ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
魔物側 社長秘書アストの日誌
「では、皆様ご起立を。今宵もまた讃美歌を、我らの主へ捧げると致しましょう」
月明りがステンドグラスを通し、妖しく教会内を包む。司祭を務める人物の掛け声に、腰かけていた参加者全員が立ち上がる。
直後、彼らが取り出したのは一冊の教典。表紙に触手の様な物が蠢くそれを開き、流れ出した音楽に合わせ歌い出した。
♪―――
我らが主よ 異形の神よ その目覚めは高らかに
信じぬ者には破滅を下し 信じる者には加護を下す
平伏せよ 敬服せよ
甘美な力に 至福の力に 我らの身を捧げたもう
来たれり 来たれり 我らが主 迷える我らを導きたまえ
―――♪
…歌詞も中々に狂気だが、音楽もかなり…。不協和音チックだし、時折響くラッパの音色が体の中をゾワゾワさせてくる。
しかもこれ、まだまだ続くらしい。確かあと、1時間以上…。ずっと聞いてたら、精神がゴリゴリ削られる…。
う…うぅ…駄目だ、そろそろ限界…!頭が…なんか…。
耐えられなかったら離脱していいって言われてたし、やっぱ抜けさせて貰おうかな…。
そういえば社長は…あっ! 箱に閉じこもって音遮断してる! ずるい…!
結局、バレないようにミサを抜けさせてもらい、終わるまで待たせてもらうことに。今のうちに、もう一度ダンジョン内を巡ってみる。
「なんか、おどろおどろしいんだけど…どこか安らかさもある気がするわよねぇ」
「ですねー」
社長とそんな会話をしながら歩いていく。このダンジョン…『背徳ダンジョン』と言われているのだが、その見た目は教会のそれである。
ただし神々しい雰囲気がある普通の教会とは違い、禍々しさが強い。内装も外装も黒く、夜に映える。空間魔法も使われているらしく、内部の空間は歪んでおり、ダンジョンらしい広さ。
壁の装飾も風変り。触手の様な彫刻が渦を描き、雷の如くひたすらに伸びていたり、二本の小さな棒を手にした人が並んでいるヒエログリフのような絵や、怪しい鍋のような物に様々なモノが投げ込まれた絵とかもある。
また、時折どこからともなく匂ってくる妙な香りがある。聞いてみると、『骨を煮込んでいる』とか。
そんなここを仕切っているのは、『邪教団』と呼ばれる人達。とある神を信奉している集団である。全員が全員闇に溶け込むような暗い色のローブを被り、顔を見えないようにしている。
その正体なのだが…私のような悪魔族や、エルフドワーフ、ゴブリンや魚人、吸血鬼といった多種多様な魔物や亜人。それに、多数の人間達。
しかも、老若男女問わずである。ここは『神』の名の元に、魔物と人間が手を取り合っているダンジョンなのだ。
…うん。ぶっちゃけよう。すんごーーーーーく、怪しい。こんなとこで祀る神様なんて、絶対まともな神じゃなさそうだし。
正直、依頼を受けようか迷った。だけど、社長の一声でとりあえず訪問してみることにしたのだ。
因みに依頼の内容だが、案外にも『侵入してくる冒険者対策』という普通のものだった。その他の文面も、宗教勧誘感は何一つなかったため、私も社長に従うことにした。
まあ、社長って人を見る目とか危険察知能力とかも長けてるから…多分大丈夫なはず。
近場をぐるりと一周し、さっきのミサ部屋の近くに戻ってくる。と…。
♪―――
我らの主よ その血その身で 我らの杯を満たしたまえ
―――♪
…まだ歌ってた…。
「ふぅーー。歌った歌った! 神がお喜びになっていればよいのだが」
「きっと喜んでくださっているでしょう。では、この後は…ふふふふ」
「うっへっへっへ…だな…」
あてがわれた部屋で私達が休んでいると、丁度ミサが終わったらしい。先程の部屋からどやどやと出ていくのは、ローブの集団。
彼らは思い思いの場所へと消えていく。そのほとんどが名状しがたい笑みを残して。
…本当にミミック達、派遣して大丈夫かな…。社長は「大丈夫よ!」の一言だけど…。
と、そんな折―。
「お待たせいたしました。お二人とも」
私達の前に現れたのは、司祭を務めていた方。そのフードをパサリととると、現れたのは人間女性。
「すみません『ヌドル』さん…。途中で抜け出してしまって…」
私が一言謝ると、彼女はフフッと笑った。
「良いのですよアストさん。初めての方には刺激が強い歌ですから。これから次第に慣れていってくだされば」
「はい…。…えっ、いや…入信する気は…」
「あら残念…」
危ない危ない…さらりと引き入れようとしてくる…
『邪教団』の司祭が1人、「ヌドル」さん。彼女が今回の依頼主である。
物腰はかなり柔らかく、とても怪しい人には見えない。社長も初めて顔を合わせた時に、「対策すれば派遣しても問題ないわね!」と言っていた。
…でも、なんかちょっとおかしい…。特に目が…。瞳の様子が変というか…鉛筆でぐるぐる書き殴ったような…こんがらがったパスタのような…。
そう…狂気に包まれていて…見ていると闇に取り込まれソウナ…。
「アスト、瞬きしなさいな」
「! あ…はい…!」
社長の言葉で我に返り、パチパチと瞬き。あれ…なんか正気に戻れたって気がする。
「あっ…!すみません…! そんなつもりはなくて!」
と、ヌドルさんは何かに気づいたらしく、自らの目をコシコシと擦る。気づけば、彼女の目からおかしさは完全に消え去っていた。
「ミサの後だから少しトランスしてたようで…危うく『発狂』させてしまうところでした…」
無意識で失礼しました…。そう恥ずかしそうに謝るヌドルさん。わざと、という様子ではなさそう。
……発狂って何…?怖…。
「では、改めて…」
ヌドルさんはこほんと一つ咳払い。そしてゆっくり口を開いた。
「手紙でお伝えしました通り、冒険者…いえ、『狩人』対策としてミミックをお借りしたいのです」
「「狩人?」」
社長と私は同時に尋ねてしまう。と、ヌドルさんは私達間での呼称で恐縮ですが…と前置きし、続けた。
「見て頂いた通り、このダンジョンには野生の魔物がおりません。私達のような信徒や、信徒の一部が呼ぶ使い魔達ばかりです」
そこでヌドルさんは一呼吸置く。そして、辛そうに口を開いた。
「…そんな私達を、侵入してくる冒険者達は『狩って』くるのです」
「我らの主を信奉いたしますと、その証として身体の内にとある結晶ができるのです。人間、魔物、使い魔問わずに」
そう言うとヌドルさんは何かを取り出し、テーブルに置く。それは、小指の先ほどの大きさの結晶。琥珀色に輝き、内部では何かが常に揺れている。これは確か…
「『面妖なる結晶』…ですね」
謎の力を秘めた特殊な石、『面妖なる結晶』。黒魔術や闇魔術の補助宝石として無類の力を誇る存在である。
ただ、絶対数が少ないらしく、一個あたりの値段はとても高価なのだが…。
「ご存知でしたか。その通りです。これは常に私達の中に生成され、役目を終えた結晶は、時が来るごとに私達の胸から浮き出る形で排出されるのです」
なるほど…数が少ない理由も納得である。とある神の信徒達の肉体内にしか生成されないとは…。
「既に排出された物を取っていくのはまだ構わないのですが…。強欲な『狩人』達は私達を仕留め、結晶を奪っていくのです…。私も幾度やられたことか…」
ヌドルさんはそう嘆き、目頭をハンカチで拭う。やっぱり悪い人達ではなさそうだし、派遣してもよさそう…なのだけど…。
「あの…すごく失礼なことを聞いてしまうかもしれないのですが…」
この疑問を解決しないことには、派遣するか否かは決められない。そう思い立ち、私は手をあげる。そして、ヌドルさんに問いかけた。
「そもそも…信奉する『神様』って…どんな方なんですか?」
「ご興味がお有りで!?」
さっきまでの涙はどこへやら、嬉しそうにぐいっと顔を寄せてくるヌドルさん。圧が…!強い…!
「ちょ…ちょっと気になってしまって…」
「私も気になりまーす!」
と、私に乗じ社長も手をあげる。ヌドルさんはフンスと鼻を鳴らし、朗らかに頷いた。
「えぇ、えぇ! ではお教えいたしましょう!我らが主の御名は…!」
私は思わず、ごくりと息を呑む。どんな名が飛び出すのか…!高名な魔神か、歴史に名を残す邪神か、世界を外から見ているという風説がある異神か…!
一体、どんな…! 私達が見守る中、ヌドルさんは厳かに、その名を口にした。
「『空飛ぶラァメン・モンスター』様なのです!」
……ん?………んん?…………んんん??
「あの、今なんて…」
「『空飛ぶラァメン・モンスター』様です」
聞き違いじゃなかった…。神様の名前にしては可笑しい…いや、失礼だよね…。
…いやいや!なにそれ…!え、なにそれ…。それって…
「ラーメ…」
「ラ・ァ・!メンモンスター様です!」
「す…すみません…」
思いっきり訂正されてしまった。そこがやっぱり重要なんだ…。
「ご心配なさらず、アストさん。初めての方は皆その間違いをするのです。それで、その御姿は…安全のためデフォルメされておりますが…」
と、ヌドルさんは席を立ち、壁にかかっている額縁を外し持ってきた。
「こちらです!」
そこに描かれていたのは…巨大な杯に入った触手状の魔物…? 大きい目玉が二つ飛び出ているものの、どうみても…ラーメン鉢から溢れ出した伸びた麺…。
空飛んでいる風な絵だけど…ナルトとかメンマとか乗ってるし…。やっぱりこれ、ラー…いや、何も言うまい…。
というか、ぶっちゃけ部屋に入った時からこの絵には気づいていた。だけど新手の魔物か、子供の落書きかと思ってた…。
確かに、やけに上手い絵だと感じていたけど…。これが神だったとは…。そういえば『異形の神』って言ってた…。
幸いにも私の困惑はバレていないのか、ヌドルさんは興奮した様子で更に絵を持ってくる。
「因みに、空飛ぶラァメン・モンスター様には、姉妹神がおられます。それがこちらの…」
テーブルにゴトンと置かれたのは2枚の絵。うん…大体名前推測できた。
その答え合わせをするように、ヌドルさんはその名を口にした。
「『海泳ぐソヴァ・モンスター』様と、『地駆けるウドゥン・モンスター』様です!」
…でしょうね。片方はざる蕎麦みたいで、片方は月見うどんみたい。それが水の中を泳ぎ、陸を走ってる絵はなんともシュール。…頭痛くなってきた。
「あともうひと方、他の地方で名を馳せられている『空飛ぶスパゲ…」
「え、えっと…! その空飛ぶラァメンモンスター様は、どんなお力をお持ちなんですか!?」
失礼承知で、話を無理やり転換させてもらう。もうこれ以上はキャパオーバー…!
「そうですねー。色々と教義はあるのですが…。最も大きいのは、あれですね…」
少しむむむと唸り、ニコリと笑うヌドルさん。この異形の神の教義とは…!
「『深夜のラーメンは、背徳の存在ではない。好き放題食べるべし』ですね!」
…………やっぱラーメンじゃん……! ラーメンモンスターじゃん!!!ラーメンの神様ですよね…!?
「あ、姉妹神の方々はそれぞれ蕎麦とうどんですよ。今日の気分に合わせて、讃美歌に籠める思いを変えるんです」
…はぁぁ…。…なんか、体の力がどっと抜けてく…。
思わず、椅子からへたり落ちそうになる。そんな私に代わり、今度は社長が質問した。
「加護とかはあるんですかー?」
「えぇ勿論。この教義ですと、該当するものに限り『深夜いくら食べても太らないし、不健康にならない』っていうものです」
あ、それは普通に欲しい…。
…そうか。あの『面妖なる結晶』って…本当は『麺妖なる結晶』だったりして…。
「ご事情はわかりました! とりあえず問題はなさそうですので、派遣は滞りなく!」
「それは良かったです!」
社長のGOサインに手を合わせ喜ぶヌドルさん。と、直後…彼女の顔が少し曇った。
「あ、そうでした…このダンジョンで長期間活動するには、一つ決まり事がありまして…」
それは初耳。社長に促されるまま、彼女は申し訳なさそうに説明を始めた。
「我らが主のお言葉のどれかを、服か何かに刻み、所持していなければいけないのです。そうしないと発狂してしまうので…」
そう言いながら、ヌドルさんは懐から一冊の本を取り出す。それを私に手渡してくれた。
「こちらが教典です。中に書かれている文言のどれかを。…ですけど、初めて読む際は―」
彼女の説明が終わる前に、パラリと本を開いてみる。と、ヌドルさんが叫んだ。
「あっ! お気をつけて…!」
「へ? あ…ああ…アァ…ふんグルい……kアrame…maし’Mあsi…!!…イ亜…いa…Ia…Ia」
あ…頭が…目のマエが…歪ミユガまレ…オ…オ…ソノ名状し難キ…オ姿は…!根源ヘ…至ル…!
「よっと!」
ベシッ!
「あうっ! あ、あれ…? ここは…誰…私は…どこ…? 深淵への昏き道は…?」
「アスト、私はわかる?」
「ふえ…?社長…? …ハッ! 私は何を!?」
今…私、何をしていたの…!? 教典を開いて…そしたら変な物が見えて…そしたら社長の触手が顔面に飛んできて…。えぇ…?
そう混乱する私を見て、社長は肩を竦める。そして、ヌドルさんに向き直った。
「うーん、見事に精神汚染されかけてたわねー…。ヌドルさん。これならば、精神耐性魔法のオプションが必須となりますが…」
「はい、最大級ので構いません。すみません…注意間に合わず…。それにしても、良かったです。普通の方なら、今ので即座に発狂…精神が壊れていました。さっきもすぐには瞳に取り込まれませんでしたし…アストさん、耐性があるのですね。流石、悪魔族の方です」
褒められてるみたいだけど…全く状況が理解できない。私はただ頭を掻くしかなかった。
「…何が何だか…。ですけど、空飛ぶラァメンモンスター様のおぞましくも神々しい姿が見えたことが頭に強く…!」
「あら、結構覚えていらっしゃいますね、素晴らしいです! それが我らが主の、本当の御姿です!」
…本当、よくわからないけど…とりあえずここの神様はとんでもない存在、というのはわかった…。触らぬ神に祟りなし。あんまり気にしないようにしよう。
契約書の記入も済み、一段落。と、ヌドルさんはお誘いをかけてきた。
「お詫びがてら、この後一杯奢らせて頂けませんか?」
「それって…」
「勿論、ラーメンです! そろそろ、ダンジョン各地の屋台が開店する頃合いですので!」
…ダンジョン内で、ラーメン売ってるんだ…。…そうか、全てわかった…!
教典や壁の触手は全部『麺』で、絵は行列やスープ製造を描いたもの…!
信徒達の謎の笑いは、歌い疲れ小腹が空いた後の染みる一杯を想像したから…!
そして、さっきの『骨を煮込んでいる』変な匂い…! あれ、トンコツスープか!
美味しいラーメンを頂き、帰社途中。社長は満腹!と伸びをした。
確かに、すっごく美味しかった。一瞬、これが毎夜食べられるなら入信しようかって思ったぐらい。
「さて、帰って派遣するメンバーを選んだら、用意しなきゃね」
「? 何をですか?」
何のことがよくわからず、首を捻る。すると社長は、そりゃ勿論と言葉を続けた。
「オプションの精神汚染対策の魔法よ。ガッチガチのやつ。それと一応、ちょっとした道具も持たせておこうかしら」
「? 道具?」
「『ダイス』よ。出目が全部1のとか、念じた目を出せるやつも用意しとくべきね。『SAN値チェック』用に!」