カラーストーンが爆弾岩系のモンスターに変化するという異変が起きてからしばらくの時が流れた。
イレブンが言ったように、翌日ハンクと採掘場を訪れた時、あれほどゴロゴロいた爆弾岩系のモンスター達は嘘のように消えており、元通りカラーストーンが坑道にバラバラと乱雑にころがっていた。
「8人の冒険者達?いえ、あれからずっと入り口を見張っていましたが、ハンクさん達が出てきてからは誰とも………。ザジ君が言っていたような特徴的な人達ならば目立つでしょうから見逃すとは思えませんし………」
鉱夫が嘘を言っている様子はないし、何より嘘を言う意味もない。
「まるで彼等のように、突然現れ、そして消えていったなぁ…」
出来れば彼らの師事を受け、修行をしたかったと残念に思うザジ。
彼らが使っていた「ベホイム」や「ギガブレイク」、それに「イオグランデ」のような知らない特技や呪文を使うことが出来ればどれだけ強くなれた事だろうか………
そんな事を考えながらもすぐにその考えを捨てる。
今更そんな事を考えても仕方がないし、少し教わった程度であんな強力な技を自分が使いこなせるとはとても思えなかった。
少なくとも、ダーマの地下で行われたコロシアムを一人で苦も無く突破できるくらいの実力が無ければ到底扱えるものではないだろう。
地道に努力して得た力で無ければ本当の強さではない。
ザジは地獄の生活を強いられた「吹き溜まりの街」で起きた「魂砕き」の悲劇でそれを知っていた。
(「魂の剣」は確かにすごい力を得ることはできた。でも、あんな力で得た物は本当の強さじゃない………今度こそ僕は間違えない)
本当の力を得た後でこそ、胸を張って自分はネリスの元に帰る資格が出来るんだとザジは決意を再確認するとともに、少しでも近道をしようとした自分を恥ずかしく思ってしまう。
「これで心置きなく修行に打ち込めますな?ザジ殿」
心配して付いてきてくれたハンクがザジに微笑みかける。
「ありがとうございます。ハンクさん。それでは行ってまいります」
笑顔でバンクに頭を下げ、奥へと足を進めるザジ。
ザジの修行はまだ、始まったばかりだ。
それから数カ月………。
ザジの修行は進み、職業「戦士」の熟練度もそろそろ極められるのではないか?というくらいまで、ザジの修行の成果は著しい。
威力こそ下がるものの、必ず先制を取ることがる「疾風突き」、空中に浮く相手に対して有効な攻撃手段である「かもめ返し」、ドラゴンタイプのモンスターに対して特に効果的と思われる「ドラゴン斬り」。
着実に力を付けていると感じているザジ。
実際にそのとおりで、現在のザジの実力はダーマで登録されている熟練度の称号に合わせるならば「剣豪」の領域に達していた。
もちろん、この称号はあくまでも職業「戦士」における基準を表すものであるので、ザジが本当に世に言われる剣豪なのか?と言われれば、否となるのだが。※1
「修行は順調そうですね。ザジ君」
水や食料、薬草等の必需品を調達する為、久しぶりにウッドパルナの村に訪れたザジは、ついでにハンクの所へ顔を出す。
最初の頃こそ鉱山まで村から通っていたザジ。
村に帰れば宿屋の温かい食事と簡素な風呂、そしてザジの修行話を楽しみにパトリックが訪れたりなどあって毎日村まで帰ってきていたのだが、1日の修行を終え、いちいち村に戻るのも面倒に思うようになってからは鉱夫達が寝泊まりする小屋を主な寝床にしていた。
その為、村には特に用事がなければ帰ることも少なくなった。
ただ、寝床を貸す程度ならば鉱夫たちも快く受け入れてくれるものの、さすがに自分の食い扶持までは面倒を見てもらう事までは気が引けた。
それも当たり前の事で、鉱山での水や食料は貴重だ。
それで時々、ウッドパルナまで買い出しに出るようになったのだが、そこでザジが戻ってきたことを聞いて駆け付けたハンクに「心配になるからたまには顔を出して欲しい」と怒られた。
以降、こうしてウッドパルナに買い出しに来る都度、顔を出すようになった。
「お久しぶりです。ハンクさん。そろそろ、戦士としての修行は一区切りつきそうなので、一度ダーマに戻って転職をしようかと考えています」
「では、お姉さんの所へ?」
それなりの付き合いになるので、ハンクもザジの事情は聞いていた。
しかし、ザジは首を横に振る。
「いえ………まだ姉の所に帰るつもりはありません。まだまだ修行不足ですし、それに………旅の目的はもう1つありますから」
「薬………ですかな?」
この頃になると、修行以外の目的も出来てきた。
それは薬を入手すること。
ザジの姉、ネリスは病弱だ。ただでさえ弱っていた身体だったところで吹き溜まりの街の過酷過ぎた生活。
カシムが調達してきた薬では精々悪化することを抑える程度。
もっと効力の強い薬が必要だろう。
「ええ。ですから、素性を隠して転職した後は、また旅に出ようと思います」
「寂しくなりますが………仕方がありませんか。そもそもあなたの目的は修行ですし、帰る場所もある………長々と引き止めるわけにもいきませんか………」
「ハンクさんにはお世話になりました」
次の鉱山の修行が終わり、ウッドパルナに戻った時こそ区切りの時だとザジは考えていた。
そのまましばらくハンクと雑談し、鉱山へとザジは戻った。
ザジが鉱山へ帰り、しばらく経った頃………
「ハンクさんはいるかい?」
「あ、あなたは!」
もう2度と会うことは無いだろうと思っていた、思い出よりも少し成長していた懐かしい顔がそこにあった………
「最後の最後で………今度は何が起きたんだ?」
ここでの最後の修行と考えていたザジの目の前で、またもやカラーストーン採掘場に異変が起きていた。
普段は青、赤、黄色の3色しか存在しないカラーストーン。
しかし、今のザジの目前にあるカラーストーンの色は3色どころの話では無かった。
黒に紫にオレンジにと、実に色とりどりのカラーストーンが坑道を塞いでいた。
これが鉱夫ならば、新しいカラーストーンの発掘に狂喜乱舞するところだろうが、修行が目的のザジからしてみれば先へ進む道を塞がれてしまっているので邪魔以外の何物でもない。
なにせ坑道を塞ぐカラーストーンを破壊する為には同じ色の別のカラーストーンをぶつけなけばならない。
しかも今回はいつも現れるモンスターよりもかなり手強い。
いや、手強いとかそういうレベルじゃない。
「何か今日のスライムは真っ黒いなぁ………ホイミスライムなんてこんな所にいたっけ?」
違和感を感じつつも攻撃を仕掛けたら、恐ろしく強かった。
まるでダーマにいるモンスターと同等の強さのモンスターが跋扈していた。
何故ザジがそう判断したのかと言えば、ダーマ周辺に生息しているドラゴンスライムがプヨプヨと浮いていたからだ。
(ま、またか!また変なことが起きたのか!?)
想定外の出来事に焦るザジ。
今のザジにダーマ周辺のモンスタークラスを相手にソロで戦い続けるのは厳しい。
「くそっ!撤退か!?でも、こんなのを放置していたら!」
何が原因かは分からないが、ザジでも苦戦するクラスのモンスターが相手ではウッドパルナの住民達では太刀打ちするのは難しいだろう。
どうするか………と迷っているザジ。そんな時、珍妙な乱入者が現れた。
「うわぁぁぁ!剣を忘れたぁ!お前、ちょっとどいてくれぇ!」
何やら慌てている金髪の男がモンスターを引き連れてザジの脇をすり抜け、めちゃくちゃにカラーストーンを動かして奇跡的に道を作り出し、先へと進んでいった。
当然、男が連れてきたモンスターはその標的をザジに切り替え、襲ってくる。いわゆるモンスタートレインというヤツだ。
「ちょっ!お前!ふざけるなぁ!」
MMOでも忌み嫌われる悪質行為、モンスタートレインを受けたザジはたまらない。当然ながら、怒りの感情をその男に向けるが、既に男は奥へと立ち去ってしまっている。
「こ、これは本当にヤバいかも………」
かと言って逃げようにも既にザジは取り残されてしまっていた。
そんな時………
「あらぁ、ザジちゃんじゃない♪あたし達、縁があるわねぇ♪ア・モーレ!」
聞いたことのある声が聞こえた方向からピンク色をしたハート型の何かがモンスターに直撃したかと思えば、その一撃で真っ黒い、スライムが絶命する。
「シ、シルビアさん?」
先日もお世話になったイレブンのパーティーメンバー、シルビアの姿がそこにあった。
「お主は本当に会うたび危機に陥っておるのう?グランドクロス!」
シルビアと入れ替わる形でザジの横に立ったロウが、上級職であるパラディンを極めた者が習得できるグランドクロスを軽々と放ち、ザジを取り囲んでいたモンスター達の一角を纏めて吹き飛ばす。
「退屈させないわね?あなたも。爆烈脚!」
ザジを挟むように、ロウとは逆の方向に立ったマルティナがその美しい脚からは想像も付かない強力かつ目にも止まらない素早い連続蹴りでもう一方のモンスター群をまとめて蹴り飛ばす。
「大丈夫か?ザジ。ベホイム」
どう見ても魔法とは縁遠そうな偉丈夫、グレイグがザジに回復魔法をかけ、その傷を癒す。
「た、助かりました………イレブンさん達………」
「お礼なんていいのよ?困った時には助け合う。それが冒険者ってやつでしょ?」
シルビアがウインクして応える。
「それよりもザジさん。誰かと会いませんでしたか?」
「え?そう言えば剣を忘れたとか言っていた間抜けな男が今のモンスター達を大量に連れてきて………あ、いつの間にかレベルが上がって魔人斬りを覚えてた………」
ザジも少なからずモンスター達を倒していたからか、普段よりも多くの経験値を得てレベルが上がり、戦士の職も極めていた。これでもう、ザジが、カラーストーンの採掘場で職業経験値を稼ぐ事が出来なくなってしまう。
「きっとそれがキーファちゃんよ!イレブンちゃん達!先に行ってキーファちゃんを助けにいきなさい!」
どうやら先程の男はキーファと言うらしい。
シルビアはイレブン、カミュ、セーニャ、ベロニカに先を急ぐように指示を出す。
「シルビアさん達は?」
「儂らはザジ君を地上まで送るよ。特に「仁王立ち」が使えるグレイグがおれば安心じゃろう」
「わかりました。おじいちゃん達も気を付けて!それではザジさん。ここで失礼します」
そう言ってイレブン達は奥へと走っていった。
キーファ以上に速いスピードで駆けていったイレブン達だが、キーファがめちゃくちゃに動かしたせいか、カラーストーンの謎解きに予想外の時間がかかってしまい、追い付くのは最深部まで到達してからの事だった。
「やれやれ………キーファと言い、あなたと言い、世話が焼けるわね………」
マルティナが呆れを含んだ一言を漏らす。
「ホッホッホッ………マルティナよ。そう言うものじゃない。ザジ君はまだ駆け出しの冒険者じゃ。しばらく持ちこたえただけでも大したものじゃと褒めるべきじゃと思うがのう?」
ロウがマルティナを宥めようとその肩を叩こうとした時、ロウの懐からパサリと何かが落ちる。
落ちた物に目を向けると、そこには一冊の本が落ちており、そのタイトルは………
「ピチピチ☆バニー創刊号」
と書かれていた。
それに反応したのは持ち主のロウ………そして。
「こ、これは幻の今では中々手に入らない「ピチピチ☆バニー創刊号」!こんな所でお目にかかれるとは!」
騎士の中の騎士というイメージが強かったグレイグだった。
「ロウ様………グレイグ?」
冷ややかなマルティナの視線がロウとグレイグに突き刺さる。
「い、いや………姫様!私は………」
「もう良いわ………黙りなさい。グレイグ………あと、しばらく私に話しかけないでね?」
「ひ、姫ぇぇぇぇ!」
グレイグの悲痛な叫びが坑道内に響く。
「世話が焼ける………と言うよりは、呆れる男達は身内にもいたようね………ハァ………」
ため息を吐いてマルティナは出口へと向かってスタスタと歩き出す。
「ほら、ザジ君。こんな人達放っておいて、行くわよ。近くにいると、アナタもロクでもない男になっちゃうかも知れないから」
「そ・れ・と・も。ザジちゃんも年頃だから、そのムフフ本に興味があるのかしら?」
シルビアが両手を合わせてシナを作り、ザジをからかう。
「い、いえ………」
慌ててマルティナとシルビアを追うザジ。
シルビアが言うようにザジもまだまだ少年とはいえ、年頃。
正直に言えば興味が無いと言えば嘘になるが、マルティナの冷たい視線に射抜かれる勇気はない。
誰もが美女と口を揃えるであろう………ましてや涼しい顔で自分が苦戦するモンスターを瞬殺できるマルティナに嫌われるのは御免被りたいところだ
「お、お待ちを!姫………姫ぇ!」
「待ってくれ!違うんじゃ!これには深いわけが………無視せんでくれぇ!」
孫娘と同様に可愛がるロウと自国の王女に冷ややかな視線を向けられたグレイグも慌てて弁解しながら、その後を追うのであった。
帰り道
「どんな傷や病を治す緑色のカラーストーン?」
「ええ。キーファという人は、奥様の病気を治す為の秘薬としてその緑色のカラーストーンを求めて遠い所からここまで来たらしいわ」
道すがら、ザジはキーファの事についてマルティナとシルビアに尋ねる。
「この鉱山にそんな物が………」
(しまった………それがあれば姉さんの病気が治るかもしれなかったじゃないか!)
ザジの修行は鉱山の浅い場所でしか行わなかった為、最深部まで潜ってはいなかった。
いつぞやの爆弾岩系のモンスターに対してトラウマを抱いてしまい、いつでも撤退できる所にいたかったという理由もある。
もし緑色のカラーストーンの事を知っていたのならば、無理をしてでも行っていた事だろう。
もし、面倒臭がらずにウッドパルナに頻繁に戻り、ハンクやパトリックと親しく話し続けていたのなら、教えてもらっていたかも知れない。
しかし、今更だ。
昔はそれなりに出土していたらしい緑色のカラーストーンも、今では滅多に出ない希少品となってしまったとのこと。
今からキーファを追った所で、先に見つけられるとは到底思えない。
何よりキーファは愛する奥さんの為にわざわざ遠方から入手しに来たのだ。事情を知っていながら横取りするような外道な所業を誰が出来るものだろうか?
(………後悔先立たず………ってヤツかな………姉さんの時と何も変わってないや………)
「ここまでくればもう大丈夫ね。それじゃ、私達はイレブン達を追うわ。気を付けて帰ってね?ザジ君」
「ほら、ロウちゃんもグレイグも、いつまでも塞ぎ込んでないで急ぐわよ?じゃあね♪」
マルティナはスタスタと奥へと引き返し、シルビアはヘコんでいるロウとグレイグを引っ張ってマルティナを追う。
「ええ。2度も助けて頂いてありがとうございました。皆さんもお気を付けて」
マルティナ達と別れてウッドパルナへと向かう。
村へ戻ったザジは次の定期船がやってくる時期を確かめ、ハンクの家を訪れる。
「そっか………緑色のカラーストーンの事をスッカリ忘れていたよ………ごめんな?ザジさん」
旅の話をするとシュンとなったパトリックがうなだれる。
アルス達が緑のカラーストーンを持ち帰ったのは、もう数年も前の出来事。
ザジ越しにキーファの話を聞くまで、忘れてしまっていても仕方の無いことだろう。
「良いんだ。姉さんを治す方法は、きっと別にあるさ」
「そうですね。大切なのは、諦めない事ですから」
気休め程度にエールの言葉をかけるハンク。
しばらくして、一人の男がハンクの家を訪れる。
先刻すれ違った金髪男、キーファだ。
「戻ったぜ、ハンクさん。奇跡的に一つだけ、カラーストーンを見つける事が出来たぜ」
キーファの手には輝く緑色のカラーストーンの欠片が握られていた。無事に手に入れることが出来たようだ。
「と言っても、1人じゃ危なかったけどな!変にお姉さんぶる女の子にガミガミ怒られちまったぜ!まるでマリベルだったな!」
「ああ………多分それはベロニカ………って、アンタ、マリベルさんを知っているのか!?」
「お?お前はさっきの………マリベルの事を知ってるのか?」
「なんと!まさかダーマを解放した英雄と言うのは………」
「ええ。アルスさん達ですが………もしや!」
「ウッドパルナを救った真の英雄は、アルスさんやこのキーファさんの事です」
思わぬ形で思わぬ人物達がつながっていたことに驚く一同。
そこからは互いが知っている事の情報交換だった。
と言っても、キーファは時分やアルス達が時を超え、世界を取り戻す為に旅をしていた事については上手く隠して伝えたが。
「それで、病気のお姉さんの為に薬が必要………か。ならば、このカラーストーンを賭けて、俺と1つ、勝負してみないか?」
「え?でもそのカラーストーンはキーファさんが苦労して持ち帰った貴重な………」
「確かにそうなんだが………結局それだって1人で成し遂げた訳じゃ無いんだ」
キーファはザジとすれ違った後の事について語る。
結局、武器を持たずにモンスターから逃げまくっていたキーファは最奥にいたボスモンスターを倒す事も出来ず、しかも自らめちゃくちゃに動かした色とりどりのカラーストーンに挟まれて身動きすらまともに出来なくなった所をイレブン達に救出され、ボスモンスターも彼らに倒して貰ったのだとか………。
ベロニカにボロクソ言われている光景が目に浮かぶ。
「だから、これはお前にも手に入れる権利はあるさ。アルスの友達ならば、なおのことな。だが、コレは俺も必要な物。どうだ?」
キーファはアルス達と別れた後、ライラとの結婚を賭けたユバールの試練を受けていた最中、ヘルクラウダーと戦いになり、敗れてしまった所をアルス達に助けられた。
姿は見えなかったが、その時に地面に落ちていた父からの手紙と母の形見の指輪の存在が真実を物語っていた。
そんなアルス達一行の旅の助けをザジやネリス、カシムは担ってくれた。その恩を返すチャンスくらいは与えるべきなのではないかとキーファは考えたのだ。
「ありがとうございます。では………」
ザジはキーファの提案を受け、立ち上がる。
キーファはここじゃ狭いから………と、村から出て島の南西の森へと入った。
決闘の場所に到着したキーファは「ちょっと待っててくれな?」と言い、しばらくかすかに見える南の島………今は無人島のエスタード島を懐かしんで眺め………そして………。
ハンクから借りたひのきの棒を抜いて構えると、ザジもそれに応えてひのきの棒を抜く。
「胸をお借りします。キーファさん」
「来い!ザジ!」
かつてはエデンの戦士だった男と、エデンの戦士になり損ねた少年の決闘が幕を開けた。
結果だけを言うと、ザジはキーファに敗れてしまった。
これがアルス達と別れた直後のキーファならば、ザジの方に軍配が上がっていたことだろう。
キーファとアルスが道を別にしたのはダーマの騒動の直前。
その頃のキーファとダーマを奪還した頃のアルス達やザジの実力差は僅かにザジ達の方が上だった。
しかし、ユバールの守り手として一族の先頭を歩いて来た今のキーファは、あの頃よりも格段に腕を上げている。
何より強くなる過程が常に命のやり取りであったキーファと、努力はすれど慎重に慎重を重ねたザジとでは積み重ねた実戦経験に大きな差があった。
「ハァ………ハァ………参りました。流石はアルスさんの親友ですね。足元にも及びませんでした………」
「そうでもないぜ?結構、良い攻撃をもらっちまったしな」
勝利はしたものの、楽勝ではなかったことに驚くキーファ。
そこでキーファは考える。
「そうだ。全部をくれてやる訳には行かないが………」
そう言ってキーファは持っていたカラーストーンを少しだけ削り、サジに渡す。
「少しだけ分けてやるよ。これは………まぁ、アルス達を助けてくれた俺からの友情の証だ。完治とまではいかないが、少しくらいなら効果があると思う」
「良いんですか?」
「ああ。それともう1つ。ここから更に北にある火山の島、エンゴウっていう村にいる、パミラっていう占い師の婆さんを訪ねてくれ。あの婆さん、占い師ってだけじゃなくて、外国にも名前を轟かす薬師としても有名だからな。もしかしたら………」
「エンゴウの薬師………パミラさん………ですね?ありがとうございます!」
ダーマとエンゴウでは方角がほぼ逆だ。
ダーマを経由してからではあるが、次の目的地が決まる。
「頑張れよ、ザジ。もう二度と家族に会えない奴もいるんだ。家族は………大切にしろよ?」
「はい。ありがとうございました。キーファさん!」
ほんの小さなカラーストーンの欠片をしまい、ザジは深々と頭を下げる。
それから数日後。ザジはダーマへ向かう船に乗り込み、ウッドパルナを後にした。
キーファはザジが乗り込んだ船を見送った後、南西の森へ再び訪れる。
鬱蒼と茂る草をかき分けると、そこには愛する妻、ライラの待つユバールの休息地へと続く旅の扉が隠されていた。
それはユバールの族長が繋げた旅の扉で、キーファはそれを使ってウッドパルナまで飛んで来ていたのだ。
そこはかつて、最初の冒険で何も知らずに落とされた場所でもあった。
キーファは旅の扉に飛び込む前に、もう一度だけ遠くに見えるエスタード島を見る。
(アルス………これで少しはお前たちの役に立てたか?親父、リーサ、マリベル、ガボ………俺は元気でやっているぜ。これからは俺や俺の子孫達がユバールを守る。神が復活するその時までな。アルス、マリベル………お前達がその悲願を達成してくれると俺は信じているぜ………もしかしたら俺の子孫の誰かが、俺の代わりにお前達の隣に立っているかもな………)
そこまで考えて、キーファは「って、それは贅沢な高望みか」と呟き、旅の扉に飛び込んだ。
キーファが自嘲した高望み………それは代々一族の守り手が受け継いで来たユバールの剣、そして妻の結婚指輪として渡した母の形見の指輪と共にアイラへと受け継がれ、魔王オルゴ・デミーラ討伐という形で果たされる事になる。
それを死後のキーファが天国から見守っていたかどうかは分からない。
だが、アズモフから話を聞いた現在のアルス達エデンの戦士達は「きっとキーファは見てくれていたよ………そうだろ?親友」と呟いていた。
一方、ザジはと言えばフードの付いた魔道士風のローブを着込み、姿が分からないようにしてダーマ神殿に足を運ぶ。
祭壇には変わらずフォズが立っており、ザジは彼女の元まで緊張した面持ちで上る。
「姿を隠していてもわかりますよ?ザジさん。こんな短期間で戦士の職を極めてしまうなんて驚きです」
「しぃ!フォズ大神官………声を小さくお願いします。まだ、姉に会うわけにはいかないので………」
「………そうですか。では転職の儀式を手早くやりましょう。ザジよ。あなたは何の職をお望みですか?」
もう、次の職は決まっている。
戦士の上級職はいくつかあるが、その代表的な物を目指す道は一つだ。
「武闘家を………」
「わかりました。ザジよ、武闘家の気持ちになって祈りなさい。そして新たな生き方を求めるのです」
ザジの頭上に光が降り注ぎ、新たな力の基礎がザジの中で作り出される。
(バトルマスター………まずはその道を僕は極める!)
バトルマスターになる為には、まずは戦士と武闘家を極めなければならない。ザジの次なるステップは、武闘家を極めることだ。
「それと大神官。これをカシムに渡して頂けますか?」
ザジはキーファから譲られた緑色のカラーストーンと、その使い方について記されたメモをフォズに渡す。
「これは………癒しの力を持つと言われる幻の緑色のカラーストーン?しかし、この大きさでは………」
「効果は微々たるものでしょう。しかし、少しは姉の………ネリスの病状が楽になるかと思います。俺からというのは伏せてお願いできますか?」
本来ならば、こんなお願いをフォズにするのは失礼極まりないことだろう。しかし、フォズはその願いを笑顔で快諾する。
ザジ本人は認めていないことだが、フォズにとって彼はアルス達と同様にダーマ奪還作戦で活躍した英雄の1人だ。
そんな彼が望むのならば、この程度のお使いなど安いものだった。
「すぐに旅立たれるのですね?次はどちらまで?」
「エンゴウ………と言う所へ。そこには凄腕の薬師がいるようなので………もしかしたら今度こそ姉の病気を治す薬が手に入るかも知れません」
「まぁ!」
「それでは大神官。さらなる修行を積んで、また戻ります。それまでしばらくのお別れを………」
「あなたの旅に幸多き事を………」
ザジは踵を返し、祭壇を降りて真っ直ぐに神殿を去っていっていく。
フォズはその背中を見送りながら、思案に耽る。
「本音を言えば、彼の力をお借りしたかったのですが………」
今、ダーマでは一つの問題の解決に本腰を入れていた。
出来ればザジの力も借りたかったのだが、今の彼はカシムやネリスに会いたくなさそうだ。無理強いしてもいい結果にはならないだろうとフォズはため息を吐いて諦める。
なによりも、問題解決の目処は付いていても、そこに至るまでの最初の関門を乗り越える術がまだ見つかっていない。それでは彼がエンゴウに向けて出発するのをかなり遅らせてしまうことになるだろう。
ネリスの病状は刻一刻と悪化している。
放置できない深刻な問題なのは間違いないのだから。
「フォズ大神官。そろそろ会議の時間です」
ザジが立ち去ったタッチの差でカシムがフォズを呼びに来る。
タイミングが良かったのか悪かったのか………
「わかりました。すぐに………あ、カシム騎士長。少々お時間よろしいですか?」
フォズが向かう目的の場所はダーマの地下だ。
「はい、大丈夫です。何の御用でしょうか?」
「ネリスさんのところまで、案内をお願いできますか?」
聞いてカシムは怪訝な表情を見せる。
「それは構わないのですが………」
会議をする地下。その一角にはネリスが寝込んでいる部屋がある。
どうせならザジの依頼も片付けてしまおうとフォズは考えた。
カシムに案内されたフォズは、ザジから受け取ったカラーストーンをロウソクの光がネリスを照らす間の空間に置く。
僅かな緑色の光がネリスに照射される。
「大神官。それは?」
「強い癒しの光の力を持つと言われるウッドパルナに伝わる伝説の秘宝、緑色のカラーストーンです。とは言っても、この大きさでは効果は微々たるものらしいですが、少しはネリスの体の衰弱も収まることでしょう」
「そんな貴重なものを何処から?」
「親切な旅の戦士………いえ、今は武闘家ですね。その方から譲り受けました。もう旅立ってしまわれましたが………」
「そうですか………一言お礼をしたかったのですが………残念です」
「それよりも、会議に向かいましょう。今日こそ進展があると良いのですが………」
フォズ達ダーマの神官達が直面している問題。
それは偽大神官アントリア達によって作られた地下のダンジョンの封印だ。
ダーマに付けられた傷跡は大きく、コロシアムを含めた地下ダンジョンに残っている邪気は未だに払われず、神殿の力を大きく削いでしまっている。
騎士団が定期的にモンスターを討伐するなどして何とか力を守ってはいるが、根本を取り除かない限りはいつかは………強大な力を持つフォズがいなくなった後の世代となった後にダーマ神殿の力が枯渇してしまう恐れがある。
それでは苦労してダーマを奪還した意味がない。
(ハーメリア地方にある世界一高い塔。そこの屋上に封印されている英雄の力を使えば、ダーマの邪気を払う事も可能なのですが………)
しかし、屋上に昇る事はおろか、塔の扉を開ける方法すら未だにわかっていない。
ああでもないこうでもないと無駄に時間だけが過ぎていく。
(あの方々がいらっしゃれば………もしかすれば………)
と、考えても仕方のないことが頭を過った時………
「お久しぶりです。フォズ大神官」
たった今、頭に浮かんだその当人達の声が思考の海に沈んでいた彼女の背後から掛けられた。
「アルスさん!マリベルさん!ガボさん!」
振り返ると、以前よりも遥かに力を増したアルス達の姿がそこにあった。
ザジが短期間で戦士を極めた事に驚いたのだが、アルス達の成長はその何十倍もの成長。
(この方々は本当に何者なのですか!?)
もはや神の領域に片足を突っ込んでいる………と、神に仕える身としては罰辺りな感想を思わず持ってしまう。
それもそのはずで、この頃のアルス達は現在よりは弱いものの、オルゴ・デミーラを討伐し、世界復興の旅の最中で件の神すらも上回る力を持っていたのだから。
(この方々ならばきっと!………………それよりも皮肉です。ザジさんが立ち去った後にアルスさん達が来られるなんて………本当に運が良いのか悪いのか………分かりませんね)
その後、事情を聞いたアルス達は一度現代の天空の神殿にまでメルビンを迎えに行き、フォズと共に1日かけて塔を踏破して過去のメルビンの力を託され、念願のダーマの邪気を取り払うことに成功。
一仕事を終えたフォズは、自室に戻る前にネリスの様子を確かめると………少しだけ顔色が良くなり、落ち着いた表情をしているネリスの姿があった。
本当に僅かだが、緑色のカラーストーンの小さな欠片の効果があったのだ。
(この様子ならば、ザジさんがエンゴウの修行を終えて薬を持ち帰るまでの時間を稼げそうですね………これもアルスさん達のお陰なのでしょうか?)
そうであって欲しいとフォズは思う。
後にダーマ史上、最強の騎士団長と呼ばれる男、ザジ。彼の修行はまだ始まったばかりだ。彼の本当の帰還までの道のりはまだまだ遠い。
その成長の過程を見続けるのが、後にダーマ史上最高の大神官として伝説を残すフォズの、ささやかな楽しみとなった。
ウッドパルナ編………完。
続く………かも?
※1
職業としての「称号」
例えば現在のアルスやマリベル。ダーマにおける「船乗り」や「海賊」を極めていたとしても、漁師としてすぐに大成できるわけもなく、ボルガノからしてみれば思っていたよりは出来るものの、所詮は駆け出しの漁師というところ。
もっとも、プラチナキングすら粉砕できる今のアルスならば一人で網を軽々と引き揚げたりして周囲をドン引きさせるだろうが。
それならそれで話のネタに出来そうである。
ここで一旦、ザジの軌跡を中断いたします。
それでは次回もよろしくお願いします。