「さぁ、今日はあたしがあんた達をビシバシ鍛えるわよ!感謝しなさい!」
今日はアルスが所用で不在の為、代わりにスケジュールが空いているマリベルが引き継いでホンダラ達を鍛えるようだ。
マリベルはツンデレであるが、ホンダラ&オルカに対しては純粋100%のツンである。
元々マリベルは二人に対しては良い印象はない。
「げ、げぇ!マ、マリベル!」
「あたしはアルス程甘くは無いからね?覚悟なさい」
これも事実である。
昨日のアルスは彼としては厳しい方であったのだが、断言しよう。厳しめのアルスと優しめのマリベル、どちらが甘いかと言われれば………厳しめのアルスの方が甘かったりする。
しかも、貴重な休養日を二人に潰されたマリベルの機嫌は良いとは言えない。
「な、なぁマリベル。どうせ一緒にどこかに行くのなら、もっと良いところに行かないか?ほら、リートルードのバロック建築巡りとかマーディラスとか……」
「はぁ!?なんであたしがオルカなんかとリートルードとかマーディラスに行かなくちゃならないのよ。オルカとリートルードに行くくらいなら、一人でバロック橋のオシャレ屋を覗いて喫茶店でハーブティーを楽しむわよ」
元々マリベルはバロック建築は好きではなく、マーディラスはアルスを巡ってグレーテと対立している関係で行きたくはない。
元々悪かった機嫌が更に悪くなる。
「今日はクレージュの世界樹にでも行って森林浴がてら、ノンビリお茶をしながら本でも読んで過ごそうかしら?」
と、ノンビリ計画を練っていたのに、それが崩されたのだ。
もっとも、ただではない。今度アルスと休みが重なったら、どこにでも付き合って貰う約束を取り付ける辺り、マリベルも抜け目が無いというか……。
ちなみに彼女的にはデートのつもりらしいが、アルスはマリベルに連れ回されるのはいつもの事なので、今回はどんなワガママに付き合わされるのだろうと身構えている始末。二人はいつ進展するのやら………。
こればかりは神のみぞ知ると言ったところか?
いや、あの神様が知っているとは思えないが……。
「そんなにキッパリ言わなくても………」
「良いからあたしは早く終わらせてゆっくりしたいのよ」
有無を言わさずマリベルはルーラでウッドパルナへと飛ぶ。
因みに今日のマリベルの職業は「天地雷鳴師」である。
普段は商人としての修行中のマリベルだが、呪文のエキスパートである彼女は、戦いに赴く際、職業を天地雷鳴師にしている。
魔力を気にしなくて良いからだ。
現状、最弱の敵しか出てこないと言われているウッドパルナのカラーストーン採掘場なのでマリベルもわざわざダーマに行って転職してまで準備する必要は無いと考えていたのだが、入念に準備してから行けと耳がタコになるまでマリベルを説得してきたのはアルスだ。
過去にはカラーストーンが爆弾岩に変化したという記録も存在するので、絶対にスライムやリップスしか出てこないという保証はない……というのがアルスの主張である。
確かに爆弾岩に囲まれて運悪くメガンテを連発されたり、パンドラボックスに囲まれてザラキーマを連発でもされた日には、さしものマリベルでも無事でいられる保証はない。
とはいえ、流石に心配しすぎなのでは無いかとマリベルだけではなく、様子を見ていたボレカノやアミットも思った程である。
(何よアルスの奴。そんなにあたしが引率するのに不安があるって言うわけ?ガボやアイラの時にはそこまで口煩く言わないくせして……だったら日をまたいでガボに頼めば良いじゃない!)
と、頬を膨らますマリベル。
が、このアルスの過保護とも言えるマリベルに対する心配ぶりは、信頼していないからではない。
アルス自信もそれはわかっているのだが、何故かマリベルには少し過保護ぎみになる。
それが幼馴染み故の特別なのか、はたまた……。
マリベル「あたしはアルスほど甘くないから、簡単に弱音を吐いたら酷いわよ?」
スパァンとグリンガムの鞭を振るって地面をピシャァァァァンと叩くマリベル。
現存する世界最強の武器であるこの鞭に叩かれれば、痛いどころの騒ぎではない。
エデンの戦士達の中では非力なマリベルであり、しかもさらに非力になる天地雷鳴師であったとしても、レベルがカンストしている今ではメタルスライムの群れをグリンガムの鞭で一閃できる力はあるのだ。
こんなものをホンダラ達が食らえばどうなるかは推して図るべしだろう。
彼らは涙目でコクコクと頷き、大人しく洞窟の中へと入っていった。
「おらよ!」
洞窟に入ってからしばらく経ってからだろうか……。
昨日の失敗を教訓にしたのか、ホンダラはスライムやリップス程度にはギラを使わずに、オルカと連携して倒していく。
「はいホイミ。傷の手当てくらいはしてあげるわよ……って、二人ともどうしたのよ?」
「いや……なんつうか、力が滾っているような感じがして……」
「ああ。何だか俺も……というか、魔法を覚えた感覚があってよぉ………」
ホンダラの発言に職業レベルが上がったのでは無いかと思うマリベルだが………
(おかしいわね。そんなに早く上がるものかしら?)
すぐに思い直す。
「良いわ。だったら試しに呪文を唱えてみなさいよ。どうせ気のせいだとは思うけど」
「おう。見てろよ?」
ホンダラは魔力を手に溜め、そして……
「メラ!」
ボッ!と火の玉が発生する。
「!!」
驚くマリベル。メラは呪文の中でも基本中の基本だと言われているもの。
メラミやメラゾーマはおろか、究極呪文とも言われているマダンテすらも使えるマリベルにとっては今更驚くような呪文ではない。
なのに、何故こんなにマリベルが驚いているのか……。
それは………
(魔法使いの職業ではメラを覚える事が出来ないわ……メラを自力で覚える事が出来る人は魔法に才能があるって言うこと………)
メラを使えるか……それが真に魔法の才能があるかどうかを試されるのだ。
何故ならメラはモンスター職を除いた全ての職業でも覚える事が出来ない呪文である。
魔法使いでも、賢者でも、天地雷鳴師でも……メラを覚える事が出来ない。
魔法使いではメラミを覚える事ができても、何故かその下位呪文である基礎のメラを覚えないのだ。
マーディラス神殿で呪文の研究者として採用される最低限の条件は「メラを唱える事が出来ること」が盛り込まれている程に。
「ふ、ふぅん。レベルが上がったのよ。だけど、メラは魔法の基礎の基礎。あんまり思い上がらないでよね」
「なんでえこんな呪文を覚えたの程度でそんなに驚いてんだよ。ギラよりもショボいぜ?」
確かにメラはギラよりも威力が低い上に攻撃範囲が狭い。メラを覚えたという意味を理解していないホンダラのこの反応は仕方がない事だった。
「そんな事よりももう1つ呪文を覚えたんだ。見てくれよ」
「な、なんですって!?」
レベル2で2つの呪文を覚えたというホンダラの台詞に驚くマリベル。
マリベルだってメラを覚えた後、ルカニを覚えるまでしばらく時間がかかったというのに……だ。
「ヒャド!」
ホンダラは氷系呪文の基本、ヒャドを唱える。氷の礫がカラーストーンにぶつかる。
マリベルは今度こそ本当に驚く。
ヒャドはマリベルだって自力の才能では覚えていない。
それどころかヒャドもメラと同様に人間職では覚えることは不可能な呪文だった。
修得するには『死神貴族』というモンスター職にならなければならない。
(この人、本当に魔法の天才!?下手をしたらこのあたしよりも!?)
ホンダラはだらしがなく、仕事も長続きしないダメ人間の典型として街やフィッシュベルの住民に認知されている。
しかしながら、何度も言うが、ホンダラは決してバカではない。
行動力と発想力はある種の天才なのだ。
まさかそれが魔法の才能という形で現れるとは思わなかったが……。
「納得がいかないわ……まさかオルカも……って、あんたは何してるのよ………」
オルカ「え?あ……いや……俺も何か魔法みたいなのを覚えたような気がしたんだけど……盗賊の鼻って呪文を知ってるか?」
盗賊の鼻は盗賊が覚える宝探しの魔法だ。
自分がいるフロアに自分にとって有用な物を感覚で知覚するという一風変わった特技だ。
(また微妙な特技を覚えたわね……)
微妙な特技ではあるが、マリベル達も盗賊の鼻には散々お世話になった記憶がある。
お宝の存在には誰もが心奪われるのだ。
盗賊の鼻を覚えるまで、何度無駄に歩き回ったことやら思い出すのも嫌になる。
「あんたって盗賊の才能でもあったわけ?その呪文、盗賊の職業が覚えるモノよ」
「と、盗賊ぅ!?う、嘘だろ!」
マリベルの冷たい瞳で睨まれ、狼狽えるオルカ。
しかし、現実としてレミラーマは盗賊が覚える呪文なのでどうしようもない。
もっとも、マリベル達はオルゴ・デミーラを倒す旅に中で、世界の宝という宝を漁る、いわゆる『勇者行為』をしてきた身分を完全に棚にあげているが。
「お、おい!勘弁してくれよ!俺は他人の物を盗むなんて考えたことねぇって!」
「ふん。口ではどうとも言えるわよ。あんたってアルスと違って本当に口だけなんだから……」
「ひ、ひでぇ……」
オルカにとって不運なのは、この世界のダーマ神殿の職業に『商人』が無かったことだろう。
正確に言えば無いわけでは無いのだが、マリベル達が必要としていた戦闘の職業としての職の中に含まれてはいなかった。
そして『商人』の職業がある『そして伝説へ……』の世界や『幻の大地』の世界のダーマに目を向けると、一部の盗賊の特技は『商人』の技術だったりする。
ダーマと無関係な世界では、マリベルも出会ったことがある『導かれし者達』の太った武器商人が『盗賊の鼻』を覚えたり………。
つまりはオルカが盗賊の鼻の特技を覚えたのはやる気が無かったとはいえ、彼に長年染み込んだ商人としての経験が形になったのだと言うことだ。
もし、『商人』の職業が戦闘職としてこの世界のダーマに登録されていれば、オルカが覚えた特技は商人の才覚として認識されていただろうに、残念ながら『盗賊の鼻』の特技は『盗賊』の特技だ。
ダーマに登録されている職業の中には元々は別の名前の職業だったものも存在する。
代表的なのが『笑わせ師』だ。元々は『大道芸師』などの別の名前があったのだろうが、ダーマの長い歴史で本来の名前ではなくなったという。もしかしたならば、盗賊という職業も元々は『商人』という名前だったのかも知れない。
閑話休題。
「と、盗賊………盗賊かぁ………」
ショックを受けたオルカ。自分の元々の資質が盗賊と言われればショックを受けない人間はそうはいない。
「なぁマリベル………」
「何よ」
「もしかして……俺のこと、嫌いか?」
「そうね。少なくとも、あんたを恋人として考えた事は無いわね」
ズバッと斬り捨てるマリベル。
世界にエスタード島しか無かった頃、オルカの店は島で唯一のドレスを扱う店だった。
マリベルがオルカと仲良くしていたのもそれが目的であり、男としてオルカを見たことは一度もない。
それは常にマリベルの近くにアルスやキーファがいたこともあるだろう。
「そっか………」
「ええ」
「あっさりと斬り捨てるんだな………」
「変に気を持たせても、不幸なだけよ。お互いにね」
オルカから目をそらし、マリベルは洞窟の道の先へと目を向ける。しかし、その目はどこか遠い目をしていた。
長い旅の中では様々な人間模様があった。
グリンフレークのペペ、リンダ、イワン、カヤ。
ユバールのキーファ、ライラ、ジャン。
リートルードのバロック親子。
ダーマのネリス、ザジ、カシム。
その中でも特に印象が強いのが最初のグリンフレークだっただろう。
(気がないのなら、さっさと斬り捨てるべきだったのよ)
マリベルはあの時のペペに自分を、オルカにリンダを重ねる。
もしもペペがどちらに答えを出していたにしても…リンダを切り捨てるにしても、ハッキリと答えを出していたならば、過去のグリンフレークやメモリアリーフの悲劇は起こらなかったかも知れない。
(だから、あたしはオルカにハッキリと言うわ。もっと早くに言ってあげるべきだったかも知れないけど)
過去のグリンフレークは、良い思い出ではない。
されど、良い教訓にはなった。だったらアルスに対しても素直になれば良いのでは?という周囲からのツッコミがありそうな気もするが、そこは相変わらず意固地になってしまうのがマリベルという少女であろう。
「そっか………アハハハハ!」
完全に振られたオルカは手で顔を覆い、上を向いて笑い始めた。しかし、そこに悲壮感のようなものは感じない。オルカも心のどこかではわかっていた事だったのかも知れない。マリベルの心の中に自分はいないということを。
「ハッキリと言ってくれてありがとう、マリベル。やっと吹っ切れたよ。冒険も……もう辞める」
「おう!俺もだぜ!」
「ふーん。あたしはそれで構わないけど?あんた達の面倒を見るのなんて正直やりたくないし、お金にもならないし」
ぶっちゃけ、身内・知り合いな上にお灸を据える目的があるからこそアルスもマリベルも報酬なしで付き合っているが、冒険の護衛はそれ自体が1つの商売として成り立つものだ。
具体的な相場はレベル10前後の戦士や魔法使いが商人の護衛を1日すれば、100ゴールドの報酬と言ったところか?※1
しかもアルスとマリベルは世界最高峰の護衛。正式に契約し、報酬を支払うともなれば、万単位の護衛料を吹っ掛けられてもおかしくないだろう。
それを無報酬でやらされているのだから、マリベルが文句が出るのも仕方がない。
マリベルはアルスに頼まれたから(ついでにデートの報酬をもぎ取ったからこそ)渋々引き受けているのである。自分達から投げ出すと言うのであれば、願ったり叶ったりだ。
「だけど良いの?アルスに言われたんでしょ?簡単に投げ出したら承知しないって」
マリベルは壁から少し突起しているカラーストーンに腰掛けて膝に肘を置き、両腕で頬杖をつきながら尋ねる。
別に矛先が自分に向けられる訳では無いのだが(と言うより、アルスがマリベルに怒りを向けたことはない)、マリベルだとて怒れるアルスを見るのは御免だ。
「本質が盗賊だったってのはショックだったけど、やっぱり俺は冒険者なんて向いて無いってのがわかったし、何よりやっぱり俺は商人がやりたいんだってわかったんだ。だから、俺の修行は商人の修行だ」
「なに?ブレシオさんの所にでも行くの?」
「いや。俺はドレス職人だ。行くのはリートルードだ!」
「………もしかして、バロック橋のおしゃれ屋?」
リートルードとメモリアリーフを結ぶバロック橋には『かっこよさランキング』で入賞していなければ商売をしないというバロックの子孫と言われても納得してしまう頑固なお洒落屋がいる。
確かに頑固者であるのた、頑固を貫くだけはあってあそこで扱われている商品は確かに美的センスに溢れる物でいっぱいだ。
アルス達も必要になったときの礼服の新調するときなどはあそこの世話になっているし、マリベルもオルカの店でやっていたドレスや装飾品を見に行ったりと一人で休日を過ごす暇潰しスポットだったりする。
「ああ。リートルードはファッションの最先端だからな!あそこに行けば、俺の美的センスが磨かれるってもんだぜ!」
「勘弁してよ……」
確かに「石板を探しに行く」だの、向いていなさそうな冒険者になって「ゴールデンスライムで一攫千金を狙う」だのよりは前向きだしオルカの経歴が無駄にならない健全で堅実な夢だろう。
しかし、マリベルからすればせっかくの息抜きスポット先に振った昔馴染み(しかもあまり好きとは言えない相手)がいるともなれば堪ったものではない。
「俺も少しやりたいことが出来てよぉ。これはひょっとして上手くいくかもだぜぇ?」
ホンダラはホンダラで何か考え付いたようだ。
「何か、イヤな予感がするんだけど……」
どうせ何かしょうもない事を考えているのではないかと思うマリベル。
「ま、あたしには関係ないか。じゃあ、冒険者を終わらすならここまでね。あと、装備代はちゃんとアルスに返しなさいよね。あたしは立て替えたりはしないから」
マリベルはリレミトとルーラを駆使してグランエスタードへと帰還する。
ホンダラとオルカの冒険はこうして幕を閉じた。
マリベルが帰って来たアルスに報告すると、彼は溜め息を吐いて「やっぱりこうなったんだ……案外早かったよね……」と口にする。
(ホンダラさんはともかく、オルカは冒険者を辞める理由はマトモだったけど……あのオルカのことだから長続きするかなぁ……あたしの知った事じゃないんだけど)
続く
※1
護衛料1日100ゴールドの基準
ドラクエ4第3章『武器屋トルネコ』において、ロレンスという吟遊詩人(のわりには歌は下手。ブライからは魔法使いの才能を見抜かれる)とスコットという傭兵のスポット参戦キャラを雇う事が可能な訳ですが、この二人の護衛料は5日で500ゴールドというのが護衛料の基準です。