ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
魔物側 社長秘書アストの日誌
「では、お手元の資料10ページ目をご覧ください。そちらの左上に載せてありますグラフが、ここ数か月間にこのダンジョンへ挑みにきた冒険者数の推移となります」
そう促され、私と社長は同時に手元の書類を捲る。そこには幾つかのグラフや表が綺麗に見やすく並べられていた。
いや、別にこのページだけではない。この渡された書類のどこを見てもそんな感じなのだ。読みやすくわかりやすく理路整然と。時には彩色や絵も用いられ、要点が一目でわかるようにもなっている。
文句のつけようのない、素晴らしいプレゼン資料。私も見習わなければいけない、まさにお手本とすべきほどの出来栄えである。
こんな凄いのを作ったのは誰なのかというと…。今、私達にプレゼンをしてくださっている方なのだ。
「ご存知の通り、この『中級者向けダンジョン』も他ダンジョンと仕組みはほぼ変わりません。宝物を設置し、冒険者達を誘い、魔物兵に実戦を積ませるというシステムです。ですが宝物の質を高め、兵を増員かつある程度の手練れを集めることで、名称通りの『中級者』用のダンジョンとなっているのです」
私達の前でそう解説を続けつつ、魔法映写とレーザーポインターを駆使している彼女。私のような魔族女性である。
服装も私と似たスーツだが、大きく違うところがある。スーツ自体の形状やデザインもだが、一番はマントを背負っているということ。
そしてそのマントに大きく、スーツの胸ポケットにもワンポイントで描かれているのは『大きな角を湛え、鋭い牙を剥き出しにした化物の貌』…。そう、魔王軍の紋様である。
彼女『マネイズ』さんは魔王軍所属であり、この『中級者向けダンジョン』の取り仕切り役を務めている方なのだ。
「先にご覧になって頂いた通り、このダンジョンは巨大な遺跡のような風貌、及び構造をしています。そのため戦闘用広場や潜伏通路は多く、魔物兵達はパーティーを組み、戦略を立て動く訓練をしております。そちらの詳細は少々跳びまして、20ページ目から―」
なおもプレゼンを続けるマネイズさん。その様子に、私は思わずほうっとしてしまう。
だって…理想形の一つなんだもの…! マネイズさんのスーツの着こなしもさることながら、他も素晴らしい。
そして、そんな耳に光るは小さなピアス。派手ではないのに本人の綺麗さを際立たせる一品。更に、それに合った目立たなくも美しいネックレスが、少し開いた胸元でキラリと輝いている。
知的さをお洒落さを兼ね備えた、最高レベルの『仕事の出来る女性』という姿。私がこのまま年を取っていっても、こんなお姉様になれる気がしない…。そう思ってしまうほどに完成されている。
どうしたらこんな風になれるのだろう…。何か真似られないかな…。そう考えながら、マネイズさんの動きをじぃっと見つめてしまう。すると―。
「…? アストさん? どうかなされましたか?」
「…へ。…あっ、はい! なんでもありません!」
マネイズさんに少し訝しまれてしまった…。 見つめ過ぎた…!
「なら良いのですが…。もし体調が優れないのであれば、遠慮なくお申し出くださいね」
…気遣いまでできるときた。強い…。
「―さて。以上で、私が魔王様より託されました『中級者向けダンジョン』の説明を終わりにさせていただきます。そして、本題なのですが…」
と、そこで言葉を止めたマネイズさん。部屋の外に目配せ。私もそちらを窺ってみると、部下らしき方が手で丸を。
それを見とめたマネイズさんは、私達に微笑みを向けた。
「一旦、ご休息といたしましょうか。軽食のほうを準備させましたので、ぜひお召し上がりください」
その言葉を合図に、扉が開く。同じく魔王軍のエンブレムをつけた魔族やゴブリン、ミミック達が幾人か入って来て、机の前にケーキやサンドイッチの皿を並べていく。
「お飲み物はいかがいたしましょうか? 各種取り揃えてございます」
そうダークエルフの兵に尋ねられ、社長と私はそれぞれ注文。私は少し思いつき、ブラックのコーヒーをお願いした。
やっぱり、マネイズさんのように格好良く決めてみたいのだ。でも、碌なことも出来ないし…。
だから、せめてもの抵抗心?でブラックコーヒー。きっとマネイズさんも飲んでいるだろうし、これで少しぐらい、彼女に近づけるかも…?
「かしこまりました。マネイズ様はいかがいたしますか?」
「私はいつもので」
マネイズさんの注文も聞き、一旦下がるダークエルフ兵。少しして、三人分のカップをしずしずと運んできた。
社長のと、私のブラックコーヒーと、マネイズさんの…あれ?
「ブラックじゃない…」
驚きから、ついつい小さく呟いてしまった。マネイズさんのカップに入っているのは黒いコーヒーではなく、カフェオレ色…。つまり、カフェオレである。
…てっきり、マネイズさんもブラックかと思っていた。見た目から、優雅にカップやタンブラーでブラックを嗜んでそうなのに…。いや、勝手な決めつけなのだけど…!
そんな私が漏らした超失礼な一言が聞こえてしまったらしい。マネイズさんは恥ずかしそうに微かに頬を染めた。
「お恥ずかしながら…ブラックは飲めませんので…いつもカフェオレなのです…。……甘めの…」
…ぎゃ…ギャップまで兼ね備えているなんて…! マネイズさん…なんて…恐ろしいお方…!!
幾つか話を交える間に、カップは空に。食事も済み、マネイズさんは閑話休題と切り出した。
「改めまして―。この度は私共の依頼に快く応じてくださり有難うございます。御社の噂は、今や軍内に急速に広まっておりまして…」
「そうなんですか?」
飲み物のお代わりに口をつけていた社長は小首を傾げる。マネイズさんはしっかりと頷いた。
「はい。以前『初心者向けダンジョン』の一つにミミックを派遣してくださったと聞いております。『カチョ』という者が担当している場所でしたが…」
「えぇ、よく覚えておりますとも!あちらも良いダンジョンでした! 今も、うちの子達が活躍してくれていますね~」
ニコリと笑う社長。それに笑み返しつつ、マネイズさんは続ける。
「おかげ様で、カチョのダンジョンは優秀なミミック達を輩出するようになりました。流石の手腕でございますね」
「いや~それほどでも~」
社長、今度はえへえへと相好を崩す。マネイズさんも同じくだったが…ふと彼女は顔を引き締め、声の調子を変えた。
「…そして…まさかミミン社長、貴方様が当代魔王様と知己であらせられたとは…。このような場でしか、もてなせませんことをお許しください」
深々と頭を下げるマネイズさん。…どうやら、知れ渡っていた様子。魔王様ご自身が話されたのか、誰かが探り当てたのかはわからないけども。
そう。社長と当代魔王様は旧友で、今も飲み友らしい。あと、この間訪問したダンジョンのサキュバス、オルエさんも。
…とはいっても、私もそれしか知らない。社長あんまり話してくれないんだもの。
そもそも当代魔王様は、力は揮えども、ごく一部の臣下にしか姿を見せぬ存在。普段は厚手の御簾の裏から、おどろおどろしい巨影と声だけで指示をしている感じ。
そんな魔王様の知り合いとあれば、噂になるのも当然。恐らくだけど…その『魔王軍の中でも噂になってる』というのも、多分そのことがメインだろう。私だって驚いたのだから。
現に今も、部屋の外にはマネイズさんの部下たちがたむろっているみたいだし。多分、聞き耳を立てている。残念?ながら防音はしっかりされているらしいけど。
一体魔王様ってどんな姿をしているのだろうか。…そういえば社長、前に会わせてくれるって約束してくれたけど…まだなのかな…。それとも立ち消えになっちゃったのかな…。
ちょっと残念に思っていると、横から社長の声が。
「お気になさらないでください! 私はただの、ミミック派遣会社の者なんですから!」
そうマネイズさんを宥める社長。と、ふふっと笑い、箱の中に座り直した。
「それにしても…。 あの子…じゃない魔王様には、『何かあったら気軽に頼って』って言ってるのに、直接依頼どころか個人的なお願いすら碌にしてこないんですよねぇ。ほーんと、恥ずかしがり屋」
「は…恥ずかしがり屋…?」
思いっきり眉を潜め、眼鏡の位置を直すマネイズさん。社長は気にすることなく、そうなんですよ~と頷いた。
「昔っからなんですよねぇ。引っ込み思案でもあるから、先代魔王様からも頼まれて、私やオルエが色々引っ張ってましたし~」
楽しそうに思い出を語り続ける社長。その間、私もマネイズさんも呆然。…本当にあの魔王様のことなのか…?
思いっきり私達が訝しんでいると、社長はちょっと寂し気に肩を竦めた。
「でも、魔王を受け継いでから立派になっちゃって。最近、あんまり頼ってくれなくなっちゃいまして…」
ま、それだけ魔王軍の皆さんが優秀って証なんでしょうけど! そう言い、社長は快活に胸を張り―。
「ですから、今回のご依頼も張り切って挑ませていただきますよ~!」
いつも以上に強めに、ドンと叩いた。 それを見ていたマネイズさんは、ふふっと笑いを漏らした。
「…なんというか、聞いてはならぬことを耳にしてしまった気もしますね…。このことは私の胸にしまっておきます」
「別に話しちゃっても…。あ、怒っちゃうかな? ま、お任せします!」
クスクスケラケラと互いに漏れる笑い声。―と、マネイズさん、またも表情を真剣なものに戻し…。
「…失礼ながら、もう一つ宜しいでしょうか。 アストさん」
「…へっ!?」
私の方に…!? 慌ててしまっていると、マネイズさんはうやうやしく口を開いた。
「…いえ、アスト“様”、とお呼びすべきでしょうか…?」
「私も貴方様と同種族ではありますし、魔王軍に勤める身であります。そしてこれでも、人を見抜く才はある方だと思っております」
突然に語りだしたマネイズさん。この調子…そしてさっきの台詞…もしかして…。
「ですので、勘ではありますが、確証じみたものを感じておりまして…」
彼女はチラリと私の顔を窺う。あの目…やっぱり…! 私も私で確証を得ていると、その間にマネイズさんが…ってマズっ!
「アスト様、貴方様はもしや…かの『魔界大公爵』が一柱の…」
「な、なんのことでしょう!? 気のせいじゃないですか??」
思わず体を前に乗りだし、マネイズさんの言葉を遮るように被せてしまう。彼女はちょっとの呆けと、「やっぱり」と言わん顔。
う…やってしまった…。とりあえず私は椅子に座り直し…。お願いしなきゃ…。
「…別に隠すつもりがあるわけでもないんです。ですけど…今の私は、ミミック派遣会社の社長秘書な魔族です。それ以上でもそれ以下でもありません。ですので、そう扱ってください!」
深く頭を下げ、そう頼み込む。横で、社長も頭を下げてくれているみたい。マネイズさんは了解してくれたのか、静かに頷いてくれた。
「…失礼いたしました、アスト様。野暮なことを…」
「『さん』で良いです! いや別にそれも無くても良いんですけど…! というか、私が寧ろマネイズさんに様付けしたいほどで…!」
「?? は、はぁ……??」
あっ…。マネイズさん、本日一番の首の捻り角度に…!
「コホン、重ね重ねご無礼をいたしました。遅ればせながら本題に移らさせていただきます」
軽く咳ばらいをしたマネイズさん。改めて取引のお話に。
「ダンジョン内を案内させて頂いた際にも軽くお話いたしました通り、皆様に依頼したいのは『ミミック達の教官役』です。カチョの元で行っていることを、ここでも是非お願いしたいのです」
確かに、それが依頼内容だった。ただ、もう一つある。 マネイズさんはそのまま続けた。
「そして、このダンジョンに合った…中級者向けに合ったミミック戦法の考案をお手伝いして頂けると幸いです」
「ここに訪れる冒険者の中には、何度かミミックにやられた者も多く、故に警戒心が強い者も結構おります。例えば、このような―」
と、マネイズさんは詠唱し、さっきとは違う魔法映像を。そこに次々と映し出されたのは、明らかに宝箱を警戒している冒険者達。
みんな武器を構えつつ、恐る恐る箱を開けて宝を取り出している。中には飛び掛かってきたミミックを、なんとか倒しきったパーティーも。
「このように、私達だけでは少々行き詰まりを感じているところなのです。是非ご教授をして頂きたく…」
「勿論引き受けさせていただきます! 教官役に適した子を中心に、幾人か派遣いたしますね!」
二つ返事で承諾する社長。まあ結局のところ、依頼内容は普段となんら変わりはないんだし。
それに、この映像に映る冒険者程度なら何も…。
「…ん?」
「…あの、マネイズさん。ひとつ前のパーティーをもう一度見せて貰っても良いですか?」
少し気になることがあり、そう頼んでみる。マネイズさんは快諾してくれた。
「えぇ、承知しました。 ―あぁ、この女性4人組パーティーですね。他の冒険者達に比べて数段警戒心が強い者達です。それも、恐らくミミックに対して」
…やっぱり。宝箱を見つけるたびに身体をビクつかせ、戦闘態勢に入っているのだもの。特に前衛2人。
と、マネイズさんは少しデータがありますと、手元の別資料を捲った。
「私も少々気になって、調べて見ました。 なんでも、どこぞの王に『勇者』として選ばれた村娘を中心に組まれたパーティーみたいで…」
この子です。どうやら魔物特効?のような特殊能力を持っているようです。 そう説明してくれながら、マネイズさんはレーザーポインターで1人を指し示す。
軽装をしているその子はちょっと垢抜けてない感じ。動きもそこそこ程度。けど、軽い一撃を食らった魔物兵が、のたうち回っている。
そんな彼女を凄腕でカバーしているのが、前衛のもう一人。かなり強い女騎士みたい。
…というか、こっちの方がおっそろしい動きをしている…。自らの鎧に剣も矢も魔法も一切触れさせず、魔物兵を瞬く間に薙ぎ倒していっている。
そして…壺や木箱、樽とかにも警戒をし、時には叩き壊している。ミミックを理解している人の動きである。…些か怖がり過ぎな気もするけど…。
「そちらの騎士の女性は、かなりの名うてのようです。実力もとんでもなく、正直このダンジョンの戦力では力不足気味です。…やけに周囲を警戒していて、隙が多くなっているのが救いですが」
そうマネイズさんから解説を受け、よく見てみる。確かに木箱とかを気にしているせいで、ちょこちょこ不覚をとっている様子。 と、社長が首を捻っていた。
「んんー? オルエが『最近気に入った娘』って言ってた騎士と似ているわね…。そういえば来てくれなくなったってボヤいていたけど…」
そうブツブツと呟いている。その様子をちょっと気にしつつ、マネイズさんは後ろ2人について説明を。
「そして後衛が僧侶の女性と、魔法使いの女性です。こちらもそこそこの腕で、ミミックを警戒しています。…僧侶の方が若干暴走気質かつ、虫魔物…蜂系が少し苦手な様子。魔法使いは色んな魔法を駆使しております。こちらは『A-rakune』というブランドの魔導服を必ず着ていますね」
…そういえばアラクネのスピデルさん達、そんな服を作り始めたって言ってたっけ。あの魔法使いは常連さんなのかもしれない。
そんな風に前に訪問したダンジョンの方々を思っていると、社長がポンと手を合わせた。
「とりあえず幾つか、中級者向けのミミック戦法を試してみましょう!」
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「んーー……」
商談からの帰り道。私は頭を悩ませていた。すると、抱いてる箱の中から社長がひょっこり。
「どしたのアスト?」
「いえ…。マネイズさんみたいな、仕事がバリバリできる格好いい方になるにはどうすればいいのかなって…。眼鏡、似合いますかね?」
「似合うでしょうけど…。それだけじゃなれないわよ?」
「…わかってますよぉ…」
思いっきり突き刺されてしまった…。ちょっとしょぼくれてしまっていると、社長は何言ってるの。 と肩を叩いてくれた。
「というかそもそも、あなた今でも充分立派よ!」
「え…!そ、そうですか…?」
「えぇ。書類は見やすいし、仕事速いし、ミミックの扱いも上手だし、私のお世話してくれるし! ほんと、あなたが秘書になってくれてよかったわ!」
そう褒められると…嬉しくなって、顔が思わず綻んで…! 慌ててそれを抑えようとする私へ微笑み、社長はぐいっと体を伸ばした。
「なーんだ。私てっきり、あの『勇者』達について考えていたのかと思ったわ」
「? あの冒険者達がなにか? 確かに珍しいパーティーでしたけど…」
勇者の肩書は少々気になりますけど、結局はただの冒険者ですし…。そう言おうとした私だったが、社長は再度私に顔を近づけ、にやりと。
「…あの子たち、今後かなりの難敵になる気がするわよぉ…!」