ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
「お嬢様、何もまた虹の道を行かれなくとも。朝とはいえ人多く、馬車は乗り合いに――」
「やかましいですの。本当にハーピーダンジョンへ再訪させても宜しくてよ?」
全く爺やったら、無粋な真似を。何のために約束の時刻より早く着いたと思っておりますの? 転移門は簡便なれど情趣は薄きもの。それに、良きものというのは幾度見ても素晴らしいのですの♪
それにこうして列に並び待つ時間も、巨なる風船へ続く紐ならぬ虹の橋を渡っていく馬車を見送るのも。胸躍らせる民草の内に溶け、外透ける車に乗り、迫る風船や迎える幻影魔物へ息飲み手を振るのも。
そして風船に誂えられた扉を潜り、目まぐるしく変わる日を月を虹を楽しむのも。姿現す玉体――かの魔王に迎えられ、その友たるミャルミャルちゃんに導かれ、最後の螺旋なる虹を下ってゆくのも! そして、そして、おほほ、うふふっ♡
『皆様、到着いたしました。どうぞ万なる福を、満腹になるまで』
扉が開くと同時に、なだれ込んでくるこの美味なる芳香! どれほどのパルファムであろうと叶わぬ馥郁と魅力を持つ、一つ呼吸をするだけでお腹の鳴る爽快なるフレグランス!
これぞフェスティバルーんダンジョン、魔王万福ですの! 幾度味わおうとも飽きることなき演出と空気。やはりベーゼ様は素晴らしゅうございますの♪
そのアペリティフのおかげでわたくしの活力は生誕以来の漲りを発揮しておりますの! 今日一日は絶対に力尽きることはないでしょう。いいえ何が何でも躍然を維持いたしますし、できますの!
なにせ今日は、待ちに待ったあの日。このフェスティバルーんダンジョンで、魔王万福で。同胞にして友たるベーゼ様と、種族の枠を超えた、万の福を――!
「ヴィ~~~ちゃ~~~んっっっ♥♥♥」
きゃあっ♡ベーゼ様、いらしていたのですね♡ うふふっ、そう走って突撃なさって、抱きしめてくださって、キスを落としてくださるなんて。わたくしも愛を以てお返しさせていただきますの♡
「えへへぇ~♪ 待ってたよぉヴィーちゃん! もうお腹ぐーぐー♪」
「まあ、待たせてしまいましたの……!? 申し訳ございません、わたくし……」
「ううん! だってまだ開場したばかりだし、約束の時間よりもだいぶ早いもん。アタシが楽しみすぎちゃっただけ~♪」
それはそれは♪ ですが楽しみすぎたのはわたくしもですの! 昨日は興奮の余り上手く眠ることができず、取り寄せたミルクザントパウダーをひと瓶開ける覚悟で用いましたもの。嗚呼、良い夢でしたの♪
そして今、その夢をなぞるかのような、ともすれば未だ夢の中のような至楽の気分にございますの! どれほど今日という日を待ち望んだか。ベーゼ様の御役目にご都合がついた、魔王万福を共に終日堪能できる好日!
無論わたくしも今日一日は開けておりますの。帰る時刻は早くても魔王万福の閉場時刻後と伝えておりますの。残念ながら爺やを放逐することは叶いませんでしたが、最早邪魔をする者はおりませんの!!
さあ、早速参りましょうベーゼ様♪ わたくしとの漫遊に、万福に。身の相性合う二人で、深き逢瀬へと――!
「あ! アーちゃん、社長、こっちこっち~っ♪」
「速いよベーゼ! あはは……その、おはようございます……お邪魔します……」
「今日は宜しくお願いしますね、ヴィザレーヌ様☆」
っっっっ…………………っ……ベーゼ様を追いかけるように息せき切って走ってきたのは、そしてその胸に抱かれているのは、見覚えのある方にございますの。
片やアスト様。初の対面時とも異なるその衣服は、ベーゼ様と似た、魔族の方がよく着込む黒地装束。翼と尾を出す穴が開き、それどころか胸元や腰横までもが大きく開いた伝統衣装にございますの。
とはいえベーゼ様ほどの苛烈な露出ではなく、羽を通し優雅に肩へかけるようにケープを、いえジャケットを羽織っておりますの。慣れておりますし……何処か高貴な装いも感じられますの。
片や、アスト様の腕の内にはミミン様。こちらは初対面時と同じ宝箱ではありますが、白いワンピース姿。御二方共にアイドル衣装では無く、生業の延長ということでもない雰囲気。ならば、これは。
「えへへ、びっくりした~? アーちゃんと社長も誘ったんだあ♪ 二人共今日は休みだって言ってたし、やっぱりご飯は皆で食べる方が美味しいでしょ?」
……それは、心から賛同いたしますがぁ。ベーゼ様の篤き御心には心から敬服いたしますがあ! 折角の親交、折角の逢瀬、折角の二人だけの、それを。しかもまた、この方々に、むぅ、むうううっ……!
「あははは……。社長……」
「作戦実行ね。とうっ☆」
はて。つい睨んでしまっておりますと、アスト様は突然にミミン様を箱ごと軽く放り投げて。柔い放物線を描いた宝箱はベーゼ様の頭の上へ。何を、ベーゼ様も困惑なされておりますの。
「なになに、どうしたの社長? あ、抱っこして運ぶ? いいよ~、アーちゃんに負けないよ!」
「ふふっ! それも良いけど、まずは今日招いてくれた御礼よ。はい、私とアストの手作りマカロン☆ 食べたい、食べたい~~? 捕まえて御覧なさ~い☆」
箱から取り出された包みの中のカラフルな菓子を見て、ベーゼ様は目を輝かせ涎を。すぐさま頭上のミミン様を捕らえようと手を掲げますが、それは空しく外れ、軽やかな手拍子のような音が。
「ほらほらこっちよ~☆ 踊りましょ~!」
「待て待て~♪ マカロンも社長もパクってしちゃうんだから~♪」
そのまま御二方は、少し離れた位置まで。何かの演目かと勘違いした来訪客に囲まれ、舞いの如き追いかけっこを。なんとも可愛らしく、溌剌とした美しさに満ちておりますの……で・す・が。
「その、ごめんなさいヴィザレーヌ様。本当はベーゼの誘いを断るべきだったのですけれど」
フンッ全くですの! そうやってアスト様とミミン様は、ベーゼ様を先日も、今も! わたくしのベーゼ様と豪語する気はございませぬが、なんなのですの!
貴女、ベーゼ様のなんなのですの!? ベーゼ様の名を容易く呼び、さも深き親友のように! 事実親友の類なのでございましょうが……自重なさってくださいまし! どこの馬の骨かも分からぬ、アイドル風情が!
っいえ、アイドル風情という発言は不適切にございますの。先日の舞台では心底感動いたしましたもの。アスト様とミミン様の歌声も。ですが……どうかわたくしの心情をお読みくださいまし! 折角の――!
「お察しします。折角のデート、邪魔されたくないですよね。皆と巡る、というのも風韻に富むものですが…顔を会わせたばかりの友人の友人と、というのは望まない不調和を呼び兼ねませんしね」
ッッッ! そ、それがわかっておりますのに、何故! 何故アスト様方は!
「そう睨まないでください……。私達も辞退するつもりだったんです。ですけどベーゼ、熱烈で一歩も退かなくて。終いには床に転がってごねだしちゃって……。だからつい……」
っう……目に浮かぶ様ですの。それならば致し方なく……。はあ、ベーゼ様とアスト様の仰る通り、食事は皆で囲んだ方が楽しく、皆と巡るというのは鮮やかなる風韻を奏でるもの。此度はわたくしがエレガントに引くことに――。
「ですので、代案を用意しました。きっと気に入りますし、上手く行くはずです」
はい? 代案とは一体、おや。丁度ベーゼ様とミミン様が戻ってこられましたの。片やマカロンを頬張り、片やその頭の上で見事なバランス宝箱で。
「美味し~♥ヴィーちゃんにもあげる! 二人の作るお菓子、絶品なんだよ♪」
まあ、それは気になりますの。ではお一つ……もぐ、これは中々! サクサクとトロリが絶妙なバランス、フレーバーも香り高く、甘さはしつこくなく。何処かお菓子の魔女のテイストも感じますの…!
これほど素晴らしい菓子を焼き上げられるとなれば、御二方への評価を改めなければなりませんの。先程は幼児の癇癪の如き不躾を晒し、睨んでしまい申し訳――あら? 御二方、目配せしあって?
「ふふ、喜んでくれて良かった。けど、ベーゼが選びに選び抜いたここの食事のどれもが同じぐらいに、ううんそれ以上に美味しいんだろうな。今日は楽しみ♪」
「へへ~ん♪ このマカロンぐらい美味しいって保証できるよ! あ~思い浮かべてたらお腹空いちゃったあ。それじゃ早速――」
「ちょおおっと待った☆ ベーゼちゃん、私からちょっといーい?」
歩みだそうとしたベーゼ様を止めるように、頭上のミミン様が。ぴょんと飛び降りアスト様の腕の中へと戻られて。きっと例の代案の披露にございますの。
「どうしたの社長? あ、追いかけっこ勝負の続き? いいよ~! さっきは譲られたけど、今度は!」
「ふふふっ☆ 勝負、良いわね! 続きしましょうか。けれど今度は『チーム対抗美味しいもの発表勝負』でね!」
チーム対抗……美味しいもの発表勝負? それは、一体なんですの?
「このフェスティバルーんダンジョン、美味しいものも楽しいものもたっくさんあるでしょ? 四人一組で端から端までぜ~んぶ味わおうとすると、今日一日じゃ時間絶対足りないわ。だから、チーム分け!」
「私達vsベーゼとヴィザレーヌ様。それぞれ気になるところを巡って、ばったり会ったら勝負! 四人で卓を囲んで、何処を見てきたか何を食べたか、美味しかったのはどれかを報告しあう。そして――!」
「美味しそう、と思わせた方が勝ち、ってことだね! 超楽しそー! えっへっへ♥負っけないよ~♪」
成程、そういう策にございますの! それならば自然に別行動となり、わたくしはベーゼ様と歴遊することが可能になりますの。上手くベーゼ様も賛同してくださいましたし、これで万事わたくしの希望通りですの。
わたくしの我儘に手間をかけさせてしまいましたの。この御礼は、ええと、今はベーゼ様がために持参した菓子と幾許かの金銭しかございませんの。先日のアイドルの皆様方相手のように、後で届けさせましょう。爺や、取り計らいを。
「よ~し! それじゃ早速出発だ~っ! 勝負にスタンプラリーに、ワクワクが止まらないよぉ~♥ ほらほらヴィーちゃん、行こ行こ~♪」
あっ!? べ、ベーゼ様そう走りだされないでくださいまし! まだお話が! 偶然出会って勝負、と言うのがどれほどまでに叶うかは――。
「ご安心をヴィザレーヌ様☆私が責任を以て、御都合の宜しげなタイミングを見計らって参上いたします! ミミックがダンジョン内部をある程度把握できる、というのはご観覧の通りですよ~!」
「社長…ミミンの把握能力はミミックの中でも最高峰、と思っていただければ。どうか気兼ねなくベーゼの催事を満腹になるまで、ついでにミミック探しも万福になるまで楽しんできてください♪」
ミミン様、アスト様! えぇ、では信じさせていただきますの。なにせあれだけ美味しいマカロンをお作りになれる……ゴホン。わたくしと同じ、ベーゼ様の御親友なのですもの♪ お待ちを、ベーゼ様ぁ!
「えへへ、ど~お? このモビリティ、楽しいでしょ~♥」
「えぇ♡こうして高所より下の賑わいを目と耳で、立ち昇る芳しき煙を鼻と口で。魔王万福を味わいながら目的地へ。地を歩く際とはまた違う妙味ですの!」
広き道に沿い立ち並ぶ数多の屋台群、その裏や傍の席にて舌鼓を打つ来訪客。寝転ぶ風船のようなパビリオンは、その楕円の屋根に展覧されし魔物を映し息づく。それらの間を行き交い、ここまで漂う談笑の薫香!
虹の道での入場の際よりも如実に、手に取るように窺える盛況はまさに万福の装い! 思わずわたくしも混ざらんとつい身を乗り出して――おっとっと!
「お嬢様、お気をつけを!? この乗物は立ち乗り状態。僅かにでも前にのめれば立ちどころに……!」
全く、爺やは心配性ですの。承知しておりますの。この浮遊する乗り物は、噂に聞くUFO…浮遊円盤に近いのでございましょうか。円形の台座が中央には、寄りかかり腰を据えることも出来る波型背もたれのついた低めの柱が。
その凹みは都合三箇所となっておりまして、わたくし達が背を向け合えども手をとり合える距離感にて半着席できますの。そのまま空へと浮き上がりこうして浮遊しているがために、こうして絶景を堪能できますの♪
「これ、お気に入りの乗り物なんだあ♥ ちょっと怖がる人多いかもだけどね」
まあ! 少なくともわたくしは怖くなぞありませんの。乗員を立たせたままに高所移動をする、と聞けば確かに少々危うさを感じるやもしれませぬ。ですが、相応のセーフティーがございますもの♪ なんと!
「本当に信用して良いものか……。よもや、ミミックに身を預けるなど……」
爺や、心配性にも程がございますの! これまで幾度ミミックを見てきたと。少なくともこのダンジョンのミミックは信用に値しますの。えぇ、わたくしはそう断じますの!
ですから貴方もミミン様アスト様が仰られた通り、楽しみなさい。この空行きを、ミミック触手の命綱を! わたくし達が落ちぬように、中央の宝箱より伸びる触手に身を縛り保護されている現状を!
おほほ♪わたくし達が背にしている、背もたれの低柱。実はその頂部には、宝箱が備え付けられておりますの。そこから触手が伸びているとなれば、ええ。当然のようにミミックですの♪
別段、この浮遊円盤だけにございませんの。ほら、あちらを飛んでいる絨毯の上にも、向こうへ飛んで行った竜の鞍にも、空翔ける白馬の馬車にも。さながら御者代わりに宝箱が備え付けられておりますの。
ベーゼ様曰く、これらのミミックは『安全拘束具兼荷物持ち』の御役目を果たしているようで。先程前のめりとなり姿勢を崩したわたくしを支えてくださったのも、こちらのミミック触手ですの。
「魔法を使って椅子に縛ることも出来るんだけどさ、それじゃ景色よく見えないでしょ? それに、空中で羽目を外して暴れる人もいるかもって思って。だから、荷物も持てて力調整もできるミミックちゃんにお願いしてるんだ~♪」
先のわたくしを助けたように、催事の賑わいを存分に堪能させてくださるために。力で抑え時には縊ることで品無き者へ対応するために。そもそもが土産品や手荷物を落とさぬよう箱の内へと収納し預かるために。
「凄いでしょ~ミミック! こんなこともできるんだよ~♥」
ですの♪ これもまたミミックの素晴らしき御業。先日ベーゼ様が仰った、『潜んでいるけれど潜んでいない』ミミックですの。うふふっ、ベーゼ様がわざわざこちらのモビリティに乗ろうと誘ってくだった理由がわかりましたの。
まさしく本日のミミック探しの冒険、そのプレリュードにございますの! さながらダンジョンへ赴くために馬車にて揺られる冒険者の如き一時。中途の遭遇にて思考を攻略へ切り替えるための、重要なる一幕!
嗚呼、俄然楽しみになって参りましたの♪ ――ですが、ふふっ。この独白だけは失礼を。この乗り心地も景色も実に素晴らしゅうございますが……わたくし、やはりベーゼ様に抱かれて跳ぶ方が好いておりますの…♪
「――アツさむ整いクロスキッチン、完全こうりゃ~くッ!!」
「おほほ♪ なんだか気分が高揚しておりますの。これが整う、ですの?」
目的地へ到着し、早速攻略を。先日『食べ残してしまった』パビリオンを全て堪能し、満腹万福ですの♪ いやはや、どれも楽しゅうございましたの。さて!
「次、何処行く~? ヴィーちゃん、何処か見たいとこある~?」
「宜しいので? では、こちらの『大樹ダイニング』をば。巨木の内部にて食事が出来ると耳にいたしまして♪」
「あはは♪パビリオンじゃなくてレストランだ♪ ヴィーちゃん食いしんぼ♥」
あら……! 恥ずかしゅうございますの……! ですがベーゼ様も、涎とお腹の音が隠せておりませんこと♡さあどんどんと参りましょう!
風船型パビリオン群の只中に生え映える『大樹ダイニング』にて、その洞たる窓から空に浮かぶ色とりどりの風船を眺めつつ、色とりどりの果物や野菜による絶品にも目を奪われて。魔力草のマリネにマンドラゴラの顔ゴロっとスープ、バロメッツの羊野菜ステーキに、黄金林檎の輝きキャラメリゼなどなど!
お腹を満たしましたら、枝葉そよぐ爽風と若葉のチップスを抓みつつ、パビリオン制覇にございますの。植物魔物やそれらを糧にする魔物が集まるここは、深山幽谷の息吹に満ちておりましたの。
ドライアド、マイコニド、トレント、ダンスカクタス、フェアリー、ドリュアス、ワーウルフ、ナリーポン、ユニコーン、エルフ、ナパイア、ケリュネイア、フンババ、フォレストゴーレム。他にも色々、色とりどり。
オウルベアやコカトリス、マンティコアやカトブレパス等を観覧できる魔獣パビリオンもこちらにございましたの。そして無論、ミミックも♪
木々に隠れ、果実のようにぶら下がり、サボテンの装いを被り隠れ、蓋上に茸を乗せ。苔生えた岩を模し、被毛を纏い、弓の的を務め、ボールのような遊具と化し、蔓の球が中に忍び、葛纏う古の神殿に堂々たる安置まで。
新緑の空気を味わうように深く息を吸っている最中、不意に現れるミミック達につい吹き出しもいたしましたの。本当何処にでも潜んでいらっしゃいますの♪
さてお次は風の吹くまま気の向くまま、『空風屋台通り』へと。あら、もしかしたら導かれたのかもしれませんの♪なにせここは、ベーゼ様がわたくしの元へ駆けつけてくださった、思い出の地ですもの♪
幸いなことに先日のような悪漢連中はおりませんでしたの。ハーピーの茹で卵の屋台に関しましては、寧ろあの騒動で話題を得、連日完売が続いておりますようで。今日は早く参じて正解でしたの!
そんなハーピーや、ドラゴン、グリフォンやヒポグリフやパズーズー、エンジェルやガルーダ、ロック鳥やシームルグ、ペガサスやシープ・クラウド、シルフィード、テング、ヴァーユなどなど。以前は食事に目移りし何処吹く風であったパビリオンをしっかりと巡りましたの。
当然ミミック巡りもお忘れなく。鳥の巣に入り、卵の殻を被り、風見鶏のように風受けくるくる舞い、箱の口に紐を結ばれ吹き流しのように風をがぼがぼ箱に飲んではためいていて。枝に突き刺され早贄の姿となっているミミックを見た際は肝が冷えましたが……ただ枝を噛んでいただけですの。力が御有りで。
食事に関しては、うふふ、割愛させていただきますの。先日も食べ尽くしましたもの。されど此度は最初からベーゼ様と一緒。一味違いましたの♪
――……皆で食事を囲むという行為は一層料理の魅力を引き立てる調味料なのでございましょう。わかっているつもりにございましたが、実際こうも比較できると改めて感受いたしますの。であれば、あの時わたくしが拒んでいなければ。
「み~つけた☆勝負よ! ベーゼちゃん、ヴィザレーヌ様!」
「私達は『アツアツ火山ご飯ゾーン』と『ざっぶん海泉マリーナ』に行ってきたよ。そっちは?」
「わ! 来る頃かな~って思ってたよ! アタシ達は『アツさむ整いクロスキッチン』と、『大樹ダイニング』と、『空風屋台通り』!」
まあ♪ 本当にわたくし達が望むタイミングで♪ おほほ、受けて立ちますの!
「――で、やっぱり一番びっくりしたのはザラタンの甲羅島焼ですね~☆ 島みたいに浮かぶ巨大蟹ザラタンが食べられるなんて珍しいですし、付け合わせはそのザラタンの背中に育ってた果物なんですから! あ、このケーキも美味し☆」
「ひとつ噛む度に口の中全体へじゅわっと味の濃い蟹のエキスが溢れてきたんです。ただそれだけだと海の塩味が強くて飽きかねなかったんですけれど、そこで果物を一口食べると、パイナップルのような程よい甘味と酸味でリセットされて。身も柔らかくなって!」
「じゅるり……! ねえねえヴィーちゃん、この後そこ行こ! 食べよ! 蟹もお魚も食べたくなちゃったぁ……♥」
「おほほ♪えぇ! 是非参りましょう! ですがまずはこちらの美味なるケーキを存分に味わってから、わたくし達がこの勝負に勝ってからですの!」
「あそっか! ふふふ~アタシ達も負けないよ~! 何から話そうかなあ。フェアリーダストシェイクも美味しかったし、テングの霧霞お饅頭も、あとあと竜果のプチプチサラダに、クイーンビーのハニーマスタードチキンに、オークの棍棒肉丸焼きに、岩茸のサクサクグラタン! あとねあとね――!」
近場のカフェにて腰を落ち着けつつ、勝負、もとい報告歓談を。数多の美食の意見交換を供に頂くケーキは美味の拍車をかけますの♪ なんとも至福の時間で。
はてさて、道行く皆様にはわたくし達がどう見えておりますことやら。執事を従える人間族に、魔族の御二方に、ミミック族。三人と一箱でケーキを囲む様は、人魔共生の卓にございましょう。……全てがこうならば、良いのでしょうが。
先日のお忍びの際、そして此度もまた。わたくしがこちらへ赴く際の言い訳として用いた『世態の勉学及び時事の収集がため信の置ける同胞の元へ』。あれは何一つ嘘偽りはございませんの。
いえ、婉曲表現などではなく。世態の勉学、及び時事の収集は確かに行っておりますの。正しくは既に済み、それを携え信の置ける同胞の元へ参上した、という形ですの。今巷にて取沙汰されている『反魔派冒険者』につきまして。
元来、人族と魔族は複雑な関係化に置かれておりますの。時にはいがみ合い、時にはこうして杯を酌み交わし。その不安定ながらも均衡のとれた関係は長らく続いておりますの。
されど昨今、その均衡が壊されてかけておりますの。それこそが世評に上る、『勇者一行』と名乗るとある冒険者パーティーの活躍。彼女達は魔王軍の営じるダンジョンの悉くを攻略し、魔王城侵攻へ後一歩まで迫っているとか。
それ自体は冒険者の誉れであり、魔王の誓約でもあると耳にいたしました。一公女の身で何が出来る訳でも無く、そもそもが当人方の自主性に託すべき事象。えぇ、それ自体は構いませんの。
問題はその活躍により、調和を知らぬ傍若無人な冒険者達が勢いづいていることにございますの。魔王の首を獲ることができる、世界は人界に統一される、魔族魔物なぞ恐れるに足らず――。はあ、彼等は日々の糧を何で稼いでいるとお思いで? 狡兎死して走狗煮らるという言葉を御存じなく?
そんな揚げ足取りはともかく。巷間噂の『反魔派冒険者』たる人々は、常以上の攻勢を仕掛けていると。それだけならばまだ。問題は――その標的に、この魔王万福が含まれているということ。
確かな筋からの情報にございますの。加えて理の当然にもございますの。これほど大規模な、魔王の名を冠す催事。狙われて当然。恐らくは会期中、いずれかのタイミングで……!
人界側の貴族とはいえ、ベーゼ様と心通わし同胞となった身。なんとしてもお伝えしなければ。そう思い立ち、わたくしはこの催事へと足を運んだのでございますの。決して興味と期待だけで訪れた訳では――……その、九割方はそうなのですが。コホン。
となれば、早々にお伝えするのが最善。それは論を俟ちませんの。されど……その……えぇと……。
「え。じゃああの虹の道、水の道ダンジョンを参考にしてたの!? セルキーパビリオンや、今見てきたざっぶん海泉マリーナのあの道も!? 道理で……!」
「うん♥あそこ、アタシもたまに泳ぎに行くんだあ。この間行ったら船プールが出来ててびっくりしたよお♪ そうだ、ヴィーちゃん連れてっても良い? やた! ヴィーちゃん、今度泳ぎに行こ♥」
「是非に! うふふっ、楽しみにございますの♪ ……ぁ」
はあ……またやってしまいましたの。お伝えはしとうございますが、その機を窺うのが中々に難しく。今のようについ、懇談に紛れ本題を忘れてしまいますの。
いえ、明け透けに申し上げましょう。この膨らんだ幸せな空間を、万福なる空間を、わたくしの一言で割りたくございませんの……。ええ、わたくしの我儘だというのは重々承知ですの。
ですが、その警戒を促す一言でこのベーゼ様方の笑顔が歪むことが、猜疑に囚われ催事を沈鬱なものへと変えてしまうことが何より怖ろしいのですの。ですから、つい……どうか嘲ってくださいまし。
噂に名高き魔王であれば、その程度予測が出来ており対策も立てている。実際にこの地へ転移するには武器等を排除する魔法陣を潜る必要がある。仮にそうでなくとも、ベーゼ様であれば容易く――そう自らに言い聞かせ、騙し、気づけば今。わたくし、どうすれば……。
「ごちそ~さま♪ よ~しヴィーちゃん! 冒険の続きだ~っ!」
「はい! 参りましょう! 腕が、もとい胃がなりますの♪ ……っ」
あぁ、また! またわたくしは! このような稚気じみた願望に振り回され、ベーゼ様を危地に追いやるなぞ、あってはなりませんの! ですが……もし口にして、対処がためにこの最高の一時が終わってしまうなんて……。
「お嬢様……。ならば始末はこの私めが……お嬢様?」
いえ……わたくしにやらせてくださいまし。警鐘も、此度の下膳も。そうでもしなければ顔に出てしまいますの。されど、少々お時間を……ふうう。
意を決するしかございませんの。天秤にかけるまでも無き二択。わたくしの一時の満腹より、ベーゼ様の催事の万福。心苦しくはありますが……皆様の、ベーゼ様のために。えぇとこれ、どう捨てるのがきゃあ?!
「トレーはその台の上に、後は全部ダストシュートにで良いんですよ~☆」
みみみミミン様ぁ!? ななな何故わたくしの頭から垂れ下がっておりますのお!? どどどどうなっておりますの!? こ、この感覚、先程のベーゼ様のように、わたくしの頭の上に宝箱を、にしては軽――。
「そしてその御心を苦しめているお悩みも、ダストシュートで良いんです☆」
――っ!? なっ……なあ!? なななにを、ミミン様、なにを!? わたくしが、何に悩んでいるかを存じて!?
「ふふっ。私は機微から察するのが得意でして。ミミックですから☆ 大丈夫ですよ、ベーゼちゃん達は対応できますし、魔王様も兆候を掴んでいます。なので、満腹の邪魔になる煩悶は、ここでポイっと☆」
……存じて、いえ、察せられておりますようで。ですが、それでは……。
「簡単にはモヤモヤ、捨てられないですよね~。一言伝えれば解決できることなら猶のこと。なら、私が責任を以て断言しましょう。その注意喚起を受けても、ベーゼちゃんの笑顔は絶対潰えないって」
確か、ですの…? ベーゼ様との御友人である以上信用しても良いのでしょうし、何処か安心感のある包まれるようなお言葉でもありますの。な、なら……。
「ですからすっかり
んなっ?! そそそそそんな、ねだりませんの! わわわたくしを何だとっ! わたくしが、ベーゼ様からの愛欲しさだけで、そんなっ。わたくしは、ベーゼ様の幸せのため……ベーゼ様との、幸せのために……。
「大丈夫ですよ。私が聞き届けました。そこの、食べきれなかったご飯を回収する
促されるように視線を横へ流せば、そこには待機なされている例の余り料理回収ミミックが。……わたくし達が処理しきれなかったものを、ミミックは、皆様は美味しくいただいてくれる、と?
それが比喩なのか否かは存じませんが……。ここまでのミミックの活躍を見れば、信に値するやもしれません。しかし……良いのでしょうか。公女の身で、このような独善なぞ……。
「さ! 今は何も考えず、フェスティバルーんダンジョンをるんるんに楽しんでくださいな♪ 美味しいご飯でお腹も気分も万福に、でしょう☆」
はい…っ、はい! えぇ、えぇ。その通りですのミミン様! その御助言に有難く従わせていただきますの!
「――ね~ね~。さっき社長と何話してたの? 美味しいものの相談?」
「ふふ、内緒ですの♪ とは言えども、ただごみの捨て方の御教示をば」
そのごみとは心の、でもありますが。ずっと思い悩み、それを顔まで出してしまえば結局ベーゼ様を苦しめてしまうだけですもの。ならばミミン様の御言葉通り、忘れて楽しんだ方がずっと良いですの♪
まあ、ならばこそ真相をお伝えすることこそが至上なのでございましょうが……未だそれを告白する勇気が無いわたくしをお許しくださいまし。キスは少々欲しゅうございますが……コッホン!
さてさて。それではお次に参りましょう。えぇと、こういう時は『河岸を変える』と言うのでしたか? なんだか違うような。ふふ、なにせ向かう先は河岸でありつつ、その水の内でもありますの。
「まあ! ここがざっぶん海泉マリーナですの! 水中の如く……!」
「えへへ、水に囲まれているみたいでしょ~! 気分はマーメイド♪」
えぇまさに! 美しき珊瑚が茂り、風のような水流れに細かな水草が揺れ踊り、清濁入り混じるカラフルな魚の群れが空を泳ぐ。そしてその空より注ぐ日差しは、さながら水中の如き鈍さとくゆりで仄かなる蒼碧に!
「ここの日光の幻影、難しかったんだあ。海や泉感だけじゃなくて、水の道ダンジョンで見たあの綺麗な色もど~しても交ぜて再現したくて! こうやってアクアジュエルを使うことで解決したんだよ!」
こちらの、朽木に見せかけられた街灯ですの? 成程確かに青き輝きを放っておりますの。おかげで気分は見事なまでに水棲気分。さっそく泳いで見せましょう♪
マーメイドにはじまり、セイレーンやネレイス、ミズチにケルピーにサハギン、ローレライにバン=ユイップ、ケートスにカリュブディス、ドルフィニアンにトゥナ・ロア。アプサラスやニクセやメリュジーヌなどなど。
水の中というのは総じて外からは把握しきれぬもの、底の見えぬもの。故にその内に潜んでいる『モノ』に、わたくし達は思いを馳せますの。深淵にて這いずる巨腕、裂けぬ水膜に消えゆく大鰓。刹那、のたうつ潮ならざる揺らぎの奥より――! といった、恐怖に。
されどこうして美しい水中を描き、その中で息づく魔物達を知ることが出来れば話は別にございましょう。島の如き鯨も、大渦の化身も、魚や水の身を持つ人姿も、ただわたくし達と同じ、ただ姿と呼吸の違うだけの生物なのですもの。
それはミミックも同じですの♪ 貝や珊瑚に化け、触手と共に触手を伸ばし、沈没船や魚にすら変じ、水の中でのまさしく流麗な舞いに流れ加わり共に生きる。なんとも素敵な光景でしたの。
しかし、魚や蛸といった水棲の子達もいるのは驚きでしたの…! 加えてまさか、魚群自体を潜伏箇所とするとは。やはり何故かわたくしに近づいてくる、奇妙な極彩色の瞳を持つ巨魚――もとい魚群にはすっかり騙されてしまいましたの!
とはいえそれでも、食に騙しはないようで♪ こちらは魚を中心とした食事が頂けると、それも新鮮な品をと。うふふ、楽しみですの――っと、水流の道、水のレーンに乗り、やって参りましたの♪
ウンディーネの
しかし、そのような料理は一部。この『ざっぶん海泉マリーナ』は、水棲魔物が棲み処。調理の困難な水中という環境故に、ほとんどは生でのスライスか焼いただけかの料理が基本ですの。されど、おほほ♪
だからこそ鮮度の良さが際立ちますの♪ 色も違えば味も違う。歯のいらぬほどに柔らかい身もあれば、噛み締めるたびに脂の染み出す身も。淡泊だからこそ海塩が合うのもあれば、これぞ海の化身と唸るほどの濃厚なものまで!
尤も、活け造りの中には中々に異様な魚もございますの。それこそ刻み身のマリネにされていたホーガ・アンドゥラという魚は豚のような顔を持っておりましたし、唐辛子と油に煮込まれていたルゥユィという魚は牛のような姿で蛇のような尾を持ち、羽まで生えている魚でしたの!
極彩色の魚は耐えれどもこれは、と諦め早々にギブアップを果たす方々も幾人かおりましたが……まあ、許しますの。なにせこちらにも件の料理回収ミミックがおりますもの。全く、一切れ口に運べば虜になりますのに。このゲテモノ公女を見習ってくださいまし!
さぁて、うふふ♪ そしてなんといっても、こちらのザラタン甲羅焼きがメインにございましょう! つい大きい殻を頼んでしまいましたの。見てくださいまし、わたくしの身体なぞ優に超えますの! まさに島蟹!
ミミン様アスト様の御紹介ですもの、たっぷりと味わうといたしましょう! とはいえこちらは二人分。まずはベーゼ様から口をおつけに…………はて?
先程からベーゼ様の御声が聞こえませんの。先程までであれば、ほぼ必ずのように『うっひゃ~~♥』や『次はこっち~♪』や『これも美味し~~♥』と弾む声が響きますのに。水中だから……な訳ございませんの。全部幻影ですもの。
しかも現状、表情も窺えませんの。山のような料理と、大きなザラタン甲羅島焼が壁となってしまっておりますの。ううん……。
「……爺や、こっそりとベーゼ様の御様子を」
「はっ」
差し当たり爺やを向かわせますの。決して早くザラタン甲羅島焼が食べたい訳では。此度に関しましては本当に違いますの。なんだか妙な胸騒ぎが致しますの。
ベーゼ様がただ味に浸っているだけならば良いのです。わたくしが様子を窺い変に気を遣わせてしまう恐れも、爺やならば。……ただ、ベーゼ様ならそれでも何かしら唸りそうなもの。されどやはり無言の儘。
もしや、貝毒や魚の骨に当たった――とも思えませんの。ダンジョン全体に掛かっている魔法には解毒の類があるとは存じておりますし、魚の骨なぞ噛み砕くような方ですの。『カリカリしてて美味し―ねー♥』と言う方ですの。
だからこそ、不安なのですの。ふと頭を過ったのは例の『反魔派冒険者』の暗躍。この催事に、魔王万福に毒牙を向ける気だというのは確固たる事実なのですの。それはこの先の何れか、そう考えておりましたが……。
もし、既に襲撃が始まっていたら。とうにこのダンジョンへ潜伏し、策動していたら。彼等の狙いは間違いなく魔の長たる魔王であり、その配下である魔界大公爵でもあり、その一柱且つこの催事の主たる――!
「ベーゼ様? どうなされましたベーゼ様!?」
ッ!! まさか、まさかっ!? どきなさい爺や! わたくしが駆けつけましたベーゼさ……――!?
「う……」
ベーゼ様が、身を丸めて、苦しんで……っ! べ、ベーゼ様、お気を確かにベーゼ様!! いやっ…いや、嫌っ、嫌ぁああッッ!!!