゃっ♡ うふふっ、ええ! 目が合いましたもの♪ 空高く架かるシンバルの虹橋、見惚れてしまいましたの♪」

 

 

 手出しは無用ですの爺や。アスト様方も構いませんの。汗にまみれたベーゼ様を抱きとめることが出来るなぞ、わたくしの装束で拭って差し上げれるなぞ、跳ね跳び口へと混ざる味こそ、格別のデザートにございますの! しかし。

 

 

「あのシンバル、どのような仕組みでございますの? 目で追っておりましたら、最後は消えてしまいましたの。幻影では――な、なんですのその含み笑いは?」

 

 

 流れで気になったあの出来事を問えば、何故かベーゼ様はしたりのお顔。まるで気づいてくれて嬉しいと言うようなそれは、ちらと視線を動かし――あ。あ!

 

 

「ふふっ! どうやら衝撃が走ったご様子で☆ ベーゼちゃんキックに比べれば小さいものでしょうが」

 

 

 いえ……いえ! 並ぶほどの衝撃が身を貫きましたのミミン様! まさか!

 

 

「消えた理由は……風船気球へ飲み込まれた理由は! もしや、速度が急に落ちたのも!」

 

「あら! そこまで見抜いてくれるだなんて! スタンプ押してあげますよ~!」

 

 

 やはり、そうなのですの……! あの風船気球、ミミックでしたの! 確かにおかしいとは思いましたの。スクリーンとして浮遊せども動かずに留まっていた他風船とは違い、あの気球だけは漂っておりましたもの。

 

 

 恐らくはベーゼ様の一撃に合わせ、シンバルを回収する役目なのでございましょう。わたくしの危惧を防ぐための。だからこその自由移動だったのですの。

 

 

 そして、更には。ミミン様の口ぶりより、シンバルの急減速もミミックの仕業なのは間違いありませんの。色々見て来たからわかりますの。恐らくは二枚合せたあの形状が、その隙間が、ミミックの潜伏する『箱』に……!

 

 

 なんとも特殊な隠れ方、これはピリ辛程度じゃ済みませんの。見つけ出せたわたくしは――スタンプ? はて?

 

 

「スタンプ、ございますの? こちらの、スタンプラリーのですの?」

 

「はい! 一応ここもパビリオンですから☆」

 

 

 ミミン様、箱の中よりスタンプを取り出されて。うふふっ♪ならばお願いいたしますの! 中々に希少な記念を、ぺたりと♪ これで三つ目にございますの。

 

 

 残るは五つ。まだまだ半分にもなっておりませんの。まだまだたっぷりと楽しめますの。しかし、そのためには――きゃっ!

 

 

「へんし~んっ♪漫遊も~ど! さあヴィーちゃん、フェスティバル~んしよ♥アタシ、歌って踊ったからお腹空いちゃたあ♡」

 

 

 ベーゼ様がアイドル衣装姿から、普段の魔族装束姿へと! ……確かに露出、こちらの方が激しいですの。コホンッ。えぇ、パビリオンの美味を目と耳で楽しみましたら次は口で、ですの!

 

 

「ねえねえ何処行こっか! さっきのアツさむ整いクロスキッチン、途中だったよね。制覇しにいく? あ、でもこのアリーナパビリオンの外、ライブ限定ご飯とかあるんだよ♥そっちも――わぱあっ!?」

 

「はいはい。まずは汗を拭いてからにしてね。はい、万歳。本当は魔法で着替える前に拭いとくべきなんだから。その服じゃ冷えちゃうでしょ」

 

「ありがとアーちゃん♪ちゅ~~♥でも冷えたらあったかいご飯を食べれば、きゃ~っ♪ 頭わしゃわしゃくすぐったいよお♥」

 

 

 

 まあ、アスト様ベーゼ様で御戯れに。むう。わたくしもベーゼ様と睦まじくできますもの。フンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぷへへ~! 食べたあ食べたあ楽しんだあ♥」

 

「まさに万福にございますの♪」

 

 

 アリーナパビリオンより出て、早速の腹ごしらえ。その後にアツさむ整いクロスキッチンへと舞い戻り、またも展示と飲食のクロスをば。いやはや、どれも素晴らしい品、潜伏にございましたの!

 

 

 ベーゼ様の仰るライブ限定ご飯とは何ぞやと思っておりましたが、その正体はホットドックやハンバーガー、ポテトフライなどの手軽に食べることの出来る軽食の類にございましたの。

 

 

 成程舞台の前の腹ごなしにぴったりであるそれは、他で提供される料理と似て非なる物。少々塩味の濃い味付けは、舞台の熱狂へ飛び込む覚悟に、あるいは退出した際の心地よき疲労に痺れるように効きましたの!

 

 

 更には、本日出演なされていたアイドルを模したピックやカードが記念品としてついてきたのもまた面白きもの。つい色々と頬張りベーゼ様のを全て集めてしまいましたの♪ あぁ、わたくしゲテモノ公女ですの。そういった軽食の『マナー』も心得ておりますの!

 

 

 

 そうして軽くお腹を収めましたら、アツさむ整いクロスキッチンの続きですの。なにせエリア端の2つのパビリオンしか訪れておりませんもの。もっともっとございますもの!

 

 

 まず訪れたのは、『バーバヤーガ』という魔物…いえ魔女のパビリオンにございましたの。雪降り積もる寒き地に棲む彼女達の特徴は、迷い人の本質を見るために老婆の出で立ちをとることや臼を椅子とするのを好むこと等色々ございましたが、何といってもその棲み処。

 

 

 木造りのその家には、なんと鶏の巨足が生えていたのですの! 即ち――歩くのですの! 家が立ち上がり、のしのしコケコケと! 魔法素材たる茸の群生地を探すため、積もった雪を落とし埋まらぬようにするため等幾つも理由がございましたが……そのインパクトは凄まじかったですの。

 

 

 それと、ミミックにも。のしのし周回するバーバヤーガの家の後ろ。小さな家が数体トコトコと着いていっておりましたの。そのほとんどはやはり鶏の足を持つ魔女眷属であり、まさしく鶏用の家のような可愛らしさでございましたが……その内一つを二度見いたしましたの。

 

 

 なにせその内の一棟、触手で器用に歩いておりましたもの。ええそれはもう、鶏の足に負けず、寧ろそれよりぬるぬるに、たったと音が聞こえるほどに警戒に。ぼうっとしていたら気づかぬでしょうが……気づいてぼうっとしてしまいましたの。

 

 

 さながら魔法にかけられた気分にございましたが、その後の食事でも別の意味で魔法にかけられた気分になりましたの。鶏肉と茸満載のぼこぼこ鳴る魔女鍋煮込み。目の前に浮いた臼で挽かれ、その振り落ちる粉が瞬く間に集まり膨らみ焼きあがるライ麦パンなどなど。数多の魔法料理を堪能いたしましたの!

 

 

 

 

 その次に訪れたのは、灼熱の大地に棲む『サンダーバード』という魔鳥のパビリオンにございましたの。鶏を沢山いだたいた後で、と些か逡巡は致しましたが……杞憂にございましたの。鶏は一飲みの猛禽にございましたの。

 

 

 なにせそのサイズは、五メートルは容易く越えようかという巨鳥。人も容易く乗れる、寧ろ乗せて頂きましたその背は大きゅうございましたの。そして、名に相応しき雷を操る力! 赤き砂舞う岩多き地に落ちる稲妻!

 

 

 この力にて獲物を仕留めるようなのですが、つまりはサンダーバード現れるところに雷降りしきるということ。クジラをも食らうというその圧倒的な精霊を称え畏れ、地元ではトーテムポールという木彫り柱像が制作されていると。

 

 

 避雷針――サンダーバードが目視にて味方と認識するという意味合いで――の代わりにもなるそちらのトーテムポールが、ミミックの隠れ場所にございましたの。いえ、それが……畏れではなく恐れましたの。

 

 

 違和感を覚えましたの。至る所にあるトーテムポールに、鳥の意匠を挟んだ威圧感ある顔を重ねた柱たるそれに、必ず一本にだけ宝箱の意匠が紛れていることへ。そして、それをやけに近場で見ることへ。えぇ。

 

 

 そのトーテムポールこそが、ミミック! こっそり追ってきて、さもその場にあったかのように鎮座してみせていたのですの! 最終的にあの鬼面まみれの柱に背後へぴたりと迫られ、悲鳴と共にようやく気付きましたの。それはもう雷が間近に落ちた際のように慄きましたの!

 

 

 その雷の落ちる衝撃は、無論料理にも。サンダーバードが焼き上げた、あるいはその羽を活かし帯電させたバイソンステーキやトウモロコシのパティ、かぼちゃのスープなどなど。痺れるような旨味でしたの、実際に痺れましたの♪

 

 

 

 更に更に。お次は『フェンリル』という魔狼達のパビリオンにございました。ガルムとも呼ばれるらしく、溶けぬ氷に覆われた凍てつく生息地は消えぬ灼炎地と対になるよう存在すると。なんともアツさむ整いクロスキッチンにぴったりで。

 

 

 巨狼であるフェンリルの背中、寒き地を生き抜く毛皮はふわふわで暖こうございましたの。なんでもその地の神々にも一目置かれている狼だとか。あのもふもふ具合も納得ですの。

 

 

 また、どうやら彼等はその氷の大地の主人たる女神に管理されているようで。その証拠の首輪紐…グレイプニルという仰々しき名称にございましたが、その素材が驚きでしたの。猫の足音、女の髭、山の根元、熊の腱、魚の吐息、鳥の唾液――なんと面妖な。

 

 

 凡そ紐の生成には使えぬ、ともすれば存在すら疑わしい代物にございますが……神々ならば可能だということ。それにより強固な品になると。そして生成がために、この世のそれらは全てあるいはほとんどが集められ、この世に無いように見えていると。流石は神々、スケールが違いますの……。

 

 

 ですが、ここではなんと! それらを使った料理がいただけたのでございますの! わたくしも半信半疑でございましたが……なんとも味わい深く……! 猫の足音はまろやかで、魚の吐息は繊細極まりなく。

 

 

 山の根元は食べ応えある滋味の塊であり、熊の腱はジビエのようでそうではなく。鳥の唾液は存外爽やかで、女の髭は包まれるような雄々しさでしたの。おほほ、どれもこれもゲテモノだったかもしれませんの♪

 

 

 とはいえご安心をば。それらのまさしく神妙なる品は一部。ほとんどは人が受け入れられる食事にございましたの。ただ……そちらも些か奇妙なものが。いえ奇妙と言うより……まともというか、一周回ってとんでもご飯というべきか。

 

 

 レッドボアの生姜焼きやソーセージたっぷりポトフなど、実に食欲をそそる絶品ばかりでしたが……なんというか、異世界の食事のような……。調味料?の容器やらも、この世界のものとは思えぬ素材に、謎の文言?やマーク?が刻まれておりましたし。神々かどなたかの――とんでもスキルなのでしょうか?

 

 

 あぁ、ミミックについても当然忘れてはおりませんの。しかし、ここではピリ辛ではありませんでしたの。そのグレイプニルに…首輪紐に結わえられるように、飾りとなっておりましたの。フェンリルがガオウと吼えれば、その宝箱ミミックもガオウと。可愛らしゅうございましたの。

 

 

 

 そして今し方観覧して参りましたのが、そのフェンリルが棲む地と接し、真逆の性質を持つ灼炎の地。その業焔の最中に暮らすのが、『ムスッペル』という炎の巨人達にございましたの。巨人族にも色々と存在するようで。

 

 

 パビリオン内部が拡張魔法と幻影魔法により構築されている利をここぞと活かす展示、見上げるほどの燃え盛る巨人は、暑さ以外の汗が噴き出る威圧にございましたの。もしあの場が幻影通りの烈火の中ならば、あの瞬間わたくしは焦げ、灰になっていたことでしょう。

 

 

 そうでなくともわたくし、最接近させていただいた際には気が薄ら遠くなってしまいましたの。嗚呼この世の広さたるや。しかしそれを正気に戻してくださったのは、ベーゼ様にございますの。えぇ、あれはもう……。

 

 

 ……熱過ぎて、只でさえ露出の覆い装束すらはだけようとしたのですから。しかもよりにもよって胸から。それは正気に戻りますの。慌ててわたくしの身で隠しましたの。我が身で汗を拭う気がもう一度あるとは。

 

 

 そしてその地のミミックは、ある意味尤もミミックらしゅうございましたの。そのムスッペルの宝物として、伝説に名高き炎の剣レーヴァンテインと、それを仕舞う9つの鍵を持つ巨大な宝箱レーギャルンが展示されておりましたの。

 

 

 蓋の開いた巨宝箱の中に刺さるように、巨大な炎剣が聳える様は荘厳にして威風堂々。迸る灼風は近寄る者を全て紅に染めんばかり。そんな折、ふと横を見てみますと、まさにレーギャルンを精巧に写した絶美なるレプリカ宝箱が!

 

 

 これならば近くで見ることができる。いや、もしかしたら中にレーヴァンテインほどではないが秘宝が隠されているやも! そう思い手をかけた瞬間、おほほ。中身はご想像の通りですの♪ 欲に負けるべきではございませんの。

 

 

 そうそう。フェンリルやムスッペルが棲まう地には、ルーンと呼ばれる形態の魔法があると学びましたの。その際にふと頭に過ぎったのは、このダンジョンの名。フェスティバルーんダンジョン。

 

 

 もしや、何かしら関係があるのか。レーヴァンテインまで展示されているのだからそのような駆け引きが。ダンジョンの構成にルーンが。気になり問いましたら、なんと、なんと――!

 

 

 ――なにも関係ありませんでしたの。完全に語感だとのこと。バルーンでるんるんでしたの。うふふっ、ベーゼ様らしゅうございますの。因みにルーン自体はダンジョン構築に使用されているらしいですの。

 

 

 

 

 

 

 そうして寒い暑いを繰り返し、食事で暖と冷をとり、人心地。わたくしも大きな息を吐いてしまうほどにリラックスをしておりますの。身から力がほどよく抜け、されど漲る意識。これが整う、なのですの……ふぅ……。

 

 

「ん~? どうしたのヴィーちゃん? なんだか寂しそうな溜息だよ~?」

 

 

 っ、バレてしまいましたの。整う呼吸に紛らせ誤魔化したつもりでしたが、流石はベーゼ様ですの。……それか、いえ…わたくしが隠しきれなかっただけにございましょうか。

 

 

「実は……もうこちらが終幕かと、一抹の落莫を覚えておりまして」

 

 

 意を決するように、手首に纏う輪を、魔法にてリストバンドに変じたスタンプラリー用紙を外しとりますの。戻すように広げて見れば、そこに集いしは七つのスタンプ。埋まるまで、残り一つ。

 

 

 計八つ。それがこのスタンプラリーのノルマ。当初はそこそこ数がある、そう思っておりましたが……蓋を開けて見れば、あまりにも少なすぎますの!

 

 

 先程アリーナパビリオンにてミミン様より頂いた特別スタンプを除いたとて、残り二個。足りないのですの。このアツさむ整いクロスキッチンに立ち並ぶパビリオンでさえ、制覇はできませんの!

 

 

 いえ、この数が実に配慮の行き届いた数だと言うのはわたくしも無論わかっておりますの。二桁を越えず、さりとて容易過ぎず、このような対なるスタイルのパビリオンにも対応する数。ええ、素晴らしゅうございますの……うぅ……。

 

 

 ……このスタンプラリーは、あくまで催事限定のアイテムを無償配布するためのイベント。故に完成しましたらミミックパビリオンに舞い戻り、幕引きとしなければなりませんの。繰り返し挑戦するということも、許されるとしても避けなければならないでしょう。万人がために。

 

 

 しかし、それでは。これを完成させてしまえば――――この冒険も終幕ということ。冒険者ヴィザレーヌがこの後もミミックを自由に探すことは幾らでも可能でしょうが……はあ……。

 

 

「そっかあ。一日あれば終わっちゃうよねえ。ん! ヴィーちゃんこのミード香るタルト美味しいよ! 食べて食べて♪あーんっ♥」

 

 

 まあ! では…もぐっ、ん~♡……んん~……はぁ……。どれだけ美味に浸ろうと、今は満腹に、万福になれる気がいたしませんの……。もう、この夢の時が――ベーゼ様との逢瀬が、終わってしまうと考えると。

 

 

 さながら今日という日は、風船のように膨らんだ夢の如く。敬愛しておりますベーゼ様と共に、彼女の象った初の催事たる魔王万福を巡る。心も舌も通い合うこの御方と、フェスティバルーんダンジョンを文字通り味わいつくす。

 

 

 この至福はこれ以上なき幸福であり、まさに万福にございますの! この会場を包む、巨人どころか大山すらをも容易く飲み込む巨大風船に並ぶほどに心も胸も膨らんでいたのでございますの! ……しかし。

 

 

 風船と言うのは、割れるが必定。夢というのは醒めるが常。このスタンプラリーという冒険が終わってしまえば、ベーゼ様がわたくしと巡る理由なんて、パチンと割れて無くなってしまいますの。

 

 

 元よりベーゼ様はこの催事の管理者。わたくしにこうも付きっきりなのは問題になって然るべきでしょう。だというのにここまでお付き添いくださり、食事を共にしてくださり……なんと、お礼を、言葉を、申せば……。

 

 

「ヴィーちゃんどうしたの? 美味しくなかった…訳じゃないんだね? んー?」

 

 

 嗚呼、いけませんの。なんと言葉を紡げばいいかわかりませんの。感謝の台詞を伝えたくも、それを口にすればきっと緞帳が。心配をかけてしまっていても、せめてこの須臾の間をなるべくに――。

 

 

「あっそっか、終わっちゃうのが寂しいんだよね! じゃ♥あ♥それ貸~して♪」

 

 

 ひゃっ!? べ、ベーゼ様、スタンプラリーの用紙をお手に!? それを裏に向けて、何を……魔法陣からケチャプのついたフライドポテトを取り出されて!?

 

 

 お、お待ちを! もしやケチャップで何かをお書きになるつもりで!? 実にベーゼらしゅうございますが、流石にベーゼ様といえどそれは…あ、ペンなのですのねそれ。……ならちょっと欲しゅうございますの。

 

 

 コホン。ペンのゲテモノはさておき。ベーゼ様は鮮やかに用紙の裏面に、無地のそこに線を引いてゆきますの。横線を、縦線を、つまりは格子に。用紙いっぱいに。これは……。

 

 

「か~んせい♥ はいヴィーちゃん♪これでまだまだスタンプラリーの続き、できるよ~! あ、貰えるメダルは一人分だけかも。でもアタシがお願いするからきっと……ヴィーちゃん?」

 

 

 っあ、し、失礼いたしましたの。つい言葉を失っておりましたの……! メダルは一人分で充分ですの。頂いたぬいぐるみは一つですもの。その、それより……!

 

 

「まだまだスタンプラリーの続きができる、とは……ベーゼ様がお願いしてくださるとは……そ、その……」

 

「? アタシも一緒に巡るんだもん、それぐらいはする――わわあっ!? ヴィーちゃんどうしたの!? 急に立ち上がって、なになになにむぎゅ~~!?」

 

 

 っっハ! し、失礼いたしましたの。つ、つい……! ついベーゼ様へ駆け寄り、抱きしめてしまいましたの……! 空気を噴き放ち飛ぶ風船の如き勢いで、感激の儘あまりにも公女らしからぬ真似を。どうかお許しを…。

 

 

「ハグ勝負ならアタシも負けないよ~! ぎゅ~~♪♪♪ ちゅ~~♥♥♥」 

 

 

 きゃあっ♪ キスまで交えるのは反則ですの♪ ああ、どうやらベーゼ様の趣に当てられ絆され、身体が動いてしまったようですの。なにせ悪党を倒さんとしたわたくしの体技も、ベーゼ様に倣ったものですもの。

 

 

 嗚呼、それにしても、うふふっ、それにしても! 本当に、本当に宜しいのでしょうか! これは即ち冒険の延長、いえ第二幕! わたくしとベーゼ様のパーティーで、まだまだ巡ることができるのですの!

 

 

 まさか風船が、割れることなく更なる膨らみを見せるなんて! どこまで膨らむのですの、広がるのですのベーゼ様! 嗚呼、お慕い申し上げておりますの……!

 

 

 おっとこうしてはおられませんの。ベーゼ様がお忙しい身なのは変わらぬ事実。なればその貴き身に影響の出ぬよう、心ゆくまで冒険いたしませんと! 丁度デザートも満喫し終えた頃合い、早速次に――。

 

 

「……お嬢様。非常に申し上げにくいのですが……タイムリミットにございます」

 

 

 …………は? 今、なんと? 爺や、今何と? 即刻繰り返して――いえやはり噤んでッ。

 

 

「そろそろ帰路を急ぎませんと。旦那様方が気を揉まれてしまいます。もとより、お忍びなのですから」

 

 

 じーいーやぁアっっっッッッ!!!!!  そんなのっ……そんなのっ、重々承知ですのッ! 御父様御母様に仔細は告げず、ただ『世態の勉学及び時事の収集がため信の置ける同胞の元へ』赴くと伝えたことなぞ!

 

 

 なのに爺や貴方はその勉学と収集の邪魔を――いえもうはっきり言いますの! 折角のベーゼ様との旅路を、またとなき好機を、かつてなき程に膨らんだ私の風船を、叩き割ると申しますの!!? 貴方、貴方はッッッ!!

 

 

「そっかあ。もう時間なんだあ。じゃあ仕方ないかあ」

 

 

 っ!? あ、ああ……! べ、ベーゼ様お待ちを! ち、違うのですの! これは……いえ両親は大切にというのは尤もな金言にございますが……そ、そうではなく、これは爺やが、うううう、爺やああああっ!!!

 

 

 この、このあらゆる宝物よりも貴重な時を、よりにもよって! もう、もう知りませんの爺や! 貴方はこの場を以て――!

 

 

「ん~~、あ。ねえねえヴィーちゃん、どっか空いてる日、な~い?」

 

「――へ? えっ?」

 

「アタシ、丸一日フリーな日を貰えるようにしてるんだあ。フェスティバル楽しみたいもん♥だからその日ならわわわわあ!?」

 

「いつでも宜しいのですの! ベーゼ様の御都合に合わせますの! 絶対に、何が何でも、どのような公務が入ろうとも、爺やを再度ハーピーダンジョンに送り込もうとも、参上させていただきますの!!!」

 

 

 ベーゼ様の御手を我が両手にて抱きしめて。これは盟約にございますの! わたくしは貴方様との冒険のために、ふにゃあっ!?

 

 

「そこまでしなくても良いよ~♪でも、じゃあ約束ね! 指切りげ~んまん、嘘ついたら針千本の~ます♥」

 

 

 抱きしめていたはずのベーゼ様の手が、わたくしの手の内を舐めくすぐるように擦り、気づけば小指同士を絡めて。はい、はいっ! 約束にございますの♡ あら? 如何なされましたの?

 

 

「えっへっへ~♥針千本って本当に飲めるんだよ! 食べられるヤツ、売ってるんだあ♪パリパリサクサクで、お土産にピッタリだよ!」

 

 

 まあ♡ゲテモノですの♡ 今日の〆はそちらにいたしましょう♪ 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。