ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ 作:月ノ輪
我が社の日常:ひと夜ひと酔に人見ごろ①
以前、ちょろっとだけ紹介したのだが、我が社には酒場の他にバーもある。
食堂の横に酒場があり、更にその横にあるのが、そこ。しっかりと防音設備がついているので、中に入れば酒場の喧騒は全く聞こえてこない。
内装は正統派スタイル。少々暗めの照明で、暖色を感じさせる高級志向な雰囲気。カウンターの他にも机は幾つかあり、ある程度の人数が同時に楽しめる。
かかっている音楽も、落ち着くような心地よいもの。しっとりと静かに飲みたい日は、是非こちらに。
…とはいっても、今日は貸し切り。店内には誰もいない。探偵もいない。いるわけないけど。 ただバーテンダー担当のポルターガイストたちが、静かに動いているだけ。
私はそんな彼らに軽く挨拶をし、カウンターの席に腰かける。社長は…まだ来てないのかな?
そう、貸し切りを行ったのは社長。私はそんな社長に呼ばれ、バーにやってきたのだ。
「たまには2人だけで飲みましょ!」って誘われたのだけど…。時間は合ってるし…。肝心の提案者が遅刻とは。
社長がこういう約束事に遅れるとは珍しい。まあけど…社長だし、何かしてるのだろう。
待ってる間ちょっと手持ち無沙汰なので、先に何か頼んでしまおうと思っていると…。
「ん…? これ、私に?」
ポルターガイストの一体が渡してきたのは、一枚の名刺サイズの紙。けど、宝箱のワンポイント模様以外、何も書かれていない。
眉を潜めつつ、くるりとひっくり返してみる。するとそっちには文字が書いてあった。えーと、なになに…?
「『あちらのお客様からです』…? …あちら?」
今は貸し切りのはずなのに、あちらとは。首を傾げていると、手紙を運んできてくれたポルターガイストが横をちょんちょんと示す。と―。
スイィーーーッ
わっ…! バーカウンターの上を宝箱が疾走してきた!?
何事かとビビっていると、その宝箱は隣の席あたりで緩やかに停止。そして蓋がパカリ。
「こちら、『サイドカー』…ブランデーとホワイトキュラソー、そしてレモンジュースをシェイクした一品になります。カクテル言葉は『いつも二人で』」
そんなキザな台詞を言いながら、橙黄色のカクテルが入ったグラスを差し出したのは…。バーテンダー服に身を包んだ…社長。
そのグラスを受け取りつつ、私は思わずツッコミ。
「…もしかして、それがやりたかったから隠れてたんですか?」
「うん!」
わぁ。満面の笑み。…まあ確かに、格好よくはあったけども…。
「ん! これ美味しいですね! 爽やかですけど、コクも感じられて」
「でしょ! 練習した甲斐あったわ!」
「あ、作ったのも社長なんですね」
「えぇそうよ。箱の中で隠れてシェイクして、バレないようにカウンターに乗って!」
「…机の上を宝箱ごと滑ってくるとは思いませんでしたよ」
そんな会話を交えつつ、楽しく過ごす夜。
ふと私は気になり、一つ聞いて見ることにした。
「そういえばなんで二人きりなんです?バーを貸し切りにまでして」
「んー? 気分よ気分。たまにはあなたと二人でしっとりしっぽり飲むのも乙でしょ」
そう言われてしまえば、なるほどとしか返せない。でも確かに、二人きりで飲むのは久しぶりかも。酒場や食堂で飲むと、必ずや誰かがやってくるし。
というか酒場には、ミミックの面々はともかく、ラティッカさんを始めとした箱工房のドワーフ面子が常に入り浸っている。
そこに加わり、気づけばバカ騒ぎ。それがいつもの流れ。
基本的に社長はそういう騒ぎに飛び込んでいく性格。私も好きな方ではあるので、加わっていく。
…実はちょっと、そこが気になっていたのだ。
今説明した通り、社長はどんちゃん騒ぎが好きな性格。ただ飲むだけならば、酒場でもいいはず。
だから質問したのだが、返ってきたのは『私と二人きりで飲みたい』という回答。それは嬉しいのだが…。
それでも、バーを貸し切りにする必要があったのか少々疑問なのである。
うちの従業員達はみんな礼節をわきまえている。酒場で騒いでも吐いたりせず、嫌がる人を無理に誘うこともしない。
それはバーを使う場合も同じ。その場の暗黙のマナーを守るのだ。
バーでは騒がず静かに、少人数で、必要以上に他人に干渉しない大人な飲み方をする。そんな感じの。
だから、二人きりで飲むにしても、貸し切りにまでする必要があったのだろうか。ただバーに来れば、その目的は果たせるはず。
もしそれが嫌なら、周りの席を人払いすればいい。というか、ムードをガン無視するなら部屋飲みのほうが二人きり。
だというのに、社長はわざわざ貸し切りにしたのだ。勿論、本当に私と二人きりで飲みたかったからならば良いのだけど…。
うん…。こういうときは単刀直入に聞いたほうがいいか。
「…社長」
「なぁに?」
自分のカクテルをクイッと傾ける社長。じゃあ、真っ直ぐに。
「私に何か、話すべきことがあったりしますか?」
「……んぅ?」
ちょっとトボけた顔を浮かべる社長。だけど私は見逃さなかった。
ほんの一瞬だけ、社長の手にしていたグラスが小さく震えたのだ。隠し事がバレた子供のように。
どうやら図星のご様子…。仕方ない、私が場を作ろう。
目と指を軽く動かし、ポルターガイスト達に指示。優秀な彼らはそれで察してくれて、スッと身を隠した。
「社長らしくないですよ。何か、悩み事ですか?」
そう促しつつ、頭を高速回転。最近の出来事…派遣先からの連絡や社内の案件で問題があったか洗い直してみる。
…けど、特に思いつかない。クライアント及び派遣したミミック達からのクレームはなく、社内でのゴタゴタはない。
素材取引等のアクシデントもなく、箱工房の予算も問題なく受理。施設が壊れた報告もない。
まさに優良企業。…あぁ、食料倉庫のつまみ食い件数がちょっと増加傾向なぐらいか。
となると、どんな話なのか。社長が口を開くのを待つしか―。
「…別に、そんな大きなことじゃないの。個人的な、悩み…かしら」
「―私でよければ、ご相談に乗らせていただきますよ」
ゆっくりと答えた社長に、私は優しく返す。
と、社長はグラスを置き…訥々と話し始めた。
「この会社…。私が設立した会社じゃない…? ミミックの、ミミックによる、ミミックのための。…まあ、会社って言っていいのか怪しいのだけども…」
…なにかと思えば。社長が話しだしたのは、この会社について。それについては私も幾度か聞いている。今更説明を受けなくとも。
―けど、そういえば皆に詳しく解説したことはなかった。丁度いい機会かもしれない。
では、この会社の理念等について、少しお話ししよう。
既にご存知の通り、我が社はミミック達を各ダンジョンに派遣するのを生業としている。 …なお、別に競合他社があるわけではない。今のとこ唯一無二の存在である。
勿論、どなたか競いたければ是非起業を。ミミック達を御しきれる自信があるのならば。きっと食べられて終了だと思うけど。
…そして社長の言うように、会社というべきかも怪しい。どういうことかというと…。あ、社長が話してくれそう。
「そもそもここの設立はね…。ミミック達のためなのよ…。いろんなダンジョンを知ってもらい巡ってもらい、終の住処にできる場所を探してもらうための…」
おつまみのナッツをポリリと齧り、そう語る社長。 そう、それこそが、我が社が会社か否か怪しい点なのだ。
ぶっちゃけると、この『派遣会社』は、派遣した際の料金による儲けを第一目的とはしていない。
あくまでそれは副次的なもの。最たる目的は、『ミミック達の住処探し』。利は二の次なのである。
前にさらりとお伝えしたことを覚えているだろうか。『ミミックは、ダンジョンでなければ長く暮らしていけない』ということを。
生態が不明瞭な魔物ゆえに詳しくは説明できないが…彼女達ミミックはその特性上、ダンジョンに棲みつかなければいけない。
特に宝箱型の下位ミミック達を見ればわかりやすい。あんな魔物、森とかでは目立って仕方ない。最も、そういう野良の子達は、体色をある程度変化させてやり過ごしているみたいだけど。
一応、理由と思しきものは幾つかある。ダンジョン特有の濃密に練られた魔力が必須、獲物を狩るための戦法的問題、元来の臆病な性格故…などなど。
まあ、私が社長達と交流してきた中で推測したことだから、何一つとして確証はないのだけども。なにせ、ミミックを研究する専門家って存在しないから…。
いや、もしかしたらいたのかもしれない。けど、どこに潜んでいるかわからないのがミミック。研究しようにも見つけられず、気づいた時にはバクリ。そりゃ研究する気概も失せるだろう。
…あ。なら、私がミミック研究家とかになれば良いのかも? …いや、止めるべきなのかな。商売の邪魔、というかミミック達の仕事の邪魔になりそうだし。
こほん、閑話休題。そんなミミック達の手助けのために作られたのが、この会社。ダンジョンとミミックを繋ぐ役割を担っているのだ。
あくまでここは、『一時的なダンジョンの寮』のようなもの。理想のダンジョン先が見つかるまでの、仮住まい。
だから正しくは、派遣会社というより仲介及び斡旋所というべきが正しいのかもしれない。ただそれだと語呂が悪いので、あえて会社を名乗っているのである。
あと『会社』って名乗っていた方が、何かと信用が得られるものだし。…そもそもだけど、会社ってなんだろうか…。混乱してきた…。
ちょっと熱くなった頭を癒すため、カクテルを一口。と、横で社長も…って!?
「一気飲みですか…!?」
カクテルグラスだからそんな量は入らないとはいえ…。社長、結構度数が高そうなのをグイっとあおったではないか。
そしてぷふぅ…と息を細く吐き、私の言葉を気にせず続け出した。
「それでね…。私はみんなのために、色々頑張ったの…。厳しめだけど効果のある訓練メニューを組んだり、ラティッカ達のような箱作りの専門家を雇ったり、手探りで代金の調整をしたり、ミミックが大切にされる契約内容を作ったりね…」
そう言いながら、社長はにゅるんと手を幾本かの触手にし、伸ばす。それはカウンター壁のボトルを数本掴み取り…。いやいやいや…!
「ちょっと社長…! そのまま飲もうとしないでくださいよ…!?」
「自分で作るだけよぉ…。よっと…」
私の注意から逃げるようにそのまま箱ジャンプをし、自らカウンター内に。バーテンダー服を着ているからピッタリだけど…。
「私のはこれでいいや…」
社長がごそりと取り出したのは……ジョッキ…。貸し切りとはいえ、暗黙のルールはどこへやら。
バーテンダーのポルターガイストたち、下がらせたのは失敗だったかな…。今からでも呼び戻すべきか。複数のシェイカーを駆使し、カシャカシャカシャカシャとカクテル作る社長を見つめていると…。
「はい、アストの」
…勝手に次のカクテルが出て来た。……美味しいし。
…じゃあ、そのついでに私も話を続けよう。今しがたの社長の台詞も交えて。
ただの斡旋所ならば、「はい、君はこのダンジョン。君はあっちのダンジョンね」で終わりである。細かい仲介はあれども、後は本人の…ミミック達の実力次第。
けど、それだけではあまり意味がないのだ。なにせ、どのダンジョンも優しいとは限らないのである。
例えばの話、ダンジョン主たちが悪い性格をしていたら? ミミックは虐められたり、使い潰される可能性があるだろう。
ダンジョンの難易度より、ミミック当人の実力が低かったら? 役に立たず、肩身の狭い思いをするだろう。
ダンジョン自体が既にボロボロだったら? 斡旋したミミック達は、すぐに路頭に迷ってしまうだろう。
そんな結果を未然に防ぐために、社長は幾つかの策を講じた。それは、今まで見てきて貰ったものを思い浮かべてもらえればわかるはず。
まず、厳しい訓練メニュー。ミミックは不意打ちの一瞬で冒険者を仕留める魔物、強いに越したことはない。
社長が編み出した訓練をこなした者達は、上位下位問わず相当な実力者となる。もうバンバカ冒険者を倒せるほどに。
そして、ラティッカさん達の『箱工房』がそれの補助をする。
彼女達の箱作りの腕にかかれば、形、大きさ、色合い、用途、どんなものでも完璧に。しかも、冒険者の攻撃を難なく受けられ、どんなに酷使しても壊れないほどに頑丈な箱を作り上げてくれる。
そんな攻防一体のミミックが派遣されてくれば、ダンジョン主も自然に敬意を払うというもの。事実、顧客満足度は満点。感謝のお手紙、沢山頂いています。
…今ほんのちょっと、営業スイッチ的なものが入った気が…。気のせいかな…?
話を戻して、と…。 社長の『ミミックのための策』は、ダンジョン主との契約等にも反映されている。
まず、派遣代金をとっていること。それも、決して安くはない金額を。それはミミックに一定のブランド
その代金を素材で支払えるようにしているのにも、実は意味がある。支払いしやすくして、受け入れてくれるダンジョンを増やすという意味合いもあるが…。
素材というのは、裏を返せば『冒険者が狙うもの』でもある。金になるものがあれば、冒険者達は懲りずにやってくるのだ。
素材での取引は、それを確認できる有用な手段。素材の質を見れば、どれぐらいの冒険者がやってくるかは容易に想像がつく。
また、大半は体毛とか鉱石とかなのだが…。それで支払うという事は、『金銭を用意するよりそっちのほうが用意しやすい』ということ。私達に渡しても、まだ余りある場合が多い。
ということは、冒険者の標的はたっぷりあるということでもある。ならば彼らは幾らでも侵入してくるため、ミミック達の出番がなくなるということはないのだ。
また、ダンジョン主たちにミミック達への食事を確認しているのにも、意味がある。
ぶっちゃけた話、食事時にいちいちワープ魔法陣を起動し、ここの食堂に繋げればいい。というか実際にそうしている子達も結構いる。
しかしそうすると、ダンジョンの魔力消費がゴリっと増える。そうするとダンジョンの機能低下につながる恐れがあるのだ。まあそう簡単には影響が出ないから気軽に使って良いのだけど。
そしてもう一つ。こっちのほうがメインの理由。『食事時に帰ってこれない事態が続いた場合』への対策である。
例えばワープ魔法陣が不調になった場合、冒険者がひっきりなしにやってきたりなどの理由で持ち場を離れられない場合、ダンジョンが広くて移動にえらい時間がかかり職務が果たしにくい場合etcetc…。
食事の用意をしてもらっているのは、そういった事態への保険である。ミミック達は最悪、食べ物さえあれば生きていける。
しかしカツカツ状態のダンジョンだと、それもままならない可能性がある。そうなると、ミミックは餓死してしまう。それは防ぎたいのだ。
だからその確認は、雇い主達に『どんな時でも、食事を用意できる余裕があるか』という問いかけでもあるのである。
そして最後に。最高責任者である社長と、その補佐である私が現地に行って、ダンジョンの調子とそこに棲む魔物達の様子をしっかりと確かめている。
今にも崩れてしまいそうなダンジョン、明らかに臥せっている魔物達、性格が悪いダンジョン主。そんな場所にミミックを派遣したところで、良い結果になるはずがないのだから。
それに晴れて合格したダンジョンのみ、ミミック達を派遣する。ミミックが、同族が安全に暮らせるように。そんな思いが籠められた社長の策なのである。
…だいたいこんなところであろうか。他にも細かい点は幾つもあるが割愛で。というか、一旦切らないとヤバい。だって…。
「んぐ…んぐ…んぐ…」
ほんとうにジョッキ一杯にカクテルを作った社長が、怒涛の勢いで飲みだしているのだ。よほどの心労があるのだろうか…。
…だとしたら、私は秘書失格なのかもしれない。最も社長の近くにいると言うのに、そこまでの悩みに気づいてあげられなかったのだから。
「一体どうしちゃったんですか? 全部打ち明けてくださいよ」
無理やりジョッキをもぎ取り、社長をそう落ち着かせてみる。だけど社長はむにゃむにゃ言うだけ。
…かなりの重症な気がする。そこまでって…。……! もしかして…!!
「もしかして…ここを畳むんですか…!?」