ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~   作:月ノ輪

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顧客リスト№19 『ケンタウロスの高原ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

天は高く、青く澄み渡る。僅かに浮かぶ雲はたおやかに流れていく。

 

「すぅうう…ふいいいぃ…!」

 

そんな青空を見上げながら、私は深呼吸。青々とした芝生の香りを含んだ爽やかな空気が一呼吸ごとに体に満ち満ちていく。

 

時折吹きつける風は冷たく、心地よい。私の髪や羽、服をさらさらと揺らしてくれるそれは、残暑厳しい最近の記憶を吹き流し、忘れさせてくれるよう。

 

視線を少し下に下げると、遠くに見えるは雪を微かに纏った霊峰群。さらに下には、今いる場所と同じような草原や針葉樹林、そして日光を受けきらきら煌めく湖。山羊や羊が放牧されている様子や畑も見える。

 

ここはちょっと標高が高い位置にある『高原ダンジョン』という場所。ダンジョンなのに視界を遮るものはなく、敷地のほとんどは広がる草原や小石道。それでもここに棲む者たちには問題ない…というかこのほうが良い。

 

それにしても…海とかに行かなくてもこんな涼しい体験ができるなんて。草原にぱたりと横たわって口笛でも吹きながらひと眠りしたい気分…!

 

…ハッ! 危ない危ない…仕事で来ているの忘れかけた…。

 

 

 

 

パカラッパカラッ

 

そんな折、どこからか馬が駆けてくるような音が。それは私の背後でぴたりと止まった。

 

「姫様、お迎えに参りましたよ」

 

聞こえてきたのは乙女なら一度は憧れるシチュとセリフ。私は思わず振り向いた。ただし…半笑いで。

 

だって、そのセリフを口にしたのは『白馬に乗った王子様』じゃないんだもの。

 

 

「…王子様役、似合いませんね」

 

笑いをこらえながら、そう突っ込んでしまう。すると白馬に乗った王子…王女?いやいや、我らが社長は頬を膨らませた。

 

「じゃあアストがやりなさいよー!」

 

 

 

その正体、『白馬に乗った王子様』もとい、『白馬に乗ったミミン社長』。鞍に自らの入る箱を乗せた形で乗馬中である。

 

しかもその状態でついさっきまでその状態で草原を駆け抜けていたのだ。 転げ落ちてないの凄い。

 

 

あ、そうそう。『白馬に乗った社長』というのも間違っている。正確には―。

 

「そうか? 私は社長の王子様、似合ってると思うぞ。先ほど草原を駆けていた時、上手く私を乗りこなしていたからな」

 

随分と変わった理由で社長を褒めるのは馬の従者ではない。馬本人。というか、馬じゃない。半人半馬の魔物『ケンタウロス』なのだ。

 

そして社長を背負ってくれているのは、今回の依頼主である女性ケンタウロス『ケイロ』さん。美しい容姿によく映える白く長い髪、そしてそれと同じく純白な身体を持つ方である。

 

まあだから、正しくは『白ケンタウロスに乗った社長』というわけわからないものになってる。そりゃ半笑いにもなる。 決してケイロさんのほうが王子様っぽいと言ってはいけない。

 

 

 

 

 

「はいよーっ!」

 

掛け声一つ、ケイロさんはパカパカと歩き出す。私は他のケンタウロスの方の背に。歩かれる度に緩やかに揺れる感じが存外楽しい。

 

上半身は人で下半身は馬なケンタウロスだが、その下半身部分は馬の頸部あたりから下の胴体部全部という出で立ち。

 

そのため体の全長は結構大きく、社長はおろか私ですらその背に座れるほど。手綱がない分ちょっと掴まるのが大変だけど。

 

 

 

 

 

「そういえばケイロさん。さっき社長に『上手く乗りこなしていた』と仰っていましたけど…」

 

馬上に腰かけたまま、私は何とはなしに聞いてみる。するとケイロさんは歩調を合わせながらふふっとほほ笑んだ。

 

「あぁ。ミミン社長のロデオの腕は素晴らしい。いくら鞍の上に乗せているとはいえ、紐で縛ってもいない宝箱なんてすぐにでも滑り落ちると思っていたんだが…」

 

うん、まあ私もそう思っていた。ここに来てすぐ『背中に乗せてください!』と社長がねだったため恐る恐るケイロさんの背に乗せさせて貰ったのだが、その時の社長の箱は明らかにぐらつき気味だった。

 

しかし、それが今や鞍の上にぴったり鎮座。糊でくっつけたみたいである。

 

「いくら速度を上げても、高く跳んでも、軽く暴れてみても落ちるどころか一切ズレることすらない。素晴らしいバランス感覚だ、社長」

 

「走っているときの風を切る感触、とっても気持ちよかったですよケイロさん!」

 

ケイロさんのその言葉に、社長はにへへと笑いながらそう返した。

 

 

まさか社長に乗馬の才があったとは。普段から箱を乗り回しているからなのだろうか。それは凄い、いや本当に凄いことなのだが…。

 

「…なんで社長、ケイロさんの髪を梳いているんですか?」

 

だめだ、堪えきれずついツッコんでしまった。だって社長、なぜか手を櫛状に変えてケイロさんの髪を整えているんだもの。

 

「ケイロさんせっかく綺麗な髪しているのに、走るたびにぼさぼさになっちゃってるから…。編んであげようと思って!」

 

そう言いながらも社長の手は動き続ける。あれよあれよという間にケイロさんの髪は三つ編みに。

 

「はい!こんな感じでどうでしょう!」

 

毛先あたりに真っ赤なリボンを結び、ポンと手を打った社長。あっ、結構似合ってる…!

 

「私にこんな可愛い髪型は…」

 

社長から手渡された手鏡を見ながら、悶え気味のケイロさん。しかし内心嬉しいのか、尻尾は上がり、足がスキップ気味。

 

「似合ってるわよケイロ!」

 

私を乗せているケンタウロスの方もそう褒めちぎる。そういえば馬の(たてがみ)もお洒落に結ぶことがあるというし、似合わない道理はない。

 

「もしお邪魔だと感じましたら頭の後ろで小さくまとめることもできますよ!」

 

ふふんと胸を張る社長。楽しくなったのか、くるりと後ろを向く。そこには、ぱさぱさと動くケイロさんの尾。

 

「こっちのほうもぼさぼさ気味ですし、やっちゃいましょー!」

 

半ば許可を取らず、ケイロさんの尾に触れる社長。が、それが悪かった。

 

「ひひぃんっ!?」

 

甲高い声を上げ、突如前足をぐおっと上げるケイロさん。

 

「わっ…!?」

 

気を抜いていた社長は流石に耐え切れず箱ごところりと落馬。そこへ…。

 

ドカァッ!

 

ケイロさんの見事なる後ろ足キック。社長の箱は思いっきり宙を舞った。

 

…いや当たり前である。馬の体とはいえお尻に触れたのだもの。同じ女性とはいえ、蹴られて当然と言うしかない。

 

 

「す、すまない…!」

 

吹き飛んだ箱を慌てて回収するケイロさん。すると蓋はぱかっと空き、社長が照れくさそうに現れた。

 

「こちらこそごめんなさい…。ちょっと調子に乗りすぎました…」

 

どうやらガードは間に合った模様。まったく…社長は時折私の尻尾にもじゃれてくるけど、セクハラはせめて私だけに留めておいてほしいものである。

 

 

 

 

 

「よし…と! はい、こんなんでどうでしょう!」

 

「おぉ…!いい感じだ。動かしやすい!」

 

結局尻尾も綺麗に編み上げた社長。ケイロさんは終始くすぐったそうにしていたが、出来上がった尾をぴょこぴょこ動かしご満悦。

 

そんな間に私も自分が乗せてもらっているケンタウロスの方の髪を整えてあげた。社長の毎朝の身支度は私がやってあげること多いし、手慣れたもの。

 

 

「さてさて!ではご商談に移りましょう! 何があったのですか?」

 

こほんと咳払い一つ、社長は本題に入る。ケイロさんはコクリと頷き話始めた。

 

「ついこの頃、ちょっと面倒な冒険者が入ってくるようになってな。奴らの狙いは色々だ。私達が育てている家畜や農作物、生えている薬草や木材、そしてこれだったりする」

 

と、ケイロさんは上半身の背に背負っていた弓を取り外し装備して見せた。見た目は素朴だが、一目でかなりの魔力が宿っているのが窺える。

 

 

別に彼女だけではない。私が乗せてもらっている方の背にも、そこらへんに歩いているケンタウロス達の背にも、総じて弓と矢筒がかけられている。

 

これは、彼女達が弓術を得意とするからなのだ。その弓の腕はあのエルフに並ぶほどと言われている。

 

因みにエルフが魔法を籠めた魔法矢で戦うことが多いのに対して、彼女達ケンタウロスはその馬足のフットワークを活かし高速移動しながら矢を放つスタイルらしい。

 

 

そのためか、彼女達お手製の弓矢は非常に質が良い。それ自体も、その材料となる木材も大変高値で取引されてしまうのである。

 

他にも生えている薬草はこの高原でしか手に入らない貴重な物であり、家畜や作物もかなり珍しい種ばかり。冒険者達にとってはここは宝の山ならぬ宝の高原である。…こんな素晴らしい景色なのに。

 

 

 

いや、それよりももっと気になることがあった。ついさっき、ケンタウロスの髪の毛を弄らせてもらったからわかったことだが、事は予想以上に深刻そうだ。

 

いつそのことを切り出そうかと迷っていると、ケイロさんは自らの三つ編みをふにふにと触りだした。そしてゆっくり言葉を続けた。

 

「それとな、私達自身も狙われるんだ。狙いはこれ、私達の髪の毛や尾の毛、蹄だ」

 

 

そう。彼女達の髪の毛に、私の魔眼『鑑識眼』が思いっきし反応したのだ。それはつまり、ケンタウロスの髪とかが素材として取引されているということ。ケイロさん達の髪が荒れていたのは走った風のせいではなく、こっちの存在が大きいのかもしれない。

 

しかし、それと同時に私は気になっていた。彼女達は弓の名手であり、陸上最速格の魔物、ケンタウロス。そして視界を阻むものがないこの高原という最高のロケーション。

 

いくら冒険者が手練れでも、彼女達なら先に反応して対処できるはず。一体どういうことかと聞いてみると、ケイロさん達は顔を歪めた。

 

「冒険者の連中、足の速い召喚獣に乗り、盾を使って近づいてくる。そうされると弓では対抗できなくてな…あれよあれよと投げ縄で捕まり、毛を毟られ蹄を削られてしまうんだ」

 

「アタシもやられたわ、ブチブチって遠慮なく。せめて鋏使いなさいよね…。特に蹄削られちゃうと暫くうまく走れなくなっちゃうし…」

 

はぁ、と溜息をつく彼女達。ケイロさんは改めて社長に頭を下げた。

 

「頼む社長。私達の好物であるホースキャロットもつける!」

 

…ちなみにホースキャロットとというのは、高原でしか育たない特殊作物のこと。それを馬に食べさせればどんなじゃじゃ馬でも言う事を聞くという美味しい人参である。 やっぱりケイロさん達も馬なんだ。

 

そんな物を差し出すとは、中々に死活問題のよう。社長と私はほぼ同時に『おまかせあれ!』と胸を叩いた。

 

 

 

 

しかし、どうすればいいのだろうか。依頼は有難いが、ここはほとんどが開けた草原。岩や木はごく少数で、棲んでいる魔物もケンタウロスと彼女達が育てる家畜のみ。ミミックを置こうにも…。

 

私が頭を悩ます中、社長はカタログを取り出し、器用にケイロさんの前に回して見せてあげていた。

 

「そうですねー。畑や倉庫、おうちにはこの子達を使ってオーソドックスに行きましょう。そして、ケンタウロスの皆さんを守る方法ですが…」

 

そこで一旦言葉を切る社長。何か考えているようだが、ふと軽く首を傾けた。

 

「ケイロさん、私、重くないですか?」

 

ここに来て体重の質問? 社長にしては珍しい。私が持っても大して重くはないのだから、馬の身体を持つケンタウロス達には…。

 

「全然だ。乗っていることすらわからなくなるほどだな」

 

でしょうね、と返したくなるケイロさんの回答。社長はほうほうと相槌を打ち、くるりと私を乗せてくれているケンタウロスの方を向いた。

 

「ではアストはどうですか? 重くないですか?」

 

 

「んなっ!?」

いや何てこと聞いてるの社長…!? 変な声出ちゃった…! 

 

最近食べ過ぎ気味だったけどヨガとか運動とかやってるし…そんな太ってないはず…。あっ、今のうちにちょっと羽ばたいて浮遊すれば…。

 

「こらアスト、無駄な抵抗をしようとしないの。必要だから聞いてるんだから」

 

速攻バレた。酷い。社長は少女体形だから気兼ねなくそんな質問が出来るのだろうけど、私は結構気を遣っているのに…。

 

そうブー垂れたかったが、それより先に私を乗せてくれているケンタウロスの方が笑いながら答えた。

 

「軽いもんよ! 寧ろいい感じの重さで心地いいわね」

 

…それは痩せているという意味なのか?太っているという意味なのか?それとも適正体重という意味なのか?? 

 

「ふむふむ、つまり人1人分の重量ならば問題ないと」

 

社長は何もツッコまず頷くだけ。てかその程度なら私の体重で確かめてもらう必要は…いやあるのだろうけど…なんか腑に落ちない…もう…。

 

 

「わっかりました! では、うちの工房で()()を改良しちゃいましょう!」

 

と、何か思いついたのか社長がポンポンと何かを叩く。それは…。

 

「「「鞍?」」」

 

 

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