ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~   作:月ノ輪

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人間側 とある社長の保養

 

 

「はあ…はあ…ふう…! ようやく着いたなぁ…!」

 

「えぇ…着きましたねモモタロ社長…! わたくし、もう足が動きませんぞ!」

 

山奥にある、とある湯屋の前でへたり込む私と秘書。普段、乗り物移動が主だから歩きだと辛いもんだ…。

 

 

 

私は『モモタロ』。ある会社の社長をしている。と言っても業務内容は多岐にわたっている。

 

今主にやってるのは…そうだな、分かりやすく言えば各地を回り、様々な店を買収して纏め上げる仕事、といえばわかりやすいかな?

 

今では各国に私の系列とした企業や店舗がいくつもある。当初1000万G(ゴールド)で始めた事業がここまで上手く行くとは思わなかった。

 

このまま50年、いや100年かけてでも世界制覇を成し遂げたい。そしてゆくゆくは、あのテーマパーク『ランド』の買い占めを…!

 

 

だが、それも今日は休憩。同業他社の連中に差をつけたということもあり、思い切って温泉に浸かりに来たのだ。

 

ここは知る人ぞ知る秘湯。入れば様々なバフが身につくという。基本冒険者や亜人が多いみたいだが、一般にも開放されていると聞きやってきたのである。

 

本当、山道を歩いてくるのは大変だったが…温泉のためならえんやこら!

 

 

 

 

 

 

「初めてかいの? 料金は一人400Gじゃよ」

 

男湯の青暖簾をくぐり、中に座っていた番台の爺さんに代金を支払う。なんでも、この爺さんは『湯の神様』らしい。とてもそんな風には見えないが。

 

脱衣所に足を踏み入れると、そこそこの人が。確かに噂通りほとんどが冒険者のようで、鎧や剣、杖が服籠に入れられていた。

 

ん? あそこに立てかけてあるのは…巨大な大剣? 人と同等、いやそれ以上の大きさがある。他にも同じぐらい大きい刀や…なんだあれ、ボウガンか?あっちは…笛…?

 

ははぁ。もしかして巨大な竜や獣を狩ることを生業にしている『ハンター』達か。そういえばそういう連中も良く来ると聞いたな。温泉好きなんだな。

 

 

 

 

 

 

「ほほう! 絶景じゃないか!」

「ええ! ここまでとは! 素晴らしいですなあ!」

 

早速浴場へ足を踏み入れる。もう日も暮れかけだが、僅かに残った夕日が紅葉を照らし、筆舌に尽くしがたい雰囲気を醸し出している。

 

因みに脱いだ服の見張り役は番頭の爺さんが務めてくれているらしい。神様なら安心だろう。こっくりこっくりしてたけど。

 

まあ代わり?に『湯の精』と呼ばれる白く小さな妖精達も見張っていたし、大丈夫かな。

 

 

 

 

 

かけ湯をし、身体を洗いに。うーむ…この秘書には長年付き添ってもらっているし、背中を流してやるべきだろう。でも、いつも「滅相も無い!」と拒否するからなぁ…。

 

私がそんなことで悩んでいると、妙な音が聞こえてきた。

 

 

シャアアアア…

 

なんだ? この何かが滑る音…というか、床を湯桶が滑る音だなこれ。誰かが投げたか、子供が遊んでいるのだろうか。後者なら注意してやらないと。

 

シャアアアア…

 

「「は…?」」

 

私も、秘書も口をあんぐりとさせる。何故なら…少し大きめの湯桶が目の前を徐行しながら滑っていったのだから。

 

 

いや、徐行しているだけではない。歩く人達を余裕をもって避け、角を曲がり、洗い場の方へと自動で動いていった。

 

思わず追いかけ、様子を窺う。すると、湯桶は腰かけているとある爺さんの近くに停止。瞬間―。

 

ニュルッ

 

湯桶の中から数本の触手が伸びてきたではないか! それだけではない。触手は体洗いタオルと石鹸を手にしている。それを器用に合わせ、もこもこと泡立たせ…。

 

ゴシゴシ…

「おぉう…気持ちええのぅ…」

 

爺さんの背を洗い始めた。

 

 

 

 

「あのー…横からすいません。これは何を…?」

 

「? 背中を洗って貰っているんじゃよ。何分、年取ってから手が上手く回らんようになって、背中が洗いにくくてのう…」

 

私が恐る恐る問うと、背を触手に洗われている爺さんはそう答える。いや、そうではなくて…。

 

「この、湯桶から出ている触手は一体…?」

 

「おぉ、これか。なんでも『ミミック』という魔物らしくてのう。つい最近オオナムチ様方(湯の神様)が雇った子達じゃと。この子らの触手、優しくも強くも自由自在で気持ちええのよ」

 

こういうのもあれじゃが、オオナムチ様方の眷属である『湯の精』に頼むと、妖精のちいこい身体で洗ってくれるのが少し気の毒で頼みにくくてのう。そう笑う爺さんだったが、私は眉を潜めた。

 

ミミック…? それってダンジョンとかの宝箱に潜む恐ろしい魔物じゃなかったか…? それが何故、こんな風呂場に…いや、確かこの温泉『秘湯ダンジョン』と言われている。なら、問題ないのか…?

 

 

…まあ、でも好都合か。私がやろうとすると遠慮される背中流しも、ミミックに頼めば秘書も受け入れてくれるだろう。よし、頼もう。

 

 

 

 

近くを飛んでいた湯の精に頼み、少し待つ。すると同じように、湯桶が滑ってきた。なんか面白い。さて、肝心の三助の腕は…。

 

「おぉお…!」

「これは…中々…!」

 

爺さんの言う通り、女性のように優しく肌を撫で、男性のように強めに痒い所を擦ってくれる。しかも、他の触手で肩や首筋、腰や腕を揉んでくれるではないか。

 

なんとも素晴らしい腕(触手だけども)だ。一体どこから雇ったのだろうか。気になる…。雇うというぐらいなのだから、金銭等のやり取りがあったはずだ。なら、私が買収を…。

 

…せっかく温泉に浸かりに来たのだ。仕事のことは今は忘れよう!

 

 

 

 

 

さてさて。身体を洗い終えたが…このまま温泉に浸かるより先に、アレに入るとしよう。サウナだ。せっかく来たのだ、全部楽しんでいこう。

 

ギギィ…

 

扉を開き中に入った瞬間、むせ返る熱気が。良い感じだ。先客も幾人かいる。

 

「ん?」

 

と、サウナ部屋の端に気になる物が。『ロウリュ』…サウナストーンに水をかけて熱い蒸気を発生させるあれのことだが、そのサウナストーンが妙なものに入っているのだ。

 

どう見ても、蓋が開いた人より大きい宝箱。そこに設置された台の上に石が置かれているという感じか。中々にお洒落である。何故宝箱なのかはよくわからないが。

 

 

 

 

 

「ふー…! じりじりと身体が煮えてきたな」

「えぇ…! わたくし、汗が滝のように出てきましたぞ!」

 

苦しくも、何故か楽しくなる熱さに揃って耐える。出た時の快感を思うと笑みが零れてきた。

 

だがまだだ、まだ耐えられる。いや、物足りないかもしれない。水を注いでもっと熱くすべきか。そう思った時だった。

 

「頼んで良いかい?」

 

サウナに入っていた一人が、サウナストーンに撒く水のところにいた湯の精に声をかける。すると妖精はひとつ頷き、飛び出していった。

 

「お、始まるか」

「丁度良かった。物足りなく感じてたとこだ」

 

嬉しそうにざわつくサウナ内。何事かと思っていると…。

 

 

ギィイ…!

 

「はーい! お待たせしました!」

 

扉を開き現れたのは、湯桶に入った魔物の女の子…!? 白い湯浴み着のような服を着ている。

 

突然の来訪に慌ててタオルをかけ直すが、彼女は全く気にしない。そのまま湯桶でスイイと滑りサウナストーンの元へ…

 

ん?湯桶で、滑る? まさか、彼女もミミックなのか? そういえば、上位ミミックという人型魔物がいると聞いたことがあるような…。

 

 

「じゃ、行きますよ~! そうれ!」

ジュウウッ!

 

そんな間に、上位ミミックはサウナストーンに水をかける。良い音と共に、熱々の蒸気が。お、一気に温度が上がってきた。これだこれだ。

 

 

…しかし、何故ミミックを呼んだのだろうか。水をかけるならば、勝手に出来るし。

 

あ、もしかして『アウフグース』…タオルでバサッと扇いで、熱風を送ってもらうためにか。それは良い。だが彼女、タオルなんて手にしてない…

 

「よいしょ!」

スポンッ

 

…!? サウナストーンが置いてある宝箱に、身体を滑り込ませ入っていった…!? 熱くないのか…!? いやいや、そこじゃなくて…!一体何を…!?

 

「じゃ、皆さーん! 覚悟は良いですか?」

 

「「「おぉーっ!」」」

 

ロウリュ宝箱の中から聞こえてくる上位ミミックの声に、周囲の皆はそう答える。と、次の瞬間だった。

 

「ほいっと!」

バタンッ!

 

勢いよく、ロウリュ宝箱の蓋が閉まった、だと…!?

 

ブオッ!

 

それにより発生した熱風は、勢いよく私達の身体に叩きつけられた。う、おお…!熱い…! 

 

「もいっちょ!」

バタンッ ブオッ!

 

「そりゃそりゃ!」

バタンッ ブオッ!

 

幾度も蓋の開閉が行われ、その度に熱風が押し寄せてくる。 こ、これは…!凄まじい…!

 

「おうい、こっちにもっと風くれー!」

 

「はーい! いよっと!」

 

なんと、依頼に応え巨大な宝箱の向きをずらし、風の方向を変えもした。ミミック…なんという変わった魔物なんだ。

 

 

 

 

 

 

「「整ったー!!」」

 

サウナを抜け、身体を冷やし思わず叫ぶ。実に良い熱風だった。人がやるより勢いがあって、ガツンと来たな。

 

さあ身体も充分に冷め、水分も補給したところでいよいよ本命の温泉だ。と、秘書がにこにこと一言。

 

「そうそう、ここの温泉お酒も頂けるようで。今さっき頼んでおきました…ぞ…」

 

後半声が止まりかける秘書。何故なら丁度、私達の目の前に湯桶が二つ重なったものが滑ってきたのだ。上にはお酒セット。下からは、とりやすいようお酒セットを高く持ち上げてくれた触手。

 

「…特急カードを使ったように早く来ましたな」

 

 

 

 

 

 

「「う゛い゛~~~~~~~~♨」」

 

…なぜ温かなお湯に入ると、こんな声が出てしまうのだろう。不思議不可思議。私も秘書も顔がとろけてしまう。

 

「社長、まま一献」

 

「お、有難う」

 

早速一杯。うーん、美味い。温泉に浸かり酒を飲めるなんて、極楽とはこういうところを言うんだろうな。

 

 

はたと周りを見てみると、どの人も顔を綻ばせ温まっている。誰一人として暴れる人はいない。温泉とは、かくも人の心を落ち着けるのか。それともこの秘湯のバフの効果なのか。

 

おや、あの特徴的な髪型は確か『サムライ』という職業の人。『思うこと…』と呟く声が聞こえる。何か思いを馳せているようだな。

 

 

 

 

 

 

 

ついつい長風呂をしてしまい、月も俄かに光り出す。すると、それに応じるように、谷が輝き始めた。『月下樹』と呼ばれる輝く木々による天然のイルミネーションらしい。

 

うむむ、これでは温泉から出るに出られない。いつまでも見ていたい気分だ。

 

すると―。

 

 

「ん? この声は…?」

 

どこからともなく楽し気な声が。きゃっきゃうふふと、これは女子の声。

 

人が減り、静かになったからだろう。少し離れた壁の向こうから鮮明に聞こえてくる。男湯もあるのだから当然女湯もあるに決まっている。

 

「…社長。恥ずかしながらわたくし、悪い心が…」

 

と、私と同じように聞き耳を立てていた秘書が耳打ちをしてくる。長い付き合いだ、何を言おうとしているかはそれだけでわかった。

 

「…酔い過ぎだぞ?」

 

「う、すみません…」

 

しゅんとなる秘書。私はにんまり笑い、耳打ちし返した。

 

「旅は道連れ世は情け。共に目の保養をしよう、女湯で!」

 

 

 

 

人が少なくなった解放感と、泥酔していたせいもあるのだろう。抜き足差し足忍び足、女湯を隔てる壁の元へ。

 

ちらりと辺りを見回すと、誰もこちらを見ていない。人も、湯の精も、ミミックも。恐らく番台の湯の神爺さんは居眠りをしている頃合いだろう。

 

今が最大のチャンス。お!おあつらえ向きにひっくり返された湯桶が組まれた山があるじゃあないか。しめしめ、これに足をかけ…滑らないように…。

 

一歩、また一歩と湯桶階段を登っていく。あと少し、あと少しで桃源郷(女湯)が目の前に…!ほら、壁が無くなって…!

 

「こら」

ガシッ

 

 

「「痛だだだだだだ!?」」

 

か、壁の向こうから何かが伸びてきて私達の目を顔ごと縛り上げてきた…!? 見えな…うおっ、足を滑らせ…!危ない…!

 

なんとか数段下の湯桶に足をつけ、事なきを得る。すると、顔を巻いていたものは少し解ける。ちょっとだけ見えるようになった視界から見えたそれは…触手…?

 

「女湯覗きなんて出歯亀、許さないわよ」

 

その声にハッと上を向くと、女湯の壁から顔を覗かせていたのは先程とは別の上位ミミック。亀って…私の名前はウラシマじゃなくモモタロなのに…。と、上位ミミックははあと溜息をついた。

 

「全く、社長の言う通り張っていてよかったわ。ホント結構現れるわね、覗き魔」

 

「社長? 私のこと…ではないよな…」

 

「あん? なに、アンタも社長なの?」

 

キッと睨みつけてくる上位ミミック。しかし私の胸には商売っ気がむくむくと。

 

「なあ、君達ミミックが所属している会社を、私に買い取らせて…」

 

「はんっ!お断りよド変態が! それ以上変なこと言うと、ここの神様にお願いしてアンタらに貧乏神擦り付けるわよ?」

 

その言葉に、私達はゾワッと身を震わせる。それだけは、それだけはマズい…!物件を売らなければいけなくなる…!

 

と、上位ミミックは触手の一本を鎌のように変え恐ろしい笑みを浮かべた。

 

「それとも…アンタらの股についているモノ、切り落としてあげましょうかぁ?」

 

「「ヒッ…!ご、ご勘弁を…!もうしませんからぁ…!」」

 

「だったら大人しく温泉に浸かってなさい。ほら皆、投げ入れてやって!」

 

 

彼女の合図で、私達の足元の湯桶から触手が伸びてくる。あっという間に固定されてしまった。

 

これ…湯桶じゃなくてミミックだったのか…! そう驚いている間に湯桶は滑り、近くの温泉へと。そして―。

 

 

ジャッパーンッ!

 

勢いよく、投げ入れられた。

 

 

 

 

「…なあ、私達何していたんだろう…」

 

「えぇ…わたくしも正気に戻りました…。帰りましょう…」

 

温泉の効力だろう。酔いや興奮が完全に消去された私達は、ぷかりと湯に浮きながらそう呟く。

 

温泉で温まった身体が恥ずかしさで更に赤く染まる前に、退散させてもらおう。今度来る時は、絶対に女湯覗きはしない。

 

 

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