ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
「ここが……会場ですの? その、フェスティバルーんの」
「フェスティバル♥ 間に合ってよかった~♪」
はあ。間に合うも何も……お祭りどころか何もない広場にございますの。尤もそれだけでは少々語弊がございましょうが。
食事を終え、ベーゼ様に抱かれ跳び辿り着きましたはこの場。入口に必ず潜るようにと指示がなされたゲートがあり、従えば何かがわたくし達の身に纏わりつき、馴染むような感覚が走りましたの。
これは何の布石か、そう胸を高鳴らせ進み入れば……待ち受けていたのはこの光景。屋台や食事処は皆無。パビリオンも遠く。ただただ人が集まるだけの謎の地にございますの。
とはいえ一つだけ異質がございますが。それは足元。これ、土ですの。会場全体が滑らかな道や石畳、煉瓦道等で構成されておりましたのに。何故かここだけ、満ちるは柔らかな土。
しかもパビリオン内部のような幻影土ではございませんの。触れればほんのり冷たく、香りも手に跡残す様も確実に本物。これが何か関係しているのかとお聞きすれば。
「へっへ~♥ 今日のこの時間のは、だよ~♥ 存分に汚れよ~♥」
と、意味深な台詞のみが返ってくるのみ。もしや泥をかけて遊び合う、という訳ではありませんでしょうが……むう、不安が募りますの。
入口ゲートと土床のみが目立つこの謎会場に、集まる皆々様も困惑なされておりますの。一体これから何が、きゃっ。また砲音ですの。まるで開始時刻を知らせるかのような号砲で。おや?
「空の様子が……いえ、周囲の様子が変わってゆきますの!?」
青く明るかった空は、さながら夕焼けの始まりの如く。眩しくも仄かに橙へ染まる模様に染め上がりましたの。それと同時に、周囲の装いも変貌いたしましたの。
この広場を囲む広々とした壁となるように、現れたのは白い漆喰が施された石や煉瓦造りの家屋群。微かにオレンジに照るその光景は中々に趣が、あ、あら?
更に変わりましたの。変わったというより、生えて、守られましたの……? その白家屋群の下、土より伸びしは数多の植物達。その緑の茎蔓や大きな葉をさながら鎧や盾とするように、建物を程よく包み隠しましたの。
白と緑と少々橙のコントラストは面映ゆいものですが、やはりフェスティバルとの関連性は謎。森と調和した街の土広場、このような場所で一体何を。
『――お集まりの皆々様。この度はフェスティバルーん内フェスティバルへの参加、誠に有難うございます。退出も避難も自由となっております。どうか心ゆくまで、周囲の方々と共にお楽しみください』
「これは、アスト様の御声?」
「アーちゃんアナウンスだぁ♥ えへへ♥アタシ、これ一番好きかも~♥」
さながら空より響く天の声のように、アスト様の告示は流れ続きます。むう、確かに落ち着いており、心地良き美声にございますの。周囲の皆様も自然と耳を傾けており、おや? 語調が少々変わりましたの。
『さて。皆様は【アルラ・ドラティーナ】というお祭りを御存じでしょうか。人界では形や名を変え、【ラ・トマティーナ】としても催じられているお祭りです。ふふっ、周囲の建物はその二つを混ぜた装いとなっているんですよ』
成程。建物は人界側、あの植物は魔界側を指しているのでございましょう。人魔の交わり、共生を描く実に素晴らしき――え。お、お待ちを。その祭事は耳にしたことがございますの! となれば、きゃっ!?
『まずは【アルラ・ドラティーナ】の解説を。このお祭りは主にアルラウネやドライアドを始めとした植物魔物が行うお祭りなんです。彼女達は植物ゆえに、身や周囲の環境に数多の果実をつけるのです』
足元の土から、植物がにょきにょきと!? あっという間にわたくし達より多少高く成長したそれは花を咲かせ、内部より、腰を大輪の華とするアルラウネや葉蔦や花々纏うドライアドが現れましたの!
他にも木の姿をした魔物トレントや、頭に紫花を満開にした叫ばぬマンドラゴラなどなど。植物魔物が至る所に。されど、皆に共通していることがございますの。
それは、果実をつけていること。自らの身体に、付き従う枝に、抱え愛でる若木に。ぶら下がるそれらは、こう言ってはなんでございますが……どれもこれも不格好で、重そうで、煩わしそうに見えますの。
『御覧の通り。必要以上の結実は、彼女達にとって重荷となってしまいます。身から栄養は吸われ、熟れば虫を引きつけ、そうでなくとも腐るのみ。悲しいかな、まさしく望まぬ『成果』となってしまうのです』
植物の特徴を持ち、されど植物ほどに自由無き訳ではない。そんな魔物達特有の悩みと言うものでございましょうか。となればわたくし達人間の身であれば解は単純。しかし植物魔物の皆様としては。
『なら千切り捨てれば良い。けれど、自分の身の一部であるそれをただ放置するのも気が引ける。植えたとて子が芽生えるほどのものではないが、自らの糧とするには忌避を感じる』
という訳ですの。まあ確かにわたくし達も、自らの爪や毛といったもので食い繋げと言われれば忌避を感じましょう。では果たして、どうすればいいか。
『従える眷属によっては、数も相当量となります。そうなれば不良果実も増え、大変なことに。そこで考案されたのが、この【アルラ・ドラティーナ】なのです』
こうすればいいのですの。集まった皆様の視線を受け、アルラウネやドライアド達は自らの身から、果実を一つ、プチリ。とったそれを掲げ――。
『放置ができないのならば、誰かの身体で潰してしまえば良い。自らの糧にしたくないのであれば、土壌の糧にしてしまえば良い。果実の投げ合いを、楽しんでしまえば良い。これこそが【アルラ・ドラティーナ】!』
「へぶうっ♥」
近場の一体が、ベーゼ様に向けて投げましたのぉ!? いえそのようなお祭りであることは推察できており、他幾人かも標的になっておるようですが、何故寄りにもよってベーゼ様の顔面に! よ、宜しいので……。
『人間達のお祭り【ラ・トマティーナ】もまた、規格外品や廃棄予定の不良果実、もとい不良トマトを投げ合うお祭りです。そちらの始まりは喧嘩する若者達の暴走行為から始まったともされていますが……ふふっ♪ 案外、【アルラ・ドラティーナ】も同じかもしれませんね』
「ぷへぇ♥ だから食べるのは非推奨だよヴィーちゃん♪」
あっ。大丈夫そうですの。ベロリと顔の果汁を舐めて満悦顔ですの。とはいえ周囲の皆々様は困惑気味。果実を投げるなんて……と言わんばかり。
『どうか勿体ない、とは思わないでください。これこそが今や一つの文化であり、消費方法。果実が沁みた栄養たっぷりの土は、各地に運ばれ新たなる実を成らす糧となるのですから』
それを優しく助けるように、アスト様のアナウンスが響きますの。この足元の土はそのためにあったのですの。それでようやく心が緩んだのでしょう。
『人魔広く、文化もまた広し。ここ魔王万福は、万に広がる福を知り、触れ合える絶好の機会。どうか皆々様改めて、心膨れるまで楽しんでいただければ幸いです』
締めの一言と共に、人魔問わぬ万雷の拍手が。実に素晴らしきことにございますの。……その、ですが、わたくし一つだけ懸念点が。
『長々と失礼いたしました。それでは、【アルラ・ドラティーナ】開催となります。あぁ、もしかして服が汚れないか心配でしょうか? ふふ、ご安心を』
ええアスト様まさにその通りにございますの! 果汁で汚れたドレスにて祭りを漫遊するのは、貴族としては……ご安心を、ですの? それは、おや!?
『入口のゲートにて、薄いバリアを付与させていただきました。果実をぶつけ合っても痛くはなく、最後にもう一度ゲートを通れば汚れは一瞬で剥がれますとも♪』
ベーゼ様を始めとした果実をぶつけられた方々が軽く光り、次には貼りついていた果汁がするりと落ちましたの! なんと見事な、うふふっこれならば!
『ですので♪心置きなく、せーのっ♪【ド・ラ・テ! ト・マ・テ!】』
「「「「「ド・ラ・テ♪ ト・マ・テ♪」」」」」
きゃあっ♪掛け声と共に、植物魔物達が果実を投げ降らせてきましたの♪ 確かに痛くはなく、目に沁みず、甘く瑞々しい香りや芳しい酸味が広がるのみですの。あら、ですが。
「わたくし達用の、その、果実は何処で?」
「出て来るよ~! じゃじゃ~んっ♥」
まあ、これは!? またも地面各所からするすると生え、わたくし達の高さで止まったのは……ミャルミャルちゃんの成る果樹でございますの!? 宝箱を果実とするなぞ、羊実のバロメッツ以上の奇樹、いえもしやこれは。
「「「シャウッ♪」」」
「「「ミャルル~ン♪」」」
やはり、嗚呼やはり! おほほ♪果実宝箱の正体は、ミャルミャルちゃん。その蓋が開けば、中には果実が沢山! ミミックによる果実の配布にございますの!
ならば、遠慮なく。幾つか頂戴し、まずは高くに位置するアルラウネの方へ! これは決して反魔派の一撃にございませんの。親愛なるお返しにございますの♪ そーれっ!
「きゃん♪ やりましたわねぇ♪ え~いっ♪」
まあ♡更に沢山の果実が降り注ぎますの! さながら果実で作られた大輪花! おほほ、果実塗れに沈むのはわたくしの夢の一つで――へぴゃっ!?
「えっへっへ~♥ 隙ありだよヴィーちゃん! ド・ラ・テ♪」
「やりましたわねぇベーゼ様! こちらからもゆきますの♪ ト・マ・テ♪」
「は~~♡ 全身べっとべとでございますの♪」
「ぐちょぐちょのどろどろ~♥ ヴィーちゃんと一緒のぎゅ~♪」
きゃあっ♡んもう、その姿でのハグは今だけに♪なにせわたくし達、上半身は顔から髪に至るまで隙間無いほどに赤淀みの果汁に染まり、下半身はそれが土と入り混じり畑仕事の民にすら勝る泥濡れようにございますもの。
嗚呼、楽しい一時にございましたの。当初アルラウネやドライアド達を狙っていた皆様は、気づけば周囲に、ともがらも初顔も人魔も無関係に。揃いも揃って笑顔で果実を投げ合っておりましたの。
無論足を土の柔さにとられ、身を果実の液に汚され怯んでいた方々も数多居りました。されど本当に受け入れきれぬ方々は壁代わりの建物内部へ避難を。そうでない方は、おほほ♪わたくし達のように。
土の柔さが、果汁浸み粘音響き絡みつく地面がなんぞ。潰れ弾け、甘ったるい香気と汗が交わり噎せ返る空気がなんぞ。式典にすら用いられるドレスが一色に染まることがなんぞ!
さながら子供達が親の始末を考えずに泥投げに興じるように、融雪の運命に全てを委ね雪玉合戦に興じる人々のように。気づけば靴なぞ気にせず泥と果汁の海へと踏み込み、配られる果実を盛大に♪
えぇ。配られておりましたの。投げる果実は、常に。落ちた物を拾う手間なんてほぼ必要ございませんの。なにせ、配ってくださる方が……ミャルミャルちゃんが、もといミミックが居るのですもの!
箱一杯に果実を詰め、植物に成る大果実の如く登場を果たしたミミック達。その役目はただ茎幹に吊るされ果実の配布場となるだけではございませんでしたの。あの実、走りますの。
えぇそれはもう、軽やかに。果柄からプチリと自ら捥ぎ落ち、人の隙間をぴょんぴょんと。そして果実無く困っている人々の下へ駆けつけ渡してくださいますの。なんと出来た子達でしょう!
更にはアルラウネ達と協力し、蔓にて持ち上げ高き位置からドバドバと。箱の中から噴き出すようにポンポンと。避難をしたがる方々を箱内へ仕舞い込み、避難場所へと。時には宝箱の身で盾にすら!
あぁ、おほほ♪うふふ♡ そうでした、その恩恵をわたくしも頂戴しましたの。あれは偶然にも、わたくしが集中砲火を受けてしまった時にございましたの。全方向をベーゼ様や楽しむ方々に囲まれ、逃げ場はなく。
身を張り守ろうとしてくれた爺やはあっという間に叩き伏せられ足を滑らせ地面へべちゃり。当然その次の標的はわたくし。赤や黄色、緑や紫の大小様々な果実があらゆる方向から幾つも幾つも!
石を投げられるような恐怖はありませんでしたが、多勢に無勢。耐えるしか。そう覚悟したその時、颯爽と現れたのはミミックにございますの。どうやら一度態勢を立て直させるため、わたくしを食べに来てくださったようでしたの。
ですが、その果物いっぱいのミミックをわたくしは逆手に取りましたの。ごめんあそばせと宝箱を掴み、口先もとい蓋先を周囲の皆さまへ向け。そして――ベーゼ様のライブのように、その場で回転をいたしましたの!
えぇそれはもう回転、大回転ですの。くるくるぐるんぐるんですの! そうすればどうなるか。おほほ♪御推察の通り。箱に詰まった果物は勢いよく吹き飛び、周囲の皆様を薙ぎ払う怒涛の礫となりましたの!
今思えば、あのミミックは的確に果実を振り撒き狙撃してくれたのでしょう。おかげさまであっと言う間の形成逆転にございましたの。楽しき悲鳴を上げ散っていく皆様を見ながら、ミミック抱きしめ勝利を祝いましたの♪
そんなミミック達へ……余った果物をこっそりモグモグ楽しむ可愛らしい宝箱へ別れを告げ、ゲートを潜りますの。後で何かしらを差し入れ、振舞わせていただくと――んひゃっ。あら!
「本当に綺麗に、いえ汚れが剥がれ元の装いへと戻りましたの!」
「便利でしょ~♪ アタシはあのままでも良かったんだけど♥全身甘~いから、一日中舐めていられるもん♥ あ、ヴィーちゃん舐めとけば良かったかなあ」
あら…♡でしたらわたくしもそちらの方が……♡ コホンッ。いえ、汗濡れの身を貴女様に舐らせる訳には……いえでも……ンンッ!
「全身から漂う甘い匂いでお腹かが空いてしまったのわたくしもですの♪ 沢山動きましたし」
「どっか食べに行こ~♥♥♥」
「成程。お祭りを知らしめるためのお祭りとは。素晴らしゅうコンセプトにございますの! あ~~んっ♡♡♡」
「あ~~~ん♥♥♥ 美味し♥えへへ♥ 褒められちゃうと頬を緩んじゃうよ~♥ あ、見て見てヴィーちゃん! お片付け始まったよ!」
頬が緩んでいるのは美味しいもののおかげもございますの♪ おや、まあ! ふふっ、果実に染まった土が、土精霊や魔法により逆巻き、空中に作られた穴に吸われ消えてゆきますの!
それと同時に泥遊びに興じていた宝箱達も持ち上がり、土の竜巻に呑まれ弾き飛ばされを繰り返しておりますの。楽しそうですの♪ ふふっ、あの場は次にどのようなフェスティバルとなるのでしょう♪
この『遠見千里のパブ・ハウス』が空いていて助かりましたの♪ ここは端的に言えば、各所の様子を座りながらに見られる軽食処。あちらこちらに浮く風船型の魔導画面にて、先程のお祭り広場やアリーナの様子、各地のパビリオンやレストランの様子を確認できるのですの。
そして、その場所に沿った料理を幾つか取り寄せ堪能できるのも肝。先のお祭りのように『踏み入るには少々勇気がいる』場合は、ここで座り気ままに味わい、それで興味を惹かれればいざ向かう――なんとも行き届いたシステムですの♡
無論、ここ専用の料理もございますの。パブマスターたる全身に百目を持つ巨人、パノプテ―スの手掛けるクジャク肉のお料理はまさしく絶品♪ 取り寄せたアルラウネやドライアドの果物野菜料理に合いますの♡♡
「ヴィーちゃん、どこ行きたいか決まった~? 次のお祭りイベントまで時間あるし、楽しも~よ♥」
ん~♪悩ましゅうございますの♪ 話を多少戻しまして、先のようなお祭りイベントは日に何度もあるらしく。しかも内容は都度代わるとか。
なれば、その全てを堪能いたしませんと♪ されどその内容を問えどもベーゼ様は『えっへっへ~♥』と笑うのみであり、わたくしも調べることは致しませんの。サプライズもまた良きスパイスですもの♪
「しかし、お祭りの中でお祭りを行うとは。ただでさえ巨大なフェスティバルーんを維持なさっておいでですのに、わたくし感服が止まりませんの♡」
あっと、つい聞かれたことへの返答でなく、感動がついて出てしまいましたの。お許しくださいませ。数多のパビリオン、数多の食事処、数多の施設。それに加え、ですもの。
先のお祭り、『アルラ・ドラティーナ』だけでもその手間はよくわかりますの。まずは土を敷き、バリア付与の魔法陣ゲートを展開。人が集まった後、建物防壁を造り、木々にて担当魔物を出現させ、果物を配る。
一体どれだけの人員と魔法が駆使されているのでしょうか。想像するに余りありますの。そのことを熱を以てお伝えしましたら、きゃっ♡
「えへへ~…♥褒めてくれてありがとのちゅ~♥あ、それとお祭りのスタッフ達に差し入れもくれてありがとのちゅちゅちゅ~♥ ぷはっ♥でも、ししょ~のおかげでだいぶ楽なんだよ」
熱烈が返ってまいりましたの♡ いえいえ、感動への多少の返礼で、師匠? 師匠というと……その、お祭り前に遭遇、もとい会いに来てくださったあの変た……エロティ……セクシャ…コケティ……んんっ。
えっと、官能が糸着て歩いているようなあの方ですのよね? 確かにあの方は、幻を操る天才のようで。アスト様方も認め、わたくしもこの目と身体でしかと。それが、お祭りでも活かされていると?
「うん! 実はね~……あ、この裏事情明かしちゃワクワク感台無しかなあ。良いのヴィーちゃん? じゃあこしょこしょ話で……実はね、さっき投げた果物、半分は幻影なんだあ」
え。まあ!? そうなのですの!? しかしどれも違和は。手に取る感覚から投げつける感覚、ぶつかった感覚までにも。本当ですの?
「本当だよ、そこがししょ~魔法の凄いとこ! でもよくよく比べてみたら気づいたはずなんだ。皆果物投げを存分に楽しんでたから気づかなかっただけだよお」
な、成程……。しかし、考えて見れば理には適っておりますの。先のイベントはフェスティバルを体験するフェスティバル。来訪客に体験させることが第一目的であり、残りの日程で幾度も開催されるでしょう。
「果物買い付けるのも保存も結構コストかかるし、安定しないもん。それにやりすぎたら今度は土の方がどろぐちょになり過ぎちゃうんだあ。だから、せッちゅ~♥あんっだよ♪」
きゃっ♪ ……このキスも、先のような師匠の入れ知恵ですの? コホン。ともあれ良い折衷案にございますの。理想と現実を幻で結ぶ。なんとも。
「因みにね。あの壁代わりの建物も葉っぱのバリアも、アルラウネ達が乗って現れた花もミミックが成った植物も、ぜ~んぶ幻影♥ 簡単な造りの物を召喚構築して、幻影貼り付けたんだあ。すっごくコストカットできちゃった♪」
まあ!? あれも、これも!? そうなりますと……本来のわたくし達はただ、簡素な広場にて幾許かの果物を投げ合っていただけも同然、と。うぅん……なん…とも……。
「あ。でもねでもね。スタッフは本物だよ。アルラウネやドライアド達も土精霊達も、ミミック達も! じゃなきゃ皆楽しめないもん、楽しくないもん♪」
っ! ふふ、うふふっ♪ えぇ、ええ。そうでございますの。あの皆様は事実、楽しんだのは事実でございますの。植物魔物がいなければ祭りの本質に理解及ばず、土精霊達がいなければ場は整わず。
そしてミミック達がいなければ、宝箱いっぱいに詰まった果物を困り疑う暇なく運んできてくださらなければ。あの幻影の只中で覚めて、愉楽からも冷めてしまったでしょうもの。
忘れはいたしませんの。幻では決してございませんの。土と果汁にまみれ、尻餅をつき、手を伸ばした先に宝箱が蓋開き待っていたあの瞬間は。そこから宝物を手に取り、汚れを厭わぬ腕いっぱいに集め、髪揺らし汗と目を輝かせ祭りに舞い戻るあの感覚は!
理想と現実を結ぶ幻を、更に結ぶは宝箱。冒険者を始めとした人々の理想の、されど現実に存在せし宝箱。見つければお祭り気分となり、我を忘れる宝箱♪
その隙を突き、悪夢を齎すがミミックでございましょうが……今だけは、彼女達もお祭りの中♪ さあて、何処へ赴きましょうか。次のお祭りまでの間、彼女達の雄姿をも満腹に――あ。
「そうですの。こちらの『濃厚ミルク・ウェイ』にお邪魔してみたいと思っておりましたの。ベーゼ様は如何で……何故笑っておりますの?」
「んふふ~♥ お目が高~いと思って♪ ちょっ~とだけ次のお祭りに関係してるかも♥」
そうなのですの? 一体……いえ、その時をも楽しみにいたますの♪
「ぷへ~お腹ぱんぱん♥ 口の中、濃厚~♥」
「えぇ、特濃でございましたの♡ 様々なミルク料理の海に漬かるのは格別で♡」
アウズンブラの四流れコールドミルク、ボナコンの燃える牛乳、グガランナのアルデバランシチュー、十牛の乳粥、ヘイズルーンの窯蜜乳、エアレーの山羊乳マキアート、オチョコチの山羊乳シュクメルリ、精霊ポンベロの森のミルクジャム、ロムル・レムスのオオカミパンナコッタ、ストーンカの雷鳴ヨーグルト、コロポックルの蕗添えじゃがいもバター……!
無論昆虫乳やチチカブ、カース・マルツゥと言ったゲテモノも堪能いたしましたとも。わたくしですもの♪ しかし、それらを含めて最も気に入ったのはやはり、チーズですの。
雲の幻影と煌めく風船で描かれた青空のミルキーウェイ。その下で頂く濃厚なる各種チーズは見事なものでございましたの。カトプレパスの石化チーズ、金羊のゴールデンチーズ、魔女ベルアルプの雪崩ラクレット。蛇身蝙蝠羽の女魔物ヴィーヴィルの宝珠シェーヴル。蛇髪ゴルゴンのゴルゴンゾーラなどなど――!
それらを用いた料理の何と美味なこと! うふふっ、いくら食べても身に響かぬ会場魔法がなければわたくし、どれほど肥えていたことでしょう。きっとお腹周りがホールチーズのようになっておりましたの。
そういえば。ベーゼ様はチーズを見る度にチラチラとわたくしのほうを。もしや祭りと関係しておりますの? もしや、チーズを供する祭りなのでしょうか。
なれば今頂くのは早計にございましたでしょうか。いえわたくしのこと、無論に存分に堪能できますが。ですが……それだけでないと勘が告げておりますの。
ベーゼ様のあの悪戯小悪魔フェイス。あの可愛らしくもゾクッと背筋がくすぐられる表情。あれはわたくしを驚かせようと謀っている顔であり、且つ測っている顔ですの。
およそわたくしの得意分野ではない、ベーゼ様の好む何か。それを受け入れられるか推し量ってくださっていると見ましたの。ミミン様アスト様より賛同を得ましたし確実かと。
えぇ、道中またも御二方と会いましたの。どこか疲労困憊…いえ、精魂尽き果てたというか……精力が絞り抜かれたと評すに相応しいご様子でしたが。
おそらくは先の騒動の続き、ベーゼ様の師匠たるサキュバスとの悶着と見ましたが……不問に付しましたの。聞いてしまえばわたくし、鼻から牛乳ではなく赤いものが、コホンッ。
ともあれ、食べ物談議の代わりにお二方は有難い物をくださいましたの。それは土産物が一つ、パビリオン巡りのスタンプ帳。しかも、うふふっ♡
なんとアスト様の魔法を以って、ミミックスタンプラリーの用紙と結合してくださいましたの! これで全てのパビリオンを巡る準備ができてしまいましたの♪感謝ですの♪
表紙はあの用紙、表紙裏はベーゼ様のお手製。その先は巡った思い出をも書き込めるという唯一無二の冊子! 最高の宝物ですの!
ただ一つだけ残念なのは、お二方にお礼を受け取っていただけなかったことにございますの。こんな素敵な一品をお作りいただきましたのに。『オルエからの命令』『下世話に巻き込んだ罪滅ぼし』とばかり。
代わりに、お二方にも一筆交えていただきましたの! 恋のライバル…という訳でもない友人ですし、媚なる毒牙から遠ざけていただいた恩はございますもの。
しかしそんなミミン様アスト様も、次のお祭りには面妖な顔を浮かべられまして。ベーゼ様とは違い、応援のてらいが強く感じましたが。
勿論仔細を聞き出すことはいたしませんでしたの。ただどうやら、次のアナウンスはミミン様録音のご様子で。楽しみですの♪
いうことで次のフェスティバルーん内フェスティバルまでの間、濃厚ミルク・ウェイの周辺を中心にパビリオン巡りをば。おほほ♪ここでもミミック達は楽しゅうございまして。
乳を搾る缶や、牧草ロールの中。鞍に乗っていたり、毛の中に隠れていたり。牧羊犬ならぬ牧羊宝箱として走っている子や、塩塊に扮し牛にべろんべろんと舐められ続けていた子、なんとお乳の部分に張り付く宝箱もおりましたの。飲み放題だったのでございましょうか♪
――さて、気づけばお時間が。そろそろ次の祭りを知らせる号砲が鳴る頃合いとなりましたの。されどパビリオンを巡るには些か時少なく。ここはまた何かしらをいただき、知らせを待つのが。
「待ってヴィーちゃん。食べるのちょっと控えたほうが良いかも? お腹空き空き食べ放題魔法あるから問題はないんだけど」
はて? ベーゼ様それはどういう? ベーゼ様にしては珍しゅうご提案に首を傾げてしまいますの。恐らくは迫る祭りに関わることにございましょうが。
「ん〜。でもただ待ってるの暇だよねぇ。んん〜〜あ! 良〜いこと思いついちゃった♥行こヴィーちゃん♪」
はい♡…何処にですの? 手を牽かれ転移門を潜りたどり着いたのは。あら?
「お祭りの開かれる広場、ですの?」
「うん! 今なら存分に驚けるよ〜♪」
驚ける、とは。警備の魔王軍兵へ話を通し、ベーゼ様はわたくしを広場の中へと。やはりゲートを潜ればバリアが身を包み守るように。そして。
「ヴィーちゃん! あれを見てみてよ!」
「えええええええええええ!?」
そこでわたくしが目にしたものとはっ、なななななんですのぉ!? これは、坂! 芝生に覆われた、急な坂! 聳えるようなそれは、森に囲まれども存分に開けたそれは、されど驚きの真なる点ではありませんの!
つい叫んでしまった理由は、その急坂の頂上。そこに据え置かれているのは謎の塊、いいえ――!
「あれは、どう見ても!」
「うん♪ チーズだよ!」
で、ありましょうがぁ! いえおかしくないですの!? 坂の頂きに存在するは、確かにチーズ、先程いただいていたようなチーズ。黄と橙を合わせた色を持ち、ホールの形をしており、表面には穴も幾つか……で、ですが!
「チーズと呼ぶサイズを、越えておりますの!!? なんですのあの大きさ!?」
この遠目からわかるほどの巨大さ、チーズ横で確認を行うスタッフの方々を縦に三人並べようとも足りぬ直径!! はっ、もしやこれは。
「巨人族の方のチーズにございますの? それか」
「ううん。巨人族製じゃないし、幻影でもないよ~♥」
先に言われてしまいましたの……! ですが、幻影でないのならばもう一つ疑念、もとい恐れが生じますの。縦に三人を並べても足りぬ直径とわたくしは評しましたが、それは丁度比べられる様相だったが故。
えぇ、即ち。円盤状のあのホールチーズは、直径を縦に――さながら今にも動き出しそうな車輪の如く、直立しておりますの! その、ベーゼ様? わたくし、嫌な予感が……ひにゃ!?
「ふっへっへ~♥良~いびっくり反応見せてくれて嬉し♪ 御礼にこのお祭りの真実を。『バルーンの夢、こっそり……あ、それは後にした方がいっか! 楽しむのは今からだもんね」
ベーゼ様がわたくしに目隠しを。その手もお言葉と共に漏れる吐息も温かくくすぐっとうございますが……。
「でも折角だし、先っちょだけ、一瞬だけびっくりの先行体験させてあげる♥『バルーンの夢、こっそり弾けろ~…!』」
ふえ!? 囁きと共に目隠しが分かたれ、視界が……んっ!? 長く高い芝生の坂が――無機質でのっぺりとした召喚坂に! されど表面に僅かな、凹凸、が、消えましたの? あれは……?
「はいお終~い♪ 後はぁ、ほ♥ん♥ば♥ん♥後にね♪ あ、丁度時間だ!」
きゃっ! 再度目隠しを軽くされれば、急勾配の芝生坂は元に戻りましたの。そして直後、鳴るは広場開放を示す号砲。すぐに人々は集まり、そしてその誰もが巨大なチーズに驚声を挙げますの。
「えへへ♥皆の目を気にせずびっくりできたでしょ♪ さ、一番上まで登ろ! この強化魔法陣を踏めば簡単に登れるけど、ヴィーちゃんどう登りたい~?」
まあ♡そのように手をわきわきなされて! では、うふふ♡是非抱っこをば♪ あぁ、爺やまで抱えなくてよろしゅうございますの。貴方は徒歩で参りなさい。
「――あら!? 上から見ると、様子が変わりますの…! 下が広く、まるで底無しのような。明らかに今登ってくださった距離ではございませんの」
「当ったり~! 坂も本物……半分本物?だけど、見える光景とか色々は幻影で弄ってるんだあ。だって今からやるお祭りは~にっへっへっへ~…♪」
まあ、小悪魔な笑みですの♡ されど、えぇ。確証こそございませんが……推測はつきますの。先程までの会話、そしてこの光景――坂頂点で不安定に立つ巨大チーズの背後へ、わたくし達が横一列に広く並ぶ様で。
それは参加者の一部であり、残りの方々は順番を待つかのように坂の端にて見守っておりますの。耳にしたことがございますの。芝生柔らかな、されど急な下り坂。そこに置かれたチーズと、人々。恐らく、これは。
『【チーズ転がし祭り』にご参加の皆様~! その勇気、心から敬意を表すミャ~ル☆なんちゃって!』
丁度アナウンスが始まりましたの! ミミン様による、可愛らしくも活気あるボイスで。やはり、そうでございましたの……!
『ふっふっふ~! びっくりなされていますよね~。この坂はなんだ、このチーズはなんだ。今から何が始まるんだ。では、説明させていただきましょ~!』
その言葉と共に、青空広がる芝生坂から…生えてきましたの!? 茶色い妖精や、黒山羊黒馬の姿から戻った妖精。毛糸玉のような姿の兎、それを従える魔女。更には牛乳のように白いローブを被り樫木の杖を持つ魔法使い達が!
『【チーズ転がし祭り】。妖精のブラウニーやプーカ、ミルクヘア兎や牛乳魔女やドルイド族達が合同で行うお祭りですが、やることは簡単! 転がしたチーズを、走って追いかけるだけ!』
皆々様がその芝生からの出現に驚く中、説明は軽やかに進みますの。ふふっ、やはり。ふと見ればベーゼ様が準備運動を始めておりますの。
『このお祭りですね~チーズを大地に転がすことで、ダーナ神族やケルヌンノス神を始めとした大地と豊穣の神々から魔力を頂戴するんです。そうして魔力たっぷりとなったチーズの半分は捧げ物に、半分は皆で分け合うのが通例なんですよ~』
成程、そのような成り立ちにございますのね。おやミミン様アナウンスが、なんだか不敵な、誘われる楽し気な笑い交じりに。
『ですが実は、度胸試しの節もございまして☆ 坂を勢いよく転がり落ちるチーズに触れ、溢れる魔力を吸収した者は英雄と称えられるんです! ふっふ~☆皆さん、英雄になって見ませんか?』
まあ! ミミックを探す冒険者の次は、英雄ですの! えぇ、では是非に! わたくしも今の内に準備運動をば。
『怪我の心配はございませんよ~! 入口のゲートで付与しましたバリアは、ど~んなダメージも防いでくれます。存分に走って、滑って、チーズと一緒に転がっちゃいましょう☆』
それは実に安心できるお言葉にございますの。できればそのような目になりたくはございませんが。しかし……あの巨大なチーズ、美味しそうですの…!
『用意させていただきましたチーズは、豊穣の白牛として知られるグラス・ガヴナンのチーズです! 更に更に魔王様の御力添えもあって、実際のお祭り同様に神様魔力たっぷり入りなんですよ!』
それはそれは! なればあとは度胸試しだけで、あら。ならその後は。
『ふふふ~! 見事チーズに追いつき、英雄になれた方々にはなんと! このチーズの一部と引き換えられるチケットを差し上げま~す!』
その御言葉、何よりの財宝ですの! であれば本気で挑まねばなりませんの。なにせ目の前の宝は巨大であれど、横一列に並ぶ英雄候補はかなりの数ですの。
皆が触れた場合、全員に行き渡るのはどうしても欠片となりましょう。いえそれ以前に、これに触れられる者が幾らいるか。必ずや揉みくちゃとなり、怪我無くとも大惨事に――あら?
なんですのベーゼ様、その更なる小悪魔フェイスは。わたくしを見ながら一層ニヤニヤなされて。まだ何かをお隠しに。
『でも、幾らチーズが大きいとはいえこの人数。英雄になるのは難しいかも……。ふふっ。本当のお祭りであればそうなんですけど、ここは魔王万福。皆に万の福を、満腹に味わってもらうのが目的ですとも。な・の・で・ミャルミャル~ン☆』
おや。ミミン様のミャルミャルちゃん掛け声とともに、妖精や魔女、ドルイド達が一斉に魔法を。あの巨大円盤穴開きチーズの左右、広めの等間隔を保ち、幾つも幾つも魔法陣が現れましたの。
さながらわたくし達の前にもう一列作るようなそれらから、何かが……大きなミャルミャルちゃん達!? ひと魔法陣にひと箱現れた彼女達は、大きく蓋を開け――まあ!!?
「沢山の、巨大穴開きホールチーズが出てまいりましたの!?」
「えっへっへ~♥ びっくりしたぁ? にっひっひ~♥」
もうベーゼ様、まだわたくしを驚かせてくださるのですから! これほどのチーズの群れであれば、皆が英雄となれることでしょう! では心置きなく。
『どのチーズでもオッケーですよ~。振るって触れてくださいな! まずは第一陣、我こそはと言う方々! 位置について~~~~!』
「よいしょ! よ~しヴィーちゃん、一緒にゴールしようね♥」
まあ♡あらベーゼ様、何故靴を脱ぎ裸足に? 確かに走るのであれば、わたくしのような華美な靴では。ふふっ♪爺や! わたくしの靴をも持って控えておりなさい! それでは――。
『――よ~い、どんっ!』
「「「「「うおおおおおおおっ!!!!」」」」」
英雄志望が出揃い、号令と共にチーズが転がり出しますの! わたくしも…は、速い! チーズ速いですのぉ!?
さながら落巨石のように地響き鳴らし、芝生散らしとんでもない勢いで転がっていきますの!! あれ、わたくし追いつけますの!? いえやるしか――!
「あっはっは~ッ♥ 待て待て~~♪」
って、ベーゼ様もとんでもない勢いで走っておられますの!? お待ちを、一緒にゴールしようとお約束してくださっ、ああもうこのドレス、邪魔ですの!
なんですのこの裾、ひらひらと! 駆けるに相応しくないのですの! 出来うることなら引き千切りたいのですの! ですが叶わぬ以上、こうして持ち上げお転婆に走るしか!
最早ドロワーズが見えることなんて気にしている状態ではないのですの!!! なにせ少しでも油断すれば、この急坂!
「「「ぬああああああっ!?!?」」」
あぁほら、向こうでまた足を滑らせ転がり落ちる方々が! 少しでも一歩を緩ませればああなりますの! 日頃のベーゼ様を見習った鍛錬のおかげで持ちこたえておりますが、いつ彼等のように――へ?
「おおっ!? た、立てた!?」
「転んだのに、え、え!?」
「と、とにかく走れぇ!」
み、見間違いですの……? 目に汗が入ったせいにございましょうか。先程転んだ方々が、また立って走っているのが見えますの。しかし当人達も目を丸くしており、どうも自力には――きゃっ!?
足が、縺れっ……! 身体がっ、前のめりにっ、芝生へっ……! このままでは、顔面からっ、ダメージは無い、にしても、怖っ、緑っ、黒っ、ヒッ……――!
「ヴィーちゃん、そのまま踏み出せ~♪」
へっ、えっ!? 視界が、青、緑、黄と橙、それとベーゼ様!? え、え!? わ、わたくし、確かに転んだはずですの! 顔から、思いっきり坂面へと打ちつけたはずですの!
なのに、何故わたくし、走っておりますの!!? 言われるがままに足を踏み出せば、坂を下るあの感覚が舞い戻って、感覚?
そういえば、転び運命を身に受けたあの瞬間。衝突や擦過の感覚はございませんでしたの。あったのは身が回転する感覚と、どこまでも落ちるような感覚。それに、背を押し出されるような……。
「にあああ!? あ、足が!? 足が速いぃい!?」
「滑っ、滑って!!? どどどどどこまで滑るのぉ!?」
「消えっ?! チーズに触れた人が、消えっ!?」
なななななぁ!? 何事ですのぉ!? 背後から、わたくしよりも遅かった方がやけに素早く! 足を滑らせた体制のままに! って、ええぇっ!?
ほ、本当ですの、チーズに触れた方が、消えましたの! チーズに轢かれたわけでも弾かれたわけでもなく、忽然と! 一体何がどうなっ――てひゃばあ!?
今度は滑っ、でも立ち上がっれきゃっ!? た、態勢がっ、腕で弾いてしまって、身体がっ! 足も更に滑っ、横倒し、転っ、きゃあああああああっ!!
「わ~!? ヴィーちゃんゴロゴロで楽しそ~! アタシもアタシも♪」
ひわあ!? 天地が高速回転する視界の前に、ベーゼ様の御顔がぁ!? ちちち近いですわぁ! というかお身体がむにゅっと、魔族翼がわたくしの背をぎゅむっと、尾がわたくしの足にくるっと!?
これはっ、横臥の形で芝生を転がるわたくしと、抱き合う形にぃ!? し、至福で……♡すが! それよりお助けをぉおお! 痛みも眩暈もございませんが、ここここれではぁ!
「このまま一緒にゴールしちゃお~! は~い手を上に…横に?伸ばし~♪足も伸ばし~♪ 皆、おねが~い♥」
「「は~いっ♪」」
んっ!? 今のはどなたの声で、みひゃんっ!? ベーゼ様に真っ直ぐに伸ばされた身体の先端、指絡ませられた両手へ、脚絡ませられた足へ、更に何かが絡みましたのぉ!?
い、いえ違いますの!? 絡まれたではなく、噛まれた、挟まれた、仕舞われた!? こ、この感覚何処かで、ですが確認しようとも目の前いっぱいにベーゼ様の素敵な御顔が――!
「チーズみたいに、ぐるぐるぐる~♥」
「「グルグルグル~っ!!」」
みえええええええええっっっ!!!!? 視界が、視界がぁあ!! 地と空が更に高速回転いたしますのおおおお!!!? ですがベーゼ様だけは変わらず、お美しくお可愛らしい微笑みでわたくしを――♡んっ!?
「チーズが、チーズがぁ!? 近づいてますのお!!?」
緑と青が入れ替わり続ける背景に、どんどんと占め始めるは黄色の塊! 追いかけていたチーズが、巨大円盤穴開きチーズが! 迫っておりますのおお!!?
このままではチーズにぶつかって、巻き込まれっ! それって触れることになるのですの!? でもその後がどうなるかは、あ、あ、あ、あああああああああっ!
「任せてヴィーちゃん♪ 一緒に手、伸ばそ♥ せーのっ……今!」
きゃっ! 真横へ、頭上へ伸ばしていた手が、ベーゼ様に牽かれ身体と垂直に。さながら手をとり共に社交の舞に興じるかの如く。回転も緩まり、チーズが――!
「「タッチ!」」
さ、さ、触れましたの! チーズに触れることができましたの! ……ですが、この先どうしろと!? 止まれなっ、いえそれよりもう激突を――。
「ね、思ったことな~い? チーズに埋もれたいって♥」
へっ、思ったことは勿論ございますが……ふぇっ!? 視界が、一面黄色く!? この感覚、これやはり何処かで……ですが、この香りは――。
「チーズの、芳しい香りが……!」
「ん~~♥ お腹空いてくる~♥♥♥」
視界と共に溢れる濃厚さ、まさにチーズに埋もれるかの如く。このままでも――うひゃああっ!?
「よっと! ちゃ~くち! えへへ♪どうだったヴィーちゃん♥ 英雄は~~~ぁっ、皆だよ♪」
こ、ここは……坂の一番下ですの!? 見れば止まったチーズ達と、共に走っていた人々が皆様の拍手に称えられて……ど、どういうことですのおお!?!?
「…………本当、どういうことですの? 終われどもわかりませんの」
チーズ転がし祭りの終幕後。勇気を出した皆々様が残らずチケットを手に、ほくほく顔でゲートから退出なさっていく後ろ姿を坂上から見下ろしながら呟いてしまいますの。
他の方々のレースも観覧しましたし、チケット不要を宣言し幾度か参戦もいたしましたの。されどそのたび、転んだ者は気づけば復帰し、滑ったものはそのまま高速で芝生を滑り、チーズへ触れた者は――坂蹴立てるチーズに紛れ終着点まで。
えぇ、そこが違和ですの。参加した数度、転び滑りを繰り返し、『頑張れゲテモノ公女!』と歓声を頂戴するに至りましたが……結果は同じ。転がる巨大円盤穴開きチーズに触れ、成功を確信した次の瞬間、視界と香りがチーズに包まれますの。
あまりの必死具合故に、身は走りつつも意識がおかしくなっていた――端から見ればそうでありましょうが、それにしては余りに毎度。尤も気づいたのは幾度も走ったわたくしぐらいにございましょうが。
皆様多少は首を傾げつつも、あの長大急勾配を無事に駆けおりれた達成感に包まれ。子供達や走れぬ者達はまさしく円盤となったチーズの一つに乗り、滑りながら速度合わせる転がりチーズに触れ。
そういえばあの時のチーズの速度もおかしゅうございましたの。わたくし達が走って追いかけた物と比べ、明らかにのんびりとしておりましたの。むぅう、色々とわからぬことばかりで――。
「ぎゅ~~♥ 硬くなっちゃったチーズみたいな顔、溶かしてあげる~♪」
ふにゃあっ!? ままままたベーゼ様の目隠しですの!? つい固まってしまった眉が、柔くほぐされる様で、ついとろんと――。
「そんじゃ約束通り見せたげる! これがチーズ転がし祭りの、フェスティバルーん内フェスティバルの真実だよ♪『バルーンの夢、君だけに弾けろ♥』」
ふえ? 何かが晴れてゆくような、ほんのほんの僅かな感覚が走りましたの。するとベーゼ様の手が外れ、周囲がよく見えるように……なっ!?
「こ、これは……随分と、無機質な……」
「えへへ……♥ ヴィーちゃんだけに見せるんだよ? 大好きで信頼できるヴィーちゃんだもん。お客さん達には内緒にしてね…!」
先程まで広がっていたのは、高き青空と緑芝生映える坂、そして遠く彼方に見える色とりどりのバルーンの夢、もといパビリオン会場群にございましたの。ですが、今は違いますの。
芝生坂は魔法揺れるだけの灰透明坂。彼方だったパビリオンは存外近く、色を失い白いドームとして散らばるのみ。空だけは……いえ、かなり曇っておりますの。あの青も幻影だったのでございましょう。
そんな、只の白と灰に占められたモノクロに近き会場の内を、皆々様は至福万福の顔で行き交っておりますの。幻影魔法、これほどとは……!
「ん~? あっ。もしかして幻影解除し過ぎてる!? ちょっと待ってヴィーちゃん、流石に見せすぎたよぉ……恥ずかし~……!」
また目隠しが!? 恥じらうベーゼ様の手汗は、うふふ…♡あっ、直りましたの。空模様も、遠くの会場模様も。ただそのままなのは。
「この、魔法製の坂が秘密なのですの? 一体どのような」
芝生が剥ぎ取られた、いいえ芝生の痕跡すらない滑らかな魔法坂。触れれば土のように柔らかさも持ち合わせておるようですが……さりとて疑問の解決には。
「皆~! でっておいで~♪」
「「「「「シャ~ウッ!」」」」」
ふぇえええっ!? ええええええっ!? みみみみ、みみみ、ミミック!? ミミックが、ミミック達が! 坂の下からトプンと出てきましたのぉ!?
「えっへっへ~♪ 実はこの坂、中に入れるようになってるんだぁ。ミミックに潜んで貰ってて、要所要所でお手伝いして貰ってたんだよ!」
く、下りゆく灰透明の急坂から、幾多もの宝箱がひょこりと顔を出している様はさながら石多き山道。あるいは野菜の棘々のようですの。
成程、先程一瞬見えた凹凸の正体はこの子達、宝箱達でしたの。この秘密の上に芝生の幻影を貼り、姿を見せぬ儘に手助けを。ということは。
「転んだ方がすぐに立ち直り、まるで背を押されたように感じたのは」
「うん♪ 転んだ人をミミックがこっそりパクっとして、箱の中で姿勢変えて、プッと吐き出して戻してあげたんだあ♥」
「足の遅い方が急に早くなったり、滑った方がそのまま滑ったのは」
「箱の中に魔王軍の魔導士を入れて、地下から詠唱したの。そして~♪滑った人の足を箱に嵌め込んで、そのままソリみたいにしゃあーって!」
「な、なら……わたくしがベーゼ様に抱かれ高速で坂を転げ落ちた際は」
「この子達に手足をパクってして貰って、ゴロゴロ~って! ね~♥」
促され見れば、あの巨大チーズを縮小したような黄橙円盤型の箱に入った上位ミミック二名が。え、えぇとどうやら、こういうことですの?
私とベーゼ様はさながら車軸となり、手足を抑えてくれたミミックは車輪となり。芝生の上を全身で転がるチーズの車となったと? ぅっ……なんだか恥ずかしいですのぉ……!
「ははあ。道理で。お嬢様が転んでしまわれた直後、謎のチーズと化したかと思い目を疑いましたが……漸くに氷解いたしました。っフフ……フグッ?!」
じーいーや? この肘鉄だけでなく、貴方も同じ目に遭わせて差し上げましょうか? 無論ベーゼ様無く、貴方だけでチーズに、チーズに? あっ。ならば一体。
「チーズに触れた後、チーズに囚われたあの感覚は」
「んっふっふ~♥ 大ヒントも、この子達だよ~!」
この、ホールチーズを模した箱に入ったミミック達がですの? それは…………もしや。模した、のではなく――あ、あら? 空が陰って……みあっ!?
「きょきょきょ、巨大ホールチーズが、ささささ坂道をっ、こここ、転がり昇って参りましたのぉおお!?」
先程までとは真逆、坂道を駆けあがってきたのは沈黙していたはずの巨大円盤穴開きチーズにございますの!? た、確かにお祭り中幾度も魔法で坂上まで運ばれておりましたが!
それでも、こうして自ら坂道を登って来るなんて初めて見ましたの! どうやって、一体――い、いえ。わたくし、予想がついておりますの。その、先に頂いたゲテモノチーズと比べるのは些かそぐいませんが。
「やっぱね~。タッチ出来た皆がどう退避するかがネックだったんだあ。走り続けさせる訳にもいかないし、かといって足を止めさせたら後ろの人の邪魔になるもん。じゃあ触れた人から地下のミミックが回収、ってのも考えたんだけど」
ベーゼ様はそう語りつつ、丁度わたくし達の目の前でピタリ静止した巨大チーズへ、尾をフリフリ近寄りますの。そして、実に満足げに抱き着きまして。
「それならいっそのこと、触れたチーズに飛び込ませる方が楽しいかなって! だってチーズに埋まるのは、人魔み~んなの夢だもんね♥♥♥」
「「「「「ですね~~♪♪♪」」」」」
やっぱりですのぉ! 巨大円盤チーズ全体に開く幾つものチーズアイ、チーズの穴。そこからひょっこり顔を出したのは、ミミック達にございますの!
そういうことでしたの。チーズの穴を埋めるように、ミミック達は潜んでおりましたの。それを幻影で覆い、さも何もいないように見せかけておりましたの。
そうして手を触れたわたくし達を、ミミックはチーズ穴に引きずり込んだのですの。確かにそれならば人が邪魔となることはございませんの。後は幻影で走る人を映せば、観客の動揺も無くなりますの。
「あ。安心してね! 皆に配るチーズは、転がしてもミミックも潜んでいないやつだよ。勿論、神様魔力もいっぱい! 魔王様に交渉してもらって、沢山作って貰ったんだあ♥じゅる……」
なんとも細やかな心遣いまで。流石はベーゼ様ですの♪ ……ですが、あの。その涎、もしや。
「でも、やっぱり全身チーズに包まれるとお腹空いちゃうよぉ……! アルラ・ドラティーナだってちょっと食べたし……これも……! いただき――」
「「「「にっげろ~!」」」」
「ああ!? 待ってよチーズぅ!?」
我慢できなくなったベーゼ様に追われ、チーズは再度坂道を転がり落ちてゆきますの。幻影無くとも、ベーゼ様はベーゼ様ですの♪
なんとも素晴らしき、フェスティバルーん内フェスティバルの一幕。願わくば永劫に見ていたいこの光景、これぞまさしく美味で――……。